調の錬金術師(偽)   作:キツネそば

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Q.今回のお話は?
A.前回の補完とアゾットチャンス


猜疑心sideM

「では私たちはこれから交渉に行ってきます。後のことは任せましたよ、メルクリア」

 

「ああ、任せろ。気を付けて帰って来いよ」

 

第一回フロンティア浮上作戦失敗から数日、ナスターシャはマリアを伴ってアメリカ政府との講和に向かった。

 

元より穴だらけでほとんど予定通り進まなかった作戦を今日まで何とか続けてきたが先日の一件でこのことに踏み切ったようだ。

 

勿論それだけが理由ではない。マリアにフィーネであるという重荷を背負わせてしまったこと、優しい彼女たちに重い十字架を背負わせてしまったこと、そんな重圧に苦しむ彼女たちだけでなくナスターシャ自身にも限界が訪れたのだ。

 

今まで自分がしてきたことが正しいのか分からない、自分のせいで彼女たちが苦しむ姿を見たくない。もし仮にこのまま続けても世界を救える確証もない。さらに日に日に増すウェルへの不信感。

 

そんな話を浮上作戦から帰ってきた晩に聞かされた。

 

神獣鏡の出力が足りないのなら賢者の石を使って増幅すればいい。

 

ウェルが信用できないのならば排除すればいい。

 

調達にこれ以上傷ついてほしくなければ俺に代わりに戦えと命じればいい。

 

汚れ仕事だってなんだって引き受けてやる。そういう契約だし俺はすでにフィーネの一員だ。だからお前はやりたいことをやりたいようにやればいい。

 

そう返した俺にナスターシャは泣きそうな顔で微笑みながら言った。

 

あなたもこれ以上傷ついてほしくない大切な人の一人なんですよ…と。

 

だから二人で考えた。ナスターシャが後悔しないような選択を。これ以上調達が傷つかず世界を救える方法を。その結果がアメリカとの講和だった。

 

だが正直言って俺は反対だった。この案はリスクが高い。元々月の落下を隠蔽しようとしたアメリカがそれをどうにかして阻止しようとする俺たちの交渉にタダで乗るとは思えない。

 

それでもナスターシャが決め、危険を承知でもそうしたいと思ったのだ。ならば俺が口を出すのは野暮というものだろう。

 

だがみすみすナスターシャがやられに行くのを見過ごす気もない。だから護衛としてマリアをつけた。三人の中で最も防御能力の高いマリアなら何かあってもどうにか逃げ帰ってこれるだろう。

 

「さて、ナスターシャ達も出かけたし俺もドクターに話をつけてくるかな」

 

「分かった。じゃあ私はお昼作ってるね。切ちゃんは洗濯物お願い」

 

「了解デース!」

 

そして調達にもこのことについて詳しく伝えてない。成功するかどうか分からない交渉に行くといえば必ず反対される。それにドクターも良しとせず何かしらの形で干渉してくるだろう。

 

だからこそ何も告げずに出向き、ドクターは俺が見張る。そういう手筈になったのだ。

 

「悪いな調、任せてしまって」

 

「ううん、大丈夫。それより何の話?」

 

「今後に関わる大事な話だよ。リンカーとか作戦とかのな」

 

「…分かった、気を付けてね」

 

「ああ、行ってくる。遅くなるかもしれないから先に食べててくれ」

 

「一緒におさんどんはまた今度な」そう言い残して俺はドクターのいる離れに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ドクター、いるか?」

 

「おや、メルクリアさんではないですか。どうかしましたか?」

 

「ちょっと相談したいことがあってな」

 

「すみません、今ちょっと手が込んでましてね」

 

ドクターの部屋を訪れると予想通り身支度をしていた。やはりあの話をどこかで聞いていたようだ。これは最悪強行手段も考えておいた方がいいだろう。

 

「すぐ終わるんだがダメか?」

 

「…分かりました。では片づけてから行くので外で待っていてください」

 

「すまないな。焦らなくてもいいぞ」

 

よし、これで少しは時間が稼げたな。後は向こうが上手くやってくれるのを待つだけだ。

 

そう考え部屋から出ようとドアノブに手を伸ばしたその時、「そういえば…」とドクターがつぶやいた。

 

 

どうかしたのか?と立ち止まり振り返ろうとした瞬間、俺は胸に違和感を覚えた。それと同時に金縛りにあったかのように身体の自由が利かなくなる。何とか自由に動かせる目を使い胸元に視線を向けるとそこには見慣れたものが突き刺さっていた。

 

それは背中から刺され胸元まで貫通していた。槍のように先端の尖った形状、淡く光を反射し輝く表面、そしてわずかながら漏れ出すフォニックゲイン。それは紛れもなくソロモンの杖だった。

