Deleted Witches~デュッセルドルフの人狼 ~    作:シン・琴乃

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これでクラウディア編は一旦お終いとなります。若干急な展開かもしれませんが、御容赦下さい。
今回は軽く戦闘回です。あまり描写の密度が多くないのは……愛嬌です。許して下さい!!m(__)m


2:洗礼(下)

二基のユマ222G/Hがクラウディアの体をこれまでにない速度で押し上げる。視界いっぱいに群青色の空が広がり、強烈な風がクラウディアに叩きつけられる。

「このユニット、凄い……! 前後に魔導針を積んでるのにこの上昇力なんて……」

クラウディアは初めて乗るHe219A-4/R-3の圧倒的なパワーに感嘆していた。今までのJu88とはまるで勝手が違う。性能も、乗り手に求める実力も、格段に上だ。今の自分では、少しでも気を抜くと制御しきれなくなってしまう様な気がしたが、幸いにも機体の方に翻意はないようだ。まだ熟練しているとは言い難いクラウディアの操縦に付き合ってくれている。

『そろそろ訓練空域に到着するわ。最初はこの機体に慣れてもらう為に、基本の機動からおさらいするわね』

「はい!」

 エルザから通信が入った。クラウディアが返事をすると共にクラウディアに先行するレナータとツェツィリアが上昇をやめ、水平飛行に入る。風の吹きつける方向が変わるのを感じながら、二人に続いてクラウディアも自分の体を傾けた。

 

 四人でひたすら編隊飛行と初歩的な戦闘機動の訓練を繰り返した後、空の上で四人が停止した頃には既に陽は西へと傾き始めていた。

『どうかしら。そろそろユニットの挙動も少しは分かったかしら?』

「はい、思ったよりも軽くて素直な機体ですね!パワフルでJu88より動きやすいです!」

 満面の笑みでクラウディアが答えると、呆れた表情でレナータがそれを腐した。

『エンジンがいいからな。それにちゃんと軽量化もされている。お前には過ぎた玩具さ』

『こら、レナータ! 一々噛み付かないの! ……そういえば、クラウディアは今まで訓練校に居たんだっけ?』

「はい、そうです! 一通りの戦技を習得した直後に、皆より一足早くここに配属されました」

『成程、それであの動きを……』

 そう言ってエルザはツェツィリアの元へ行き、少しの間手話を交えて会話するとクラウディアの元へ戻って来た。

『それじゃあ皆、思ったよりクラウディアちゃんの動きが良いので模擬戦を始めるわ。私とクラウディア、ツェツィリアとレナータに分かれて2対2で行くわよ。準備して』

エルザの号令を聞いて、ツェツィリアはレナータにハンドサインを出した。そのまま二人はエンジンを吹かしてクラウディア達から距離を取る。

『さあ、クラウディア。私達も行きましょう?』

「はい。……そう言えば、エルザさん――」

 クラウディアは、この半日で最大の疑問をエルザにぶつけようとした。そしてエルザは、クラウディアの感じた疑問について簡潔に回答した。

『何? どうしてツェツィリアが喋らないかって?』

「はい。どうして――」

『彼女は話さないんじゃない。話せないの。ここに来る前に『ちょっとあった』みたいね』

 そう言ってエルザは口を閉じた。『ちょっとあった』の内容は定かではないが、それはクラウディアが気にかけるべき事柄ではないのはクラウディアにも分かった。暫くの沈黙の後、二人が模擬戦の作戦について話し合いを始めたのは、所定の位置に着く直前だった。

 

『二人とも、準備はいいわね?』

『勿論だ。早く始めようぜ』

 エルザの呼びかけに対し、肯定の意を表す言葉と無線のコールが聞こえた。

『よし、それでは開始!! ついてらっしゃいクラウディア、高度8500まで一気に上昇して頭を抑えるわ!』

 インカムにエルザの声が流れるとともに、エルザは急激に加速しながら頭を上げて上昇する。それを見たクラウディアはロッテ(二機編隊)を崩さない様に自身の脚に意識を集中し、エンジンに魔法力を流す。底なしの力強さを感じさせる重い咆哮は、クラウディアの背中を後押ししているようだった。

 

上昇を始めて少し。クラウディアの前にいるエルザが上昇を止め、水平飛行に移行した。同じ高度でクラウディアもそれに追随する。

『気を抜かないで、クラウディア! 模擬戦は始まっているわ! 予定通り、ここで貴女の固有魔法を使って。私が先行して二人に突っ込むから、貴女は『子機』を飛ばしつつ後ろから援護を!』

