サンリオ・サーガ   作:鈴木遥

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暗黒軍団の襲来!! 悪魔族の頭目ブラック!!

・ その物体を観測したのは、 成田空港の管制塔。

気象庁。

あるいはその瞬間たまたま外に出ていた散歩中の若者のスマホカメラ。

 

このシーズンは、ピューロランドの生中継に大抵の民間人は夢中であるため、外に出てスマホカメラを構るも稀有だ。

だからこそ、"それ"を観測したのかもしれない。

 

通信指令室には、おかしな物体を見たという民間人からの報告。

謎の飛行物体を目撃してしまい不安、何とかして欲しいという相談が波のように押し寄せていた。

 

トール J 長谷川の伯父、防衛大臣・長谷川大輔のもとにこの報告が来たのは、 ピューロランドでちょうどショーが最高潮に盛り上がり、いよいよ終盤というタイミングだった。

 

「 宇宙戦艦だと……!?」

 

「画像の解析結果によりますと、機体の全面に高度な電磁パルスを装備した、レーダーに探知されない特殊な宇宙戦艦のようです。」

 

部下からの報告で、長谷川の嫌な予感は、最高潮に達する。

机の上に置かれたモノクロの画像には、 灰色の膜に覆われた、クジラ型の戦艦のようなものが写っている。

 

報告が正しければ全長はおよそ300M。

 

大気圏へ突入した瞬間、視覚的にごまかすのが無理になったのも頷ける。

それだけでかい機体を所有する組織が、ずっと地球を睨んでいたのかと思うとゾッとする。

 

「すごい技術です…… どのレーダーも探知せずに大気圏を突き破ったことになる。」

 

「民間人からの通報が押し寄せてなければ、どこから侵入されていたか……いや!もう手遅れかもしれん!」

 

長谷川は急いで携帯を取り出す。

時代にそぐわぬガラパゴス携帯は、 若い女性の部下に見られる度、機械音痴が可愛いといじられている。

 

彼にとってはコンプレックスのような、逆にチャー厶ポイントのような複雑な代物だった。

 

電話帳の一番上にある、甥の番号をコールする。

10回かけても出なければ何かあったと思ってくれ、と、 自分と違って機械のできる彼は、いつもそう言付けていた。

 

幼い頃両親を亡くし、 政府のとある特殊部隊に入隊するまで接点は少なかったが、 それでも数少ない身内の一人で、自分なりに相当心配してきたつもりなのだ。

 

「小鳥遊……。」

 

「はい、長官。」

 

携帯電話折りたたんでしまうと、ダウンコートを着込んで立ち上がった。

 

「運転手に連絡して、車を出させろ。奥多摩の、サンリオピューロランドに向かう。」

 

「かしこまりました。」

 

※※※※※

 

空にはその瞬間、何が起きたのか理解できなかった。

大きな衝撃音がズシンと響き、 ステージの端の紙吹雪用の筒から、狂ったようにスチームが吹き出し、警報の赤いランプが鳴った。

 

「何……っだァ!!?!」

 

次の瞬間、照明が落ち、 観客席から悲鳴が上がる。

ものの数秒で、場内は大混乱に陥った。

 

何かが、否、何者かが迫っている。

少なくとも、それははっきり分かった。何者かの意思で、このカーニバルは 潰されようとしているのだ。

 

 

まず考えたのは、キティたち首席ダンサーを守ること。

次に、相棒の安否を確認すること。

 

彼の思考を置き去りにするように、突然広場のドームが開き、 昼過ぎだというのに真っ暗な空が現れる。

そこに、緑色のオーロラのような模様が浮かび、 渦を巻き始めた。

 

「ワームホール……!?」

 

ワープ空間の向こうに、何者かがいる。

ホールに向かって視線を投げ続けていると、 天井で何かの影が動いたのがかすかに見えた。

 

『何者か』が侵入したと気づくのに、そう時間はかからない。

 

横にいるユウの手を、しっかりとつなぐ。

たとえ目の前に何が来ても、絶対に守るつもりで。

 

照明が戻った時。そこには、得体のしれない脅威が広場を蹂躙していた。

 

御伽噺に出てくる、恐怖の象徴。人々をそそのかし、呪いと災いをもたらす存在、悪魔。

カーニバルを中断させた『奴等』は、まさしくそれだ。

 

黒いレオタードのようなものを着た魔女達は、頭に羊の角が生えている。

背中の黒い羽も禍々しく、子供は泣いて逃げてしまいそうだ。

 

だが空は、配下の悪魔たちよりも、 自分とユウ、そしてキティの目の前に現れた、一際大柄な悪魔に着目した。 おそらくそいつがこの騒ぎの元凶、 そして、謎の一団の頭目だろう。

 

