Deleted Witches~デュッセルドルフの人狼 ~    作:シン・琴乃

3 / 5
第一話です。漸く物語が本格始動します。


1:着任

「『人狼部隊』?ああ、話には聞いたことがあるが……それがどうかしたか、ニパ?」

―――グンデュラ・ラル少佐(1945/詳細不明)

 

クラウディアはJu52の硬いシートに座りながら、通路を挟んだ小さい窓の向こうに広がる星空を何をするでもなくじっと眺めていた。窓の向こうから月と星々の光がキャビンに差し込み、クラウディアの体とトランクを幽かに照らしていた。機内に居るのは操縦士達を除けばクラウディアと武装親衛隊の黒服を綺麗に着こなした仏頂面の眼鏡をかけた大尉だけであり、一切会話の無いキャビンにはエンジン音だけが轟々と響いていた。

(うぅ、お腹空いたしお尻も痛いよぉ……マリアがサンドウィッチ作ってくれたけどなんか気まずいから勝手に食べらんないし……早く終わんないかなぁ……)

彼女達がガリアの養成校を発ってから既に数時間が経過しており、同じ姿勢で同じシートに長時間居続けた事もあってクラウディアは空腹と共に自身の尻に激しい痛みを感じていた。目的地である基地までは300km程だったので一時間半もあれば到着できる筈だったのだが、基地の部隊が『ネウロイ迎撃任務』の為に緊急出撃しており、クラウディアの乗るJu52は離れた空域で上空待機を余儀なくされていた。

(部隊の皆さんはどんな人達なんだろう……良い人達だといいな。確か隊長さんは柏葉剣付騎士鉄十字賞を貰った凄いエースなんだよね。――ああお腹減った!やっぱり我慢できないよぅ!)

「あ、あの……お腹空いたんで、夜食食べて良いですか!?」

「……?ああ、私に聞いたのか?」

 暫くして漸く大尉はクラウディアの方に向き直った。クラウディアは無言で激しく頷く。

「いや、別に……食べたいなら食べれば良いじゃないか。私に聞くなよ」

 困った様子でクラウディアに言って大尉は眼鏡の位置を指で直し、神経質そうな足取りで操縦室へと歩き出した。その言葉を聞いた次の瞬間には、クラウディアは雑嚢を開けて小さな箱を取り出し、大尉には目もくれず猛然とサンドウィッチに食らいつき始めた。

 

「喜べ、ヴェルター軍曹。漸く着陸許可が下りた。君の赴任先のウィッチ達のエスコート付きだ」

 クラウディアがサンドウィッチを平らげて水筒のコーヒーを啜っていると、キャビンのドアを開けて大尉が戻って来た。

「えっ!本当ですか!?」

(どんな人達なんだろう!見えるなら挨拶とかしなきゃ!)

それを聞いたクラウディアは背後の窓に齧りついて外を見渡す。夜空は相変わらず光り輝く星々で満ちて、幾ら夜空を睨んでもウィッチの影は何処にも見えなかった。

(流石に見つかる訳ないか……)

 と思って窓から視線を外そうとした瞬間、それは突如として彼女の視界に現れた。見た事も無い新型のストライカーユニット。それは彼女が今まで使ってきたJu88よりも大きく、洗練された優美な形をしていた。そのユニットの前後では碧の魔導針が幽かに光り、今まで聞いた事の無い排気音を奏でていた。魔導エンジンも新型なのだとクラウディアは理解した。見た事の無い形状に新型のエンジン。文字通りの最新鋭機だ。そのウィッチは身の丈よりも大きい棍棒を携えており、その表情は武骨な双眼鏡の様な物を着けていて判らなかった。一瞬だけ彼女と目が合ったが、その『眼』は翠に光って個人の感情を読み取る事は出来ず、人よりも夜行性の獣を想起させた。

「すごい……」

 これがクラウディア・ヴェルターとツェツィリア・クフィアコフスカの最初の出会いだった。

 

 出撃時の様な緊迫した様子こそ無いものの、基地の格納庫は賑やかに活気づいていた。次々とウィッチ達が帰還し、彼女達の会話と整備兵達の会話が交わる中でトラックやカートがひっきりなしに動き回り、ストライカーユニットの駐機や整備作業が各所で行われていた。現在は6個小隊の内4個小隊が帰還してその内3個小隊分の作業は完了しており、作業の忙しさは峠を越えたと言って良い状態だった。

