ポケットモンスター アナザーベストウイッシュ   作:ぐーたら提督

4 / 66
お風呂大騒動

「あのさあ、一つ聞いていい?」

 

「何?」

 

「何で着いて来てるんだ?」

 

「違うわよ。サトシがあたしに着いて来てるのよ」

 

 サンヨウシティに向かう途中のサトシ。しかし、隣には二日前に出会った少女、アイリスがいた。

 彼女は何故か、サトシといて、しかもサトシが自分に着いて来ていると告げる。

 

「……はぁ?」

 

 当然、サトシからすれば意味が分からず、抜けた声を出す。ただ、サンヨウシティに向かっているだけなのに、そう言われれば無理も無いだろう。

 

「俺はサンヨウシティにはジムバッチを手に入れる為に行くけど、アイリスは何か特別な用事が有るのか?」

 

「えっ? い、いや、そう言うわけじゃないけど……」

 

 特別、重要な用事が有るかと言えば否である。

 

「じゃあ、俺がアイリスに着いて行くってのはどう考えても変だろ」

 

 目的のある人物が、目的のない人物に着いていくなどあり得ない。どう考えてもおかしな話だ。

 

「そ、それは……。こ、細かいのは気にすることじゃないわよ! そんなのも分からないのかしら? 子供ねぇ~」

 

「アイリスだって、子供じゃん」

 

「さ、サトシに言われたくないわよ!」

 

「はぁ!? もう意味が分からないよ……」

 

 色々と支離滅裂なアイリスの台詞に疲れたのか、サトシは先に行こうとする。

 

「とりあえず、俺は行くから。じゃあな」

 

「ち、ちょっと待ちなさいよ! 君、この地方について知ってるの? アドバイスはいた方が良いんじゃないの?」

 

「いや、人に聞けば良いじゃん」

 

「ピカピカ」

 

 確かにその通りと、ピカチュウも頷く。アドバイスする相手がアイリスである必要性はない。

 

「あ、あたしがいれば、そんな手間は一々しなくて済むわよ?」

 

「……君さあ、もしかして一人旅が怖いの?」

「そんなわけ無いでしょ!」

 

「あー、もう良いよ。俺は行くから――」

 

「ミジュ」

 

 声に反応し、そちらを向くとまたミジュマルがいた。昨日と同じミジュマルの様だ。

 

「ミ~ジュジュ~」

 

「えと……」

 

『ミジュマル。ラッコポケモン。貝殻に似たホタチをお腹から外し、攻撃や防御にも使う』

 

 とりあえず、ミジュマルの情報を確認したサトシは先ずはお礼を告げる。

 

「昨日はありがとな。本当に助かったよ」

 

 何せ、絶体絶命の危機から救ってくれたのだ。サトシからすれば、幾ら礼を言っても足りないぐらいである。

 

「けど、お前何でここに……? それに――」

 

「ミージュ、ミジュミジュ」

 

 サトシが有ることを訪ねようとしたが、それよりも先にミジュマルが何かをお願いするように何度も鳴く。

 

「ピーカピ、ピカピカ」

 

 それをピカチュウがサトシに伝える。その意味は。

 

「えっと……俺達に着いて来たのか?」

 

「ミジュ」

 

「そっか~! あたしが好きになっちゃったのね!」

 

 その通りと返すミジュマル。しかし、それを自分に着いてきたのだと思い込んだアイリスがミジュマルを抱き締める。

 

「じゃあ、あたしがゲットしてあげ――」

 

「ミジュジュ~!」

 

 軽く触ったあと、ゲットしようとすると、ミジュマルは嫌だと激しく抵抗。

 

「え、えぇ!?」

 

 アイリスがショックを受けるも無視し、ミジュマルはピカチュウを押し退けながらサトシの肩に乗ってしまう。

 

「ピカチュウ!」

 

「ピーカー……!」

 

 自分のお気に入り場所から退かされ、当然怒るピカチュウだが、ミジュマルには気にも止めずにサトシに訴える。

 

「ピ~カ……チューーッ!」

 

「ミジュ!」

 

 まだ本調子ではないので、それなりの威力しか無いが、それでも水タイプのミジュマルには大きなダメージになる電撃をピカチュウは放つ。

 ミジュマルは咄嗟にホタチでガードしたが、その際に弾いた電撃がサトシに命中してしまう。

 

