ポケットモンスター アナザーベストウイッシュ   作:ぐーたら提督

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 これが今年最後の投稿になります。


草原の剣士

「聖剣士と呼ばれる伝説のポケモン……!」

 

「ビリジオン……!」

 

 静かで、されど何処か剣の様な鋭さ。動けばその瞬間に斬られる――そんな感覚が、ビリジオンからはそれが感じられた。

 

「このヤグルマの森にいると噂には聞いていたが……まさか、実物を目の当たりにするとはね」

 

 アーティは目の前のビリジオンに驚愕していた。まさか、こんな事態になろうとは予想も出来なかった。

 

「……」

 

 そして、デント。自分が憧れていた伝説の存在を目の前にして、言葉も出なかった。いや、いらなかった。そう思える程の感動を彼は味わっていたのだ。

 

「……なぁ、ビリジオン。なんでお前は俺達を見ていたんだ?」

 

「……」

 

 サトシが尋ねるも、ビリジオンは何も語らない。ただ静かに、そこに佇んでいた。

 

「……」

 

「ミ、ミル!?」

 

「――えっ?」

 

 クルミルの声の方に向くと、いつの間にかビリジオンがいた。さっきまで、サトシ達の目の前にいたのに。

 

「な、なにこの速さ……!?」

 

「いや、違う……! これは身のこなしだ……!」

 

 一瞬の間を静かに動いて、クルミルに近付いた。その見事過ぎる身のこなしに、サトシ達が驚嘆している間、本人はクルミルに話し掛けていた。

 

「リジ? リリン?」

 

「ミル? ……ミルミル」

 

「会話してる……?」

 

「何を話して……?」

 

 ビリジオンがクルミルに何度か何かを聞き、クルミルがそれを返す。しばらくすると、ビリジオンは何か納得した様子で静かに離れていく。

 

「――リジ」

 

「うわっ!?」

 

 ビリジオンが走った。同時に旋風が発生し、周りの落ち葉が激しく舞ってサトシ達の視界を少しの間覆う。

 

「これは……!」

 

「バトルフィールド……?」

 

 突風が止み、視界が晴れた後にサトシ達の視界に写り込んだのは、広場に先程まで無かった長方形の痕。まるで、バトルフィールドの様だ。

 

「……」

 

 ビリジオンはサトシ達とは反対の側に立つ。そして、ただ静かにサトシを見つめていた。

 

「えっと、これって……」

 

「サトシ君にバトルをしろ、って事かな……?」

 

 わざわざこんな痕を付けた以上、バトルをする気だとは思うが、ビリジオンは何も語らない。

 

「で、でも、相手は伝説のポケモンなんでしょ!? 止めた方が良いんじゃ……!」

 

「……僕も今回はアイリスに同意見だ。サトシ、このバトルは止めた方が良い」

 

「……なんでだ?」

 

 アイリスだけでなく、何時もは自分に賛同か応援するデントも止める様に呼び掛けた。それがサトシは気になり、理由を尋ねた。

 

「サトシ、僕は先程、聖剣士と呼ばれるポケモンは、三匹存在すると言ったよね?」

 

「あぁ」

 

「残りの二匹の名前は、確かコバルオンとテラキオン。ビリジオンを加えたその三匹を、深く知る人達は聖剣士と呼んでいた。そして、この三匹は――遥か昔に、人と争った事があるんだ」

 

「えっ!?」

 

 人と聖剣士達が争った。その事実にサトシは驚愕する。

 

「なんで、人とビリジオン達が……?」

 

「昔、人同士が起こした大戦があったんだ。そのせいで多くのポケモン達が戦火に捲き込まれ、命も脅かされた。だけど、人は見向きもせずに戦うばかりだった」

 

「何だよ、それ……!」

 

「酷い……!」

 

 身勝手な人の行為により、多くのポケモン達が傷付いた。その事実に、サトシやアイリスは憤りを感じる。アーティも口には出さないが同様だ。

 

「僕もそう思うよ。――話を続けるね。そんな時に現れたのが聖剣士の彼等。彼等は傷付いたポケモン達を安全な場所に逃がすと、人間達を蹴散らした。それにより、人間は争いを止めたんだ」

 

 それが、昔にあった人間と聖剣士の戦争。そして、デントがバトルを止めた理由。

 何が起きるか分からない。下手すると、サトシにも危害が及ぶかもしれない。だからこそ、デントは止めるように言ったのだ。

 

「……」

 

 サトシはビリジオンを見る。人と聖剣士の戦争は知ったが、だとしたらビリジオンは何故こうしてこの場にいるのだろうか。

 今も自分達、人に怒りや憤り、失望を抱いているのだろうか。しかし、だとしたら全く何もして来ないのが妙だ。

 

「……ピカチュウ、行けるか?」

 

「ピカ!」

 

 薬を飲み続けた事もあるだろう。今日は幸いな事に、全力が出せた。伝説のポケモン相手だろうが、遅れは取らないとピカチュウは意気込んでいた。

 

「ちょっと、戦うつもり!? ビリジオンは――」

 

「分かってる。だけど、俺は知りたいんだ。ビリジオンを」

 

 何を想い、何故ここにいるのか。サトシはそれが知りたい。

 

