シンデレラのぶかぶかなガラスの靴   作:結城 理

3 / 13
episode3:隠者は太陽に牙を剥く

 

迷子の迷子のうさぎさん

 

あなたのお家はどこですか?

 

名前を聞いても、

 

『仁奈は市原仁奈です!』 ビシッ

 

お家を聞いても、

 

『そ、そういえばここ……どこで、やがりますか?』 グスッ

 

泣いてばかりいるうさぎさん

 

駄犬の誘拐犯

 

困ってしまって

 

ワンワンワワン、ワンワンワワン

 

 

今の状況をとある動揺を替え歌してみると大体まとまる。

キグルミの正体が市原仁奈という名の少女であることは彼女自身、嘘偽りをしている訳ではないはずだ。

ならば残念ながら、彼女が今いる場所自体知らないと供述したことも嘘偽りがないわけで。

 

「困ったな……。これが大まかな地図なんだけど、分かる?」

 

未だに目尻に涙を浮かべる仁奈ちゃんにスマホのマップを見せてみる。

 

「仁奈、地図の読み方はまだ学校で習ってねーですよ。

近くになんだか人気の場所ってねーですか?」

 

そうか、まだ小学一年生ぐらいの子どもは読めないか。

スマホをこちらに向け、スワイプして特徴的な施設や建物を探す。

……ここら辺はホテルが非常に多いな。

 

「近くにホテルとかいっぱいあるけど、仁奈ちゃんの家も近くにあるかな?」

 

「ホテル?ホテルって何です?」

 

意外、宿泊経験がないのか。

 

「えっとね、ホテルはお泊りする施設なんだ。

お金を払って仮の寝床を与えてくれる場所だよ」

 

物事の説明は難しく、相手に正確に理解してもらうのはとても難しいんだな。

現に目の前の仁奈ちゃんは首を左に15度傾げ、腕を組んで考え込んでいる。

束の間の考察と想像を経て、ハッとした顔で仁奈ちゃんは理解してくれ

 

「あ!あれでごぜーます!

お泊り保育のことだー!」

 

……たと思う。まぁ完全不正解でもない。

 

「ま、まぁそんなとこかな、正解。

でだ、仁奈ちゃん。お家の近くにホテルとかあるかな?」

 

「ねーです!」

 

何たる時間と思考の無駄遣い。

そして、何たる仁奈ちゃんの満面の笑み。

おもわずこちらもニッコリとしてしまいそうだ。

また振り出しに戻り、焦りを感じる。

 

「どうしようかな……。仁奈ちゃんのお家が本当に何処かわからないぞ」

 

「そうなんでごぜーますか、だったら仁奈にいいアイデアがあるです!」

 

かなりの非常事態なのにこの子はなんでこんなにワクワクしてるんだ?

このような事態は既に慣れているのか?

そうだとしたら、俺は別に構う必要はない。

丁度こちらもまともな対処法を思いついた。

 

「その前に僕の提案を聞いてくれるかな?」

 

「提案?何でごぜーますか?」

 

「僕じゃ君をお家に連れて行けないから、交番に行こっか。」

 

俺が奮闘せずとも、最初からこうすれば良かったんだ。

が、自身の提案に自惚れるのも束の間、

 

「え?交番に行くのはお兄さんの方じゃねーんですか?

仁奈を誘拐するのは犯罪だと思うですよ?」

 

仁奈ちゃんに即答された返事に胸を抉られた。

返事というよりは、自首勧告だ。

はい、そうでしたね。

俺誘拐犯の肩書背負っちゃってるんでしたね!

こいつ地図読めないくせに変なところで頭のキレがいいな。

仁奈ちゃんが俺を犯罪者として認識してるので、交番の手段は潰えた。

 

しかし、まだなんとか仁奈ちゃんの自宅の場所を突き止める手段はある。

財布の中に何かしらポイントカードなどがあるはずだ。

そこから情報読み取るとしよう。

きっとこの手段なら……

 

「じ、じゃあ今の提案ナシで!

……それよりさ、仁奈ちゃん財布って持ってる?持ってたら」

 

「財布なんて持ってねーですよ。

お金はキグルミのポケットの中に入ってやがります!」

 

何たる非常識。

そして、何たるポケット自慢によるドヤ顔。

ここほとんど都心だぞ!?

いくら年齢が幼い少女だからって財布は持ち歩かせるだろう!

そう注意したい衝動を抑え、別の質問内容を脳内で練る。

注意する対象は仁奈ちゃんではない。

きっと、いや必ず親方の方にするべきだ。

両親について聞いてみる。

 

「……仁奈ちゃん、外に出る前に両親から何か言われてきた?」

 

そう問うや否や、仁奈ちゃんは黙りこくってしまった。

何か事情があるに違いない。

だが、何故?何故黙る?

