内容を一部変更しました。(12/25)
「セット・ハーモニクス!」
旧リディアン音楽院跡地での戦闘から数日後、逃亡したドクターウェルを巡って繰り広げられる戦いは苛烈を極めていた。
始めはエージェント相手にソロモンの杖の力でノイズを召喚し優勢に立っていたウェルだったが偶然近くに居合わせた響の暴走とも言える力により一転して不利に陥る。
そして遂に響の拳がウェルの顔面を射抜くかと思った瞬間、なんとか間に合った調と切歌によって攻撃が防がれ戦局は振出へと戻された。
しかしこちらは時間制限付きの二人なのに対し相手は正規適合者、しかも謎の暴走により出力がどんどん上昇している。時間の面でも力の面でもこのままでは自分たちが負けるのは明白だった。
なんとか戦局を押し返そうとウェルは調と切歌に対し副作用を顧みずリンカーのオーバードースを強行、ナスターシャの事もあり逆らえない二人は絶唱を用いて押し切ろうとするも響の絶唱により調律、エネルギーは吸収され空に向かって虹色の旋風となって放出された。
貴重な手持ちのリンカーを二本も使い、奏者にも負担をかけたにも係わらず戦況は動かなかった。しかし意外にもウェルは冷静にこの状況を分析していた。
敵奏者は絶唱三人分の負荷を一人で背負い消耗、そして暴走の負荷で動けないまで追い込まれている。一方こちらはそのおかげで当初予定していた負荷は大幅に軽減された。一見硬直状態が続いているように見えるがそれは表面上だけであることを見抜いていたのだ。
今なら散々邪魔をしてくれた敵奏者を始末することができる。幸か不幸か手元には丁度リンカーが後二本残っている。そして幸運にも前のリンカーの効果も持続している。敵を確実に始末できるよう絶唱を使わせればリンカーの過剰投与による出力の計測もでき一石二鳥だ。
どうせ迎えに来たのも仲間意識などではなくナスターシャの延命のため、ならば自分も利用できるだけ利用してやろう。そう考え二人の首筋にリンカーを押し当てる。
「さあ、もう一度絶唱を奏でなさい!そしてその暴威をもってしてあいつを蹂躙しろっ!」
これで自分は英雄へまた一歩近づく。夢にまで見た輝かしい存在が手の届く距離に。そんな光景を夢見てトリガーにかけた指に力を入れる。
だが次の瞬間リンカーが二人に注入されることはなかった。そしてウェルの視界に映ったのはそんな輝かしいものでもなく薄汚れた瓦礫の山だった。それを認識した瞬間、体に鈍痛が走り肺が押しつぶされたかのように呼吸ができなくなる。
何が起こったのか全く分からなかった。なぜさっきまで立っていた自分が地べたに這い蹲っているのか、なぜさっきまで自分がいた場所に見知らぬ男が立っているのか、ウェルには解らなかった。
暗転する視界の中、されど一つだけ確信できることがあった。それは意識を失う寸前にも関わらず、いや、意識を失う寸前だからこそ研ぎ澄まされた感覚で、本能で理解したのだ。
あいつは敵だ、自分が英雄になるのを邪魔する敵だ、それも最大級に危険な奴だと。
そう結論付けるのと同時にウェルは意識を失った。
どうも皆さんこんにちは、メルクリアです。お久しぶりです。学園祭潜入での一件からしばらく経った今日この頃、俺は非常に困ってました。
そう、どれだけ頑張っても調達と連絡が取れないのです。原因は分かってます。ええ、神獣鏡のステルスで電波が届きません。
今までは調の方から連絡をくれたり浜崎医院に行けば誰かしらいて何とかなってたんですがね。
流石の俺も何の手掛かりもなしにあのエアキャリアを追うこともできず試しに浜崎医院に行ってみたものの案の定もぬけの殻、それに加え強面のお兄さん方がいっぱいいるもんだからもうびっくり。なんとか潜入してみたものの中も酷い荒れ具合でした。
結構内装とか凝って錬成したんだけどな…。
そんな訳で今のうちにできることをや色々と手を回しながら情報収集を続けること数日、突如阿保みたいなエネルギーを感じてその方向に振り向くと虹色の竜巻が空に向かって立ち昇っていくのが見えた。
あれって確かライブ会場でも見た立花ちゃんの必殺絶唱融合じゃなかったっけ?
それにあの竜巻からは調達のフォニックゲインも感じる。ということは絶賛戦闘中か!?