「何よりもさ。そんな強いポケモンなら――戦いたくなるじゃん!」

 

「ピカ!」

 

 ガクッとずっこけるアイリスに、苦笑いのデント。アーティはへぇと感心した様子だ。ビリジオンはやはり静かだ。

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

「ピカッ!」

 

 相手は伝説のポケモン。ならば、一番の相棒でで挑むのがベストだ。ピカチュウは戦意に満ちた眼差しを向けるも、ビリジオンは全く動じない。

 

「ね、ねぇ、勝てるの?」

 

「……難しいだろうね」

 

「ビリジオンは聖剣士と呼ばれた伝説のポケモンの一体……その実力は並大抵ではないはず」

 

 下手すれば、一瞬で決まってしまう場合も考えられる。ほんの僅かな間でも、気を抜くことは許されないだろう。

 

「行くぜ、ビリジオン! ピカチュウ、でんこうせっか!」

 

「ピッ……カァ!」

 

 先手にサトシとピカチュウはでんこうせっかを仕掛ける。高速のその一撃。それをビリジオンは――軽々とかわした。

 

「続けて、でんこうせっか!」

 

「ピカァ!」

 

「……」

 

 高速でフェイントを交えながら動き回り、突撃していくピカチュウ。しかし、ビリジオンはその全てを完璧に見切り、ピカチュウを上回る速さで難なく回避する。

 

「な、なんて速さ……!」

 

「ピカチュウのでんこうせっかが全く当たらない……!」

 

「これが、ビリジオン……!」

 

 サトシの今の中で最速のピカチュウすら、追い付けない速さと身のこなしだった。

 

「だったら、これだ! こうそくいどう!」

 

 素の速さで追い付けないなら、技で埋めれば良い。こうそくいどうを発動し、その速さを大幅に上げる。

 

「……!」

 

 少し目を見開くビリジオン。しかし、それは一瞬の事。その上動作や速さには全く影響していない。しかし、二匹の速さはほぼ互角になっていた。

 

「追い付けてる!」

 

「あぁ、こうそくいどうなら速さの差を埋めれる」

 

「それに更に使えば、ビリジオンの速さも超えれる」

 

 これでサトシ達の方が優勢になった。三人もサトシとピカチュウもそう確信していた。

 

「ピカチュウ、でんこうせっか!」

 

「ピカカ!」

 

 上昇したスピードを活かした、でんこうせっか。先程よりも威力、速さが増したその技に、ビリジオンとの差は縮まる。

 

「今だ!」

 

「ピカ!」

 

「――リジ」

 

 でんこうせっかが決まる。そう思った瞬間だった。ビリジオンの目が輝く。すると身体に淡い光が漂い――次の瞬間、ビリジオンの速さが増し、でんこうせっかを避けた。

 

「ビリジオンも速くなった!?」

 

「こうそくいどう……いや違う、これは……!」

 

「じこあんじだねえ……」

 

「ビリジオンもじこあんじを使えるのか!」

 

 シッポウジムの初戦でミルホッグが使った、相手の変化した能力をコピーする技、じこあんじ。それにより、ビリジオンも速さを上げたのだ。

 

「サトシ、こうそくいどうは逆効果だ! 使えば差が広がってしまう!」

 

 速さが上げる技の効果は、普段が速ければ速い効果が高まる。つまり、ビリジオンが速さを上げれば、ピカチュウよりも効果は大きいのだ。

 

(どうする……!?)

 

 圧倒的なスピードを持つビリジオンに、どう対抗すべきか。遠距離攻撃は期待出来ない。

 かといって、でんこうせっかも当たらない。アイアンテールも難しいだろう。どう攻めるべきかを悩んでいた。

 

「サトシ、攻め倦んでる……」

 

「ピカチュウは速さが最大の武器……。それだけに、自分より速い相手とはやりづらいだろうね……」

 

 以前遭遇した強敵、色違いの片刃のオノノクスはスピードを活かすことで戦えた。しかし、今回はそれが出来ない。苦戦は当然と言えた。

 

「――オン」

 

「ッ! かわせ、ピカチュウ!」

 

 今まで回避に専念していたビリジオンが、向かって来る。

 危険を感じ、ピカチュウは離れようとするも、軽くだけだが掠り、それだけでピカチュウは態勢を崩す。

 

「今のって……」

 

「リーフブレードだ……!」

 

 草の力を込めた斬撃、リーフブレード。ツタージャも使う技だが、掠っただけでも態勢が崩れた。威力は明らかにビリジオンの方が上。速さは言うまでもない。

 

「それに、技の発動の間がほとんど無い」

 

「えぇ、ビリジオンは角が鋭い刃になっていると聞きます」

 

 つまり、力を込めて進むだけで発動可能という事。これは間違いなく脅威だ。

 

「リー……ジッ」

 

「マジカルリーフ! ピカチュウ、かわせ!」

 

「ピカ!」

 

 無数の葉が刃の様に放たれる。ピカチュウはかわしていくも、ビリジオンは広い範囲から追い込む様に放っており、逃げ場が無くなっていく。

 

「10まんボルト!」

 

「ピーカ……チューーーッ!」

 

