第14話 襲撃
昼食を終えて、午後の授業が始まるまで席に座って昨日の事を考えていた。どんな方法を使ったのか、学校内に報道陣が押しかけ、警報が鳴り警察が来る事態となった。
そんな事件があったが授業は普通に執り行われ、その後のHRにてその時に食堂の騒ぎを収めた事により飯田が学級委員長に就任した。
その日の放課後の緑谷のリアクションは予想通りだったが、駅に着くまで切島たち以上の質問責めにあってしまった。
おかげで今でも少し喉がイガイガする、オタクの守備範囲を完全に舐めていた…
しかし、頭にあるのは報道陣の暴動だ。
"ただのマスコミ"でも、彼等はプロだ。ネタを獲ってくるのが仕事とはいえ、あんな犯罪スレスレな危険行為を、プロである彼らが犯すだろうか?
よく考えればその可能性はかなり低い。雄英で根気良く張っていれば、オールマイトが出勤するタイミングに本人にインタビューだって出来る機会があるかもしれない。
本来の彼らの仕事とは、そういうものだ。なら、なぜ彼等はセキュリティ3まで突破してきたのだろうか。というより
「hurm……」
「礎!今日の授業中、声ガラガラだったね!カゼでもひいた?」
頭を悩ませ、唸っていたら背後から声を掛けられた
「芦戸。いや昨日緑谷達と帰ったんだがそん時、緑谷にキャプテンの話をしたんだ。
したら質問責めにあってな…」
「あぁ〜、緑くんはヒーロー好きそうだもんねぇ」
「そうなんだ。喋りすぎて喉が痛いよ…」
「え?喋りすぎたら喉って痛くなるものなの?」
「……元気っ子のお前さんには無縁なことか…羨ましいよ」
「あは!ありがと〜」
丁度その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、相澤先生が入って来る。彼は前置きもなく、次の授業の説明を始めた。
「今日のヒーロー基礎学だが…俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」
"なった"?、当初の予定と変わったのか。という事は昨日の暴動を鑑みての変更だろう。
ヒーローを育成し教師陣にトップクラスの実力者を揃えている学校なのだ。滅多な事があって良いはずはない。
「ハーイ!何するんですか!?」
瀬呂が元気良く手を上げる。相澤先生は彼の問いに答えんと、頭上にカードを掲げた。
「災害水難なんでもござれ。
その言葉と、掲げられた"RESCUE"と書かれたカードに、クラスは途端に騒がしくなった。しかし相澤先生に凄まれると、すぐさま静かになる。
相澤先生が端末のスイッチを押すと、ロッカーが壁の中からせり出してくる。
「今回コスチュームの着用は、各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるから、バスに乗っていく。以上。準備開始」
相澤先生らしく簡潔な説明を合図に、各々準備に取り掛かる。とはいっても、大体の人はコスチュームを着るようで、当然俺もコスチュームを取りに向かった。
「ん」
「デクくん体操服だ。コスチュームは?」
「戦闘訓練でボロボロになっちゃったから…」
麗日と緑谷が話していたのに気づき、引っかかっていた事を聞いてみることにした。
「そういや麗日と…あと爆豪が言う【デク】ってなんだ?」
「あ、礎くん。それはその…本名は
「でもデクってなんか『頑張れ‼︎』って感じで響きが良いって思って!それで私そう呼ぶことにして!」
「お、おうそうか…よくわかった」
緑谷は何やら焦っていた様だが疑問は解決できた。
バスに皆で乗り込んで直ぐ、梅雨ちゃんの緑谷の個性に対する所感から、お互いの個性の話になった。
「派手で強ぇっつったら、やっぱ轟と爆豪だな」
轟は我関せずと言った様子で窓の景色を眺めていた。前の席の爆豪は、興味ないと言いたげに「ケッ」と吐き捨てて顔を逸らす。
そんな爆豪を指差した梅雨ちゃんは、初対面の時に言っていたように、思ったことをそのまま言った。
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなそ」
「んだとコラ出すわ!!」
「ほら」
「フフッ」
言った傍から……俺はつい笑ってしまったが、キレた爆豪を指差す梅雨ちゃん。中々肝の据わった子だ。
「この付き合いの浅さで、既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげえよ」
「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」
