そしてシリアス三人称は力尽きました。恐らく戻ってくることはないでしょう。…多分。
空を見上げれば太陽がこれでもかと存在感を放っている。視線を正面に見据えればそんな太陽の光を受けて跳ね返す大海原ば地平線の先まで続いている。足元では同じく太陽に焦がされた砂浜がジリジリと靴裏を焦がす。
まさに夏真っ盛り、そう言わんばかりの景観だ。四季の色濃い日本だからこそ感じられる煩わしくもありがたい暑さだ。
さて、ではここでこの夏一番のお楽しみに目を向けるとしよう。
そこには太陽と海からの光を受け眩しく輝く一人の少女、胸元に大きなピンクのリボンの付いたワンピースタイプの水着を纏い砂のお城を築く調がいた。
胸の奥底から湧き上がってくる感情のせいだろうか、気づけば俺は涙を流していた。
「調、かわいいよ。すごく似合ってるよ」
「そうかな…ありがとう」
「いやいや、こちらこそありがとうだよ。これでこの夏は思い残すことは無いな」
たかが水着、されど水着。愛する人が水着を着る、たったこれだけのことがこんなにも素晴らしく感じるなんて思ってもみなかった。
「はぁ…」
頬を紅く染め表情が崩れないようにお城作りに集中する調、それを熱心に見つめる俺、そしてそれらを見つめ死んだ目で切歌ちゃんがため息をつき頭を押さえる。
「どうしたの切ちゃん?せっかくの海なのに」
「もしかして暑さにやられたか?」
「いや、ちょっと寒気がしただけデス…」
「それ熱中症じゃない?」
「何か飲むか?眩暈は無いか?」
「飲み物は頂くデス。眩暈は…この惨状を見ればだれでも起きるデスよ」
「惨状…?」
「二人して分かってないとかホント重症カップルですよ…」
俺と調は二人して首をかしげる。はて、このザ・夏の代名詞のビーチのどこに惨状があるというのだろうか。
「まずなんでメルクリアがここに居るんデスか?確か緒川さんと一緒に筑波に行くとか言ってなかってデスか?」
「それなら抜け出してきたよ」
「…一応理由を聞いておくデス」
「調の水着姿が見たかったから」
「そうデスか…」
研究員の話を聞いて緒川と二人で頭を抱えるより調の水着姿を見た方がよっぽど有意義だ。それに調の水着のおかげでモチベーションも上がるしもしかしたらいい閃きがあるかもしれないからな。
「じゃあ次デス。その右手の物、何デスか?」
「何って…」
「ねえ…」
何って言われてもそんな珍しい物でもないはずだ。一応調に確認を取るも同じように不思議そうな顔が返ってきた。どちらかと言うとなぜ切歌ちゃんはそんな事を聞くのか、もしかしてこれが何なのか本気で分かっていないのか心配している顔だ。
姉妹同然に育てられて、同じように見聞きしてきたはずなのにどうしてこんな事になってしまったのか。帰ったらもう少し切歌ちゃんに世間を教えてあげるよう弦十郎と藤尭に進言した方がいいかもしれない。
でもそう考えると二課って常識知らずというか箱入りとかそう言った人種が多い気がする。自称剣とかポンコツアイドルとか巨乳ツンデレとか脳筋腹ペコとか。その嫁も病んでるし…もしかしてとんでもないブラック企業に入社してしまったのかもしれない。
いまからでも元の職場戻ろうかな。あっちは割かし自由主義だったし調を養っていくだけならそれでも十分そうだし。
「何か失礼な事考えてないデスか?」
「ん、何がだ?それよりこれが何かって話だったな。これはビデオカメラだよ」
「そんなことは見れば分かるデス!」
「え」
「え」
「『え』ってどういう意味デスか!?」
良かった。俺達はてっきり本当にビデオカメラが何なのか分からないのかと思っていた。それがいきなり切歌ちゃんがビデオカメラという単語を口にしたからビックリして思わず心の声が漏れてしまった。
「私は何で海で水着の調をビデオカメラに撮っているのかを聞いているんデス!」
「なぜって…ねえ?」
「うん、そんなおかしいかな?」
