シンデレラのぶかぶかなガラスの靴   作:結城 理

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episode(7):Out of fuel(sorry)

「美世おねーさん、どうかしやがりましたか〜?」

 

仁奈ちゃんはドアノブから手を離して、美世さんのところへ駆け出した。

美世さんはそれを見て体を屈んで手招きをした。

俺も美世さんの元へ歩く。

歩いてるうちにドア側の壁の方に寄っていく。

仁奈ちゃんが振り返ったときに、ドアへの意識を少しでも逸らさせる為だ。

 

「仁奈ちゃん、レッスンお疲れさま〜」

 

美世さんが仁奈ちゃんに再度声を掛ける。

その声に釣られて俺の視線は竜のキグルミから美世さんへ向いた。

美世さんは俺と朝別れた時と同じ笑顔を携えていて。

 

……まだ知らないんだったな。

 

その笑顔が俺の良心に刺さった。

 

「ありがとうごぜーます!

見てくだせー、仁奈のニューキグルミでごぜーます!」

 

美世さんの元へ着いた仁奈ちゃんは自慢げにターン。

それを美世さんは撫でながら、

 

「うん、可愛くてかっこいいね!」ナデナデ

 

べた褒めした後、乱れた彼女の髪を手櫛で整えた。

 

「そうでごぜーます!

このキグルミ、かっこよさもあるんでやがるんですよ!ガオガオ〜!」

 

その姿はまるで服屋で見かける母子のようで。

 

「ぁ……なつk」

 

クソ、なんでこんな時に思い出される?

俺の過去なんか忘れろ!

今はどうだっていいんだ!

 

「ねぇ、新人のPさん、今って何時だっけ?」

 

美世さんに呼び掛けられ、ハッと我に返った。

色々と美世さんに助けてもらってばかりだな……。

 

「ええっと……14時50分ですかね?」

 

「そっか、ねぇねぇ仁奈ちゃん、もうすぐ3時だよ?」

 

こちらに向けていた顔をすぐ戻される仁奈ちゃん。

おかげでまたドアから意識が遠のいた筈だ。

 

「そうでごぜーますね。

あ、お仕事でごぜーますか?」

 

「違う違う、ほら、3時といえば〜?」

 

美世さんが二人に聞いてくる。

3時?何か一般的に知られるイベントなんてあったか?

すると仁奈が あー!っと叫び、

 

「3時のおやつだぁー!!!」

 

解答を叫んだ。

あーそっかおやつね。

 

「大正解〜!見事正解した仁奈選手には食堂にて法子ちゃん特製ドーナツが待ってまーす♪」

 

「やったやった〜!早く食べに行くですよ〜!」

 

やたら仁奈ちゃんがぴょんぴょんと飛び跳ねる。

せっかく整えられた髪がまた乱れたが、それでも可愛かった。

 

「あ、新しいプロデューサーも一緒に食べるですよ!

あれはうめーです〜」

 

その瞬間、バックステップをしていた。

仁奈ちゃんがはてと首を傾げる。

 

「ん?ドーナツ、嫌いでやがりますか?」

 

「あ、いや、そうじゃなくて。

その……あ!俺まだお仕事残ってて」

 

「新人プロデューサー選手は答えられなかった罰としてあたしの愛車を洗車してもらいます!」

 

言葉を遮られた上に理不尽な刑を言い渡された。

いや、答えようと思えば答えれたし!

なんかなぞなぞかな、と深読みし過ぎただけだし!お寿司!

 

「あ、いや今動くわけには……」

 

「よし仁奈ちゃん、タイムアタックだよ。

もし10分で食堂まで着いたらボーナスにもう一個プラスしてあげよう!」

 

「ほんとでごぜーますか!?

それじゃ新人プロデューサー、これにておさらば!でごぜーます〜!!!」

 

俺捨て置かれてる!

20近く離れている幼女に放置プレイされるとか人生で初なんですけど!?

それに仁奈ちゃんダッシュ速ええ!

