ダンジョンに八雪を求めるのは間違っているだろうか 作:神納 一哉
バカップル要素はある程度散りばめておいた。
無事にファーストキスを済ませた俺たちは、何事もなかったかのように扉の方を向き、ヘスティアたちが入ってくるのを待つことにした。まあ、手はしっかりと恋人繋ぎでいたわけだが。
「お待たせ、本を持ってきたよ!あと、極東出身の
「とりあえず
ヘスティアと先ほど外で土下座をしていた女の子が俺たちの前に座ると、長机の上に百科事典みたいな装丁の本や羽ペン、インク、紙束を置いた。とりあえずヘスティアと女の子に頭を下げてから、俺たちはそれぞれ一冊づつ手に取って表紙を眺め、中身を確認していく。
「これは、一応アルファベットらしきものが使われているのはわかるのだが」
「書かれているのはヘブライ語かしら?
「まあそれよりも問題は、構文とか単語とかはわからないが、内容がわかってしまうってことだな」
「そうね。私には映画の字幕みたいに見えるのだけれど、八幡もそうかしら?」
「あながち間違ってはいないな」
文字を眺めるとその下に日本語が浮かんでくるという摩訶不思議な現象を確認しつつ、ぽしょりと雪ノ下が呟いた言葉を肯定して本を眺める。異世界限定の自動翻訳機能が脳内にでも追加されたのかね。
「とりあえず、君たちの名前を書いてみてくれるかな?羽ペンの使い方はわかる?」
羽ペンなんて使ったことない。どうしようと思って雪ノ下に視線を送ると、小さく微笑んでから軽く頷いて羽ペンを手にした。守りたい、そのドヤ顔。可愛すぎるっての。
「とりあえず書くことのできるのは、私たちの世界の言葉みたいね」
そう言って差し出された紙には、雪ノ下らしい綺麗な文字で、雪ノ下 雪乃、ゆきのした ゆきの、ユキノシタ ユキノ、Yukino Yukinoshitaと書かれていた。ちなみにローマ字は楷書体と筆記体の両方が書かれている。
「うーん。一番上と三番目のは、タケに見せてもらった極東の文字に似ていると思うのだけど、命君、どう思う?」
「確かに多少の差はありますけど極東の文字に見えますね。ユキノシタが姓で、ユキノが名ですか?」
「ええ。因みにそれは一番上と三番目のどちらを見て読みましたか?」
「一番上の漢文字を元に、平仮名を読ませていただきました。姓名が共に漢文字というのは、あまり見かけませんが、昔はそうだったと聞いていますのでお気になさらなくても良いかと」
「極東の文字は私たちの国の文字との親和性が高いと思っていいかしら?」
「そうですね。少なくとも極東出身者には馴染みのある文字と思っていただいて構いません。その、二番目の文字もタケミカヅチ様ならおそらく知っているかと思います」
「逆に言うと、四番目と五番目は共通語との親和性が低いということで良いのかしら?」
「四番目の文字の形は似ていますけれど、五番目のは崩れすぎていてわかりません。ちなみにユキノシタ ユキノを共通語で書くとこうなります」
そう言って女の子が筆記体の下に文字を書き足してくれた。うん。確かにユキノシタ ユキノって字幕が彼女の文字の下に見えている。
彼女の文字をよく見てみると、Yukinoの部分が同じ綴りになっていることに気付いた。
「なあ、雪乃。違う紙にアルファベットと数字を書いてくれないか」
「別にいいけれど、どうして?」
「雪乃の下に書かれた文字を見て気付いたんだけど、Yukinoの下の文字が全く同じだろ?だからアルファベットも一緒なんじゃないかと思って」
「凄いわ八幡!よく気が付いたわね」
「たまたまだよ、たまたま」
「さすが私の八幡ね!」
なんか、雪ノ下からの俺の評価が天元突破しそうな勢いなんだけど。いや、恋人関係になったから何でも良く見えているんだ。うん。そうに違いない。
雪ノ下にアルファベットと数字を書いてもらい、ヘスティアと女の子の前に置く。
「俺の考えが正しければなんだが、アルファベットは26文字の2種類、数字は10文字で共通しているんじゃないか?雪乃の名前の文字の配列からして、おそらく読み方も同じと思うのだが」
「だとすると、この左側がアルファベット、右側が数字ということで間違いないのかい?ハチマン君」
「ああ。そういうことだ」
「ふむふむ。では確認の意味も込めて口にしながら書いて行こうか。エー、ビー、シー、ディー、イー、エフ………」
ヘスティアが口にする言葉に、自分の考えが合っていたという安堵感のようなものが去来した。
「………9、0っと。よしこれでおしまいだ。ついでに下の方に、ボクのおすすめの食べ物を書いておくから解読してみてくれたまえ」
「…ええと、じゃがまるくんかしら?」
「ユキノは理解力が高いね」
「いえ、名前とか、じゃがまるくんの綴りは、私たちの世界の言葉と同じ文法だったから」
その雪ノ下の言葉を聞いて、手元にあった本の表紙を見て同じ形の文字を探す。今はまだ慣れていないから大変だが、アルファベットの文字数も同じだしそのうち慣れるだろう。
「………これ、英語かもしれねえ。その文字をこの表紙の文字に当てはめると、『The origins of Babel』ってなる」
「おー。ハチマン君が
「上級共通語?」
「今、ハチマン君が口にした『The origins of Babel』だよ。共通語だと『バベルの生い立ち』だね」
ヘスティアの言うことから推測するに、Englishが上級共通語で、日本語が共通語ということになるのだろう。詳しく話を聞いてみると、普通の人は上級共通語を使うことが出来ないらしいのだが、英文を読んでも日本語に脳内変換してるってことなのか?いや、おそらくは単語に意味があるようにしているのだろう。
とりあえず、雪ノ下は英語も得意だったから、すぐに慣れそうだな。
「どうやらアルファベットさえ覚えれば、英語とそう変わらんみたいだ。日本語に翻訳する必要はあるみたいだけど、それは字幕でどうにかなるだろ」
「文字を覚えれば、どうにかなりそうね」
「なんか、俺たちにとって都合がよすぎるような気もするけどな」
「ふふ。相変わらず捻くれているのね」
「そう簡単に人の本質ってやつは変わらねえよ」
「あら?私に対しては優しくなったのに?」
「今、そのことを持ち出す必要ないよね!?」
雪ノ下のデレが留まることを知らない。あの、人前なんだけど。神の前ですらある。
「まあ言葉の方は何とかなりそうだ。助かった。えーっと、ヘスティア様?」
「何で疑問形なのさ!」
「いや、なんか威厳を感じないもので…」
「それだけ子供達に馴染んでいると考えてくれたまえ!それに、普段から地上で神威を出すことは禁止されているんだよハチマン君」
「その神威とやらが何かはよくわからんが、つまりは神としての力を大っぴらには使えないってことか?」
「まあそんな感じかな。さて、言葉の問題は何とかなったようだから、改めてこの世界について説明をしたいと思うのだけど、いいかい?」
これからどうしたらいいのかを判断するためにも、そのヘスティアの申し出を断る理由はなかった。
雪ノ下に目を向けると、離していた手をものすごい勢いで掴まれて指を絡められる。
「説明の方、お願いします」
微笑みながらそう言った雪ノ下に、思わず見惚れてしまったのは心の内に秘めておくことにした。