適当につけたTVの動物番組でそれを知った。
その鳥は親鳥に反抗して全く違う行動をとるのか、はたまた遺伝子に仕組まれた必然か。
どちらでもいい、実にどうでもいい。
だが、その知識は灰被りの少女にも共通するのだと分かっていれば、少しでもその知識に興味を抱いていたら、こんなことにはならなかったのに。
この物語は愛されない馬車と、ガラスの靴を履けないシンデレラの物語。
大手大規模芸能プロダクション『346プロ』。
老舗の芸能事務所でもあるそれは数々のスターを輩出し、お茶の間を活気付かせる。
外から見るとまるで美しい城に見えることから、美しい城=美城=346 という名前が付けられたのかは定かではない。
そんな洒落めいた名前よりも特徴的なのは、数年前から設置された『アイドル部門』、 それに所属しているアイドルの多さだ。
現在なんと200人越えのアイドルが所属しているという。
どこからそんな女子の憧れを具現化した子達を連れてきたのやら。
更に所属したアイドルは皆が皆それぞれの個性を活かし、着実に確固たる業績、人気を築いている。
所属するどの子も輝けるアイドルになることから346プロのプロデューサー達は魔法使いと揶揄されるらしい。
346プロで俺の父さんはアイドル部門設置初期から部長を務めていた。
父さんはアイドル部門設立以前から346プロに勤務していて、相当の実績があったらしい。
設立から数ヶ月程経過した頃、父さんは当初の全てのアイドルを全面的に多方面に展開する姿勢に反対し、少数精鋭で346プロをアイドル業界のメジャー入りを目指した。
強引に意見をねじ込み経営戦略を入れ替えたのだ。
しかし、顧客のニーズに応えきれず業績はダダ下がりな訳で。
幸い346プロの運営を混沌とさせることまでは及ばなかったが、数少ない同僚含む関係者全員から敵視され、当時父さんが手駒として扱ったアイドル達にも見限られ、結局大きな実績を残せず自ら部長の座を降り、それでも何故か辞職することなくへばりつき、現在は346プロ内のカフェでひっそりと働いている。
カフェでの給料は相当厳しいだろうが、よっぽど失敗するまでの実績が良かったのか、俺はまだ生活に不自由を感じたことはない。
夏の暑さが猛威を振るう8月中旬、いつもの食事中にいきなり父さんに『将来食いぶちが無いだろう』と言われ縁故就職という形で突如346プロに就職することを決められた。
いや、意味がわからんのだが?
そもそも現在カフェ店員の分際で息子にエンコをさせることができるのか?
急な決定事項に最初は反対したが、俺は高校中退の万年ほぼニートであり父さんの言うことは間違ってなく、あらゆる仕事に就きづらいことは否定出来なくて。
それに、残額は知らないが貯蓄も多分尽きかけて父さんも俺を養うことに限界があるのだろう。
段々、反対する意思は消えていった。
とりあえず大まかな概要を父さんから聞いて承諾することにした。
就職するとなると家に居候する必要もなくなってるくる。
やがて賃貸物件で一人暮らしをしなくてはならなくなるだろう。
あぁ、もうゲームは存分には出来ないな。
今は新作のギャルゲー攻略で忙しいのでとりあえずいつも通り過ごして静かに巣立ちのときを待った。
数日してプロデューサーとして勤務することを聞いた。
父さんと同じ職に就くことに悪い気はしない。
それに、アイドルをプロデュースするなんて素敵じゃないか。
多分滅多に得られない経験になると思う。
ただ、俺にプロデューサーとしての才能があるのか?
経験はもちろん、知識すら皆無なのだが。
プロデュースっていうワード自体少し前までプロと同点という意味で捉えていた。
……英語力に関してもほぼ皆無だ。
それなのに元常務の息子ということもあってか、自身の就職を伝えた知人達からの微量以上の期待をひしひしと感じる。
プレッシャーにとても弱い体質なので、期待を受けると連日腹痛に悩まされる。
無論、期待以上の働きはしてやるという心意気は大有りだ。
だが、全く働いたことがないので失敗しか出来ない自信も大有りだ。
いや、一応数年前安部菜々という現在アイドルの子と少しの期間コンビニでバイトくらいはしたな。
一緒の店で一緒に働いたという事実は感慨深いものを感じなくもない。
ん?思えば今日までにテレビで見る彼女の顔が、バイトをしていた時の顔から全く変わっていない気がするな……。
彼女は本当に『永遠の17』なのか?
