・ ピカピカに磨き上げられた木造トイレの奥から、中年男性の怒号が響く。
「くらぁー!空ァ!!テメー何度言ったら分かるんじゃボケェ!」
「すいません、すぐに。」
「す・ぐ・にィ〜!?もう遅えんだよ!あれ程オレをしっかり引き立てろと言ったろうが!?
さっきのパレードで客が見に来たのは、妖精じゃなくイチゴ伯爵、つまりオレだ。それをテメー、勝手にジャグリングなんかして目立ちやがって!」
大型テーマパーク、サンリオピューロランドの新人ダンサー、
「でも……テーマは『フレンズの前夜祭』っすよね?
それにあそこでは、『近くにある小道具でアドリブパフォーマンスを』って指示が出てました。」
「言い訳すんのかテメー!」
「はい……すいません。」
「罰として今日のトイレ掃除代われや!」
言われるがまま、 ゴム手袋にバケツとブラシを受け取り トイレ掃除を再開した空。
事務室に戻った彼を出迎えたのは、同期で幼なじみの海原ユウ だった。
「ま〜た、三原さんにこっぴどくやられたの?」
そう言っていつも叱られ賃に、缶コーヒーをおごってくれる彼女の笑顔。
空は何度この笑顔に救われたことか。
彼女の笑顔、声、 金色の長髪と白い肌。
そんな言うの全てが空は幼い頃から大好きだった。
まあ、そんなこと口が裂けても言えないのだが……。
「まぁ、 あの人もピリピリしてるのよ。惑星サンリオからピューロズの青年ダンサーたちが来るまで、もう1週間切ったでしょ?」
「そういや、 今日のパレードはピューロズ来日の前祝いだったな……。」
惑星サンリオ。
地球からはるか遠い銀河系にあり、人類が初めて接触に成功した地球外生命体、ピューロズが住む星である。
彼らは非常に高度な魔法文明を誇っており、地球の国際連合は、十数年前彼らが地球に降り立つなりすぐさま同盟関係を結んだ。
その恩恵もあってか 今ではサンリオのピューロズ、そして地球人たちが両惑星に共存する光景が当たり前になっている。
魔法文明との接触により、地球の技術力も一気に発展した。
政府は彼らとの接触を機に、日本の首都に『サンリオピューロランド』なるテーマパークを建設。
空の働くこの場所は、今や単なる娯楽施設ではなく、地球と宇宙との外交を支える一大テーマパークに変化したのである。
「空さぁ。あんまり辛いなら、 この仕事辞めても良いんじゃない?」
「……え?」
「だってさ、安い給料の割に責任は重いし、空は昔から人に歯向かうのが苦手なんだから、ああいう上司がいる場所で空が働きやすいとは到底思えないんだけど。」
ユウの言葉が、 心にグサリと誘った。
この仕事は、自分に向いていないのかもしれない。
そんなことは、これまで勤務してきて何度も思った 。
宇宙文明 ピューロズたちと共に、宇宙中の観客たちを楽しませたい。
その少年の様に大それた野望は、確かに空の心にまだあった。
だがその野望以上にユウがここにいる。それは空にとって何より重要だったのだ。
「何せこのピューロランドの仕事は、宇宙外交を支える仕事だからね。 生半可な覚悟でやってちゃ先輩方にも迷惑かかるよ?」
「上等だぁ!きっと偉くなって、 星の数ほどパフォーマンスを覚えて、いつか宇宙全土の観客を虜にしてやる!三原さんになんか負けねえよ俺は!」
汗だくになり顔を真っ赤にして、虚勢ではあれ、心からの言葉を紡ぐ空。
そんな彼を見て ユウはクスッと笑った。
「そう。なら、大丈夫なんじゃない?今のあなただったら……。」
空より先に、会計職務に戻った彼女を見送り、空はパイプ椅子にもたれかかる。
虚勢を張ってしまった後悔と、これからの緊張が相まって、彼はすっかり疲れ果てていた。
内心不安がないわけはなく、むしろ不安しかなかった。
それでももう後には引けない。
地球全土が注目するビッグイベントが、もう間近に迫っていたのだから。
だが彼は知らなかった。先程の宣言の本当の重みを問われる大事件が、この後勃発しようとは……。