俺達にとって日常を映像として残すのは当然になっていた。今まで一人だったから、職業柄いつ記憶を無くしてしまってもおかしくないから。それは一緒に住むようになってから切歌ちゃんとマリアちゃんにも話してある。それをなぜ今更聞いてくるのだろうか。
「おかしいデスよ!まずメルクリアが四人もいる段階でおかしいデス!」
ビシッと音が聞こえそうな勢いで切歌ちゃんが指さす方向には一眼レフを構えた俺とパラソルを立てサンオイルの準備をする俺、そして飲み物や団扇を用意している俺がいた。
「いや、あれ式神だし」
「それと撮影機材の数と質が異常デス!」
次に指さした方にはテレビ局もびっくりな撮影機材の山があった。だが密着で撮影するとなるとこれくらいあった方が楽だろうと思った次第だ。
「最後に撮り方がなんかヤラシイデス!」
「そうか?」
俺は今まで撮った映像を確認してみる。ふむ、確かにローアングルだったり結構際どいショットがあったりはするな。
「よし、じゃあこれは俺の秘蔵ファイルにしまっておこう」
「調、流石に言った方がいいデスよ…」
「うん、でもソウ君が楽しそうだからいいかなって思うんだ」
「…もういいデス」
そう言い残して切歌ちゃんはポカンとした表情をして俺達を見つめる立花ちゃん達の元へ帰っていった。
「なんだったんだろうな?」
「さあ?」
本当に不思議である。幾度となく見てきたはずの光景に今更疑問を持つとは。あれだろうか、人前ではやらないとでも思ったのだろうか。だがせっかくの海だ、夏に一度有るか無いかのこの機会を逃すわけにはいかないのだ。
もっとも毎日の出来事でも人前でも撮影は続けるがな。錬金術に呪術をフル活用して撮影してやる。
「さて、そろそろ筑波に帰るわ」
「そっか、お仕事頑張ってね」
「ああ、昼休みにまた来るよ」
着信に気が付きスマホを開くと緒川からのメールでナスターシャの残したデータの解析が終わったの事だった。
名残惜しいが俺は調に別れを告げ筑波に向け転移魔法陣を展開する。さて、さっさと仕事を終わらせて海に戻ってくるとするかね。
「フォトスフィアか」
「ええ、フロンティア事変でナスターシャ教授は地球のレイラインに沿って世界中のフォニックゲインを収束しました。その際に観測したものと思われます」
レイライン、龍脈、地脈。呼び方は様々だがいかなる術式体系においてもそういった流れを組むことは力の流れを意識するためや研究のために必要だ。
だが現代においてそれらはほとんどが各国政府によって建物や要石で制御、管理されている。それだけレイラインの上には豊穣や利益をもたらすからだ。
それ以外でも昔から続く錬金術や呪術の名門の家計が管理している。とはいえ彼らが地球上の全てを管理しているわけでは無い。むしろ管理できているのは極一部だ。
レイラインは人間の血管によく似ている。一度ばらして詳しく見ない限り細部までは分からないのだ。そのため管理されているのは表面に近い主要で強力なレイラインのみとなっている。
だがこれにはそれ以外の細かい脈や空中、天体間のものまで正確に記録されていた。これが外部に渡れた相当な痛手になるだろう。
例えば世界を解剖しようとしている奴とか、神の力を手に入れたい奴とか。
「…ん」
などと考えていると突然胸元に鋭い痛みが走った。胃がムカムカして、締め付けられるようで無性に腹が立つ痛みだ。となると…
「大変です!オートスコアラーが奏者達を襲撃しました!」
やっぱりか。なんとなくそんな気がしてた。あの雰囲気でイグナイトの特訓なんて絶対しないもんな。
「相手は?」
「水を操るオートスコアラーとのことです」
となると襲撃者はガリィか。キャロルが死んでいる今オートスコアラー単体で動くとなると何か裏がありそうだな。
「なおマリアさんが負傷とのことです」
「あ~了解、んじゃ治療の準備しとくわ」
こりゃ遠くの妹の裏を読むより近くの少女の治療が先だな。
「イグナイトの制御に失敗したか」
マリアちゃんの治療を終えた俺は調と一緒に屋上にいた。