そんなことはさておいてだ。
コンビニバイトとプロデュース業は互いに異なる仕事だし、バイト経験が通用するとはあまり思えない。
ので、初めてプロデューサー活動をする上で、何か強みが欲しい。
ゲームで言う『ポテンシャル』や、『専用スキル』とかに値する強みが。
強いて持っているプロデューサーらしいスキルを挙げればスカウト力だろうか。
現に人生の4割程がギャルゲーのプレイ時間だし、その経験を活かしてそこらへんの女子ならすぐスカウト出来る気がする。
新作のギャルゲーもすでに全ルートを制覇した。
隠キャである俺でもきっとトップアイドルの卵を拾ってその娘の売り上げと親愛度を上げてあわよくば結ばれ……。
……ないだろうな。
仕事はゲームと違う。
そもそもスキャンダルじゃん。
346プロ就職まで一週間になり、縁故就職ということで優先して初っ端から上層部に配置されることを父さんから聞いた。
いやいやちょっと待ってくれ。
俺抜きで事が進みすぎではないか?
これが縁故就職の所以なのか?
いや、それだけが理由じゃないだろう。
大体の就職までの手続きは父さんが取り行っているはずだ。
父さんは基本無口で何かと言葉足らずだがまさかその短所が俺の仕事にまで影響するなんて……。
しっかりしてくれよ、俺はまだ上層部なんて似合わないぞ。
ちゃんと考えろ、だから経営戦略に失敗するんだよ。
そもそも俺は『チート』が嫌いだって何回か父さんに話したよな?
いい加減なあんたの頭の中はそんなこと覚えていられないか。
日に日に近づく未知の仕事への不安と父さんのいい加減さへの怒りが止まらない。
父さんに敷かれたレールの上を歩くのは間違っているのか。
父さんを『親父』と呼ぶようになったのは丁度この頃だった。
そして今に至る。
就職が明日に迫って来た。
連絡や業務指示などは親父が受けているはずだが、その類はほぼ何も聞かされていない。
せめて業務内容とかプロデュースの心構えとか教えろよ。
あんたと違って失敗はしたくないんだ。
もしかして今日までニートの俺に失敗させてアイドル業界の厳しさを教えようとしているのか?
そんな疑惑が頭の中で浮かぶ。
親父は自称かなりのロマンチストだそうだしあり得るかもしれない。
全くもって余計なお世話だ。
就職まで14時間、ニートとしての俺の最後の夕食の時間だ。
ダイニングの質素なテーブルに最近外出を繰り返して見つけた区で一番安いスーパーで買った典型的な食事をいつもより乱雑に並べる。
いつものように食事をする親父を前にいつも以上に苛立ちを示してみる。
……反応を見せない。
口に入れた白飯をわざとクチャクチャと汚らしく噛む。
……全く動じてくれない。
踵を床に不規則に振動を起こすほど打ち鳴らし、遠くから見ると残像ができる程の貧乏ゆすりをやってみる。
……全く動じてくれない。
だが、だからこそ、こちらも声を発さない。
親父から話さないと喋ってやるものか。
父さんを『親父』 と心中で呼んでから今日までずっとそうしてきた。
流石に今日こそは開口するはずだ。
「………………」
「………………」
箸が当たる音と、二つの口が夕食を頬張る音だけがダイニングに響く。
俺の希望と裏腹に親父は食べ物を運ぶ手を止めそうにない。
いよいよ親父が空になった食器を重ね、手を合わせ「ご馳走様」を口から発そうとするとき、まだ開くまいとした口を開いてしまった。
いや、限界だ。開くしかなかった。
もう、タイミングはないと思うから。
「いい加減ふざけんのやめろよクソ親父」
「……いきなりなんだその口の聞き方は」
互いに今日初めての発言だと思う。
「いつになったら仕事に関する詳細教えんだよ?
もう明日からって分かってんのか?」
さあ、親父はなんて答える?
