ポケットモンスター アナザーベストウイッシュ   作:ぐーたら提督

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理想の幕開け

「ゼクロム……!」

 

 その場にいた全ての人間、ポケモンがその存在に目を奪われる。戦いが止んでいた。

 そうさせるだけの、威圧感がその存在にはあった。イッシュの理想を司る伝説の雷竜、ゼクロムには。

 

「ゼクロムが、どうしてここに……!?」

 

 会合したのが二回目だからだろうか。いち早く立ち直れたシューティーがそう呟いていた。

 

「あれが、ゼクロム……!」

 

「イッシュの、理想……!」

 

 初めて目の当たりにするゼクロムに、アイリスやデント、ユリやキクヨ、子供達やサリィに他のトレーナー、ポケモン達も皆釘付けになっており、またその風格で飲まれていた。

 

「……」

 

 しかし、ゼクロムには彼等は一切見えていない。いや、見ていないのだ。今ゼクロムが見ているのただ一人、己の腕に乗せたサトシのみ。その他は有像無像に過ぎないのだから。

 

「あ、ありがとう、ゼクロム。助けてくれて……」

 

「……」

 

 サトシがお礼を言うと、ゼクロムは気にするなと言わんばかりに軽く頷く。

 

「あっ、そうだ!」

 

「……?」

 

 何かに気付いた様に街を見るサトシに、ゼクロムは疑問を抱いたが直ぐに分かった。彼は燃えるヒウンシティを見下ろしていたのだ。

 

「ゼクロム! お前の力でこの炎を消したり、暴れているポケモンを止められないか!?」

 

「……」

 

 返事をしないゼクロム。しかし、サトシは話を続ける。

 

「今、このヒウンシティでは多くの人とポケモン達が苦しんでる! 彼等を助けて欲しいんだ! 頼む、ゼクロム!」

 

 どこまでも真っ直ぐに気持ちをぶつけるサトシに、ゼクロムは問い掛ける。

 

『――お前の理想は何だ?』

 

「……理想?」

 

『そうだ。答えろ』

 

「今はそれどころじゃ――」

 

『答えろ』

 

 一刻を争うこの場面でのゼクロムの問い掛け。サトシは後回しと言おうとしたが、有無を言わさない威圧的な声に黙らされ、同時に理解した。ゼクロムはこの問いに答えない限り、動こうとはしないと。

 

(――なら)

 

 迷うことは何もない。ありのままの自分の理想をゼクロムにぶつけるだけだ。

 

「俺の理想は――ポケモンマスターになることだ。だけど――それは俺だけじゃなれない。仲間やライバル、多くの人やポケモン達との出会いがあってなれる」

 

 一人だけでは、決してポケモンマスターにはなれない。多くの者と触れ合い、協力し、競い合って初めてなれる存在。サトシはそう考えている。

 

『だから、助けて欲しいと?』

 

「それだけじゃない。俺がポケモンマスターになる夢、理想を持っている様に、今この町にいる多くの人やポケモン達にも色んな理想があるはずだ」

 

 チャンピオンに勝ちたい。一流になりたい。一歩を歩みたい。他にも様々な形の理想を、彼等は持っている筈だ。

 

「だから――それを守るために力を貸してくれ! ゼクロム!」

 

 自分だけではない。この町にいる者達の理想の為に、サトシはゼクロムにありったけの思いで頼み込んだ。

 

『――よく分かった。良いだろう。力を貸そう』

 

「ありがとう、ゼクロム! ――うわっ!?」

 

 ゼクロムの了承に、サトシは心の底からお礼を告げるも、直後に乗っている腕を動かされた。

 

『首に掴まれ』

 

「わ、分かった」

 

「――ムドーーーッ!」

 

「――トローーーッ!」

 

「――ネンーーーッ!」

 

「エアームド、トロピウス、ネンドールもか!」

 

 サトシがゼクロムの首に掴まった直後、三匹のポケモンが彼等に近付く。鳥の身体が鋼鉄化したような鎧鳥ポケモン、エアームド。

 草の様な翼、長い首に、そこから果物が生えているフルーツポケモン、トロピウス。

 遮光器土偶に似た姿に、閉じている前の二つ以外は全方位を見渡す赤い目が特徴の土偶ポケモン、ネンドール。

 