枝を広げた大樹のように、いくつもの不気味にうねる角を生やしている。

翼はないが、代わりに無明の闇に溶け込むようなマントで身体を隠している。

 

目は細く釣り上がり、 開いてるか閉じてるかもわからない。鳥のくちばしのような鍵鼻と、 人間に近い肌色の皮膚が、 その異形の存在の恐怖を煽っている。

 

そいつが一歩動くたびに、 全身の毛が逆立つような戦慄を覚えた。

そいつのわずかな一呼吸で、 空気が固まるのを感じた。

 

そいつの 開いているのか閉じているのかわからない眼光が、 指先一本たりとも動かす気力を奪う。

 

黙殺や威圧などという言葉は、生易しい。

物言わぬ殺意、強迫、支配宣言そのものであった。

 

それでも空が口を開いたのは、後ろに守るべき存在がいたからだろう。

 

「てめーピューロズか?どっかの異星人か!?」

 

悪魔の頭目らしき存在はゆっくりと空を見たまま、 外套から出した細い右手で杖をついている。

 

「答えろ!」

 

空の叫びには応答することなく、男は、『マジックカンパニー』のゲストダンサー、ジョージに詰め寄る。

 

「 俺を選んだのはお前か?」

 

その家の底から響くような声で、空はますますこの男に真正面から向き合う勇気を削がれた。

ジョージや、カンパニーのダンサーたちは、ガタガタと震えながらやっとの思いで返答する。

 

「違います!!」

 

「私たちじゃありません!!」

 

悪魔の頭目は、にやりと笑って叫んだ。

 

「 お前たちの醜い欲望が俺を呼んだのだ!! 自分さえ儲かればという欲望がな!!」

 

こいつの言っているのは、あのセールスの演目の話だろうか?

バカな!その理屈が通るなら、地球で商売をする奴は全員こいつを召喚する羽目になる。

 

「自分さえ儲かればいい……確かにそう思っていたのだよ!お前たちはなァ!!」

 

この男の言っている中身は、どう考えても支離滅裂だ。それなのに、 罵声を浴びせる速度、声のトーン、 それらが相まって反論する気が失せてしまう。

 

「 その欲望で俺たちを地球へ導いた褒美に、お前を闇の世界を放り込んでやろう!」

 

「やめて!」

 

「社長!」

 

「いやだ!助けて〜〜!!」

 

非常にも悪魔の持った魔杖は、 ジョージの目先に突きつけられる。

先端についた紫の魔法石から、 魔法のエネルギーのようなものを感じる。

 

おそらくあれで、ジョージを殺害するつもりだろう、

紫色のかすかな閃光に灯った悪魔の顔は、 汚らしい愉悦の笑みを浮かべていた。

 

この感触に空は覚えがあった。

 

今のジョージたちは、普段三原にいびられている自分と同じなのだ。

 

その構図がフラッシュバックしたその瞬間、彼の中から恐怖が薄まった。

というよりほぼなくなり、 代わりに怒りの炎が一気にめらめらと燃え上がってきた。

 

この強者の理不尽を、 得体の知れない邪悪を許してはならない。断じて許してなるものか。

戦え、戦うのだ。大切な同志を、愛する者を守る為に!

 

その頭の中に響いた声は、自分を奮い立たせる心の声というより、もはや他者からの命令に近かった。

 

空は我を忘れて悪魔に飛びかかり、ジョージとの間に割って入って杖を抑え込んだ。

 

「この……悪魔め!!!」

 

「なんだ貴様ァ……?!」

 

悪魔が一時的に杖を収めたのは空が飛び込んできたからではない。

彼の持つ剣が、緑と黄金に光っていたからである。

 

それは古よりの伝説で、彼ら一族の脅威とされているもの。

 

鋼鉄よりも強く、 純金や金剛石や真珠より美しく輝く知恵の木の枝の剣。

 

空自身これが悪魔に飛びかかった直後に、突然手の中に現れた事について全く無自覚であった。

 

事態を把握した親衛隊客員とトールが、 無線を使って俺達に指示を出した。

 

「 天音!皆退け! 俺の部下たちが観客の避難誘導を始めてる!奴らどういうわけかこっちには手を出さない!」

 

「だ、そうだ。逃げなくていいのか?」

 

「ここでお前をぶっ倒しとけば全部解決だろうが。悪魔族の頭目……ブラック!」

 

「 俺の名を知っているとは……いや、それも知恵の樹の入れ知恵か。」

 

「 どうかな……知恵の樹から流れてきたのは、お前を倒せって声だけだ!」

 

全く撤退する気を見せない空を トールは無線で必死に止め立てするが、 空は剣から流れてくる見えない力を込め、 今にも目の前の悪魔に飛びかからんばかりだった。

 

「ここから出ていけ!悪魔族!!」

 


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