「痛て……何すんだよ」

 

 本調子ではないので、威力は低いがそれなりには痛い。サトシが困った様に聞くと、ミジュマルが円らな瞳で見上げていた。

 

「お前……もしかして、俺と行きたいのか?」

 

「ミジュ!」

 

 うんとミジュマルは強く頷く。その為に、ここまでサトシを追って来たのだから。

 

「分かった。俺達を助けてくれたんだし、一緒に旅してくれるか?」

 

「ミジュ!」

 

 勿論と、ミジュマルがまた強く頷く。しかし、一方でピカチュウは若干不満そうだ。

 

「よーし、ミジュマル。宜しくな!」

 

 サトシがモンスターボールを投げる。カツンとミジュマルの頭に当たり、少し痛そうだが、このままモンスターボールの中に入る――はずだったが、モンスターボールは何の反応も示さず、地面に転がった。

 

「反応しない……?」

 

 つまり、このミジュマルは既に誰かにゲットされている証。そして、そこでサトシは確信に至る。

 

「お前……アララギ研究所にいたミジュマルか?」

 

「ミジュミジュ!」

 

 やっと気付いてくれたサトシに、ミジュマルはそうそうと笑みを浮かべた。

 

「となると……」

 

 一旦、通信や転送機械がある建物に行った方が良い。先ずはそれを探すことにした。

 

 

 

 

 

 幸い、近くに設備の整った場所があり、サトシはそこでアララギ博士にミジュマルのことを話す。

 

『そんなところにいたのね。勝手にいなくなっちゃって、心配してたのよ』

 

「どうやら、俺達に着いてきたみたいです」

 

『あぁ、なるほどね。だから、サトシくんが旅立った後にいなくなっちゃったと』

 

 理由を知り、アララギは納得した様子だ。

 

『サトシくん。君さえ良ければ、このままその子をお願い出来ない?』

 

「良いんですか!?」

 

『えぇ、ミジュマルがあなたを選んだんだもの。特別に許可するわ』

 

 本来は新人トレーナーの為のポケモンの一体だが、ここまでサトシの事を気に入っているなら、彼の方がミジュマルの為になるだろうと、アララギは例外的に許可を出した。

 

『今から、ミジュマルのモンスターボールを転送するわ』

 

 数秒もしない内に、転送機からミジュマルのモンスターボールが転送される。

 

「受け取りました」

 

『サトシくん、あの子を大切にね』

 

「はい!」

 

『ふふ、それにしても……』

 

「それにしても?」

 

『いえ、こっちの話。まぁ、その内分かるわ』

 

「そうですか」

 

 アララギ博士の笑みが引っ掛かるサトシだが、その内分かるという彼女の言葉をそのまま受け入れる。

 

『あと、あの子ちょっと目を離すと何処かに行く癖が有るから気を着けてね。宜しく』

 

 ミジュマルに対しての忠告をし、アララギは通信を切った。

 

「えーと、あっ、本当にいない!」

 

 折角モンスターボールを用意したのに、何処かに行ってしまった。サトシ、次いでにアイリスは慌てて外に出て探すも姿はない。

 

「どこ行ったんだ……?」

 

「探して上げようか?」

 

 ふふんと、アイリスが何故か上から目線で協力を申し出る。

 

「良いよ。マメパト!」

 

 モンスターボールを投げ、サトシはマメパトを出す。

 

「空からミジュマルを探して欲しいんだ。出来るか?」

 

「ポー!」

 

 了解と片翼で敬礼すると、マメパトはミジュマルを探し出す。

 

「さてと、俺達も――うわぁ!?」

 

「ちょっと! 人の厚意は――きゃあ!?」

 

 サトシはマメパトとは違う場所から探そうとし、アイリスは咄嗟に近寄るもその瞬間、地面が陥没。二人は落下した。

 

「何よ、これ……」

 

「落とし穴……?」

 

 落とし穴というと、サトシはついついロケット団を警戒する。

 

「誰がこんなことを――」

 

「メグロコだよ」

 

 アイリスが誰の仕業かと呟くと、その返事が上からする。見上げると、茶髪の少年がいた。

 

 

 

 

 

「しかし、ミジュマルがサトシくんの元に行っていたとは驚きですね」

 