 

「あなたは言いましたよね?英雄とは自分のような化け物を殺す者の事だと。丁度いい機会だったので僕の英雄譚の一ページになってもらいますよ。観客がいないのは寂しいですがそういう話があってもいいでしょう。それではさようなら、醜い化け物」

 

ドクターがさらに力をいれたことで杖は俺の身体により深く突き刺さりその穴を広げる。そしてまばゆい閃光と共に杖に吸い込まれそうになる世界が曲がり暗転する。俺が覚えているのはそこまでだった。

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしたもんかね…」

 

ぐにゃぐにゃと不定形、されどひんやりと堅い。そんな背中の奇妙な感覚で意識を取り戻した俺の目に最初に入ってきたのは絶え間なく変化し続ける空だった。

 

そしてそこには体躯も形態も配色も様々なノイズがその空間には肉眼では捉えきれない程に溢れ、蠢いている。

 

伝承で伝えられた通りならここはバビロニアの宝物庫だろう。なによりあの時突きたてられたソロモンの杖と未だに胸に感じるこの違和感、それが確かな証拠だった。

 

あれからどれだけの時間が経ったのだろう、日付を確認しようとポケットに手を伸ばすも空を切るばかりで一向に端末をつかめない。

 

違う、掴んだという感覚が無いのだ。指先が、腕が、まるで存在しないかのように何も感じない。恐る恐る右腕があるはずの場所を見れば腕は確かにそこにあった。だがその形は歪だった。

 

折れ曲がり、捻じれた腕だったものがそこに転がっていたのだ。その時俺は初めて気づいた。己の四肢が存在しないことを。そしてへそから下が存在していないことを。

 

辺りを見回せば左腕は少し離れた浮島のようなところまで吹っ飛んでいて右足は上空を未だに漂っていた。

 

残った下半身と左足は未だ見つからないが左足があったところが細かくなっていく感覚に襲われているから大方ノイズに炭素分解されているのだろう。

 

生身の人間をソロモンの杖で転移させるとその負荷に耐えられず爆発四散するようだ。これは実用性に欠けるな、今後のテレポート技術の参考にさせてもらおう。

 

さて、それじゃあそろそろ直すかな。

 

各切断面に魔力を流し四肢との感覚を再接続する。するとねじ切れた右腕は時間を巻き戻すかのように再生、左腕も飛んできて肩口に繋がった。

 

血管、神経、筋線維、接続と修復完了っと。後は下半身だが流石に接続先の無いせいか右脚は繋がらずそこら辺をフワフワしている。

 

もう捜すのもめんどくさいから作り直すか。そう思い下半身との魔力接続を切断すると今まで感じていた下半身の感覚が消え、それと同時に浮遊していた右脚も地面に落ち赤い塵となって消えた。

 

続いて下半身に魔法陣を展開して魔力を流し込み肉体を再構築する。赤い光と共に骨が生え、筋肉が纏わりつき、皮膚が覆いかぶさる。これで今まで通りの身体に戻った。

 

「よっこらせっと。う~ん、少しふらつくな」

 

身体を再生したのはいつ以来だろう、確か前直したのが洞窟の崩落に巻き込まれた時だから約半世紀ぶりだろうか。いや、違うな。ライブ会場で調を庇った時も再生したっけ。

 

あの時も周りはノイズまみれだったよな。宣戦布告の予定時刻より早くに、しかも計画に無い場所でノイズが発生して襲い掛かってくるもんだから焦ったわ。

 

しかもノイズの攻撃で柱が壊れたもんだから天井が崩れてきて巻き込まれたし。なんとか翼と尻尾でとっさに調は守れたから良かったもののあの姿や再生を見られなかったかひやひやしたよ。

 

それにしても暫く引きこもってたから再生能力も身体機能も依然と比べ大分鈍っている。これは運動した方がいいだろうな、調にもしもの事があった時に守れなかったら嫌だからな。

 

とりあえず帰るか、さっき下半身と一緒に端末も分解されちゃったから日付も時間も分かんないけどそこそこ経っているはずだ。忙しい時に心配をかけるのも悪いしな。

 

テレポートの術式を展開、これをくぐれば懐かしのエアキャリアに到着だ。

 

だがいつまでたっても空間は繋がらず、座標の固定すらままならない。普段よりも多めに魔力を流し込んでも一向に繋がる気配すらない。

 

もしやと思い地面に手を付き探知術をかけると最悪の事態であることが発覚した。この空間は完全に独立していたのだ。

 

俺はてっきりバビロニアの宝物庫は現実世界、つまり地球において作られた拡張空間だと思っていた。それも遥か昔に宝物庫の扉は閉じられ今ではソロモンの杖でしかその管理ができないだけだと思っていた。

