シンデレラのぶかぶかなガラスの靴   作:結城 理

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「フッ、こんな……こんな戯言を垂れれば、ボクが許すと思ったのかプロデューサーは」

少女は静かに激昂した。
真っ暗な部屋で、最早真っ黒になった目でパソコンの画面を睨む。

「だが、拾って貰った恩もある。
ボクはキミの望み通りれっきとしたアイドルでいてやるさ」

少女は震える手でフォルダを閉じた。
少女はアイドルだ。
アイドルは偶像だ。

「但し、偶像のボクがね」

アイドルのファンは、アイドルを追い求める。
偶像を追い求め続ける。
では、アイドルは何を求める?
少女は何を追い求める?

「僕のペルソナはキミの為に在るのだから」

少女は、彼を追い求めた。

「待っていろ、プロデューサー」

命の灯火が消えたわけではない。
だが、確かにその瞬間、何かが消え去った。


episode5(:よりしろ

「失礼します……」

 

フラつきそうな脚に力を入れてなんとか常務室を後にした。

とりあえず……とりあえず歩きながら整理しよう。

封筒を右脇にしっかりと挟み、青い迷宮のような廊下をトボトボ歩く。

 

「はぁー、えぇ……」

 

どうしようもなくため息と困惑の声が漏れる。

我ながら無理もない。

 

まさか俺の初めての担当アイドルにこんな悲惨なことを伝えなければならないなんて……。

こんなこと……ついさっき知ったことだ。

美城常務に貰った市原仁奈の資料を見て知った情報。

仁奈ちゃんは『スクエアエコー』に所属している。

そのことに関してはいい。

問題なのはそのスクエアエコーのプロデューサーが、死亡したらしいことだ。

美城常務もつい先日知ったらしい。

このことを、一体どう仁奈ちゃんに伝えればいいんだ……。

いや、スクエアエコーの他のメンバーにも伝えなければならない。

脇に挟んだ封筒から資料を取り出し改めて見た。

 

「スクエアエコー所属メンバー:『原田美世』……『白坂小梅』……『二宮飛鳥』と、仁奈ちゃんか……」

 

原田美世は多分ミヨさんと同一で間違いないだろう。

他の二人はまだ会ったこともない。

 

「4人もできるのか……?」

 

担当プロデューサーの不幸を彼女達に知らせることだけじゃない。

美城常務から一つ頼まれたことがあるのだ。

 

 

 

 

『急で申し訳ないが、君にはして欲しい仕事がある。

スクエアエコーの4人のアイドルを君に引き取って貰いたい』

 

『引き取る……とは?』

 

『君はアイドルのプロデューサーになったからにはアイドルの事務所を構えて貰う。

そこで4人を君の事務所の所属アイドルとして迎え入れてくれ』

 

『ちょ、ちょっと待ってください!

急すぎます、そもそも僕はプロデューサーの』

 

『急だから申し訳ないと謝っている。

だが、君しかいないのだ』

 

『?……他のプロデューサーに任せるのはいけないのですか?』

 

『君は会議室での話を聞いていないのか?

今日この日を持って346の在り方を変える。

他のプロデューサーは自分のアイドルのことで手一杯の筈だ』

 

『あ、ぁぁ……そう言うことですか。

あっ、では美城常務が』

 

『私は統括重役だ、プロデューサーではない。

プロデューサーは乙女を導く馬車、私は城の持ち主だ。

それに私も忙しい、全員の面倒を見れない』

 

『えぇ……。僕も全員を受け入れるなんて出来ないです……』

 

『最悪の場合は私が引き取るだろうが、それまで彼女達はみなしごだぞ。

それでも見捨てるか?』

 

『ッ……gmamjtgjkjwawgwatjxg……

………………ハッ!いや、その俺は』

 

『もういい。急に取り乱す君に預けると碌なことにならなそうだ』

 

『…………すみません。その方が良さそうです』

 

『君の市原仁奈に対する覚悟もその程度だったのだな』

 

『!……、仁奈ちゃんだけは、俺がなんとかします!』

 

『なんとかする、では駄目だ。

確実でないといけない。

半端な覚悟なら、諦めなさい』

 

『ならっ、絶対に俺は仁奈ちゃんを引き取って護ってみせます!』

 

『……本当に君に任せても良いのだな?』

 

『はい、ですので仁奈ちゃんはお、僕が』

 

『事を頼んだ私が言うのも申し訳ないが、全く持って信頼できないな』

 

『……え?それは、何故……』

 

『君が取り乱している間、改めて君の資料を読ませてもらった。

ただの赤子が城に紛れ込んでしまったな……』

 

『いや、でも』

 

『これ以上の言い分は聞きたくない。

そもそも赤子は成長するまで喋らないものだろう?

