・次に目を覚ましたとき、空はベッドの上にいた。
その部屋は、ピューロランドからしばらく行った場所にある総合病院だった。
空が幼い頃、肺炎で入院した病院だ。
顔さえ上げずにそれに気づいたのは、壁に書かれた相合傘の落書きに見覚えがあったからだ。
『ゆう』と『そら』を囲った相合傘の落書き。
肺炎の間、症状が収まって暫く病室に缶詰にされた空が、暇を潰すために書き出したものだ。
なんの因果か、長過ぎるブランクを経て空は再びこの病室にブチ込まれたらしい。
「目ェ、覚めたか……。」
「う……っす。」
声がしたのは、少なくとも病室の中。首一つ動かさなかったのは、正体を確認するまでもなく、良く知った声だからだ。
次の瞬間、空は布団がバサリと音を立てる程に、勢いよく上体を起こした。
微睡みの中から、意識のピントが合致し始めた。
同時に襲ってきたのは、猛烈な頭痛、吐き気、喪失感、焦り……。
「トールさん……俺……悪魔に……。」
長谷川はため息を一つつくと、出すべき言葉を探すようにポケットから煙草を探り、徐ろに火を点けた。
「医者の話じゃ、肋骨、右手、左膝が合計四本折れ、更に首から胸にかけてバカデケェ刀傷がある……が、惑星サンリオのアップルポーションによる修復治療で、くっつけて動かすだけなら明日には完成らしい。」
「俺の話はいいです!キティは!?ユウは!?イベントはどうなったんです!!?」
「待て待て落ち着け」
「落ち着いてられますかこれが!オレは……悪魔に……!」
焦りと怒りで自己嫌悪にさえ陥る、不安定な状態の空を見兼ね、トールはもう一つため息を溢した。
「付いてきな。『見た』方が、説明するより早ェ。」
包帯まみれの空が案内されたのは、病院の屋上だった。
悪魔たちが去り、嵐の前の静けさを放つ街が一望でき、開け放たれたピューロランドのドームもしっかりと見える。
悪魔たちは去ったというのに、得体のしれない魔力の痕跡と、生臭いニオイはくっきりと残されている。
何より、空は禍々しい漆黒の穴が開き、暗雲で覆われたままだ。
「くそ、奴らまだ上空に……なんてしつこいんだ!」
「そう思うか?」
ワームホールを見上げながら空に問いかけ、トールはタバコに火を点ける。
「それ、どういう……」
「防衛省、および地球の国連から、やつらがまだ衛星軌道上にいるって連絡があった。艦が止まってる宇宙空間と、この場所を強引につなげっぱなしにしてるってわけさ」
「なんて奴らだ!やっぱりすぐに何とか」
「奴らの要求は、72時間後の再上陸までにピューロランドを明け渡し、ピューロズのダンサーは労力としてこちらに渡せと……無論、そんな要求を呑む指導者はこの星にいねえよな」
ヤニ臭い息を吐きながら、トールは空の目を見る。
空には、彼が何やら企み事をしていて、そのチャンスを掴む覚悟を決めたようにも見えた。
「ダニエルとポチャッコ、あと俺で、さっき軽いミーティングを済ませてきた。とどのつまり、決戦は明日の朝。この施設を奪いに来る。そこを迎え撃つしか、全部取り戻す手はねェだろうな」
「俺も、やります!!」
「馬鹿言ってんじゃねえ。先の戦闘でボコボコにやられてるってのに、傷の治りきってねえお前を前線に出せるか」
「でも分かるんです!!ブラックは俺の攻撃を警戒してた!あれだけ強いサンリオのダンサー達がいたのに、真っ先に俺を抑えたんですよ。何か理由があるとしか思えない」
「いやしかしだな……」
尚もトールが難色を示した時だ。
屋上の扉が開き、埃だらけのばつ丸が現れた。
スパナを持っているあたり、今の今まで何かしらの作業に勤しんでいたらしい。
「ちょうど良かった」
ばつ丸は無表情に言うと、親指で空に、下階に来るように促した。
「一緒に来てください。始まるらしーっすよ、キティ等奪還の作戦会議」