調の錬金術師(偽)   作:キツネそば

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せっかくなんで季節ネタです。


鍋事変

師走、それは昔々偉いお坊さんですら走る程に忙しい季節であったことを語源としているという説がある。そしてそのことは現代においても変わらない。寧ろお坊さんでなくても日を追うごとに早足で過ごす人を見る機会が多くなっていた。

 

もちろん俺達もその例に漏れず多忙な日々を送っていた。と言っても年末恒例の大掃除にではない。今年は引っ越しをしたのが十一月下旬ということもあり部屋、もとい家はさほど散らかっていない。

 

にも関わらず多忙だった理由、それは新生活の準備である。引っ越しもさることながら家具や生活必需品の購入、並びにマリアちゃんの就職先の研修や調と切歌ちゃんの高校入学の手続きなどだ。

 

と、大袈裟に言ったが実はそう大したことはしていない。マリアちゃんの就職先は特務二課で、調と切歌ちゃんの入学先はリディアンだ。つまり二課の力、よりはっきりと言ってしまえば鶴ならぬ弦十郎の一声で簡単に解決することだ。

 

ではなぜか、それはひとえに俺が現代日本の書類制度に慣れておらず、錬金術も使えなかったことだ。これまで当たり前に使えていたものがこうもあっさり使えなくなると自分でも思っていた以上に不便に感じるものだ。

 

今までだったら書類やサインなどは魔法陣に転写して送ったり術式を使った認証システムを使っていたため同じ内容を何度も書かねばならないというのは想像以上に苦痛だった。

 

それが終わった後は研修が一週間ほど続き、全てが終わったのは十二月の中旬ごろだった。それには流石の調達もストレスが溜まったのか、クリスマスではみんな想像以上に弾けて盛り上がった。

 

そして二十五日も無事終わり、いよいよ年越し。という時にそういえばやってなかったな…ということを思い出した。そのため急遽日程を合わせた結果、その行事を大晦日に執り行うことになった。

 

して、その行事とは…。

 

「うおー!大きいですね!」

 

「そうだろ?名目上では二課の社宅として購入したからな。…と言っても俺が取引した時の原型は全く留めていないがな」

 

そんな良く通る声で会話しながらやってきたのは恐ろしいくらいに目立つ集団だった。先頭に根性バカコンビこと弦十郎と立花ちゃん。その後ろに風鳴ちゃんと雪音ちゃん。そして数名のスタッフ。二課で俺達の内情を詳しく知る全員だ。

 

「いらっしゃい、忙しい時に悪いね」

 

「メルクリアさん!今日はお招きありがとうございます!年越しパーティー楽しみです!」

 

そう、その行事とは自宅紹介だ。本来ならはがきを出すなり軽くお茶する程度でいいのだろうが多忙なためすっかり忘れていた俺達。ならば時期も時期なので年越しも一緒にしてしまおうという計画になった。

 

ついでにこの機会で親睦でも深めれれば御の字だろう。それにもし来たくないのならばすでに用事が入っていると言って断るだろう。そんな軽い気持ちで誘ったのだがなんのなんの、全員がこうして参加してくれたわけだ。これは非常にありがたい。

 

「俺からも感謝する。だがいつの間に改築…というより新築したんだ?」

 

「ああ、それなら錬金術でパパっとやったよ。それに防犯とか脆弱だったからその辺も強化する必要があったからな」

 

このマンション、外からならば一見普通のマンションだ。だが一歩踏み込めばそこは魔境だ。防御結界、隠蔽結界、迎撃結界、多種多様な結界で守りを固め、更に幻術や使い魔などで悪意を持って立ち入ったものを排除する機構になっている。

 

それに加え地下には地脈と賢者の石を使って術式を循環させており俺がいなくても半永久的に万全の守りが保たれるようになっている。要はマンションタイプの浜崎医院と言ったところだろうか。

 

それに外観からでは分からないが内部は壁を取っ払ったり天井を突き破ったりして部屋も元の数倍広く使えるようにしてある。最早マンションの外観をした一軒家といってもいいくらいだ。

 

「…そうか、ほどほどにな」

 

内情を詳しく伝えると弦十郎を頬を引き攣らせていた。だがこれだけやってもまだ足りないと思えてしまう。それだけ変態錬金術師は手ごわいのだ。きっと弦十郎もあいつに会ったらそんなことは言えなくなるだろう。

 

 

 

リビングに案内するとすでにパーティーの準備は整っていた。部屋の中央にはこの日のために用意したこたつが鎮座し、その上にはこれまた美味しそうな鍋が今か今かと蓋を揺らしている。そして手の届く範囲にうず高く積まれたミカンの山、テレビからは年末特有のバラエティー番組が流れている。

 

「これは…鍋パーティー?」

 

「そうなのか?俺も詳しくは知らないがこれが現代の正式な年越しなんだろ?」

 

元々海外で、主にヨーロッパを拠点にしていた俺は日本の正月文化というものにあまり詳しくない。そのため調達と資料をかき集めたのだ。それによるとこれが日本の正式な年越しの準備だと書いてあったのだが…違っただろうか?