追い討ちをかけるように、俺とどこか似通った語彙の選択でそういう上鳴に、爆豪はまた暴言を吐いた。
「その点、礎は良いよなぁ。派手さも地味さも両方持ってるから、見た人絶対驚くぜ」
予想外なことに俺にも話が回ってきた。
「かもな。でもネタばらしをするまで俺の"個性"ってわからない所の方が多い、コスチューム着て使ったら尚更な」
「そうね。正直ちょっと怖かったわ」
「え゛っ…マジかぁ…」
梅雨ちゃんの言葉に項垂れる。
「まぁまぁ、そう落ち込むなよ。俺の"硬化"みたくわかり易いよりずっと良いぜ」と腕を硬質化させ慰める切島。
「そういえば、礎はエネルギーの変換っつってたけど個性もエネルギーじゃん?それも吸収とか出来たりすんの?」
……驚いた…上鳴がこんな鋭い質問をするなんて。
「礎?」
「ん、あぁ..結論から言うと、それは'可能'だ、出来る。でも他の__"自然でも起きる"エネルギーとは勝手が違う」
「出来んのかよっ!やっぱスッゲーな!お前!!」
「実はそうでもないんだ、上鳴。こっからは俺の弱点の話になるが、"個性"特有のエネルギー。例えば、青山のレーザ「ネビル☆レーザーっさ!」
(青山…)
「…ネビルレーザー、芦戸の酸とかだったり所謂、
「リスクたけぇんだな、ほぼ鉄壁だと思ってた」
「ゲロ、私も思ってたわ」
どうやら上鳴と梅雨ちゃんは同じ事を思っていたようだ。
「あとは常闇の
「ほう…」
常闇がこちらに鋭い目を向ける。元々鋭いからどういう意味かは分からないが。
「……礎くんは何でそんなに吸収のパターンを知っt__「もう着くぞ、いい加減にしておけ…」
短い談笑は終わり、相澤の一喝に元気のいい返事をほぼ全員が返す。こういう風に語り合うというのも、ヒーロー科らしいとも言えるだろう。
緑谷が何か言いたげだったがよく聞こえなかったが何だったんだろう?
『皆さんっ、待ってましたよ』
篭っていながらもどこか明るいその声の主を見て、皆が感嘆の声を上げる。
「スペースヒーロー"13号"だ!災害救助で目覚ましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」
「わー、私好きなの13号!」
宇宙服のようなコスチュームを身に纏ったヒーローの名はスペースヒーロー《13号》。
ブラックホールを生み出し、その個性で災害救助で活躍するプロヒーローだ。皆が思い思いに感動する中、13号に勧められて中に入ってみれば、そこは一見まるで遊園地のような場所だった。
大きな階段と中央広場を超えた先には、アトラクションのようになった災害を再現した場所が設置されている。
「すっげぇ! USJかよ!!」
本当に、遊園地のようなデザインだ。 その言葉に満足したようで頷く13号は言葉を続ける。
『水難事故、土砂災害、火災、暴風、etc.……あらゆる事故や災害を想定し僕が作った、演習場です。その名も――ウソの、災害や、事故ルーム。略して、〝USJ〟!』
まるで決まったと言わんばかりのポーズを取るスペースヒーローに、開いた口が塞がらなかった。本当にUSJなのか…本家に怒られないのか? いや、学校内の施設だし良いのかな? と少し考えてしまう。
『え〜、それでは、始める前にお小言を1つ…2つ…3つ、4つ、』増える増える。
最初の印象からそれほど厳しい先生に見えなかったが、真面目なのは確かなようだ。
『皆さんご存知とは思いますが、僕の個性は〝ブラックホール〟。どんな物でも吸い込んで、チリにしてしまいます』
その言葉に、ヒーローに詳しい出久が大きく頷く。
「その個性で、どんな災害からも人を救い上げるんですよねっ」
『えぇ、ですが、簡単に人を殺せる力です。 皆の中にも、そういう個性の人がいるでしょう』
……その言葉に、皆何も返せなくなった。生まれた時から持っている個性という、今ではありふれた力。
だからこそ見落としがちだが、このクラスの俺を含めて大半が利用しようと思えば呆気なく人を殺すことも可能な力だ。
『超人社会は、個性の使用を資格制にし厳しく規制する事で、一見成り立っているようには見えます。しかし一歩間違えば容易に人を殺せてしまう、行きすぎた個性を、個々が持っている事を忘れないでください』
その言葉は、プロヒーローだからこそ。現場を知っているからこそ、心から言える言葉だ。自分の力が誰かを傷つけるという事実を明確に知っているからこそ、言える言葉だった。
『相澤さんの体力テストで、皆が秘めている可能性を知り。オールマイトの対人戦闘訓練で、それを人に向ける危うさを体験したと思います。この授業では、心機一転! 人命の為に、個性をどう活用するかを学んでいきましょう!