 

 

 

「……仁奈ちゃんは上手いこと離せたね」

 

美世さんが小さく呟く。

もうあなたのせいで第n時脳内パニックだよ……。

あ、でも仁奈ちゃんを部屋に入れさせないことには成功出来たのか。

その点では、助かった。

 

「あ、えーと美世さん?」

 

「ん?何?」

 

「助かりました、ありがとうございます」

 

とりあえず礼を言って、と。

そこから、やりたくない報告をどうするかなんだが……。

すると、美世さんが振り返り、

 

……なんで顔が笑っていないんだ……?

 

 

「……なんで、礼なんか言うの?」

 

いや、なんでって……そりゃ部屋から仁奈ちゃんを遠ざけてくれて……

 

「あっ……」

 

繋がった。

さっきの美世さんの行動。

消えた笑顔。

俺への問い。

 

「もう……知ってしまったんです、ね……」

 

俺の仕事が一つ消化された。

それも、最悪なパターンでだ。

この件を知っていたのは俺、美城常務、後ほんの少数の人だけなはずだ。

なら、彼女にとっての情報源は、

 

「……美城常務に、全部聞いた」

 

そう言った彼女の目は黒色しか写っていなくて。

それが俺の行動力のなさを綺麗に示していた。

ぶつけようのない怒りを抑えているようにも見えた。

 

「……ごめん、なさい。

本当は俺から」

 

「いいよ、謝らなくて。

残念だったね、初仕事をスリップしちゃって……」

 

もう、言い訳も通用しないだろう。

それほどまでに彼女は、沈んでしまっていた。

どうすれば、いいんだ……?

 

「彼も最初の仕事にさ、車をエンストさせて失敗しちゃっているんだ。

それに比べたら、まだマシだと思うよ?

……うん、彼に比べたら……プロ、デューサ」

 

言い切る前に美世さんは振り返り、顔を真上に上げた。

あぁ、ダメだ。

こんな状況で俺は、あまりにも無力だ……。

なんて言おう?

 

「こんな時になんだけど、こっちの事務所に移籍する気はないですか?」

 

馬鹿!俺!何言ってんだこんな時に!

確かに美城常務は出来れば預かって欲しいってほざいていたけれども!

今はダメだろクソが!

 

「……ああ、そういえば常務も言ってたね。

でも、私は美城常務に預かって貰おうかな。

まだ、完全に新鮮な気分でアイドルをしようとは思えないんだ」

 

そのまま美世さんは歩き出し、

 

「それじゃ、私は私でなんとか頑張るからさ、あなたも頑張ってね」

 

俺から離れていった。

 

離れていった。

 

離れていく。

 

離れる。

 

まだ、声は届く。

でも、なんて声を掛ける?

 

ありがとう。

 

いや、また同じこと言ってどうする?

 

ごめんなさい。

 

……違う気がする。

 

頑張ってください。

 

美世さんに喧嘩売ってるだろ。

……何も言わない方がいいのか……?

 

……そんな訳ないやろ!

 

は?

 

「美世おおぉ!!!」

 

俺が叫んだ。

俺の口が叫んだ。

またあいつだ、スクエアエコーのプロデューサーだ!

此の期に及んでまだ俺で遊ぶのか!

ほら、お前が不用意に叫ぶから美世さんに気づかれた。

俺はお前の事を説明出来ないぞ?

 

「オフロードでも、ナビなしでも、自分を信じてアクセルを踏め!」

 

俺の身体の彼が、また叫んだ。

お前……何を?

 

「でももうドライバーはいないんだよ!?

ハンドルを握ってくれなきゃ、私は動けない!」

 

目の前のシンデレラがぐしゃぐしゃになった顔で訴える。

仁奈ちゃんではなくとも、そんな顔は見たくなかった。

 

「ハンドルを振り切れ!お前はハンドルなんかじゃない!

俺がハンドルや!

お前はそれを握るアイドルなんや!!!」

 

轟音の如き俺の絶叫が、俺の耳をつんざいた。

美世さんもそれに打たれたように見える。

ただ、打たれた美世さんは顔に光が少し戻っているかのようで。

 

そのまま駆け出して見えなくなった。

 

さっきの会話は一体何だったのか。

それで彼女が少しでも救われたなら、いいか。

 

 

 

 

 

「……ダバァ!……ハァ……ハァ……」

 

数瞬の後にスクエアエコーPの憑代化が解除された。

とても疲労感がある……。

膝が笑っているし、壁にもたれないと立つことすら困難だ。

誰か、ちょっとだけ……肩を貸してくれないか……?