『本部小隊が着陸する。整備班は駐機用意の上、所定の位置で待機せよ』

 格納庫に放送が入ると共に、本部小隊付の整備兵達は引き締まった面持ちで持ち場に着き直した。彼らの仕事はこれから始まる。

 暫くして、格納庫の喧騒の中に特徴的なユマ 222G/Hの排気音が混じり始めた。獣の吼える様な重低音がどんどん近付いてくる。やがて格納庫要員の会話がその音に掻き消されるようになると、4人のウィッチ達が格納庫へ帰って来た。

「お帰りなさい、中佐!ユニットの調子はどうでしたか?」

 出っ張った頬骨と黄色い肌、低い鼻が特徴の良くも悪くもアジア人らしい顔が真っ先にヴィンフリーデを迎えた。彼は関野信孝伍長、ヴィンフリーデ機の機付整備長だ。彼はヴィンフリーデ自らが扶桑の宮藤研究所から引き抜いてきた凄腕の技術者であり、ストライカーユニットと502JFWの管野直枝中尉に全てを捧げる『偉大なる変態』でもあった。

「ああ、ただいまセキノ。素晴らしい仕上がりだったよ。百点だ」

 関野を称賛する言葉とは裏腹に、ヴィンフリーデはかなり苛立っているように見えた。出撃前からヴィンフリーデの表情は不機嫌そうだったが、帰って来てから彼女の機嫌は更に悪化している様に関野は感じた。ここでヴィンフリーデの機嫌をさらに損ねても良い事は無いので、関野はいつもより一層にこやかにヴィンフリーデに接する事にした。

「それは良かった!排気タービンが丁度寿命だったので交換したばかりだったんですよ」

「心配だったのか?それも仕様の内だと聞いたが」

そう言ってヴィンフリーデはストライカーユニットとMk108機関砲を整備ピットに固定してユニットから脚を抜き、しなやかな身のこなしで地面に降りた。ユマ222Gの排気タービンは技術的問題から、消耗品として設計されているとヴィンフリーデは説明されていた。

「はい、しかしユニットやエンジン本体との相性もありますから、あまり単純な話でもないんです。今夜は四匹だったんでしょう?スコアは増えましたか?」

「ああ、お陰でトマホークが駄目になったよ。汚らわしい!」

そう忌々しそうにヴィンフリーデは吐き捨てた。関野はヴィンフリーデがこんなにも不機嫌な理由を悟った。彼女はヒトモドキに『近寄られた』のだ。ヴィンフリーデの基本的な戦闘スタイルは『魔眼持ち』のマライの観測と自身の固有魔法の『偏差射撃』を使ったMk108での超長距離狙撃だ。実の所彼女は、狙撃のみならず格闘戦以外はそつなくこなすオールラウンダーとしての側面も持つが、狙撃に拘るのは彼女なりの理由がある。理由までは関野には解らないが、彼女はヒトモドキを毛嫌いしている。そして彼女は今夜ヒトモドキと近接戦闘をする羽目になったのだ。

(こりゃ今日はこの人には近付かないほうがいいな……触らぬ神に何とやらだぜ……)

「あの~~、中佐?整備の作業がありますんで……」

「ああ、そうだな。宜しく頼む」

 そう言ってヴィンフリーデは何事かを呟きながら苛立った足取りで格納庫を去った。ひとまずの脅威が消えた関野は安堵のため息を吐き、他の整備兵達を大声で呼びよせた。

 

親衛隊基地の一角にある執務室。部屋の主であるヴィンフリーデとその副官マライは言葉を交わす事も無く淡々と事務処理をこなし、部屋にはペンを動かす音だけがカリカリと響いていた。暫くして、部屋のドアがノックされた。静寂を打ち破ったのは、始めて聞く明るい大声だった。

「失礼します!!」

「入れ」

 ヴィンフリーデが返事をすると、ガチャッ、という音と共に一人の少女が入って来た。少女はぎこちない足取りでヴィンフリーデとマライの前に立ち、敬礼をして緊張した面持ちで口を開いた。

