ポケットモンスター アナザーベストウイッシュ 作:ぐーたら提督
サトシはその竜が放つ雰囲気による寒気に耐えながら、ポケモン図鑑で情報を得る。
『オノノクス、顎斧ポケモン。オノンドの進化系。鉄骨を斬り付けても刃溢れせず、簡単に切り裂く破壊力抜群の頑丈な牙を持つ。全身は堅い鎧で覆われている』
「やっぱり、オノノクス。だけど――」
「色が違う……。あのオノノクス、色違いか」
前で見た夢や図鑑では、薄い黄色の部分があるのだが、目の前のオノノクスはその部分が黒になっている。珍しい、色違いのオノノクスだ。
「オノノクス……」
「キバ……」
自分達の目標である、オノノクスを目の当たりに、アイリスとキバゴは引きながらも凝視していた。
「なぁ、あのオノノクス、牙が片方足りなくないか?」
本来あるはずの二本の牙。目の前のオノノクスには、その片方の右の刃が無いのだ。
「怪我してるって事!? じゃあ、早く手当てを――ひっ!」
手当てをしようとしたベルだが、オノノクスに強烈な敵意の視線と表情を向けられ、押し黙らされる。
「手当てはいらなさそうね……」
「この辺りのオノノクスか?」
「分からない。何が目的なのかも……」
ただならぬ迫力を感じるオノノクスに、何があっても直ぐに対応出来るよう、サトシとデントは身構える。
「……」
黒き竜が、鋭い眼差しで四人の少年少女を順に見渡す。先ずは一人目、ベル。
(――論外)
敵意を向けられとはいえ、自分に圧倒され、怯えに満ちている。黒竜からすれば、先を言っていたように論外。次に移る。
(駄目だな)
二人目、アイリス。ベルと比べて怯えは少ないが、圧倒されて引いている。黒竜の評価は否だった。
(――悪くはない)
三人目、デント。自分の力量、強さに押されてはいるが、目に怯えはない。妥協点と言った所だ。
(――良い)
最後、サトシ。自分に押される所か、戦意といざという時は守るという意志が合わさった良い眼差しを向けている。メグロコが言うだけはありそうだ。
「……」
黒竜は無言でバトルフィールドに移動すると、やはり無言でサトシを見つめ、静かに佇む。戦え――そう告げるかのように。
「……サトシ、どうする?」
オノノクスがサトシを見ていることから、狙いを彼に決めたのは明らか。デントは戦うか否かをサトシに確認する。
「さ、サトシ、止めた方が良いわ。あのオノノクス、サトシでも勝てる相手じゃない……!」
前に一度、アイリスは目の前のとは違うオノノクスを見たことがある。
しかし、その時を遥かに上回る威圧感、重圧感を黒いオノノクスは纏っていた。見ただけなのに、勝てないと思ってしまうほどのを。
「わ、わたしもそう思う……。あれ、凄く怖い……!」
ベルに至っては、心が恐怖に満たされていた。色違いという、珍しい存在にもかかわらず、好奇心は一切立たない。それほどまでに、ベルはオノノクスに恐怖を抱いていたのだ。
「……」
サトシはオノノクスを見る。未だ無言で、静かに自分だけを見据えていた。
「……出てこい、皆」
サトシはモンスターボールのスイッチを押し、手持ちを出す。四匹は目の前の黒竜を見て、その圧倒的な迫力に思わず怯む。
しかし、ピカチュウを合わせた全員意思を奮い立たせ、オノノクスを睨み返す。
そんなポケモン達に、オノノクスはフッと微笑を浮かべる。トレーナーが良いだけあって、ポケモン達も良い眼をしている。
「ツタージャ、ピカチュウ。勝ち目が少ないバトルだけど――付いて来てくれるか?」
現状では、勝率は少ない。それを理解した上で、サトシは戦って見たかった。
血が騒ぐのだ。どうしようもなく。強い相手と戦いたいと。
「ピカ!」
「タジャ」
「ありがとな」
自身が戦いたいという理由もあるだろうが、それでも自分の無茶に付き合う二匹にサトシはお礼を言った。
「ミジュミジュ!」
「カブカブ!」
「ポー?」
「ごめん。お前達は横で見てくれ」
