シンデレラのぶかぶかなガラスの靴   作:結城 理

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episode6():正当化

フォルダを閉じた。

時間を忘れてファイルを読み漁った。

読んだのは『file00』、『file01』、『file05』の3つ。

読み切ったときに達成感はなかった。

満足感も得られなかった。

どれも膨大な情報量だったが、日頃の生活の性質上そういうのには慣れている。

ただ、一つ慣れないものがある。

 

「お前は何なんだよ!」ガンッ

 

今俺から溢れ出る怒りだ。

怒りに任せて振り下ろした拳が、無罪のキーボードを傷つけた。

 

「彼女達のことを全力で放り捨てやがって!」

 

スクエアエコーのプロデューサーは、4人の担当アイドルを捨てた。

自らの死を以って、アイドルを孤立させた。

 

「そのくせして俺に託しただ!?」

 

彼は、どうしようもない無能だったらしい。

スクエアエコーのアイドルが躍進していくのと対象的に自分の能力の限界を知っていくことに嫌気がさしてきたそうだ。

 

「見ず知らずの俺が希望って、頭沸いてるのか?

そういうのは他力本願って言うんだよ!」

 

本来プロデューサーはアイドルを引っ張っていく存在であるのに、逆にアイドルに引っ張られるのがたまらなかった、と。

 

「彼女達の未来も壊すことになるって分からないのか?」

 

キーボードを殴る右腕が止まらない。

怒りも収まる気配がない。

そもそも抑える気になれるわけがない。

 

「あの子達にとって、お前は親代りのようなもんなんだぞ!

お前が自殺するって言うのは、親が自殺するのと同義だ」

 

キーボードを殴るのを止め、標的をパソコンの画面に定める。

 

「さっきから黙ってないで、なんか言ってみたらどうだ!」

 

そのまま振り抜く。

クソ野朗の懺悔画面をぶっ壊してやる!

 

 

 

ちょっと黙れや。

 

画面に当たる直前、ピタッと拳が止まった。

どうやら呼びかけに応じたようだ。

身体の自由が段々と奪われていく。

抗ってもがこうとするが、時すでに遅し。

 

「……ッ、動かね……」

 

自由に動かせるのは口と思考だけのようだな。

それでも結構、ボロカス言ってやる。

 

「美世さん、小梅さん、飛鳥さん、仁奈ちゃんのこれからを完全に保障出来るか?」

 

だからそれをお前に任せるっちゅうねん。

 

「俺は仁奈ちゃんをプロデュースしたいと思っている。

後の3人は常務に預けるつもりだ」

 

あかん、常務にだけはあかんて。

 

「死体がどうこう言っても意味ねぇよ!」

 

そやな、俺が何言おうがどうしようもない。

せやけどな、お前の身体をずっと使うことも出来る。

お前が言うこと聞かんねやったら俺と変われ。

 

「ふざけんな!俺は俺だ!

俺が4人もプロデュース出来る器だと思うなよ?

……もういい、もうでしゃばんな!」

 

俺はお前の身体でプロデュースをやり直したいねん。

お前は色々都合いいねんわ。

 

「はぁ!?めちゃくちゃだぞお前!」

 

めちゃくちゃでええわ、この際どう言おうが構わへん。

もう少ししたら完全にお前を憑代化出来んねんから。

 

「……?憑代化?何だそりゃ?」

 

簡単に言うと乗っ取るちゅうことやな。

 

「あぁ?……やってみろよ。お前がそんなこt」

 

んじゃ遠慮なく。

まず汚いお前の口調からな。

 

「…………ぉ、ん……ッ」

 

ついでに物言われへんようにしたる。

思考もその内完全取り込んだるわ。

 

ちょ、っと……待、てよゴ……ら……。

 

 

 

 

 

……こんな悪人ヅラしなあかんようになるとはな……。

ほんま堕ちたもんやわ……。

 

コンコンッ

 

あっ、くそ、一旦離れなヤバい!

