調の錬金術師(偽)   作:キツネそば

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遅くなってすみません。今後の展開の調整してました…。
そんなわけでちょっと過去編第三弾、終幕です。


Before meets the Girl③

ライブ会場での一件から数日たった。世間は連日マリアちゃんやフィーネの事で騒がれており一向に静まる気配を見せない。

 

あの日の作戦は完璧…とまではいかないものの当初の目的であった完全聖遺物の軌道には成功した。しばらくは息を潜め各国からの追跡をやり過ごすことになった。

 

俺も次の段階に移るまで自由にしていいと連絡があった。今までだったら彼女たちのいる浜崎医院に向かうのだが、ここ最近はその足取りは重く気も進まなかった。

 

理由は分かっている。調ちゃんのあの顔だ。あの怯えを孕んだ表情が忘れられないのだ。

 

今まで幾度となく見てきたはずだ。幾度となく向けられてきたはずだ。それが今になってなぜこうも心をざわつかせるのか、なぜ彼女だけは特別なのか、それが理解できなかった。

 

どうしても振り払えない。研究にも実が入らず眠ってもあの顔が夢に出てきてろくに熟睡できない。かといっていくら酒を飲んでも忘れられない。そんな夜を何度も繰り返した。

 

気付けば部屋は荒れ果てお気に入りの酒の空き瓶が転がり、魔導書は乱雑に積み上げられ食料は尽きていた。鏡を見れば隈がくっきりと浮かび、冷たい目をした男が映っている。

 

なんだ、安心した。いつも通りの俺だ。調ちゃん達と出会う前の、俺らしい俺がそこには立っていた。

 

なら大丈夫だ。いつも通りなら問題ない。きっとこの三か月がおかしかっただけなんだ。これが本当の俺だ。利己的で、自己中心的で、計算で行動する。それが錬金術師メルクリアの本性だ。

 

ならば元通りの生活に戻らなければならない。今までの俺ならこんな時はどうしていただろう。数百年変わらなかったんだ。今まで通りやればいいはずだ。

 

そうだ、まずは掃除だ。それから食料を買いに行こう。なんなら新しい魔導書を探しに行くのもいい。そうと決まればすぐに行動に移すべきだ。着替えて…いや、まずは風呂に入ろう。このままでは酒臭いな。急がないと。

 

急がないと。じゃないと、自分がどうするべきなのか分からなくなってしまう。

 

 

 

 

 

「はあ…」

 

一体何がいつも通りだ。ちっともいつも通りではない。これでは数日前と同じだ。駅前のベンチ、そこでエコバックの中身を確認する。

 

中にはステーキ用の肉、タイムセールの魚、旬の野菜、調味料、お菓子、色とりどりの食材がそれぞれ五人分。しかも以前の俺の好みの味のものは一つも無い。醤油、砂糖、出汁、全てあの娘、調ちゃんが好んで使うメーカーの調味料ばかりだ。

 

だが今ではこの味の方が好きだ。この味付けは不思議と昔を思い出すやさしい味がする。

 

だがそれでは駄目なのだ。それでは前の俺には戻れない。一体どうすれば俺は以前の俺に戻れるのだろうか。だがいくら考えてもその答えは出てこなかった。今まで錬金術師メルクリアがどうやって生きてきたのか、自分の事だというのに全く分からなかった。

 

空虚だった。まるで大切な何かが胸から零れ落ちてしまったようだ。そのくせ自分ではそれが何なのか分かろうともしていない。そのくせそれに縋ろうとしている。

 

ああ、なんと醜いのだろう。分かっているのに分からない振りをする。分かりたくないのに分かろうとしている。こんなことなら無知でいる方がどれだけ楽だっただろうか。

 

自問自答はいつしか自己嫌悪に変わっていた。奇しくもそれはかつての俺の癖で、一人で全てが完結する孤独で他社を拒絶する世界なわけで。

 

 

「あれ、メルクリア?」

 

だからだろうか。狂おしいほどに会いたくて、それでも顔を合わせたくないと感じた彼女が正面から近づいてきても声をかけられるまで全く気付くことができなかったのは。

 

 

 

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

目の前に置かれたコーヒーの香りが充満する。普段なら心安らぐ瞬間だろう。だが今日ばっかりはそうもいってられない状況である。

 

あの後、「来て」とだけ言った調ちゃんに手を掴まれた俺はある場所に連れてこられた。そこは以前から二人でよく来ていた行きつけで俺はコーヒーを、調ちゃんはミルクティーがお気に入りの喫茶店である。

 

勿論店員さんともある程度は顔なじみなのだが、今日は俺達のただならぬ雰囲気から何も言わずに表通りからも店内からも見えない個室に近い席へと案内してくれた。そして注文の品を持ってくるとすぐに引き返していき、おまけにパーテーションで通路からも見えないようにしてくれた。