 

「ングっ、ンァ……ハァ」

 

膝もついていよいよ立てなくなった。

顔を正面に向けるのも億劫になり、段々と下を向く。

 

「被験体発見〜」

 

突然目の前にドリンクを差し出された。

顔を上げることが出来ないが、女性であることは分かった。

礼を言いたいが、口もちゃんと動かない。

 

「ありゃりゃ、これはすぐ試した方がいいかにゃ〜ん?」

 

それが聞こえると、そのドリンクを押し込まれた。

思わず飲んでしまい、喉に液体が通る。

そのまま目も閉じて来て、夢の世界が見える気がしてきた。

 

「やっぱり輝子ちゃんのシメジのギャバは応用効いていいね〜。

あ、小梅ちゃん、もう終わったにゃー」

 

え?……こ、うめ……。

小梅……?

会わないと……。

あ、でも……少しだけ……。

休ませて。






……反応ない……。



……丁度いいわ、今ならなんとか動けるかもしれへん。
この新人はほんまに出しきってんな……。
意識の中の意志が一切感じられへん。
346に来るまでにどんなことがあったかあんま分からんけど……その身体、利用させて貰うで。
……目はまだ開かない。
呼吸は出来てるけど、それはこいつ自身の無意識の行動やろう。
どこか、動かせる箇所はないか?


……身体の感触が結構はっきりとしてきた。
馴染みきってないスーツの縛るような感覚。
ラフなん選ばなあかんて。
てか、こいつネクタイつけてへんやん、何やっとん。



ん?
誰や?
誰が俺を起こしてる?
起こしてるといっても、恐らく倒れてる状態から座らすようにしてるだけやねやろけど。

……まだ目は開けない。
感覚は殆ど覚醒してるのに。
…………なんか匂ってくる。
この香りは、知ってるぞ……。
ああ、俺が間違うはずない。
俺を揺さぶる手の大きさ、感触とも合致する。
今、目の前におる子は、

「小梅か……!」

弱々しい新人の声。
俺はこいつの口を動かして精一杯叫んだつもりやねんけど。
それほどまでに死霊が生人を動かすのは難しいってことか……。
でも、ようやくゆっくりと目を開くことが出来た。

「……どこや、小梅……?
どこおんねん……!」

目の前には俺の視界に入れたい少女の姿はない。
近くにいるのは分かってるけど、首を動かすことが叶わへん。
見せてくれ、もう一度だけ、俺に担当を見せてくれ……!


キュ、


俺の望みに応えるように、スーツの左肩から布が擦れる音が聞こえた。
新人の身体が反応し、その本能的に顔がそちらに向いた。

望んだことが叶った。
自分で勝手に死んで、それでももう一度だけ担当のアイドルと会う。

「俺が、誰か……ちゃんと、分かるか?」

望んだ人と会えた。
目の前の少女は、俺の担当アイドル。
スクエアエコー所属の『白坂小梅』。

「う、うん……。
分か、て……いる、よ……?」

望んだ人は、望んだ表情を見せてくれなかった。
小梅は、今までに見たことないくらい、泣いていた。
気を抜いたら、こちらにも表情が伝染しそうで。

「プロ……デュ、ゥーサー……」

感情の整理がつかない。
また会えて嬉しい。
美世や飛鳥、仁奈とも会いたい。
いつまでこいつに憑いていられる?
どうやって俺に気づけた?
小梅は今、何を思ってる?
こんなことになってほんま申し訳ない。


……そうや、言わなあかんことがある。
小梅に言いたいこと、話したいことはいっぱいある。
でも、先に言うこと言わな。
俺が望んでても、事の発端は小梅らは望んでなかったはずや。
んじゃ、俺が言うべき最初の一言は、

「……ほんまに、ごめんな」

ごめん、それから始めよう。

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