慌てて身体にかけたリミッターを一部解除、それに伴い身体の形状が一部変化する。これのせいで周りに色々厄介なものを観測されるが今はそんなことを気にしている場合じゃない、周りの人間が悲鳴を上げるがそれも気にしている場合じゃない。
この機会を逃せば次会えるのがいつかなんて分からない。それに戦闘なら調達が怪我をするかもしれない。考えたくないがすでに怪我をしているかもしれない。それに比べればこの程度の痛手は安いもんだ。
慌てて現地に向かって跳躍、飛翔していくと調達が立花ちゃんと向き合っているところだった。そして調達の背後にいる白衣を着た無精髭の男が今まさに注射器のようなもので怪しげな薬品を注射しようとしているのが目に入った。
その瞬間、俺の中で何かが切れた。そして気づけば俺は尾骶骨辺りから伸びた鈍く光るそれでその男を吹き飛ばしていた。
「なんとか間に合ったか。久しぶりだな、調、切歌ちゃん。大丈夫だったか?」
「その声はメルクリア!?どうしてここに、それにその姿は…」
「まあ大丈夫だろう見られたってのも一瞬だし。それに今は一秒でも早くここに来ることの方が先決だ」
調が俺だと気づいて話しかけるも言葉は最後まで続かなかった。だがそれも当然の反応だろう、なんせ知り合いがいきなり、それも水銀でできた翼と鱗のある尻尾を生やして飛んできたんだ。そうなるのが普通だ。
それに加え調には人前にこの姿を表さないようにしていると言ってある。理由としては色々なところに俺の居場所がばれたり厄介なフォニックゲインを観測されたりするからだ。
と言っても今回は緊急事態、そんなことを気にしている余裕も無かったが。
さて、とりあえず立花ちゃんを止めるか、と彼女に向き直るも何やら様子がおかしい。まず異様に高熱を帯びている。それは近くを舞う木の葉が自然発火して燃え尽きるほどだ。それに彼女が発するフォニックゲインが以前よりはるかに上昇している。
まさかと思い解析術をかけると潜水艦で診た時とは比べ物にならないほど聖遺物との融合が進んでいた。この数日間の間に一体何があったのかは分からない、だがこのままでは確実に立花ちゃんは死ぬ。あれはそうゆう状態だ。
少なくともあと一歩で自我が崩壊しかねない。つまり戦闘は絶対に避けるべきだ。となると俺がやることは立花ちゃんの捕縛及び冷却、できたら浸食の抑制ってところか。
そのためにはいくつか錬金術で地形をいじる必要があるが…と丁度いいものがあった。せっかくだ、使わせてもらおう。
「調、これソロモンの杖だよな?借りるぞ」
「え?いいけどノイズを呼び出してどうするの?」
「まあ見とけ、これはノイズを呼び出すだけじゃない。こういう使い方もあるんだよ。開け、ソロモンの杖!」
勢いよく杖を地面に突き刺すとそこからノイズを呼び出すときの光が地面を伝って立花ちゃんの元まで一気に走る。そして彼女のいる地面が光った次の瞬間、そこの地面は陥没し三メートルほどの穴が出来上がった。立花ちゃんはその穴の底で未だうずくまったままだ。ならば今のうちに次の手を打つ!
今度は地面に手を付き魔力を穴の底まで流し込む。そこまで届いたら今度は魔力を水の鎖に錬成、立花ちゃんを縛り上げるも予想以上のパワーで暴れ始めたせいで今にも鎖が引きちぎられそうになる。
急いで魔力を回し鎖を太く、強く錬成しなおす。そしておまけとばかりに穴の上から錬成した水を滝のように流し込むとようやく立花ちゃんは変身を解き落ち着いてくれた。
それにしても尋常じゃない熱量だった。その証拠にあれだけ用意した水がもう茹ってる。普通の人間がそんな熱量に耐えられるわけがない。彼女も確実に人外の、聖遺物の階段を上ってしまっているのだな。
「調、切歌、迎えに来たわよ!ってメルクリア!?どうしてあなたまで!?」
どうやら丁度いいタイミングでマリア達が迎えに来てくれたようだ。せっかくなんで乗せてもらおう、なんせ俺も今日からフィーネの一員になるわけだからな。前調と別れる前にもそう言っておいたし大丈夫だろう。
「調、切歌ちゃん、行くぞ。ってあれ?切歌ちゃん、なんでその不審者抱えてるの?」
「えっと…実はこの人前言ってた協力者のドクターウェルなんデスよ」
え?マジで?さっき思いっきり吹っ飛ばしちゃったよ。結構キレてたから手加減とかしてないよ?
…やべ、死んでないよね?
「だ、大丈夫デスよ!ドクターこう見えて結構丈夫デスから、ね!調?」
「え、うん。大丈夫だと思う…多分」
「そうか…そうだといいな…」
「それにメルクリアは私たちを助けるためにドクターを吹っ飛ばしたんだから大丈夫デスよ!正当防衛ってやつデスよ!」
「切ちゃん、それ少し違うと思う」
うん、ヘリに乗ったらすぐに治療しよう。場合によっては賢者の石を使ってでも治してあげよう。そう密かに心に誓った。
そうこうしているうちにエアキャリアからロープが二本降りてきた。うち一本をドクターを抱えた切歌ちゃんが掴む。となると残った一本を俺か調が掴み、もう一方が抱えられるということになるわけだ。
ふむ…俺が調に抱えられる構図は無いな。決して切歌ちゃんに抱えられているドクターが恥ずかしいと言っているわけではないがそれは恥ずかしい。というか惚れた女に抱えられるのは男として絶対に嫌だ。
となると俺が調を抱えることになるのだが先ほどあんなことがあったばかりだ。もしかしなくても調に嫌がられるかもしれない。ここは一応聞いておいた方がいいだろう。
「あ~調、俺がロープに掴まって調を抱えるってのでも大丈夫…かな?」
「え!?えっと…その…」
調を目を背けソワソワしつつ口ごもりながらそういった。よく見れば若干頬も紅い。ああ、やっぱりね。長年生きて分かるようになった女性がそれとなく拒否する時の仕草だよ。分かってはいたが実際にされるときついものがあるな。
「よし、分かった。んじゃ調がロープに掴まりな、俺は自分で飛んでいくから」
「え!?いや、その、そういうわけじゃなくって、その…」
ありがとう調、でもその気持ちだけで十分だよ。俺は翼を使って空に飛びあがり一足先にエアキャリアに向かった。来る途中風鳴ちゃんと白髪ちゃん他一名がこちらに向かってくるのが見えた。これなら立花ちゃんも大丈夫だろう。
こうして俺のフィーネとしての初仕事は無事に終わった。
だがこれからみんなとどう接していけばいいのか、そして調とも今まで通り関わっていていいのか、そんなことで俺の頭はいっぱいだった。そのため世界征服やら月の落下などしばらく考える余裕すらなかった。
今回も読んでいただきありがとうございました。