ポケットモンスター アナザーベストウイッシュ 作:ぐーたら提督
嘗て、二人の英雄と一頭の竜がいた。二人の英雄は仲良く協力し合い、竜もまた二人の英雄に力を貸した。
彼等は様々な困難に立ち向かい、新たな国を造っていった。
しかし、二人の英雄は考えの相違から何時しか、どちらか正しいのかを決めるべく、争うようになった。
一頭の竜は、その勝敗を決めるため、二つの存在となった。一つは真実を求める者に力を貸す、白き炎竜――レシラム。
そして、もう一つこそ。今、他地方からやって来た少年の前に佇む、理想を司りし黒き雷竜――ゼクロム。
「ど、どうしてイッシュ地方の伝説のポケモンが、いきなりこんな所に……!?」
相対する者だけでなく、見ているだけの者ですら、動くことを躊躇わせるほどの圧倒的な威圧と重圧。
全身を貫くような稲妻を思わせるような鋭い眼光を前に、二人の博士は勿論、シューティーも身動きが取れず、辛うじて呟くことしか出来ない。
(あ、あの伝説の存在が……目の前にいる……!)
その事実は、新人になったばかりのシューティーはあまりにも重すぎた。心臓は激しく高鳴り、緊張で喉は乾く。
写真を撮ることも、図鑑で見ることすら出来ない。況してや、捕らえるなど、頭に過ることすら無かった。ただ、立ち竦むだけだった。
「し、しかし、何故ゼクロムが……!?」
「わ、分からぬ。じゃが……」
その理由は、サトシとピカチュウに有るのでないかと、博士らしからぬ勘でオーキドは推測していた。
事実、ゼクロムはサトシとピカチュウだけを見ている。自分達など眼中にもない。そう言いたげに。
「……」
その黒い巨躯を、ゼクロムはゆっくり動かし、バトルフィールドに足跡を刻みながらサトシ達に一歩ずつ近付く。彼等に自分の手が届く範囲まで歩くと、足を止めた。
「何……かな?」
「……」
突然の伝説の前に、流石のサトシも緊張しながらも、しっかりと向き合って尋ねる。
しかし、ゼクロムは答えず、視線をサトシから彼の胸で抱き締められているピカチュウに向ける。
「――ピカチュウに何する気だ、ゼクロム」
瞬間、サトシはゼクロムに敵意を向ける。例え、伝説の存在だろうが、自分の相棒に危害を加えることは許さない――そう目で語っていた。
「ダメよ、サトシくん! ゼクロムに敵意を向けては!」
アララギが止める。ゼクロムは理想を持つ英雄足るに相応しい人物に力を貸す存在だが、同時に敵対する者を容赦なく滅ぼす冷酷な一面もある。
敵意を向けるだけでも、下手すると命を落としかねないのだ。
「どんな存在だろうが……俺の仲間に傷付けるやつは絶対に許さない!」
命の危機に有ろうが、サトシは強い意志を込めた真っ直ぐな瞳でゼクロムを見据える。
(退かぬとはな)
それどころか、自分を前にして傷付ければ許さないと断言する。どれだけ強大な存在が相手だろうが揺るがず、自分の相棒の身を想い続ける、強く気高い意思。
フッと微かな笑みを浮かべると、ゼクロムは片腕をゆっくりと突き出し、爪の一つをピカチュウに近付ける。次の瞬間、バチッと電線が走った。
「ゼクロム! お前、何を――」
「……ピカ?」
「――えっ?」
相棒の声に、そちらを向く。さっきまであんなに悪化していたピカチュウの体調が急に改善していた。
「まさか……治してくれたのか?」
ゼクロムは無言で背を向け、数歩歩いてサトシ達から離れるとゆっくりと飛び立つ。
「――ゼクロム!」
ゼクロムは声に反応し、顔を向けてサトシを見下ろす。
「さっきはごめん! ピカチュウを治してくれて、ありがとな!」
非難かと思いきや――少年の口から出たのは謝罪と礼だった。
(やれやれ)
元はと言えば、自分のせいで悪化したというのに、知ってか知らずかそんなことを口にするサトシに、苦笑いを浮かべるゼクロム。しかし、悪くはない気分だ。
その気分のまま、ゼクロムは雷鳴の様な速度でアララギ研究所から去っていった。
(確か、サトシだったか?)
