巻物語   作:一葉 さゑら

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018-B

 アドシアード。

 それは一年に一度行われる、私立直江津高校でいうところの『文化祭』のようなものらしい。……と、いっても僕らの学校のようにお化け屋敷や喫茶店のような出し物が祭りの中心になっているわけではなくて、どうやらこの祭りは国からの『監査会』も兼ねているという。

 祭り事のついでに(まつりごと)が掛かっているとあってはなんだか洒落が効いている気もしないでもないが、考えてみればそりゃこんな危なっかしい学校なのだ。むしろ一年に一度の監査で済んでいる方が驚きというものである。

 

 そんなわけで、木の下を見れば空薬莢が落ちていて廊下の壁を見ればナイフが刺さっている、そんな荒っぽい様子も今日ばかりは静まっているとみえて、武偵高は今とても分かりやすく猫をかぶっていた。

 

 校庭には体操服を着た未武装の生徒たちが談笑をしていて、プールでは水着姿で楽しく競技に興じている。武偵高ということもあり競技でこそ銃を使っているが、銃から放たれた弾は不自然なほど(、、、、、、)に生徒に当たっていない。プールの隅や校舎の裏では賑やかに小突きあいがおきてもいるが、それはご愛嬌というものだろう。体育館からはバンド演奏、校舎内では喫茶店や雑貨店。

 これではまるで、本当に普通の高校のようではないか。

 

「まあ、肝心の監査官は顔の良い教師に酒を注がれておるんじゃけどな」

「台無しだよ」

 

 生徒の努力も、国からの監査も。

 そんなことをしているから政に対して制度の形骸化が叫ばれてしまうのだ。形骸化といえば僕と忍の関係も、大概そうなのかもしれないが、この有様に比べたら流石に体裁は保っていると思いたいところではあった。

 

「そんなことより、これからどうするのじゃ」

 

 そんな吸血鬼の形骸化の果てである忍は足をぷらぷらとさせて聞いてくる。

 ちなみに忍の服装はあの春休みの頃に着ていた同じだ。10歳の時の格好だ。同じ服を2度と着ることがない彼女としては異例の格好だと言える。違う世界線だからまたカウントも降り出し、振り直しということなのだろうか。

 

「とりあえず、やることはやるよ」

 

 適当に答える。けれど、実際のところ、今の僕にできるのは一日一日を噛み締めて生きていくだとか、最低限の受験知識を忘れないようにするだとかだけなので仕方がない。

 

「やることってなんじゃ? よもや肋骨演奏家のプロを志すことにしたわけでもあるまい」

「そりゃそうだ。そんなおぞましいプロがいてたまるか」

「この世界には案外おるかもしらんけどな。なにせ、我が主様よりも小さい子が銃を持っている世界なのじゃから」

「たしかにそうだけど……ん? 今、たとえにかこつけて僕の背の低さを誇張しなかったか?」

「括弧つけて言わせてもらえればそれは『誤解』じゃ。『小さい』と言うたのは背丈の話じゃのうて年齢の話じゃよ」

「それならいい。──そう、それなら……」

「カッコつけたセリフじゃが、背景を考えると恰好つかぬのう」

 

 カカッ。と忍は笑った。

 かこつけたような笑いだった。

 ただそれも今の、肩車という格好の前では恰好つかないというものだった。

 

「しかし、まぁ、お前様の学校には及ばないものの、この学校もなかなかの大きさじゃのう」

「僕の学校はバカみたいな田舎だからこその、あの大きさだけど、この学校に関しては海を埋め立てた上に立てたっていうんだから凄いよなぁ。規模っていうか、そもそもの格からして違うぜ」

「正確には、格じゃなくて、質が違うようじゃけどな」

「なんだよ、忍。武偵(ここ)の世界と普通の社会との確執があるってことと掛けているのか?」

「『なんだよ、忍』じゃないわ。そんな分かりにくい掛詞、はなから考えておらんかったわ。儂を下手な洒落好きにするでないわ」

 