 

 

ガチャ、キイィ……

 

「失礼します……。

誰もいないわよね」

 

「だばぁ!!!」

 

拘束から解放された!なんとか助

 

「きゃああ!」バタッ

 

かってない人がいそうだな。

女性の声……スクエアエコー所属アイドルか?

電灯付けてないから何かにつまづいたのか?

 

「……事務員の方ですか?」

 

うん、事務員。

言ったら申し訳ないけど、見るからに事務員って感じの人だ。

緑の服の事務員は尻もちをついた状態でこちらを見、

 

「え?あ、あぁ、はい。

私はアシスタントの千川ちひろです。

あの、さっきはお恥ずかしいところを……」

 

千川さん…は立ち上がり頰を赤らめた。

え、かわいい。

 

「ああ、いえいえ。

こちらこそ驚かせてすみませんでした」

 

とりあえず詫びを入れて。

……謝る原因作ったのは俺じゃないんだけどな!

あいつはなんで俺から『離れた』?

さっきまでビンビンに感じてた気配が全くない。

偉そうに他人を乗っ取るとかほざいていた癖に。

 

「えーっと、すみませんが、どちらの事務所の方ですか?」

 

ふぇっ?事務所?

あ、えーと確かここはスクエアエコーのプロデューサー室で……じゃない、俺の事務所?事業所名!?

まだ決まってないし!んじゃどう説明すんの!?

あ、ああヤバい、またコミュ障発動しそう……。

落ち着け落ち着け!思考よ落ち着け!

パニクるな……そうだ、俺は事務所を構えていない新人……。

……そう、新人プロデューサーだ!

 

「……ええっと、お……僕はまだ新人のプロデューサーでして。

まだ事務所とか持ってないんですよ……」

 

ふぅー、なんとかまとまった。

 

「ああ!ここにいらしてたのですね!

美城常務から話は伺っています。

ようこそ、346プロダクションへ!」

 

「は、はぁ……」

 

え、ここで歓迎会すんの!?

故人の事務室だよここ!

ていうかめっちゃチュートリアルっぽいんだけど!

 

「……と言っても、あまり喜ばしいタイミングじゃなかったですよね……。

入ってきたばかりなのにこんな状況になっていてすみません。

プロデューサーさんにはもっと万」

 

「ああもう大丈夫です大丈夫!

これ以上湿っぽくならなくてもいいです……」

 

ただでさえどんとストレスが降り注ぎまくってるのに、これ以上増えたら鬱になるわ!

 

「あーその、何かご用件が?」

 

何で前触れなく入室してきたんだろう?

お陰で『憑代化』とやらから解放されたっぽいけど。

 

「あ、はい。丁度あなたを探していたところだったんです。

あなたのプロデューサーとしての適性と、仁奈ちゃんとの相性を私がチェックすることになりました!

期間は短いですが、しっかりチェックさせてもらいます」

 

なるほど、亡霊騒ぎですっかり棚に上げてた……。

 

「分かりました。至らないところも多いだろうけど、頑張ります!」

 

気合いを込めてガッツポーズ。

大変だろうけど、仁奈ちゃんと一緒に頑張るからな!

 

「気合い充分みたいですね!

では私が入社祝いとしてささやかながら……」

 

左ポケットに手を入れ、ガサゴソと何か取り出そうとしてる。

何だろ、前金?……な訳ないよな。

 

「こちらをどうぞ♪」

 

差し出されたのはスタドリだった。

……スタドリだった。

 

「え、す、スタドリ、ですか……?」

 

無理無理無理無理怖い俺これ知ってるヤバいやつだ!!!

 

「はい!本当は少々値段があるんですけど、今回は特別に無料で差し上げます♪」

 

うん知ってる高い癖にヤバいやつだよねこれ!

顔が本能レベルで引きつってるのが分かる。

申し訳ないが、これだけは頂けない。

いや、でもやっぱり貰わないと失礼かなぁ?

 

「ぁ、ありがとう、ございます……」

 

貰っておこう!

ちひろさん人生で見たことない笑顔みせてきた!

あれ多分メドューサと似たようなやつだ。

そんでもってスタドリは後でトイレに流そう!