空を駆ける中、ゼクロムは女――アララギが少年をそう呼んでいたことを思い出した。
当初、ゼクロムはさっきピカチュウが放った特大の雷を感じ、もしや自分の雷が大きな負荷を与えていたのではないかと考え、その場合はピカチュウを治すためにサトシ達の前に現れたのだ。
しかし、予想外の収穫はあった。勿論、サトシの事である。
自分という、大きな存在を前にしても逃げず怯まず、己の相棒を強く想い、また原因の自分にも謝り、礼を述べる逞しくも純粋な意思の持ち主。
ゼクロムとしては、多いに興味がそそられた者だった。
(また、何処かで会いたいものだ)
そう思いながら、理想の雷竜は空の彼方へと駆けていった。
「行っちゃったな」
「ピカ」
相棒の言葉に、自然な動作で肩に乗りつつピカチュウは相づちを打つ。その視線の先の空には、ゼクロムのいた痕はまるで残ってなかった。
しかし、焼け焦げたこのバトルフィールドに数個だけあるゼクロムの足跡が、雷竜がいた確かな証拠として刻まれていた。
「……まさか、ゼクロムに出会すなんて」
旅立ちの日に予期せぬ伝説の遭遇。この衝撃をシューティーは一生忘れることはないだろう。
ただ、ゼクロムはおそらく、何らかの理由があって、サトシとピカチュウに会いに来ただけだ。
事実、自分には目もくれなかった。つまり、偶々の偶々で会えただけなのだ。何よりも、ゼクロムは自分を認識すらしていない。これで満足などしていたら、上になど行けない。
次の時は、自分の存在をゼクロムに認識させて見せると、シューティーは誓った。
「サトシくん、ピカチュウはどうなの?」
一方、アララギとオーキドがサトシ達に近寄り、具合を確かめる。
「どうだ?」
「ピ~、ピカピ?」
ピカチュウが力を込める。今度は勢いよくバチバチと鳴るも、直後に妙な違和感を感じた。
「まだ、調子がいまいちなみたいです……」
「直ぐにもう一度検査を行いましょう。オーキド博士、協力をお願いします」
「勿論じゃ」
――オーキド博士!?
ポケモン研究の第一人者、カントーにいるはずの彼がこのイッシュにいることに、またまたシューティーは驚愕してしまう。
「むっ? わしに用かな?」
「え、えと……後でも構いませんっ! 今は彼のピカチュウを!」
シューティーは若干テンパりつつも、ピカチュウやさっきの失言もあって、後回しと告げる。
「オーキド博士、彼の言う通りです。先ずはこちらを」
「そうじゃな。君はどうするかな?」
「付いていきます」
流石に弱ったポケモンを無視するつもりはない。シューティーも同行し、サトシ達と一緒に研究所の中に向かった。
「どうですか?」
「ピカチュウは自分の許容力を超えたゼクロムの電気を受け、また放ったことで、電気を発生させる器官に異常を来したみたいね」
検査室での再度の診察やサトシやシューティーの話の結果、ピカチュウは電気を作る器官に異常が起きたと推測された。
ゼクロムの雷を受けただけなら、ここまでには為らなかっただろうが、直後のバトルで無理に使って電気を使おうとした結果、ダメージが残ってしまったのだ。
「その影響で、動作も体調と比例してるみたい。良いときなら、通常通り。悪いときは鈍くなると言ったように。ゼクロムがある程度は異常を正したみたいだけど……それでも、しばらくは続くと思うわ。調子が良い時なら電気技が使っても大丈夫と思うけど、不調の時は控えた方が懸命ね。出来ればバトルも」
「そうですか……」
その報告に、全員が残念そうな表情を浮かべる。
「その、俺のピカチュウはボルテッカーが使えるんですけど……」
「ボルテッカーは反動がある。調子が良い時でも控えた方が良かろう。他の技を使ってはどうじゃ?」
「そうします」
ボルテッカーは強力な分、反動もある。今のピカチュウの身体を考えると、使わない方が懸命だろう。
「ごめんな、ピカチュウ。俺が無理に戦わせたせいで……」
「ピカピー」
そんなことないとピカチュウは頭を振る。自分が無理に戦おうとした結果でもあるのだから。
「サトシくん。ピカチュウ。あなた達は悪くないわ。元は言えば、私達の責任なのよ。……ごめんなさいね」
「……本当にすまんの。サトシ、ピカチュウ」