「はい!」

 エルザの指示通り、クラウディアは背中に背負っていたMG42を手に取り、魔力を込めて空に放り投げた。クラウディアが意識をMGに集中させると、MGはまるで意思を持ったかのように自在に動き始める。彼女の固有魔法、『物体操作』はクラウディアが魔力を込めた物を自由に操るという念動系の魔法だ。しかし、念動系の魔法は総じて魔法力の燃費が悪く、クラウディアが魔法力の制御に長けてない今、二人が見出した活路は短期決戦だった。

 MGを完全に制御下に置いた直後、二人の視界に二つの白い飛行機雲が見えた。米粒程に小さかったツェツィリアとレナータは、やがてその姿をしっかりと捉える事が出来るようになっていた。

『突っ込むわ!『子機』の制御は任せたわよ!』

「はい!!」

『10番機、交戦!!』

 その直後、エルザは右手にMG42、左手にカバーを被せたトマホークを持ち、ツェツィリアとレナータに突っ込んだ。捻り込みやハイ・ヨーヨーなど、多彩な戦技を駆使してエルザは二人の間に通って連携を分断し、メイスの一撃を回避してMGで牽制し、トマホークで果敢に打ち合う。その機動は、後ろからMGを操るクラウディアにとって激し過ぎ、彼女にとっては動きについて援護射撃をばら撒くのが精いっぱいで、別方向から闇討ちなど到底できる状況ではなかった。相手の二人も『子機』と自分との射線上にエルザが来るようにして牽制するなど、難なく対処してクラウディアに経験の差を見せつけた。

 そして模擬戦が始まり、膠着状態入り乱れる事数分が経った頃だった。『子機』の制御に夢中になっていたクラウディアにエルザの声が飛び込んでくる。

『ツェツィリアがそっちに抜けたわ! まともに打ち合っちゃ駄目、回避して!!』

「えっ――」

 エルザの声を聞いて『子機』から意識を戻すと、目の前にはヘッドオンの状態で迫りくるツェツィリアがいた。すれ違いざまの一撃を予想して、トマホークを取り出して防ごうとする。

「かはっ……!」

 しかしツェツィリアの動きはクラウディアの思考より早かった。腹を揺さぶる重い衝撃の後、一拍おいて全身に響く鈍痛と吐き気がクラウディアを襲う。およそ年頃の少女にあるまじき呻き声と涎を口から漏らし、クラウディアは体勢を崩した。彼女の脇腹には、特殊鋼製メイスの先端部がめり込んでいた。ツェツィリアがすれ違いざまに放った打撃に対応する間もなく、クラウディアの体はくの字に折れて吹っ飛ぶ。

「おえっ、うっぷ……」

胃から酸っぱい何かがこみ上げ、勢いよく食道を逆流する。黒パンの一部だったそれはクラウディアの喉を軽く焼き、汚いアーチを描いて大空へと飛び出した。

『クラウディア! ツェツィリア相手に接近戦は無理よ! 援護するから離脱して!』

耳のインカムから僚機のエルザの声と、ロケットの発射音が聞こえる。クラウディアは衝撃と痛みで朦朧とする意識に喝を入れ、ストライカーユニットのエンジンの回転数を上げてツェツィリアから必死に距離を取ろうとした。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

(ま、まずい……後ろに、下がらないと――あれ?後ろってどっちだっけ?)

「あうっ、ぐうぅっ!」

吹っ飛んだクラウディアを、無数のペイント弾が襲う。涙で霞む視界と散り散りになる思考の中、クラウディアは目一杯歯を喰いしばってシールドを展開した。涙を拭って再び目を開けると、クラウディアの視界には既にツェツィリアの姿は無く、そこには少し離れてエルザの牽制を回避するレナータしか居なかった。

(あれ?ツェツィリアさんは?何処に――)

『上よ! シールドを張って!』

 慌てて辺りを見回した直後。エルザから再び通信が入ると共に、上から魔道エンジンの唸りが聞こえた。咄嗟に頭上に掲げた手にシールドを展開した直後、蒼いシールドがいっぱいに広がっていた視界は迫りくる鈍色のメイスに塗りつぶされ、無表情のツェツィリアを見たのを最後にクラウディアは意識を手放した。

 

