『偽典』とある魔神の主神の槍《グングニル》   作:かり~む

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2話:かつて栄華を極めし黄金の『ヴァルハラ』

 オールボーの都市部のアパートメント、そこがグレムリンのアジトの一つだった。

 

 歴史を感じさせる、と言えば聞こえはいいが、実際は古いだけだ。壁紙は半分くらい剥げているし、トイレは2日に一回は詰まる。

 だから、エレベーターの使用は極力止めた方がいい。耐久年数を遥かに超えたロープが引き起こす事故のリスクを許容できるなら話は別だが。

 

 

 トールが先頭に立って、アパートメントのドアノブを回す。後ろには上条、イドゥンが続く。ノブに触る際に、手袋を外すのを忘れてはいけない。この一見変哲もない錆びたドアノブは、グレムリンの科学部主任の手によって、指紋認証機能が付与されている。もし登録されていない指紋をもつ人間が、無理にドアをこじ開けようものなら、四方八方からトラップの呪いが飛んでくるだろう。

 

 部屋はリビングと、三つの個室に分かれている。

個室はイドゥン、トール、ドアノブを改造した科学部主任が使用している。

 

 アパートメントは広さこそあるものの、これから世界に喧嘩を売ろうという魔術結社のアジトにしては、みすぼらしいと言わざるを得ない。無論、世界中に薄く広く拡散するグレムリンの拠点がこの一つだけであるわけがないが、この古びた部屋が彼らにとって一定以上の価値を持っているのもまた事実だった。

 

 しかし、かつて魔術の世界の歴史を塗り替えた伝説の『黄金』。メンバー各々が己の才覚のみで世界の常識を変革できるカリスマ的存在であり、あの『銀の星』と呼ばれる天才魔術師も所属した魔術結社。そんな『黄金』もロンドンのとあるアパートの一室から始まったといわれている。

 ならば、グレムリンが現在このデンマークの地方都市の小さな部屋で、世界の舞台に躍り出る日を、今か今かと待ち続けているのも、おかしなことではないのだろう。 

 

 そんなグレムリンの頂点に君臨するのは魔を極めた神。

 

「そのオティヌスってやつは?」

「ああ、こっちさ」

 

 トールはリビングの流し台に向かい、その下の戸棚を開ける。

 そこに広がっていたのは、黄金が渦巻く空間。何かしらの魔術的な仕掛けがあるのは明白だった。

 

 

「俺らの本拠地に繋がってる。ベルシはもう行ってるよ」

「それ、大丈夫なのか?右手で壊れたりしない?」

 

 上条の右手はあらゆる異能を打ち消す。目覚めた最初の頃はそんなこと信じられなかったが、何度かの経験をへてその効力を彼は実感していた。

 

「安心しな。この魔術は人体じゃなく空間そのものに作用する。言うなれば、世界の真ん中を通るトンネルの中を歩くみたいなもんだ。学園都市風に言えば、テレポートじゃなくて空間歪曲、か?だから、上条ちゃんでも問題なく通れるはずだぜ」

「そう。そういうなら信用するけど……」

 

 2人の会話に我関せずといった風に、自室に引き籠ろうとしたイドゥンにトールは告げる。

「イドゥン、お前も来な」

「……、私も?あの浮遊感、私嫌いなんだけど」

 

 イドゥンは面倒くささを隠そうともしなかった。このゴシックロリータの少女は、悪感情を表に出すことに対しては常に真摯なのだ。

 

 

「ああ、オティヌスはグレムリンメンバー全員を呼んでる」

「ちっ。どうせ、ロキの野郎のせいでしょ。あの馬鹿爺め」

 

 しぶしぶイドゥンは台所まで歩いてくる。

 それを確認したトールがまず最初に黄金の穴に入り込み、次いで上条が続く。最後尾がイドゥンだ。

 

 

 

 

 黄金の穴に入り込むと、まるで宇宙に放り込まれたような無重力の浮遊感が上条の身体を襲った。なるほど、イドゥンが言う通り、これを苦手とする者は少なからずいるだろう。

 

 気づけば浮遊感は終わり、慣れ親しんだ重力が戻っていた。

 着地の際によろけてこけそうになるが、上条は足を踏ん張って耐える。

「きゃっ」

 

 イドゥンは着地に失敗したのか、背後で小さい悲鳴が聞こえた。

 

「……ここは?」

 

 上条は周りを見渡そうとするが、真っ暗で何も見えない。やがて柔らかな橙色の明かりが上条の前に現れた。トールがランプを用意したようだ。ぼやけた明かりの中、上条は目を凝らす。

 

 どうやら古ぼけた小部屋に上条たちは飛ばされたようだった。

 足元に目を移せば、魔法陣が床に直接刻まれている。おそらくトールの言っていた空間を繋げる魔術か。

 