「エアーーーーッ!」

 

「ゴッドバード、リーフブレード、しねんのずつきか! ゼクロム!」

 

「……」

 

 三つの技が迫る。しかし、ゼクロムは片腕を前に出すと――軽々と受け止めた。ダメージは全くない。

 

「ム、ムドッ!?」

 

「トロ!?」

 

「ネン!?」

 

 自身の技を容易く止められ、三匹は驚愕する。

 

「……」

 

 攻撃はしてきたが、この三匹は倒して良いのかと、ゼクロムは一応サトシに確認を取る。

 

「倒してくれ。ただ、やり過ぎはダメだ。あと、一匹には地面タイプがある」

 

 ゼクロムはコクンと頷くと、受け止めた腕で弾き、竜の力を込めて、三匹に叩き付けた。ドラゴンクローだ。

 しかし、その威力は凄まじく、効果今一つのエアームドにも大ダメージを与え、三匹を墜落させるとそのまま戦闘不能にした。

 

「次が来る!」

 

 三匹を戦闘不能にしたばかりだが、次が来た。しかもかなりの数の鳥ポケモンや、空を飛んだり宙に浮くポケモンが迫っている。

 

「……」

 

 ゼクロムが体勢を前屈みにし、サトシを見る。強く掴まっていろと。サトシが頷き、強く掴まったのを確かめたゼクロムは、タービンの様な尾を回し始める。

 すると、尾の内部が青く輝き、ゼクロムの身体から大量の輝きと同色の雷撃が溢れ出す。

 

「な、なんだこれ!? 技!?」

 

 これは技ではない。技を放つ為の予備動作。オーバーロードと呼ばれる状態だった。

 

(――クロスサンダー)

 

 ゼクロムがその技の名を呟いた。次の瞬間、稲妻がヒウンシティの空で走り、ポケモン達が落下していく。

 

「な、何が……!?」

 

 雷撃を纏ったゼクロムが突撃し、一瞬でポケモン達を撃破したのだ。しかし、それを見ていた彼等は稲妻が走ったとしか認識出来なかった。

 サトシに至っては、何が起きたのかすら分かっていない。気付いたら違う場所にいて、ポケモン達が落下していた。

 分かったのは、それだけだった。それほどの速さと、強力な威力を誇る技だった。

 

「……」

 

「うおっ!?」

 

 ゼクロムが、攻撃で移動したその場所から降下する。

 

「な、なに!?」

 

「敵!?」

 

「……オノ?」

 

「この声……。ベルとカベルネ?」

 

 サトシが見下ろす。すると、ベルとカベルネ、それにあの色違いのオノノクスも見えた。ここはポケモンセンターの近くだ。

 

「サトシくん!? なんでここに……」

 

「て、て言うか……そのポケモン、ゼクロムじゃないの!?」

 

「えぇ!? あの伝説のゼクロム!?」

 

 ベルとカベルネの言葉に、他のトレーナーやまだポケモンセンターに避難しようとしてる住民や人達が注目する。

 

「ま、間違いない、ゼクロムだ!」

 

「ど、どうして、ヒウンシティに……!?」

 

「きっと、私達を助けに来てくれたのよ!」

 

 ゼクロムの登場に、疲労困憊のトレーナーやポケモン達の士気が高まる。しかし、ゼクロムはどうでも良さげだ。

 

「ローーーンッ!」

 

「クーーーダッ!」

 

「ゴローンにバクーダだ! どっちも電気技は効かないぞ!」

 

 岩に顔と手足が付き、腕は四本ある岩石ポケモン、ゴローンと、山の様な瘤が特徴の噴火ポケモン、バクーダを筆頭に無数のポケモン達が来ていた。

 

「ゴローーーッ!」

 

「バクーーーッ!」

 

「ストーンエッジ!」

 

 二匹はストーンエッジを放つ。数ではなく、威力を重視した方だ。

 

「……」

 