バトルに出すのをピカチュウとツタージャだけにしたのは、今のミジュマル、ポカブ、マメパトでは残念ながらあのオノノクスの相手にすらならないという確信に近い予感があったからだ。
自分がどう指示を出そうと、三匹では戦いの土俵にすら上がれない――と。しかし、これから先の為にも、見ておいては欲しいので出していた。
サトシの言葉に、三匹は渋々だが頷く。彼がこう言う以上は従うしかないし、何よりも彼等も感じていた。今の自分達ではあのオノノクスに刃が立たないと。
「じゃあ、バトル開始、で良いかな?」
「――オノ」
サトシはバトルフィールドに立ち、向こう側にいるオノノクスに尋ねる。オノノクスはあぁと頷いた。
「先ずは――ツタージャ!」
「タジャ」
「――オノ」
草蛇が黒竜の前に立つも、赤い眼光や傷だらけの体躯を間近で見て、流石の彼女も少し怯んでいた。直ぐに払うが。
「先ずはツタージャ対オノノクスか……」
「け、けど、勝てるの? あんなのまるで、子供が大人に挑むようだよ……!」
「あたしもそう思う……! あのオノノクス、絶対にヤバイわよ……!」
ツタージャの実力は知っている。しかし、オノノクスから漂う威圧感を見ると、アイリスも勝てないと思ってしまうのだ。
「……確かに勝ち目は少ないかもね。だけど、無いわけじゃない」
「そ、それって……?」
「直ぐに分かるよ」
とりあえず、アイリスもベルも見届けることにした。
「ツタージャ、たつまき!」
「ター……ジャ!」
「オノ」
ツタージャの竜の力を込めた竜巻を見て、ほうとオノノクスは少し驚いた様子を見せるも、迫る竜巻を回避しようともせず、その場で受けた。
「たつまき! そっか、ドラゴンタイプの技なら同じくドラゴンタイプのオノノクスには効果抜群!」
「これなら、オノノクスにもダメージが――」
アイリスとベルは気分が上がるも、デントにはそんな様子はない。直後、ズバッと物が鋭い刃で斬れた音がした。
「ノクス……」
「う、うそ……! たつまきを、斬った……!?」
「それに、全然効いてない……!?」
オノノクスが刃の牙を振るい、竜巻を軽々と切り裂いて飛散させたのだ。
しかも、効果抜群のたつまきを受けたのに、ほとんどダメージが無いように見えた。
「ノクス?」
どうした、これで終わりかとオノノクスはツタージャとサトシに尋ねる。
「へへっ、あれで倒せるなんて思ってなかったけど……ほとんど効果なしってのは予想外だったな」
「タジャ……」
これだけで、あのオノノクスが桁外れの強さの持ち主だと分かる。
「なら、次だ! ツタージャ、もう一度たつまき!」
「タジャーーーッ!」
「……オノ」
破られたにもかかわらず再び放つたつまきに、オノノクスは少し呆れた様子を浮かべる。
迫る竜巻をまた刃の牙で両断。しかし、飛散した竜巻の後ろにツタージャがおり、オノノクスの目が見開く。
「しぼりとる!」
「タジャアアァァアッ!」
ツタージャはオノノクスの右腕に身体を絡ませると、そこからオノノクスの体力を搾り取っていく。
「あの技は……!」
「しぼりとる。相手の体力が多いほど威力が高まる技だよ」
鍛錬の時に出した技の一つ、しぼりとる。体力が沢山ある相手に使うと与えるダメージが増す技だ。
「つまり、ほとんどダメージのないオノノクスには最適って事ね!」
「うん、でも――」
「――ノクス」
「タジャ……!?」
「それで勝てるかは、全く別だけどね……!」
「そ、そんな……!」
ほぼ最大にまで威力が高まったしぼりとるを受け、オノノクスはふらつきはした。しかし、それは食らった直後の一瞬だけ。その後は平然としていた。
「ツタージャ、離れろ!」
「タジャ!」
サトシとツタージャは危険を感じ、急いでオノノクスから離れる。
直後、その場所に竜の爪が通り、外れはしたが大地に触れたその一撃は大きな衝撃と地面に刃の痕を残した。
「ドラゴンクロー……!」
