これからも妄想全開ですが楽しんでいただければ幸いです。
「そうですか…メルクリアがそんなことを」
旧リディアン跡地、そこでマリア達と合流した調と切歌は秋桜祭での一件を報告していた。マリアは二人が無事に帰って来た事に安堵し、ナスターシャはメルクリアが計画に参入するということで今後の計画の修正をしていると調と切歌が悲痛な面持ちで声をかけてきた。
「マム、メルクリアを助けに行きたい」
「メルクリアが私たちの代わりに敵に捕まったデス」
「人質に取られてるかもしれない。だから、助けに行きたい。それに決闘も申し込んだから戦わない理由もない」
二人が、特に調はメルクリアになついていることをナスターシャとマリアは知っていた。そして調がメルクリアに好意を抱いていることも理解していた。だがそれを許すことはできなかった。
「これは遊びではないのですよ。それに彼に限って捕まるなどあり得ません。もし捕まったとしても直ぐに脱出するでしょう」
「でも…」
「心配デス…」
「調、切歌、貴女達が彼を心配するのはよく分かります。ですが彼は強い、それは貴女達も知っているでしょう?」
「そうね、彼なら奏者が三人いたとしてもなに食わぬ顔で帰って来そうよね」
「そうですねマリア。だから貴女たちも今は彼の帰りを信じてあげてください」
そう言ってナスターシャは二人の頭を優しく撫でたがその手は震えていた。口ではそう言っていても本心ではメルクリアを心配していたのだ。ナスターシャ個人としても、フィーネとしてもメルクリアとは長い付き合いであり何度も助けられた過去がある。それでも組織の長として表に出すまいと必死だった。
「おやおや、皆さん随分とそのメルクリアという人物に御執心のようですね」
「…ドクター、いたのですか?」
「ええ、貴重な奏者二人が帰って来たと聞いたものでね。そうしたら聞きなれない名前が聞こえたものでついしゃしゃり出てきてしまいましたよ」
そう言いながらエアキャリアから出てきたドクターウェルの表情には怒りの色が見えた。ナスターシャだけでなく奏者三人までもが自分の知らないところで秘密を共有していた。しかも自分の邪魔をしでかさない相手がまた一人増えるかもしれない。その事が英雄志望の彼にとっては看破できるものではなかった。
「それで、どなたなんです?そのメルクリアとは」
「私達に協力してくれている錬金術師です。とても優秀で頭が切れます。何よりかなりの強者です」
「ほう、錬金術師ですか。なんとも胡散臭い奴ですね。今時流行りませんよそんなインチキオカルト野郎なんて」
「そうですか、ですか私たちはそんなインチキオカルト野郎を信用しています。少なくとも貴方よりは」
「そうですか。それで、その凄腕錬金術師様は敵奏者から聖遺物も奪えず間抜けに敵に捕まったわけですがこれからどうすると?」
「それならマム、メルクリアがこれをくれた」
「これは…賢者の石ですか」
「賢者の石?そんなもの空想上のアイテムでしょ!どうせ偽物ですよ」
「いいえ、本物ですよ。証拠ならほら、この通りです」
ナスターシャが石を握りしめると拳から赤い閃光が走り空に向かって燃え盛る炎が錬成された。それを見たウェルの顔は先程のような怒りではなく驚愕に染まる。彼も一科学者だ、物理学上いきなり人の掌から火柱が上がるなど考えられない。だからこそ認めるしかなかった。メルクリアなる人物が本物の錬金術師であると。
「これならネフィリムの餌として十分でしょう。ではドクター、お願いしますね」
「…ええ、分かりましたよ」
ウェルは石を引ったくるように受け取ると苦虫を噛み潰したような顔でエアキャリアに戻っていった。
「さて、ドクターもいなくなったのでメルクリアの事に話を戻しますが今は彼を信じて待つことしかできません」
「そうね、ドクターがいなくなったから言えるけど今の私達にはメルクリアは絶対に必要よ。戦力としては勿論、精神的支えとしてもね」
「本当デスよ。ドクターがいても言いそうデスがはっきり言ってメルクリア一人で十分デスよ。ドクターいらないかもデスよ」
ウェルがいなくなった途端にこの言いようである。女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。これがメルクリアの人望のおかげか、はたまたウェルの人望のせいか、あえて言わないのが彼女達のせめてもの優しさである。
「それにそれ以外の理由でメルクリアが心配な人もいるデスよね?ねぇ、調?」
「え…う、うん…」
「また調のヤキモチ?今度は何をしでかしたの?」
「それが聞いてほしいデスよ、潜入した学園祭で歌の勝ち抜きステージに出てた他所の女に釘付けになってたんデスよ」
「それってさっき聖遺物を奪う作戦のため出場したって言ってたやつよね?」