 

心遣いとしてはありがたいが今回ばっかりはそうもいかない。なにより彼女と二人っきりというのが非常に堪えた。

 

「なにかあったの?」

 

不意に彼女が発した言葉に俺はドキリとした。まるで見透かされているような気がしたからだ。一体彼女は何を意図してそれを言ったのだろう。それを知るのがたまらなく怖い。

 

「…いや、特に何も無いよ」

 

「その顔で言われても説得力無いよ。それにライブの日からアジトに来なくなったしあの日に何かあったんだよね?」

 

「…まああれだ。今後の生き方について考えさせられることがあってな」

 

「ふーん。じゃあそういうことにしておいてあげる」

 

流石の俺も原因は貴女です、あれ以来どう接していけばいいのか分からなくて困ってます。それでこの状態です。なんてことを本人の前で言えるような神経は持ち合わせていない、

 

「でも三日も顔出さないから心配してたんだよ?」

 

「そうだな、すまなかった」

 

「みんな心配してたからなるべく早く顔出してあげてね?」

 

「そうだな、そうするよ」

 

とは言ったものの今の俺は彼女たちに会わせる顔があるのだろうか。俺の本性、俺の正体、この三か月でそのことを忘れそうになったことは幾度となくあった。だがどうあってもそれは覆らない、俺は人間ではないということは変わらないのだ。

 

今はなし崩し的に調ちゃんに会い会話をしているが、本来俺は人と会話する資格など持ち合わせていない。それがこんな自分を犠牲にしてまで世界を救おうとする優しい心の持ち主ならなおさらだ。

 

何よりそんな優しい人と接するのが怖い。自分がその在り方に引っ張られそうになる。分不相応に憧れてしまいそうになる。なにより彼女の笑顔はそれ以上に俺の心を惹きつけるものがある。

 

「…メルクリア、私あなたに言いたいことがあるの。ライブ会場で言えなかったことなの」

 

息が詰まった。身体が呼吸を忘れた。その一瞬で全身に緊張が走った。

 

言いたいことに大体の予想はついている。あの時の事だろう。もしかした再生の瞬間も見られたかもしれない。となれば罵倒、失望、拒絶だろう。人間じゃない、化物だ、気持ち悪い、近づくな、過去幾度となく浴びせられてきた言葉だ。それが怖くてこの数日、彼女を避けてきた。

 

だが安堵もしている。これから彼女に嘘をつかなくていいからなのか、それとも俺を知ってもらえたからなのかは分からない。

 

しかし俺が彼女を騙していたのは事実だ。ならば彼女には俺を責める資格があり、俺はそれを受け止める義務がある。彼女の口がゆっくりと開く。頬を冷や汗が流れ、喉が鳴る。俺は耐えきれずに目を瞑ってしまう。

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

「…え?」

 

しかしながら、俺にかけられた言葉は感謝だった。どうゆうことだろう、あまりの驚きに目を見開き、すっとんきょんな声が出てしまう。

 

「あの時私を庇ってくれたでしょ。そのお礼が言いたくて」

 

お礼?あの姿を見てなんとも思わなかったのだろうか?怖くは無かったのだろうか?そう尋ねると意外な答えが返ってきた。

 

「うん、あんなの初めて見たから怖かった。でもそれ以上にあなたが守ってくれたことが嬉しかったの」

 

彼女が何を言っているのか分からなかった。今まで奇異の目で見られてきた、忌み嫌われてきたこの姿を見てなぜ礼を言うのだろうか、理解ができなかった。

 

あの翼はいくつもの村を壊滅させた。あの尾は数えきれないほどの人間を砕いた。何世紀にもわたり負の感情を向けられ続けてきたこの身になぜ彼女はそんな言葉をかけてくれたのか、分からない。分からない。

 

「だから、ありがとう。メルクリア」

 

なぜこんなにもその一言でこんなにも胸が熱くなるのか分からない。気づけば視界がぼやけ、頬を熱いものが伝っていた。

 

「メルクリアどうしたの!?」

 

調ちゃんが慌ててハンカチで拭ってくれて、初めて自分が涙していることに気付いた。

 

俺はこんなにも、それも誰かの目の前で涙を流すような性格だっただろうか。

 

分からない。でも自分がそんな素直な感性を持ち合わせているなんて思っていなかった。それこそ自分でも気が付かないうちに変わってしまったような…ああ、こういうことか。ナスターシャが、同僚が言っていたのは。

 

「ありがとう、調ちゃん」

 

調ちゃんのおかげで俺の世界は広がった。今まで見ることの無かった視点で物事を見るようになった。彼女の想いに共感するようになった。まるで関心の無かった世界に色がついていくようだった。

 

「俺は怖かったんだ。あの姿を見られて、調ちゃんに嫌われてしまったかと思うと恐ろしかったんだ」

 

