調の錬金術師(偽)   作:キツネそば

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少しずつ暖かくなってきましたね。でも花粉もいっぱい飛びはじめて毎日涙が止まりません。


イグナイト

薄暗い一室、数少ない光源となっている眼前のディスプレイと空中に展開された魔法陣。それらに表示されるは不安定な数値、定着しない魔剣とそれに抗うように放出される六つの聖遺物の波動、そして極めつけは定期的に響き渡るエラーと警報音。本日何度目になるかも覚えていない溜息を吐く。

 

「駄目だな。エルフナイン、そっちはどうだ?」

 

「だ、駄目です…こっちもエラーが収まりません…」

 

「そうか…」

 

後ろにいるエルフナインからも同様に警報音が響き渡る。同様に展開される魔法陣もエラーの表示を吐き出しながら真っ赤に染まっていた。

 

床に散乱した魔導書の山、机の上には気分転換がてら綺麗に並べられた栄養剤と携帯補給食の空き箱、そして血走った瞳にくっきりと浮かんだ隈。

 

『プロジェクト・イグナイト』は完全に手詰まりだった。

 

計画が始動して四日、早急に機密へのアクセスを許可してくれた弦十郎のおかげでダインスレイフの呪いのメカニズムの解析とシンフォギアへの組み込みのための設計図は完成した。

 

だが順調に事が進んだのはそこまでだった。

 

元より計算上どうにかなるのでは、と言われるものを実行した正に机上の空論を地で行く計画だったのだ。

 

未だ解明されていないシンフォギアの暴走メカニズムの解析、それによるセーフティの設定、ダインスレイフの呪いの弊害。

 

そもそも複数の聖遺物の同時使用が可能なのか、それすら分からない状況だ。

 

「やっぱり僕じゃ無理なんじゃ…」

 

不安定な精神状態のためかエルフナインもネガティブモードになりつつある。今回の相手はかなりの難敵だ。

 

「大丈夫だ、データが無ければこれから集めればいい。時間も無いがそこは腕でどうにかすればいい。それにお前はキャロルの作ったホムンクルスだ、なら大丈夫だよ」

 

「お兄様…分かりました、僕やってみます!」

 

「おう、その意気だ。んじゃ気分転換に現在の進行度をまとめておこうか」

 

「はい。と言っても進行度は数日前とさほど変わってません。ダインスレイフとシンフォギアの適合、呪いの影響で本当に暴走状態になれるのか。そして何より…」

 

「データが足りない…か」

 

そう、圧倒的にデータが足りない。何をするにしてもその一言に尽きてしまった。

 

二課にある暴走の資料は立花ちゃんの起こした数例だけ。その症例も完全聖遺物によるものと腕を失った時など極端なものだ。参考にはならない。

 

仮にこれからデータを取ろうと思っても気軽に実行できるものではない。理屈では強制的に暴走状態になるのだ。彼女たちなら頼めば嫌な顔一つせず協力はしてくれるだろう。だが碌な計算結果が出ていないにも関わらずそれを頼むのは憚られた。何よりそんな負担を背負わせるなんて許せなかった。

 

だがデータがない事には進展することが出来ない。何か打開策は無いか、そんなありもしない希望に縋る悪循環に陥って早数日が経ってしまった。

 

最も方法が無いわけでは無いのだが打開策と成り得るのかのどうか分からないのに加え少々危険こともあり実行に移せていないのだが…。

 

とは言え相手は待ってくれない。時間も刻一刻と削られている。これ以上頭を捻っても代案が出ることはないだろう。

 

「…なあエルフナイン、各聖遺物の波形って出せるか?」

 

「はい、ちょっと待ってくださいね」

 

エルフナインは端末を操作し各象徴色にならった六色のアウフヴァッヘン波形を表示する。

 

「ならさ、次はこの六つを重ね合わせるとどうよ?」

 

「え~っと、ちょっと待ってくださいね」

 

エルフナインは再びパソコンに向き直り検証を開始する。だが程なくして先ほどまで聞き親しんだエラー音が発せられる。

 

「駄目です…イガリマ、シュルシャガナはお互いを増幅しますがそれ以外は反応なし、もしくは打ち消し合ってしまいます。共鳴させるためのフォニックゲインが足りないのが原因だと思われますが…」

 

「なるほど…」

 

となるとある程度の出力を維持しながら検証ができるようにする必要もあるな。

 

「なら各種聖遺物と同等のフォニックゲインを発生させる装置って作れるか?」

 

