ポケットモンスター アナザーベストウイッシュ   作:ぐーたら提督

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 今回も色々と細かい変化や、今後の流れに関わるあるポケモンが出てきます。


ヤブクロン戦隊の秘密基地

「――ロコロコ?」

 

 ある場所の土が盛り上がる。さっきからする音に反応し、あるポケモンが出てきたのだ。

 そのポケモンとは、かつて砂風呂のリゾートで色々ありながらもサトシ達と協力してポケモン達や人を守った、砂鰐ポケモン、メグロコ。しかも、リーダーのサングラスを付けたメグロコだ。

 彼はあの件の後、とある理由から群れを離れ、こうして旅をしていた。

 

「おーい、そっちはどうだー?」

 

「上手く行ってるー」

 

「壁も出来てきたー」

 

「罠はー?」

 

「ちゃんと仕掛けてるー」

 

「……ロコ?」

 

 見ると、幼子がゴミ袋みたいなポケモンと一緒に物を積み重ねていた。

 何をしているんだとメグロコが疑問を浮かべていると、気になる話が聞こえてきた。

 

「これで、ひみつきちが出来るね!」

 

「うん、ユリ先生に分かってるもらうんだ!」

 

「ヤブクロンを追い出させたりするもんか!」

 

「ヤブー……」

 

「心配しないでね、ヤブクロン!」

 

「お前はボクたちが守るから!」

 

 そのやり取りから、ヤブクロンというポケモンに関して子供達が頑張っていることが分かる。

 

「……ロコ」

 

 メグロコは少し考えたあと、地面の中に戻っていった。

 

 

 

 

 

 柵が隣にある場所、そこでサトシ達が道方向を確認していた。

 

「デント、方角はこっちで合っているよな?」

 

「うん、こっちに進めば、シッポウシティに着くはずだよ」

 

「じゃあ、早く行きま――」

 

「わーい!」

 

 アイリスが最後まで言おうとしたが、そこに騒がしい声が聞こえてきた。

 サトシ達がそちらを見ると、五人の子供達が三輪車に乗って砂煙を上げながら走っている。しかも、一人の子供の三輪車にはポケモンがいる。

 

「……なんだ?」

 

 突然の事態に、困惑するサトシ達。その直後、子供達の向こうから女性と老人が見えきてた。

 

「皆、止まりなさーい!」

 

「あんた達、その子達を止めておくれー!」

 

「えっ?」

 

 三人が声を合わせる。とりあえず、子供達を止めれば良いのだろうかと思うと。

 

「前方に敵を発見! 皆、構えー!」

 

「らじゃー!」

 

 子供達はサトシ達を敵と判断したのか、籠から泥団子を出して構える。

 

「敵? 構え? ちょっと――」

 

「どろだんごばくだん、発射ーっ!」

 

 子供達から大量の泥団子を放り投げられる。突然の事もあり、サトシとピカチュウ、デントは泥が顔に命中する。

 

「とっとと……」

 

 ちなみに、アイリスは柵の杭の部分に立ってかわしていた。

 

「攻撃成功ー!」

 

 攻撃が命中し、リーダーと思われる子供の声を上げ、他の子供達は短く復唱。

 

「あっ、俺の帽子!」

 

 声を上げながら向こうへと走り去って行く子供達だが、その際にポケモンの手らしき部分にサトシの帽子が引っ掛かり、持って行かれてしまった。

 

「なんなの、あの子達!」

 

「子供の悪戯にしても、程があるよ……」

 

「あったま来た!」

 

 泥団子をぶつけられた挙げ句、お気に入りの帽子を持って行かれたのだ。サトシも流石に腹を立てていた。

 

「ごめんなさい!」

 

 そこに、先程の女性とお婆さんが近寄る。サトシ達は一旦、そちらに視線を向ける。

 

「あの子達は、幼稚園の子供達なの……」

 

「すまないねえ」

 

「どういう事ですか?」

 

 とりあえず、サトシ達は詳しい話を聞くことにした。

 

「――ロコロコ。……ロコ!?」

 

 その際、状況を確かめようと遠くから眺めていたメグロコがサトシ達を発見したことを、彼等は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 サトシ達が案内されたのは、ポケモンのタマゴが沢山ある部屋だった。

 

「凄ーい! ポケモンのタマゴがこんなに!」

 

「へぇ……」

 

「良いですね、この部屋に満ちた命を育む優しさのフレイバー……」

 

「はっはっは、そう言ってくれると嬉しいねえ」

 

 お婆さんがおおらかに笑うと、ふとあることを思い出した。

 

「そういや、あの子達が出る前に来た人もそんなことを言ってたねえ」

 

「確か、まだいましたよね。あのポカブとゾロアを連れた人」

 

「えっ、ポカブと……ゾロア?」

 

「それって……」

 

「もしかして?」

 

「キクヨさん、ユリさん。もう帰っていま――って、皆?」

 

 聞き覚えのある人物とポケモンに、まさかとサトシ達が思った瞬間、扉が開き、向こうから謎の青年Nが入って来た。

 

「おや、あんた達知り合いだったのかい?」

 

「はい。というか、Nさんは何でここに……?」

 

「ボクはここに興味があって来たんだ」

 

「彼はここを育て家と聞いて、訪れたんじゃよ」

 

 育て屋がどの様なものか、またここの子供達が、ポケモン達とどう触れ合うかを聞くべく、Nはここに訪れたのだ。

 

「そろそろ自己紹介と行こうかの。わたしゃキクヨ、この子は孫のユリじゃ」

 

「よろしくね。あと、私は幼稚園の先生もしてるの」

 

 サトシ達が自己紹介を告げると、ユリが謝罪する。

 

「後、サトシくん、デントくん、アイリスちゃん。さっきは本当にごめんなさい」

 

「……何かあったのかい?」

 