 2つのストーンエッジをゼクロムは片腕を振って粉々にすると、次に来たゴローンとバクーダを軽々と受け止め、二匹をぶつけて怯ませてからドラゴンクローを叩き込む。

 

「ゴロ……ン」

 

「バ……ク……」

 

 硬い身体と、防御力を高める特性、がんじょう、ハードロックを持つ二匹だが、ゼクロムには通用しない。一撃で戦闘不能になった。

 

「……」

 

「後は大丈夫だ。地面タイプはいない」

 

 サトシからそう聞き、ゼクロムは再び尾を回し、再びオーバーロード状態になると――再度クロスサンダーを放ち、前にいた数十のポケモン達を一瞬で倒す。

 更にポケモンセンターの方を向き、反対側にいたポケモン達をもクロスサンダーで捩じ伏せ、地面タイプ等で残ったポケモンはドラゴンクローで倒した。この間、一分も経っていない。

 

「す、凄え! あのポケモン達をあっという間に!」

 

「流石ゼクロムだ!」

 

 自分達が手こずったポケモン達を難なく倒したゼクロムに、人々は歓声を上げる。

 

「ね、ねぇ、そう言えばゼクロムに乗ってるあの子誰……?」

 

「乗ってる? ……ほ、本当だ!」

 

 そこで、何人かがゼクロムに乗っていると言うか、しがみついているサトシにも気付く。ざわめきが上がるも、サトシは気にする余裕が無く、ゼクロムはどうでも良い。

 

「ゼクロム、この辺りは倒した! 次頼む!」

 

「……」

 

 首を縦に振り、ゼクロムは浮き上がると次の敵を倒しにその場を後にした。

 

「ゼクロムに乗る人……?」

 

「わ、私、昔本で見た事がある! 確か、闇を光にする英雄がポケモンと心を一つにした時、ゼクロムが降臨して、その英雄、理想の英雄に力を貸す……! そんな内容だったわ!」

 

「じゃあ、ゼクロムはあの少年に導かれて!?」

 

「すげえ! 凄すぎる!」

 

 ゼクロムは危険を感じ、ここに来ただけなのだが、神話の再現とも言えるこの状況に、人々は勘違いをしていた。

 

「サトシくんが……」

 

「理想の英雄……?」

 

「……」

 

 一方、ベルやカベルネはサトシが理想の英雄と呼ばれた事に、何とも言えない表情だった。オノノクスも苦い表情でサトシを見ていた。

 

(英雄、か)

 

 まだ十ちょっとの少年の彼が英雄。それはきっと苦しい事になるとオノノクスは予測し、出来るのならならない方が良い。そう思っていた。

 飛び立つゼクロムは、様々な場所に縦横無尽に駆け巡り、暴走しているロケット団のポケモン達を瞬時に薙ぎ倒していく。海に、空に、町にいる彼等を。

 ロケット団のポケモン達も、必死にゼクロムに食らい付こうとはした。しかし、どのポケモンもゼクロムを倒す事は愚か、ダメージを与える事も、まともな足止めすらも出来ない。一撃で倒されていくのみ。

 正に一騎当千と呼ぶべき、いやそれ以上の絶対的な力を持って、ゼクロムはロケット団のポケモン達を圧倒していた。

 サトシ達や、プラズマ団が死に物狂いで漸く倒してきたポケモン達を、彼等よりも遥かに速い時間で。

 

「……!」

 

 あちらこちらで暴走するロケット団のポケモン達、千を超える数を十分にも満たない短い時間で倒してきたゼクロムは、次にアーティやマコモが守るバトルクラブの近くを過ぎる。

 そこで、バトルクラブに避難しようとする人やポケモンの波が写る。更に近くの一つの建物が火や飛行艇との激突で今にも崩れそうだった。

 中で何か起きたのか、ピシッと一つの亀裂が走る。それを切欠に建物が崩れ、人々やポケモン達に落下していく。

 

「う、うわぁああっ! 建物が倒れて!」

 

「いやぁああぁ!」

 

「ゼクロム!」

 

 ゼクロムは素早く移動し、腕で建物を受け止めて人々やポケモンを守る。

 

「えっ、このポケモン……!?」

 

「ゼクロム!?」

 