「な、なんて威力……!」
竜の力を込めた爪の一撃、ドラゴンクロー。しかし、オノノクスのそれは大地に大きな痕を刻み付けた。その威力の凄まじさが伺える。
「オノノ」
やはり出来るなと、オノノクスはツタージャとサトシを褒める。さっきのたつまきからのしぼりとるのコンボも中々だった。
並みの相手なら、あれで追い込まれるか戦闘不能だろう。しかし、自分は並みではない。
「たつまきもしぼりとるもダメ……! となると、あれしかないよな、ツタージャ!」
「タジャ!」
効くかは50%の確率の技。しかし、それだけに効果も大きい切札。それをサトシ達は使おうとする。
(何か来るな)
決意の眼差しに、サトシとツタージャが何かを仕掛けてくるとオノノクスは予想。身構え、出方を待つ。
「ツタージャ、プルパワーでたつまき!」
「タジャーーーッ!」
三度たつまき。しかし、先の二度よりも威力がある。だが、オノノクスは迫る竜巻を平然と牙で切り裂く。すると、ハートマークが中から出てきた。
「メロメロ! そっか、あれなら!」
「あぁ、幾らあのオノノクスでも、メロメロにされれば……!」
「勝てる! 行け~、決まっちゃえ~!」
「――オノ」
三人から歓声が上がり、それを糧にするように迫るハートマーク。だが、オノノクスは焦らずにクルンと周り、牙で瞬く間に両断した。
「そ、そんな……! 一瞬で、対処された……!」
「オノノ」
今のは驚いたとオノノクスは告げる。流石の自分でも、メロメロにされれば負けていただろう。
しかし、オノノクスは過去に何度も経験している。だからこそ、直ぐに対応したのだ。
「――オノ」
オノノクスが動いた。その身体には似合わない思わぬ早さでツタージャとの距離を詰め、ドラゴンクローを無動作で放つ。
「リーフブレード!」
「タジャアアァ!」
回避は間に合わない。ならば、迎撃しかない。竜の爪と草の刃が衝突するも、威力の差は歴然。ツタージャはピンポン玉の様に吹き飛んでしまう。
「ツタージャ!」
「タ……ジャ……!」
(倒れていないか)
自分の一撃を受けても尚、辛うじてでも立ち上がるツタージャに、オノノクスは少し感心する。
決まったと思ったのだが、予想以上の強さの持ち主、また先のリーフブレードが威力を僅かに削り、立ち上がるだけの体力を残したらしい。だが、ダメージは大きい。まともに戦えないだろう。
「ツタージャ、戻れ!」
ツタージャは戦闘不能ではないが、もうまともに戦えない。サトシはモンスターボールに戻す。
「ご苦労様、ツタージャ。ピカチュウ」
「――ピカ」
ツタージャに代わり、ピカチュウが前に出てオノノクスと対峙する。
黒竜の並々ならぬ迫力に、ピカチュウも少し飲まれたが、同時に戦意に満ち溢れていた。勝ってみたい――と。
(――良い)
先程のツタージャも中々だったが、目の前のピカチュウはそれ以上だ。おそらく、このポケモンこそがサトシの一番の相棒なのだろう。
オノノクスは思わず笑みを浮かべるが、同時に少し妙な様子をオノノクスは感じ取っていた。
(まぁ良い、楽しませてもらうぞ!)
こっちに来てやっと、まともな試合が出来るのだ。溜まりに溜まったその鬱憤や蓄積した闘志を声にして開放する。
「オノノォオオォォオーーーーーッ!!」
刃の黒き竜が、咆哮を上げた。大地と大気、サトシ達を身震いさせるそれは、竜が本当の意味で戦うという宣告。
「ピカチュウ――来るぞ!」
「ピカ!」
黒竜が目の前に移動してきた。ピカチュウは思わず後退すると、さっきまでいた大地が大きく跳ね上がった。ドラゴンクローだ。
「さっきより威力が上がってる!」
「あれがあのオノノクスの全力か……!」
「あんなの、一撃でも食らったらヤバいわよ!」
急所に当たれば、今は調子が良いとは言え、完治してないピカチュウではそれだけで戦闘不能になるかもしれない。
(パワーの差は歴然……! だったら!)