「さっき、子供達に泥をぶつけられて……」

 

「……ご愁傷様」

 

「カブカブ」

 

「ゾロゾロ」

 

 Nがサトシに事情を聞き、ポカブやゾロアと一緒にご愁傷様と同時に、デントが理由を尋ねる。

 

「構いませんけど……そもそも、あの子達はなんであんなことを?」

 

「昨日、あの子達がヤブクロンを見付けて、勝手に連れて来ちゃったの」

 

「へー、あのポケモン、ヤブクロンって名前なのか」

 

「ピカ」

 

「あのヤブクロンは、あの子達がこの街の外れのスクラップ置場で見付けたらしいの」

 

 その時、ヤブクロンが悲しそうにしていたため、子供達が連れて来たという訳である。

 

『ヤブクロン、塵袋ポケモン。捨てられたゴミ袋と廃棄物が化学反応を起こして、ポケモンになったと言われている。ゴミ捨て場等、汚ない場所を好む』

 

「ふーん……」

 

 ヤブクロンがどんなポケモンなのか知ろうと、サトシは図鑑で検索。情報を得る。

 

「ゴミが好きなのね」

 

「言っとくけど、俺の帽子はゴミじゃないからな」

 

 その情報にそう思ったアイリスに忠告するように、サトシはそう言い放つ。

 

「それで……ヤブクロンが何か問題でも起こしたのですか?」

 

「あたし……ヤブクロンを見た時、思わず嫌な顔をしちゃったの」

 

 

 

 

 

 前日の幼稚園。子供達はヤブクロンをユリに会わせていた時。

 

「ヤーブ」

 

「連れて来ちゃったの!?」

 

「うん!」

 

「泣いてたから……」

 

「ヤブブ」

 

 寂しい自分を拾ってくれた子供達に、ヤブクロンは嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

「ねぇ、先生! 幼稚園で預かろうよ!」

 

「あたし、一緒にいたーい!」

 

 子供達は期待に満ちた眼差しを向け、ユリに頼むも。

 

「残念だけど、それは無理よ……」

 

「どうして?」

 

「ポケモンを預かること自体は良いの。でも、ヤブクロンはゴミが大好きなポケモン。幼稚園をゴミだらけにするわけには行かないわ」

 

 預かるという事自体には、ユリに異論はない。寧ろ、ポケモンと触れ合れるのだから賛成したい。

 しかし、そのポケモンがゴミ好きのヤブクロンである事が大きな問題だった。

 幼稚園にゴミが溜まり、不潔になってしまえば、子供達が病気になってしまうかもしれない。

 その可能性を恐れていたからこそ、ユリは反対していたのだ。

 

「それぐらい、僕達が掃除するからー!」

 

「それか、ヤブクロンに一生懸命話してそうしないようにするからー!」

 

「ダメなものはダメなの! スクラップ置場に返して来なさい!」

 

 子供達の言うことは分かるが、それで上手く行くとは限らない。それゆえ、ユリは戻すように強く言い付けた。

 

「やだー! ヤブクロンを飼ってよー!」

 

「飼って、飼って、飼ってー!」

 

「幾ら言っても、ダメ!」

 

 ユリがそう言っても子供達は納得せず、飼っての一点張り。

 すると、悲しそうにしていたヤブクロンが溜め息のように吐く。それは途中で弾け、猛烈な臭いとなって周囲に広がる。

 

「く、臭い……! 何なの、この臭い……!」

 

 とんでもない悪臭にユリも子供達も鼻を抑えるが、子供達はヤブクロンを追い出させないために途中で臭くないと我慢する。

 

「……それでもダメ! 口で言っても納得しないのなら、あたしが返して来ます!」

 

 子供達の健気な想いに一瞬躊躇いはせど、心を鬼にしてユリはヤブクロンをスクラップ置場にまで連れていく。

 

「ごめんね。だけど分かって。君を幼稚園で預かる訳には行かないの」

 

「ヤーブ……」

 

 ユリだって、好き好んでこんなことをしたいわけではない。しかし、子供達の健康の為には、これが最善なのだ。

 

「……ごめんなさい」

 

「……ヤブー」

 

 余計な情を抱かない内に、ユリはスクラップ置場から去って行った。

 

 

 

 

 

「――という事なの」

 

「……」

 

 ヤブクロンを幼稚園から追い出した事に、Nは不満気だ。しかし、同時にユリの心配も尤もなものだった。

 万一、預かったのが原因で子供達が病気になった場合、取り返しが付かないのだから。

 

「この子は元いたスクラップ置場に返したんじゃが……今朝になったら、とんでもないことになっておってのう……」

 

「とんでもないこと?」

 

「外を見れば分かるよ。……あれはボクも驚いたから」

 

 とりあえず、サトシ達は外に出ることにした。

 

「――クロコッコ」

 

 その話を、メグロコが全て聞いているとは思いもしないまま。

 

「……なんですか、これ?」

 

 外に出たサトシ達の目に入ったのは、家具や道具の数々が積み重ねられて出来た山だった。

 

「子供達とヤブクロンがスクラップを集めて、こんな風にしちゃったの……」

 

「このテイストはもしかして……秘密基地かな?」

 

「……秘密基地?」

 

「子供の頃、友達とやったりする遊び場ですよ! Nさんもやったことあるでしょう?」

 

「……あぁ、なるほど。確かに秘密基地だね」

 

 疑問符を浮かべるNに、サトシが説明。それを聞いて、Nは頷いた。

 その際、彼に影が宿っていた事にはポカブやゾロアしか気付かなかった。

 

「にしてもやるなあ、あいつら」

 

「ちょっと、感心してる場合じゃないでしょ! 子供ね~」

 

「ちぇ」

 

 出来栄えや頑張り具合を褒めるサトシだが、アイリスにたしなめられて不満そうだ。

 

「早く片付けないと、何時崩れてもおかしくないわ」

 