「ああ、そのことか。確かに伝えてないな」
一つ確信、この目の前の野郎は俺の恥かかせである。
346プロで七光りと影で笑われる己の想像が容易だった。
理性が親父にされる屈辱への怒りに支配されていくのが分かる。
その支配に任せて身を乗りだす。
「分かっていたなら、なんで俺に」
「なんでお前は自分で行動しなかった?」
は?今なんて言った?
冷静さが消えてるせいか、突然の親父の言葉を聞いていなかった。
顔にそう書いてしまっていたのか、
「なんでお前はこの父を頼って自分で行動しなかったのかと聞いている」
親父は多分先と同じ発言をした。
「い、いや何でって……」
何でだ?親父の質問に答えられない。
何と言えばいい?親父の質問を否定出来ない。
ならどうなる?
「だから、新作やってて……。
そ、そんで、いや、でもちょっとは考えて…考え、てさ、あ」
自滅が始まる。
「仕事について考えたらノウハウでも身につくのか?
とんだご都合主義なガキのままだな」
やめて、追い詰めないで、俺を否定しないで。
「俺はまだお前は努力の出来る息子だと思っていた。
だが結局はあいつと一緒か」
反論……反論しないと……。
「……ちがっ、だか、だからぁ……そのぉ」
口から言葉がちゃんと発せない。
手が震える。怖い。嫌だ。
このままじゃ怒られる、呆れられる、見捨てられる、殺される。
「アガッ、デ、ッタハラ………gyajukeykgjpmtnjgwgmtyjnjxgjt&wn」
口から意味不明な音が吐き出る。
壊れてきている。
ギュッと目を瞑る。
背中を寒気が襲う。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
「!?…………お前、何だ?」
また捨てられる……!
抵抗しなきゃ、抗わなきゃ。
目の前の相手に……!
……目の前の相手に。
……目の前の相手に?
……目の前の人は、親父じゃないか。
落ち着け、落ち着け、落ち着け。
小刻みに震える身体に言い聞かせる。
親父には抗う必要はない。
身体の震えはなくなった。
代わりに現れた感情は数分前まであった怒り。
「はぁ……はぁ……ふぅ、ふざけんなよ!
息子を導くのが親の仕事だろうが!」
イラついてもいたが、ここから逃げたいという意志もできた。
捨て台詞を吐いて逃げたくなったのだ。
先俺が狂ったからか、親父は困惑している。
「お前……ちょっと落ち着け」
視覚と聴覚が正常に機能しだし、親父の声と姿を再認識する。
もうあんたを見たくない。
もうあんたの声は聞きたくない。
「うっせぇ!失敗はあんただけしていろ!」
拒絶してやる。
否定してやる。
手荒く手元のグラスにボトルからほうじ茶を注ぎ、それを本気で親父にぶちまける。
俺が狂った時に手汗を垂らしていたのか、グラスごと放り投げてしまい、親父はほうじ茶と凶器の暴力に大きく呻いた。
だが、苦しむ親父を俺は無視する。
そのままダイニングからリビングのドアへと駆ける。
ドアノブに手を掛け部屋を出ようとしたとき、
「お前はッ!母さんのようにだけはなるな!」
親父は呻き声より大きな声で俺に叫んだ。
母さんのように?どういう意味だ?
いや、親父がほざくことの理解なんて後で考えろ。
今はこのクソったれな家から出るのが先だ。
そして無我夢中で家を出た。
今日は人生史上最高の親不孝をした。
同日午後6時30分、一軒の小さなアパートに鍵が掛かる音がした。
清潔ではなく、かといって不潔でもない玄関に一人の幼女、いや一人の少女が入った。
「……ただいま」……キィィ……ガチャン
少女は靴を脱ぎ、短い廊下の明かりを点けずにリビングに入った。
玄関の数倍殺風景なリビングの中央にあるちゃぶ台には一つの錘と一枚の紙切れがあった。
少女はそれを当然のように見つけ、取る。
錘は500円玉で、紙切れは1000円札だった。
それらをポケットに入れた少女は少しだけ項垂れ、
「冷たい外食はもう嫌でごぜーます」
と小さな愚痴を発した。
数十秒も経たないうちに少女はドアノブに手を掛けて、
「いってきます……」 ……ガチャン……ギャリッ……カチッ
誰もいない我が家に鍵を閉めた。