ピカチュウの最大の武器、スピード。それを活かすしかない。
「ピカチュウ、こうそくいどう!」
「ピッカァ!」
光が纏うと同時に、ピカチュウのスピードが急激に上昇した。
「すっごく速い!」
「こうそくいどうは素早さを大きく高める技! あれなら、あのオノノクスでも――」
「――ノクス」
「っ! かわせ、ピカチュウ!」
「ピカ!」
ギンとその場所を睨んだオノノクスは、ドラゴンクローを放つ。直後に大地が炸裂した。
そこはピカチュウの丁度移動先であり、サトシが指示を出さなければ今頃、命中していただろう。
「直ぐに当てかけた!?」
「あんなに速いのに!?」
速さを上げたというのに、オノノクスはまるでピカチュウの動きを見えているかのように技を放っていた。
「あのオノノクス、僕達が思っている以上に強い……!」
「ど、どういうこと?」
「パワー、防御力は勿論だけど、速さが上がったピカチュウの動きを瞬時に見抜いた……! つまり、あのオノノクスはそれほどの技術を持ち、経験を積んでいるんだ……!」
おそらく、あのオノノクスは幾度もの戦いを潜り抜けた猛者だ。自分より速い敵との戦いも何度も経験しているのだろう。そう、デントは推測していた。
その推測は正しい。オノノクスは生まれた直後から負ければ多くを失う戦いを幾度もなく経験し、時間さえあれば己を高めるべく、鍛錬をする。そんな日々に明け暮れていた。
速さで翻弄しようとしても、それだけでは無理なのだ。
「それに、オノノクスはドラゴンタイプ……! ピカチュウの電気技はあまり効かないわ……!」
「じゃあ、サトシくんとピカチュウには勝ち目が無いってこと!?」
自分を完敗させたサトシでさえ、あのオノノクスには勝機が低すぎる。その高すぎる壁に、ベルは押される。
「けど――楽しそうだ」
「えっ?」
デントの言葉に、アイリスやベルはサトシとピカチュウを見る。彼等の表情には、恐れが微塵も感じさせない。寧ろ、笑みを浮かべていた。
「へへっ、燃えて来たな、ピカチュウ……!」
「ピカ……!」
目の前の強者、オノノクスにサトシとピカチュウは胸が熱くなる。感情と闘志が昂って仕方ない。
(良い……! 良いぞ……!)
それはオノノクスもだった。自分との差を感じたにもかかわらず、戦意を喪失も低下もしない所か、逆に上げてくるサトシとピカチュウに、黒竜は感情を高揚させていた。
「――ノクス!」
「またドラゴンクローよ!」
「ピカチュウ、更にこうそくいどう!」
「ピー……カァ!」
「更に速くなった!」
二度目のこうそくいどうを行い、ドラゴンクローを回避する。
「ピー、カァアアァ!」
自慢のスピードが大きくアップし、ピカチュウはバトルフィールドを縦横無尽に走り回っていた。
(なるほど、これは凄まじい)
かなりの速さ。しかし、決して見切れないレベルではない。それに、対処のしようならある。
「今だ、でんこうせっか!」
「ピッー……カァ!」
一瞬の間を狙い、ピカチュウが放つ正に電光石火の一撃が、オノノクスの腹に命中。衝撃で黒き竜の身体が後ろに傾く。
(――笑った?)
直後、サトシは見た。オノノクスが、微かに笑みを浮かべ――同時に悪寒が走った。
「ピカチュウ、そこから直ぐに――」
「オノ!」
「ピ――カァアアァ!」
「あれは……カウンター!」
ピカチュウが大きく吹き飛ぶ。攻撃を直撃させたピカチュウの身体に、オノノクスが膝を叩き込んでいたのだ。受けた技の威力の倍にして返す技、カウンターである。
「ピカチュウ、ドラゴンクローが来る!」
オノノクスは更に、ピカチュウが吹き飛ぶと同時に動き出していた。このままでは、確実に直撃してやられてしまう。
「アイアンテール!」
「ピー、カァ!」
「オノノ」
鋼の尾と竜の爪がぶつかり合う。しかし、結果は後者の勝利。ピカチュウは容易く吹き飛ぶ――も踏ん張ってオノノクスと向き合う。
「ピー……カッ!」
(ほう、決まったと思ったのだがな)
カウンターで隙だらけの所に追撃。並みの敵はこれで倒せたのだが、ピカチュウは倒れなかった。
(威力の高さ、身軽さに救われたのもあるが、判断があってこそか)
カウンターは受けた技の威力を倍にする。それと小さな身体と身軽さゆえ、ピカチュウは長く吹き飛び、間合いから僅かに外れていた。
しかし、アイアンテールで少しでもドラゴンクローを弱めねば、そのまま戦闘不能になっていただろう。やはり、彼等は出来る。
「まだピカチュウ立ってるけど……!」
「もうボロボロよ……!」
カウンター、ドラゴンクローでピカチュウはかなり追い込まれていた。オノノクスのパワーを考えると、後一撃で倒れてしまうだろう。
(まさか、あれほどとは……!)