「ですね……」

 

 経験もない子供達が適当に積み重ねた山だ。ちょっとした表紙で崩落しても何ら不思議ではない。

 

「済まぬが、ユリを手伝ってくれぬかのう」

 

「良いですよ!」

 

「あたしも」

 

「僕も」

 

「手伝います」

 

 早くしないと子供達やヤブクロンが危険だ。四人は協力を承諾する。

 直後、秘密基地の入り口から、ダンボールを鎧にした子供達とヤブクロンが出てきた。サトシ達が注目していると。

 

「この場所は、僕達ヤブクロン戦隊の秘密基地だ! お前達、大人やその味方は入って来ちゃダメだぞ!」

 

「そうだ! そうだ!」

 

 子供達はヤブクロン戦隊と名乗り、ここには近寄るなと声高々に宣言する。

 

「ヤブクロン戦隊……?」

 

「戦隊ものか」

 

「子供ね~」

 

 Nは疑問を抱き、デントはそういう設定かと納得し、アイリスは呆れていた。

 

「……」

 

 そんな中、サトシは少し考えたあと、柔らかな笑みを浮かべる。

 

「皆ー、危ないからもう終わりにしましょー?」

 

「やだ! ヤブクロンを預かるまでここから出ないもん!」

 

 その声に子供達はまたそうだ、そうだと大声を上げる。

 

「うぅ、どうしたら……」

 

「あの、ユリさん。俺に行かせてくれませんか? 俺も、昔はよくやってましたから、あいつらの気分がなんか分かるんです」

 

「それは頼もしいねえ。ユリ、どうだい?」

 

「じゃあ……サトシくん、お願いね」

 

 自分達よりも、サトシの方が子供達も話を聞くかもしれない。そう考え、キクヨとユリは頼みをお願いした。

 

「はい! 行こうぜ、ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

 サトシとピカチュウはスクラップのバリケードで登っていく。

 

「敵が登って来たぞ! ヤブクロン戦隊、攻撃開始!」

 

「ヤブー!」

 

 登ってきたサトシとピカチュウを見て、子供達は撃退するべく攻撃を開始。先ずは、ヤブクロンの悪臭攻撃でサトシとピカチュウを怯ませる。

 次に子供達の泥団子だ。サトシが敵じゃないと告げるも、子供達は無視して投げる。

 泥がまた顔に命中し、動きが止まった所へ子供達はトラップを起動。サトシとピカチュウをタイヤに嵌めてしまう。

 

「痛た……」

 

「動くな!」

 

 動こうとしたサトシだが、目の前にダンボール製の玩具の剣の刃を突き付けられ、見事に捕まってしまう。

 

「ちょっとー! なんか、凄い音や悲鳴がしたけど、どうしたのー?」

 

「それが……捕まっちゃったんだ」

 

「ちょっと!? しっかりしなさいよ!」

 

「分かってるよ! もうちょっと待ってくれ!」

 

 捕まりはしたが、まだ自分達に任せて欲しいとサトシは伝える。

 

「こら、勝手に喋るな!」

 

 抵抗はするなと言わんばかりに、子供達が水鉄砲を発射。今度は水を顔に浴びせる。

 

「わ、分かった、分かったって!」

 

 こうして、サトシとピカチュウはヤブクロン戦隊の捕虜になってしまったのであった。

 

「もうー、大丈夫かしら?」

 

「うーん、思ったよりもあの子達は手強い様だね」

 

 サトシはしっかりしているところはしっかりしている。本気は出せないとはいえ、その彼を捕らえたのだ。子供達の本気度が伺える。

 

「怪我してないと良いけど……」

 

「それも心配ですが……」

 

「何か他の不安があるのかい?」

 

 他にも懸念がありそうなN。キクヨが聞くと。

 

「……サトシくんが、あの子達の味方になってしまったら、と思いまして」

 

「……」

 

 Nの懸念に、十分に有り得る。アイリスとデントはふとそう思ってしまった。

 サトシの事だ。子供達やヤブクロンの想いに感化され、向こう側に回ってしまう可能性があった。

 

「だ、大丈夫、よね? ミイラ取りがミイラになったりしないわよね?」

 

「……多分」

 

 五人は嫌な予感がしながらも、様子を見守る事しか出来なかった。

 一方のサトシとピカチュウ。捕虜として木の上に作った秘密基地に連れて行かれた彼等は、その中を見ていた。

 

「しっかりと作ってあるんだな……。お前らで作ったのか?」

 

 子供が作ったものとは思えない、その予想以上の出来栄えにサトシは驚く。かなりのものだった。

 

「この子が手伝ってくれたの。ねっ、ヤブクロン」

 

「ヤーブ」

 

「そっか、凄いんだな」

 

「ヤブー」

 

「こら! 大人の手先と仲良くしちゃダメだろ!」

 

「ヒロタン、ごめん……」

 

 サトシと然り気無くやり取りする仲間の女の子やヤブクロンに、サトシの帽子を被ったヒロタンと呼ばれた男の子が注意。女の子とヤブクロンはごめんと反省する。

 

「ヒロタン、って言うのか? お前?」

 

「本当はヒロタだい!」

 

 どうやら、ヒロタンは彼の愛称らしい。それを知ったサトシは自己紹介から始める。

 

「俺はサトシ。こっちは相棒のピカチュウだ」

 

「ピカ、ピカチュ」

 

 この地方にいないピカチュウに、子供達は興味津々な様子だ。

 

「本物のピカチュウ!」

 

「あたし、初めて見た!」

 

「すごくかわいい!」

 

「ねぇ、触っても良い?」

 

「あぁ。ピカチュウも良いよな?」

 

「ピカピカ!」

 

「わーい!」

 

 許可を貰った子供達は、可愛いや柔らかい、プニプニしてると言いながら、ピカチュウの身体を触りまくる。

 