「私もよ」

 

 アララギ研究所で、アララギ博士と研究員が話し合う。

 サトシから報告を聞き、ミジュマルの居場所が判明したが、彼を追い掛けていたのは流石に予想外だった。

 

「やはり、あのゼクロムと二度も会う少年だけあって、ミジュマルも惹かれたのでしょうか?」

 

 研究員はあの一件のあと、アララギとオーキドからサトシとゼクロムが二度も遭遇したことを知っている。

 

「う~ん、そういう理由とかじゃないと思うわ」

 

 あのお調子者のミジュマルの事だ。サトシと会ったあの時、シューティーが初めてのポケモンを選んだ時、彼に誉められたのが理由だろう。

 

「何にしても、これで旅立った訳ですね」

 

「えぇ。――『三匹』ともね」

 

 シューティーが選んだツタージャ。サトシを選んだミジュマル。そして、最後の一匹のポカブ。彼もまた、既にあるトレーナーと一緒に旅立っていた。

 

(まぁ、サトシくんと同じぐらいに変則的な形で渡す結果になっちゃったけど)

 

 何しろ、そのトレーナーは二人よりも年上にもかかわらず、今までトレーナーの経験は無かったのだ。ただ、トレーナー能力は非常に高い。

 しかし、変わっているところもあった。雰囲気やポケモンに関する認識もそうだが。

 

「しかし、アララギ博士。『彼』はどうして、ポケモン図鑑もモンスターボールも受け取らなかったんでしょうか?」

 

 そう、ポカブを受け取ったそのトレーナーは、本来用意されるはずのポケモン図鑑もモンスターボールも受け取っていないのだ。

 

「彼はどちらも必要ないって言ってたわ。なら、大丈夫でしょう」

 

 考えは普通のトレーナーと遥かに異なれど、彼もまたポケモンを深く思う人物なのは確か。

 話し合いや、ポカブを受け取る時のやり取りで、アララギ博士はそれを確信していた。

 

「さぁ、私達がすべきことはまだまだあるわ。頑張りましょう」

 

 はいと、アララギ研究所の一室で一体感のある声が響いた。

 

 

 

 

 

 三人の子供から離れた場所。ロケット団がサトシを追っていた。

 

「急ぐわよ! 早くピカチュウをゲットして、サカキ様に報告しないと……!」

 

「けどなあ。今のままの戦力じゃ、ジャリボーイに勝つのは少し無理がなくないか?」

 

「確かに……。コロモリはマメパトで対処されてしまうにゃ」

 

 昨日の結果を見る限り、このままで実行しても成功率は高いとは言えない。

 

「分かってるわよ。けど、時間が掛かったらその分ジャリボーイの戦力は増える一方。なら、今の内に強奪するのが最善だと思わない?」

 

「なるほどなぁ。一理は有るな」

 

「確かに、一番高い機会は今。にゃらば、強引にでもすべきかもしれないにゃ」

 

「でしょ。計画も立ててる。後はピカチュウを無力化すれば、立ち回り次第じゃあ――なっ!?」

 

「うおっ!?」

 

「にゃあ!?」

 

 先程のサトシとアイリス同様、突然目の前の地面が陥没し、彼等は落下。情けない体勢で墜落する。

 

「くっ……まさか、アタシ達が落とし穴に嵌まるなんて」

 

「嵌める場合を多くても、嵌められるのは少ないからなあ」

 

「……とりあえず、離れるにゃ」

 

 一番下でニャースが下敷きになっているため、二人分の重量がのし掛かっていた。

 

「にしても、誰がこれを――」

 

「メーグロッコ……!」

 

 何かの鳴き声が聞こえた。そちらを向くと、灰と黒の黒い瞳と縞縞模様、四足歩行のワニのような小さなポケモンが唸っている。また、何故かサングラスも着けていた。

 

「何これ?」

 

「こいつもやっぱり、始めて見るやつだな」

 

「クーロッコ……!」

 

 ワニの様なポケモンは、ロケット団を威嚇していた。

 

 

 

 

 

「メグロコ……」

 

『メグロコ。砂漠鰐ポケモン。砂の中に潜り、目と鼻を外に出して移動する。黒い膜が目を守る』

 

「へぇー」

 

 