 ゴスゴス、と僕の肋骨に忍は小さな踵をぶつける。

 僕よりもよっぽど肋骨奏者として向いている気が正直しないでもなかったが、けれどそれも当然のことだ。だって、僕が彼女に同じことをしたら絵面がヤバイしな。

 何はともあれ、今日という日は政、もとい祭りごとの日だ。

 年に一度の大祭である。

 

「ふん、あの迷子娘なら、『えっ、なんですかお祭りさん。祭り子供なんてロリコなんちゃらな下心が透けて見えますよ。明け透けですよ』なんて言っておったのかもしれんのう」

「まてよ、忍。たしかにアイツならそんなツッコミどころが多くありすぎてどこからツッコめばいいのか分からなさそうな事を言うかもしれないけれど、そもそもとして、アイツは僕の心を読めないんだから今の発言の起点となる『まつりごと』を『祭り子供』と噛む発想が生まれないじゃないか。あと、そこに目を瞑ったとしても、僕はロリコンじゃないし、それにロリコなんちゃらって元の文字数より2倍も長くなっちゃってるし、それにそれになによりも、僕の名前を年中ハッピー野郎みたいな噛み方をしちゃってるし!!」

「ツッコんだのう。長々と、あの少女に対する愛と同じくらいの長さでツッコんだのう。──おぉ、怖い怖い。今あやつがここにいたら、お前様にマッハのスピードでスカートに顔を突っ込まれていそうじゃ、パンツをガン見されそうじゃ」

「下心だけにな」

「10歳のパンツを心に例えるでないわ、たわけ者が」

「けどさ、少なくとも30歳のパンツよりは心ってやつがあると思わないか? 40、50、60と年を経ていくうちにパンツに宿るのは心じゃなくてシミになっていくだろうし。まあ、仕方のない事なんだろうけどさ」

「やめんか。スカートの中身を題材にした観念的な話を広げるでないわ。そして、その話を広げた上で儂にパスしてくるでないわ」

「えー」

「『えー』じゃないわ!」

「ちなみに、600歳のパンツって何が詰まってるんだ?」

「こらっ、なにをさりげなく儂のワンピースの裾をめくっておる。──ちゅーか、肩車しつつパンツを見ようとしてるせいでお前様の首と眼球がエグいほど曲っておるではないか!」

「あー、祭りだと思うとなんだかテンション上がってくるなー」

「とってつけたようにそんなこと言っても今の状況と所業が『テンションが上がっている』の一言で許される範囲を超えていることは覆るわけじゃないからな」

「あ、そういえば、この世界でもそろそろミスドのセールがあるらしいぜ」

「許す!!」

 

 許された。

 御歳600歳の御大。流石の寛容さだった。

 もしくは、見た目通りの幼さだった。

 

「それで、お前様。こうして儂を肩車して歩いているのはいいんじゃが、お前様は一体どこへ向かっておるのじゃ?」

「あれ? 言ってなかったっけ、火薬庫だよ」

「ふむ。とすると、考えられる可能性としてはあのマスターズとやらの女豹に命じられたのか?」

「ご明察だよ、忍」

 

 その通り、正に、大正解。

 僕は、アドシアード当日である今日。なぜこんな雑用に身をやつしているのかと聞かれたら、それは間違えようも誤解することもなくあの蘭豹とかいう頭のネジが一本、二本三本と言わず、ダース単位でぶっ飛んでいるあの女教師が原因だと言わざるを得ないのだった。というか、このやるせない気分を考えると、むしろ言いふらして回りたいくらいだった。

 まあ、当の本人は、お偉いさんと一緒になって御相伴を預かっているようだし本当にもう、なんというか、この学校がこの学校になったワケだと嘆かずにはいられない。

 

「しかしそんなネガティブになることもなかろう。どうせお前様が暇になったところで、この現状を打破する手立てが浮かぶようには思えんしこれもまた余興だと思えば良い。なに、お前様は道草をくうことに関してはこと及ぶものなしじゃろう?」

「けどさ、忍。たしかに僕は寄り道や道草を食ったらすることになんの忌避感もないよ。だけど、『もしかしたら会心の一手が見つかっていたのかも知れない』と思うとやるせないんだよ。僕がこうやって弾薬のお使いをしようがしなかろうが現状は変わらないかもしれないけど、『もしかしたら』の可能性がこのお使いによって生まれたのは確かなんだ。僕がもしネガティブになっているというならそれは、お使いじゃなくてお使いが生んだその可能性が原因なんだよ」

