ポケットモンスター アナザーベストウイッシュ   作:ぐーたら提督

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 何とか用意出来たのと、話の性質上、二話同時に投稿した方が思い、出します。ちょっと、人を選ぶ話かもしれません。


向き合う真実

「始めまして、アララギ博士」

 

 シューティーが旅立ちした翌日、サトシが旅に出た少し後、Nはゾロアと共にアララギ研究所を訪れ、アララギ博士と対面していた。

 

「えと、貴方は?」

 

「Nと申します。高名なポケモン博士であるあなたとお話しがしたくて訪ねました。ダメでしょうか」

 

「少しぐらいなら構わないわ」

 

 変わった名前の青年だが、瞳は真剣さに満ちている。無礼な態度も取っていないし、断る理由は無かった。

 

「あと、出来れば二人きりが望ましいのですが、構いませんか?」

 

「分かったわ。ただ、安全の為に身体検査だけはさせて貰うわね」

 

「はい」

 

 万一に備えてだろう。Nはアララギの要求を受け入れた。

 その後、身体検査を素早く済ませると、客室でNとゾロア、アララギがソファーに腰掛ける。

 

「それで……私に何を聞きたいの?」

 

「アララギ博士。失礼を承知で申します。貴女はトモダチ――ポケモンの研究者とのことですが、率直に聞きます。何故、そんなことをなさるのですか?」

 

「……そんなこと?」

 

 前置きがあるとはいえ、Nの発言に研究者としての仕事を馬鹿にされた気分になり、苛立つアララギ。

 下手すれば、これだけでも追い出されてもおかしくはないが、Nの意図はまだ分かっていない。もう少し聞くことにした。

 

「はい。ポケモンを研究すると言うことは、捕まえるということです。その為だけに。違いますか?」

 

「……」

 

「また、この研究所では新人トレーナーにポケモンを授けると聞きました」

 

「……えぇ」

 

「その為にも、やはり捕まえる必要があるはず。それは彼等の自由の剥奪と同じでは?」

 

 Nの批判に、少し考えさせられるアララギ。研究に関しては、今は昔の研究で得た豊富なデータがあるのでその必要はないが、その時代の事を考えると、強ち筋違いの批判とは言いにくい。

 また、三匹については弁解の余地はない。確かにその通りだ。

 

「……そうね。貴方の言うことは正しいわ。だけど、私達は研究を続けるわ」

 

「それは何故?」

 

「人とポケモンとの関係をより良くし、彼等をより知る為よ。今はポケモンが近くにある時代。衝突の回避、的確な治療には彼等の情報は必要不可欠だわ」

 

「……」

 

 アララギ博士の言葉に、Nは無言ではあるが理解は示していた。確かに衝突の回避や、適切な治療にはポケモン達の詳細な情報が必須と言って良い。

 

「では、新人トレーナーに授けるポケモンについては? 彼等はあまり見ない稀少な存在。研究者の貴方が捕獲するのは独占、権力の横暴と言っても過言ではないでしょう」

 

「稀少だからこそ、保護をしているの。選ぶのも適正がある子に限定してはいるわ。新人との出会いに備えてケアもね。最初の相棒。新人の子もポケモンも、互いに特別な思い入れが宿るでしょう?」

 

 最初故に、色々と衝突は有るだろう。しかし、だからこそ互いの特別になる。そういう狙いもあった。

 

「また、こうすることで余計な揉め事を避けれるわ」

 

「トレーナーになる前の少年が血気に走り、独断でポケモンを捕まえたりするのを避ける、などですね」

 

「その通りよ」

 

 親が代わりに捕まえる。と言うのもあるが、それでも自分で捕まえたいと思う者は多い。その時、子供だけで勝手に行うのが一番怖い。

 

「……それでも、さっきの発言の否定は出来ないけれど」

 

 Nの三匹の捕獲については実際、限れた場所に限定している事を考えれば独占や、権力の横暴発言を完全に撤回することは出来ない。

 

「アララギ博士。貴女はポケモンへのケアに万全と行なっていると申しましたが、それぐらいは当然かと。しかし、トレーナーに関しては? 例え、能力は有っても、ポケモンへの思い遣りに満ちた人物とは限りません」

 

 才能は有っても、心が無くてはポケモンは不幸になるだろう。

 

「旅の中で心身の成長を促す。それはとても素晴らしい事だとは思います。しかし、その皺寄せがポケモンに寄る可能性が有るのはどうなのでしょうか」

 