デントは自分の見極めがまだ甘かった事を、自覚する。ドラゴンクローの破壊力だけでなく、素早さを活かす相手対策になるカウンター。
しかも、カウンターはただ使っているのではない。直撃時に受け流しをしながら発動していた。
そうすることで、ダメージを軽減しながらカウンターの威力を引き上げている。何という繊細な技術。
(でも……)
同時に、デントは違和感を覚えた。これほどの技術を、野生のポケモンが使えるだろうか。明らかにその領域を超えている。
(誰かのポケモン? いや……)
それにしてはトレーナーの存在を全く感じられない。となると、やはり野生。
だが、あの完成形とも言える重厚な技術。それを野生で身に付けるだろうか。
(考えられるのは……)
あのオノノクスが強さを求めるポケモンか、逆に――強くならねばならなかったポケモンなのか。このどちらかだ。今の所の言動から、納得が行くのは前者。
強さを求め、ストイックに己を鍛えることで高みへと至ったオノノクス。
それならば、あの強さだ。この辺りのポケモンでは相手にならず、力が有り余っているはず。新たな相手を捜し、サトシを見付けた。筋が通る。
「サトシ――!」
ここは敗けを認めた方が良い。そう言おうとしたが、デントはサトシとピカチュウの窮地にもかかわらず衰えない戦意に満ちた瞳に、言葉が詰まった。
(……言えないな)
見ただけでデントは分かった。自分が言っても、彼等はバトルを止めない。敗北のその時まで戦おうとするだろう。ならば、自分に出来ることはただ一つ。
「サトシ! ピカチュウ! 頑張れ!」
「あぁ、そのつもりさ! なっ、ピカチュウ!」
「ピカピカ!」
デントの声音を受け、サトシとピカチュウは再度オノノクスと向き合う。
(さて、どうする?)
威勢を切ったのは良いが、このままではカウンターで倒されるだけ。あの技を何とかせねばならない。
(でんきショックか10まんボルトで体勢を崩す……いや、ダメだ)
体勢を崩しても、受けの技のカウンターがある限り意味がない。と言うか、距離を取って攻撃など、あのオノノクスには通用しないだろう。もっと、別方向での対策が必要だ。
(――よし、やってみるか!)
ある策を思い付くサトシ。かなり難しいが、自分とピカチュウなら出来るはず。いや、してみせる。
「ピカチュウ、動き回れ!」
「ピッカ!」
またフィールドをピカチュウは走り回る。オノノクスがピカチュウを見据え、同様にサトシもオノノクスの挙動を凝視していた。
「ピカチュウ!! ――でんこうせっかだ!」
強い声での呼び掛け。一瞬、ピカチュウはサトシを見て――その瞳で全てを理解し、全速力で突っ込む。
「――ノクス」
ピカチュウに向けて、また竜の爪を構えるオノノクス。そして、完璧にタイミングを見切って放った。
「ピカァ!」
「――オノ!?」
「えっ、あれは……!」
「アイアンテール!?」
しかし、ピカチュウが放ったのはでんこうせっかではなかった。鋼の尾、アイアンテール。
「そうか、さっきの指示はブラフ……!」
それを、おそらくさっきの目で――アイコンタクトでサトシはピカチュウに伝え、ピカチュウはサトシのその意図を瞬時に理解した。何と言う信頼の強さ。
「ピーー……カッ!」
ピカチュウはドラゴンクローを身体を回転させながらのアイアンテールで受け流すと、カウンターを発動する前に本命の一撃を黒い身体に叩き込んだ。
「オ、ノ……!」
鋼の尾の衝撃により、黒き竜の身体が傾く。
「決まった!」
それにカウンターが出ない。やはり、自分が思った通りだ。
一度カウンターが発動してしまえば必ず受けてしまう。ならば、そもそも使わせなければ良い。例えば、他の技をしている間。
あのオノノクスでも、他の技を使用中にカウンターを使うのは無理だとサトシは考え、それは見事的中していた。
「ぐらいついた!」
「チャンスだわ!」
「ピカチュウ、10まんボルト!」
「ピーカ、チューーーッ!」
強烈な電撃を放つピカチュウ。それはジグザグの軌道を描きつつも、オノノクスに向かって進む。
「――ノクス!」
しかし、その電撃は体勢を素早く立て直したオノノクスのドラゴンクローで弾かれる。
(やられたな)
そう思うオノノクスだが、その表情には笑みが浮かんでいる。裏をかかれたのが楽しいのだ。
「ちぇー、上手く行かないか」
「ピカー……」
やっと来た追撃のチャンスだが、簡単に潰されてしまった。やはり、あのオノノクスは強い。
「折角のチャンスが……」
「あそこは、でんこうせっかやアイアンテールで攻めるべきだったんじゃ?」
「いや、でんこうせっかやアイアンテールで追撃すれば、オノノクスは十中八九カウンターを放っていただろう」
そうすれば、ピカチュウは間違いなく倒れていた。10まんボルトを使ったのは正しい。ただ、あのオノノクスには届かなかっただけだ。
「にしても、気が抜けないな……!」
判断を一つでも誤った瞬間、間違いなくやられる。あのオノノクスはそれほどの実力者だ。
(……ここからどうする?)