そこでマリアちゃんとガリィの戦闘の詳細を聞いていた。その上での感想はやはりか、と納得できるものだった。
改修に加え以前のエクスドライブモード発動によりセーフティロックがいくつか解除されておりギアの出力は以前より上昇はしている。仮に今後もエクスドライブを発動することが出来るのならばそのたびに出力は上昇し続けるだろう。
だが現段階では通常モードではオートスコアラーとはまともにやり合うことは出来ない。イグナイトを発動させて初めて戦闘が成立するのだ。もっともそれも検証結果を基に計算したでどこまで信用していいのかも分からない。
そもそもイグナイト自体が出力の掛け算的な要素が強いため元が弱かったら話にすらならないんだがな。
「さて、どうするかね」
何がカギとなって呪いを克服するのかは俺にとっても未知の部分だ。跳ね除けるのか、飲み込むのか。身を任せるのか。はたまた呪いを乗りこなすのか。
とは言え俺に出来ることは何も無い。あるとすれば多少の負荷を別方面で引き受けてやることくらいだ。
後は…
「大丈夫、マリアならきっとイグナイトを使いこなせる」
「…そうだな」
調達が友として支え合って乗り越えてもらうしかないな。
ふと、風が吹いた。ひんやりとした風だ。それが頬を撫でるようにゆっくりと吹き抜けていく。海か近くにあるため別に不思議でない。それどころか昼の日差しで火照った身体にはありがたいものだ。
だがそれは異様な濃度の魔力が含まれていなければの話だが。
風が収まると同時に施設中に警報音が響き渡った。と同時に海辺の方からも爆発音が聞こえてくる。
「ソウ君、これってまさか…」
「ああ、本日二度目の襲撃だ。俺は施設に結界を張ってから行くから調はみんなと先に行ってくれ」
「分かった!」
走って階段を駆け下りていく調と俺。それを俺は冷めた目で見送った。屋上から浜辺を見ると時期的にふさわしくない氷柱がいくつも乱立していた。やはり今回の襲撃もガリィか。
そうこうしているうちに調を含む奏者と緒川が玄関から飛び出していく。反対側の出口からは非戦闘員やスタッフが避難車両に乗り込んでいるところだ。
俺は念のため施設全体に解析をかけ人が残っていないことを確認する。それから防音と認識阻害、ついでに申し訳程度の防御結界を張った。
「これくらいで十分か」
「そうですね。エルフナインもここにはいませんし問題ないでしょう」
空間の一部がゆらりと揺れる。その中心からファラが風で編まれたドレスを脱ぐかの様に出てきた。
「全くお人が悪いですね、大切な彼女さんに幻術をかけるなんて。しかもご丁寧に式神のダミーまで付けて」
「そう思うんならあんな風よこすなよ。どぎつい濃度の魔力込めやがって」
「申し訳ありません。ですがお兄様へ向けるものと思うとつい愛を込めてしまって…」
「いや、にしては重すぎない?一般人なら下手したら即死だよ?しかも感知の難しい術式組みやがって」
「ですがお兄様ならお気づきになられると信じておりましたわ」
「お、おう…」
まあおかげで調に結界張るついでに幻術かけられたから今回はいいけどさ。
「それで、態々そんなめんどくさい真似して、収集能力の高いガリィを囮にまでして俺に何の用だ?」
「あらあら、お兄様こそこんなにも周到に結界を張られて私に何か御用でも?もしかして聞かれると不味い内緒話ですか?」
「それはそっちもだろ。じゃなきゃそんなリスクを冒すかよ。ガリィも、お前も」
「…そうですわね。では率直に申しますわ。マスター・キャロルを救ってくださいませんか?」
戦況は終盤に差し掛かっていた。始めはガリィに圧倒されていたマリア。だがエルフナインの言葉を聞き弱さを受け入れイグナイトモジュールの発動に成功した。
「ようやく発動ですか。でもそんなんでガリィちゃんに勝てるんですかぁ?」
「勝ってみせる!私は弱さと共に前に進む!」
マリアはアームドギアを、ガリィは腕に氷柱の剣を手につばぜり合う。
一合、二合、互角の切り合いがが続く。だがそれは一瞬にして終わりを迎えた。陸から海に向かって一筋の風が吹く。それによって浜辺の砂が舞い上がる。