「それなら何とか…でもそれは疑似的なもので何の効果もありませんよ?」

 

「大丈夫だ。データのサンプルを取るだけだから」

 

打開策は天から降ってくるものではない。今まで自分が得てきたものを組み合わせて導き出すものだ。

 

今必要なのは聖遺物とダインスレイフを掛け合わせた場合に得られる効果と弊害、そして稼働時のデータだ。

 

ならばそれができる奴がデータの収集をするべきだろう。

 

「俺はイグナイトモジュールのモデルケースを作る。それが完了し次第実践データを取るぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ…ゲホッゲホッ…」

 

「お兄様大丈夫ですか!?」

 

「あ~なんとかな。クソ、呪い舐めてたわ。思ってたよりキツイわ」

 

「当たり前です!生身でイグナイトの実験体になるなんて!しかもセーフティ無しで一度に六本も起動させるなんて!」

 

研究室、さっきまでも物が散乱し中々の汚部屋だったが今は違った意味での汚部屋となっている。物が散乱しているのは変わらないがパソコンの画面が割れたり本棚が崩れたりとまるで小型の台風が通り過ぎたかのような有様だ。

 

エルフナインに作らせた各聖遺物と同等のフォニックゲインを発生させる装置、それを俺の体内に埋め込み今度は俺が作ったプロトイグナイトモジュールを起動させる。

 

軽い気持ちで始めた検証実験だったのだがこれがまた想像以上にいいデータが取れた。そんな訳で一気に六本刺ししてまとめてデータを取ったのだが想像以上にフィードバックがきつかった。

 

それが原因で俺は今エルフナインに怒られている。

 

「でもそっちの方が効率良さそうだし同時使用のデータも取れるしさ」

 

「それでも限度があるでしょう!どうしてあなたは昔からそう無茶ばっかりするんですか!?」

 

「だってな…今こうしている間にもあの娘達は力を求めている。そしてキャロルの襲撃も待ってくれない。そうだろ?」

 

 

「それは…そうですけど…」

 

「それにできる範囲で無茶する。無茶できる奴が無茶する。それが俺の仕事だからな。さて、少し休めたしもう一回逝ってみようか」

 

多少ふらつくが身体に鞭打って何とか立ち上がる。こうでもしないとカッコつけた手前示しがつかない。とはいえ六人分の呪いは冗談抜きで死ねるほどのだった。今も賢者の石で身体を高速修復しているが未だに全快とは言えない。

 

だがこの実験は何があってもやり遂げないといけない。恐らく遠くない未来、六人全員がイグナイトを発動しなければならない状況が必ずやってくる。だから俺ができる無茶なら背負わなければならない。

 

「エルフナイン、計測大丈夫か?」

 

「大丈夫です。でも今度は一本ずつにしてくださいよ」

 

俺の身体に配線や計測機器を繋ぎながら心配そうな顔をするエルフナイン。だがその期待には応えられそうにない。なんせ…。

 

「プロトイグナイト・デュアル抜剣!」

 

俺は躊躇わずシュルシャガナとイガリマのフォニックゲインを発生させる装置にモジュールを二本突き刺す。瞬間、全身からあふれ出すどす黒いオーラと強烈な破壊衝動。忘れたい、思い出したくない過去が強制的にフラッシュバックしどうしようもない奔流に身を任せたくなる。

 

「どうしていきなり二本刺ししてるんですか!?」

 

「だっているだろ?ユニゾンのデータ」

 

この二つの聖遺物はその逸話上共鳴増幅、ユニゾンを起こしやすい。だから他の聖遺物同士の共鳴や干渉に何らかの転用できるデータが取れるのではと思ったわけだ。

 

だがユニゾンが増幅するのは出力だけではない。同時に呪いの出力も相乗効果が適用される。これは早急に解決するべき課題だと思ったんだが…。

 

「さっきよりはマシだが…やっぱりキツイな」

 

「当たり前です!呪いの出力が規定値を大幅に上回ってます!早く解除してください!」

 

「いや、お前はこのままデータをとれ。そして必要なプロテクトの強度を割り出せ」

 

「でもっ…!」

 

「いいからやれ。キャロルを止めたいんだろ」

 

「…分かりました。すぐに割り出します」

 

今にも泣きだしそうなエルフナインを睨みつけデータ収集を続行させる。少々心が痛むが致し方ない。俺達には時間も余裕もないんだから。

 

