『偽典』とある魔神の主神の槍《グングニル》   作:かり~む

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18話:デコイ

 11月6日。

 オティヌスに『主神の槍』の材料である『トネリコ』を届けた翌日、上条は再びヴァルハラに呼ばれていた。寒々とした薄水色の天井が広がる玉座の間に、グレムリンの面々が集まる。何人かは上条が初めて見る顔ぶれだった。オティヌスが口を開く。

 

「----目標はハワイだ」

「バカンスでもするのか?」

「あん?」

「……なんでもないです」

 

 上条が暢気な調子で口を挟むと睨まれた。

 横のトールは笑いを堪えている。オティヌスは、ふんと鼻を鳴らす。

 

「無知な貴様にも分かるように説明してやる。『主神の槍(グングニル)』の製造に必要なものはいくつかある。まず、柄の部分を形成する『トネリコ』、刃の部分となる『黄金』、魔神の力を調整する権能となる最も重要な要素、『全体論超能力』及びその材質となる科学にも魔術にも染まっていない『まっさらな素材』。……そして、実際に『主神の槍』を錬鉄する『炉』だ。部品だけあっても意味がないからな」

 

「ふうん。結構面倒なんだな」

 

「『トネリコ』と『黄金』は既に入手済みだ。よって、次に狙うのは『炉』だな。これは天然のエネルギーである火山を使う」

 

 そこで、オティヌスは視線を褐色の女性に向けた。

 

 眼鏡をかけた小柄な女性だ。

 裸の上からオーバーオールをそのまま着ており、なんとも目のやり場に困る服装だ。とはいえ魔術師の中ではまだ『マシ』な格好といえる部類かもしれない。褐色の女性はにっこりと笑いながら、上条に向かって、ひらひらと手を振る。

 

「どうも、『黒小人』のマリアン・スリンゲナイヤーだ。グレムリンにようこそ、上条当麻。歓迎するよ。こっちは、相棒のニョルミル」

 

 マリアンは座っているドラム缶のような黒色の筒を指でトントンと叩く。

 答えるようにガタガタとドラム缶は揺れた。

 それに上条は面食らいながらも、挨拶を返す。

 

「あ、ああ。よろしく」

「アタシたちがあたりをつけてるのは、ハワイにあるキラウエア火山だね。あそこなら『主神の槍』の『炉』としても申し分ない。他にも幾つかの候補地はあるけど」

 

 仲間内からヨルムンガンドと呼ばれる少年が口を挟む。

 

「予想される妨害は?」

 

 それにマタニティドレスを着た金髪の妊婦が答える。

 

「『グレムリン』の存在を知っている勢力は今の所2つだよ。オッレルス一味と、イギリスのレイヴィニア・バードウェイ率いる『明け色の陽射し』団。前者に漏れた理由は分かるけど、後者はどこで私たちのことを知ったのかしらね」

 

 イドゥンは奥歯を噛みしめ、目を逸らした。

 オッレルスのグレムリンの情報源はイドゥンの脳内だ。彼は、イドゥンから無理やりグレムリンの情報を抜き去ったのだった。

 

 おや、とロキが嬉しそうに声を上げた。

 

「レイヴィニア……。ああ、あのお嬢さんですか」

「知ってるの?」

「とても聡明な子ですよ。それに優しい。英国に滞在していた頃は色々と教えてやったものです。カリスマを研究するあの結社の目的は、私のそれとも近しい。かつては同氏として切磋琢磨していましたよ」

「そして、アンタは夢破れてここにいる、ってか」

 

 金髪のホスト風の男がロキを小ばかにしたように言う。

 燕尾服の老人はそれを気に留めた風もなく、飄々と肩を竦めた。

 

「ウードガルザロキ。それは貴方もでしょう?それに夢破れた、とは少し意が異なりますなあ。私は、見出したのですよ。世界を変革させるカリスマ。夢を託すに足る、世界でもっとも美しき女神をね」

「相変わらず気持ち悪いな、貴様は」

 

 ロキはオティヌスに熱い視線を送るが、彼女は迷惑そうにゴミを見る視線を返す。それに傷つくこともなく、ロキは薄く笑いながら恭しく頭を下げた。

 

「だっちゅ!だっちゅ!これは失敬!老骨の戯言と流してくださいませ!」

「話が逸れてる。『助言』するけど」

 

 真っ赤なセーターの上に白いコートを着た女性がため息をつく。

 彼女はシギン。グレムリンの『助言役』を務め、全体的な計画の微修正を担当している。魔術と科学の双方に精通する彼女は、グレムリンという組織を象徴する存在でもあった。

 