 回避は無理と判断し、電撃で葉の刃を焦がしていく。しかし、直後にその後ろから高速でビリジオンが迫り、リーフブレードですれ違いながらピカチュウを斬る。

 

「ピカッ!」

 

「くっ、マジカルリーフは誘導か……!」

 

 マジカルリーフで動きを封じつつ、防御か技で迎撃した所をリーフブレード。やはり、ビリジオンは手強い。

 

「……」

 

 ビリジオンはこの程度ですかと言いたげに軽く溜め息を吐く。サトシからは他のトレーナーとも違う何かがあると思ったが、どうやら見当違いだったようだ。

 これ以上戦う価値も無く、時間の無駄だと判断し、クルッと背を向けて歩こうとする。

 

「待て! まだ勝負は終わってないぞ!」

 

「ピカ!」

 

「……」

 

 ビリジオンがこの場を離れようとしてる事に気付き、サトシとピカチュウは呼び止める。

 しかし、直後にビリジオンから凄まじい鋭い視線を向けられる。斬る――そう言わんばかりに。

 剣を喉元に突き付けられた様な感覚を、サトシとピカチュウ、アイリス達も感じさせられていた。

 

「ふんっ!」

 

「ピカ!」

 

「……!」

 

 しかし、それでも尚、サトシとピカチュウは自分に戦意の眼差しを向けた。並の者なら、何も言えないか、腰を抜かすほどの気をぶつけたと言うのに。

 

「……」

 

 少し考え――ビリジオンは踵を返す。もうちょっとだけ、この勝負に付き合う事にしたのだ。

 

「へへっ、ありがとな。ビリジオン」

 

「ピカピカ」

 

「……」

 

 まだ付き合ってくれた事に礼を言うサトシとピカチュウだが、ビリジオンは静かなままだ。

 

(さて、どうする?)

 

 速さはあちらが上、パワーも上。この分だと、防御も上だと考えるべき。能力に関しては全て上回れてると言っていい。

 そんな相手にどうするか。使える物は全部使わないと、一撃を入れる事すら不可能だろう。となると。

 

「ピカチュウ、あれも使うぞ」

 

「――ピカ」

 

 サトシの言葉に、ピカチュウは即座に理解した。『あれ』をやろうとしているのだ。今の体調なら、問題は全くない。

 

「――ピカチュウ、走り回れ!」

 

「ピッカァ! ピカピカピカ……!」

 

「……」

 

 走り出したピカチュウに、撹乱が限界かと考えたビリジオンはまた溜め息。所詮は、この程度だったという事だろう。

 

「――リジ」

 

 無数の木の葉がビリジオンの周りに浮かぶ。マジカルリーフだ。それらをビリジオンは一斉に発射する。

 

「今だ、ピカチュウ! フルパワーでアイアンテール! 地面を叩け!」

 

「ピー……カァアアァ!」

 

 ピカチュウが力を思いっきり込めた鋼の尾が、地面を叩く。すると大量の土埃が発生し、葉っぱを吹き飛ばしつつピカチュウの姿を隠した。

 

「ピカチュウ!! ――でんこうせっかだ!」

 

「――ピッカ!」

 

 この土埃に紛れて、攻撃してくると予想したビリジオン。しかし、ピカチュウは出ない。訝しんだその時、危険を感じた。

 

(――上!)

 

「ピッ……カアァッ!!」

 

 ビリジオンが見上げる。すると、ピカチュウが既にアイアンテールを振り下ろしている姿が写る。

 

「――リジ」

 

 かわせない。そう判断したビリジオンは頭の角で鋼の尾を受け止めようとする。

 

「今だ、ピカチュウ! もう一度地面に!」

 

 しかし、ピカチュウは身体を捻ってビリジオンの角との衝突を避け、再度地面にアイアンテールを叩き込む。

 轟音の後、衝撃で再び大量の土埃が舞い、今度はピカチュウとビリジオンの両者の視界を奪う。

 また、この際にビリジオンは思わず土埃から顔を防ぐ行動を取った。

 

(これは……不味い!)

 

 このバトル、ビリジオンは初めての焦りを見せた。しかし、それは一瞬のみ。直ぐにその場を離れる。

 

「今だ、ピカチュウ! でんこうせっか!」

 

 しかし、顔を防ぐ行動の時間が、ビリジオンに回避の間を奪っていた。ピカチュウの突撃がビリジオンに命中。初めてのダメージを与える。

 

「――リジ」

 

 しかし、ビリジオンは動じない。それどころか踏ん張って留まり、突撃の後の反発で中にいるピカチュウの隙を狙うべく、走っていた。

 

「今だ、ピカチュウ! カウンターシールド!」

 

「えっ、カウンター……」

 

「……シールド?」

 

 何だそれはと三人が思った瞬間、ピカチュウが回転しながら電撃を放つ。電撃は周囲に大きく拡がり、ビリジオンにも迫る。

 

「――ッ!」

 

 予想外の攻撃に、ビリジオンは咄嗟に角を振るって電撃を切り裂くも、それは手前ののみ。後ろに続く雷撃までは対応仕切れず、更に攻撃を受けた。

 

「な、なにあれ!?」

 

「カウンターシールド……名前から考えると、攻撃と防御を合わせた技――いや、戦法?」

 