部屋にカタカタとキーボードを叩く音だけが響き渡る。俺もある程度身体が久しぶりの暴走状態に慣れてきたのか魔力が暴走することなく少しだが自由に動けるようになってきた。

 

これならもう一本いけるかと思った時、突如施設全体から警報が発せられた。

 

「もしかしてキャロルたちがここに!?」

 

「いや、近くに魔力反応はない。となると遠隔地か」

 

厄介だな。ようやくイグナイトが完成に一歩近づいたところでみすみすこちらの戦力を失うと分かっていて出撃せざるを得ないのは。いや、いっその事俺が出るか?この状態での戦力確認もしたいし。そう考えれば寧ろグットタイミングか。

 

「メルクリア、エルフナイン君、いるか?」

 

「丁度いいタイミングだな弦十郎、敵襲は何処からだ?」

 

「それはもう終わった。現在負傷した響君を搬送中だ。お前たちも治療にあたってくれ」

 

そう言って弦十郎は通信を切った。なんだよ、もう終わった後か。しかもガングニールも破壊された後か。

 

「しょうがない、さっさと治して研究に戻るぞ。エルフナイン、データは取れたか?」

 

「はい、プロテクトの割り出しも完了です」

 

「よし、なら立花ちゃんが到着し次第ガングニールの修理を始めてくれ。治療は俺がやる」

 

「分かりました!」

 

研究室を出て急いで医務室に向かう。扉を開けると既に機械に繋がれた立花ちゃんと数名の医療スタッフ、それと付き添いか小日向ちゃんもいた。

 

「ちょっとごめんよ」

 

スタッフに断りを入れ道を譲ってもらう。小日向ちゃんも俺に気が付いたのか縋るように俺に助けを求めてくる。

 

「メルクリアさん!響を、響を助けて!」

 

「はいはい、何とかするから。おっと、これは酷いな…破損個所多数、機能不全、これは新調した方がいいな。エルフナイン、オーバーホール頼むわ」

 

立花ちゃんの首からガングニールの欠片を引きちぎりエルフナインに投げ渡す。受け取ったエルフナインは一度頷くとすぐに研究室に帰っていった。

 

「さて、やるか。と言ってもちょっとグロいから見ない方がいいんじゃない?」

 

「え…」

 

右手に麻酔替わりの魔力を纏わせ一思いに立花ちゃんの古傷に思いっきり突き刺す。意識がないはずの立花ちゃんがくぐもった声を上げるが気にせずズブズブと手を押し込み手首まで埋まるまで押し込む。

 

「何を…何をしてるんですか!?響を殺すつもりですか!?」

 

「こうするのが一番手っ取り早いんだよ。いいから黙ってろよ」

 

魔力を巡らし全身をスキャンする。ギアも酷いがこっちも酷いな。骨折、内臓破裂、肋骨が肺に刺さってる。それと古いが切り傷や打撲もある。特に拳とふくらはぎが重傷だ。これはギアのせいか。とにかく早く治さないとこっちもヤバいな。

 

自分の治療に使っている賢者の石を立花ちゃんに回す。補助魔法陣をいくつか展開し血圧、脈拍、心拍数をモニターしながら治療を続ける。

 

時々スタッフに点滴や固定などの指示を出すこと十分、なんとか峠は越えたので腕を引き抜く。もちろんその際の穴もあの傷を残して綺麗に塞ぐ。でないと視線だけで人が殺せそうな程睨んでいる小日向ちゃんに何をされるか分からない。

 

「んじゃ俺研究に戻るから」

 

「お疲れ様です、メルクリアさん。助かりました」

 

医療スタッフが頭を下げて礼を言ってきたので手を上げて応える。小日向ちゃんには何も言わなくていいだろう。あの娘俺のこと嫌ってそうだし。

 

「メルクリアさん。響、治療中ずっと顔を歪めてましたよ」

 

「はい?」

 

そう思っていたのだが予想に反して向こうから声をかけてきた。

 

「痛みに耐えるために血がでるまで手を握りしめていましたよ。意識がないのに何度も悲鳴を上げてましたよ!」

 

「そうか」

 

「あなたは!調ちゃんにも同じことをするんですか!?」

 

「するわけないだろう。調は何があっても、どんな手段を使っても必ず守る。こんな状態にはさせない。だがそうだな…次からこれをする時は痛覚遮断の術式も併用することにするよ」

 

「…っこの人でなしっ!」

 

小日向ちゃんの罵声を背中に俺は医務室を後にした。こう言っては悪いが今は小娘一人のために時間を使ってやれるほど余裕がないのだ。

 