質問内容は何も辛いことを問うていない。

 

まさか。

一つの単語が脳を巡る。

過去に教育テレビで取り上げていた記憶がある。

記憶を辿りながら、仁奈ちゃんの両肩をそっと掴む。

 

「……辛いことでも、話してくれないか?」

 

黙りこくる彼女の頭がさらに項垂れる。

しかし、ゆっくりと口が開くのを確かに見た。

 

「……ママは、いつも仕事で忙しいです。

パパは、仕事で海外に行ってやがります。

あまり、帰ってきてくれねーですよ」

 

仁奈ちゃんの小さくて重い告白を聴き始めたとき、忘れていた単語を思い出した。

 

「ポケットの中の1500円はいつも仁奈が帰って来たときにおいていやがります。

家に晩ごはんはねーですからね……」

 

『ネグレクト』……つまりは、育児放棄。

 

「だから、毎日夜ご飯は外で外食でやがります」

 

愛情は幼年期から少年期にかけて必要不可欠な栄養である。

しかし、その愛情を親から充分に貰えず成長が遅くなり、やがて止まる。

 

「外食の料理はどれも美味しいです。

ほかほかの出来たてを食べてます」

 

心身共にバランスが崩れ出し、周りの人との協調性すら失い、崩壊に拍車がかかる。

 

「でも……だけど、冷てーんでごぜーます。

どの料理も暖けーのに冷てーです」

 

崩壊がどれだけ続いても誰も止めてくれない。

仲間という存在がいないから。

 

「今日はいつものファミレスに行こうとしたら、行く道で火事があったので、別の店に行くことにしたんでごぜーます」

 

……親は崩壊することすら知り得ないから。

 

「でも、ずっとファミレスを探しているうちにだんだんお腹が空かなくなったんでごぜーます。

だからぶらぶら歩いていたんでごぜーます」

 

だが、やがて崩壊は止まる。

ある終着点に辿り着くからだ。

 

「だから、ママからは何も言われてねーです。

……家には誰もいねーです……」

 

その終着点とは、『死』。

ネグレクトは何の罪もない子どもを産みの親が殺害する虐待のことだ。

仁奈ちゃんは告白を終えると、脱力したように三角座りをした。

 

市原仁奈は両親に捨てられていた。

市原仁奈は両親に首を締め続けられていた。

市原仁奈は『死ンデレラ』になりかけていた。

 

そんな事情を知ったら、もう元のニートである俺には戻れなくなった訳で。

もう誘拐犯としてうさぎの巣探しなんてするわけなくて。

自ら他人を思いやらない人のレッテルを剥がして破り捨てていて。

 

 

12時の鐘が何処からか鳴り響いた。

日付が変わった。

346プロダクション就職の日だ。

一般人はこんな深夜にガンガンうるさいな、などと思うのだろう。

それらのことは今はどうでもいい。

ただ一つの意志だけ確認すればそれでいい。

俺は鐘が鳴って決意した。

その決意さえ、消えなければ今はそれでいい。

 

強引に仁奈ちゃんをお姫様抱っこの形で抱き上げる。

仁奈ちゃんは何事かとこちらを向いているだろう。

互いに顔を合わせる代わりに、俺は大きく頷いた。

 

俺は今この瞬間、一時的に市原仁奈の『保護者』になることを決意した。

 

 

2分後、俺が数刻前気絶していた場所まで走って戻った。

仁奈ちゃんを抱きかかえながら走ったが、不思議と足の痛みと臓器の痛みはなかった。

いや、意地でも消してやった。

今は仁奈ちゃんの為なら何でもしてやる。

 

その為に今はホテルに向かって走っている。

少し前に仁奈ちゃんが考えた『アイデア』、それは多分ホテルに泊まることだと思う。

仁奈ちゃんはきっと経験のないホテルに泊まることを楽しみにしている。

俺がホテルについて色々と喋っていたとき、仁奈ちゃんの瞳はキラキラしていた。

両親のネグレクトに責め続けられていても、仁奈ちゃんはまだ瞳の輝きを持っている。

彼女の望みを叶えてあげたら、輝きを少しずつ取り戻すのではないか?

 

それは彼女と俺にとっては大きな希望だ。

誰にも奪わせない、むしろその輝きを増やしていってやる。

俺ならその程度造作はないだろう?

自身にそう言い聞かせる。

基本的に自身を卑下する俺だったが、今は、今だけは、己を昇華してやる。

クソネグレクト供に、保護者の俺が立ち向かってやる。

絶対に仁奈ちゃんを崩壊させてやるもんか!