「俺達を守ってくれて……!?」

 

「皆さん、早くここから離れて向こうのバトルクラブに避難を!」

 

 ゼクロムの登場、自分達を守る行動に、人々やポケモン達は二重の衝撃を受けるも、サトシの声を聞いて素早く動く。

 

「パラーーーッ!」

 

「ドーーースッ!」

 

「フォレーーーッ!」

 

「パラセクト、アリアドス、フォレトスか!」

 

 そこに茸ポケモン、パラセクト。足長ポケモン、アリアドス。みのむしポケモン、フォレトス。

 他にも数匹のポケモンが、ビルの瓦礫を支えるゼクロムに向けて攻撃を放つ。

 

「危ない、ゼクロム!」

 

「……」

 

 ゼクロムは片腕だけで崩れた建物の部分を支え、もう片腕をロケット団のポケモン達に向ける。

 腕から強烈な電撃がジグザグに放たれ、ロケット団のポケモン達の攻撃を打ち消しながら逆に三匹や奥にもいるポケモン達に与え、撃破する。

 

「ほうでんか……!」

 

 電気を周囲に広く放つ技、ほうでん。しかし、ゼクロムが放つその規模と威力は、一般的なポケモンのそれとは比べ物にならない程に高い。

 三十は軽く超えるポケモン達の倒れる姿を見れば、一目瞭然である。

 

「……」

 

 邪魔者を排除したゼクロムは、建物の崩れた部分を避難に動く者達の邪魔にならない適当な場所にゆっくりと置く。

 その次は、さっきの倒したポケモン達の向こうにいる残りの敵の掃討だ。タービンを回してオーバーロード状態に移行。クロスサンダーとドラゴンクローで容易く倒す。

 

「ゼクロム、さっきの人達やバトルクラブの様子を確かめたいんだ。あっちに行ってくれ」

 

 サトシの指示に従い、ゼクロムは直ぐにバトルクラブの真上に移動した。

 

「アーティさん! マコモさん! ショウロさん!」

 

「サトシ君? どこに……?」

 

「上です!」

 

「上? ……ええっ!?」

 

 サトシの声に見上げるアーティとマコモ、ショウロだがゼクロムの姿に驚愕する。

 

「う、嘘~!? ゼクロム~!?」

 

 ゼクロムの名前に他同様人々が注目し、やはりその存在に驚愕していた。アクロマもである。

 

「……」

 

 ゼクロムが一ヶ所を見る。他の場所と同じく、無数のポケモン達が迫っていた。

 

「ラーーーンッ!」

 

「ジュラーーーッ!」

 

「ノーーームッ!」

 

 青い身体と目の周りや触角の丸い部分が黄色いライトポケモン、ランターン。

 黄色の長髪、赤いスカート、紫色の顔や手、たらこ唇が特徴の人形ポケモン、ルージュラ。

 紫色の軟体の身体に、黒い菱形の模様や髭を持つ毒袋ポケモン、マルノーム。

 三匹はそれぞれのタイプの最強技、かみなり、ふぶき、ダストシュートを、それ以外のポケモンも一斉にゼクロムに攻撃する。

 

「……」

 

 並のポケモンならそれだけで撃破されるその一斉攻撃を、ゼクロムは片腕のドラゴンクローだけで難なく弾く。やはり、ダメージは欠片もない。

 そして、攻撃を難なく弾かれ、呆然とするポケモン達にゼクロムはすかさず前屈みになってオーバーロードに移行し、クロスサンダーを発動。

 一瞬の閃光の後、ポケモン達は声を上げる間も無く倒れた。

 

「ゼクロム、次はあっちに行ってくれ」

 

「……」

 

 指示通りに動くゼクロム。数秒後に到着したその場所は、ゼクロムがサトシを助けた場所。

 

「Nさん! ゲーチスさん!」

 

「サトシくん! そのポケモンは……!」

 

「ゼクロム……」

 

「ピカピ!」

 

「ワルビ!」

 

「フシシ!」

 

「ピカチュウ、ワルビル、フシデ。心配させてごめんな」

 

 ピカチュウ達はサトシの無事に喜び、Nやゲーチスはゼクロムに乗るサトシに注目していた。

 