「俺はお前達の敵じゃないよ。ただ、話がしたいんだ」

 

 警戒からか、一人だけまだ触れてないが、興味津々なヒロタにサトシは笑って優しく語りかける。

 

「……本当?」

 

「あぁ!」

 

「……僕も、ピカチュウ触って良い?」

 

「良いよ」

 

「ピカチュウ、こっち!」

 

 ヒロタも加わるが、その為にピカチュウは少し強めに引っ張られる。

 

「こら、無茶はダメだ! 電撃食らっても知らないぞ?」

 

「電撃!?」

 

 電撃と聞いて、子供達は思わず距離を取る。ピカチュウも攻撃の構えを取り、電撃を放つ――わけもなく、愛嬌のある笑みを向けた。ちょっと驚かしただけである。

 

「ピカチュウは電気タイプのポケモンで、電気技が得意なんだ。なっ?」

 

「ピー、カチュ!」

 

「ふぎゃ! ――凄いだろ?」

 

 早速実践し、弱い電撃を放つピカチュウ。その際に抱えていたサトシに感電するが、今はでんきショックが精一杯なのでそれほど聞いていない。

 

「おー!」

 

「ピカチュウは可愛くて強いんだ!」

 

「ピカ!」

 

 でんきショックに子供達が凄いと声を上げ、サトシがピカチュウの良さを話す。すると、ヤブクロンがピカチュウに近付いてきた。

 

「――ヤーブ!」

 

 ヤブクロンがウインク。そのさまには、塵袋ポケモンとは思えない愛嬌に満ちていた。

 

「お前も可愛いな!」

 

「そっ、ヤブクロンも可愛いんだ!」

 

「可愛いよ!」

 

「ヤブー!」

 

「本当にヤブクロンが好きなんだな」

 

「うん、大好きー! ねー!」

 

 子供達がヤブクロンに想いを込めて撫でる。そのさまや、即答から、子供達がヤブクロンを好いている事がよく伝わってくる。

 

「これ、サトシお兄ちゃんのだよね? 返す。ごめんなさい」

 

「ありがと」

 

 ヒロタがサトシの帽子を返し、サトシは受け取る。やはり、この子達は悪い子ではないのだ。ただ、ヤブクロンを守ろうと一生懸命なのである。

 そう思いながら、サトシは帽子を被る。すると、この場の全員が微笑んだ。

 

 

 

 

 

 電車のホーム。子供達とヤブクロンが原因でスクラップが無くなった件がちょっとニュースとして流れている中、椅子に静かに座るロケット団に、鞄を持った一人の男が近付く。

 

「特急列車の発射時間」

 

「十九時」

 

 合言葉だ。コジロウ達と男はそれで互いをロケット団と認識する。

 

「用件はなんだにゃ?」

 

「これだ」

 

 男は周りを警戒しながら、鞄をコジロウ達の方へと動かし、コジロウが受け取る。

 

「隕石? メテオナイトか?」

 

「いや、これはそのダミー。詳細は後々話す」

 

「分かった」

 

 男はコジロウ達の最近の評価が良いと等を告げると、タイミングを見計らって同時に姿を消した。

 

「――ふむ、奴等は一部を入手するつもりらしいな」

 

 追跡の三人組が、ロケット団との会話から目的を推測していた。

 

「確か、シッポウ博物館にその一部があったはず」

 

「なるほど、その奪取が奴等の目的か」

 

「どうする?」

 

「先ずはあの方に直ぐに報告だろう」

 

「うむ、我等が動くのはそこからだ」

 

 自分達の役目は、命令に従って動くことだ。三人組もロケット団と同じ様に静かに去っていった。

 

 

 

 

 

「皆、そろそろユリ先生と仲直りするつもりはないか?」

 

「ピカピカ」

 

 場所は戻り、幼稚園。サトシとピカチュウは子供達の説得を始める。そもそも、彼等はそれが目的なのだ。

 

「イヤだ! 大体、僕達悪くないもん!」

 

「うん、悪くない!」

 

「悪いのは先生だ!」

 

 そうだそうだと、子供達は声を揃える。

 

「それって、ユリ先生がヤブクロンを返してこいって言ったから?」

 

「それだけじゃないよ! ヤブクロンを勝手に捨てたんだ!」

 

「ヤブクロンは悪くないのに!」

 

 子供達もヤブクロンは悪くないと言い張る。実際、ヤブクロンはまだ悪事をしていない。

 

「だけど、ゴミが好きだし、臭いの出しちゃうんだろ?」

 

「う、うん……。ゴミが好きだし、凄く臭い……」

 

「臭くない!」

 

 そばかすの女の子が思わず頷き、ヤブクロンが落ち込む。

 直後、ヒロタの言葉に女の子はやっぱり臭くないと言い張り、ヤブクロンは元気を取り戻すも、その際に強烈な臭いの息を吐き出し、秘密基地内に充満。

 子供達は臭くないと必死に耐えるも、我慢の限界を迎えたのか、サトシと一緒に出てしまう。

 

「~~~~~っ! やっぱり、臭ーーーい!」

 

 サトシの悲鳴が、幼稚園の広場に響き渡る。

 

「凄い強烈だ……!」

 

「ピカー……」

 

「――全然臭くない! 大丈夫だからな、ヤブクロン!」

 

「ヤブー……」

 

 臭いに落ち込むヤブクロンを、ヒロタが励ましていた。

 

「良い友達を持ったな、ヤブクロン」

 

「ヤブー」

 

 笑顔になるヤブクロンと子供達。その様子を見て、サトシは問いかける。

 

「なぁ、皆。本当にヤブクロンと一緒にいたい?」

 

「うん!」

 

「もしかしたら、時には喧嘩になったりするかもしれないぞ?」

 

 今は良くても、これから先もずっと仲良しである保証はどこにもない。時には喧嘩して擦れ違う事もあるだろう。

 

