『偽典』とある魔神の主神の槍《グングニル》   作:かり~む

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10話:善き人々

 地面と睨めっこするような顔持ちでイドゥンの足跡を辿って数分、上条は発信機の反応を追えばいい事に漸く思い至った。上条、トール、イドゥンの3人はベルシお手製のネックレス型の発信機を首元に下げており、それによってお互いの位置を確認できるのだった。

 

 自分の頭の巡りの悪さに若干の苛立ちを感じながらも、携帯をポケットから取り出す。またもベルシお手製のアプリを立ち上げると、そこにはイドゥンの位置情報がしっかりと示されていた。

 

 幸いイドゥンは魔術を用いての電波妨害などは行っていないようだった。最終的な目的地は『主神の槍』の材料である『トネリコ』の木であることと、その木の位置は3人の共有の情報であるため、さもありなんではあったが。最悪上条はイドゥンを見つけられなくとも、『トネリコ』の木の前で待ち構えればいいのだ。その前にイドゥンが『何か』をやらかさないという保証はないが。

 

「ベルシには頭が上がらないな」

 

 彼に出会ってまだ数日だというのに、既に数えきれない借りができた。

 いつの日か、彼が困った事態に遭遇した際に、返すことができればいいのだが。

 

 上条が黒と白のゴシックロリータを纏った銀髪の少女の後姿を視界に納めたのは、捜索を開始して一時間後の事だった。陽は殆どが山の陰に隠れ、遠方に見えるなだらかな森の斜面は橙から紫へ色を変えようとしている。後数分もたたないうちに紫色から黒色となり、あたり一面は闇に染まるだろう。そうなる前にイドゥンは見つけることができて、上条はほっと安堵の溜息をついた。

 

「イドゥン!!」

 

 背後から投げかけられた上条の声にイドゥンはびくりと、肩を震わせた。

 黒色のブーツを前に一歩踏み出そうとして、結局イドゥンはゆっくりと上条に振り向いた。

 険しい視線が上条を射抜く。空色の瞳は血走っていた。

 

 上条の背筋が思わずこわ張る。

 腹に拳銃でも当てられているような感覚がした。

 この少女にそのような感想を抱くのは初めてだった。

 

「何よ。私を連れ戻しに来たってわけ?言っておくけど……」

「違うよ」

 

 拒絶の意志が籠った低い声を上条は遮る。

 夕方のバラエティー番組の話をするような軽い調子の声色で意図的に語りかける。

 

「…アレだろ?アンタ、色々考え込んで、最後には抱えきれず爆発するタイプだろ?若しくは、一人で無駄にこじらせて、すれ違いで友人関係を壊すタイプだ」

「……馬鹿にしてるの?」

「頼れって言ってるんだ。別に連れ戻そうなんて考えちゃいないさ。今から、トールの所に戻るのも結構な時間がかかるしな。……だけど、何も言わずいきなり出ていくなよ。心配するだろうが」

 

 上条のそんな言葉にイドゥンは口を数秒程ぽかんと開けて、そして自嘲するように唇の端を歪めた。

 

「…反対されると思ったのよ。私は直接的な戦闘には向いていない。そして、戦闘における頼みの綱であるトールはあのザマよ。彼は数日は、まともに戦えないでしょう」

「俺がいるだろ?」

「……はっ」

 イドゥンは目を細めて、可笑しそうに噴き出した。

 

「はっ!ははっ!ははは!」

 

 何が可笑しいのか、イドゥンは腹まで抱えて身をよじらせて笑う。

 滑稽なピエロを前にした観客の笑みに近かった。

 

「………笑わないでくれませんかね。上条さんのメンタルは決して強くはないのですよ」

 

 上条は頬を掻きながら、バツが悪そうに呟いた。

 彼にだって、慣れない言葉を言った自覚はあるのだ。

 

「……だって貴方、魔術を打ち消す程度の力しかないでしょう?拳銃相手に、拳程度の大きさしかない防弾ガラスをもって挑むようなものじゃない。『ヒーロー』ならいざ知れず、今の貴方は只の人じゃないの。馬鹿でしょ」

「それでも、心配だからついていくよ。…もし、オッレルスがもう一度立ちふさがっても今度は負けないさ」

 

 勝てる根拠など全くない。

 あの人の形をした災害をもう一度相手にすれば、今度こそ自分は死んでしまうかもしれない。

 自分がイドゥンのためにそこまでする理由も分からない。

 

 ただ、ベルシに先ほど言われた言葉が頭の中で何度も強く反芻されていた。地に足がつかない浮遊感はいまだ無くならない。だが、それでも自分の好きやろうと思った。

 

「……はあ。本当に、馬鹿ね」

 

 イドゥンは空色の目を何度か瞬かせて、上条の顔を見つめた。そうして、一度大きなため息をついて、肩の力を抜いた。

 

 道に立ち塞がる生物は例え子猫であっても殺すような、見た者が身震いするような眼力は薄まっていた。

 上条は満足そうに頷いて、イドゥンの元に歩み寄ろうとして、その途中で盛大にくしゃみをかます。

 

「くしゅんっっ!!」

「はっ。馬鹿は風邪ひかないというけれど」

「お前のせいで、こんな寒い中山を歩き回る羽目になったんでこざいますよ。俺は学園都市住みのシティボーイだってのに」

「貴方学園都市での生活なんて覚えてないでしょ。このばーか」

 

 そこで彼女が浮かべた笑みは、いつもより心なしか柔らかかった。

 

 

 

 ザクリ、と上条の足元で音が鳴った。

 

 

 積もった雪を足で踏みしめたのだ。

 上条が左右の足を前に出す度、ザクリザクリとそれらは一定のリズムを刻むかのように鳴り続ける。

 