「ゼクロム、また来るぞ!」

 

「ロックーーーッ!」

 

「トーーーンッ!」

 

 二匹の同じ分類の隕石ポケモン、石が太陽の形をした様なソルロック。月の形をした様な石のルナトーン。その他のポケモンも迫る。

 二匹はサイケこうせんやがんせきふうじ、他もそれぞれの技を放とうとしたが、ゼクロムはその前にほうでんを発射。

 他の場所同様、一方的に倒していく。雷鳴の如く一瞬で。

 

(サトシくん、キミは……)

 

 しがみついているだけかもしれないが、ゼクロムと共にある今のサトシはまるで、イッシュ建国神話に出てくる理想の英雄のよう。Nもそう感じていた。

 

(……いや、実際にそうなのかもしれない)

 

 ゼクロムは理想を抱く者に力を貸す。逆に言えば、それは理想を抱く者がいなければ、力を振るわないと言う事だ。

 サトシがいるからこそゼクロムは今力を振るっているのだとしたら、彼は紛れもなく理想の英雄だ。

 

「……ふふっ」

 

 Nが微笑む。サトシが自分にとって大きな壁になったと言うのに。いや、だからこそかもしれない。

 触れ合って来たサトシが大きな壁だからこそ、乗り越える価値がある。そう思ったから自分は微笑んだのかもしれない。

 

(超えて見せるよ。サトシくん)

 

 自分の理想の為にも、必ず。Nは心にそう誓った。

 

「……」

 

 そんなNの近くで、ゲーチスは厳しい目でゼクロムとサトシを眺めていた。まるで、敵を見るように。しかし、不意に不敵な笑みを浮かべる。

 

「……!」

 

 ゼクロムは再び動き出す。そして、残りのロケット団のポケモン達を次々と撃破していく。

 二千、千五百、千。五千以上も投入された、ヒウンシティ制圧の為のロケット団のポケモン達は、瞬く間にみるみる倒れていき、三桁、二桁、残りは五十以下になった。

 

「……」

 

 更に倒したゼクロムはセントラルエリアに移動する。残りのポケモン達がいるが、倒れた味方やゼクロムの力に怯んでいた。

 

「……」

 

 ゼクロムが尾のタービンを回す。強烈な雷撃が発生してオーバーロード状態となり、この戦いを終わらせる最後のクロスサンダーを放った。

 閃光と共に、残りのポケモン達は地面に倒れ、五千以上いたロケット団のポケモン達は全て撃破された。

 

「倒した……! 後は……!」

 

 ヒウンシティから上る炎。これを何とかしなければならない。

 

「ゼクロム、この炎だけど――」

 

「……」

 

 ゼクロムは空を見上げ、片腕を掲げる。

 

「な、何をしてるんだ、ゼクロム?」

 

「……」

 

 ゼクロムは何も語らない。サトシがとりあえず、そちらを向いた瞬間――鼻にぴちゃんと何が当たった。そして、それは鼻だけでなく、身体中に当たっていく。

 

「これは……雨?」

 

 それは雨だった。何もない空からいきなり降ってきたのだ。しかも、量が増していく。

 

「まさか……あまごい!?」

 

 そう、ゼクロムはあまごいを発動し、ヒウンシティ全域に雨を降らせていたのだ。

 

「すげえ……!」

 

 サトシは周りを見る。大都会のヒウンシティ全域の上空を雨雲が覆っていた。この短時間でここまでの雨を降らせる。相当な力の証だ。

 突然の雨に、大半の人々やポケモン達は建物の中に入って過ごし、トレーナー、消防士や警官、プラズマ団員はこれを機会に救助や消火活動を速やかに済ませていく。

 

「……」

 

「あっ、ありがとな。ゼクロム」

 

 サトシはゼクロムによって腕に移動され、ゼクロムのもう片腕で雨を防いでいた。

 雨がヒウンシティに降り続ける。この惨劇を終わらせるかのように、炎を打ち消していく。

 雨が降ってからしばらくの時が経った。セントラルエリアにいるサトシとゼクロムに、消防士や警官が完全に鎮火が出来たと告げると、ゼクロムは腕を軽く振るう。

 それを切欠に雨が止んでいく。ザアザアと降っていた雨は、ポツポツと減っていき、最後は雨と共に雲も消えた。

 

