やはり俺は青春ラブコメがしたい。   作:ルマンド

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あきらリスタート

突然だが諸君は輪廻転生を信じるだろうか。

人が死に、魂は天へと還り、また現世へと生まれ戻ってくる……。輪廻であり、転生であり、合わせて輪廻転生だ。仏教や東洋哲学なんかでは顕著だろう。

俺、仙谷顕彰(せんごくあきら)もその考えを信奉していたわけではないが、死ねばまあ虫か人かに生まれ変わるんじゃないかと思っていた。

そしてその考えは、当たっていた。

仙谷顕彰(おれ)は死に、そして生まれ変わった。一色アキラとして。名前が同じなのは記憶を引きずっていることに要因があるのかもしれない。

しかし記憶と人格を引きずり、赤ん坊になるというのは大変奇妙で、奇怪で、貴重な体験だ。

前世で三十後半だった男が母親の乳を吸っているのだ、外見的な問題はないにしろ、個人的には居た堪れなさで死んでしまうところだった。

一年、二年、三年と何事もなくというのは冗談で、俺が生まれてから一年後にめでたく妹が爆誕したが、それでも順調に、快調に、両親から「お前は本当に手がかからないな」等と称賛を頂きつつも俺は成長を重ねた。

前世ではインターネットとゲームの中にしか存在しなかった妹を可愛がり、得られなかった知識を読書によって吸収しつつ、未来に思いを馳せる。

やはり第二の人生、やってみたいことは山ほどあるが、一番は恋だ。

恋、つまりはラブストーリー。

俺の前世での家は自慢ではないが裕福ではなかった。親父に男で一人で育てられ、お金に苦労して生きてきたからか、金に固執して生きていた。

効率よく金を稼ぎ、稼ぎ、稼ぎ……。気づけば三十代。そして呆気なく死だ。中学、高校など遊んだ記憶がない。

そう考えると、普通の家庭に生まれたのが奇跡だと思う。

下手すればどこぞの異世界に飛ばされ、高校生活を送らされ、規律を乱そうものなら天使に殺され、SSSなんて学生組織に所属する運命だったかもしれない。

故に恋だ。

俺は甘酸っぱい青春とやらを味わってみたい。俺……消えるのか……? と思いたくなるような恋をしてみたい。

その為に必要な努力は惜しまない。

クックック……。待っていろバラ色学園生活!

 

「ふうはははー」

「あぅ?」

 

舌がうまく回らない高笑いに、妹のいろはが首を傾げた。

 

 

 001

 

 

拝啓諸君。

お元気ですか。

俺は小学生になり、小学校という名の生き地獄に叩き落されました。

張り切った両親にいい学校へと入れてもらったものの、中身は他の学校と大差ないと実感する。

小学生、言葉の響きは可愛らしいが実態は酷いもので、騒ぐ、怒鳴る、走り回る……の数え役満状態だ。

学費の高さが育ちの良さに直結するわけではないと悟った瞬間である。

知識吸収もオチオチ出来ず、安らげる場所は自宅と図書館のみといった具合で、最悪な環境だった。

しかしそれも学級が上がるごとに緩和されて、俺は人類の進化を肌で感じていた。が、同時に人類の闇を見た。

イジメである。

仲間外れ、とは便利な表現で、しかし実際見ればそれはイジメだった。

対象は一人。

小学生だというのに整った顔立ちをし、座る姿勢は育ちの良さを感じさせる少女。

端的に言えば僻みからくる仲間外れだった。

彼女は当然のように弁当は一人で食べるし、帰る時も一人(と言っても彼女の家は裕福らしく、お抱えの運転手がいるのだが)だし、休み時間も図書館で本を読んでいる。勿論一人でだ。

