やはり俺が芸術を志すのはまちがっている。 作:スタージャンク
なんとかなつねさん……じゃなくて棗さんだったな。なつねさんって言ったら凄く睨まれてしまいました…
その棗さんを説得し作業用の道具等を置かせてもらい今日は帰った。
あのまま説得に時間をかける訳にもいかないのでこれぐらいで終わったのは幸いと言うべきか。だがこの後に待っている事を考えると少し…というかかなり憂鬱になる。
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からんからんと音をたて喫茶店の扉を開ける。
喫茶モデュロール
俺はここで住み込みのバイトをしている。
仕事したくないなぁ〜とか普段から言ってる俺からは想像出来ないだろ?俺もビックリしてるわ…
「ただ今戻りました」
「おかえり八幡」
「京子さん。すぐ入った方がいいですかね?」
「アリサが来ないと私引っ込めないから少し休憩してからでいいわよ」
「えぇ〜京子さん休憩入っちゃうの?」
なんて事を言ったのは、よくここに来る三年生の岡陽太先輩だ。
「朝から立ちっぱよ?少しは休ませてちょうだい」
さっきから京子さん京子さんって言ってるけどこの人はモデュロールの店長で俺の遠い親戚だ。正月とか親戚で集まるさい、珍しく小町ではなく俺を構うことで有名だ。え?何処で有名って…俺の中でだよ
「コーヒーだけで粘られても…ねぇ」
なんて言いながら俺を見る京子さん。見ないでぇなんて言えば良いの?京子さんに同意して「コーヒーだけとか…プププ」とか言えば良いの?
「すいませんブレンドのおかわり」
今か?今言えば良いのか?
「ん、ブレンドのおかわりね」
んじゃ俺は休憩でも…「八幡今日は遅かったな」…おいおい俺は今から休憩なの。岡先輩を構ってる暇はないの
「ま、まぁ色々ありまして…」
構ってる暇はないとか思いつつも返してあげてる辺り八幡やっぱ紳士だわ!!もう紳士過ぎて全世界の淑女からモテるまであるわ…なんで目逸らすんだよ…ちょっと?悲鳴上げないで?傷つくから
「ほぉ〜色々ね〜」
「何ですかその含みのある言い方は…」
「いやなんでも…そっか八幡も青春してんだなぁ」
「何達観したつもりでいるんすか…そういう先輩は三年の三学期なのに余裕ですね?」
「まあなー。つっても教授のお使いよ?その帰りぐらい休憩しても罰はあたらねぇよ」
確かに言われれば足元にいくつかの荷物が置いてある。
「まぁ程々にして下さいね。コーヒーだけだと俺の給料増えないんで」
「おいおい俺は八幡の金ズルか?」
「……………」
「なんで沈黙なんだよ!?」
「休憩しますね」
なんか後ろから声が聞こえるが知らない。俺は疲れてるんだ早くマッ缶を飲まなければ(使命)
手を洗い、うがいもすませ自室に鞄を置いて一休みする。
「はぁ…」
自然とため息が出てしまった。
俺の幸せがどんどん逃げていく…
自室から出た俺はリビングに行き冷蔵庫からマッ缶を取り出し一服する。
うまいこれだよこれ。この甘い感じが最高なんだよね。もう何なら学校の給食の牛乳を廃止してマッ缶にした方がいいレベル。
マッ缶を飲み終わるとぼーっとする。
特に今日は宿題もないし暇だなー寝よっかなーなんて考えていると
「はちまーん?もう出れそう?」
と京子さんの声が聞こえてきた。
はぁバイトの時間か……やだな〜
自室に戻り素早く髪を整え制服に身を包みメガネをかける。なんでも京子さん曰く「その目が怖い」との事なので少しでも隠そうとバイト中はメガネを掛けるよう言われたのだ。
「今日も頑張りますか」
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「おつかれさまです」