「あっ、朝日……」

 

 止んだ雨と入れ替わるように、柔らかな日差しが降り注ぐ。それは長かった夜の終わりの証。同時に、一つの始まりの証でもあった。

 

「本当にありがとう、ゼクロム」

 

 やっと終わった。火や飛行艇の激突、ポケモン達との戦いで傷付きながらも、静かになったこのヒウンシティを見て、サトシはそう実感出来た。

 

「……?」

 

「どうした、ゼクロム?」

 

 その気配を感じ、ゼクロムとサトシは周りを見る。人々がセントラルエリアに集まり、彼等を見上げていた。

 サトシとゼクロムには、よく分からない状態。しかし、彼等にとっては違う。

 

「――ゼクロム!」

 

「――理想の英雄!」

 

 人々にとって、サトシとゼクロムはこの惨劇を終えた救世主に他ならない。この朝日の空に佇む、幻想的な光景もそれを引き立てていた。

 人々は彼等を称賛、褒め称えるように呼び続ける。ヒウンシティに、彼等への歓声が響き渡る。

 

「り、理想の英雄って……まさか、俺?」

 

「……」

 

 歓声に戸惑うサトシと、やはりどうでも良さげだゼクロム。

 

「……ねぇ、デント」

 

「なんだい、アイリス?」

 

「何か、あたし……。サトシがすっごく遠い場所に行っちゃったような感じがするの」

 

 理想の英雄。そう賞賛され、ゼクロムと共にいるようなサトシに、アイリスは距離を感じていた。

 

「そうかな? 僕はそう思わないかな」

 

「……どうして?」

 

「サトシはサトシだよ。真っ直ぐで熱い少年。少なくとも、僕はそう思うな」

 

 理想の英雄と呼ばれようが、サトシはサトシ。デントはそう断言した。

 

「それに――遠いと思うのなら、掴んでしまえば良いんだよ。離れてしまわないようにね」

 

「……それって、迷惑じゃない?」

 

「それを決めるのは、サトシだよ。僕達じゃない。サトシが迷惑だと思えば、その時止めれば良い」

 

 その結果、自分達と彼が離れる事になってもそれは仕方ない。サトシの選択なのだから。

 

「……そっか。そうだよね、うん」

 

 サトシが望むのなら、彼が遠くに行っても応援しよう。ただ、彼が望まないのなら――行ってしまわないように、その手を掴もう。そう、アイリスは決めた。

 

「英雄、か……」

 

 シューティーは、そう呼ばれるサトシにアイリス同様、距離を感じていた。

 

(望むところさ)

 

 しかし、シューティーはそれでも構わないと感じていた。と言うか、そもそも自分とサトシはそれだけの差が有るだろう。

 それが明確になっただけ。どれだけ離れようが、自分の夢の為にも追い付き、追い越して見せる。少年はその決意を新たにした。

 

「……」

 

 様々な想いを受ける少年と共にゼクロムが降下、濡れた大地に降り立つ。次にサトシが地面に降りた。

 

「ピカピ!」

 

「ピカチュウ!」

 

 サトシに相棒のピカチュウが駆け寄り、お互いの無事を喜ぶ。そして、一人と一匹がゼクロムを見上げる。

 

「……」

 

 ゼクロムもまた、サトシとピカチュウとしばらく見合わせる。一分程時が過ぎると、ゼクロムは浮き上がり出した。

 そして、ゼクロムは背を向けるが、その時に一度だけ顔をサトシとピカチュウの方を向かせる。また、会おう。そう告げるかのように。

 

「あぁ、また会おうぜ、ゼクロム」

 

「ピカ!」

 

「……」

 

 その言葉に、フッとほんの微かだけ笑みを浮かべると――ゼクロムは北の方へと物凄い速さで駆ける。

 向かうのは、自分が隠れるのに使うっている場所。そこで存在を隠すのだ。

 

「コンタクトは?」

 