「そんなことならないもん!」

 

「なっても、直ぐに仲直りするもん!」

 

 断言する子供達に、サトシは次の質問を問いかける。

 

「じゃあ、もう一つ。お前らはヤブクロンの幸せの為なら、別れる事も出来るか? ヤブクロンも、子供達の幸せの為なら、同じことが出来るか?」

 

「えっ……?」

 

「そ、それは……」

 

「ヤ、ヤブ……」

 

 サトシのもう一つの問い掛け。自分達といることより、相手の幸せを優先出来るか。その問いに、子供達とヤブクロンは言葉に詰まる。

 

「出会いがあれば、当然別れもある。俺も仲間達と幾つの別れを経験したよ」

 

 オコリザル、バタフリー、ピジョット、ラプラス、ゼニガメ、リザードン、エテボース。他にも多くのポケモン達との別れをサトシは体験した。

 

「……辛く無かったの?」

 

「辛かったな」

 

 共に旅をし、戦ってきた仲間だ。辛くなかった訳がない。

 

「だけど、それでも俺はあいつらの想いを優先した。だから、苦しかったけど受け入れた」

 

 辛い質問だが、共にいる以上は何時かは訪れる可能性がある問題でもある。だからこそ、サトシはこの質問を今の内に問い掛けたのだ。

 

「――……出来る!」

 

 しばらくの沈黙のあと、別れの時を想定し、その目を涙で潤ませ、ヒロタが震えながらも告げる。

 

「ヤブクロンの為なら、出来るもん!」

 

「う、うん! 出来るもん!」

 

「ヤブー!」

 

 子供達は全員、涙目になりながらも、出来ると告げる。ヤブクロンもまた、同様だ。それが彼等の答えだった。

 

「……そっか。分かったよ」

 

 仕方ないと言いたげに、サトシは苦い笑みを浮かべ、次に優しい笑みになる。

 サトシは子供達と一緒にユリ達が見える場所に移動し、届くように大声を話す。

 

「ユリ先生ー!」

 

「サトシくん? 子供達を説得出来たの?」

 

「すみませーん! 俺、この子達の味方になりまーす! という訳で、俺もヤブクロン戦隊の一員として参加します!」

 

「……ええぇえぇぇえっ!?」

 

 サトシの発言に、ユリ達から悲鳴のような大声が上がる。

 

「ち、ちょっと、なに言ってるのよー!」

 

「あららー、本当にミイラ取りがミイラになっちゃったね……」

 

「サトシくんらしい、かな?」

 

「サトシくん、どういう事なのー!?」

 

「だって、この子達、本当にヤブクロンといたいんです! だから、その想いを尊重したいんです!」

 

 辛い選択肢に、子供達とヤブクロンはしっかりと答えた。その想いに応えたいのだ。

 

「そ、そんなー……」

 

「サトシお兄ちゃん、ありがとう!」

 

 サトシの寝返りに、ユリがショックを受ける一方、子供達は頼もしい仲間に喜んでいた。

 

「……やっぱり、わたしがやるしかないのね」

 

「うむ、そうじゃ」

 

 サトシが向こう側に付いてしまい、エリは自分がやるしかないと決意する。

 

「皆、わたしとしっかり話しましょう!」

 

「やだ! ヤブクロンを飼うって話以外、聞かないもん!」

 

「それはダメって何度も言ってるでしょう! 分かって!」

 

「分かんない!」

 

 理解してほしいと告げるユリだが、子供達は分かんないの一点張りだ。

 

「ユリ先生! 少しはこの子達の話も聞いてください!」

 

「サトシくん、あなたは黙ってて!」

 

「黙りません! 俺はこの子達の強い想いを確かめました! この子達とヤブクロンは一緒にいるべきです!」

 

「……この幼稚園は、わたしの幼稚園なの! わたしが守らなきゃダメなの!」

 

「ユリ先生の気持ちは分かります! だけど、この幼稚園はこの子達のものでもあるじゃないですか! しっかりと話したいのなら、先ずはこの子達の想いをきちんと受け止めるべきです!」

 

 次々と反論され、焦ったユリは仕方ないと言いたげに一つモンスターボールを取り出す。

 

「もうこうなったら、力強くで!」

 

「ダ、ダメです! サトシかなり強いんですよ! 返り討ちに遭っちゃいます!」

 

 サトシの実力はかなり高い。並みのトレーナーでは相手にならないだろう。

 

「Nさん! サトシを倒しちゃってください!」

 

 なので、アイリスはNに頼んだ。サトシと互角に戦える実力者の彼なら、勝てる可能性は高い。

 

「……ごめん、ボクもどちらかと言うと、あの子達側かな」

 

 サトシが味方に付いた。つまり、子供達がそれほどの想いを見せたという事だ。Nとしては、あちら側に協力したい。

 

「そ、そんな~! Nさんまで加わったら、絶対に勝てませんよ~!」

 

 サトシとN。この二人が組んだら間違いなく勝てない。アイリスはNに必死にすがり付き、子供達側には行かないようにする。

 

「デント~! 何とかして~!」

 

 その間に、デントに頼むアイリス。デントもジムリーダー。一対一なら、勝ち目は十分にある。

 

「……うーん、僕は中立を取らせてもらおうかな」

 

「ちょっと~!?」

 

「キババ~!?」

 

 最後の頼みの綱であるデントも、サトシが認めたからか、中立を宣言してしまう。

 

「どうしたー? アイリスが来ても良いんだぜー?」

 

「くぅ~!」

 

 自信満々のサトシに歯軋りするアイリスだが、ドリュウズでないと勝てない。しかし、そのドリュウズは言うことを聞かない以上、打つ手が無かった。

 

「ど、どうしたら……」

 

 万策尽き、ユリは呆然とする。その時だった。スクラップの山の一ヶ所が突然崩れたのだ。

 