初めのうちは可愛らしいものだと我関せずのスタンスを貫いていたが、遂に事件が起こった。

彼女の外靴が消えたのである。

きれいさっぱり、跡形もなく、まるで初めからないように消えた。

それが起こったのは下校の最中で、奇遇にも下駄箱の割り当てられた位置が近かった俺はその事実が見えてしまった。

彼女は空っぽの下駄箱を見、一瞬悲しそうな顔をすると、そのまま教室へと戻る。俺がチラリと校門付近に目をやると、迎えの車はまだ来てないようだった。

教室に戻る雪ノ下と、クスクス笑うクラスメイト達がすれ違う。

よくやるものだと呆れた。

それと同時にどうしようもないイラつきにも襲われる。

動物園ならぬ小学校での生活、妹いろはという治療薬があったが、抱え込んだストレスの数値は既に限界点まで上り詰めていた。

そして何よりも、イジメられている彼女を見たにも関わらず、スルーしようとした自分自身に腹が立つ。

前世では確かに厄介事を避けて生きてきた。避け、見て見ぬふりをして、助けたって根本的な解決にはならないと言い訳をして生きてきた。

本当は助けたい。

ヒーローに憧れない男はいない。

でも、だってを重ねて生きるのはもう御免だ。

俺は考えるのをやめた。

そうだ。俺は走る。考える前に、走ってしまうことにしたのだ。

 

 

 002

 

 

拝啓諸君。

あれから数年たち、俺も立派な高校生になりました。

中学生活? 聞かないでくれ。いや、聞かないでください。

考える前に走ることにした俺は、四方からくる頼みごとにYESで答えるYESマンと成り果ててしまった。

全部を全部肯定したわけではないが、それでも自分の時間が潰れるほどには奔走した。

お陰でバラ色とは程遠い中学生活だったが、他校との試合や大会に出る機会もあってそれなりに充実した時間を過ごせたと思う。

――がしかし。

その反動か何か知らないが、俺は高校生活が始まって一週間後、孤独に屋上でパンを貪り食っていた。

学校というのは不思議な空間で、人は集まり一種のコロニーを生み出す。それは小、中学校でも変わらない。一人の中心的人物に集って出来上がるモノ、同趣味で集まって構成されるモノ、そしてそれら二つに当てはまらない奴らが集まってできたモノ。俺はそれら三つ、どれにも入れなかった溢れ者だ。

一応、彼らと合わせる努力をしてはみたがそれでもダメだった。俺はやはり、()()てしまっているのだと再確認した。

そりゃそうだ。

外見は十六歳でも中身は三十代。青春を金に捧げた拝金主義野郎なのだから、人生は一度きりと信じてやまない、青春している、あるいはしようとしている彼らとズレるのは致し方のないことだろう。

妹、いろはとも彼女が中学に入ってからはそことなく距離感が生まれ、念願の高校では孤立する。

まったく、こんな状態でバラ色学生生活など送れるのだろうか。

……いや無理だろう。

どう転んでも無理だ。

数年後にあーもっかい転生しねーかなーとか言ってる情けない自分のビジョンが見えたぞ。

クソ、パン食ってる場合じゃない。なんとかしなければ。

そう思い、残ったパンの欠片を口に放り込んだ時だった。

屋上のドアが開く。姿を見せたのはレディースのスーツの上から白衣を着込んだ女性、平塚静である。ここ、総武高校の国語担当であり、生活指導担当だ。黒髪美人、スタイル良しと至れり尽くせりだが生徒から告白――なんてこともなく。教師から色眼鏡で見られる――こともなく。教壇に立てば口笛が鳴る――こともない。その彼女の姿を見た俺は顔を逸らす。屋上は普段立ち入り禁止。そして彼女は教師。これだけヒントが見えていれば幼稚園児……は難しいな。小学生でもわかるだろう。

 

「どうも、平塚女史」

「ああ一色。丁度いいところにいた」

 

胡散臭い芝居のように平塚女史は手を挙げ、憂いた顔を作る。

 

「屋上の鍵が盗まれてしまったようでな、犯人を捜しているんだ。心当たりはないか?」

「俺です」

 

無駄な抵抗はしない。カウント十秒前の時限爆弾を前に俺がする行動は解除を試みることではなく辞世の句を詠むことだ。つまり諦める。

制服のポケットから鍵を取り出し、平塚女史に向けて放る。

 

「ふむ。素直なのは良いことだが罪は罪。罰せられる覚悟はいいか?」

「反省文ですかね」

「……それも良いが、今回は別だ。一色、部活動は?」

「帰宅部」

「よろしい。ならば放課後、特別棟に来るように」

 

そう言い、彼女は踵を返して屋上を後にする。置いていかれないように俺も立ち上がり、平塚女史の後を追った。

 

 

 003

 

 

総武高校の教室棟、その向かいに建つ特別棟の一角に俺はいた。

特別棟には音楽教室や図書室などが集まっているわけだが、空き教室も多い。

平塚女史が「ここだ」と立ち止まった教室は吊るされたプレートに何も書かれていない、つまりは空き教室だった。

 