「あっおつかれさまデス、八幡サン」
店に降りるとそこには先程まではいなかった人が増えていた。
この店で俺以外の唯一のバイト、藍川有紗。
彼女も俺の遠い親戚だそうだ。俺もつい最近知ったんだが。
彼女はクォーターなんだと。クォーターって何?って人のために言うとハーフの子供?だと俺は思ってる。実際は違うかもしれないが。
「八幡も来たしアリサも着替えて入っちゃって」
「了解デス」
ごく僅かだが感じるイントネーションの違いも日本とフィンランドを行き来していた影響だそうだ。なんか別の国同士を行き来するってかっこよくない?かっこよくないって?いやいや考えてみろよ「俺日本とアメリカ行き来してるんだよね」なんて言ってみろその日かはそいつはモテモテだ。羨ましいぞ田中君。
「ま、夕食の時には戻ってくるけどね。それじゃ2人ともよろしく〜」
藍川と一緒に引っ込んでしまう京子さん。本当後ろ姿は若いんだよなぁ…なんで結婚出来ないんだろう?おっと前方から負のオーラが…これ以上この話題はやめておこう……
店内には俺と岡先輩だけが残る。
「はぁぁぁ……いいよなー八幡は」
「何がですか?」
「何ってそりゃ美人なおばさんとはとこだよ」
「京子さんに陽太先輩がおばさんって言ってたって報告しときますね」
「ご、ごめんって八幡」
「………」
無言で睨んでやる。俺に睨まれると大体の人はすぐ謝る。何でだろう……なんか泣きたくなってきた
「今度奢ってやるからさ」
「マッ缶10本で手をうちます」
「それで頼む」
「ありがとうございます。岡先輩こんなにゆっくりしてていいんですか?」
「ま、俺も色々やってるよ。八幡は心配症なんだよ」
「もし来年同じ学年にいたら面倒なんで心配しますよ」
「そりゃ無いな。あ、でも女の子が多いから残りたいかも」
「学園で彼女作ったら大変なくせに」
「確かに、ははははははは」
岡先輩はこんな軽そうに見えて実はしっかり者なのだ。真っ当に美術と向き合う時もあるし。まぁ目先の楽しいことに目がないってのもある。
「んじゃそろそろ行くわ」
目当ての京子さんがいないからなのか、そろそろ行かないと教授に怒られるのか岡先輩は帰ってしまった。
すると店の奥から藍川が降りてきた。
「おつかれさまデス。八幡サン」
「おうおつかれさん」
藍川は俺より一つ歳はした。
藍川はともかく俺に店番を任せるなんて正気か?とか当初は思ってたけどそれも藍川がいるからこうして経営出来てる。何それ藍川さまさまじゃん。もう明日からアリサ教とか作っちゃうレベル。アクシズ教徒もビックリな宗教にしてやる。
と俺が決意を新たにしていると
「この時間帯に人がいないって喫茶店としてダイジョウブなんデスかね」
「まぁ立地も立地だしなぁ」
そうここモデュロールは駅からも遠く、主婦も中々いない。周りには高校も俺の通ってる所しかない。うちの学園は放課後もずっと作業してるので当然寄り道をしている時間なんてない。
「まぁ京子さんが作る飯上手いからな」
「デスね、京子サンじゃなきゃ出来まセンよ」
ここもランチやディナーの時は客足も良い。なのでここの経営は保たれている。
「その料理を作る本人がいないって……はぁ…」
「ま、まぁワタシたちも店番できるよう仕込まれましたカラ」
「そうだったな…」
客がいないから二人して遠い目をしてため息をつく。
本当に地獄だった。普段はあんなに優しそうなのに料理となった瞬間人が変わるんだもん。
もう八幡には優しくして!!傷つきやすいから!
その後客も来なくディナー時となり京子さんも降りてきて忙しなく動き回り、9時になる頃やっと営業時間終了を迎えた。