「なんだ?」

 

「崩落!?」

 

「いや、これは勝手に崩れたというより……」

 

 下から崩された。そんな風に見える。しかも、連続で。

 

「――クローコ!」

 

「あれは……」

 

「あの時のメグロコ?」

 

 崩れたスクラップの山から現れたのは、サングラスを付けたメグロコ。一度見たことのあるメグロコにサトシとアイリスが素早く反応する。

 

「アイリス、君はあのメグロコを知ってるのかい?」

 

「カラクサタウンの前にある砂風呂をやってたリゾートにいたメグロコよ。けど、何でここに……?」

 

「そこからここは相当離れてるね……。もしかして、誰かを付けてきた?」

 

「……誰を?」

 

「……さぁ?」

 

 Nはあのメグロコと会った事も話した事もない。誰が狙いなのか、分かるわけがない。

 

「――ロコ!」

 

「ストーンエッジ!」

 

 メグロコはサトシとピカチュウに視線を向けると、無数の小さな尖った岩を展開。近くに子供達がいるのもお構い無しに放つ。

 

「皆、俺に掴まれ!」

 

「う、うん!」

 

 サトシは子供達が抱き着くと木から降りる。直後に岩が秘密基地の部屋に突き刺さる。

 

「攻撃!? なんで!?」

 

「あのメグロコ、あんなに乱暴なのかい?」

 

「ううん、強引なとこはあったけど、あんな乱暴じゃなかったわ」

 

 強引ではあったが、ポケモン達や客達を守るために奮闘していた。とてもだが、こんなことをするポケモンではない。

 

「とりあえず、あのメグロコを止めよう」

 

 理由はどうあれ、今のメグロコを止めるべき。Nがいち早くポカブとゾロアで対処しようとしたが。

 

「――ロコォ!」

 

「じならし!」

 

「まずい!」

 

 メグロコが右の前後足を地面に叩き付ける。それにより振動が発生し、スクラップの山の一ヶ所が崩れた。

 

「くっ、迂闊に近付こうものなら、揺れでスクラップの山を崩す気か……!」

 

「ローコローコ」

 

「その通り、お前達はそこで大人しくしてろ。変な動きは見せるな。か」

 

「言うこと聞くしか無いわね……!」

 

 下手に動けば、サトシや子供達だけでなく、自分達もスクラップの崩落に巻き込まれる。言うことを聞くしかない。

 

「だけど、このままだとどうなるか……!」

 

 確かにユリの言う通りだ。メグロコの目的が不明なため、どんな事態になるのか予想も出来ない。

 

「なら、あのメグロコの裏をかきましょう」

 

「どうやって?」

 

 あのメグロコは自分達を見張っている。迂闊な行動は出来ない。

 

「ゾロアの力、忘れたかい?」

 

「――イリュージョン!」

 

「ゾロゾロ」

 

「なるほど、ゾロアを僕達の内の誰かに変装させて……!」

 

 ゾロアは他者に変装出来る。これなら、メグロコの目を欺く事が可能だ。

 

「そうして、変装元の人物は動き、隙を見てメグロコの不意を突く。という訳じゃな?」

 

「ならその役目、わたしにさせて。――お願い」

 

 幼稚園の、子供達の先生として、自分の手で彼等を守りたいのだろう。N達はその想いを尊重した。

 

「じゃあ早速」

 

「――ゾロ」

 

 身体をクルンと回転。すると、姿がユリへと変化する。

 

「ゾロロ」

 

「はぁー、大したもんじゃのう」

 

 ゾロアのイリュージョンを目の当たりにし、ユリとキクヨは驚く。外見からはポケモンとは思えない。

 

「では、ユリさん」

 

「えぇ」

 

 ユリは然り気無くゾロアと交代すると山を下がり、物音を立てずにゆっくりと移動する。

 

「――ロココォ!」

 

「またストーンエッジか!」

 

 一方、サトシ達。メグロコがまた子供達もお構い無しに技を放った。

 

「ピカチュウ、でんきショックで右端のを落とせ!」

 

「ピーカ、チューッ!」

 

 電撃が石の一部を破壊。サトシは同時にそちらに移動してストーンエッジを回避する。

 

「ロコロコ!」

 

 メグロコは更にストーンエッジを二度、三度と続けていく。これもサトシはさっきと同じやり方で回避していった。

 

「……クロコ!」

 

「じならし! ピカチュウ、ジャンプ――うわあっ!」

 

「ピカ!?」

 

「ロコォ!」

 

 揺れを放つ。ピカチュウは跳躍で避けたが、サトシは動きを封じられる。

 ピカチュウがサトシに注意が向いたその一瞬の隙を狙い、メグロコがまたストーンエッジを放つ。

 

「でんきショック!」

 

「ピカァ!」

 

 またでんきショックで石を破壊していくが、威力不足なため、ストーンエッジは残っていた。

 

「――皆!」

 

 間に合わない。命中してしまうとサトシが思った瞬間、こっそりと移動していたユリが前に出て、攻撃から子供達を守るべく、自分の身体を盾にしようとする。

 

「ユリ先生!」

 

「ロコ!?」

 

「――ヤブー!」

 

 当たる直前、ヤブクロンがサトシの背中から飛び、ヘドロばくだんで残りのストーンエッジを破壊。

 子供達やユリ、サトシやピカチュウを技から守った。

 

「ヤブクロン!」

 

「ヤーブ!」

 

 攻撃から子供達やユリ、サトシやピカチュウを守れ、ヤブクロンは笑みを浮かべる。

 

「ヤブクロン……」

 

 攻撃から子供達や自分を守ったヤブクロンに、ユリは複雑な気持ちを抱いていた。

 

「――ロコ」

 

「……」

 