 とりあえず、メグロコの情報をサトシは入手した。

 

「助けてくれてありがとう。アタシはアイリス。こっちはサトシよ」

 

「僕はダン。僕の家はこの近くで、温泉リゾートをしてるんだ」

 

「温泉!? アタシ、温泉大好きなのよ~!」

 

「俺も!」

 

 自己紹介が終わり、ダンの家では温泉があると聞いてサトシとアイリスは喜ぶ。しかし、ダンは困った表情だ。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……。今は残念ながら休業してるんだ。メグロコのせいで」

 

「……どういうこと?」

 

「とりあえず、ここじゃなくてそこで話すよ。着いてきて」

 

 サトシとアイリスはダンの案内で、その場所に向かう。しばらくして到着するが。

 

「うわ、何だこれ……」

 

「穴だらけ……」

 

 仕切りテープが貼られた現場は至るところに穴があり、木も石も倒れているという、無惨な有り様だ。

 

「そう。この有り様なんだ」

 

「何が有ったんだ?」

 

「少し前の事何だけど……。男女のお客さんが砂風呂を楽しんで、父さんが安全の為の確認。僕はその手伝いをしていたんだ」

 

 砂風呂に関しては、二人は後回しにした。

 

「そこに群れのボスのメグロコが出たんだ。ただ、この辺りには仲間と一緒に前から砂風呂を楽しむためにいたし、こちらが何もしない限りはちょっかいや危害も加えない。はずだったんだけど……」

 

 どういう訳か、その日は急に暴れだし、仲間と共に砂風呂を荒らしていったのだ。

 

「その結果、こうなっちゃって……」

 

「大人しかったメグロコ達が急に? 明らかに変よね?」

 

「うん。理由がさっぱりなんだ」

 

 お客やトレーナーがメグロコ達にちょっかいや危害を加えた事は考えたが、その仕返しにしては頻繁に人を襲わないのが妙だ。メグロコ達はあくまで暴れるだけなのである。

 

「なら、俺達で調べようぜ。よっと」

 

「ピカ!」

 

「えっ、ちょっと!」

 

 サトシはピカチュウと現場に入ると、パンツ以外を脱いで、砂で身を覆う。要するに、砂風呂を体験していた。ピカチュウもである。

 

「あ~、気持ち良いな~。これ~」

 

「ピカ~」

 

 砂の熱が身体を程好く暖めてくれる。なるほど、これは良いとサトシとピカチュウは感じていた。

 

「何やってんのよ……」

 

 アイリスは呆れた様子で問いかける。隣のダンは困った表情をしていた。

 

「調べるからには、体験するのが一番だろ?」

 

「ピカピ~」

 

「砂風呂に入りたかっただけでしょ……」

 

 どう見ても、それ以外にないとまた呆れるアイリスだったが。

 

「キ~バ~」

 

 ピカチュウの隣に、小さな砂の膨らみが出現。同時にキバゴが顔を出す。どうやら、いつの間にかアイリスの髪から出て砂風呂を味わっていた様だ。

 

「キバゴまで……」

 

 自分のポケモンまで参加しており、アイリスは困った表情を、ダンは何とも言えない表情をしていた。

 

「うん、砂風呂良いな~」

 

「ピカ~」

 

「キ~バ」

 

 一人と二匹は、しばらく砂風呂を味わっていた。

 そんな彼等から少し離れた、機材が並ぶ場所では二人と一匹が彼等を監視していた。ロケット団だ。

 

「すっかり寛いでるな、ジャリボーイ」

 

「ちょっと興味あるにゃ」

 

「何言ってんの。どう見ても、チャンスじゃない」

 

「メーグロッコ……!」

 

「ん? これは……」

 

 そんな彼等に、また威嚇の声が上がる。サングラスを付けたあのメグロコだ。

 

「また? しつこいわね」

 

「何で俺達に付きまとうんだ?」

 

 このメグロコ。先程からロケット団を威嚇していたのだ。まるで、ここから離れろと言わんばかりに。

 

「目障りにゃ。あっち行くにゃ」

 

「クーロッコ……!」

 

「にゃに? 『良いから、さっさとここから離れろ』とにゃ?」

 

「どういうことだ?」

 

「にゃーに言われても分かんないにゃ」

 