「その前までにも、触れ合いの機会を作り、少しでも良くするべき。という事ね。でも、それ自体は既に可能な限り行なっているの。例えば、幼稚園やスクールなどでね」

 

「……そうでしたか」

 

 意外と思ったNだが、よくよく考えれば自分が思い付くのだ。既に誰かが提案していても不思議ではない。

 

(……世間知らずな所が出たかな)

 

 半年程前まで、Nはある場所の中で暮らし、普通とは異なる学びをしていた。その弊害が出たのだろう。

 

「しかし、そのようにしているのなら、無理に旅をする必要は無いのでは? 街の中でも、十分必要な事は学べるはずです」

 

「でしょうね。でも、夢の為に旅を目指す子供はとても多いわ。外に行きたいというポケモンもね」

 

 危険はある。しかし、それを補うだけの利点も旅にはあった。だからこそ、自分達は旅のサポートをするのだ。

 

「その子達へのサポート。また、いざという時の対応。その為にも、私は研究者であることを続けるわ」

 

 それがアララギが選んだ道。彼女のポケモンとの触れ合い方だった。

 

「……なるほど」

 

 アララギの信念、考えを知ったN。まだ思うところはあるも、ある程度の理解はした。

 

「Nくん。今度は良いかしら?」

 

「構いません」

 

「なら、率直に。――貴方が目指すものは何?」

 

 その問いに、Nは一瞬だけ間を置いてから語った。

 

「人とポケモンが平等に生きる世界です。具体的に言えば、ポケモンバトルを無くし、モンスターボールも使わない。人とポケモンはそれぞれの場所で生きていくべき――それがボクの目指すもの、理想です」

 

 Nの目指すものを聞き、アララギは少し考える態度を取る。

 

「それは、覚悟の上で?」

 

「……覚悟?」

 

「多くの人とポケモンを傷付け、苦しませる覚悟を背負った上で。そう聞いてるの」

 

「……待ってください。どうして、そうなるのですか。ポケモンは自然の中で生きるのが一番のはずです」

 

 Nの言葉に、ゾロアもそうだと呼び掛ける。対して、アララギは呆れた視線を向けていた。

 

「Nくん。はっきり言うわ。今の貴方のそれは、理想じゃない。幻想、もっと悪く言えば何も知らない子供の思い上がりよ」

 

「思い上がり……!? 何故ですか!」

 

「ゾロゾロ!」

 

 思わず声を荒げ、詰め寄るN。ゾロアも敵意を剥き出しにしているが、アララギは動じずに説明する。

 

「Nくん。人とポケモンがそれぞれの世界で生きるようになる。そうなったら、今のこの世界の人といるポケモン達はどうなるの?」

 

「彼等は、元は自然にいた存在です。受け入れてくれるでしょう」

 

「どうしてそう思うの? 彼等には時間を掛けて人と育んで来た絆がある。それを突然断ち切られて、何も感じないと思うの?」

 

「それならば、人の世界にいる前のポケモン達も同様です。その当時の彼等にだって、仲間達との絆はあったはず」

 

「そうね。なら、人の世界の中でタマゴから産まれた子や、望んで人の世界に来た子は? その子達も、離されても素直に受け入れれるの? まさか、他が受け入れたのだからそうしろって、押し付けるつもり?」

 

「ち、違います。そんなこと……」

 

「違わないわ。貴方が言ってるのは、そう言うことよ」

 

 アララギの指摘に、Nは言葉が詰まる。確かに人との世界で生まれた彼等が人と離されて、何も思わない訳がない。

 だが、自分が目指す世界を実現するには、それでもしなければならない。そうでなければ、完全な平等にはならない。

 

「それに、人との世界で生きてきた子達が、自然の中の世界で生きていけるのかしら? 自然の世界には厳しい生存競争が存在するわ。適応しなければ、当然命を落とすでしょうね。それも、考えた上で?」

 

「……」

 

 そこまで考えていなかった――いや、考えること自体が不可能だったNは、沈黙するしかない。ゾロアも悔しそうに歯軋りしている。

 

「だから言ったの。今の貴方のそれは、幻想、思い上がりでしかないって」

 

「……ボクのこの想いは、間違いだったという事ですか」

 

「別に、そんなことは言ってないわよ?」

 

「……えっ?」

 

 自分の理想は間違っていた。そう結論着けようとしたNだが、アララギにそうじゃないと言われ、間の抜けた声が出た。

 