アイコンタクトや技の間を狙う指示で、やっとまともなダメージを与えれた。このまま、カウンターを使わせないまま攻撃すれば、勝ち目は出てくる。
「――ノクス」
「いわなだれ! ピカチュウ、走れ!」
問題は、向こうがこちらの狙い通りに進ませてはくれない事だ。
オノノクスはドラゴンクロー、カウンターに続く三つ目の技、いわなだれを発動。無数の岩を落としていく。
ピカチュウは上昇したスピードで岩との衝突を避けていくが。
「――オノ」
「あのオノノクス、動きを封じるように岩を……!」
しかし、オノノクスはピカチュウの動きを先読みし、向かう場所に正確に岩を落とす。
ピカチュウはスピードのおかげで直撃はしないが、動きが鈍り出していた。
「このまま動きを封じて、岩を直撃させるかドラゴンクローで決める気か……!」
どちらにしても詰んでしまう。しかし、これはチャンスでもある。今オノノクスはいわなだれを使っている最中。この攻撃の間なら、カウンターは使えないからだ。
「ピカチュウ、降り注ぐ岩を足場にしろ!」
「ピカァ! ピカピカ……!」
「――ノクス!?」
「い、いわなだれの岩を足場にしてる!?」
「そんなのあり!?」
「こ、これまた凄いテイスト……!」
ピカチュウは降り注ぐ岩を宙にある状態で渡り、オノノクスとの距離を瞬く間に詰める。
「でんこうせっか!」
「ピー……カッ!」
「オノ……!」
アイアンテールで防御が下がった状態かつ、速さが上がった状態のでんこうせっか。
カウンター時よりも大きいダメージをオノノクスは受け――同時に笑った。
直後、ピカチュウとオノノクスの周囲に大量の岩が落下、二匹を包囲する。
「ピカ!?」
「しまった!」
カウンターに気を取られたあまり、いわなだれへの注意が完全に疎かになっていた。まだオノノクスのいわなだれは終わって無かったのだ。
「……」
「ピ……カ……!」
零距離で動きが一瞬止まる。その間を、オノノクスは見逃さない。瞬時に発動したドラゴンクローをピカチュウ目掛けて振り下ろし――途中でピタッと止めた。
「ピカ……?」
「オノノ、オノオノ」
攻撃が止まって戸惑うピカチュウに、オノノクスは今日はここまでにしようと告げた。
『十分に楽しめた。今日はもういい』
『どういうつもり?』
戦いに来たのに、決まる寸前で止めた。その事が引っ掛かり、ピカチュウは何故かと聞いていた。
『ここで決めるのは勿体無いと思っただけだ。それに――本調子ではないな?』
『……』
『やはり。気迫や練度の割りには、どうも動きに少し鈍りがあるので妙だと思っていた』
最初は久々の戦いで興奮して気付けなかったが、途中で違和感を感じたのだ。
『そんな状態で勝っても、勝利とは言えん。身体を完全に治してから、改めて戦うとしよう。その時はツタージャや、今は未熟だが、見込みが十分あるそなたの仲間達も一緒に、な。少年や仲間達にそう伝えておけ』
言いたい事を言い終えたオノノクスは、包囲した岩を破壊し、サトシやその仲間達を一瞥すると背を向け、森の中へとゆっくり歩いて行った。
「ピカチュウ、大丈夫か?」
「ピカピ」
サトシがピカチュウに駆け寄る。ピカチュウは大丈夫と告げ、サトシはホッと一安心していた。
「あのオノノクス、どうして止めを……?」
「ピカピカ、ピカピ」
デントの疑問に、ピカチュウがサトシに説明。オノノクスの伝言を伝える。
「また今度、って事か」
万全で、強くなってから改めて戦おう。そんなオノノクスに、サトシは笑みを浮かべる。
「はぁ~、世の中って本当に広いね~」
今日の一連の流れを見て、ベルは世の中の広さを大きく実感する。バッジ一つで喜んでいる場合ではない。
「サトシくん。今やさっきのバトル、ありがとうね!」
「えっ、あ、あぁ」
「バイバーイ! ――とその前に、もう一度治療してもらおっか! サトシくんも! ほら!」
「お、お~い!?」
別れる、と思いきや、ベルはチャオブーやチラーミィ、後は善意でサトシのポケモン達を回復させようと、再度ポケモンセンターに入る。
「はーい、お預かりのポケモンは皆元気になりましたよー」
「ありがとうございます」
「にしても、一日に二度も同じポケモンを治療するとは思わなかったわ」
長くポケモンセンターで働いていたが、同じ相手を一日に二度もするのは初めてだった。