「のようだね。見た限り、技を回転させながら放ち、守りながら攻撃する。そんな所かな?」

 

 アイリスは困惑していたが、ジムリーダー二人は素早くカウンターシールドの分析を行なっていた。

 

「どうだ、ビリジオン!」

 

「ピカチュ!」

 

「……」

 

 一度だけでなく、二度も攻撃を食らわせ、不敵な笑みのサトシとピカチュウ。

 

「――リジ」

 

 その一言の後――ビリジオンが微笑む。声こそは小さいが、確かに笑っている。

 

(やれやれ、随分と見る目が衰えていたようです)

 

 大したダメージてはないとはいえ、聖剣士最速の自分に一度ならず、二度も攻撃を当てた。それほどの実力があるサトシとピカチュウを、この程度と侮った。

 自分の愚かさに呆れ、またサトシとピカチュウの実力の高さに感心し、ビリジオンは微笑んでいたのだ。

 

(――良いでしょう)

 

 これほどの気迫、実力を持つ者に出さないのは、彼等に対する侮辱に他ならない。ビリジオンは使うことにした。

 

「なにか来るぞ、ピカチュウ……!」

 

「ピカ……!」

 

 ビリジオンの目付きがさっきまで違う。初めて、本当の意味で戦う。そんな雰囲気がビンビンに漂ってくるのだ。

 

「リジー……」

 

 ビリジオンが首を少し上げた。すると、黒い額からただならぬエネルギーが展開、それは剣の様な形になる。

 

「つ、角が出てきた!?」

 

「違う、あれは剣! ビリジオン達が聖剣士と言われる由縁足る技――せいなるつるぎ!」

 

「――オン!」

 

「ピカチュウ、かわせ!」

 

「ピカッ!」

 

 剣が振り下ろされる。一直線状に細い線が走り――直後、その線上にあった物が全て切り裂かれた。土も、木も、岩も全て。しかも、その切口は驚くほどに滑らかだった。

 

「これが、せいなるつるぎ……!」

 

「ピカ……!」

 

 聖剣士の技。その威力の凄まじさに、サトシとピカチュウだけでなく、アイリス達も戦慄していた。

 

「――リジ」

 

「しまっ……!」

 

「ピカッ……!」

 

 しかし、それは致命的な隙。その間にビリジオンはピカチュウの目の前でせいなるつるぎを構えていた。

 

「オン?」

 

 続けますか?そう言ったビリジオンに、意味は分からなくともサトシは理解していた。

 

「……負けた。俺達の負けだよ」

 

「……ピカ」

 

 心底悔しそうに、サトシとピカチュウは敗北を認めた。

 

「リジ」

 

 素直で宜しい。そう言うと、ビリジオンは剣を引っ込め、サトシ達と距離を取る。

 

(機会があれば、また会いしましょう)

 

 ビリジオンは最後にサトシとピカチュウに向かってもう一度微かに笑い――そして、風と共にヤグルマの森の中へと走り去って行った。

 

「はぁ、完敗かー」

 

「ピカピ……」

 

 こちらは手を尽くして、やっと二度攻撃を当てれたのに、ビリジオンは瞬く間に詰みにまで追い込んだ。聖剣士の実力を徹底的に思い知らされた。

 

「そりゃ、そうでしょ。相手は伝説のポケモンよ? 本当に勝てると思ったの? 子供ね~」

 

「あはは、けれどサトシらしいよ」

 

 本気で勝つつもりだったサトシとピカチュウに、アイリスは呆れ顔、デントは笑っていた。

 

「にしても、どうしてビリジオンはバトルを……?」

 

「うーん、もしかすると、サトシ君を見極めたかったのかもしれないね」

 

「俺を?」

 

「うん。サトシ君は昨日もビリジオンの視線を感じていたらしいけど、それはどの辺りでだい?」

 

「えーと……ヤグルマの森の最初辺りの、クルミルと出会って離れた直後です」

 

「なるほど。だとすれば、ビリジオンは君とクルミルが良くない雰囲気だと理解していただろう」

 

「クルル~……」

 

 昨日の事を言われ、クルミルはちょっと気まずそうだ。

 

「気にすんなよ、クルミル。あの出会いがあったから、俺達は仲間になったんだぜ?」

 

「クルル!」

 

 笑顔で嬉しい事を言ってくれたサトシに、クルミルはまた肩に乗ってスリスリと甘える。

 

「そんな君達が、今ではこんなにも心を通わせている。そこがビリジオンは気になったんじゃないかな?」

 

「確かにタイミングを考えると、ビリジオンは身を挺した時も見ている可能性があります。ビリジオンは古に身勝手な人との戦争を体験しましたが、サトシはそんな人とは全く無縁。気になったとしても、当然かもしれません」

 

「だから、サトシをもっと知りたくて、クルミルに話し掛けたり、バトルに誘ったって事?」

 

「そう考えると、筋が通ると思わないかい? ビリジオンの速さを考えれば、そもそも振り切る事も簡単だったろう」

 

 中々に説得力のあるアーティの推測に、デントは確かにと頷いた。

 

「その……今の話からすると、サトシはビリジオンに認められたって事ですか?」

 

 だとすれば、それは凄い事だ。何しろ、古に人と争った伝説のポケモンを認めさせたのだから。

 