「クラウディア・ヴェルター軍曹、本日付で空中勤務を命ぜられ、只今第32親衛夜間戦闘航空団第一飛行隊に着任致しました!」

 クラウディアが口上を述べ始めると同時に二人は椅子から立ち上がり、無駄の無い動作で答礼した。

「ヴェルター軍曹、着任を許可する。『視えない盾』中隊へようこそ。私が隊長のヴィンフリーデ・W・シュトライプ中佐だ。こちらは副司令のマライ・アッカーマン少佐だ」

「これからよろしくね、ヴェルター軍曹。仲良くできたら嬉しいわ。私の事は名前で呼んで構わないから」

 ヴィンフリーデに紹介されたマライはにこやかに微笑んだ。硬質で厳格な雰囲気を纏ったヴィンフリーデと、温和な表情で優しくそうな印象を与えるマライは対照的な二人だった。

「はい!これから宜しくお願いします!私の事も名前で呼んで下さい!」

「貴様の所属は第二中隊だ。今日はもう遅いし他の隊員も出撃から帰って来たばかりだから、本格的な顔合わせや基地の案内は明日になるだろう。貴様には明日から早速練成過程に入ってもらう。問題無いな?下がって良いぞ。今夜の内に荷ほどきをしておけ。」

 そう言ってヴィンフリーデは興味無さげにクラウディアから視線を外し、ペンを持ち直して机上にある書類に視線を落とす。

「はい!あの、中佐……」

「どうした?」

「あの、私の部屋ってどこですか?」

 クラウディアの言葉にヴィンフリーデは一瞬呆気にとられ、納得した面持ちで口を開いた。

「ああ、そうか。すっかり忘れてたよ。マライ、案内してやれ」  

「了解しました、隊長。さぁクラウディア、行きましょう?」

マライに連れられて、クラウディアは執務室を退出した。執務室に再び静寂が戻り、ヴィンフリーデは何も言わずに机に向き直った。

 

「ここが貴女の部屋よ、クラウディア。さあ入って頂戴」 

基地の中を歩く事3分。後ろ手にドアを開けたマライに促され、クラウディアは案内された自身の私室に入った。カーテン付の窓から滑走路を一望できる私室の中はごく一般的な内装で、鉄のベッドに木の机、ヒーターや簡単な本棚等が置いてあった。

「ちょっとカビ臭いかもしれないけど、我慢してくれるかしら」

「そんな事ありませんよ、全然大丈夫です!んしょっ……」

「そう?ここでの暮らしで困ったことがあったら何でも言ってね」

「ありがとうございます!」

 そう言いながらクラウディアは抱えていたトランクやバッグを床に置いた。ゴドン、という鈍く重々しい音が部屋になり、床を軽く揺らす。マライはクラウディアの持ってきた荷物をしげしげと眺めると、明るい表情で手を叩いた。 

「随分と大荷物ねぇ……荷ほどき手伝ってあげるわ」

「ええっ?!そんな、大丈夫ですよ!アッカーマン少佐の手を煩わせる様な事は……」

「遠慮する事無いわ。あなたはもう私達の一員だもの!それに貴女は明日から訓練でしょう?こんな大荷物一人で整理なんて無理よ」

「えっいやでも」

「私がやってあげたいだけよ、気にしないで。一緒にやりましょう♪」

「は、はぁ……」

 クラウディアは完全にマライの勢いに気押されていた。ウィッチ訓練校でも教官を始めとした士官はいたが、皆一様に厳しく、クラウディア達候補生に容赦ない試練を与える悪魔の様な人々だったので、こんなにも砕けた態度で親密に接する少佐など彼女の想像の範疇を大きく超えていた。

「ほらほら、早く始めましょうよ。二人でやれば作業時間も半分で終わるわ♪」

「お、お願いします……」

 今にも輝きそうな程眩しい笑顔のマライに押し切られて、クラウディアはトランクの鍵を解錠した。窓の外では黄色がかった月光と色とりどりの誘導灯が滑走路と格納庫を照らし、中天高く上った半月が森と基地だけの殺風景な景色に僅かな彩りを与えていた。

 




もうそろそろで書き貯めがなくなりそうです。
宜しくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。