「すみません……。あっそうだ。ジョーイさん。この辺りの色違いの黒いオノノクスについて知りませんか? それも牙が片方ない」
折角なので、あのオノノクスについてジョーイに聞いてみる。この辺りにいるなら、ここで働く彼女が知っている可能性があった。
「牙が片方ない色違いの黒いオノノクス……? ううん、そんな話聞いたこと無いわ。そんな珍しいポケモンがいるなら、噂ぐらいにはなってるはずよ」
長いことここで働いてはいたが、そんな話は今まで一度も聞いたことがない。
「ってことは、あのオノノクスはこの辺りのポケモンじゃないって事になるわね」
「違うどこかからやって来たポケモンってこと?」
「どこから、何が目的で来たんだろ」
「サトシと戦いをした所から見ると……自分の強さがどこまで通用するのを確かめる為、とかかな?」
ただ、相手を選び、また許可を取ってから戦いをしたことから、迷惑な戦闘狂ではない事は確かだ。
「どこまで通用するのかを確かめる為、か……なんかカッコイイな!」
己の強さを知るために戦う黒竜に、サトシはかなりの興味を抱いた。
「勝ってみたいなー」
「無理に決まってるでしょ。さっきのバトルだって、終始オノノクスの優勢だったじゃない」
「そりゃあ、今はピカチュウも治ってないし、他の皆や俺もまだまだだから勝てないさ。だけど、もっともっと強くなって、何時かはあのオノノクスに勝つ! なぁ、皆!」
「ピカ!」
「ミジュ!」
「ポー!」
「ポカ!」
「タジャ」
オノノクスとの再戦。その時までには、仲間達と一緒にもっともっと強くと、サトシとポケモン達は心に誓った。
「ふぇ~、サトシくんって凄いね~」
結果はほぼ完敗にもかかわらず、サトシ達はいつか勝つことをポケモン達と誓った。
自分にはそんな気分が全く起きなかっただけに、ベルはサトシを凄いと思ったのだ。
「もっともっと、頑張らないとダメってことだね~。うん、サトシくん、今日は本当にありがとうね~! バイバーイ!」
少しでも強くなろうと、ベルは飛び出すようにポケモンセンターを後にした。
「本当にマイペース……」
「でも、素直にああ思えるのは良いところだよ」
「だな。じゃあ、俺達も行こうぜ」
「そうね」
「あぁ」
「頑張ってね」
ジョーイの見送りを受け、サトシ達はもうすぐ付くシッポウシティに向けての旅を再開した。
「オノ」
「ロコ」
夜。サトシとピカチュウの件を報告するため、メグロコと合流したオノノクス。
『どうだった、結果は?』
『今回は中断だ。結果は次に回した』
『良かった、潰されなくて。で、評価は?』
『お前の言う通り――いや、それ以上に面白い』
その言葉に、メグロコは笑顔になる。自分の感じた通り――いや、それ以上と聞いて倒し甲斐があると改めて思った。
『そして、見所もとてもある。将来有望だな』
サトシとその仲間達を、オノノクスは高く評価をしていた。サトシとピカチュウは現時点でも強く、ツタージャも中々。残りの三匹も将来有望だと感じている。
『遅くとも、もう数年以内には確実に追い付かれるな』
或いは、もっと早く追い越されるかもしれない。しかし、それでもオノノクスは全く構わない。
(もう頭打ちだろうからな)
オノノクスは悟っている。自分はもう、昔の様な進歩は望めない。今の強さが己の限界だと。
それだけに、これからぐんぐん成長する若き者達に負け、追い越されても構わないと思っている。
過去の自分が、未来の糧になれるのなら十分だろう。勿論、彼等が強者となり、全力で戦った上での話だが。
『――誰だ?』
『ん? 誰かいる――な』
その気配をオノノクスは先に、メグロコは少し遅れて感じ取り、一ヶ所の木を凝視する。
「――やぁ、また会ったね。オノノクス、メグロコ」
『見たことがあるな』
『あっ、この前の』
木の陰から現れたのは、Nだった。側にはポカブとゾロアがいる。しかし、一つ違う点があった。
『あれ? そのタマゴは……持って無かったよな?』
『確かにそうだな』
Nは、ケースに入っているタマゴを持っていた。メグロコもオノノクスも前見た時には無かった物だ。
「うん、ある場所で譲られてね。大切にしてる」
『そうか。で……何用だ?』
「今日は彼と戦った様だね」
その事を言われ、オノノクスは目を細める。
『見ていたのか?』
「見たのはボクじゃなくて、この子」
「カブ」