「そこまでは分からないな。ただ、ビリジオンなりにサトシ君を良い人物だと理解はした。これは間違いないよ」

 

 もし、悪人だと判断すれば、容赦ない行動を取ったはずだ。しかし、ビリジオンはそうしていない。つまり、サトシを良い人間だと理解した証である。

 

「なんか、照れます……」

 

「だろうね」

 

 伝説のポケモンに、ある程度だが理解してもらえたのだ。サトシが照れても仕方ない。

 

「また、会えるかな」

 

「会えるさ。きっとね。――ところで、サトシ君。さっきのカウンターシールド、だったかな? あれは一体?」

 

「あっ、それあたしも知りたい!」

 

「僕も気になるね」

 

 激戦の最中や、せいなるつるぎで聞く暇が無かったため、アーティ達は終わった今にカウンターシールドについて尋ねた。

 

「あれは、シンオウ地方を旅してる時に考えた技だよ。名付けたのはジムリーダーの人だけど。で、元々はさいみんじゅつ対策で編み出したんだ」

 

「なるほど。さいみんじゅつを防ぎつつ、攻撃もする為の技だったと」

 

「けど、どうして今まで使わなかったの?」

 

「訓練は勿論必要だし、技によっては使えないポケモンもいるし、それに本来は地面から放つから、相手が空中にいないと当たらない」

 

「それに、技を広げる分、パワーも下がって一点の攻撃には脆い。かといって、フルパワーですれば消耗が激しくなる。他にも下から攻められると簡単に受けるとかかな?」

 

「正解です」

 

 つまり、ピカチュウがまだ完治してない事や、バトルの関係上、使う間が無かったのだ。

 それに、あくまでカウンターシールドは戦法の一つに過ぎない。頼りすぎれば弱点を突かれてやられてしまうだろう。

 

「うーん、良いね。クルミルとの友情、ビリジオンとのバトル、カウンターシールド。あぁ、インスピレーションが湧いて来たよ!」

 

 サトシとクルミルと絆、伝説のポケモンとの勝負、今まで見たことない技術を見て、刺激を受けたアーティは創作意欲に満ちていた。

 

「サトシ君。今日はありがとう。ジム戦、楽しみにしてるよ」

 

「はい、全力で挑みます!」

 

「じゃあ、ここで――と言うのも、失礼だね。そんなに離れてないけど、近くのポケモンセンターまで案内しないと。話す必要や、場合によっては入れ替える必要もあるだろう?」

 

「ありがとうございます」

 

 そして、アーティの案内の元、サトシ達はポケモンセンターへと向かう。

 

 

 

 

 

 ヤグルマの森、その最奥部。思索の原と呼ばれしその場所に、ビリジオンはいた。

 ここはビリジオンにとって特別な場所で、少し休憩していたのだ。

 

(しかし、今日は良き事がありました)

 

 身体を休める中、サトシについて考えていた。そもそも、ビリジオンがヤグルマの森のあの場所にいたのは、入口から多くの人間を見て知るためだった。

 サトシもその一人であり、最初は単なる人間かと思いきや、そんな事は無かった。クルミルとの一件、試合を通して感じた、真っ直ぐな気迫。

 他の少女や少年、この森に度々来る青年も、自分達と人の争いについて、人に憤りを感じていた。

 人が彼等のような人物ばかりなら、太古のあの時、戦争など起きなかっただろう。ビリジオンはふとそう思ってしまった。

 

「……!」

 

 ビリジオンが一ヶ所を見る。気配を感じたのだ。そして、その気配はどんどん近付いている。

 何時来ても対応出来るよう、待ち構えていると――奥からNとその仲間達が現れた。

 

「やっと、会えた」

 

 この二日間、足を棒にしてヤグルマの森を歩き回った価値があった。

 

『何者です?』

 

 無駄とは解りつつも、ビリジオンは語り掛ける。

 

「初めまして、聖剣士ビリジオン。ボクの名はN。キミと話がしたくてここに来た。あと――ボクには、キミ達の声が聴こえる」

 

 話に、自分達の声が聴こえると言うNに、ビリジオンは訝しむ様に目を細める。

 

『……本当に聴こえるのですか?』

 

「うん」

 

 ビリジオンは試しに、Nに幾つか話し掛ける。すると、その全てに彼は難なく答えた。

 

『本当の様ですね。では、本題に入りましょう。私に何の話をしに来たのですか?』

 

「より良き世界に変えるため、ボクとトモダチとなってほしい」

 

『……ほう』

 

 さっきのサトシを含めた、今までのトレーナー全てと異なる上に、更に興味深い話にビリジオンは関心を抱く。

 

『聞きましょう』

 

「ありがとう。ビリジオン、ボクは今のトレーナーとポケモンの関係を変えたいと思っている」

 

『具体的には?』

 

「人とポケモンが本当の意味で対等にし、その上で協力し合い、共に繁栄出来る世界にしたい。かつての、人とキミ達の戦いが起きないように」

 

 前までは、Nは人とポケモンは互いの世界で生きていくのが最善だと思っていた。

 しかし、多くの出会いや話、出来事の中でそれではダメだと理解した。だからこそ、人とポケモン、その両方の為の理想を持つことにしたのだ。

 勿論、この理想でも多くの悲しみや痛みは消えないだろう。しかし、それを承知の上で、Nは果たそうとしていた。

 