「ここはなんなんです? 掃除をしろとでも?」

 

若干埃が積もった教室に俺の声が響く。窓を開け、換気を始めつつ教室を見回した。

 

「まあそうだな。まずは掃除だ。その後は自由にしてくれて構わない」

 

その言葉に俺は引っ掛かりを覚えた。

 

「自由にって……。掃除が罰ってわけじゃないんですか?」

「その通り。君には私が顧問を務める部活、奉仕部に入ってもらう。君が部長だ」

「奉仕部……?」

 

なんだその胡散臭い部活動名は。前世でも聞いたことがないぞ。

そして俺が部長? ホワイ? なぜ?

 

「この奉仕部は生徒から寄せられる依頼を解決する部活動……だと私は思っている。所謂、お悩み相談室だな。アキラの部屋とでも名付けようか」

「やめてください」

 

そんな無茶ぶりするような相談室は嫌だ。

 

「よく考えてみろ。屋上の鍵をくすねた罪が掃除程度で清算されると思えるか?」

「いや全然」

 

実は内心掃除だけなことに戦慄を覚えてたりしていた。実は平塚女史は女神なのでは? とも。違ったようだが。

まあしかしだ。

いきなりな話ではあったものの、内容は悪くない。

生徒のお悩み解決となれば男子はともかく女子とも触れ合う機会が生まれるということ。むしろ女子は悩みが多いと聞く。これはまたとないチャンスなのかもしれない。

数秒後、俺はため息一つ。

 

「わかりました。引き受けます」

「よろしい。その素直さに免じて複製した鍵に関しては私は関知せずにおこう。だが、今後の働きによっては没収する」

 

バレテーラ。俺の内ポケットで鉄の重みが揺れた。

冷汗を流した俺を一瞥し、平塚女史は白衣のポケットから鍵を取り出し、俺に向けて放る。

”教室ーC”とシンプルな文字体で書かれたプレートをぶら下げた鍵は恐らく、多分、いや間違いなくここのモノで、彼女は俺が管理しろと言いたいのだろう。

 

「どうして複製してるってわかったんです?」

 

鍵とプレートを繋ぐ紐で輪っかを作り、指を入れてグルグルと回しながら聞いてみた。

 

「勘だ。君は()()()()()()だと思った」

「勘のいい女性は嫌いだよ」

「ふむ。では私は君をぶん殴ればいいのかな」

「やめてくださいしんでしまいます」

 

そこまで繰り広げたところで平塚女史は咳を一つ、場をリセットする。

 

「君は他の生徒とは違う。違うと思っているのではなく、根本的に何かが違う。だから君も馴染めないとにらんだが?」

「女の勘って怖い」

「ともかく、この部を切っ掛けに君が学校に馴染めることを期待する。鍵は下校時に返却してくれ」

 

「では、頑張りたまえ」と平塚女史は教室を出ていく。それを見届け、俺は開け放たれた窓辺へと近づいた。

 

「そう簡単にいくものかよ……」

 

 

 004

 

 

一色いろは。つまりは俺の妹の話を知りたいと欲するような層はそもそもこの世には存在しないものと思われるが、しかし仮にまさかそんな特殊な需要があったとしても、俺はいろはについて積極的に話したいとは思わない。大体にして往々、人間には自分の家庭内のあれこれを公に開示したいと望まない傾向があって、俺も決してその例から漏れることはないからだ。

とは言ったものの、では話したくないほどダメな妹なのか? と問われれば俺は問うた奴を淘汰する。くだらない冗談を吐いたことを心底申し訳なく思うが、それほど俺はいろはを認めている。中学三年生にして他者が求める自分を理解し、それに応えているのだから大したものだ。兄としては悪い虫が付きそうで心配なのだが。

しかし心配しているといっても声には出さない。いろはが中学に入学してから一年ほど経った時、いつもべったべたと纏わりついてきた彼女が突然、唐突に俺へのスキンシップを絶ったのである。丁度いろはが髪形やファッションなんかに気を使い始めた頃だ。そこから徐々に交わす言葉が少なくなり、今ではほとんど会話をしない。もっとも、中学生は多感な時期だし、そんなものなのかもしれないと思う自分がどこかにいた。