「いや、だって……」

 

「私は、今の貴方のそれは空想でしかないということと、デメリットを語っただけよ。貴方のその思いを否定する気なんて、これっぽっちも無いわ」

 

 言われて見れば、アララギは自分の考えその物を否定はしていなかった。

 

「貴方の理想で救われるポケモンはいるでしょう。例えば、身勝手なトレーナーや研究者にいる子達はね。だけど、それと同じぐらいかそれ以上に苦しむポケモン達も出てくる。これは絶対に避けられないわ」

 

 今の世界、人とポケモンが共にいる世界から二つを切り離そうとしているのだ。悲しみを生み出す事は避けられない。でも、救われるポケモン達も確かにいるのだ。

 

「きっと、貴方は人に傷つけられたポケモン達を見て、助けたいと思ってそう考えたのでしょうね。それは何も間違ってないわ。ううん、寧ろ正しい」

 

 ただ、ポケモン達を助けたいだけなのだから。

 

「でもね。その理想の裏側で傷付くポケモン達に気付かない、見ようとしないのは――間違いだわ。だからこそ、私は聞いたの。貴方に覚悟はあるのかって」

 

 人やポケモン達の恨み、憎しみ、悲しみ。理想の裏側にあるそれらの真実を背負ってまで、その思いを叶える覚悟が有るのか。それこそがアララギの問いかけの意味。

 普通なら、アララギはここまでしないだろう。しかし、青年が掲げる理想は実現すれば今の世界に大きな変革をもたらすもの。

 果たされた後、自分が想定いなかった事態に陥ろうが、誤魔化しは一切通用しない。だからこそ、確かめる必要があったのだ。結果は、この通りだが。

 

「……正直、わかりません」

 

「そう。なら、止めなさい。そんな気持ちじゃ、不幸になるだけよ」

 

 半端な覚悟では、その理想を実現させても自分も他者も不幸にするだけだと、止めるように呼び掛けるアララギ。

 

「でも――トモダチを、ポケモン達を救いたいという気持ちに嘘はありません」

 

 例え、刷り込めれた物だとしても。それでも、これは譲れない。

 

「それは、本物?」

 

「……はい。ボクの中の――揺るがない真実です」

 

 現実を突き付けられ、へし折られそうになったが、それでも残った真実の思いだった。

 

「なら、好きにしなさい。私は何も言わないわ」

 

「……良いのですか?」

 

「貴方がしっかりと決めた事だもの、私が口出しする事じゃないわ」

 

「……ボクを止めなかったせいで、大変な事になるかもしれませんよ?」

 

「どれが最善かだなんて、私には分からないもの」

 

 Nの理想も、正解ではあるのだ。ポケモンは厳しい生存競争の中での生活を余儀なくされるが、本来自然とはそう言うもの。

 死が常に隣り合わせな世界だからこそ、生きるために命はここまで進化してきたのだ。それを間違いだなどと宣うのは、人の思い上がりでしかない。

 それに今の世界、Nの理想が実現した世界、この先どちらになろうが、自分のやるべき事は変わらない。

 人とポケモンのより良い関係のため、研究を続ける。たったそれだけだ。

 

「あと、私に言えるのは一つだけ。後悔しない様にね」

 

「はい。今日は本当にありがとうございました。付き合って頂き、感謝します」

 

 これからの為にも、自分は理想の奥にある真実と向き合い続けなければならない。今回のこの話は胸の中に深く仕舞って置こうとNは強く決めていた。

 

「もう出るかしら?」

 

「はい」

 

「なら、外まで送るわ」

 

「助かります」

 

 アララギの案内を受け、Nとゾロアは研究所の入り口まで移動する。

 

「所でNくん。貴方はこれからどうする気かしら?」

 

「ボクは――」

 

「カブーーーッ!」

 

 言おうとしたNの言葉を、叫びと炎の音が遮る。

 N達がそちらを見ると、一匹のポカブが的である岩に炎を放っていた。近くには、安全の為のスタッフもいる。

 

「トレーニングですか?」

 

「はじけるほのおの練習。あの子、既に十分な能力を持ってるけど、それでも練習を続けてるの。力が有り余ってるのよね」

 

 だからこそ、新人トレーナーのポケモンに選ばれた訳だが。

 また、昨日シューティーに選ばれなかったのも、ポカブがトレーニングに励む一因だった。

 

「まだまだ未完成ですね」

 

「えぇ、素質は有るんだけど、技が難しいの。あまり上手く行ってないわ」

 