「そんなにヤバいのか?」

 

「…弦十郎か」

 

薄暗い通路を歩き研究室に戻る途中、うっすらと人影が見えた。誰かと思えば壁にもたれかけた弦十郎だった。どうやら治療が終わるのを待っていたらしい。

 

「そんなに大きい叫び声だったのか?」

 

「そこそこ、な」

 

それで、と早く続きを言えと促してくる。向こうも時間が無いのだろう。後処理に追われているはずなのに態々こんなところにまで来るなんて弟子思いな師匠だ。

 

「奏者もギアも似たようなものだ。一度ばらして治した方が早いくらいだったよ。まあ一週間もあれば目を覚ますでしょ」

 

「そうか」

 

「相手は赤髪のオートスコアラーか?」

 

「そうだが…知っているのか?」

 

「まあな、恐らくキャロルのオートスコアラーの中で最強の個体だろう。名前はミカ、操る属性は火だ」

 

四大元素を元に作られたオートスコアラー、その中で最も苛烈な火の属性を操るのだ。戦闘力で言えば最強だろう。

 

「それと、立花ちゃん拳とふくらはぎに結構ダメージ溜まってたぞ」

 

「む、そうか…何から何まですまんな」

 

「気にするな、それが俺の仕事だ」

 

それじゃあな、と研究室への歩みを再開する。だが数歩と進まぬうちに弦十郎が言いにくそうに声をかけてくる。

 

「一体どうしたんだよ」

 

「いやな、確かに響君やガングニールの事も聞きたかったんだが…お前は大丈夫なのか?」

 

「は?何言ってんだよ。俺はいつも通り絶好調だよ」

 

「…そうか、ならいい。だが何かあったらいつでも言えよ」

 

「はいはい、エルフナインにちゃんと伝えておくよ」

 

これ以上はお説教になりそうだなと思いつつ、俺は足早に研究室へと足を進めた。背後の普段とは比べ物にならない程不安そうな弦十郎に気が付かないままに。

 

 

 

 

 

「ただいま、エルフナイン」

 

「おかえりなさい、お兄様。どうでした?」

 

「かなりヤバかったな。現代医学じゃかなり厳しいレベルだった。おかげでかなり手荒になって小日向ちゃんに怒られちまったがな」

 

「そうでしたか…」

 

「そっちはどうだ?」

 

「コンバーターや回路の修復は終わりました。後はイグナイトを組み込んで外装で覆うだけです」

 

「よし、それじゃあさっそくイグナイトを…あれ?」

 

気が付けばさっきまで立っていたエルフナインが真横になっていた。

 

「どうしたんだエルフナイン、いきなり倒れて…」

 

いや、違う。エルフナインだけじゃない。ドアも、壁も、本棚も、パソコンも、全てが真横になっている。ようやく理解した。倒れたのは、俺だ。

 

「お兄様!?大丈夫ですか!?」

 

「ああ、大丈夫だ。ちょっと無茶しすぎただけだ」

 

「無茶って…まさか!」

 

エルフナインに強引に上着を脱がされる。ワイシャツのボタンが部屋に飛び散るが気にせず手を動かし胸元をはだけさせらる。

 

「やっぱり!どうしてイグナイトを解除してないんですか!?」

 

「いや~限界耐久時間と出力増加の計測をしたくてつい、な。普段と魔力の質が変わったから治療も大変だったよ」

 

そこには先ほど起動させた二本のイグナイトモジュールが深々と突き刺さったままだった。長時間使用したためか刺した周辺には呪いが紋様となって浮き上がってきている。

 

「…すぐに、すぐに人を呼んできます!」

 

「…駄目だ!」

 

前身に力が入らない。だが今にも部屋を飛び出そうとするエルフナインの腕をなんとか掴んで引き留める。

 

「今二課はボロボロだ。各地で被害を受け、立花ちゃんもやられた。そんな状態で俺が倒れたとあっちゃこの組織は瓦解する。みんないっぱいいっぱいで回してるんだ、だから俺もこれくらい…」

 

「…分かった。お前は昔からそういうところがあったからな。だが今は少し休め。それくらいなら誰も咎めまい」

 

「悪いな、そうさせてもらうよ」

 

次第に暗くなっていく視界。その最中、ふとエルフナインの口調がキャロルに似ているなと思いながら俺の意識は落ちていった。




デュアル抜剣は二本同時使用です。三~六本同時使用もいつか出したいですね。
今回も読んでいただきありがとうございました。

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