「……ふむ、まるで自由からの逃走じゃのう。否、差し詰め『シュレディンガーの苦悩』といったところか」

 

 本当に。例え、答えが出たところでなんの意味もないあたり、忍のネーミングは的を射ていた。

 

 体育館、屋内プール、渡り廊下、廊下、マスターズ、廊下、校庭と経て、そうしてやっと弾薬庫への入口がある武偵高の校門へとたどり着く。

 僕は忍を肩車をしていたこともあり人影を避けてきたが、校門近くのこの辺りは屋台やなんかが立ち並んでおり、流石に忍を隠して通り抜けるのは難しそうだった。

 

 なぜ隠すのか。

 だって、万が一にもこいつの存在がバレてみろ。それはもう、蝶よ花よと愛でられるに決まっている。この世界のどんな絹よりも綺麗な金髪とこの世に二つとない可愛らしくもありつつ美貌という言葉がこれ以上なく似合う顔立ち。傾国の美女に相応しい立ち振る舞い。

 忍がいたら、例え彼女の隣に国民的スターがいたとしてもソイツは霞と化すだろう。国民的スターだったならまだしも、これが僕だったら、どうだろうか。矮小と狭量の極みたる僕ごときがあらゆる下賎な言葉の対義語である忍の隣にいたら、一体何が起こるだろうか。

 考えたくも想像したくもない妄想だが、考えずにはいられない。

 ああ、美人とはなんともまあそれだけで罪なものなのだ!

 

 ということで、僕は一旦屋台群に背を向けて、忍に話しかける。

 

「おい、忍」

「なんじゃ、我が主様よ」

「人通りが多そうだから僕の影に隠れていろよ」

 

 掴んでいた忍の太ももから手を離す。

 が、しかし、いつまで待っても肩にのしかかる重量は変わらない。

 いつもなら、委細承知したといわんばかりの速さで僕に落ちる僕自身の陰から影へと落ちていくのだが、はてどうしたのだろうか。

 

「……のう、お前様」

「なんだ?」

「いやな、ちょっと気になることが三点ほどあってのう。儂が影に引っ込む前に聞こうと思って、の」

「おいおい、らしくないじゃないか。僕らは忍が死んだら僕だって死んでやる、そう誓い合う仲だっていうのにつれないじゃないか。僕の器は大概小さいけど、忍の質問だったら二十四時間予約も前置きもなしに受け付けてやるくらいの度量はあるぜ?」

「いや、誓い合ってないから。別に儂はお前様が死んだところで後追いはせんけどな。あと二十四時間受け付ける度量は並大抵手間はないからな──ってそうではない。儂がしたいのはツッコミではなくて質問じゃ」

「失礼、ボケました」

「いらんテンプレートを作ろうとするでない。会話を前に進ませるのじゃ」

 

 話を聞くまではテコでも動かない、と僕の脇の下に忍は両足を差し込んでグッと僕の方を固めた。一体なにをむきになっているんだ、と彼女の太ももを解こうとするも形骸化したといえども元吸血鬼の力は強くビクともしない。

 腕には相当の力を込め、言葉は平然と。僕は返答する。

 

「会話を前に進めるだって? これまた僕達らしくないことをいうじゃないか。ただただ雑談してたらいつのまにか事が始まって終わってましたってのが僕達の常だったじゃないか。なんだったら、僕はお前とアドシアードが終わるまでこうして話し合っていたっていいんだぜ?」

「どうでもいいが、先ほどと論調が全く変わっておらんのう。ワンパターンは雑談に向いてないぞ」

「……おいおい」

「もういいわい。あと、儂が聞きたいのはそこなのじゃ」

 

 ビシィ! と人差し指だけを伸ばした右腕を前へと突き出す忍。

 

「まず、一つ。なぜ、お前様が校門が見えた後すぐに校舎の方へ振り返ったのか。二つ目。なぜ、お前様はそんなに儂を影の中へ入れようと急かすのか。そして最後に、儂に対する過剰なまでの美辞麗句はともかく、その後の儂への声がけがなぜあんなににもぞんざいじゃったのか」