「所々音がしますので、もう少しで出来るかもしれません」

 

「そう」

 

 ヒウンシティに向かうヘリコプター。連絡はまだ取れないようだ。女性がはぁと、軽い溜め息を吐きながら何となく横の窓から外を見つめると――景色に黒が染まり、直ぐに消えた。

 

「な、なんだ今の!?」

 

「あれは……!」

 

 突然の黒に、パイロットや他の者は困惑していたが、女性だけはその正体がゼクロムだと気づいていた。

 

「ど、どうしますか?」

 

「――このまま、ヒウンシティに向かいなさい」

 

 女性は一瞬の間を置いた後、このままヒウンシティへの移動を続ける様に指示する。

 

「しかし……」

 

「今優先すべきはヒウンシティよ。ぶつかって来なかった以上、私達に敵意は無いでしょうし、放って置いても問題ないわ」

 

「――はっ」

 

 女性の言葉になるほどと納得したのか、パイロットはそのまま飛行を続ける。

 

(向かったゼクロムが戻った……。それはつまり――)

 

 ヒウンシティでの起きた何らかの事件が片付いた可能性が高い。

 しかし、未だに連絡が取れない以上、終わったとしても行く必要はある。事件が解決しても、その後が大変な場合もあるからだ。

 現状を考えると、寧ろ今からの方が本番も有り得るだろう。

 

(にしても……)

 

 自分の憧れのゼクロムが向かったヒウンシティで何が起きたのだろうか。不謹慎ながらもそれを何処か期待しながら、女性は到着を待った。

 

 

 

 

 

「行ったな」

 

「ピカ」

 

 ゼクロムが去ったから少しして、ゼクロムを見送ったサトシとピカチュウだが、人々からの限界まで上がった声に、彼等は思わずビクリと身体を上げる。

 しかし、そんなことはお構い無しにサトシに多くの人々が詰め寄る。

 

「ありがとう! 君のおかげだ!」

 

「えぇ、貴方とゼクロムが一体どうなってたか……!」

 

「あっ、いや、その……」

 

「気持ちは分かるが、無理に詰め寄るのは止しなさい」

 

 サトシとしては、人々から礼を言われても戸惑うばかりだが、そこにヒウンシティの市長が前に出る。人々も市長に言われ、落ち着くと下がった。

 

「しかし、礼を述べたいのは私も同じ。市民や人々を代表し、言わせておくれ。――ありがとう、本当にありがとう。君とゼクロムのおかげでこの事態が収まった。君達は正に英雄だ」

 

 惨劇を止めたサトシと、今はいないゼクロムへの精一杯の感謝の念の込め、市長は深く頭を下げた。

 

「……頭を上げてください。第一、俺やゼクロムだけが頑張ったわけじゃありません。多くのトレーナー、ポケモン、ジュンサーさん達やフシデ達、プラズマ団の人々、全員が頑張ったからこそ、この事態が解決したんです。だから――俺やゼクロムだけじゃなく、頑張った全員が英雄なんです」

 

 確かに、ゼクロムのおかげでこの事態は収拾された。多くの人々も助かった。

 だが、それ以前までは知り合いの彼等、他にも尽力を尽くした人々、自分達の指示の下で戦い抜いたポケモン達、ジュンサーら警官達にフシデ達、プラズマ団の全員が多くの人々やポケモン達を助けたのだ。

 決して、自分やゼクロムだけが英雄なのではない。サトシはそう確信していた。

 

「全員が、か……。確かにその通りだ。では、改めて――この街の人々やポケモン達の為、尽力を尽くした皆さんに、心から感謝を申し上げます。――ありがとうございました」

 

 再度、市長は頭を深く下げる。パチパチと拍手が上がった。

 

「さて、是非とも君達の頑張りを祝いたい所だが――街はこの有り様で出来そうにない。申し訳ない……」

 

 今回の大惨事により、ヒウンシティは完全に都市機能が麻痺してしまった。こんな状態では、まともな寝床を用意するのも苦労するだろう。

 

「い、いいですいいです! 今はヒウンシティの復興を優先してください!」

 

「お言葉に甘えよう。それと、長い夜も終わったのだ。後は大人の我々に任せ、君達はしっかりと寝て身心を休めなさい」

 