「----ヴァルハラ。オティヌスの居城にしてグレムリンの本拠地さ。暫定、だがな」

 

 トールは小部屋の扉を開ける。

 月の光とともに、目に移りこんだ光景に上条は思わずは目を細めた。

 

「………、まあ、さっきまでいたボロいアパートよりはましだろ?」

 

 巨大な城、その内部に上条たちは転移していた。

 既に内部にいるため、上条には城の全貌を測ることはできない。しかし、廊下の隅に規則的に並んだ柱の巨大さや、見上げるほどに高い天井から推測するに城全体のサイズも相当なものだと考えられる。

 

「………………」

 

 しかし、そんな巨城を見た上条の胸に去来したのは興奮とは程遠い感情。

 

 元は見る者を圧倒する荘厳な城だったのだろう。

 だが、主神が住まいし黄金の城はすでに朽ち果てていた。

 

 元は黄金に輝いていたであろう壁は、煤けて灰色になっている。巨大な柱の過半は折れ道を塞ぐかのように横たわっている。屋根は大きな穴が開き、夜の空が覗き月光が降り注ぐ。隙間から入った落ち葉が廊下に積み重なり、ここが建物の内部であることを上条に忘れさせる。

 

 城というより廃墟と言った方が正しい有様だった。城である以上かつては、何処かしらの高貴な身分の人間が住まい栄華を誇ったのだろうが、今はその面影が微かに残るだけだ。

 

 

「行こう。こっちだ。皆待ってる。こけないように気をつけな」

 

 ランプを持ったトールの先導の下、行く手を阻む倒れた柱を迂回しながら進む。ふと窓を覗くと木々が茂っているのが見えた。やがて現れたのは古びた巨大な扉。

 

 それをトールは片手で開ける。

 

 

 軋みながら開かれた先にあったのは、玉座の間。

 その残骸。

 

 もはや壁もなく、天井すらない。

 過去の栄光は瓦礫となって、それらがただ積み重なっているだけだった。

 

 

 風がそのまま吹きすさぶ瓦礫の上には10名ほどの男女がいた。空に輝く星々と月光が彼らを照らす。

 

 老人、少女、青年、白人、褐色、黄色人種。派手な格好をした者に地味な衣服を纏った者。

 老若男女ファッション人種は様々で、あらゆるものに統一性がない。

 

 彼らを見上げてトールは不思議そうに言う。

 

「あれ、結構集まり悪くね?来れる奴は全員集合って話じゃなかったっけか?」

「来てない奴は、つまり特別な任務が与えられてるってことだよ。戦闘担当とはいえ、少しは頭働かそうぜ、トール?」

 黒のスーツを纏ったホスト風の金髪の男が、小馬鹿にするように言った。

「ウートガルザロキ。そんなふうに人を小馬鹿にするのは良くないよ。いつか足元をすくわれる。今のうちに『助言』しておくけど」

 

 それを咎めたのは白のダウンジャケットを羽織った少女だった。十センチほどの円盤がいくつもついた、見ない形のネックレスが目を惹く。

 

「へえ。シギンの『助言』なら素直に聞いておこう。今はな」

「………シギン。これは駄目かもしれないね」

「うん。いくら『助言』をしても向こうに聞く気がないなら意味ないよ。マリアンちゃんくらい素直でいい子なら、こっちも楽なんだけど」

「褒めてもなんも出ないぞーー」

 

 上条の目は、無軌道な会話に興じる者たちではなく、自然と奥に居た一人に吸い込まれていた。

 瓦礫の小山の頂きに腰かけたとある魔女に。

 

 14程度の少女だ。

 毛皮のコートをマントのように羽織り、黒い革の装束を戒めの如く纏っている。

 ただし、その恰好よりも目を惹きつけるものが二つ彼女にはあった。

 

 一つ目はまるで魔女のような先端の尖った鍔広の帽子。

 二つ目は右目を覆う物々しい眼帯。

 

「……………っ」

 

 思わず上条は生唾を飲み込んだ。

 

 どんな稚児であっても悟るだろう。

 どんな間抜けであっても理解しよう。

 

 彼女が頂点。

 彼女が王だ。

 

 グレムリンの?否。そんな小さな枠組みの話ではない。そんな感想しか抱けないなら世界という土台に対して鈍感すぎる。

 

 『科学』と『魔術』、分かたれた二つの世界。その後者。

 魔術を極めに極めた結果、行きついてしまった世界の果て。

 

 

 魔神、オティヌス。

 

 




『ヴァルハラ』は鎌池和馬10周年記念PVでオティヌスたちがいた瓦礫の山をモデルにしています。

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