『立派な志です。しかし、貴方が嘘を言っていないとは限りません。それに、例え本心だとしても、変わらないとも限りません』

 

 自分や、仲間の力を悪用する為の詭弁ではないのか。また、そうでなくとも、進んでいく中で力や欲により、変わってしまうのではないか。

 選択を誤れば、多くのポケモン達が傷付く。それを理解しているからこそ、ビリジオンは問い掛けていた。

 

「ゾロ……!」

 

「カブ……!」

 

「ブイ……」

 

「ゾロア、ポカブ、落ち着いて。イーブイ、心配しないで。ボクは大丈夫だから」

 

 ビリジオンの言葉にゾロアとポカブは敵意を剥き出しにして睨み、イーブイは心配そうにNを見上げる。

 Nは三匹を宥め、安心させてからビリジオンに再度向き合う。

 

「ビリジオン、キミの言葉は尤もだ。どれだけボクが何かを言おうとも、それが本心だと証明する術はない。今のボクが変わらないでいる保証もない。――だけど、それでもボクはこの理想を進む。ポケモンの為に。そして、ボクは変わるとしても、それは彼等の為にだ。それ以外は絶対に変わらない。悪の道には絶対に進まない」

 

 どれだけ疑われようが、自分はポケモンの為に頑張る。また、変わることは間違いではなく、悪にはならない。Nは強い意思を持って、そう告げた。

 

『貴方の意思はよく分かりました。しかし、この場では決められません』

 

「だろうね」

 

 自分を含めた、多くの運命を決める事になる決断。それにビリジオンには、仲間のコバルオンやテラキオンがいる。ビリジオンの一存では決められないだろう。

 

『ですので、しばらく待ってもらいます』

 

「構わない。ボクも全てを話した訳じゃないからね」

 

 Nのその言葉に、ビリジオンは不快が宿った目を向ける。

 

『何故、言わないのですか?』

 

「今は言えない。だけど、これは多くの者達のため。それは嘘じゃない」

 

『都合が良い話ですね』

 

 隠し事をしながら、嘘じゃないと言う。都合が良いにも程がある。

 

「ボクもそう思う。だけど、信じてほしい」

 

 ビリジオンはしばらく細めた眼差しで睨む。それから更に一分ぐらい経つと、止めた。

 

『まぁ、良いでしょう。貴方の話、彼等に伝えて置きます』

 

「それだけで充分だよ」

 

 ビリジオンにこの話が出来、コバルオンやテラキオンに伝えてもらえる。Nにとっては、それだけで充分過ぎる成果だ。疑われているのなら、尚更である。

 

『では、私はここで。一日でも早く、彼等に伝えないと行けません』

 

「ありがとう」

 

『貴方の為ではありません。ポケモン達の為です』

 

「分かってる。だけど、それでもね」

 

 最低限の礼儀として、Nはビリジオンにお礼を告げたのだ。

 

『さっきの少年と言い貴方と言い、今日は色々とありますね』

 

 ありがとうと言われた事に、ビリジオンは先程のサトシとピカチュウを思い出した。

 

「少年?」

 

『帽子を被った少年と、電撃を使う今まで見たことない黄色の鼠の様なポケモン。私と先程、彼等と交えたのです』

 

「サトシくんとピカチュウ」

 

 特徴を聞き、サトシとピカチュウだと、Nは直ぐに理解した。

 

『知り合いでしたか?』

 

「うん。どうだったかな?」

 

『強く、真っ直ぐな少年でした。ポケモンも彼を深く信頼しているのが分かります』

 

 特に自分を嫌っていたクルミルと、たったの二日であそこまでの仲になるとは、思いもしなかった。

 

「だろうね。ボクも、彼等には一目置いてる」

 

 ビリジオンをそう思わせたサトシとピカチュウに、Nは流石だと心の底で呟く。

 

『おや、何も思わないのですか?』

 

「と言うと?」

 

『私や彼等が、貴方ではなく、あの少年に力を貸すかもしれない。その場合、貴方の理想への道は遠ざかるでしょう』

 

「確かにね。だけど、キミ達の決断はキミ達が決める事だ。ボクが決める事じゃない。止めはしないさ」

 

 ビリジオン達の道は、彼等の物なのだから。

 

『――そうですか』

 

 Nのその台詞を聞き、ビリジオンは悟った表情を浮かべる。

 

『Nと言いましたね。また会いましょう。その時に』

 

 それを最後に、ビリジオンは風と共に思索の原から去って行った。後には、静かで美しい草木の風景だけが写る。

 

「目的を果たせた。頑張ってくれてありがとね」

 

「ゾロゾーロ」

 

「カブカブー」

 

「ブーイ」

 

 ビリジオンを見付けるため、Nはヤグルマの森中を回っていたのだが、一人では広すぎるので三匹にも手伝ってもらったのだ。

 

「さぁ、ヒウンシティに行こうか」

 

「ゾロ!」

 

「カブ!」

 

「ブイ!」

 

 目的を果たしたN達は、ヒウンシティに向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

「はい、着いたよーん」

 