 メグロコの言葉を翻訳したニャースだが、どうしてここから離れなくてはならないのか不明だ。

 

「ロコ!」

 

「うわっ!?」

 

 痺れを切らしたかのよう、メグロコは地面に潜る。そして、土山を上げながらある場所へと向かう。

 

「サトシ。ミジュマルは?」

 

「あっ、そうだ。忘れてた!」

 

 アイリスに言われ、サトシは身体を起こす。それに、ミジュマルを探しに行っていたマメパトも探さなくては。

 

「ポー……」

 

「ミジュミジュ~♪」

 

「ん? この声……」

 

 二つの鳴き声に、サトシ達は斜め左方向に向く。そこには満足げに砂風呂を味わうミジュマルと、呆れた様子のマメパトがいた。

 

「ミジュマル! マメパトも! こんなところにいたのか!」

 

 サトシ達は二匹に近付く。何にせよ、見付かって良かった。

 

「ごくろうさん、マメパト」

 

「ポー」

 

「ミジュ~」

 

 どういたしましてと鳴くマメパト。一方で、ミジュマルはまだ砂風呂を味わっている。

 

「調子の良いやつ」

 

 お調子者のミジュマルに、少し困った表情になるサトシだった。

 

「クーロッコ……!」

 

 しかし、そんな彼等の後ろから、一つのポケモンが迫って来る。メグロコだ。

 

「メグロッコ!」

 

「――何だ!?」

 

 鳴き声と音に、サトシがいち早く反応。他も続き、振り向いてメグロコを視認する。

 

「あいつ! メグロコのリーダーだ!」

 

「あいつが?」

 

「――メーグロッコ!」

 

 話しているその一瞬の隙を狙い、リーダーのメグロコは高速で移動すると、キバゴを口に加える。

 

「キバゴ!」

 

 メグロコはキバゴを加えたまま、サトシ達と距離を取る。

 

「くっ、これじゃあ迂闊に攻撃出来ない……!」

 

 下手に攻撃すると、キバゴにも当たってしまう。実質、盾にされたも当然だ。

 

「キバゴを放しなさい!」

 

 アイリスはキバゴを助けようとメグロコに近付き、口を開けようとする。サトシやピカチュウ達もだ。

 

「この……口を開けろ!」

 

 しかし、メグロコの口はビクともしない。その顎の力の凄まじさが窺えた。

 

「適当にやっても駄目だ! タイミングを合わせて!」

 

「分かったわ!」

 

 今度は息を合わせ、同時に一気に放そうとする。しかし、これでもメグロコの口は全く開かない。

 だが、思わぬことからメグロコはキバゴを放した。というのも、ピカチュウの耳が鼻に入って擽り、くしゃみをしたのだ。

 

「――ロコ!」

 

 しかし、それはメグロコにとっても新たなチャンスだった。サトシ達の体勢が崩れた隙を見逃さず、今度はピカチュウとミジュマルの腕を加え、二匹を捕まえたのだ。

 

「しまった! ピカチュウ! ミジュマル!」

 

「……ロコ!」

 

 メグロコは二匹を捕まえたまま、その場から離れようと走る。

 

「――ロッ……コ!?」

 

 しかし、その途中、メグロコの足が、いや全身が宙に浮き、そのまま何かの機械に吸い付いてしまう。ピカチュウとミジュマルを加えたまま。

 

「何だ? って、ロケット団か!」

 

 口上は長いので短縮します。サトシの言う通り、ロケット団が特殊な捕獲装置を付けたクレーン車を操り、三匹を捕らえていた。

 

「ロコー!」

 

 ジタバタと足掻くメグロコだが、手も足も空気を掻くばかりで効果は無し。更に高く吊るされてしまう。

 

「ロケット団! ポケモン達を離せ!」

 

「言われたからって、放す訳無いでしょ! この三匹はこのまま連れていくわ!」

 

 クレーン車を操作し、ロケット団は素早く離れていく。サトシ達は勿論追おうとするが、そこにニャースが煙玉を使って視界を塞ぐ。

 

「マメパト、エアカッターで車のタイヤを壊せ!」

 

「させないわ! コロモリ、エアスラッシュで相殺しなさい!」

 

「ポー!」

 

「コロロ!」

 

