巻物語   作:一葉 さゑら

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016-B

 結局のところ、僕は新宿に行かなかった。

 理由は様々あるけれど、やはり一番の要因は一重に『面倒臭かった』のだ。

 時間と労力と電車賃をケチった末に、ドッペルゲンガーの正体を掴む機会を失うなんて、なんたる阿保さ加減か、なんて声も聞こえてきてしまいそうだが、しかし、僕には不思議とその選択に後悔はなかった。

 

 何者かが新宿の映画館で何かをしている頃。

 一体僕が何をしていたのか──何をしているのか。

 

 それを語るには少し時間を戻さなければいけない。

 

 平賀さんと別れた後、2丁の銃に2つのマガジンと沢山の弾丸を抱えた僕は、流石にこの大荷物を不便に感じ、寮に戻ることにした。

 昨日の観察で分かった事だが女子はスカートの中に、男子は腰の辺りにそれぞれ銃やナイフをしまっているようだ。しかし僕は腰にぶら提げようにも肝心のガンホルダーを持っておらず、またそれがどこで手に入るわからない。

 そこで、いくら不勉強なこの世界の阿良々木暦くんとはいえ、スペアの1つは持っているだろうと考え、一つ家捜しと洒落込もうとした訳であった。

 

 途中、見かけたチェーン店で牛丼を食べたりしつつ家に到着する。

 神崎アリアと遠山キンジは既に家におらず、ただ閑散とした寮室が僕を迎えてくれた。

 

「さて、これからどうしようか」

 

 そりゃあ、ガンホルダーを探すのだけれども。

 そうではなく。

 今後の活動の方針をどうしようか、という話。

 正直、ここ二日ほど適当に過ごしてみたはいいものの方針について全く目処が立っていない。無計画だったというよりかは、計画に対して無頓着だった。

 

 僕の人生自体、指標があるわけでもなかったので、いつも通りといえばそうなのかもしれないが、この状況を鑑みると、いつも通りというには少々異常がすぎた。

 だけど、異常がすぎたところで、そう易々と、例えば物語のようにトントン拍子で丁度いい具合の進路が見つかるわけがなく。

 僕はなんとなく行動した結果、なんとなく道を失っていた。

 

 考えてみれば、新宿に行くことこそが道標であった気がしなくもないが今更なにを言おうがもう遅い。

 自分は此処にいて、事態は新宿にある。

 

 繰り返すようだが、八月の時のようにこのタイムスリップの意義も見つかっていないし、探すと言っていた魔力溜まりも見つけていない。後者に関しては見つけようとすらしていない。

 

 しかし、『なぜこんな世界に来てしまったのか』。

 

 これに関しては、実は二つに一つだと僕は思っている。

 

 つまり、『偶然来てしまった』或いは『必然来てしまった』の二択だ。

 

 別に、『世の中には嫌いな人か好きな人しかいない』みたいな詭弁を振りかざすような心算(こころづもり)は一切無い。

 事実として()()である。ただそれだけの話で。

 そんなこと分からない人はいない、と思われるかもしれないが実際、僕はそんなことがわからなくて困っているし、『そんなこと』とはどんなことかと聞かれても、そんなことすら分からないと答えるほか、術がない。

 

 こんがらがって来たが、要は『なぜこんな世界に来てしまったのか』という問いに関して何も答えることができない。それだけの話なのだ。

 もっとも、『必然来てしまった』場合の、『必然』については心当たりがないことはないけれど、しかし、そんな仮定の仮定の話しをしたところで現状、損しかしないのは目に見えているし、身に沁みて分かっている。

 

 だからこそ、『これからどうしようか』という素朴な疑問にしてあくなき命題にぶち当たってしまう訳だが、それに応えてくれる存在はどうやら身辺にはいなさそうだった。

 

 ついでにいえば、ガンホルダーも見つかりそうになかった。

 

 取らぬ狸の皮算用にして骨折り損のくたびれもうけをしてしまった僕は、自身の余りの愚かさにソファに沈む。

 

「平賀にたかるべきだった」

 

 割と最低な、痛恨の悔恨が口から漏れる。

 しかしこれもまた、後の祭り。

 後夜祭なんて浮き足立った余韻があるわけでもなく、なんだかあらゆる事が裏目に出ているような不愉快な気分。

 泥沼に足を取られているような気分。

 沈み足だ。

 

 撃つ手はあっても打つ手はない。

 ガンホルダーを見つけるのもこの世界からの脱出も一先ず後回し。

 そもそも初めての射撃で僕は疲れているのだ。

 自分の無体さを慰めるように言い聞かせ、目を閉じる。

 

「……」

 

 こんな気分をなんというのだろうか。

 開放的で、心もとない。

 私立直江津高校を卒業したすぐ後の春休みに感じた感情に似た何かが僕の中をぐるぐると練り歩く。

 春休みの場合、僕はなんの身分にも囚われていない最も『阿良々木暦』というべき阿良々木暦だった。

 裸一貫で世間に放り出されたような──開放的だけれど、スースーし過ぎて、罪悪感に苛まれて落ち着かない気分だった。

 アイデンティティの喪失だの感傷的だの現実逃避だのと切り捨ててしまった不安定な心移りだったけれど、再び経験してみると(ややその性質が違うが)改めて思う。

 否、初めて気付く。

 

 僕が紛れもなく人間であると。

 身分という社会に縛られ、肩書きという決め付けに従い、知人という重荷を背負う。そして、その全てに安心感を覚える。

 

 根本的に群れることを前提とした自分の脆弱な精神構造を自覚させられる。

 何者でもない、まっさらな自分として世界を飛び回る羽川でさえ、彼女の力を振るう先は人間なのだ。かつて化物だっただけの自分がそう簡単に(しがらみ)から抜け出せる、その意思を持とうという考えが浮かぶとは思ってはいなかったが、こうしてただ時の過ぎるままに身を任せると改めて自分の狭量さを思い知る。

 

 なによりも、尸位素餐な僕が何を言っても説得力がないだろうが、阿良々木暦はよくやっている方だと思っている自分がいるのもまた事実なのが、救いようがない。

 

 どの位そうしていただろうか。

 

 気がつけばウトウトとしていたようで、ハッと気がついたのは部屋にチャイムの音が鳴り響いた時だった。

 遠慮なく、連続的に鳴らされるインターホンにしかめ面になる。寝起きの耳にチャイムの音は痛い。

 

 おそらく遠山の客だろう。

 重い腰に重いジャケットを乗せた僕は、一つ伸びして立ち上がった。

 ギシギシ悲鳴をあげる廊下を進み、浴場への扉を横目に玄関に着く。

 遠山の不在を告げてお引き取り願おう、そう思い玄関の扉を開けた。

 するとそこには、

 

「ういーっす!おひさっ!しけた休日を過ごしているだろうヨミくんのためにリコりんが只今参上いたしましたーっ!」

 

 きらめく笑顔が可愛らしい、金髪ロリ巨乳系美少女がいた。

 


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