「……」

「のう、お前様。まさかとは思うが、もしかして、ひょっとして、万が一の話なのじゃが……あそこの校門。ひいては校舎と校門をつなぐ道沿いに数多建てられた屋台の中。あそこには儂に見られなくないナニカがあるのではないか?──例えば、そう『ミスタードーナツ』の出店、とか?」

 

 前髪をだらんとたらして鼻をひくひくと動かす忍。

 人間性を捨てたとした思えない角度まで首をかしげるその様子は忍という存在に違わぬホラーっぷりだ。

 どちらかといえば、和ホラーよりではあるけど。

 そんな彼女に僕は、先程は遮られてしまった言葉で前置きを入れる。つまり「──おいおい」と肩をすくめた。

 

「考えても見てくれよ。僕が忍にウソをついたことなんてあったか? 頼む、信じてくれ。僕に断じてやましいことはない。僕が忍に偽ることなんて絶対にない。なんなら羽川に誓ってもいい──僕は忍に嘘なんてついてない!」

「そりゃあ、そもそもお前様は儂に嘘も本当も何も話しておらんからのう。そんなことをほざくなら、お前様よ。今ここで言ってみせるとよい──僕はミスタードーナツの出店なんか見ていません、とな」

 

 べしべしと僕の頭を忍は叩き、煽りを深めるように口元をゆがめた。

 なるほど、伊達に600歳も生きていない。実に狡猾だ。

 であれば、ここで白状させてもらうなら正直言って僕は、忍の言う通り、あの屋台群のなかにミスタードーナツを見つけていた。そして、忍にそれを悟らせないようにそこから背を向けたし、購買意欲を湧かせないようにするために影の中に入るように指示をした。その際に尤もらしいおだてをしたし、なによりおだてと声がけのテンションの落差がそれを示すなによりの証左だった。

 だけど、僕がそれを正直に言うことになんの得があるだろうか。

 忍にそれを告白すれば僕の財布は痛手を受けて、得たものは残らず少女の腹へと消えていく。

 それになんの利益があるだろうか。

 他人は無責任に忍の笑顔、僕達の円滑な関係が得られるなんて言うかもしれない。物は言いようだ。

 だから、僕は言おう。

 

 そんなものはくそくらえ、だと。

 

 むやみやたらにこの世界の僕の貯金を崩すわけにもいかない今、僕はなんとしてでもこの場を凌ぐ必要があるのだ。

 

「『僕はミスタードーナツの出店なんか見てない。オールドファッション八十円の(のぼり)なんて目にしてない』」

「平然と嘘をつくでないわ。信憑性を出すために付け足した言葉がこれ以上ない証拠になっておるではないか」

 

 しまった。言ってしまった。

 長々と丁寧に準備した隠し事を30文字にも満たないボロで台無しにしてしまった。

 

「……上手いこと罠に嵌めてくるじゃないか、忍」

「儂のかけた罠を無視した上で、自分で罠を仕掛けてその罠に引っかかっただけじゃろ」

「まぁ、あそこにミスタードーナツがあることは無事わかったんだ。満足したなら影に引っ込んでろよ。影にしまい込んだスーパーマリオブラザーズがまだやりかけなんだろ」

「何も満足しとらんわ、阿呆め。それに今儂がやっとるのは怪盗ワリオじゃ」

「一緒じゃん。ワリオもマリオの内だろ。マリオがワリオの内のようにさ」

「儂はお前様のようにセンター対策をせっせとしとるわけじゃないが、それでもその必要十分条件が偽なことは儂にもわかるぞ」

 

 八九寺がああ言えばこう言い返す奴で、斧乃木ちゃんがああ言えばこう殴り返すような奴なら、忍はああ言えばこうやり返すやつだな。鸚鵡返しに否定し返してくる厄介な奴だ。まあ、一番厄介なのは羽川のようにああ言えばこう諭すやつなんだけどな。

 