「ううん……」

 クラウディアが目を覚ますと、最初にぼやける視界いっぱいに森の木々と大空が広がり、その次にエルザの顔が右側の視界を覆った。背中から香る下草と土の臭いがクラウディアの鼻腔をくすぐり、朝露が渇く前の葉のひんやりとした感触が、体内に巣食う不快感を和らげた。

「良かった、目を覚ましたのね!」

「あ、うん。大丈夫、です……いたたっ」

クラウディアは体中の関節が激しく軋むのを感じた。二の腕が引きつり、全身に溜まった疲労が体を重く感じさせる。吐き気と胃がひっくり返った様な変な感覚は未だ彼女の体内にしぶとく居座っていた。

「さっき吐いてたけど、ホントに大丈夫かしら?」心配そうな顔でエルザがクラウディアの顔を覗き込む。

「うん……」

もう駄目――と言おうとした瞬間、クラウディアの耳にレナータの声が飛び込んできた。

「これで三回目だな」

「へ?」

 いきなり話しかけられ、何の話題か解らずに呆けた表情を浮かべるクラウディアに冷ややかな視線を浴びせながら、レナータは無情に言い放った。

「三回。実戦ならそれ位は死んでるぞ」

「そうね。じゃあ、今回の失敗も踏まえてもう一回やってみましょうか」

「えっ……」

 明るい笑顔のエルザから発せられた言葉は、クラウディアを困惑させるには十分だった。

「戦場では弱い子から死んでゆく、それは紛れもない事実よ。だから私達は早く強くならなきゃいけない。立ち止まっている時間は無いのよ、クラウディア」

 エルザの表情は明るいが、その瞳は全く笑っていない。クラウディアに言いようの無い不安を抱かせる彼女の表情が、それまでの経験を者が立っていた。

「別にここで止めてもいいんだけどな」

「あら、そうなの? 貴女の言葉とは思えないわね、レナータ?」

「辛いならここで止めてもいいぞ、ヴェルター軍曹。実戦で惨めにくたばるだけだからな」

「……そう、ですか」

クラウディアの心に僅かな怒りの種火を燈すのに、レナータからの明らかな挑発は効果覿面だった。

「ああ、そうさ。でも私達の前で死なれても夢見が悪いから……養成校に戻った方が良いんじゃないか? 最初の模擬戦で心が折れる様な奴はここには要らない。お友達とひよっこ同士、仲良く傷を舐めあうのがお似合いさ」

 レナータの追撃によってクラウディアの中で怒りの種火は次第に大きく燃え上がり、それは次第に悔しさと反骨心に変わった。と同時に養成校を発つときの親友の言葉を思い出す。

『アンタはアタシの目標なんだから! アタシが追いつくまで、勝手に墜ちたりしたら許さないんだから!』

 そうだ。彼女は、頑張っている。目標に追いつき、追い越してやろうと必死に頑張っている。他でもない自分を目指して! それに比べて自分はどうだ? まだ配属されたばかりなのに、模擬戦で失神した位でもう泣きごとか?こんな奴が彼女の目標なのか? あの脚なし女にあれだけ罵倒されて悔しくないのか? そんな奴が戦場でできる事があると思うのか?

「大丈夫。まだやれる――ううん、やってやるんだから!」

精一杯の勇気を振り絞り、クラウディアは起き上がった。私は、彼女の目標として胸を張れるようにありたい。私は、この中隊の一員として戦いたい。ならここでへばっていては駄目だ。もっと貪欲に、もっと訓練を積んで、強くならなければならない。早く実戦に出れるようにならなければならない。戦場は、ネウロイは、私達を待ってはくれないのだから。ついでにあのいけすかない脚無し女も見返してやる。

「……その言葉を待ってたわ」

 そう言ってエルザは微笑んで、クラウディアに手を差し伸べた。

「さぁクラウディア、ストライカーを履いて。もう一回よ」

「はい! 」

 逃げ出したくなる衝動を怒りと決意で圧殺しながら、クラウディアはストライカーに脚を通した。傍らに落ちていたMG42を拾い、薬室を確認してコッキングレバーを引く。クラウディアが魔法力を通すと、一度は地面に投げ出された両脚の魔導エンジンは、自身の頑丈さを誇示するように高らかに吼えたて始めた。

 