ポカブが前に出てそうだと頷く。但し、偶々見掛けた上、見たのは顛末のみだが。
『その者、前に会った時はいなかったな』
「うん、キミに会ったのはそれ以前だからね」
Nとオノノクスが会ったのは、ゾロアと二人きりで旅をしていた時。タイミング的には、アララギに会う二三日前だった。
その並々ならぬ雰囲気、威圧感。Nは一目で相当な実力者と感じ、自分と来ないか勧誘をしたが。
「オノノクス、ボク達と――」
『ならば、分かるだろう?』
「勝て、と」
『そうだ』
こんな風に断られていた。オノノクスは仲間に、糧になることに躊躇いはない。しかし、その糧になる相手には条件がある。
一つは自分に勝つこと。もう一つは、その相手が善である事。磨き上げた力を、悪行に使う気はさらさら無いのだ。
「なら、諦めよう。勝ち目が無いからね」
戦いは好まないが、理想の為には頼れる仲間が必要だ。オノノクスの様な。
それを得る為の戦いなら、自分は行おう。しかし、それは。
「――今は」
今ではない。もっと強くなった未来でだ。そして、勝って仲間にする。それをNはオノノクスに宣言する。
『楽しみにしよう』
サトシと言いNと言い、若くこれからが楽しみな者がいる。それがオノノクスにとって嬉しい。
「ところで、オノノクス。キミはそもそも、どうしてここにいるんだい?」
『……』
その事を言われ、オノノクスは少し無言になる。
「それほどの強さ。キミはおそらく、長だろう?」
これほどの強さだ。纏め役としても不思議ではない。
「なのに、どうして故郷や仲間を捨ててまで――」
『存在しない』
「……えっ?」
『もう、故郷も仲間も存在しない。だからこそ、こうして旅をしている』
「……ごめん」
『構わん』
既に故郷も仲間もない。それを聞いてNは踏み込み過ぎたと理解して謝る。オノノクスはそれを許した。
(正確には、少し違うからな)
さっきの言葉は嘘ではない。しかし、本当かと言われると違う。
「……ちなみに、無くなった理由は?」
『大体、分かるだろう?』
「人間のせい、か」
『その通り』
人のせいで故郷も仲間も失ったオノノクスだが、だからと言って人全てを嫌う事はしない。良し悪しを理解しているし、時には協力して貰ったこともあるからだ。
「……片方の牙はその時に?」
折れた右牙。それはその時に無くしたのだとオノノクスは頷いた。
「色々、あるんだね」
『他の者にもあるだろう』
決して、自分だけが辛い訳ではない。オノノクスは淡々とそう告げた。
「色々失礼な事を言って済まない。今日は失礼するよ。またね」
『あぁ、また来るがいい』
N達は頭を下げると、森の向こうへと消えて行った。
『なぁ』
『何だ?』
もう寝ようとしたが、メグロコに話し掛けられ、答える。
『あんたはさ、新しい仲間を求めて旅をしてるのか?』
『……かもしれんな』
一番は故郷で培った強さがどこまで通用するかを知るためだが、もしかしたら新しい仲間を求めているのもしれない。
『なら、見付かると良いねえ』
『……ふん。余計な世話だな。それよりも、そっちこそ良いのか? 故郷や仲間はどうした?』
『あ~、それなら大丈夫。出る前に次のボスを決めてるからな』
『……お互い、元長同士だったか』
『面白い偶然だな』
そんな自分達が出会った。一種の必然なのかもしれない。
『無駄話は終わりだ。そろそろ寝るぞ。あの少年や鼠を追うのだろう?』
自分はしばらく適当に歩き、他にも見込みが者達がいるかを捜す予定だ。
『そうだなー、次はマジでやり合いたいし……寝るか』
前は芝居をしていたので、全力で戦えなかったが、今度こそは邪魔なしの真剣勝負をする気でいる。
『では、ここで別れだな』
『縁があったらまた会おうぜー』
『あればな』
それだけ言うと、メグロコは地面を潜って何処かへと去って行った。
『寝るか』
今日は中々に疲れた。気分も良く、いい夢が見れそうだ。
(……)
ふと、オノノクスはある方向を見る。その先の彼方には、自分の故郷があった。
こうして気にするのは、先の会話で出たせいだろう。だが、オノノクスは直ぐに払った。もう仲間も故郷も、過去のものなのだから。
(……まぁ、だが)
夢で見るぐらいは良いだろう。まだ存在していたあの頃を、夢として。
黒竜はゆっくりと目を閉じ、夜の暗さと同化するように静かに寝息を立て始めた。