「ですけど……」

 

「サトシ君、今はその通りにしなさい。貴方達に出来る事は終えた。後は街の事。それは私達、大人や立場のある人間がすることよ」

 

「……分かりました」

 

 アララギの言葉に、サトシは頷いた。彼女の言う通り、自分達に出来るのはここまでだ。後は彼女達に任せるしかない。

 

「失礼します」

 

 サトシは頭を下げると、他の知り合い達の所に向かう。

 

「……理想の英雄、か」

 

 そんなサトシの後ろ姿を、アララギは複雑な様子で見ていた。

 

(どうして、あの子なのかしらね)

 

 まだ少年の彼が、何故英雄の資格を手に入れてしまったのだろう。それも争いもないこの時代に。

 

(まさか、この事件を切欠に大きな争いが起きるとでも言うの?)

 

 だから、英雄が今生まれたと言うのか。百歩、いや万歩譲ってそうなったとしても、やはり彼である必要なんてないはずだ。

 

(――出来れば)

 

 何事も起きないで欲しい。この考えが単なる勘違いで終わってほしい。アララギはそう願わずにはいられなかった。

 英雄とは確かに凄く、憧れや尊敬を集める立派な存在だ。だけど、多くの苦難や逆境に立ち向かわねばならない存在でもあるのだから。

 

「皆!」

 

「サトシくん、大丈夫かい?」

 

「怪我とか風邪引いたりしてないでしょうね?」

 

「ゼクロムが守ってくれたし、大丈夫だよ」

 

「無事で何よりさ」

 

 N、アイリス、デントがサトシの体調を確かめており、言葉通り無事な状態に安心していた。

 

「あの……サトシ、Nさん」

 

「何?」

 

「なんだい?」

 

「ズルッグとイーブイの事なんですけど……」

 

 とそこで、アイリスはズルッグやイーブイがバンギラスとの戦いで使った原石のジュエルの反動で倒れた事を申し訳なさそうに話す。

 

「と言うことなの……」

 

「そっか……」

 

「ごめん、あたしにもっと力があれば……」

 

「いや、それは仕方ないよ」

 

「あぁ。気に病むなよ」

 

 そうしなければ、勝てなかった程の相手なのだろう。アイリスを責める事は出来ない。

 三匹とも心配だが、手当はされていると聞くし、後は無事を祈るだけだ。

 

「サトシくん、すっごく格好良かったよ~! まるで、物語の英雄みたい!」

 

「そんなんじゃないよ。全部、ゼクロムのおかげさ」

 

「まぁね。あんたはゼクロムにしがみついていただけだし」

 

「そうかな? それだけなら、ゼクロムはサトシを払い除けるんじゃないか?」

 

 とそこで空気を変える意味を込めて、ベルが英雄の発言をするがサトシは否定。カベルネもサトシに同調するが、シューティーが否を唱える。

 

「……ふーん? じゃあ、あんたもサトシが理想の英雄だって思ってる訳?」

 

「そうだとしても、関係ない。何れは倒し、超える。それだけさ」

 

 シューティーのその言葉に、なるほどとNやデントは納得する。

 

「積もる話は沢山あるだろうけど、皆疲れているだろし、寝よう。続きは起きてからね」

 

「うん、長い夜が終わったんだ。ゆっくり休もう。――三匹の為にも」

 

「――はい」

 

 二人の言葉に、全員が改めて疲労を感じた。それにアララギからも休む様に言われた事もサトシは思い出す。

 倒れた三匹はやはり心配だが、だからこそしっかりと休もうと適当に用意された場所に向かう。

 こうして、長い夜はおわり、少年は英雄としての一歩を歩み始める。

 しかし、それは簡単な道のりではない。苦難や試練を超えねばならず、何よりも――彼は進まざるを得ないのだ。一度示されたその道を。

 彼がその理想、ポケモンマスターになることを諦めない限り。だが、彼がその理想を諦める事はない。

 故に、彼は立ち向かわねばならないのだ。この先の壁と。その先がどうなり、何があるかは――まだ誰にも分からない。

 


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