「それで?初日を終えた感想はどうだ、あいつは使えそうか?」

 地味なカーテンの付いた簡素な窓から夕日が差し込む執務室。そこに居るのは部屋の主たるヴィンフリーデとその右腕マライ、そして唖を抱える銀髪の第二小隊長のツェツィリアだけだった。直立不動の姿勢を取っていたツェツィリアはヴィンフリーデの言葉を理解すると、ブラウスの胸ポケットからメモを取り出して重厚な執務机に置いた。

「ふむ……『魔法力の量は文句なし。稚拙な魔法力の運用であれだけ動けるなら、かなり豊富な方です。固有魔法も強かったです。戦闘技術についても新兵にしては破格の出来だと思います。普通の部隊ならすぐに最前線に出ても問題ないレベルです。ただ、素質が素晴らしい分、精神面が打たれ弱いと思います。徹底的に鍛える必要があります』、か。お前もそう思ったか?――私もそう思ったよ、養成校で見てな」

 言葉を聞いて顔を上げたツェツィリアを、ヴィンフリーデの視線が射抜く。その視線には期待が込められていた。

「素質だけで咲かずに終わるか、屈指のエースに成長するか……全て我々の教育にかかっている。お前ならできるだろう?」

 見る見るうちにツェツィリアの頬に赤みが差したかと思うと、彼女は赤面しながら大きく頷いた。そんなツェツィリアの様子を見て、ヴィンフリーデは優しく微笑んだ。

「期待しているぞ、ツェツィリア。何、お前が鍛えるのなら私も安心だ。きっと我が隊にとって優秀なウィッチになるだろう――もう下がっていいよ」

ツェツィリアはそれを聞くと、嬉しそうに何度も大きく頷く。両目を覆う程長く伸ばされた前髪が上下に揺れた。

 

ツェツィリアがいかにも嬉しそうな面持ちで執務室を退出した後。夕日に照らされた執務室にはヴィンフリーデとマライ、そして束の間の静寂が残った。ヴィンフリーデとマライの二人がペンを動かす音だけが響く。暫くして、ペンを止めてマライが口を開いた。

「中佐、あの子をここに招いた本当の理由は何ですか?」

 ペンを動かす手は止めずに、ヴィンフリーデは明るい口調で受け流す。

「クラウディア・ヴェルターか?なぁに、将来有望なウィッチの青田刈りさ」

「嘘」

 逡巡したかのような間をおいて、ヴィンフリーデは静かにペンを置いた。椅子の背もたれに深く凭れ掛かり、天井を見上げながら口を開く。

「全く、お前には適わないな。固有魔法が魅力的だったのは確かだ。だがそれはここに招き入れた決定的な理由ではないな」

 そう言うと、ヴィンフリーデはカップを手に取り、残っていたコーヒーを飲み干した。

「一目でわかったよ、マライ。あれは我々と同種だ。『ヒトゴロシ』のいい目をしている。どんな形をしていても『敵』と認識したら止まらない、そういう手合いだ。本人は気付いていないだろうがな。両親と友に恵まれたと見える」

「……だから、『全部がマトモな奴は一人としていない』部隊に隔離した、と?」

「そうさ。あれは戦場に出るべき奴じゃない。本性を表す事無く平和に一生を終えるか、ひたすら修羅として過ごすかしかない奴だ。市井のパン屋か、それともここでしかマトモに生きていけないんだよ。」

「相変わらず優しいのか冷たいのか分からない人ね、貴女って。そうやって招き入れておきながら、いざとなったら自分の野望の為に使い潰すのでしょう?」

 言葉の端々に糾弾の意思を覗かせながら、マライの声色は優しく、柔らかい。実際にヴィンフリーデがマライの机へ顔を向けると、マライは整った顔に柔らかな微笑みを湛えていた。それを見たヴィンフリーデは苦笑しながら自身の腕時計を確認した。

「さて、どうだろうな……そろそろ時間か。マライ、車の用意を。私は着替えて化粧をしてくるよ」

 それを聞くとマライは顔をしかめて嫌悪感を露わにし、棘のある声色でヴィンフリーデの密会相手を確認する。

「今夜は――アイケ大将ですか?」

「そうだ。彼とも渡りを付けておきたい……そう睨むなよ。別に今夜は『体を使う』訳じゃないんだ」

 そう言うとヴィンフリーデは席を立ち、自室へと消えて行った。只一人執務室に残され、憤懣遣る方ないといった表情で受話器を取るマライをさっきよりも赤みを増して地平線にその身の七割を沈めた太陽が照らしていた。

 

 

 




展開が急なのは……許して下さい!なんでもしまむら!
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