「結局、妨害はあるの?ないの?」

「オッレルスは暫く静観に徹するって言ってたぜ。……信用できるかどうかは別だけど」

「ふうん。不確定要素……か。とりあえずハワイってのは確定で良いか」

 

 

 そこで、上条当麻はゆっくりとその手を挙げた。

 

「ん、上条ちゃん?」

 

 視線が集まる。

 上条当麻は一つの疑問を口にする。

 

「-------------------------------?」

 

 訪れる沈黙の後。

 

 ある者は呆れたような顔をつくった。

 ある者は苛立ちを露にした。

 ある者は馬鹿にするように嘲った。

 ある者はやれやれと肩を竦め笑った。

 ある者は穏やかな微笑を浮かべた。

 

 各々が千差万別の反応をとる。

 

 

 そして。

 最終的に、『炉』を手に入れる計画は一つの案に纏った。

 

 

 

 アイスランド近海の地下。

 オティヌスの『骨船』で移動すると、そこには、誰にも知らない間に作られた莫大な空間があった。縦に数キロ、横には数十キロはある。ちょっとした都市くらいはすっぽり入る大きさだ。

 

 その空間では、とある巨大な建造物が建設途中のまま放棄されていた。上条はそのスケールに驚き、口をぽかんと開けたまま呆けた顔をつくる。

 

「俺たちは『デコイ』って呼んでる。すごいだろ?元は上条ちゃんを探すためだけに作られたんだぜ?」

 

 横のトールが得意げにニヤリと笑う。

 

「『幻想殺し』の特性を利用して、地脈や龍脈に流れる力を『幻想殺し』が削り取り、それが補充されるってサイクルに干渉し、およそ50キロ間隔で地中に発信器が自動製造されるように仕掛けを施す事で、世界中を隈無く捜索する………予定だったのさ。ベツヘレムの星に似せた大仰な装飾やバカみたいにデカいサイズは、あくまで飾りだな。『上条当麻の捜索』っていう本当の目的を隠すための」

 

「凄いな……。こんなでっかいのが俺なんかを探すために作られてたってのか?多分横に5キロはあると思うけど」

 

「まだ四分の一くらいさ。完成すれば横に20キロくらいのサイズになるぜ」

 

「………グレムリンってのはバカなんですか?」

 

「ははっ!まあ、否定はできねえよ。芸術肌の凝り性が多いんだろうな」

 

 何事にも限度と言うものがあるだろう。

 この巨大要塞を建設する労力を他に当てた方が効率がいいのでは、と上条は思う。それとも、グレムリンひいてはオティヌスはこの『デコイ』を大した苦労もなく造れるほどの力を持っているのだろうか。

 

 恐らく後者が近いのだろう、と上条は推測した。アイスランドの地下にこれほど広大な空間を誰にも気づかれずに作り上げる組織だ。

 

 適当にトールと上条が談笑していると、オティヌスが号令をかける。

 

「これより『デコイ』の建造を再開する」

 

 魔神を補佐するロキが、各々のメンバーに役割を命じていく。

 

「トールとフレイヤは資材の運搬をお願いします。ベルシはガスボンベの調整を。シギンは全体を俯瞰して各所に『助言』を。ヘルは『デコイ』に装飾を刻んでください。ローマ正教から入手した『ベツヘレムの星』の資料が参考になる筈です。ウードガルザロキはーーーー」

 

 グレムリンメンバーは一人、また一人と散っていく。

 ロキ自身も指示を終えると何処かに去っていった。

 

 上条とオティヌスがだけそこにが残った。

 

 オティヌスは無言で踵を返す。

 その背に向かって上条は遠慮がちに尋ねた。

 

「………あの。俺は?」

 

 なんとなく答えは予感していた。

 オティヌスは容赦なく言う。

 

「お前は邪魔だから、隅に居ろ」

「……うっす」

「『デコイ』にも近づくなよ。お前の右手が作動して作業が中断される恐れがある。絶対に近づくなよ」

「………みんなが働いてる中、一人何もしないのはかなり心地が悪いっていうか……」

「知るか」

 

 オティヌスはパチンと指を鳴らし、今度こそ何処かへと歩き去っていく。

 

 上条の傍に野球のグローブとボールがセットで落ちていた。これで暇でも潰していろ、という事らしい。優しいリーダーだった。

 

「……………」

 

 上条はそれを無言で拾う。

 そして、いい汗を流して働くグレムリンメンバーを横に見ながら、邪魔にならないように一人地下空間の隅に歩いていった。

 

 




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◆デコイ
 原作では『ラジオゾンデ要塞』と呼称される。あくまで、イギリス清教側が名付けたものであり、正式名称は不明のまま。


………次回はあのウードガルザロキさんが本格登場。
コンビの相方がいないのが寂しいですけどね。

 

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