「ふむ、それで例えるとあのツンデレ娘はどうなるのじゃ?」

「ああ言えばこう殺りかえす奴、かな」

「仮にも彼女にする例えではないな……ん? しかし、あやつは更生したんじゃなかったか?」

「いや、更生する前はああ言えば殺す奴だった」

「恐ろしい話じゃ」

「あ、そうだ。どうせなら神原のも言ってやろうか?」

「言わんでもいいわい。『ああ言えばヤリ返す』じゃろ?」

「正確にはああ言わなくてもヤリ過ぎる、だな」

「よりタチが悪いわ」

「違いない」

 

 ははは、と僕は笑って、忍はカカッ、と嗤った。

 祭りの場にふさわしい、朗らかなやり取りだった。

 

「──さて、そろそろ行くか」

「待て、お前様。ミスタードーナツの話が終わっておらんじゃろう」

「……チッ」

「いま舌打ちしたかっ!? お前様ッ!」

「あのさぁー、忍。いや、忍ぼうとしない。お前少しは自分がどれだけ目立つ存在か考えたことないのか? 僕はあくまでお前のことを考えて、ここはぐっとこらえて影に隠れたろって言ってるんだぜ」

「言っとらんじゃろ。そんなこと一度として言っておらんじゃろ。さっきまではその貧相で薄っぺらい財布の心配だけをしてたじゃろうが。あと、儂の名前をサボりぐせのある忍者のように呼ぶな」

「だからさぁ、忍ばない。ワガママ言わずに大人しく影に戻ろう? なっ……また今度買ってやるからさ」

「……確かに儂は今からミスタードーナツに寄ってそのセールの品を寄越せとワガママを言うつもりじゃったが、まだ儂はそれを口にしておらん。してないうちから嗜めるでない。まるで儂が徹頭徹尾ワガママを撒き散らしているようじゃろ」

「違うのか?」

「そうだけどっ」

 

 そうらしい。

 聞か返しておいてなんだけど、僕は違うと思うが、わざわざそれを教えてあげようとは思わなかった。

 僕と忍の意地のぶつかり合いもそろそろ分水嶺になりそうだ、と僕が考えたところで校庭の方でひときわ大きい歓声が上がるのがきこえた。

 

「ふむ、何かあったようじゃな」

「時刻がもうすぐ11時を指すから、多分体育祭の中間発表があったんだろ。中間発表はチアリーディングより前にあったはずだから、間違いない」

「なぜチアリーディング基準で日程が頭に入っているか、なんて今更問いはしないが、しかし。そうなると弾薬は何時までに運べばいいのじゃ? たしか先日の弾丸はこの祭の報酬だったはずじゃが」

「さあ……けど、火薬庫は先日に一回行ったとこだし、最悪チアリーディングには間に合うだろ」

 

 前回は手探りのお使いだったけど、今回は下見済みのデートスポットに行くようなものだ。余裕を持って考えても祭の閉会式には間に合う計算になる。

 

「それは分からんじゃろう。もしかしたら火薬庫の奥底に、またあの白髪娘があるかもしらんぞ」

「あんなことが二度三度と起こらないだろ」

「ほう、言ったな?」

「あぁ、言ったさ。なんならお前の好きなゴールデンリングをかけてやってもいい」

「オールドファッションは?」

「ああ、いいさ」

「ロリポップは?」

「セール対象外だからだめだ」

 

 少し前にもこんなやり取りしたよな。

 聞かれる前にソーセージパイもダメだ、と告げると忍は僕に蹴りを入れると影の中に入っていってしまった。

 拗ねたのか、とも思ったがペアリングから伝わってくる感じからするとどうやら、ただ単に買ってこいということらしい。

 やれやれ、ワガママなお姫様だぜ。

 ただまあ、結果的に僕が要求したことは叶ったのだから、多少の出費は我慢しよう。千円にも満たない額の出費でガタガタ言うのは既に一度高校卒業した身としては情けないものがあるからな。

 ジリジリと照りつける天気の下、僕は意気揚々と火薬庫への一歩を踏み出した。

 よもや、地下には洪水と氷による地獄絵図が広がっているとも知らずに。僕がゴールデンリングとオールドファッションを無条件に買う羽目になる40分前の出来事であった。


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