だが、あの人の縁故就職ということであれば、また話は違ってくる』

 

『あっ、親父を知っているんですか?』

 

『そう、君の父親は私の恩師のような上司だった。

あの方がいるから、今の私がいる。

だから、赤子の君にも恩がある』

 

『えっ!?でも親父は、経営ミスって346プロをめちゃくちゃにした張本人ですよ?

そんな親父が恩師……ですか?』

 

『とりあえず、君には一週間の猶予を与えよう。

その間、何としてでもプロデューサーを務められるようになること。

君の初めての仕事はやはりこれにしよう』

 

『は、はぁ…………。

それじゃ、仁奈ちゃんはどうするのですか?』

 

『無論、君に預ける。

君が無性に欲しがっているしな。

一週間の研修期間で彼女との相性もチェックしよう』

 

『チェック……ですか。

確かに相性は必要ですよね。

でも常務は確認する暇はないのでは?』

 

『その点は問題ない。

チェックは私ではなく、優秀なアシスタントにしてもらう。

……それで、もう異議はないな?』

 

『はい、分かりました……。

ですが、まずは……スクエアエコーの4人に・プロデューサーのことを伝えることから始めます……』

 

『ああ、頼む。そして可能なら、君がスカウトをしてくれ』

 

『失礼します……』

 

 

 

 

 

 

あー、なんかお腹痛くなってきた。

人生でトップを争うくらいのストレスを受けたぞ絶対。

トイレはどこにあるんだ?

廊下をいくら歩いても、景色は青の養生テープ。

それと、忙しなく走り回るプロデューサー達。

そして、孤児と化したかのようなアイドルが所々に。

プロデューサーには話しかける気になれない。

マジで忙しいオーラに満ちている。

 

 

「少し、いいですか?」

 

なんとか勇気を出して、気品のあるアイドルに話しかけた。

この人が『白坂小梅』か『二宮飛鳥』であると信じて。

こっちに振り向いて、返事を

 

「黙りなさい、豚」 ドゲシッ

 

物理的に返してくれた。

痛い!多分ハイヒールの踵であろう突起が鳩尾にめり込んでる!

当然ながらよろめいた。

 

「ッガハッ……。な、何もそこまで……」

 

痛みを抑えきれず、且つこの悪魔に恐怖を覚えてゆっくり後ずさる。

この人……怖い!

理由なんてないけど、さっさと謝って逃げないと!

 

「ボンバー!!!ちゃんとついて来てますか!?」

 

右から、甲高い絶叫が。

ふと見ると、赤い乗用車!?

 

「えっ!?ヤバいヤバいヤバいどかな……ハッ!」

 

避けようにも後ろは壁!

前は凶器!

あ、でも乗用車は車じゃなかった!?

とんでもないスピードで駆ける少女だ!

とりあえずしゃがむ!

 

「ボンバーアア↑アア↓アアアア……」

 

赤い服の爆走少女は俺にドップラー効果を体験させて過ぎ去ったようだ。

顔を上げると、悪魔の女性もいなかった。

何が何だかよく分からないけど、これで一安心か

 

「すみませんっ!そのまましゃがんで下さいっ!」

 

右からまた暴走少女か!?

しかしそのスピードはさっきのに比べると幾段か遅くて。

そして走るフォームは綺麗だ。

……この子、陸上部か?

なら、しゃがめという指示はもしや……。

 

「ふっ、あ、もういいですよっ。

ありがとうございますっ!

待ってくださーい茜さんっ!」

 

あっと言う間に俺を飛び越えてそのまま走り去ってしまった。

見事なハードル走だ。

さっきの3人のうちに白坂か二宮はいたのだろうか?

……仮にそうだとしても、最後の陸上部っぽい子であってくれ。

 

「全く、サファリパークみたいやな」

 

……ん?みたいやな?関西弁?

確かに俺の声だし、俺の率直な感想だ。

でもなんで関西弁?一体なクギュルルルルル

 

「ウガッ、も、モル……」ギュピルィ

 

俺のピーチから出てはいけないものが出てしまう!

早くトイレに行かないと色々死ぬ!

……どこにあるんだよトイレェェ!!!

あかんてはよ行かなヤバいやつやん!

 

「えっ、なんで……どうなって」

 

頭の中でも関西弁が響く。

なんなんだこの現象は?