もっと精密に検査を行なっていれば、ピカチュウの不調に気付けたはずなのだ。
こうなったのは、完全に自分達の不備。二人の博士はすまないと頭を下げる。
「いえ、オーキド博士もアララギ博士も頭を上げてください。何時かは治るんですから」
「……ありがとうね」
「……すまんの」
二人の博士は改めて、頭を下げた。
「とりあえず、サトシ。今日はピカチュウちゃんの為にも、ゆっくりしましょう」
「そうするよ。失礼します」
「ピカ」
母親、相棒と一緒に用意してもらった部屋に向かおうと検査室を出る。
「サトシ」
「シューティー!」
廊下に出ると、扉の近くで待っていたシューティーに声を掛けられる。足元にはツタージャがいた。
「どうだった?」
「……しばらくはこの調子が続くって」
その報告に、シューティーは申し訳なさそうな顔をする。
「……ごめん。あの時、持ち掛けなければ良かった」
それか、最初に技が出なかった時、止めた方が良いと伝えるべきだった。
「気にしないでくれ。俺にも失敗も有ったんだし。なっ、ピカチュウ?」
「ピカ」
「……すまない」
過ぎた事だと、サトシとピカチュウは笑うも、シューティーとしては自分にも責任の一端がある。謝らざるを得なかった。
「ふふっ、良い子ね。あなた。サトシと大違い」
「あなたは……」
「私はハナコ。この子の母親よ。宜しくね、シューティーくん」
「はい」
シューティーとハナコは互いに軽く挨拶をかわした。
「シューティー、この後はどうするんだ?」
「……本来は、旅に出ようと思ってたけど――」
ピカチュウが不調になった一因にもかかわらず、完治もしてないのにこのまま旅をするのは、気が進まなかった。
「――シューティー」
サトシに強い声で呼ばれる。目を見ると、強くも優しい光が宿っていた。
「シューティーは先に旅に行ってこいよ」
「……だけど」
「シューティーには、シューティー自身の旅が、目標が、夢があるだろ? 俺やピカチュウに遠慮して、それをないがしろにしちゃダメだ」
ピカチュウを心配してくれるのは嬉しいが、その為にシューティーが自身の想いを優先しなくなるのは、嫌だった。
「ピカ!」
「……サトシ、ピカチュウ」
「シューティーくん。この子達は、そんなに弱くないわ。だから、あなたはあなたの道を行きなさい」
サトシ、ピカチュウ、ハナコの声を聞き、シューティーはしばらく悩んだあと、その言葉を受けた。
「……分かりました。サトシ、ピカチュウが一日でも早く治るのを祈ってるよ」
「ありがとう。あと、オーキド博士には会わないのか?」
「忙しそうだし、またの機会にお願いするよ」
わざわざカントーから遠く離れたイッシュに来たのだ。重要な用件なのだろう。それを邪魔する気はなく、また先の失言もあって後ろめたかった。
「それじゃあ、機会が有ったらまたどこかで会おう」
「あぁ、頑張れよ。シューティー!」
「あなたの夢、叶うと良いわね」
「ありがとうございます。ツタージャ」
「タジャ」
ツタージャはピカチュウに話し掛け、次は負けないぞと告げる。ピカチュウがうんと頷いた。
シューティーはそれを確認すると、サトシとハナコにもう一度頭を下げ、廊下を歩いて外へ出た。見上げると、青空が広がる。
「……色々有ったな」
他地方の少年、サトシとその相棒、ピカチュウ。自分の相棒となったツタージャ。伝説の存在、ゼクロム。
これだけの出会いがある旅立ちの日も早々無いだろう。そう思うと苦笑する。
「――よし、行こうか。ツタージャ」
「タジャ!」
空を見上げ、軽く深呼吸すると少年と一匹が道を歩き出す。
一人の新人トレーナーが旅が、今始まったのだ。
「行っちゃったわね」
「うん」
シューティーを見送った二人は、ピカチュウを休めさせようと改めて部屋に向かおうとする。
「――ミジュ?」
「わっ!?」
「ピカ!?」
「あら?」
そこに二人と一匹の後ろから、サトシには聞き覚えのある鳴き声が響く。振り向くと、ラッコポケモンのミジュマルがいた。
「お前……さっきの?」
「ミジュ」
「あら、かわいい子。ここの子?」
「ミジュ? ミジュマ~~」