「……」

 

「Nくん?」

 

 Nは少し考えたあと、ポカブの方へと歩いていく。

 

「――やぁ」

 

「カブ?」

 

 Nは膝を曲げ、ポカブとの視線を近付けて優しく語り掛ける。突然の人物に、ポカブは警戒する。

 

「だ、誰だね、君は?」

 

「ごめんなさい、その子はさっきまで私と話し合ってたお客さんなの」

 

 戸惑うスタッフに、アララギが説明する。Nは彼女に助かりますと言うと、ポカブとの会話を続ける。

 

「今、新しい技を身に付けようとしてるんだよね? 良かったら、手伝わせてくれないかな?」

 

「カブ? ……ポカ」

 

 最初は戸惑うポカブだったが、Nが自分に協力したいと知り、受けることにした。大して期待はしてないが。

 

「……上手く行くでしょうか?」

 

「まぁ、好きにやらせましょう」

 

 そんなNに、スタッフも少し戸惑い気味だが、アララギの言葉に様子を見ることにした。

 

「はじけるほのお」

 

「カブーーーッ!」

 

 岩目掛けて、炎の弾を放つポカブ。しかし、途中で勝手に弾けてしまった。

 

「もう一度」

 

「カブ」

 

 再度放つポカブ。しかし、結果は先程と同じだった。

 

「ポカブ、少し良いかい?」

 

「カブ?」

 

「今からボクの言う通りに。先ずは炎を溜めて」

 

 とりあえず、ポカブはやって見ることにした。炎を溜めていく。

 

「ポー……」

 

「そこで停止。溜めた炎をよく練ってみるんだ。一点に集中するように」

 

「カー……」

 

 溜めた炎に意識を集中させ、圧縮していく。

 

「最後。炎を一気に解放する」

 

「ブーーーッ!」

 

 炎を発射。それは今までよりも勢いよく、岩に着弾すると炸裂し、周りに飛び散る。

 

「凄い……」

 

 完成はまだだが、簡単なアドバイスだけで、一気に精度を高めた。相当な指導能力だ。

 

「良い感じ。今の感覚を続ければ、技は完成するよ」

 

「カブカブ!」

 

「どういたしまして」

 

 ありがとうと笑みを浮かべるポカブに、Nも笑顔で返す。

 

「……」

 

 そんな彼等のやり取りに、アララギは少し考えに浸る。そして。

 

「Nくん」

 

「何でしょうか、アララギ博士?」

 

「貴方――その子を育てて見ない?」

 

「……え?」

 

 突然の提案に、Nは驚きを隠せないでいた。

 

「今のアドバイス、見事だったわ。この短時間でポケモンの力を引き出すそのセンス。貴方にはトレーナーとしての才能がある。その子と一緒に旅をしてみない?」

 

「カブカブ!」

 

 アララギの提案に、ポカブはそうしようと喜びに満ちた声で語り掛ける。この青年となら、自分は強くなれるとポカブは確信したのだ。

 

「……嬉しい御言葉ではありますが、お断りします」

 

「カブ……!?」

 

 しかし、Nから拒否されてしまい、ポカブは深いショックを受ける。

 

「それは、貴方の理想と反するから?」

 

「……いえ、それだけじゃありません。ボクはポケモントレーナー、そして、ポケモンバトルが好きではありません。彼等を傷付ける人の娯楽としてしか見えないんです。ですから――」

 

「それは、知った上で?」

 

「……というと?」

 

「ポケモントレーナー、ポケモンバトルの全てを知った上で、貴方はそう思っているの?」

 

「……いえ」

 

 そうと言われると、躊躇いがある。何故なら、自分はあまり見ておらず、あの部屋の中でそう思ったに過ぎないのだから。

 

「――そういうこと」

 

 アララギは何かに納得したように、そう呟いた。

 

「なら、Nくん。貴方は尚更ポケモントレーナーになるべきだわ。そして、旅をして多くの人とポケモンと触れ合い、今の世界をその目で見て、知りなさい。それが貴方の務めよ」

 

 世界を変革させるほどの理想を持つからこそ、今の世界にある真実をその目で見なくてはならない。

 

「世界を見て、知る……」

 

「えぇ。第一、その為に私の所に来たのでしょう?」

 

「……はい」

 

