幼児期からニューロリンカーを装着している事が条件である現実にまで効果を及ぼす格闘ゲームだ。
その条件の為、最年少でも未だ高校生までの人間しかいないと言われている開発者不明のアプリケーション。
そんなゲームでありながら、たった一人、成人しながらそのゲームをプレイする人間が居た。
これは、そんな青年の一幕……
これは連載作品で詰まった時に、思いつくまま書いたもので、続きは考えておりません。
三人称の練習用でもありますので、拙いものかもしれませんが、書けた物なので読んで頂ければ幸いです。
ちなみに、設定の矛盾などはあまり考えていないので、その辺りはお許しを。
ニューロ・リンカー。首筋に直接装着するタイプの携帯端末である。見ようによっては首輪のように見えなくもない。
脳と無線で繋がる事で五感全てをサポートする画期的な発明である。
これを用いれば、視力が無い人間でもメガネなどを使う事無く鮮明な映像を見る事が出来るし、声を失ってしまった人でも思考発声と言う脳内に直接声を届かせる事まで出来る。さらにこの端末は携帯、パソコンなどとしても扱う事が出来る。それほどまでに優秀な機器が発売されたのは2030年前後。
だが、それはあくまで一般市場で発売された時期である事を明確にしておきたい。
予てより、この機器には開発前から乳幼児の育児簡略化などと言った、多くの期待を背負っていた。
それ故に、多くのニーズに答える為に、乳幼児でも安心して装着できることが至上目的だった。だが、そこには問題が幾つも存在した。
一番の問題は、乳幼児の脳に悪影響を及ぼさないかどうか、と言う事である。これはいくら紙面上で安全であると分かっていても、人間の一番重要な器官に直接的でないにしても触れる事になるのだから、こればかりはいくら紙に書き連ねた所で実際に使用するまで明確な答えは出てこない。
そして、その実験データを取る意味合いも込めて、この機器の能力があれば救う事が出来る少年で五年ほどの観察期間を設ける事となった。勿論実験段階の機器である事は保護者である両親には既に署名捺印の末に、了承を得ているので法的な問題は発生しない。
そして、それによって命が救われた少年はその後も問題なく成長し、その機器は今後の生活を変える物だと言う事がハッキリと証明された。少なくとも医療目的では、その真価を十二分に発揮するだろうと言う事がもはや確信へと変わった。
これはその少年の下に、あるアプリケーションが送られてくる事で動き出す事となる。
そのアプリケーションの名は『ブレイン・バースト』。開発者不明の現実まで効果を及ぼす格闘ゲームである。
「始めよう、Mrスタンダード」
「いやぁ、そう言う二つ名はどうも体が痒くなるんだけどな。俺もいい年だからさ」
「冗談を言うな、君が良い歳なら私もそうなってしまうよ。まだ私たちは一番年上でも小学生だろう」
「いやぁ~はっはっはっはっ!」
Mrスタンダードと呼ばれたアバターは中肉中背、目に留まるような装備は無く、対戦でも特に変わった能力を見せる事はない淡々としたものだ。だがそれでも、彼はどんなアバターよりも目立っていた。それはアバターの色彩、彼はそこにいるだけで目立ちまくる金色のアバターだった。
スタンダードの異名は彼の全てをその一言に表わしているだろう。標準、それが彼の全てだ。攻撃力、防御力、俊敏その他諸々全てが見事に平均なのだ。
だが負けない。
いっそイカサマでもしているのではと思うほど誰も勝てないのだ。
全てが平均、だが一敗もした事が無いと言うふざけた経歴を持っている。
(いや、俺はホントにいい歳、高校生なんだがなぁ~)
実験段階での装着から一般発売までに空いた期間は五年以上。このブレイン・バーストをプレイする為の条件が幼児期からニューロ・リンカーを装着している事が必要だ。その事から考えて、最大でも小学校生までの子供しかいないと言う事だ。彼を除いては。
「まぁ良いか。それじゃやろうかロータスちゃん」
「まったく、君くらいなものだぞ。私をちゃん付けで呼ぶのは……」
「天下の七王様だからな。まぁ、俺はこの性格は諦めてくれ」
ブレイン・バーストのプレイヤーは一人一人アバターが異なる。
アバターが作られるには、その人物のトラウマと言うべき部分を刺激し、それを元に形成される。故にそれぞれが全く異なるキャラが作られ、構えもそれぞれ固有のものになっていく。