浜辺から海へ砂が飛ぶ。たったそれだけのことだ。だが一秒一瞬を争う戦闘では大きな意味を持つ。それがほんの瞬き程度でも相手の姿が視認できなくなるのだから。
「そこっ!」
そんな一瞬の隙を縫い決定打を放ったのはマリアだった。一閃でガリィの左腕を切り飛ばし本体には蹴りを叩きこむ。切り飛ばされた左腕は空中で爆発し、ガリィは砂浜に膝をつく。
偶々ガリィが海側に、マリアが浜辺側に。もしも立ち位置が逆だったら倒れ伏していたのはマリアの方であっただろう。マリアは冷や汗を流しつつも剣先をガリィに向ける。
「ふん、いい気になるんじゃないよ。その力はお前の物じゃない、お兄様がいて初めて機能する力に縋っている奴が!」
意味深な発言に動揺するマリアだがそれでも剣先はぶらさずガリィの脳天を一直線に狙い剣を振り上げる。
「おいおい、ヤバいんじゃないのあれ?」
本体は一体何をやっているのやら。ヒヤヒヤしながら俺は木の上から戦況を見守る。
「悪い、待たせた」
その時だった。本体がファラを連れて俺の元へ転移してきたのは。
「どうする?悠長に話している時間は無いぞ」
「ガリィを助ける。変化と相転移で頼む」
「了解」
本体の命令を受け俺はガリィそっくりに変化する。そしてマリアちゃんの剣が振り下ろされるギリギリのタイミングを狙ってガリィと自分の座標位置を入れ替えた。
瞬間、目の前には夥しい魔力を孕んだ剣があった。そして切られたという感覚も無いまま俺の意識は落ちていった。
「…ふう、何とか成功したようだな」
「それで、これはどうゆうことですか?お兄ちゃん?」
式神がマリアちゃんに斬られ爆発するのを見届けて俺は大きく息を吐く。そしてガリィはそんな俺とファラを訝し気な目で見つめる。
「お兄様との契約は成功したわ」
「そんなこと見れば分かりますよ!私が言っているのはそういう意味じゃなくてですね!」
ファラは作戦の成功を告げるもガリィは未だ不機嫌そうな顔のままだ。
「大丈夫だ。呪われた旋律は回収できるしキャロルも救える。それでいてお前達が望まぬ死を迎える必要も無い」
ファラが当初俺に告げた作戦はどうあってもオートスコアラー達は死を迎えなければならなかった。だがそれは呪われた旋律を回収するためだ。ならば別の方法で旋律を収集すればいいのだ。
「そんなこと出来るんですか?しかもマスターにバレずになんて」
「仮にもイグナイトを半分作ったの俺だよ?なんとかなるさ」
「そうですか。じゃあお兄ちゃんの言葉を信じますわ。それより!なんでファラはお兄ちゃんに肩を抱かれてるんですかね?」
「あらあら、だってお兄様が転移した方が速いからおっしゃいましたから」
「ん?ああ、そうだな。急いでたしな」
「ズルい!私もしてくださいよ!」
「別にいいけど?」
ガリィからの謎の要望を聞きファラと同じように肩を抱く。するとガリィは満足そうな顔をするが反対にファラは難しそうな顔になった。
「その…お兄様?私が言うのもなんですが調さんという彼女がいらっしゃるのですからそのようなことは控えられた方がよろしいのでは?」
「ん、そうか?」
「ええ、女性はそう言ったことを気にしますし」
「そうか、家族同士でも止めた方がいいのか」
「…え?なんとおっしゃいました?」
「家族だけど?だってお前らキャロルの記憶持ってるんだろ?俺はキャロルの兄貴だしお前らはキャロルから生まれた。ならお前らも俺の妹だろ。それにお前らも俺の事を兄と慕ってくれるからいいかと思ったんだが…」
「…そうですね。家族なら大丈夫ですね」
「ああ。それとキャロルには俺があいつのこと妹だと思ってること内緒にしておいてくれよ。それ言うとあいつ嫌がるんだよな」
そう言うとファラは笑っていたがどこか悲しそうだった。その時の笑い方は、やっぱり昔のキャロルにどこか似ていた。
このままいくとAXZはドシリアスになりそう…。
今回も読んでいただきありがとうございました。