シンデレラのぶかぶかなガラスの靴   作:結城 理

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episode2:はじめてのゆうかい

ただひたすらに走る。

どうにも履いている靴が馴染まない。

 

ただひたすらに走る。

無地のシャツが夏の終わりを告げるように涼しい風を浴びる。

 

ただひたすらに走る。

闘争本能もとい、逃走本能が既に限界を迎えた肺と両脚を強制的に働かせる。

 

ただひたすらに走る。

あれ?ここはどこだっけ?俺は、何だ?

 

ただひたすらに走る。

走りながらスマートフォンを起動し、マップを開く。

 

ただひたすらに走る。

何故か圏外の2文字が画面左上に表示されて、画面は綺麗な白だった。

ただひたすらに走る。

コントロールセンターを開こうとしたが、走りスマホをしているせいか間違えて通知センターを開く。

 

ただひたすらに走る。

無慈悲に表示される『過去の通知はありません』。

 

ただひたすらに走る。

本当は心の何処かで親父の連絡を期待していたんじゃないのか?

 

走るスピードを少し落とす。

いや、きっと期待していたに違いない。

 

走るスピードを少し落とす。

なぜなら、今、俺は苦しいから。

 

走るスピードを少し落とす。

体力的にとか身体的にとか、そういうのとはまた違う。

 

走るスピードを少し落とす。

望まぬ家出だったから、親父を傷つけたから。

 

走るスピードを少し落とす。

ただひたすらに心が苦しい。

 

早歩きになったスピードを更に落とす。

家出をすることがこんなに苦しいなんて知らなかった。

 

ウォーキングペースを少し落とす。

親不孝という行為がどれだけの罪悪感を生むなんて知らなかった。

 

歩く速度を少し落とす。

俺がどんな人間よりも愚かだったなんて知らなかった。

 

歩みを止める。

戻ってちゃんと謝って、しっかりと親子で話合わないと。

 

動きがぴたりと止まる。

家に、帰ろう。

 

身体中の臓器が一瞬ぴたりと止まる。

あぁ、そっか。こんなニート風情が慣れないランニングで逃避行するんだもんな。

気持ちの悪い冷たい汗が身体中から滲み出る。

長距離走なんかいつぶりにしたっけ?

膝が崩れ落ちる。

身体が全然言うことを聞かない。

前のめりに身体が倒れる。

ちょっとだけ……休ませて……。

手足が痙攣し、スマホと鞄を落とす。

……鞄?かばんなん、て…持って、きたっけ……?

 

意識が途切れた。

 

 

暖かい光が流れ込んでくる。

光はなんだか、懐かしい感触を思い起こさせた。

この光は何だろう。視界がぼやけていてよく判別出来ない。

目を凝らすと光は人型へ変化した。

この人はもしかして……

 

「母さん……?」

 

光は母さんだった。母さんが暖かい光だった。

何で?何でここにいるの?

上にいる母さんに気づいてもらえるように手を伸ばす。

 

「母さん、俺だよ!ここにいるよ!

何でいるの?」

 

しかし母さんは無視をしている。

いや、聞こえないのか?

すると、周囲の空間が不鮮明になってきた。

母さんが少しずつ歪んでいく。

 

「母さん?嫌だよ、離れないでよ!

俺を一人にしないで!側にいてよ!」

 

今の俺の容姿や年齢などに不相応な甘えをしてみせる。

同時、母さんが猛スピードでこちらに迫ってきた。

腕を長く伸ばしながら俺に飛び込んでくる。

 

「やった、母さん!こっちだよ!母s」 ガッシャーンッ

 

暖かい光が消えた。母さんが消えた?

嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!そんなの嫌だ!

 

「……母さん!」

 

辺りをぐるりと見回す。

しかしそこは俺がガス欠で気絶した場所だった。

そして左側にはおそらく電柱に付けられた電灯らしきものが割れていた。

ギリギリ電灯の破片を回避出来ていたスマホを拾い時刻を確認する。

『23:44』の文字が俺が気絶して起きるまでの間、ただ長らく夢を見ていたことを説明してくれる。

そりゃそうだよな。

 

母さんはもう二度と俺とは会ってくれないもんな。

 

とりあえず、家に戻ろう。

走った道を思い出してランニングを再開する。

が、身体がまだ回復できていない。

また変にぶっ倒れて気絶するのは嫌だから、道の端を、壁がある方に寄って走るとしよう。

 

走って少しすると、スマホの電波状況が4Gになっていた。

マップを開いて今度こそ家までの道案内をさせる。

スマホが示すのは直進700メートル。

いや、ニート用の近道とかなかったのか?

でもここは周りを見たところ、どこにでもある住宅街のようだった。

一本道の道路を無視し、住宅を跨いで近道なんてしようものなら不法侵入罪で捕まるわけで。

 

疲労と心労で段々頭がクラクラしてくる。

何とか持ち堪え、何とか700メートルを制覇した俺に表示された新しい指示は右折後、1800メートル直進。

思わず足が止まってしまった。

ふっざけんなよ!長すぎるわ!

