・キティの親友バツマルが住む、彼の実家のバット工房は、キティの自宅があるアップルキングダムの郊外、リンゴの森の外れにある。
キティは、この工房の機械音と油の匂いが昔から大好きだった。
玄関のベルを鳴らすと、油にまみれた顔のバツマルの父が現れた。
「おや、キティちゃんいらっしゃい。バツマルなら二階だよ。」
「お邪魔しま〜す。」
キティはバツマルと知り合った当時からこの方々によく遊びに来ていたが、この父は当時来客慣れしていなく、いつ来てもまず工房のスローガンを口にしていた。
二階に上がると、パジャマ姿で歯ブラシを咥えた茶褐色肌の青年が、怪訝な顔でキティを見つめている。
「おはよう……バツマル。」
「集合時間……12時じゃなかったっけ?」
「それがですね〜……。」
キティはバツが悪そうに、ぺちゃんこになった目覚まし時計を差し出した。
「……なるほど。それで、ダニエルからのプレゼントを粉々にしちゃったワケか……。」
事情を聞いたバツマルは、あえてキティにグサリと刺さる言い方をした。
「うん……。」
「ちょっと待ってな。ダニエルが来るまでに直してやるよ」
「ありがとうバツマル!そう言うとこ、大好き!」
「“そう言うの”は、
何だかんだ言いながら、たったの一時間で完全に修理して見せた。
やがて、工房にポムポムプリンやシナモンロール、キキとララ、マロンクリームとダンサー護衛隊ポチャッコ、コロコロクリリン、ポチャッコの弟子のたあ坊らが到着。主席ダンサーたちが揃うと、残すは主賓のダニエルのみとなった。
「よっしゃ!今日も気合い入れてこう!」
男勝りな茶髪の少女 ポムポムプリンが言った。
「あらぁ?ポチャッコ、ダニエル坊やは?」
「まだだマロン。あいつあれだけ遅刻するなと……。」
と、皆が待ちかねていた時。
真上に空中リムジンが浮かんだ
気体には赤いリンゴの果実に黄金の剣が刺さったロゴがついている。アップルキングダムの国旗であり、王家の証である。
「やっと来たみたいだな、随分派手なご登場だ。」
空中リムジンが着陸し扉が開くと、車内から大形なレッドカーペットが敷かれ、首席ダンサーたちのいる場所に繋がる様になっていた。
「もう……ここまでしなくていいって言ってるのに!」
「よぉプリンスさま、相変わらず大事にされてんな。」
「笑わないでくださいよ、ポチャッコ先輩。こうも毎回大仰にされちゃ、落ち着いて外も歩けない。」
「ま、VIP待遇でお腹は膨れませんよね。」
後輩のシナモンロールが憐れむ様に笑った。
その日の猛練習は夕方まで続いた練習が終わると 最年長のマロンクリームが自宅で作ったマロングラッセをご馳走してくれた。
「美味しい!ね、ダニエル!」
「うん、 さすが マロン姉さんだ。キティもこの位料理出来たらなー。」
キティは頬を膨らませた。
「わ、私だって、今にすごく美味しいの出来るようになるもん!だ、だからその……ちゃんと待っててよね!」
「うん、待ってるよ。いつまでも……。」
キティは顔を赤らめる。 ダニエルはいつもそうだ からかうようなことを言ったと思ったら、急に真面目な顔で微笑みかける。
バカがつくほど正直なのか、狙ってやっているのかはわからないが、そんな 彼のプレーボーイさ加減にひかれて付き合っているワケでもある。
束の間のティーブレイクを楽しんでいた時、突然ポチャッコが 一同の前に立った。
「ダニエルは既に聞いたかもしれんが、地球への出発が1週間ほど早まることとなった。」
「一週間って……明日じゃないっすか!」
バツマルは驚き、思わず叫んだ。
「すまんバツマル。 先ほど急に地球の外交官から連絡があってな。 理由はわからんが、今日の練習を見た限り出席ダンサーたちのチームワークは万全だ。予定を早めてもさほど困ったことにはなるまい。」
「ごめんね皆〜。 今日は明日の支度を済ませたらゆっくり休んで、練習の続きは 宇宙旅客機の中でやりましょう
ね〜。」
突然の決定を疑問に思う者もいたが、皆の信頼が厚い、首席ダンサー護衛隊長のポチャッコと、その交際相手にして、みんなのお母さんと名高いマロンクリームの鶴の一声。
みな特に文句は言わなかった。
とは言え急な決断であったため、各メンバーは早々に練習を切り上げ、解散となった。
キティも家路につき、即座に支度を始めた。
家族は戸惑っていたが特に問い詰めることはせず、黙ってキティの旅支度を手伝ってくれた。
翌日、バツマル工房の前には、アップルキングダムの総力を結集して作り上げた、最新型の宇宙旅客機が停泊していた。
首席ダンサーたちは各自 家族への挨拶を済ませ続々と旅客機へ乗り込む。
バツマルは父に見送られながら運転席に座った。
キティも妹や両親、祖父母への挨拶を済ませ、旅客機に乗り込んだ。
ダンスチーム入団1年目の後輩たちは初めての宇宙の旅に緊張を隠せなかった。
「大丈夫かな、キキ。」
「大丈夫だよ、ララ。ハンドルを握るのはサンリオ一の大工の息子、バツマル先輩だよ?」
「ケロケロ……二人共、あの男は信用できないぜ? この前あいつの机の引き出しに、エロ本入ってたからね。これ本当。」
「ケロッピ先輩!それ本当!?」
ウィッシュミーメルが心配そうに言った。
「本当よ本当、そりゃあもう○○で✕✕な△△が……あ痛え!」
ゲスな噂話を広めるケロケロケロッピの後頭部に運転席からスパナが飛んできた。
「嘘に決まってんだろ。 そいつの言ってることこそ信じちゃいけねーぜ?後輩達……。」
「はぁい。」
「よし、これで全員揃ったな。」
ダニエルが出席ダンサー名簿に印をつけながら言った。
「よっしゃ行くぜ!宇宙旅客機アップルオブサンリオ号!安全運転で参りま〜す!」
バツマルが レバーを引くと同時にエンジンが火を吹き、機体は宙に舞い上がる。
「行ってラッシャーーい!!」
大勢のピューロズ達の期待と応援を背負い、宇宙旅客機は、地球へ向けて飛び立った。
この後、地球で待ち受ける巨大な事件の事を、まだ誰も、知る由もない……。