 少しでも知るために、彼女に会いに来たのだ。さっきのやり取りで気付かれたようだが。

 暫しの間、Nは悩む。自分はまだポケモントレーナー、ポケモンバトルを表面しか知らない。ポケモンの事を含めて。

 そんな自分では、真実を抱いていても、己が決めた道を歩むことなど、到底不可能だろう。途中で挫折か、道を間違えるかもしれない。

 

「――分かりました。ボクはポケモントレーナーになります」

 

 ならば、自分はポケモントレーナーになろう。そして、彼等やポケモンバトル、ポケモン、それらで満たされたこの世界を、真実を知ろう。青年はそう決意した。

 Nの決断に、ゾロアは不満げだが、彼の決めた事ならと口出しはしなかった。

 

「ちょっと待ちなさい。渡すものがあるから」

 

 アララギは研究所の中に入り、しばらくすると戻って来た。手には二つの道具がある。

 

「ポケモン図鑑。そして、モンスターボールよ。どうぞ」

 

「……これは新人トレーナー用のでは?」

 

「貴方、今までトレーナーしたことないでしょう。つまり、新人と変わらないわ」

 

 ならば、若干強引では有るが、彼にポケモン図鑑やポカブを託しても問題はない。

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

「……すみません。ボクはポケモン図鑑やモンスターボールを受け取れないんです」

 

「受け取れない……?」

 

 その台詞にアララギは訝しむ。話し合いの時や、今のと言い、どうもこの青年――『闇』が相当に深い様だ。

 

「そう。なら、この子だけでも連れて行きなさい。さっきので貴方の事気に入っちゃって、行きたがってるの」

 

「カブー……」

 

 懇願の眼差しで見上げるポカブに、Nは少し考えてからアララギにこう話す。

 

「……ボクに託しても、良いのですか?」

 

「え?」

 

「もう、ボクが得体の知れない人物、いや危険だとは理解しているはずです。下手したら、この子の力を悪事に使うかもしれない。その場合、貴女に責任が及びますよ?」

 

「危険かもしれないけど、悪人じゃないでしょ? 悪人はそんなこと一々言わないわ」

 

「いや、そうですが……」

 

 スタッフはNの発言に、危機感を抱いたようだが、アララギはだから?と堂々としている。

 

「まぁ、その時は私が見る目が無い、ただの馬鹿だったという事になるわね。それだけよ」

 

「そ、それだけ……」

 

「Nくん。私はさっき言った筈よ? その子達――つまり、新人へのサポート。また、いざという時の対応。その為にも、私は研究者であることを続けると。要するにそういうことよ」

 

 ニッコリと笑うアララギに、Nは勝てないなと思ってしまった。

 

「ポカブ、さっきはごめん。こんなボクと来てくれるかい?」

 

「カブ!」

 

「――ありがとう。ゾロア、仲間が出来たよ」

 

「ゾロゾロ」

 

 Nと自分の仲間になったポカブに、ゾロアは自己紹介。それを聞いてポカブも自己紹介した。

 

「アララギ博士、ありがとうございました」

 

「気にしないで。新人の手伝いも、私の仕事だから」

 

「貴女には迷惑はお掛けません。それは約束します」

 

 これから自分が進む道では、必ずアララギに迷惑を掛ける。だからこそ、Nは彼女には責任が及ばない様にと決めていた。

 

「それぐらい、気にしないのだけれど」

 

 いざというときは、自分が責任を取るつもりだ。ただ、その際に供えてオーキドに頼んで置くが。

 

「ボクが気にします。では、失礼しました」

 

 Nは一礼すると、ゾロア、そして新たな仲間、ポカブを連れて静かに礼儀正しく歩いていった。

 

「……アララギ博士、本当にあの青年にポカブを託しても良かったのですか?」

 

 スタッフからすれば、どうしても危険な気がしてならないのだ。

 

「そうね。何かは避けられないかもね」

 

「でしたら……!」

 

「だけどね、私達の仕事には問題や責任なんて付き物よ」

 

 図鑑やポケモンを託したトレーナーが、何かを仕出かし、問題を引き起こした。

 そういうことは一度や二度ではない。どれだけ細心の注意を払おうが、それは無くならない。ただ、だからと言ってこの仕事を止めるつもりはないが。

 

「それに、あの子にはこうするべき。そう感じたのよね」

 

 それは研究者としてもだが、個人の直感でもあった。

 

「あと、今の私達の仕事はポケモンの研究と彼等の手伝い。なら、全力で尽くすだけよ」

 