 

「そもそも正式な年越しなんてなんて無いぞ。ただ時期や料理の手間を省くために鍋やおせちを準備するだけだ」

 

「それと三箇日まではゴロゴロ過ごすのがポイントですよ!」

 

そうか、俺が知らない間に日本の文化が大きく変わったのかと思ったがどうやら違うようだ。それに数百年錬金術師やってたら常識なんてあてにならないしな。

 

だがネットに載っていた他の正月の過ごし方も中々に楽しそうだった。今回はこれになったが機会があれば色々と試してみたいものだ。

 

「まあ細かいことはいいか。んで弦十郎、そろそろその子紹介してくれない?俺初めて会うと思うんだけど」

 

「そうだったな。紹介しよう、彼女は小日向未来君。響君の友人で一時的に神獣鏡の奏者でもあった。もちろん俺達の仕事についても知っている」

 

「初めまして。小日向未来です」

 

「そ、そうか。俺はメルクリア、しがない錬金術師だ。よろしく。ところで小日向ちゃん、神獣鏡ってまだ使えるの?」

 

「いえ、もう聖遺物が無いので使えませんが…どうかしましたか?」

 

「いや、それならいいんだ。寧ろ使えない方がありがたい。俺と神獣鏡って相性最悪だからさ」

 

「それってどういうことです?」

 

「あ~それはだな…」

 

「お待たせ、食器持ってきたよ」

 

ヤバい、これ以上聞かれると不味い。ここから先は俺の不老不死に関わってくる話だ。さて、どうやって誤魔化そうか。そう思案しているとタイミングよく調達が全員分の箸やコップを持ってきてくれた。

 

「じゃあ食べよっか?」

 

「そうだな、冷めたらもったいないし早く食べよう」

 

少々話の切り上げ方が雑だがそんなことは些末なことだ。みんな俺の話より調特性の鍋の方が大切だろう。現に立花ちゃんなど俺のことなど忘れて炬燵に入り蓋が開くのを今か今かと待ちわびている。そんな彼女のおかげか他の面々も席についてくれた。

 

「ありがとう、調。助かったよ」

 

「ううん、あの話は流石にまだ聞かれたくないよね」

 

隣に座った調の耳元で礼を言う。すると調も分かっていたかのように返してくれた。やはりあれはわざとだったか。流石調、気配りができるイイ女だ。

 

「さて、んじゃ年越しを始めるか」

 

「ちょっと待ってくれ、メルクリア」

 

「どうかしたか?風鳴ちゃん」

 

「緒川さんがまだ来てないんだ。もう少し待っていただけるか?一体どこに行ったのだか」

 

「それならあれだ。俺がさっきお使いを頼んだからだな。っと、噂をすればなんとやらだ」

 

「お待たせしました。メルクリアさん、これご注文の品です」

 

「悪いな、助かったよ」

 

「いえいえ、ですが結構重かったですよ」

 

口ではそう言いつつも、その実汗一つ流していない。やはり忍者は伊達じゃないな。

 

「それでその袋は一体何なんだ?」

 

「これか?これはな…酒だ」

 

俺は受け取った袋を全員が見えるように広げる。すると中には色とりどりの瓶や缶が詰まっていた。

 

「すごい…日本酒にワイン、ウィスキー。ビールもいっぱいある!」

 

この催しを開くにあたって弦十郎と小川に連れてくるメンバーの好みをある程度聞いてそれを注文しておいた。そして小川にはそれを取ってきてもらったというわけだ。

 

「藤尭は…これだろ?」

 

「これって俺が好きなチューハイだ!ありがとうございます!」

 

「んで緒川は日本酒と焼酎だろ」

 

「ありがとうございます」

 

「それで弦十郎は…てどうしたんだよ?」

 

「いや、いくら年末とは言え二課全員が酒を飲むのは不味いんじゃないか…」

 

「細かい事を言うなよ、せっかくの年末だ。無礼講でパーッと行こうぜ。ほら、お前のビールだ。ついでに女子高生に注いでもらうんだな」

 

小言が始まりそうな弦十郎にはさっさとビール瓶とコップを押し付ける。これで文句も出ないだろう。後は緒川だが…と見回すとちゃっかり担当アイドルの横に陣取り日本酒が注がれたコップを持っていた。ちゃっかりしてるな。

 

では俺も、と瓶に手を伸ばす。だが自分で注ぐ必要は無かった。

 

「はい、ソウ君」

 