 無事だったマメパトで、クレーン車の動きを封じようとしたサトシだが、ムサシが対策に事前に出していたコロモリの技で失敗。そのまま逃走されてしまう。

 

「かぜおこしで煙を晴らせ!」

 

 ならば、素早く追い掛けようとマメパトの風で煙を吹き飛ばす。

 

「マメパト! そのままロケット団を追跡してくれ!」

 

「ポー!」

 

 いち早くマメパトが、その後にサトシが追う。

 

「このままどうする?」

 

「逃走を続けるわ。あのジャリボーイのことだから、マメパトを追手に出してるでしょうね」

 

「マメパトさえ倒せば、後は逃げるのも簡単にゃ」

 

 岩山まで逃走を続けるロケット団。一番の戦力であるピカチュウは、ミジュマルと共にメグロコに加えられたまま。あの体勢では技は使えず、この状態で十万ボルトを放てば二匹に感電する。やはり使えない。無力化したも当然だ。

 

「なっ!? 何これ!?」

 

 しかし突然、視界が揺れた。いや、クレーン車が揺れて巻き込まれたのだ。

 

「足場が崩れた? 何で――」

 

「ロッコォ!」

 

 リーダーの声。それに応えるように、周囲からメグロコの群れがわらわらと姿を現す。

 

「こ、これは明らかにヤバイにゃ!」

 

 コロモリ一体で対処可能な数を明らかに越えている。これでは戦いにならない。

 

「今すぐ逃げるのよ!」

 

「分かってる! フルス――」

 

「ロコー!」

 

 そうはさせるな。リーダーの指示に従い、メグロコ達は周囲の足場を掘って崩していく。

 クレーン車は為す術もなく、崩れた大地にどんどん沈んでいく。ロケット団は急いで離れるも、無数のメグロコ達の姿が目に入る。

 

「駄目だ、勝負にならない。撤退しよう」

 

「えぇ」

 

「了解にゃ!」

 

 自分達の劣勢さを認め、ロケット団は撤退した。

 ロケット団の姿が去ったのを確認し、リーダーのメグロコは仲間と共にピカチュウとミジュマルをある場所に連れていく。そこで二匹を放した。

 

「ピカ……?」

 

「ミジュ?」

 

 そこには、無数のポケモン達がいた。

 

「あれは……?」

 

「野生のポケモン達ね」

 

「どういうこと?」

 

 そこから少し離れた岩影に、マメパトの案内から素早く駆け付けたサトシ達がいた。様子を窺うも、状況が分からない。

 

「ロコ!」

 

 少し高い岩にリーダーのメグロコが移動し、ポケモン達に指示する。直後、地面が少し揺れ、遠くに勢い良く水柱が立った。

 その現象に、野生のポケモンは納得したのか、メグロコ達の指示に従って移動を開始。

 

「何だこれ?」

 

 見ると、次々と水柱が立っていた。サトシ達の近くにもだ。しかも、水には熱が込もっている。これは熱湯だ。

 

「これは……間欠泉!」

 

 その水柱に、ダンはこれが何かを悟った。

 

「間欠泉って、確か……」

 

「地面から、熱いお湯が出ることよ」

 

「今まで、こんなこと無かったのに……!」

 

 おそらく、長い時を掛けて自然に出現した間欠泉だろう。なので、推測も出来なかったのだ。

 

「……なぁ、ダン。このお湯は何処に流れ込むんだ?」

 

「えと、地形を考えるとこの辺りや……あっ、家の砂風呂にも入ってくる!」

 

「ちょっと、こんな熱湯がいきなり入ったりしたら、大火傷するわよ!?」

 

「そうか。メグロコ達はこれを感じ取って、人やポケモン達を危険から遠ざけるために暴れたんだ」

 

 かなり乱暴な手段だが、何時噴き出すか分からない事を考えると、これ以外には方法がなかったのだろう。つまり、メグロコ達は善意でしていたのだ。

 キバゴ、ピカチュウ、ミジュマルを捕まえたのも、砂風呂から遠ざけるために違いない。

 

「なら!」

 

 メグロコ達を協力し、ポケモン達を遠ざける。それがすべきことのはずだ。

 

「ピカチュウ、ミジュマル!」

 

 サトシの出現に二匹は喜ぶも、メグロコはまた邪魔者が来たと鋭い目付きになる。仲間と共に排除しようとする。

 