 とうに日は暮れている。街灯などはここにはない。イドゥンの手のひらの上で揺れている光球が、この場で頼れる唯一の光源であり、その明かりで見渡せる範囲は白色に染まっていた。

 

 上条とイドゥンが合流して以降、雪の勢いは一気に強くなった。イドゥンが魔術を使って暖をとっているため、肌寒さこそ感じるものの、凍傷になるようなことはない。しかし、風に乗って顔に叩きつけられる雪の不快感と、この数時間でみるみるうちに足元に積もった雪は、彼らの歩みを確かに阻害していた。

 

 前を歩く、イドゥンの背を上条は見る。

 その表情は後ろからは伺いしれないが、その息は荒かった。

 止まることなく進み続けるその華奢な身体は左右に大きく振れていた。

 

 ただでさえ舗装もされていない起伏の大きい山道なのだ。今はそれに加えて、明かりもろくにない夜中であり、更には雪も降っている。心理、身体の両方で多大な負荷がかかっているのだろう。魔術師と言えども人間なのだ。

 

「雪の勢い、強くなってきたな」

「…………そうね」

「どっかで、休憩した方がいいんじゃないか?」

「…かもしれないわね」

「焦るのは分かるけど、土地勘もない奴が森の中をうろちょろしても危険なだけだろう。まだ、体力のある内に休める場所を探した方が良い」

「……分かってるわよ。……だけど、もう少しなの。あと、ちょっとで森を抜けて、『ニエトコ』の木の近くにある村落につく筈なのに…!」

 

 

 『トネリコ』の木のすぐ近くには人口1000人ほどしか住んでいない小さな村落があるらしい。そこまでいけば、この疲れた体を休めることはできる筈だ。だが、その村落にこのままたどり着ける保証はなかった。雪はこうしている間にも、勢いを増し続けていた。

 

 

 忌々しげにイドゥンは歯を食いしばる。

 その時。

 

 

 ザクリ、と。

 イドゥン、そして上条の背後で音が鳴った。

 

 上条とイドゥンはぎょっとして振り向く。

 そこにいたのは。

 

 

 

「いやあ!雪の中でアンタらを見つけた時は、びっくりしたよ!てっきり、結ばれない運命に世を儚んだ自殺でも考えたカップルなのじゃないかと!」

「はっ!自殺!この私がそんなことするわけないでしょう!貴方の目は節穴なのかしら!そして、カップルじゃないわ!訂正しなさい!」

 

 ぼさぼさのブロンドの髪を後ろで一本に纏めた髭面の男が豪快に笑う。

 彼の名前はアンドロ。

 村の猟師をしているらしい。北欧は西洋の中でも狩猟が盛んに行われている地域の一つである。

 

「おお?そうかい?すまない、すまない!それにしても、いやぁ!猟の帰りに君らを見つけられてよかった。本当に良かったよ。仕事場から年若い男女の遺体が見つかるなんてニュース、私は聞きたくないからね!」

 

 上条とイドゥンは猟から帰路についたアンドロに偶然発見されたのだった。

 意外にも、上条たちは村の近くまでは来ていたらしく、アンドロの案内の元、小一時間ほど歩くと村に到着した。ただ、彼の案内がなければ、村に辿り着けていたかはかなり怪しい。

 

 雪の勢いは強さを増すばかりで、窓の向こう側を覗くと、風に煽られた横殴りの雪によって、景色は白一色に染まっていた。こんな天気で、案内もなしに夜の雪山を歩くことは、確かにアンドロの言う通り、自殺とたいして変わらないだろう。

 

 上条たちは村に着くとそのままアンドレの家に招かれた。

 村に一つだけある民宿は、現在家族で旅行中のため、営業していないらしい。

 

 

「……なるほど、理解した。付き合う前の、一番楽しい時期か。分かるよ。私にだってそんな甘酸っぱい青春時代はあった。…頑張れよ、少年」

 

 アンドロは小声で内緒話をするように上条の肩を叩きサムズアップして激励する。が、上条はデンマーク語は分からない。碌でもない会話内容である気がしたが、一応曖昧に笑って、同じようにサムズアップで返す。

 

「君は、中国人?あぁ、いや違うな。その煮え切らない曖昧な笑みは日本人だ!」

「お、おお。イエース?イエース!」

「ジャパニーズといえば!ニンジャ!ニンジャ!」

 

 手裏剣を投げるポーズをジェスチャーするアンドレに苦笑いする上条。

 妙にテンションの高い男だった。

 

 

「……ごめんなさいね。うるさい人で」

 

 台所からアンドレの奥さんがあきれ顔で出てくる。

 だが、口元は笑っている。夫婦仲は良いのだろう。なんとなく言葉の意味を察した上条は、伝わらないだろうなとも思いながら、感謝を述べる。

 

「いえ、こちらこそ泊めて頂いてありがとうございます」

「助かったのよ。こちらもよ。夫は娘がハイスクールに通うために、都会で一人暮らしを始めてから、落ち込みがちになってたから。……ふふ。言っても分からないか。寒い中歩いて疲れたでしょ、しっかり食べて元気をつけて」

 

 途中からきょとんとした顔になった上条に笑いかけて、奥さんは両手に抱えていた大皿をテーブルの上に置く。野菜やニシンを卵に混ぜてフライパンで焼く、エゲケーという名前のオムレツのようなデンマークの家庭料理だ。他にも、奥さん手作りの料理が次々とテーブルに並べられていく。

 

「う、美味い!体に染み渡っていく優しい家庭の味だ!」

「ふ、ふん。中々やるじゃない」

 

 上条とイドゥンはそれらを夢中で食べた。

 




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