スマホに罪は無いが、画面を疲れた顔でおもいっきり睨んでやる。

画面をよく見たら、表示されてない狭い道を見つけた。

道案内の中間ルートの道にも繋がっていて、数百メートルはショートカット出来そうだ。

再び走りスマホで帰路につく。

ここの通路をっと

 

「えっ?」

 

「ん?いm」 ダンッ

 

突然の衝突。

今まで走っていた疲れからか、衝撃に耐えられず俺は倒れ

 

「んひゃあっ」ドンッ

 

ることはなく、相手の方が倒れてしまった。

すかさず視線をスマホから外し相手を見る。

だがここは狭い通路と呼べない通路なのでさっきの相手の呻きから若い女性だということしか分からなくて。

とりあえずスマホのライトを付けてみる。

相手の女性は異形であった。

いや、異形というよりは

 

「キグルミか……?」

 

そう、キグルミだった。

それに女性でもなく、少女もとい幼女だ。

うっすらピンク色の多分うさぎのキグルミは尻をさすりながらこちらを見ている。

えっ何この謎の間。めっちゃ気まずいというか、キグルミさん何か喋ってくれ。

スマホを構えたままの俺をじっと見つめるキグルミ。

絵面的にかなりシュールだと思う。

現在の状況に脳内で感想を書いていると、キグルミ幼女がハッとした顔で口を開こうとした。

多分キグルミが言おうとする言葉は『ごめんなさい』だろうか?

俺は予め許容の言葉を口と舌でスタンバイし、疲れた顔に鞭打って精一杯の笑顔を作って見せた。

そしてキグルミは安堵して俺にこう言う。

 

「ご、強盗でごぜーます!」

 

そう、強盗だと。

って違うだろ!?

このキグルミ俺の意図とは裏腹に全然安堵していないどころか、倒れた状態で後ずさりしながら逃げ出しているぞ!

 

「ちょ、違うから!俺はただ」

 

「お、お金は1500円しか持ってねーです……。

お願いです、仁奈に悪いことしねーでくだせー!」

 

あーダメだ。この幼女マジで怯えてる。

既に二人との距離は10メートル程離れていた。

このままキグルミが逃げ切って親の元に辿り着かれたら俺は一巻の終わりだ。

それは避けないと。なんとかして宥めないと。

 

「キ、キグルミちゃん!俺は君のお金が目当てじゃないんだ、信じてくれ!」

 

キグルミの逃走行為が止まった。

なんとか俺が善良人ということを理解してくれたのか……?

程なくしてキグルミは立ち上がり、

 

「強盗さんは……仁奈のお金盗らないんでごぜーますか?

でも、それじゃ何で……あ!」

 

しめた!後はぶつかったことを謝って全力疾走すれば俺は無実だ!

 

「そ、そうだよ?俺は君とぶつかってことをね」

 

「誰か!誰か助けてくだせー!」

 

キグルミは突如また俺から逃げ出す。

何で!?もうあの分からず屋のキグルミはほっといた方がいいのか?

いや、放っておくとやがて通報されてしまう可能性がある。

 

「待って、俺の話を聞いて!」

 

こちらも全力疾走する。

キグルミは何の誤解をしているんだ?

何故ぶつかっただけで周囲に助けを求める?

親に人にぶつかったら全力で逃げろと教え込まれているのか?

こちらがキグルミを追いかける姿を確認したキグルミは走るスピードをもっと上げてくる。

 

「いやでごぜーます!仁奈を死なせないでくだせー!」

 

うっすら涙を浮かべるキグルミに離されまいと、こちらも疲労困憊な脚に鞭打ちスピードを上げる。

そもそも何だ?死なせる?

キグルミが死ぬ?誰によって?

……俺が殺すのか?

 

「……いい加減止まれ!」

 

キグルミがビクンと反応して走るスピードが落ちる。

すかさず抱きしめる形でキグルミを捕らえた。

キグルミの服から心地よいこもれびの香りが匂う。

 

「いや!いやでごぜーます!

誰か、おねげーします!助けてくだせー!」 ドタバタドタバタ

 

キグルミが俺の腕の中で全力でもがく。

が、いくら運動不足の俺でも幼女を押さえ込むのはあまりにも容易で。

 

「聞け!俺はただあんたとぶつかったのを謝りたいだけだ!」

 

誰が強盗や人殺しなんてするもんか。

人聞き悪いんだよふざけんな!

キグルミは余計に泣き喚き腕の拘束から逃れようとする。

 

「し、信じねーでごぜーます。

……ママが、ママが夜に仁奈に喋りかける人はご、強盗か人殺しだって教わったですよ!」

 

キグルミはこちらに顔を向けないが、冗談を言ってるわけではなさそうだ。

こいつの母親はなんか教育の仕方がズレているのか?