またかわいいと言われ、ミジュマルは照れる。しかし、あっと何かを思い出したのか、サトシに近付く。
「ミジュミジュ?」
「えと……心配してくれてるのか?」
「ミジュ!」
服の痕を指したり、不安そうな表情からサトシはミジュマルが自分を心配してるのかと尋ねると、ミジュマルは強く頷いた。
「大丈夫! 問題ないよ」
良かった~と言うと、ミジュマルはトコトコ歩いて離れていった。
「なつかれてるのね。ふふっ」
「そうかな。良いやつだから心配してくれたんだと思うな」
「どうかしらね。とにかく、部屋ね」
「うん」
二人と一匹は今度こそ、部屋へと向かった。
「……うーん」
夕暮れ。サトシは部屋で何か悩んだ様子で唸っていたが、直後に駄目だと言わんばかりに頭を勢いよく振る。
「ピカピ?」
「何でもないよ、ピカチュウ」
相棒にそう言われるも、長い間一緒にいたピカチュウにはサトシの考えが分かっていた。
サトシはきっと、このイッシュ地方を旅したいのだ。しかし、自分が不調だから迷っているのだろう。
「――ピカ!」
「痛っ! な、何するんだよ、ピカチュウ……」
渇!と、ピカチュウはチョップをサトシの頭に叩き込む。
『行きたいのなら、そう言う!』
自分はサトシの相棒なのだ。彼が彼らしくある限り、どんなに不調だろうが共にいる。そう決めているのだから。
「ピカチュウ……」
サトシもピカチュウの想いを理解する。
「……きついぞ?」
『――いつもキツイ!』
楽な旅など、今までに一度もなかった。だからこそ、楽しいのだが。
「迷惑かかるかもしれないぞ?」
『結構掛かってる!』
特に、サトシは困った人やポケモンを見捨てないお人好しだ。付き合うのは結構疲れているが、もう慣れてしまった。
「……本当に良いのか?」
『――当然!』
何よりも、自分は見たいのだ。新たなこの地で頑張るサトシを。
「ありがとう、ピカチュウ。俺、決めたよ!」
『よく決めた、サトシ!』
それでこそ、サトシである。ピカチュウは両手を組み、うんうんと満面の笑みで頷いた。サトシもそれに釣られ、元気一杯の笑顔を見せた。
翌朝、研究所の玄関に四人と一匹がいる。サトシとピカチュウ、ハナコとアララギ、オーキドだ。
「必要な物は揃えたの?」
「ちゃんと用意したってば」
「なら良いけど……」
「心配し過ぎだってば」
「ピカ」
「旅に心配し過ぎなんてないわ。準備はしっかりとするべきなのよ?」
「そうだろうけどさ……」
ただ、用意し過ぎると、荷物が多くなって動けなくなってしまう。何事も程々である。
「それよりさ、ママ」
「なーに?」
「許可出してくれて、ありがとう」
この許可とは、旅の許可だ。昨日の夕飯時、サトシはハナコとオーキドにイッシュ地方の旅がしたいと告げたのだが、二人は色々と聞いたあと、サトシの話を受け入れたのだ。
「そんなこと? あなたはポケモン好きで旅好きなんだから、言うのは読めたわ」
「まぁ、ピカチュウの不調だけが気がかりじゃったが……」
サトシとピカチュウの強い希望であることや、オーキドとアララギが調合した、電気ポケモンの発生器官の調子を少しでも良くする薬を用意された事もあり、最終的には許可したのだ。
「サトシ。薬はちゃんと晩の寝る前に飲ませるのじゃぞ。ちゃんと毎日飲み続ければ、回復は早くなるからの」
「勿論です」
相棒の為にも、それを欠かす気は無い。
「無くなった場合、私に報告してね。新しいのを用意して、システムで送るから。また経過は、ポケモン図鑑で診て。特製のプログラムを組み込んであるから、分かるはずよ」
特別に診察用のプログラムを組み込んだポケモン図鑑と、五つのモンスターボールを受け取る。但し、シューティーの様な新人用のポケモンは無い。
サトシは新人ではないので、当然と言えば当然なのだが。
早速、ポケモン図鑑を開くと、一ヶ所に特別なアイコンがある。そこを押すとピカチュウのデータが浮かんだ。
「本当に助かります」
「良いの。これぐらいさせて頂戴」
元々は、自分達の失態だ。これぐらい当然である。
「ここから一番近いジムは、サンヨウシティのジムね。先ずはそこを目指しなさい」
「分かりました」
アララギから場所を聞き、先ずはそこを目的地にしようと決めた。