金色の彼の対戦相手はブラック・ロータスは四肢全てが剣と言う異様な姿で、構えは直立状態で片腕を胸の位置まで持ち上げているだけの簡単なものだ。
「君はやはり基本と言うか、格闘技と言ったらそれだと言う構えだな」
金色のアバター、ゴールド・ベーシックと呼ばれる彼は空手の構えを取っていた。
「普通が一番やりやすい。そして基本が一番強いんだ」
「それなら証明してもらおうか。その持論を打ち破って、私が初めての黒星になってやろう」
「まぁ、負け無しのはそろそろ無くなりそうだね。でも、まだまだ僕は負けないと思うよ」
「言ってくれるッ!」
ベーシックには確信があった。負けないと言う事を、そして近い内に自分の連勝がストップしてしまうと言う事も。彼が持つアドバンテージはその年齢からくる知識、判断力などだ。
それによって時に敵を煽り、時にわざと隙を見せ逆に隙を作ったりなど、その凡庸性の高いアバターとも相まって今まで負け無しと言う驚異的な数値を叩きだしていた。
それもおそらくあと数年もしたらそれすらも埋まってくる。彼はその時が来るのを楽しみにして、一日一日の対戦を満喫していた。
「危ない危ない。王の子たちはあと数か月もすれば負けそうだ。いやだね、才能がある子たちは」
「白々しい……ッ!そう言うセリフは私よりもHPが下回ってから言ってほしいものだなッ!」
四肢全てが刃であるため、近接を受けてはゴールドカラーであるのだが、斬られる事が確実なので受け流しを主にし懐深く踏み込んでいくベーシック。
踏み込みが深くなるほど、近接で異常な強さを発揮する筈のロータスが苦戦を強いられていく。
「やっぱ切る事だけを集中させた属性だよね。近づくと叩き斬る訳じゃないから斬り辛い訳だ」
「クッ!」
ロータスの腕は西洋形式の押し斬る剣よりは東洋形式の引いて斬る刀の形態に近いと戦った事があるリンカーたちの間で分析されている。ならば引いて斬る事が出来ないほど近づけばどうだろう。
結果は切り傷こそ増えるが、ベーシックは致命的な欠損ダメージを受けていない。後日ベーシックはそのリンカーたちの間に入っていき、この結果を話したが誰もが逆切れをしていた。
曰く「オマエしか出来んッ!」らしい。
「こんな思い切った事、誰もやらないぞッ!?」
「リアルに限りなく近くあってもゲームなんだから、危なくても検証結果は試さなきゃね」
有名になれば有名になれば程、そのアバターに対しての対抗策と言う物が検証実証されていく。そのおよそ半分ほどは彼が試し、その実績から一部の者の間で教授などと言われてもいた。
そして、ここにベーシックの最後の強みが隠されていた。それは、全ての能力が平均値でしかないと言う事だ。目立った弱点が見当たらず、彼を倒すにはそれを上回る技術を持って圧倒するしかない。
だが、それは本人が一番理解しているため、そうならない様に技の発生をそもそもさせなかったり、発動条件を満たせない様に立ちまわる。初見の相手でもそれは変わらず、その洞察力を持って完封し続けてきた。
誰に聞いてもプレイヤースキルは普通じゃないと答えるだろう。
「……時間切れ、か」
「ふぅ~、倒しきれ無かったけど、ポイントは頂き!」
そして対戦終了。両者健在だが、その残りHP量にわずかな差があり、ベーシックの勝利となった。
「おや?これはこれは……」
「む・如何したベーシック」
自身のウィンドウを覗いて残ポイントを確認していたベーシックが、何か面白い物でも見つけたかのような表情を浮かべ、ロータスは訝しみながら何があったのかを確認する。
「では黒の王、俺は先にもう一段高い所に行かせてもらうよ」
「まさか……ッ!」
「レベルアップだ」
加速世界初のレベル九に到達したリンカー、ゴールド・ベーシックはその日から数か月後、加速世界から姿を消した……
彼が居なくなる数日前まで話していた対戦よりも対策を練る方が好きだと言うアバター達はこう語る。
「いつか戻ってくるんじゃないっすかねえ?」
「死んでも死なないでしょ実際。あの人やれる人いたら教えて欲しいですわ」
「あの人はふらっとどっか行くのが癖みたいなものですからね。この間なんか『一人で神獣級を倒せなかったから対策練ってみようか』とか訳解らん事言ってましたから」
「あれは廃人だ。たぶん一時期問題になったリアル廃人って、あんな人の事を言うと思うんだ。廃人に勝てるのは廃人しかいない。だから引越しか何かだと思いますよ?」