「待ってくれ、メグロコ! 俺達にも協力させてくれ!」

 

「……ロコ?」

 

「お前、俺達を助けようとしてるんだろ?」

 

「……」

 

 突然の協力に、メグロコは若干困惑していたものの、サトシが自分達の意図を理解してると知り、少し考える。

 

「これ……!」

 

「大きいのが来る!」

 

 大きな地響きと共に、無数の水柱が出現。岩が削られ、野生のポケモン達とメグロコが数匹、熱湯に囲まれてしまう。

 

「囲まれたわ!」

 

「次が来たら、間違いなく浴びてしまう……!」

 

 しかも、地響きがまた鳴り、何時新しい間欠泉が噴き出してもおかしくない状態だった。

 

「こうなったら、直接渡って! ――熱っ!」

 

 足を入れたサトシだが、高温に思わず出てしまう。

 

「無理よ! 耐えれる温度じゃないわ! 大火傷になるわよ!」

 

「けど、このままじゃ……!」

 

 マメパトに運んでもらうという手も考えたが、あの小さな身体では無理がある。万事休すかと思われたが。

 

「ロッコ!」

 

 リーダーの一声に、メグロコ達は規則正しく動く。先ずリーダーのメグロコが出っ張っている岩に噛み付いて身体を縦にし、他のメグロコが前に仲間の尾に噛み付く。それを繰り返していく。

 

「何を……?」

 

「橋だ! 橋を作って、ポケモン達をこっちに渡らせようとしてるんだ!」

 

「頼むよ、メグロコ!」

 

 メグロコ達は全員で、素早く橋を作る。

 

「出来た。けど……これ距離が足りなくない!?」

 

 しかし、距離を見る限り、向こうまでの長さが不足していた。これでは熱湯に落ちてしまう。

 

「数匹、あっちに取り残された分、距離が短くなったんだ……!」

 

 さっき取り残された数匹が加われば、橋は完成していたのだ。

 

「ちょっと、どうするのよ!」

 

「……マメパト! 全力でかぜおこしをしてくれ!」

 

「ポー!」

 

「サトシ、何する気!?」

 

 最早、一刻の猶予も無い。これしかないと判断したサトシが命令。マメパトが全力で翼を動かし、何時もよりも強い風を起こす。

 

「これなら! ――うおおぉおおぉ!」

 

 距離を取り、全力で走る。更にマメパトの風を受けて加速。手前で高く跳躍し、風で飛距離も伸ばし、見事に辿り着いた。

 

「凄い! 風を利用して長く飛んだ!」

 

「……昨日と言い今日と言い、凄いわね」

 

 自分も身体能力には自信が有るが、それでも凄いと感じるアイリスだった。

 

「けど、これってよく考えたらサトシが窮地に陥っただけじゃない!?」

 

「そ、そう言われたら確かに……!」

 

 アイリスの言う通り、サトシが自ら危険地帯に移動しただけ。状況は寧ろ悪化している。

 

「マメパト! もう一働きにこっちに来てくれ!」

 

「ポー!」

 

 全力のかぜおこしで少し疲れたマメパトだが、まだ余力は残っている。素早く向こうに移動する。

 

「よし! 次は……マメパト達、お前達の力が必要なんだ! 協力してくれ! 頼む!」

 

 サトシに懇願されるも、四匹のマメパト達は戸惑いが残っており、どうしたらと迷っていた。

 

「ポー! ポーポー!」

 

 そこにサトシのマメパトが野生のマメパト達に叱咤、力を貸せと告げる。マメパト達は半ば咄嗟に、分かったと頷いた。

 

「後は……! メグロコ達! あっちと同じ様にして橋を!」

 

「ロコロコ!」

 

 リーダーのその人間の指示に従えとの声もあり、残ったメグロコ達も急いで短い橋を作る。それをサトシが持つ。

 

「メグロコ! 倒してくれ! こっちと繋げる!」

 

「ま、まさか……! 倒れてくる橋と繋げる気なの!?」

 

「無茶だよ!」

 

 少しタイミングが擦れれば、その瞬間にこちらのメグロコ達がお湯に落ちて橋が台無しになり、メグロコ達も火傷を追ってしまう

 リスクが大きすぎる方法であり、リーダーのメグロコも大丈夫かと焦りを感じていた。

 