「そうデス、しかもその女は敵でしかも巨乳デスよ!ボインデスよ!まあそのおかげで調もやる気になってくれたんデスが…」
「ボイン…やっぱり胸…」
調の脳内で再生されるのは動く度に揺れる雪音クリスの胸。それに対して自分はと視線を落とせど目にはいるのは凹凸の少ない胸。試しに手を当ててみてもペタンと音が響くだけであった。勝敗など比べる必要が無いほど明らかである。
「だっ大丈夫よ調、メルクリアは胸はあんまり気にしてなさそうだし、きっと胸以外を見てたのよ!そうよね切歌!?」
「デス!?そ~そうデスね?多分胸以外を見ていたと思いますよ!うん、きっとそうデス!」
「でも見てたんだ…胸以外見てたんだ…」
本当はただ歌が上手くてききいっていただけなのだが残念ながらそれを覚えている者はこの場にいなかった。胸に手を当てたまま目から光が消えていく調にマリアは必死にフォローを入れるものの効果は無かった。寧ろかえって悪化したまである。流石ポンコツマリアポンコツである。
「ふふふ、大丈夫ですよ。彼ならその心配はいりませんよ」
「もう!笑い事じゃないわよマム」
「すみませんマリア。ですが今のやり取りを見ていたら彼も随分と変わったなと思ってしまって」
「メルクリアが変わった?そんなに今とは違ったの?」
「ええ、昔は人付き合いそのものを避けていましたからね。それに今ほど笑いませんでした。笑ったとしても作り笑いがほとんどです」
「そうなの?今の彼からは想像できないわね。確かに笑っているところはあまり見ないけど作り笑いでは無かったと思うわ。調はどう?私たちの中では一番メルクリアと過ごした時間が長いわけだし何かないかしら?」
「え?えっと…二人っきりの時はよく笑ってくれるよ。それにすごく優しい顔してるから…好き」
誰も好きかどうかまでは聞いてない、マリアはその一言をなんとか押しとどめた。フォローはフォローにならず、調は闇落ち仕掛ける。そんな状況に泣きそうになったがメルクリアの昔話のおかげでなんとか調の気を逸らせた。そこに余計な事を言ってまた闇落ちさせる程マリアは愚かではないのだ。ただちょっとポンコツなだけなのだ。
「昔の彼ならば誰かと一緒に、しかも長時間いるなど考えられませんでしたね」
「そうですね…」とナスターシャは若かりし頃を思い出しながらかつてのメルクリアについて話し始めた。仕事や依頼に関しては今と大して変わらなかったがやはり愛想笑いが多かったこと。
とある国にある聖遺物を発掘するチームの護衛として初めて彼に出会ったこと。
仕事以外では極力他人と関係を築こうとしなかったこと。
依頼内容は完璧にこなすがそれ以外の事は基本不干渉なこと。気が向けばサービスと称して様々な事を手伝ってくれたこと。
そして依頼主によって依頼の内容が同じでも報酬が全く違うことなどを話した。
「今の彼からは想像できないものばかりでしょう?」
「なんだか以外。全く別人みたい」
「そうですね、ですが変わるきっかけとなったのはあなたたちなんですよ」
「私たちがメルクリアを変えた?」
「彼と初めて会った日のことを覚えていますか?」
「うん、浜崎医院を改造してもらった日の事だよね?」
「そうです、あの日あなたたちに会った彼は私にこう言ったんですよ。「本当にこの子たちにやらせるのか」とね」
初めてでしたよ、彼が依頼内容に文句をつけてきたのはね。そう付け加えてナスターシャは微笑みながら話を続ける。
「他にも色々聞いてきましたよ。「こんなところに住まわせるのか」や「もっといい場所は無かったのか」と散々文句を言っていましたね」
「そういえばあの病院見た目はボロッちいままだったけど中は新品みたいに綺麗にしてくれたデスよ」
「そうだね、私たちの部屋まで作ってくれたし。しかもおしゃれだった」
「防犯システムや敵奏者の妨害装置も彼の自信作だったわね。サービスで付けとくと言ってたわ」
「ええ、私はてっきりあなたたちがまだ幼い少女だから彼なりに気を使っただけなのかと思っていました。ですがその後も彼は足繁く私たちの元へ通ってくれましたよね」
ある時は食料品を、ある時は嗜好品を、ある時は実験の手伝いを、またある時はどこかへ連れて行ってくれた。そのおかげかライブでの宣戦布告まで彼女たちは当初予定した以上に充実した潜伏生活を送れていたのだ。
「今まで彼が仕事以外のことまで深入りすることはありませんでした。そしてあんなにやさしく笑った顔も見たことがありませんでした。それで彼に尋ねてみたのですよ。「なぜ今回に限ってこんなに深入りするのか、同情でもしたか」とね」
「それで、メルクリアはなんて言ったのマム?」
「「なんとなくだよ。あの子には、あの子たちには笑顔でいて欲しいと思った。それになんだかここは居心地がいい」そう言っていましたよ」
「そっか、そんなこと思ってたんだ」