一番最新の会話と言えば、今朝交わしたおはようの挨拶だ。いろはから返ってきた返事は「……はよ」だったが。一瞬なにかをせかされているのかと勘違いしてしまった。だがそんな妹も一歩外に出ればたちまち今どきゆるふわギャルへと大変身。渾身の笑顔と愛想を振りまき、今日もいろはは輝くのだ。その愛想をお兄さんにも分けておくれ。

 

「はぁ」

 

家の玄関を前に小さなため息を吐く。これは家に帰るのが嫌なのではなく、あんなに可愛かった妹との微妙な距離感を嘆くモノでもなく、ただ単に疲れただけだ。同年代数人掛かりでやるはずの教室掃除を一人で完遂、過ごしやすいように机を配置していれば家に帰るころにはため息の一つも出るだろう。

奉仕部、部長。部長という響き自体は惹かれるが、奉仕という部分に酷く反応してしまう。二つ繋ぎ合わせれば奉仕部部長。まるで土日祝日をボランティアに費やすような、それでいてタオルを首に巻き、いい笑顔で町内の皆様方に挨拶をするような、そんな印象を俺は受ける。そしてそんな俺を想像してみると、胡散臭いことこの上ない。周りの連中に知られないよう配慮が必要だろう。

引き受けた以上本気で取り組むが、取り組んでいることをおおっぴらにする気はない。コロニーに住むスペースノイドに話題のネタを提供するほどピエロではないのだ。

 

「ただいま」

 

靴を脱ぎ、鞄を玄関に置いてすぐ隣のリビングへと侵入した。喉が渇ききっている。仕事終わりならぬ学業終わりの麦茶と洒落こもう。

 

「あ」

「ん?」

 

リビングへ入ると、柑橘系香水の匂いがふわっと鼻を擽り、リビングのテレビ前に置かれたソファの上で寝転がりながら雑誌を読むいろはと目が合う。女性向けのファッション雑誌で口元を隠し、目線だけを俺に向けてきていた。

 

「……おかえり」

「ただいま」

 

小さな声にそう返し、冷蔵庫の前へ。扉を開けると、適度に中身が減った現状が目に入る。加えて母親がいないということは買い物にでも行っているのだろう。俺は麦茶が入ったポッドを取り出し、コップに注ぐ。後ろから聞こえてくる雑誌を捲る音を流しながら、それを飲み干した。

冷えた麦茶は喉を通って腹に落ちる。コップをシンクに下げてリビングに戻り、一人掛け用のソファに身を沈める。本来の使用者は未だ仕事中で、帰ってくるのは遅い。

ワイシャツのボタンを適度に開けて大きく欠伸。さすがに疲れた。

ポケットからスマートフォンを取り出し、軽くスイッチを押す。明るく点灯するディスプレイに現在時刻と曜日が浮かび上がる。メッセージ通知がないことを確認して、俺はそれをテーブルに置いた。

時計の針が時間を刻む音といろはが雑誌のページを捲る音以外聞こえないリビングで、ただただボーっとしていると考えてしまうことがある。

仙谷顕彰と一色アキラ。

本物は一体どちらなのだろうか、と。

精神で言えば前者で、肉体的に言えば後者だ。しかし他者から見れば一色アキラ一択であり、仙谷顕彰? 誰それ? 状態なのは言うまでもない。だからこそ俺の中で”ズレ”が生じ、何をしていても心地悪さを感じずにはいられない。

結局のところ、どっちかを決めるのは自分自身だ。だからと言ってじゃあこっちーなんて気楽に決められるものでもない。

ああクソ。

どれもこれもそれも、全部平塚女史が悪い。

違うと思っているのではなく、根本的に違う――。こんなことを言われれば、否が応でも考えてしまう。

これほどぐさりと刺さった言葉はいろはの素っ気ない「……別に」以来だ。

――こんなことは、俺がどちら側なのかなんてのは考えないようにしてきた。中学では考える暇を生まないほど動き回ったし、達成感の裏側に隠し続けてきた。だが、それももう限界だ。人と関わっていくならば、人と付き合っていくならば、……人と恋するならば。俺はこの問題を解決しなければならない。

俺が。

本物なのか、偽物なのか。

 

「……ねえ」

「うん?」

 

一人でシリアスムードに突入していると、不意に声を掛けられた。今この時、リビングには俺以外一人しかいないため、必然的に発生源はいろはだ。

ボーっと部屋のどこかを見ていた視線を左斜めに移すと、最初に挨拶を交わした時のようにいろはが雑誌で口元を隠しながら俺を見ていた。

 

「どうした?」

 

俺がそう問うと、いろはは視線を逸らす。

あーだの、うーだの、うーんだのと唸り、身を捩り考え込んだ。

なんだ、トイレか?