 また、その時メグロコが小さいが確かに良かった、また、これはこれで良いかと、安心した様子でそう言っていた事に、Nは気付いた。

 

「ヤブクロン、力を貸してくれるか?」

 

「ヤブヤブ!」

 

「よし、行こうぜ! ピカチュウ、でんこうせっか!」

 

「ピッカァ!」

 

 ピカチュウはメグロコ目掛け、素早く突撃する。

 

「ロコ! ――ロコォ!?」

 

「ヤブー!」

 

 ピカチュウの一撃はかわすメグロコだが、合間を狙い放ったヤブクロンのヘドロばくだんはかわせずに直撃。軽く吹き飛ぶ。

 

「アイアンテール!」

 

「ピー……カァ!」

 

 そこに鋼化した尾の一撃を、ピカチュウが叩き込む。

 

「メーグロッコーーーッ!」

 

 その一撃により、メグロコは少し前のロケット団の様に、叫びながら彼方へと吹き飛んでいった。

 

「ふぅ。……なんだったんだ?」

 

「ピカ?」

 

 あのメグロコの子供達を巻き添えの突然の襲撃。性格からはとても思えない行動にどうにも納得が行かず、理由もさっぱりのサトシだが、とりあえず子供達は守れたのでよしとしよう。

 

「あぁ皆、無事で良かった……!」

 

「ユリ先生……! 先生、ごめんなさいー!」

 

「ごめんなさいー!」

 

 子供達が涙目でユリに近寄る。危うく、自分達を庇って怪我をする寸前だったのだ。

 自分達がこんなことをしなければと、後悔の気持ちで一杯だった。

 

「わたしこそごめんね。自分の気持ちだけを押し付けて、あなた達の気持ちをちっとも理解してあげないで……」

 

 サトシの言う通りだった。子供達の事を想うのなら、先ずはこの子達の思いをしっかり受け止めねばならなかったのだ。

 

「ユリ先生、お願いします。ヤブクロンを幼稚園に置いてあげてくれませんか? この子達の為にも」

 

「ユリ、どうするんじゃ?」

 

「……」

 

 子供達の懇願の眼差しを見渡しながらゆっくりと自分の思いを向き合い、不安げなヤブクロンの前に立つ。

 

「ヤブクロン。――宜しくね」

 

「ヤ……ヤブー!」

 

 ユリがそう告げた。つまり、ヤブクロンをこの幼稚園で預かる事を認めたという事だ。子供達は嬉しさのあまり、ヤブクロンに擦り寄る。

 

「ちなみに、人と仲良くなったヤブクロンは臭い息を吐かなくなるはず。勿論、しっかりと育てる必要はあるがの」

 

 とここで、キクヨがヤブクロンに関しての知識を語る。

 

「キクヨさん、そうだったんですか?」

 

「だったら、それを先に話せば……」

 

 ここまで手間はかからなかった。と言うか、そもそもヤブクロンはスムーズに幼稚園に入れたのではないか。

 

「ポケモンも子供達も、育て方は自分で見つけるものじゃ。それに、大切なのは相手への想いじゃ。臭くなくなるから大丈夫、ではイカンじゃろう?」

 

「確かに……」

 

 相手がどんなポケモンでも向き合う。それこそが、育て屋に必要なものだ。

 臭くなくなるからと許可すれば、臭いポケモンは駄目だと差別しているのと同じ。キクヨの発言にユリは自分の未熟さを実感した。

 

「あと、子供達の想いも確認したかったからの」

 

 それに、子供達のヤブクロンへの想いも知りたかった。ユリに言われたからで諦めるのなら、何時かは必ず上手く行かなくなっただろう。

 

「ヤブクロンときちんと仲良くするんじゃぞ」

 

「うん! サトシお兄ちゃんにも言われたから!」

 

「ほーう。やるのう」

 

 既に言われていたのは、キクヨも流石に予想外だった。

 

「サトシくん、よければ家で働かんか? 良い育て屋や先生になるかもしれんぞ?」

 

「確かに、サトシなら良い先生や育て屋になるかも……」

 

「うん、ポケモンへの気持ちに溢れてるし、子供達との話も出来る。悪くないかもね」

 

「それには先ず、勉強ね~」

 

「うるさいなあ! あと、俺はポケモンマスターを目指すの!」

 

 冗談、冗談と、笑い声が幼稚園の広場に程よく響き渡った。

 

 

 

 

 

 翌日の早朝。昨日の騒動の後、サトシ達が夜通しでスクラップを置場に戻し、綺麗になった幼稚園の広場。

 

「皆、今回は本当にありがとう」

 

「サトシくん、これを受け取ってくれんかのう?」

 

「これは……」

 

 キクヨが持っていたのは、ケースに入ったポケモンのタマゴだった。

 

「今回のお礼、というのもあるが、サトシくんならこの子を良いポケモンに育ててくれると思ったのじゃ。どうかの?」

 

「……」

 

 お礼にポケモンのタマゴを渡す。という行為にNは少し眉をしかめるも、キクヨはそれだけではなく、相手を選んだ上で渡している。

 気分を悪くしたくはないし、後で聞きたい話でもある。ここは黙って置くことにした。

 

「ありがとうございます。大切に育てます」

 

 受け取ったタマゴを、サトシは大切に受け取った。

 

「サトシお兄ちゃん! また一緒に遊ぼう!」

 

「ヤブクロン戦隊の仲間だもん!」

 

「ヤブー!」

 

 

「あぁ! その時は良いバトルもしような!」

 

 子供達との約束を交わしたサトシはユリやキクヨ、子供達の見送りを受けながら、旅を再開する。

 

「ではキクヨさん、話をお願いしても良いですか?」

 