「ですが本当の理由は別にあったんですよ。しかも少し考えればすぐに思いつくような簡単な理由です。分かりますか?調」
「え?う~ん、分かんない。マリアと切ちゃんは?」
「私たちは分かってるわよ。というか知ってるわ」
「そうデスね。あれは分かりやすいデス」
自分だけが分からないという状況になんとかしようと頭をひねる調だが一向に答えは出ない。遂には諦め答えを尋ねるとナスターシャが微笑みながら答えてくれた。
「恋ですよ。しかもとびっきり質の悪い一目惚れです」
「一目惚れ…誰に?もしかしてマリア?それとも切ちゃん?」
「どうしてそうなるのかしら…いい調?メルクリアと一緒に過ごした時間が一番長いのは私たち三人の中で誰?」
「私だね」
「じゃあメルクリアの家に行ったことがあるのは?」
「私だけだね」
「最近買い物は?」
「メルクリアと一緒に行ってる」
「彼の料理味付け少し変わったわよね」
「私好みの味になった」
「彼のスマホの壁紙知ってる?」
「私とのツーショット」
「もうそれが答えよ…口の中が甘くなってきたわ」
「メルクリアが好きなのは…私?」
「そうですよ調、彼は完全にあなたに惚れてます。もうぞっこんです」
惚れている、ぞっこん、その単語を聞いた瞬間調の顔は火が出るかというほど真っ赤になった。自分はあれだけアピールしておいていざ相手が惚れていると告げられただけでこの反応はどうなのよ…とマリアが頭を抱えているが今の調にそれを気にする余裕はなかった。
「ソ、ソソソ…メルクリアが私の事、す、好きってマムどうしよう!?」
「貴女のしたいようにすればいいんですよ。それに両思いです、いずれはくっつきます。勿論私たちもサポートしますよ。FISの総力を挙げて応援します」
調が壊れたロボットのような挙動をしり目になんとも楽しそうにそう告げるナスターシャ、いくつになっても女性はこういった手の話が好きというが本当であった。最近まれにみる生き生きした顔であった。
「それと調、これは私の我儘ですができることなら彼を救ってあげてください」
「どういうこと?」
「彼には身体にも心にも人には言えない秘密があります。それのせいで長い間彼は孤独に生きることを選んできました。ですが今貴女を愛しこうして関係を持とうとしている。だから調には彼の支えになってやって欲しいのです。彼を愛し、彼が愛している貴女だからこそ頼めるのです。重荷を背負わせるような言い方になってしまいすみませんが頼まれてくれるでしょうか?」
秘密と言われて思い当たる節が調にはいくつかあった。世界征服を宣言した自分たちが言うのもあれだがもしあれがメルクリアの抱えている秘密だとしたら確かに他人にそれを伝えるのは憚られるだろう。そしてそれを気づかれないよう他人との関りを避けようとするのも納得ができた。
だが調にはそんなことどうでもよかった。メルクリアの秘密を知ったのは偶然だったが彼ならそれがばれないよう上手くやることもできたはずだ。だがそれをしなかった。あの時そうまでして自分のために動いてくれたのだ。それだけで十分だったのだ。
だから今度は自分の番だ。立花響と同じ事を言うのは癪だが彼の手を取りたいと思った。繋いだ手を離したくないと思った。彼が好きだから、彼と一緒に進みたいと思ったから。
「…分かった、私がメルクリアのためになれるのなら。私にしかできないことをする」
「そうですか、ありがとうございます」
そう言った調に向けたナスターシャの顔は組織の長ではなく、また彼女たちの母親としての顔でもなく、メルクリアの一友人として彼を任せられる相手を見つけた安心した顔だった。
「あの~マム、いい感じのところに悪いんデスが一つ聞いてもいいデスか?」
「どうしました?切歌」
「さっきから気になってたんデスけど…メルクリアって何歳なんデス?」
いつもならこういった色恋沙汰に真っ先に食いついてくる切歌が今回はやけに静かだと思ったらそんな事を聞いてきた。
だが切歌の質問ももっともだった。今までの話を冷静に振り返ればおかしな点があるのだ。
メルクリアは十代後半から二十代前半といった見た目をしている。だが先ほどナスターシャの口から出てきた言葉は昔のメルクリア、若かりし頃のナスターシャ、そして長い間。
歳上であるナスターシャが年下のメルクリアに対する表現としては違和感があるのだ。
「そうですね、いずれ分かることです。それにあなたたちも考える時間が必要でしょう」
これはメルクリアの秘密にも関わってくる、それを自分が答えていいものかどうか、暫く悩んでいたがやがて意を決したように顔を上げ調達に向き直り衝撃の真実を告げた。
「彼は俗に言う不老不死です。私が知る限りではおよそ五十年前から歳をとっていません」
三人称視点って難しいですね…
今回も読んでいただきありがとうございました。