 

「トイレなら空いてるぞ」

「ち、ちがわいっ!」

「古い言い方だな。昭和の子供か」

 

国語の勉強で得た知識か?

 

「ドラえもんでのび太君が言ってた」

 

漫画かよ。

お前一応今年受験生だろうが。

 

「大丈夫。きっと受かる」

 

希望に満ち満ちているな。

 

「まあ、お前は要領がいいから心配はしてないけどさ。なにかあったら言えよ。抹殺してやる」

「なにを!?」

「妹をイジメる不届き者」

「いやイジメられてないし……。これでもわたし、上手くやってるんだから」

「知ってる」

 

明るく、愛想よく、男女隔てなく接する。それは確かに、間違いなく人の理想像だが、同時に僻みの対象に成り得る。理想こそを嫌う、もしくは悪とする人間が少ないにせよこの世にはいるのだ。そしてそれは案外身近に存在し得る。

だから俺はこの外面の良い妹が心配だった。人は勘違いし、自分勝手な行動をとる生き物だ。いつか悲惨な事件に巻き込まれるのではと内心恐恐としていた。

 

「助けてほしいことがあったら遠慮なく言え。兄妹だし、世界征服以外なら力を貸してやるよ」

「逆に世界征服以外ならなんでも手伝ってくれるんだ……」

 

「勿論」と俺は不敵に笑った。

兄とはそういうものだし、そうあるべきだと思ってる。

 

「お前は知らないだろうけど、俺はお前を愛してるんだぜ。愛する妹の為ならなんだってやってやるさ」

「もしかしてそんな発言外でしてないよね?」

「してほしいのか?」

「ま、さ、か~~」

 

言って、いろはは手に持っていた雑誌を投げつけてきた。危ねえ、なにすんだ。雑誌は一見無害だが、実のところ角っこはタンスの角に匹敵するほど痛いのだ。取り方を間違えればあら不思議、どこでもタンスの角に足の小指をぶつけた痛みを味わう羽目になる。上手い具合に背表紙をキャッチし、俺は表紙に目を落とした。

春から決める、必殺女子服。

随分と物騒なタイトルだ。

今どきのファッション雑誌はどこもこうなのだろうか? それとも我が妹のチョイスがおかしいのか。

パラパラと捲ると、実に女子女子している女の子たちがあれやこれやとポーズをとっている。

 

「どれが好き?」

「うぉっ」

 

いつの間にか背後に回っていたいろはに驚く。つい大型犬の鳴き声みたいな声をあげてしまった。

というか今の俺にあまり近寄らないでほしいな。埃っぽいだろうし。

 

「音もなく背後に立つな。ニンジャか、お前は……。それと、あんまり今の俺に近寄るなよ――」

 

埃っぽいから。と続けようとした時、後ろで物が落ちる音がした。視線をそちらへ向けてみると、地面に可愛い柄のスマホが落ちている。言うまでもなく、いろはの物だ。

 

「おい、対ショックカバーってわけじゃないんだからもっと大事に――」

 

俺がそう言おうと顔を上げた時、そこにはこの世の終わりみたいな表情を浮かべたいろはがいた。え、なにその魔女堕ち寸前の美樹さやかみたいな顔は。

 

「……近づくなって」

「え、ああ……。今俺埃っぽいから」

 

放課後掃除してたんだよ、大掃除レベルの。と付け加えると、いろははまた表情を変える。いつも通りの顔だ。

 

「……そっか。そうだよね。そうに決まってる」

 

俺が掃除罰くらうのはどうやらいろはによって決められていたらしい。お前はいつ総武高校を影から牛耳るようになったんだ。

落ち着いたのか髪を撫でおろし、スマホを拾って「で?」といろはは聞いてきた。

会話の続きをしたいらしい。俺は雑誌を広げなおして曖昧な返事をした。

身近に香る香水に悪くない、そう思いながら俺は雑誌に目を落とした。

 

 

 

 




所謂テスト

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