「シューティーくんにも、同じことは言ってあるから……もしかすると、会えるかもね」
「シューティーか」
自分より、一日早く旅立った新人の少年。彼は今、どうしているだろうか。もう二体目か、もしかしたら三体目ぐらいは捕まえているかもしれない。
ただ、ツタージャと頑張っていることだけは容易に想像出来た。
「そろそろ、行ってきます!」
「ピカ!」
「はい、行ってらっしゃい」
「気をつけるのじゃぞ」
「頑張ってね、サトシくん」
母と二人の博士の見送りを受け、少年は相棒と共に新たな旅への一歩を進み出した。
「ふふっ、今度はどれだけ立派になって帰って来るのかしら。楽しみ」
「そりゃあ、一回りも二回りも立派に成長なって戻って来ることでしょうな。わしも楽しみです」
「私もです」
ハナコとオーキドは、サトシがこの地方の旅でどれだけ成長するのか気になる一方、アララギは別の点からサトシに注目していた。
理想の竜、ゼクロム。かの竜が偶々他地方にやって来た少年とその相棒と顔合わせしたのは、果たして単なる偶然なのか。もしくは何らかの必然なのだろうか。
(気になっちゃうわね)
一人の人間としても、博士としても、アララギは彼等の行き末が気になって仕方なかった。
サトシとピカチュウ。彼等の旅は、一体どんな結果をもたらすのか。今から楽しみである。
「――アララギ博士!」
少年と相棒の先を楽しみにしていた三人だったが、そこにアララギの助手が慌ただしい様子でやってくる。
「どうしたの?」
「それが――」
助手からあることを聞かされ、研究所は暫く慌ただしくなるのであった。
そんな研究所の騒動はともかく、サトシはピカチュウと一緒にカノコタウンの道を全力で走っていた。
自身の夢を、理想を迷わずに突き進むように。
「ピカチュウ! 本当に楽しみだな!」
「ピカ!」
この先、どんな人達と、ポケモンと、出会うのだろうか。それを考えるだけで、わくわくが際限なく溢れ出してくる。
目指すはサンヨウシティ。最初のジムへと向け、少年と相棒は歩き出す。
「――ミジュージュ!」
そんな彼等の希望に満ちた後ろ姿を、一つの存在が追っていた。
どうやら、サトシとピカチュウの楽しいことは、そう遠くない内に起きそうだ。
研究所では、アララギ博士達が話し合いをしていた。
「うーん、あの子どこに行っちゃったのかしら……」
「外も探しましたが、全く見当たりません」
「ただ、カメラを見る限りは外に行ってはいます」
「また、適当な場所に行っちゃったのかしら……」
彼女達が探している存在は、目を離すと何処かに行っている事が多い。今回もそうだと考えれば、大して心配しなくても良さそうではある。
「大丈夫ですかな、アララギ博士?」
「すみません、オーキド博士……」
「いや、これも個性じゃろう。良ければ、わしも手伝おう」
「いえ、そういう訳にはいきません」
折角来てもらった客人、しかもポケモン研究の第一人者に手間を掛けさせる訳には行かない。
「しかし、見過ごす訳にも行かんじゃろう」
博士として、この事態にただゆっくりしているのは、納得が行かない。
「それはそうですが……」
どうしたものかと、アララギが悩んでいると扉が開き、一人の研究員が入っていた。
「アララギ博士、宜しいでしょうか?」
「もう……今度は何?」
「実は、アララギ博士に会いたいという人物が来ていて……」
「え? 今日は特に会う予定は無いはずよ?」
「はい。それらとは違う、個人的に訪れた人のようです」
「個人的に……?」
これまた迷うアララギ。事前にアポなしで来たとは言え、お客であることは間違いない。重要な話の可能性も無くはないだろう。
「とりあえず、ここに来るように伝えて」
今はもう一つ済まさねばならない用事がある。その人物の用件が直ぐに済むのなら、そちらから片付けた方が良いだろう。
「分かりました」
数分後、研究員に案内された例の人物が部屋に入る。
「――はじめまして、アララギ博士」
入って来たのは――黒い狐のようなポケモンを連れた、白黒の帽子を被り、薄緑の長髪、目にはハイライトが無い、少年というよりは青年というべき人物だった。