 

だが違ったのだ。バビロニアの宝物庫は完全に独立した、地球とは切り離された空間だったのだ。

 

ノイズは神々が去ってから人間が作り出したものだと聞いていた。だから人が作ったものなら解析してどうにでもなると思っていた。

 

だが神々が作ったものとなると話は変わってくる。そもそも人間と神ではその格が違う。神が作ったものに人間が干渉、改変するなどどうあがいても一人では不可能だ。

 

そしてどうやらこのバビロニアの宝物庫もその一つのようだ。この空間だけで設定した対象の製造、改変、機能拡張、おまけに自動修復まで備えた全てをやってのける永久機関、これだけで独立した一つの世界なのだ。まさに神々の遺産と言っても過言ではない。ソロモンの杖はその二つの世界を一時的に開く役割を担っているに過ぎなかったのだ。

 

そして俺の使う転移術は龍脈、地脈、そういった流れの繋がりを利用して移動する仕組みだ。流れさえあればどこへでも行けるがそれが途絶えていては何処へも行けない。そしてこの空間にはそもそもそういった流れが外界と繋がっていない。文字通り俺は完全にここに閉じ込められた訳だ。

 

図らずともこんな形で塔に幽閉され世界が終わるその日まで孤独に生きるマーリンの気持ちが分かるとは思わなかった。

 

だがこれで良かったのかもしれない。俺という存在は、メルクリアという道具は過去の産物だ。遥か昔に失われていなければいけないものだ。

 

それを不老不死の力で無理矢理現代まで存在し続けてきたのだ。醜く、みっともなく、自分ではどうしようもできなくなるまで生きてしまった。生き続けてしまったのだ。

 

ならばせっかく与えられたこの機会、無駄にすることなく使わせてもらおう。

 

決して生きとし生けるものは立ち入れず、いるのは作られ、戦うことしかできない悲しい兵器のみ。ならば俺のような者の死に場所としてこれ以上の場所は無いだろう。

 

ここでひっそりと、いつまでも生きていこう。こんなことで今までの行いを償えるとは思えないし償う気もない。だがそれでも悠久の孤独を背負って生きていこう。

 

人生と言っていいのかは怪しいが碌な人生じゃなかった。生まれる時代も、場所も、家も、親も、何もかもを間違えて、その後も碌でもない連中と碌でもない事ばっかりして。

 

人様に顔向けできないことして、好き勝手しまくって、それでも自分の選択だから好きでやったことだからと後悔することなく反省することなく何度も繰り返して。

 

そして金も力も権力も手に入れて、何もすることなく怠惰に過ごしていた時調に出会って。

 

ああ、今思えば調といる時が一番楽しかった、充実していた。

 

あんなにも誰かの事を思ったことはなかった。それまでは自分の事しか考えず生きてきたというのに。

 

調に相応しくなれるように努力した。初めてだった、憎しみや妬みではない理由であそこまで頑張れたのは。

 

彼女の前なら俺は笑えた。いつしか感情が死に絶え、顔見知りからも鉄仮面と、冷血と罵られた俺が初めて心から笑えた。

 

かつて暴虐の限りを尽くし恐れられ、事あるごとに力を振るいその姿を見せつけ誇りに思っていたあの姿をいつしか醜いと思った。見られたくないと思った。知られたくないと思った。

 

そしていつも妬んだ。なぜ自分は彼女と同じ人間ではないのかと。調と共に歳を重ね、共に老いていくことができないのだろうかと。

 

調がいたから、調だから、調じゃなかったら。気づけば空っぽだった俺は調のおかげでこんなにも満たされていた。

 

喜びも、怒りも、悲しみも、楽しみも、昂ぶりも、寂しさも、優しさも、妬ましさも、愛しさも、切なさも、

 

全て枯れたと思っていたものを調が見つけてくれたもの、与えてくれたものだ。

 

ああ、幸せだ。散々な人生で、いつも怯えて過ごして、妬まれて暮らして、疎まれて生きてきた。

 

だけど調に会えた、調と過ごせた。それだけで十分だ。そのために生きてきたのなら満足だ。こんな終わり方でも上等だ。

 

だけど、それでもやっぱり、

 

「もう一度会いたいよ、調…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、私もだよ。ソウ君」

 

声が聞こえた。寂しさのあまり頭がおかしくなったのかと思った。空耳かと、妄想かと思った。

 

それでも、それに綴るかのように顔を上げた。

 

そしてそこには彼女がいた。会いたくて、愛しくて仕方がない、月読調がそこにいた。




漸く書きたかった回までたどり着けました。
次回は口の中が甘くできるようにがんばります。
今回も読んでいただきありがとうございました。

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