「ありがとうございます」

 

 アーティの案内で、ヤグルマの森を抜けた先にあるポケモンセンターに着いたサトシ達。

 クルミルをゲットしたことで手持ちが持てる上限の超えた七体となったため、一匹を預ける必要があった。

 

「アララギ博士!」

 

『は~い、サトシ君。元気?』

 

「はい。……けど、何か写りや音が悪いような?」

 

 ポケモンセンターにある通信機でアララギ博士と会話するサトシだが、映像や音声に軽いノイズが走っていた。

 

『あ~、ちょっとね。それよりも、旅は順調?』

 

「はい。バッジも二つ目ゲットしました!」

 

『うんうん。上手く行ってて何より。で、今日は何の用?』

 

「実は、ポケモンが七体になっちゃって、どうしたら良いかなと」

 

『……』

 

 それを聞いて、アララギは困った表情を浮かべる。

 

「アララギ博士?」

 

『ごめんなさい、サトシ君。ポケモンを預かりたいなら、それはしばらく無理だわ』

 

「えっ、ど、どういうことですか!?」

 

 ポケモンを預ける事が出来ない。その気は無かったとはいえ、アララギのその発言に、サトシは思わず大声を出す。

 

『大声では言えないんだけど……実は、数日前から研究所に謎のハッキングを受けてるのよ』

 

「ハッキング!?」

 

『幸い、職員が対応に当たってるから盗まれたデータはないけど、代わりにそのせいで転送機を含めた通信機器に異常が発生してるの。この状態で無理に送ったら、最悪とんでもない場所に行ってしまうわ』

 

 つまり、彼女の元にポケモンや、Nから預かったモンスターボールを送れないという事だ。

 

「じゃあ、オーキド博士の所は――」

 

『そこもダメ。オーキド博士の研究所も同じハッキングがされてるわ。しかも、それ以外のポケモン博士の所も。おまけに、遠い地方からのせいか、連絡が取りづらいの』

 

「つまり、博士達の所には預けれないって事ですか?」

 

『……そうなるわ』

 

 アララギやオーキドだけでなく、他の博士達の所にも預けれない。いやそれだけではない。預けれない以上、入れ替えも出来ない事だ。これはかなり困った事態だ。

 

「しかし、一体誰がそんな大規模なハッキングを……?」

 

『分からないわ。ただ、最近聞くロケット団の仕業の可能性かも……』

 

「有り得るわね~」

 

 多方面かつ、大規模なハッキングだ。単独では不可能。組織的な行動としか考えれない。となると、最も有力なのは確かにロケット団だろう。

 

「俺はこのままでも良いんですけど……」

 

『らしいわね。でも、一応選択肢はあった方が良いわ。サトシ君、他に預けられる場所は無いかしら?』

 

「うーん……」

 

 仮に預けるとなると、最適なのは育て屋だが、前に行ったユリやキクヨ、子供達のいる所はここからはかなり離れている。おまけに、場所を示す物がない。

 残りの知っている育て屋は他の地方かつ、場所を示す物がないのでやはり、通信にとんでもない時間が掛かってしまう。

 

『それか、民間の預かり屋で預けるかだけど』

 

「預けるのなら、出来れば知ってる人に預かってもらえると……」

 

『そうよね~』

 

 自分の大切な仲間のポケモンを預けるのだ。知人の方が安心出来る。

 

『ねぇ、サトシ君。そのポケモンセンターはどこの?』

 

「ヤグルマの森を出た先にあるポケモンセンターです」

 

『だったら、ヒウンシティが近いわね。サトシ君、もしポケモンを預けたくなったら、ヒウンシティでショウロって子に会って頂戴』

 

「ショウロ?」

 

『その子、この地方のポケモン預かりシステムを管理してるの。その子に任せば、研究所以外の場所に送れるわ。それまでは七匹を持ったままでお願い』

 

「分かりました」

 

 一先ず、七匹のままでもう少し旅をする事になった。

 

『あと、ごめんなさいね』

 

「いえ、仕方ないですよ」

 

 ハッキングを仕掛けた相手が悪いのだ。アララギは完全に被害者である。

 

『ありがとう。あっ、また悪くなって来たわ……。ごめんなさい、通信切るわね』

 

「はい。無事を祈ってます」

 

『そっちもね。ばいばい』

 

 アララギが手を振ったあと、通信が切れた。

 

「どうするの、サトシ?」

 

「とりあえず、回復してもらうよ」

 

 ビリジオンとのバトルで受けたダメージを癒すべく、サトシはピカチュウを回復してもらう。

 

「はーい、お預かりしたポケモンは元気になりしたよー」

 

「ピカー」

 

「ありがとうございます」

 

 ピカチュウも回復したので、外に出てアーティに報告することにする。

 

「どうだったかな?」

 

「その、ちょっと問題が起きて、少しの間七匹で旅する事になりました」

 

「そうかい。それは嬉しいハプニングかな?」

 

「ちょっと喜べないです……」

 

 サトシとしては、七匹で旅が出来るものの、その反面アララギが大変な目に遭っているのだ。喜べる訳がない。

 

「まぁ、とにかくよろしくな、クルミル」

 

「クルル」

 

