シンデレラのぶかぶかなガラスの靴   作:結城 理

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episode9:望まぬ『ただいま』

「あはははっ、もっと重傷かと思ったよ〜」

 

「…本物のミイラにでもなって欲しかったのか?」

 

隣のベッドに横になっている少女が俺を小馬鹿にしてくる。

その少女は、ただの患者ではない。

少女の名前は北条加蓮。

346プロの新人アイドルだ。

たびたび俺が勤める346カフェにお茶をしに来るので、名前と顔と業績はなんとなく知っている。

 

「その包帯をあと数回巻いたら本当にミイラになっちゃうかもね」

 

対して北条は初対面だと思っているようだ。

その上先日バカ息子に付けられた頭部の打撲?の傷の処置の為に包帯が巻かれていたらしく、その姿を見て驚かれた。

そして、ここは多分以前柳清が看護師としていたという大型病院だろう。

どうやら、俺が倒れた後にあいつが寄越した宅配の人とかが運ばせたようだな。

 

「フッ、冗談キツいな」

 

キツい、彼女は何も悪くないが、キツい。

 

 

 

 

………俺は今、酷い表情を隠しきれているだろうか。

この子は、似ている。

 

「それより北条、そろそろデビューシングル出すらしいな」

 

「え!?なんで知ってるの?まさかファンの方?」

 

俺が過去に駒として犠牲にしてしまったアイドルに、似ている。

そんなアイドルと話し合っていたら、嫌でも思い出してしまうじゃないか。

取り返しのつかない、修復しきれない過去を。

 

「あ、いや、そうじゃ…」

 

「嬉しいなぁ〜。ファンとこういう所で会えることなんて普通ないし!

奈緒に自慢したいなぁ!」

 

俺が指揮していたアイドルの運営は非常にリスキーだった。

利益の為に権限を濫用して破滅の経営戦略を執行。

346プロの最初期のアイドルの一人を手駒にして天狗になっていた。

その子に外見が、似ている。

 

「えっと、俺346カフェで勤務してて君のこと少し知ってるんだよ」

 

「え、あ、あーそうなんだ……」

 

「………ガッカリさせてごめんな?」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

取り返しのつかないミスだった。

俺は社会から消されるはずだった。

だが、安西さんに縛られて。

それからずっとカフェでバリスタだ。

だが、彼女は………。

 

「それに、シングルの話も先延ばしになっちゃったんだった」

 

「ん?何でだ?」

 

「うん、美城常務が………」

 

 

俺の所為で失敗した彼女は、まだ可能性があった。

少なくとも、贖罪と兼用で下働きをしてる俺よりは。

だが、俺が用意してしまった絶望は、彼女を潰してしまうには充分過ぎたようで。

退所からの芸能界完全引退。

それも恐らく世間を誤魔化す為の方便だ。

美城会長が報道面に情報操作をしている。

 

もう、彼女はこの世にすら………

 

 

 

「………だから、一緒に所属してる奈緒も延期になったんだ」

 

「なるほどな……。中々酷い話じゃないか」

 

今の常務は、俺と同じ道を歩んでいるらしいな。

北条の話を聞く限り、嫌な予感しかしない。

 

「因みに北条は何という曲を歌うんだ?」

 

俺は、やはり子不幸ものだな。

 

「薄荷って言うんだ」

 

「白化?」

 

いや、息子を生贄に捧げて、あの子を満足させろということか?

 

「なんて言ったらいいんだろう。

静かで弱々しいけど、夢に向かってしっかりと歩んでいくような曲かな!」

 

それなら、喜んで捧げ

 

「ゔぁって!!!」

 

「「うわっ!」」

 

カーテンで仕切られた隣のベッドから爆音が発火してきたんだが。

おっさんとアイドルがついハモっちゃったじゃあないか。

 

シャー……

 

犯人がカーテンを開けて姿を現わす。

 

「…は!?」

 

「えっ!お、親父ィ!!?」

 

俺を病院送りにした犯人だった。

 

「………おかえりって言えばいいのか?こういう時」

 

「……た、ただいま…?」

 

 

………今思えば、帰宅の挨拶を交わしたのって、いつぶりだ?

……そうか、もう6年くらいになるのか。

…お前が母さんを『物』にしてから一切言ってないもんな。

何が『おかえり』だ。

 

「いやいや、何がただいまだよ!」

 

…ああ、全くだ。




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