 Nがキクヨに尋ねる。そもそもNがここに来たのは、話が理由だ。子供達とヤブクロンの騒動で今まで遅れてしまい、やっと出来る。

 とはいえ、今回の騒動のおかげでまた色々と知れたのも事実。事情の差による揉めごと。しかし、それを乗り越えれば良い事態に纏める事が出来る。

 これは人と人、人とポケモン、ポケモンとポケモンの全てで出来ること。勿論、絶対に上手く行く可能性があるとは断言出来ないが、ないとも言えない。

 これらも考えた上で、最善を考えねばならない。それが理想を持つ者の役目なのだ。

 

「うむ、こっちも一段落したからの」

 

「ありがとうございます。ただ、ちょっと空気を味わって来ます」

 

「早めに戻ってくるのじゃぞー」

 

 はいとNは頷くと、幼稚園の壁の影に移動する。

 

「やぁ、メグロコ」

 

「――ロコ!?」

 

 そこには、あのメグロコが隠れていた。吹っ飛ばされたあと、急いでここに戻ったのだ。Nはその気配を察し、ここに来たのである。

 

「上手く行って良かったね」

 

「ロコロコ?」

 

 Nの言葉に何の事やらと、メグロコは惚ける。

 

「キミが悪者になって、ヤブクロンをこの幼稚園に預ける作戦の事だよ」

 

「……ロコ」

 

 ちぇと、メグロコは悪態を付く。どうやら、この青年にはバレていたらしい。

 そう、メグロコが襲撃した理由は子供達を襲い、ヤブクロンに守らせる事で幼稚園で預かるようにしようとしたのだ。

 

「にしても、強引だね」

 

「クローコッコ」

 

 あれぐらいしないとダメだろと、メグロコは言う。

 とはいえ、ストーンエッジは本気では無かったし、当てないように軌道を寸前で変化させるつもりとメグロコなりに配慮はしていた。

 ユリが出てきた時は流石に焦ったが、結果としては一番良い結果に纏まったので、よしとしよう。

 

「キミは誰が狙いだい?」

 

「ロコ」

 

 秘密。メグロコはそう告げるもNは大体、読めていた。サトシかピカチュウ、或いはその両方がこのメグロコがここまで来た理由だろう。

 

「ロコ、ロコロコー」

 

 じゃあ、待たせてるやついるからと、メグロコは地面に潜り出す。

 

「誰だい?」

 

 その問いに、メグロコはこう返す。――片刃の黒き竜、と。それだけを言うと完全に潜った。

 

「……へぇ、まさか彼とね」

 

「カブカブ?」

 

 聞き覚えのある特徴に、Nの目が細まる。知ってるのとポカブが尋ねると、Nは首を縦に降った。

 

「知ってる。まぁ、それだけ、だけどね」

 

 一度だけ会った。たったそれだけだが、かなりの衝撃があったのも事実だ。

 

「……ふふ、色々と動き出しているという事だね」

 

 その流れを、Nは強く感じる。だが、今は知るためにキクヨとの話だ。メグロコとのやり取りを終えたし、Nは幼稚園に向かう。

 

「さぁ、キミはどう動くかな?」

 

 遠くにいるだろう、そのポケモンに対してNは不敵な笑みで告げた。

 

 

 

 

 

「――ロコ」

 

 夕暮れの森の中でボコッと土が盛り上がり、メグロコが地面から出てきた。

 

(――いた)

 

 顔をキョロキョロと動かすと、そのポケモンの一番の特徴、刃を認識する。

 

「ロコ」

 

 よっと、メグロコがそのポケモンに呼び掛ける。すると木の影が動いた。突然見た場合、そう思うかもしれない動作と――身体の色だった。

 

『――見れたか? 例の少年と鼠とやらに』

 

 木の影から出てきたのは、竜だった。幾度もの戦いを思わせる無数の傷が刻まれた黒と灰の身体と尾に、赤い瞳と爪。

 そして、そのポケモンの一番の特徴である、顎から出た斧の様な牙を持つ竜。その名は――顎斧ポケモン、オノノクス。

 キバゴの夢に出た、彼の最終進化したポケモン。しかも普通とは違う珍しい色違いの、黒いオノノクス。

 但し、もう一つ異なる点もある。通常、オノノクスには左右二本の牙が有るのだが、このオノノクスは左側の牙しかない。右側の牙が無いのだ。

 折れた痕がある事から、最初から無いわけではない。途中で、また傷跡の新しさから比較的最近折れて無くなったのだと分かる。

 

『出来た』

 

『そうか』

 

 この二匹の面識はメグロコが昨日吹っ飛んだ時、その落下地点にこのオノノクスがいた事で出来たのだ。ちなみにキャッチされたので、激突はしていない。

 

『メグロコ、その者達は出来るか?』

 

『まだ全力で戦ってないから、強さに関しては何とも言えないけど、面白い連中ではあるな』

 

『面白い、か。ふむ……』

 

 暇潰しにメグロコから聞いた連中――サトシとピカチュウに、オノノクスは今は小さな興味を抱いた。

 

『では――会ってみるとしようか』

 

 サトシとピカチュウが自分のこの興味に応えれるだけの者達なのか、それとも否か。それを確かめようと、片刃の黒竜は動き出す。

 

『潰さないでくれよー』

 

 サトシとピカチュウは自分のターゲット。それを潰されるのは非常に困るのだ。

 

『加減はする』

 

 自分の興味はただ一つ。全てを満たす強者との激しい戦い。決して、弱い者いじめが目的ではない。

 それだけの相手でない、もしくは将来性があると判断すれば、戦いはそこで終わりである。

 

『――楽しみだ』

 

 くくっと、オノノクスが剥き出しの刃の様な戦意を放ちながら歩く。

 

『やれやれ、余計な事言わなきゃ良かったな』

 

 自分のせいで目を付けられたサトシとピカチュウを気の毒に思いながら、メグロコは黒き竜の後を着いていった。

 




 ちなみに、Nとキクヨの話については、今後の話で出します。この話で出すと長くなりますので。

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