何故か俺が携行していた鞄を拾い再び猛ダッシュで走る。

最寄りのホテルまで、後10キロ。

 

 

 

「……はぁッ、はぁ……着いた……!」

 

息切れは当然したが、マップに示された予定時刻よりとても早い時間にホテルにたどり着いた。

外見も恐らく内装もシンプルなビジネスホテルだ。

鞄に入っていた俺の財布から料金を支払い、チェックイン。

ふらつき出した足でしゃがみ、ロビーのソファーに仁奈ちゃんを降ろす。

 

走っている時、俺は風を切っていた。

目がとても痛かった。

それ程に、速かったのだ、俺の猛ダッシュが。

掛け時計を見るとまだ1時を回っていない。

つまりはおよそ16キロをたったの一時間で走破したのだ。

だので、仁奈ちゃんは終始怯えてギュッと目を瞑っていた。

そしてそのまま眠りに落ちた。

シングルルームに二人で入ってからも、仁奈ちゃんは眠っている。

俺ももう夢の世界にログインしたいが、もう少し踏ん張る。

仁奈ちゃんは何も食べていない。

ルームの鍵を閉めて一人コンビニへ駆け込む。

 

 

分かりきったことだが、弁当類、惣菜、おにぎりなどはすべて売り切れだった。

そりゃそうだろな。

こんな深夜に買う方が異常なんだよ。

とりあえず買ってきたのが、仁奈ちゃんが喜びそうなプリン、菓子パン、惣菜パン、ミニケーキと、万が一仁奈ちゃんが何も食べられない場合の応急処置としてのスタミナドリンクの6品だ。

ホテルに戻る時は流石に疲れきったので歩いた。

 

 

ギャリ……ガチャリ……ガコッ、キィィ……バタン

ルームに戻り、すぐ仁奈ちゃんの様子を確認する。

部屋を出るまでの時と様子は変わらなかった……異常な発汗をしていることを除いて。

 

「ッ!……仁奈ッ!大丈夫か!?」

 

本気で問いかける『大丈夫か!?』。

問われた対象は大抵大丈夫ではない。

そんなことは今の俺の判断力なら容易に判断できた。

しかし、それでも、仁奈ちゃんの容態が心配だった。

スタミナドリンクを付属していたストローをぶっ刺し、仁奈ちゃんの口にぶっ刺す。

喉にスタドリを流し、仁奈ちゃんを覚醒させる。

強引な手段だが、この発汗量は異常だ。

 

「起きてくれ!仁奈ッ!!」

 

肩を揺らし続けて1分、ついに目を開けてくれた。

 

「よかった……仁奈ちゃん大丈」

 

「グォゲェェェェエエ」

 

……とても少女が発するものとは思えないゲップを放ってきた。

スタミナドリンクの副作用だろう、多分。

製作者ぶん殴ってやろうか。

 

何はともあれ意識を取り戻してくれた。

気をとりなおして再び仁奈ちゃんに呼びかける。

 

「仁奈ちゃん、俺が分かるかい?」

 

まだ若干虚ろな目の仁奈がゆっくりと口を開く。

 

「?……パパ?パパ、で、ごぜーま、す、か?」

 

まだ意識が朦朧としているのであろう。

なんとか身体をケアしないといけないことは簡単に判断できた。

でも。今目の前の少女が。

俺が必死に守らんとする悲惨なシンデレラが。

ボケていたとしても、自分のことを『パパ』と呼んでくれたことがひたすらに嬉しくて。

 

音もなく仁奈ちゃんを抱きしめた。

 






0時00分、都内最高級マンション中心階にて


トュルルルルル、トュルルルルル

ガチャン

「私だ」

『……昨日20時頃発生した火災事故のことは知ってるか?』

「お父様?……会長、こんな夜更けに何か?」

『被害者の中に、スクエアエコーのプロデューサーが』

「彼が!?……容態は?」

『……輪廻転生の加護があらんことを』

「……了解しました。彼の代用者を直ちに配備します」

『事故ではないという現場検証の結果出たそうだ。
彼の自害の可能性がある』

「どういうことですか?」

『この事が公になっていれば、アイドル部門に不振が生まれ、我が美城の名が傷付いていた。
彼を追い込んだのは、今の方針が主な原因であろう?』

「…………」

『こちらが手配してメディアコントロールを行った。
もう、後は無いぞ』

「……承知しています。
明日にでも決行する所存です」

『……責め立てるつもりはない。
お前の心中も察している。
だが、これは346が負う定めなのだ』

「…………以上であれば失礼します」

ガチャンッ!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。