 

「あっ、着いてる」

 

気が付けばもう着いてた。

何でかわからないが、助かった。

 

「………ュ……」ツンツン

 

後ろに小さな感触が。

恐る恐る振り返る。

するとまたもや知らない少女が。

 

「プロデューサー、今……どういう状況なの……?」

 

不安そうな声音で問うてくる。

いや、どういう状況なのってこっちが聞きたいんだけど。

あっ、もしかしてこれは人違いってやつか?

 

「あの……もしかして人違いなんじゃないかな?」

 

ゆっくり萌え袖を払った。

すると少女は不思議そうに首を傾げて。

その表情は何故か、懐かしい感じがした。

 

「何を言って、いるの……?

プロデューサーは、プロデ…………え?」

 

え?いやこっちがえ?だってば。

さっきから一体何なんだこれは?

少女が段々と表情を崩していってる……。

 

「そん、な……何で、ぇ……?

そっちに……あっ、……え……!」

 

明らかに様子が変だ。

 

「どうした!?大丈夫!?」

 

ビクッと少女が反応し、ゆっくりと口を開く。

 

「大丈夫、です……。

人違い……で、した……。

ごめんなさい…………っ!」

 

そう言うや否や、萌え袖の少女は女子トイレへ駆け出してしまった。

本当に大丈夫なのか?

といっても俺は女子トイレに入れないし、そもそも男子トイレに用がある。

とりあえず男子トイレに入った。

……なかなか高品質じゃないか。

緊張と混乱で汗まみれだったズボンを下ろして腰掛けた刹那、

 

「……いやだぁぁ……い、やぁ……ああぁ……!

置いっ、でいが、な……いで……ああ!」

 

大丈夫じゃない、トイレの中から泣き噦る声が響き渡る。

ああ畜生、今出てるから全く動けない!

 

 

 

 

スタドリのせいか、とても長い時間便座を温めていた挙句、泣いていた萌え袖の少女の行方が分からなくなってしまった。

男子トイレを出ても、もう女子トイレからは泣き声も聞こえなかった。

あの子を探さないと……。

目星はない。

 

「すみません、萌え袖の女の子見掛けませんでしたか?」

 

この迷宮の構造すら分からない。

 

「多分ここのアイドルなんです、どこにいるか分かりませんか?」

 

探すメリットさえも正直あまりない。

 

「いいから、教えてください!」

 

 

どのくらい走り回った?

息が絶え絶えになっているわけではないが、かなりの時間を掛けて探したぞ。

一向に見つかる気配がない。

ただ、一つ見つけたものがある。

この一室……養生テープが貼られていない部屋だ。

萌え袖の少女を探している時、自然とここがリスポーン地点となっていた。

ここだけ特別青くないからだろうな。

一体どういう部屋なんだ?

俺は新人だし、入ってもなんとかなるだろう。

吸い付かれるようにドアノブに手を伸ばす。

もしかしたら、萌え袖の子もいるかもしれないしな。

ノックせずそのまま一気に開けた。

 

「失礼します」

 

覗き込む、あたりは暗闇だった。

中央のデスクを除いて。

…………ん?

 

「ぇ、え、ええ、ええ?」

 

ズルズルと勝手に足が動く……?

なんだこれ、何なんだ?

俺の足が、俺のものではない!?

そのままパソコンが付けっ放しになっているデスクへ進んでいく。

だが、何故か恐怖は感じない。

こうなることが分かっていたような、そんな不思議な感覚。

 

「……お前頭ん中うっさいわ」

 

俺の口も勝手に動き出した。

そのまま手も支配されて。

俺ではない己の身体がキーボードを叩く。

ついに目まで自由を奪われ、画面に釘付けになった。

画面が起動し、フォルダが開かれた。

……は?何で……?これが?

 

画面には、にわかに信じられない文字が浮かんでいた。

 

 

『すまんけど、しばらくお前は俺の憑代やから。

俺は今は故人、スクエアエコーのプロデューサーっちゅうもんや』




1日後、都内大型病院





……ここは…………?
くそっ、まだ頭が痛ぇ。
あいつ全力で親不孝しやがって……。
頭蓋骨割れてねぇだろうな……。
……包帯が……。
病院送りってやつか……。
あー、346カフェ行けねぇなぁ。
ま、安部がいればなんとかなるだろう。
とりあえず、どこの病院だ此処?
んこらしょっ……

「あ……」

「あっ……」

えと、確かにこの子は北じょ

「ゔわぁぁぁぁ!!!」

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