 

「それでは、失礼しますね。

あなたのプロデュース、期待してます!」

 

そう言いちひろさんは退室した。

あまり時間は食わなかったな。

 

「あ、今何時だ?」

 

反射的に壁面を見やる。

アナログの掛け時計を見つけた。

正午、それも12時ぴったりだ。

……いや、よく見ると秒針が動いていない。

 

「プロデューサーと同様、壊れてたか」

 

愚痴ってスマホの画面を見る。

正しい時刻は14時47分だった。

 

「とりあえず、一旦出ましょうか」

 

担当のアイドルがスクエアエコー所属のアイドルとはいえ、部屋まで同じというわけではないだろう。

 

暗い部屋を後にする。

目の錯覚で、周囲の養生テープが空のように澄み渡っているかのように見えた。

空気が美味しく感じる。

 

バタンッ

 

部屋の空気が汚く思えて、思い切り閉めてやった。

 

「ああー!!!」

 

左の通路から叫び声が。

思わず振り向くと、

 

「あ、仁奈ちゃん!」

 

タイミングが良いことに仁奈ちゃんが。

こちらに駆け寄ってくる。

相変わらず何をしてても可愛いなぁ。

キグルミも朝の時と違うけど、まぁ可愛い!

 

こちらの手前で止まると少し息切れをして一声。

 

「朝の誘拐犯でごぜーますね!」

 

またそれか!

もしやわざとやってるのか?

 

「違う違う!もう俺プロデューサーになったから!」

 

一瞬仁奈ちゃんはきょとんとし、すぐさまハッとなって笑った。

 

「そうでごぜーましたね!新人プロデューサーでごぜーます!」

 

そうそう、誘拐犯じゃないからな!

 

「あ、もしかして俺に用があったかな?」

 

ちひろさんが俺に確認をとったということは、仁奈ちゃんにももうとってあるのだろう。

 

「あ、そうでごぜーました!

見てくだせー!仁奈のニューキグルミ!」

 

違うのか。まぁいいや。

キグルミショーが始まった。

 

「今度のお仕事で使うドラゴンキグルミでごぜーます!

レッスンの時に靴が履けなくなっちまったので、ついでにお着替えしたですよ!

このキグルミ、ここにマイクも付いててすげーです!」

 

興奮しながらキグルミを解説してくれる。

すごく癒しだ……。

 

「しっぽも可愛いね」

 

「へへへ!しっぽびよーん!ふりふり、でごぜーます〜!」

 

疲れが抜けていく感じがする。

本当に可愛い。

 

「ずっと見ていられるくらい可愛いわぁ……」

 

あ、しまった声に出てしまった。

聞こえたであろう仁奈ちゃんはまんざらでもないようだ。

 

「このままプロデューサーにも見せに行くですよ〜」

 

そうかそうか、きっとプロデューサーも喜ぶぞ。

 

「……ぇ」

 

刹那、固まった。

そして、俺の最初の仕事内容を思い出した。

『スクエアエコープロデューサーの自殺』。

そのことを仁奈ちゃんに伝えなければならない。

でも、辛すぎる。俺がしたくない。

でも、言わなきゃ仁奈担当プロデューサーでいられない。

伝えなきゃ、いけない……。

仁奈ちゃんは今、スキップしながら亡きプロデューサーの部屋へ向かってる。

そして、不在を疑問に思う。

恐らく他のアイドルに所在を確認するだろう。

なら俺は何もしなくていい。

……いや、それはダメだ。

 

「ぁ……ちょっと、仁ぁ……ぉ」

 

いやだ、これからこの子の笑顔を奪わなければならない。

仁奈ちゃんの悲しい顔は見たくないのに!

くそっ、どうすればいい!?

もう、仁奈ちゃんはドアノブに手を掛けてる!

何が正解なんだ……?

どれが正しい……?

 

「仁奈ちゃ〜ん!おいで〜!」

 

禁断の扉が開かれる直前、メサイアの声が聞こえた。

二人同時に声の元を見やる。

 

「……美世さん……」

 

捨てられたシンデレラ、原田美世だった。


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