皆一様に死ぬ訳がないと言う共通認識を持っていた。
そして彼らの言った事は現実のものとなった。姿が消えてから三年後、ゴールド・ベーシックの名がある地域で確認されるようになる。その場所とは杉並第三区、黒の王ブラック・ロータスが復活し、居を構える小さな戦区であった。
「ほぉ~~、ここが梅郷中学か……」
スーツ姿の青年が、中学校の校門前で仁王立ちしながら中を覗き込んでいた。
彼こそ、ゴールド・ベーシックの中の人、現在既に成人しており、今年からこの中学校に雇われる予定の新任教師である。
今までどこにいたのか。何てことは無い、それは大学に通うため、一人暮らしで遠くに引っ越していたからだ。
「よし、それじゃ一先ず……≪バースト・リンク≫」
この学校のローカル・ネットに接続し、この学校にバーストリンカーがいるかどうかのチェックを始める。
現在時刻は昼を少し過ぎたあたりである、この時間なら休んでも居ない限り確実に引っ掛かると踏んだようだ。
「あらま、こりゃ大物がいたもんだ……」
そこにあった名前はブラック・ロータス事黒の王ご本人、さらには現在もっとも有名なアバター、シルバー・クロウ、さらにはその彼とコンビで戦う事が多いシアン・パイルの名があった。人数が少ないとは言え、全てのレギオンメンバーがこの場にいると言う事に流石に驚きを隠せず、しばらくどうするか考えだした。
「まぁ良いか。普通に考えたら俺に辿り着けないんだから」
現在の常識では最大の者でも高校生である。その考え方がある限り、彼に辿り着く事は無く、四月から務めるので、最低でも新入生と勘違いしてくれるだろう。
「あぁ、でもシルバー・クロウとはやってみたいなぁ。射撃武器に弱いと言う検証結果は出てるけど、実際どの程度なのかなぁ……」
ブツブツと口にしながら、職員室を目指して歩く。今日この学校に来たのはただ単にプレイヤーの存在の確認に来たのではなく、書類の届出と、教師たちに挨拶する為である。むしろこちらの方が目的であって、確認はついでだ。
「この後忙しそうだし、用事済ませて帰るか……」
こちらに戻ってきてすぐにここに来たのだが、その過程でも数名との対戦を行っている。既に加速世界内では、彼の期間を騒ぐ者たちで溢れているだろう。おそらく、命知らずの高レベルリンカーたちがこぞって対戦を吹っ掛けて来るだろう。
引っ越しの荷物も片付いていないので、体力の消耗を避けたい彼は足早に職員室に行き用事を済ませる事にした。
「あぁ~……だめ、やってみたい」
用事を終わらせた彼は、外で走っている生徒たちを見ながら、体の底からうずうずとして堪らない様であった。未知のスキルに挑みたい、見てみたい。それが長い事対アバター戦を行ってこなかった彼の純粋な欲求だった。
少し太めの少年が体力の限界だったのか、肩で盛大に息をして休みながらこちらを見ていた。見知らぬスーツの男が学校に居ればそれは目に入ると言う物だろう。
余り長い事学校に留まると、周りから奇異の目が飛んできそうなので、手早く済ませようと彼は加速コマンドを口にする。
そのまま、対戦選択欄からシルバー・クロウを選択して対戦を仕掛ける。
すると――――
「「……えッ!?」」
同時に二つの驚きの声が出る。十メートル程先にいた筈の太めの生徒はその場で美しい銀色の細めのアバターに姿を変え、そして彼もスーツ姿を金色の光沢を持つ装甲に変じる。
お互いがお互いを見ている目の前で姿を変えた。ベーシックはまさか彼がシルバー・クロウだとは気が付かず、シルバー・クロウも明らかに成人しているスーツ姿の青年がリンカーだと言う事等、思考の埒外だっただろう。
「ヤベ…… リアル割れた……」
「え、えと……」
「とりあえず……、話す?」
「……えぇ」
余りにも気まずく、対戦をしようと言う気が削がれてしまった二人。ベーシックは己の一時の気の迷いが生んだことに心底落ち込み、クロウは彼の正体が気になってそれ所では無かった。
「ロータスちゃん達も混ぜる?」
「出来れば……」
その後色々とあり、彼はネガ・ネビュラスに加わった。
教師と言う立場から彼らを補佐し、年齢差等気にする事無くまるで友達の様に彼らの話の中に入っていった。
それは彼が望んだ普通の日常。幼い頃から病状に悩まされ、成人前にようやく完治とあいまった彼が、手にする事が出来なかった青春の欠片が其処にはあったのだ――――