「メグロコ! 俺を信じてくれ!」

 

「……ロコ!」

 

 リーダーのメグロコは――サトシを信じた。このままでは、野生の彼等も仲間も怪我するだけだ。高くした橋をサトシ達に向けて倒す。

 

「今だ、マメパト! マメパト達! あの先端に向けてかぜおこし!」

 

「クルー……ポー!」

 

 サトシのマメパトが率先し、計五匹のマメパトが風を起こす。すると、落下の速度が軽減され、途中で柱に支えられたかのように停止した。

 

「風の勢いで落下を止めた!?」

 

「そうか、この為にマメパト達に協力を頼んだんだ!」

 

 先の全力のかぜおこしでの疲労もあり、サトシのマメパトだけでは落下は止められなかっただろう。だからこそ、サトシは野生のマメパト達に協力を頼んだのだ。

 

「これなら――行ける!」

 

 そして、停止した状態なら橋を繋げるのはとても簡単だ。サトシが短いメグロコの橋の端を持ち、向こうに近付ける。

 後は先のメグロコが向こうの先端のメグロコの尾に噛み付き――橋が完成した。

 

「橋が……!」

 

「出来た!」

 

「皆、急いで向こうに!」

 

 今の出来事から、野生のポケモン達はサトシを信頼し、マメパト達は空を飛び、シキジカやミネズミ達はメグロコの橋を次々と渡っていく。

 

「後はサトシだけよ! 早くこっちに!」

 

「あぁ、今すぐ――」

 

 最後にサトシが渡って終わり――のはずだったが、それを妨害するように新たな間欠泉が立ち上ぼり、サトシ目掛けて襲いかかる。

 

「サトシ!」

 

「危ない!」

 

「ミジュ~マァ!」

 

 ミジュマルが跳躍。そのままさせるかと口からみずてっぽうを放ち、水柱に横からぶつけ、サトシを熱湯から守った。

 

「ミジュ~――マッ!?」

 

 しかし、その際に体勢が崩れ、お湯の波に落ちようとしていた。

 

「戻れ、ミジュマル!」

 

 サトシはモンスターボールを使い、ミジュマルを戻して落下から守る。

 

 後はメグロコの橋を渡り、ピカチュウ達の元へと戻るだけ。その時、足下の岩が重さに耐えきれなくなったのか、皹が走って崩れる。

 

「や、ば……!」

 

 サトシが熱湯に落ち掛けた瞬間、誰かの手で手を握られた。それは、アイリスの手だった。

 

「無茶し過ぎ」

 

「ごめんごめん」

 

「――ロコ!」

 

 サトシの安全が確認出来た。最後の仕上げに、リーダーのメグロコが橋を縦に立てる。

 群れのメグロコは一匹ずつ尾から口を離し、地面に戻っていく。リーダーのメグロコも口を開け、漸く一安心。

 

「お疲れ様、メグロコ」

 

「ローコ」

 

 サトシが笑いながら告げると、メグロコもお前もなと、笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 翌日。昨日の一騒動が終わり、サトシ達は風呂を味わっていた。

 

「どうだい? 家の新しい風呂は」

 

「間欠泉のせいで砂風呂は使えなくちゃったけどね……」

 

 なので、これからこの温泉をリゾートの新しい売りとして使う予定である。

 

「気持ち良いです!」

 

「ピカチュ~」

 

「文句無しの五ツ星!」

 

「キバキバ!」

 

「ミジュ~」

 

「ポー」

 

 サトシとピカチュウ、浮いているミジュマルや、片翼で額を拭くマメパト、アイリスとキバゴ。全員が満足していた。

 

「良かったよ!」

 

「新しい名物になりそうで何よりだ」

 

「やっぱり、温泉は良いなあ」

 

「同意見!」

 

 新しい温泉を味わい、サトシ達は明日への英気を養っていった。

 

 

 

 

 

「ロコ」

 

 そこから少し離れた場所の道で、あのメグロコが姿を現す。黒い瞳が見据えるのは――サトシだ。

 

「クローコッコッコ!」

 

 あの時の出来事を振り返り、メグロコは高笑いしていた。どうやら、この出会いはここで終わることは無さそうだ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。