誰かのために、大切な人のために自分を犠牲にしても力になりたい。その想いにも憧れた。だからこそあの時とっさに彼女を庇ったのだ。俺は何時しか彼女の事を大切な、愛しい存在だと思っていたのだから。

 

「だけど調ちゃんは俺にああ言ってくれた。そのことがすごく嬉しかったんだ」

 

初めて会った時から、一目見た時から俺は彼女に特別な感情を抱いていたのだろう。でもそれは叶わないから。彼女は人間で、俺は化物。けして分かり合えない者同士だから。

 

だからきっと、これからも俺は俺は調ちゃんに本当の事を隠し続けるのだろう。もしそれが原因で嫌われ、道を違えることになったとしても俺は彼女を騙し続けるのだろう。

 

それでも、少しでも彼女の側にいたい。叶うのならば彼女を守りたい。いつか俺から離れていっても、陰ながらでも守っていきたい。

 

「だからこれからも、ずっと調ちゃんを守っていくよ。命に代えても」

 

今まで散々誰かを騙し、欺き、虐げて生きたきた俺が初めて心からそう思える相手に出会えたのだから。

 

 

 

 

「急にすまなかったな…」

 

気付けば店に入って一時間以上が経過していた。慌てて店を出ると空はすっかり赤く染まっており、日は大きく傾いていた。

 

「ううん、気にしないで。私もちゃんとお礼を言いたかったし」

 

「そっか…ありがとう調ちゃん」

 

「調でいいよ」

 

「ん?」

 

この時間帯だと人通りも多い。そのためかなり密着して歩いているためお互いの声は割かしはっきり聞こえる。だがそれでも俺は聞き返してしまった。

 

「だから名前、調でいいよ。」

 

…これはあれだろうか。彼女との距離を少しは縮めることが出来たと思っていいものなのだろうか。だとしたらすごくうれしい。

 

「そうか…」

 

内心興奮と喜びで胸が張り裂けそうになる。そうか、名前を呼んでもいいのか。そう思うと今にも表情がニヤケそうになってしまう。必死になって平静を装って入るが今にも崩れそうだ。

 

調、調か…。なら、俺も少しだけ彼女に近づいてみてもいいだろうか。自分の気持ちに気付かせてくれて、世界を広げてくれた感謝を込めて伝えてもいいだろうか。

 

「…調、ちょっといいか?」

 

「どうしたの?」

 

俺は意を決して調を呼び止める。そして振り返った調の耳元で俺しか知らない秘密の言葉を一字一句、ゆっくりと囁く。

 

「え?今のって…」

 

「ああ、俺の本当の名前だ」

 

それは俺がメルクリアになる前、人間として生きていた頃に使っていた名前だ。

 

誰も知らない、文献にも残されなかった俺だけが知っている名前。

 

「誰にも教えてない、俺と調だけの秘密だ。だから…その…」

 

分かってる。こんなものは唯のエゴだ。今さら俺の名前を知ってもらったって、どんな崇高な理由を考えたって過去は変わらないし現状だってそのままだ。

 

それでも俺のことを知ってほしかった。隠しておかなければならないことばかりの俺だけどこれだけは知ってほしかった。

 

だからー。

 

「そっか、じゃあこれから二人っきりの時はそう呼ぶね。ソウくん!」

 

もう一度、愛する人に名前を呼んでもらいたかった。

 

「ああ、ありがとう調…」

 

こんなにも胸が熱くなるなんて、しかも一日に二度もだ。やっぱり俺は変わったな。調に魅せられて、感化されて。

 

今なら分かる。ナスターシャが、同僚が言っていた意味が。

 

「もう、いい大人が二回も泣かないの」

 

調はハンカチを取り出してまた俺の頬を拭ってくれた。また俺は泣いてしまっていたようだ。不意に昔を思い出した。前にも俺の顔を拭ってくれた、あの感じによく似ていて…。

 

「いつか、あなたの全てを受け入れてくれる日が来るといいわね。お兄ちゃん」

 

「え、今の声って…調まさか…」

 

「え?私何か言った?」

 

「…いや、気のせいだ。早く帰ろう」

 

もしあれが本物だとしても関係ない。俺は調を守ると決めたのだ。決して傷つけないと誓ったのだ。例えその魂が奪われたとしても必ず奪い返す。もうあんな悲劇は繰り返さないために。

 

「行くよソウくん」

 

そう言って繋いでくれた調の手は暖かくて、まるで俺が迷わないように道標になってくれているように思えた。

 

叶わないと分かっていても、いつか彼女と同じ道を進み隣に並び立てたら。その温もりが分不相応にも俺にそんな憧れを抱かれてくれた。




寒くなってきましたね。皆様も病気に気をつけてくださいね。
今回も読んでいただきありがとうございました。

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