 まだ外に出たままのクルミルを抱え、挨拶であるコブとおでこを引っ付ける。

 

「おぉ、良い! 更にインスピレーションが沸き上がって来たよ! 今なら幾らでも書けそうだ!」

 

 その様子に、アーティのテンションは限界突破する勢いだった。

 

「僕は一足先にヒウンシティに戻るよん。挑戦者もいるだろうしねん」

 

「アーティさん!」

 

 そう言うと、アーティは走り出すも途中で一度止まる。

 

「サトシ君。改めて、ヒウンジムでの君の挑戦を是非とも待っているよ。さらば!」

 

 マントを翻すと、アーティは改めてヒウンシティに帰還するべく、走り去って行った。

 

「はい。宜しくお願いします!」

 

「それじゃあ!」

 

「また会いましょう!」

 

 アーティを見送ったサトシは新しい仲間、クルミルと共に旅を続けるのであった。

 

 

 

 

 

「いやー、やっと終わったわねー」

 

「思いの外、広かったからなー」

 

「それに、もう一ヶ所も把握する必要があったから、結構時間が掛かったのにゃ」

 

 ヒウンシティ。その町外れで、一仕事終えたロケット団が身体を休めていた。

 

「まだ気を休めるな、何があるか分からんのだぞ」

 

 その隣では、フリントが機材で任務の進行具合を確かめていた。

 

「分かってるわよー、相変わらず堅いわねー」

 

「一仕事やったんだ。少しぐらい、休めたらどうだ?」

 

「そうにゃ、これでも食べるにゃ」

 

 ニャースがフリントに手渡したのは、ソフトクリームだった。

 

「ソフトクリーム?」

 

「ただのソフトクリームじゃないわよー。なんと、このヒウンシティの名物なのよ!」

 

「かなり行列で待たないと買えない代物なんだぜ?」

 

「……ほう。それをどうやって手に入れた?」

 

 あ、とロケット団は溢し、冷や汗を流す。フリントを見ると、鋭い目付きを向けていた。

 

「む、ムサシにゃ! 名物だから食べたいって、並んだって言ってたにゃ!」

 

「ち、ちょっ! あんた、なにばらしてんのよ! 第一、ニャースもコジロウも食べたいって言ってたでしょうが!」

 

「お、おい! それは黙っていろよ!」

 

 

「そうだにゃ! にゃー達まで巻き込まないでほしいにゃ!」

 

 ムサシ一人に責任を擦り付けようとしたが、自分達も食べたい事を暴露され、慌てるコジロウとニャース。

 そんな彼等にフリントはため息を吐くと、何も言わずに作業を続ける。

 

「な、何も言わないのかにゃ?」

 

「……言ってもムダだと判断しただけだ」

 

 これとまともに付き合っては疲れてるし、時間を無駄に使うだけ。なので、言わない事にした。

 

「あぁ、そうだ。ヒウンシティにはもう一日だけ留まるぞ」

 

「下見はしただろ?」

 

「それ以外のだ。作戦当日、この街でどう動けば最適なのかをな。他の部隊の為がスムーズに進むよう、実際の人の流れ、動きを正確に把握しろとの事だ」

 

「なるほどねー」

 

 当日は自分達だけが動く訳ではない。他の部隊の為の情報も必要だ。それも先遣隊の役目だろう。

 

「夜になったら動くぞ」

 

「了解」

 

 ロケット団は頷くと夜に備え、準備を始めた。

 

「……」

 

 そんな彼等を、三人組が静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

「ヒウンまであとどれほど掛かりますか?」

 

「あと三日ほどです」

 

「思ったよりも時間が掛かりそうですね……」

 

「申し訳ありません。準備に予定よりも使ってしまいました」

 

 とある道を走る複数のバスの一つに、その人物はいた。彼の近くには、ロケット団を追い掛けていた三人組と接触していたリョクシ、スムラがおり、その人物に手間が掛かった事に謝罪していた。

 

「まぁ、この数を連れていく訳ですからね~。無理もないかと」

 

 その人物の前では、白衣を来た青年がどこか抜けた様子で無理もないと告げる。

 

「ただ、結局は王様無しで動く事になりましたが」

 

「それが一番の痛手ですね……」

 

 とはいえ、もう待つ余裕はない。このままで動くしかなかった。

 

「で、その場合は彼はどうします?」

 

「考えています。ですから、貴方はそれを続けてください」

 

「分かってます。しかし、本当に硬いですねー。おかげで全然得られませんよ。――伝説や幻について」

 

「そう簡単には、手に入りませんよ」

 

 だからこそ、そうするだけの価値があるのだが。

 

「――もしもし?」

 

 連絡が入る。自分の直属の部下である三人組からだった。彼等から情報を聞き、彼は頷く。

 

「分かりました。そのまま任務を続行してください」

 

 報告が終わり、通信が途絶える。

 

「ロケット団はどこに?」

 

「ヒウンシティで調査をしている様です」

 

 白衣の人物が大体を推測していたのか、尋ねるとその人物が簡潔に話す。

 

「近い、ですねえ」

 

「えぇ、本当に」

 

 自分達が表舞台に立つその時は近い。それを確信しながら、彼等はヒウンシティへと向かった。

 


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