……母親?そういえば母親は?

 

「……君のお母さんは?どこにいる?」

 

「……!ママも死なせるですか!?

やめてくだせー!それだけは嫌ですよ!」

 

……母親の所在を聞き出す前に、まずこのキグルミの誤解を解かないと、か。

キグルミが曲者すぎてこっちが冷静になってきた。

 

「落ち着けキグルミ!俺は別に強盗でも人殺しでもない。

ただの通行人だ。」

 

「嘘でごぜーます!そう言って仁奈を騙そうとしてるんですよ!

ママは、ママは渡さねーです!」ゲシッ!

 

キグルミの抵抗がより激しくなってきた。

どうする?このままじゃ多分埒があかない。

この幼女は恐らく幼稚園児くらいで、尚且つ臆病で人間不信なのだろう。

まあ幼稚園児という点以外は結構俺とも共通点が多そうだな。

一度俺がキグルミの立場になって考えよう。

俺は不信で逃げるのに必死だ。

相手の言うことは何も信じず、敵意を示す。

相手はどうしようが、味方にはなれない。

……やはりこう言うときはゲームを参考にしよう。

この場合の選択肢は……。

 

「この俺に聞く耳は持たないんだな?」

 

「あたりめーでごぜーます!

だから、早く離してくだせー……」

 

よし、閃いた。こうしよう。

キグルミを抱きしめる両腕を解きすぐさま彼女の脇を持ち、高い高いするように持ち上げて立ち上がった。

そして出来るだけ清らかな笑みを浮かべる。

 

「そうか……。俺が誘拐犯だってバレちゃったかぁ」

 

「えっ?誘拐犯?誘拐をする人でごぜーますか?」 ぷらーん

 

キグルミは驚愕の目で俺の偽職業を復唱した。

今のところは計画通りだな……。

 

「そうだよ。僕はね、優しいタイプの誘拐犯なんだ」

 

「優しい誘拐犯?それって何ですか?」

 

俺の計画は、

 

「優しい誘拐はね、君みたいなぶらついている子を捕まえるだけの人なんだ。

捕まえたらお家に帰させる人なんだよ?」

 

「そ、そうなんでごぜーますか。

じゃあ、悪い人じゃねーんでごぜーますね!」

 

まだ純真無垢で刷り込みの耐性がないこの子に、敢えて『優しい犯罪者』として己の存在を示して和解することだ。

 

「誘拐犯だけど、悪くないよ。

だって、君をママのお家に帰したら僕はすぐバイバイするからね!」

 

キグルミを持ち上げる腕を少し下ろしてぐるっと一回転スイングしてみる。

 

「うっきゃあー!ぐるぐるでごぜーますー!」

 

いつの間にかキグルミの涙は消えていた。

なんだ、この子の笑顔はこんなに可愛いんだ。

その笑顔を見るのがなんだか幸せで楽しい気分になってきて。

もう数回転をしてあげる。

 

「うおぉー!リスの気持ちになるですよー!」

 

何を言っているのか分からないが、楽しそうでなによりだ。

全身が悲鳴を上げているので、程なくしてキグルミを降ろした。

屈託のない笑顔を見せてくれるキグルミに最後の確認をする。

 

「よしキグルミちゃん、僕が君のお家まで連れてってあげるから、帰り道を教えてくれるかな?」

 

「了解でごぜーます!案内するですよー!」

 

キグルミには見えない左手で小さくガッツポーズをし、右手を差し出し握手を促した。

キグルミはこちらの要求に気づき、

 

「仁奈はキグルミっていう名前じゃねーですよ?

仁奈は市原仁奈です。

お家までよろしくおねげーします!」

 

左手を差し出してそれに答えた。

ああ左利きね、じゃあこっちが合わせてと。

二人スムーズに手を繋ぐ。

 

「こちらこそよろしくねニナちゃん!」

 

なんとか俺が捕まる非常事態は避けられた。

だが、完全に清々しい気分にはなれなかった。

理由は二つ。

一つは隠キャでコミュ障のこの俺が何故ニナちゃんとのコミュニケーションを円滑に行えたのか。

もう一つは何故近くにニナちゃんの親がいないのか、だ。

後者は少ししたら聞こう。

前者は……今は単に俺が成長したんだと思っておこう。

 

俺は今日初めて人を誘拐した。

俺は今日最も心が躍る犯罪?をした。

 

 

俺はこのとき、自分の人生を大きく変える存在と出逢った。

 

 







一人の男が気絶して20分前。
とある男の家で一人がドアと窓を全て閉めた。
とある男は練炭に火をつけた。
火は見る間に獄炎となり、部屋を包み込んだ。

「……仁奈、ッほんまにごめんな……」

男はそこにいない少女に謝り、口にガムテープを縛りつけた。
その瞬間炎がキッチンのガスコンロに引火し、大爆発を起こした。

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