その前に調がグラスにワインを注いでくれたからだ。これはありがたい。この日のためにそこそこ上等な酒を仕入れたがそれを調が注いでくれたとなれば格別だろう。

 

「ありがとう、調」

 

「どういたしまして。じゃあ乾杯しようか」

 

「そうだな。では、一年間お疲れさまでした。乾杯!」

 

『乾杯!!』

 

 

 

鍋パーティー、もとい年越しパーティーは順調に進んだ。以前は衝突のあったメンバーもいたがここしばらくの研修や交流会を経てそれも無くなった。今までで一番楽しい時間を過ごしたと言えよう。

 

誰もが笑い、楽しく食事をする。そのおかげか成人組はいつもより早いペースで酒を煽った。もちろん俺もそれ漏れず気づけばもうすぐ瓶が一本空くというくらい飲んでいた。

 

そろそろ新しい瓶を開けるか、そう思い立ち上がろうとする。だが立ち上がれなかった。視界が安定せず、ふらふらする。まるで酔っているかのような感覚だ。

 

俺はこの身体になって酔った記憶はそう多くはない。恐らく元々酒にはそこそこ強いのだろうが不老不死になったことで更にそれが顕著になった。そのためワイン一本で酔った記憶など全くないのだ。試しに全身に解析をかけてみる。だかこれと言っておかしな点は無く、酒からも錬金術などの痕跡は見当たらない。

 

正確に術を行使できることから頭はまだしっかりしている。とはいえここでこれ以上呑むのもよろしくないだろう。

 

「…すまん調、水を一杯貰えるか?」

 

「うん。でも大丈夫?」

 

「ああ、どうやら思ったよりも早く酒の回ったらしい。今日はもう止めとくよ」

 

一息に水を煽る。すると少しは楽になった。だがここで更に酒を煽っては同じ事だ。いや、むしろ悪化するかもしれない。それでせっかくの鍋を戻すなど言語道断だ。少々名残惜しいものの背に腹は代えられず酒瓶に栓をする。

 

今日は純粋に鍋を楽しむことにしよう。そう思い箸を伸ばす。だが一足遅かったようですでに鍋は空になっていた。数分前に見た時にはまだ鍋は残っていたはずだ。にもかかわらず眼前の鍋には肉一枚どころか白菜一枚すら残っていない。この短い時間で一体何があったというのだ。

 

「ふー、もう食べられない」

 

「もう、響ったら。口にいっぱいついてるよ」

 

「ったく、いつ見てもこいつの食欲は底なしだな」

 

なるほど、どうやら犯人は立花ちゃんだったようだ。確かに調から立花ちゃんは大食いだと聞いてはいたがここまでだとは思っていなかった。それにメンバーの多くが女性とは言えそのほとんどが育ち盛りの食べ盛り、今度からはもう少し量を作るとするか。

 

しかしどうするかな。まだ食べ足りない感はあるが調にわざわざ追加を作ってもらうってのも悪いしな…。

 

「メルクリアさん、二次会しませんか?」

 

そんな時声をかけてきたのは藤尭だった。これまであまり接点を持っておらず、まともに会話をしたのも今日が二回目かどうかの彼が誘ってくれたのは意外だった。だが断る理由もない。せっかくの機会なので俺も親睦を深めるとしよう。手早く調達と鍋の片づけを終わらせリビングに戻るとそこはカオスだった。

 

そう思い席を移るとそちらにはすでに出来上がった大人が並んでいた。弦十郎は顔を真っ赤にして高笑いを始めており、そのそばでなぜか雪音ちゃんが嬉しそうにお酌をしている。そしてなぜかマリアちゃんと友里さんが肩を寄せ合いさめざめと泣いている。なんだこれ?

 

「来たかメルクリア。さあ、二次会を始めるぞ!」

 

始めはあんなにも酒を呑むのをためらっていた弦十郎が浴びるかのようにビールを煽る。その光景に俺は昔を思い出していた。あれは確かヨーロッパ、新年のお祝いと称して錬金術師仲間たちと浴びる程酒を飲んだ時の事だ。

 

その時も二次会だのなんだの言って結局三日三晩宴会が続いたのだ。そしてそれが終わって三日間は誰もまともに仕事が手につかなかった。

 

弦十郎だから大丈夫だとは思うがこれは一応気をつけておいた方がいいだろう。

 

「そうだな。だがほどほどにしておけよ」

 

あの時はああ言った。だが今ならこう言えるだろう。今すぐその酒瓶に栓をしろ、そしてトイレ行って全部出してこいーと。それだけ年末は普段よりいっそう気を引き締めるべきだったということだ。そして不用意に錬金術師の作った物に手を出すべきではない、と。

 




今年もあっという間でしたね。来年も皆様にとってよい一年でありますように。
今年も読んでいただきありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。
では、よいお年を。

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