君達の力は、人を傷つける為にあるのではない。救ける為にあるのだと、心得て帰ってくださいな』
『以上、ご静聴ありがとうございました』と丁寧な礼をする13号に歓声が上がった。
俺はマスクを外して黙って只々最大限の拍手を送った。
「そんじゃあまずは……?」
一通り歓声が止むとアーチに寄り掛かっていた相澤先生が声を出し、その時がやってきた。バチッという通電の音と共に、周囲の電気が一斉に光を失う。
システムの誤作動か? と一瞬思った。広間に現れた黒い渦のようなものが見える、それは暗く深い闇のように思えた。
「13号先生の個性…?で、すか?」
遠隔で使えた能力だったかと思い無意識に口にしていた、現実から目を逸らさんがために。
暗く、紫色の混じった靄のようで幽霊のようなそれ。万物を飲み込みそうな、得体の知れないものが……一瞬、人の形をした。
「――っ」
だんだんと広がるそれの中心部からやがて人の手が出てきた。手は霧に実体でもあるかのように隙間を広げ、やがて手のつけ根…?が見えた。
そこからはとても時間がとても長く感じた。実際には刹那も無いような、薄く細い時間の後に顔に手をつけた不気味な見た目の男が現れた。
「一かたまりになって動くな!」
相澤先生の切羽詰った、張り上げた声で我に帰った俺は次々と霧から現れる不気味な人物達と唖然と急な展開が飲み込めていない様子の皆との間に立った。
霧から出た者たちは、一様に異様な雰囲気を持っていた。中でも特に異様だったのは、脳みそがむき出しで屈強な体で歯が岩のような者と、最初に現れた体中に手を貼り付けた思わず嫌悪感を感じるデザインのコスチュームを纏った男だった。
「何だアリャ!?また入試ん時みたいな、もう始まってんぞパターン?」
切島がよく見ようと手を額にかざして首を伸ばすと、ゴーグルを装着する相澤先生の一喝が響いた。
「動くな!!」
「あれは
黒い霧状の個性をもった奴は多分ワープ系か転送系で、アイツらの
何かあってからでは遅いと感じ念の為、マスクをつけた。慣れたこのマスクを付けるだけで気が落ち着いた。
霧から出る人がいなくなると、黒い霧はだんだんと縮まっていき、やがて人型をとって話し始めた。
「13号に…イレイザーヘッドですか…。先日頂いた教師側のカリキュラムではオールマイトがここにいるはずなのですが…」
意外な事に紳士的な口調で紡がれる言葉は、離れた距離に届かせようと少し張られたものだったので、皆も聞き取れただろう。それを聞いた相澤先生は、警戒を解かないまま低く唸った。
「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」
「どこだよ……せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ…オールマイト…平和の象徴、いないなんて……」
体中に人の手を付けた男がブツブツ呟く言葉が耳に届く。狙いは、オールマイト?そいつはゆらりと猫背を反らし顔についた手の指の隙間から、愉悦を孕んだ目でこちらを睨み付けた。
「子供を殺せば来るのかな?」
狂気を孕んだその言葉は、視界を歪ます涙のように思えた。
お読みいただきありがとうございました。
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