 Nには謎が多いが、今の彼ははっきり言って、まだまだ知らない大きな子供だ。

 だからこそ、先は厳しい問いかけを、今は世界を知って貰うため、トレーナーになることを勧めたである。

 

「さぁ、次はミジュマルの捜索よ。さっさと見付けましょう」

 

「分かりました」

 

 アララギは研究所に戻る前に、一度だけN達が去った方向を見る。

 

「ベストウイッシュ。良き旅をね、Nくん」

 

 それだけを言うと、アララギは中に入った。

 

「ポカブ」

 

「カブ?」

 

 道を歩く最中、Nがポカブに語り掛ける。

 

「ボクの進む先は、きっとキミに辛い思いをさせる」

 

「ポカ……」

 

 不安に満ちた声を、ポカブは上げる。正反対の隣にいるゾロアは静かだ。

 

「それでも、付いてきてくれるのなら――ボクはキミを強くして見せるよ。必ず」

 

「――カブ!」

 

 分かったとポカブは頷く。その心中には、強くなる思いともう一つ、この青年を放って置きたくないという思いもあった。

 

「ポカポカー!」

 

「あっ、そんなに先に行ったらはぐれるよ」

 

「ゾロロ」

 

 先を走るポカブを追うように、Nとゾロアも走り出す。こうして彼等の旅は始まったのであった。

 

 

 

 

 

(……そんなボクが、こうして話したりしている、か)

 

 振り返りも終わり、Nは今を見る。カラクサタウンで出会ったサトシやピカチュウ、デントやアイリス、シューティーが目の前にいる。

 トレーナーとして進まなければ、彼等とこうして出会うこともきっと無かっただろう。そう思うと、笑みを浮かぶ。

 

「どうしたんですか、Nさん?」

 

「いや、こうして話すのは楽しいと思ってね」

 

「そうですね。あの子達も楽しそうですし」

 

 サトシ達が視線を動かす。その先には、ポケモン達が色々なグループに分かれて話に花を咲かせていた。

 例えば、ピカチュウはツタージャやゾロア。ポカブはヒトモシやプルリル。マメパトはハトーボーやバニプッチと。キバゴは色々と。

 またアララギ研究所にいたミジュマル、ジャノビー、ポカブの三匹はそんなに時間は経ってないとはいえ、こうして一堂に再会出来て嬉しそうだ。

 

『いや~、まさか、またこうして一緒になるとはな~。サトシに付いていって良かったぜ!』

 

『オイラも、Nと旅することにして正解だったよ。ツタージャ、今はジャノビーか。アンタは?』

 

『……まぁな。再会して嬉しくはある』

 

 プイッと反らすジャノビーに、ミジュマルはニヤニヤと笑い、ポカブはご機嫌な様子だ。

 

『ところでよ。俺達のトレーナーの中で誰が一番だと思う? やっぱり、サトシだよな!』

 

『Nが一番さ。だって、オイラの力をここまで引き出せたんだもん』

 

『し、シューティーもまだまだだが、有望ではあるぞ!』

 

『え~? けどよ、バトルではサトシは二人に勝ったんだぜ~? つまり、サトシが一番って事さ!』

 

 ドヤ顔でのミジュマルの発言にむ~、口を膨らませるポカブとジャノビー。

 

『Nの強さなら、次は勝つさ!』

 

『シューティーだって、経験を積めば必ず勝てる!』

 

『はっ、どうだか!』

 

 バチバチと火花をぶつける三匹。少しずつ空気が悪くなり、このままだと即発――かと思いきや、パァンと強い音が鳴る。

 

『アンタ達、言い合うのは勝手だけど、喧嘩するのならそれなりの目に遭ってもらうわよ』

 

『そうそう、喧嘩はダメだよ』

 

『Nも怒るよ?』

 

『あっ、はい、すみません……』

 

 ピカチュウ、ツタージャ、ゾロア。今出ている中では上位の実力に忠告され、三匹は謝る。

 そんな彼等のやり取りに、Nは少し微笑むとアイリスの方を見る。

 

「アイリスくん。まだダメかい?」

 

「……全然。頑張ってはいるんですけど」

 

「そう。だけど、諦めない様にね。無視はしていても、キミのことを見てる筈だから」

 

 

「……はい」

 

「……どういう意味だい?」

 

 事情、ドリュウズの件を知るサトシとデントは直ぐに理解したが、シューティーにはさっぱりだった。

 

「あー、色々あってさ」

 

「……なるほど、聞かない方が良さそうだね」

 

 それならば、無理をして聞く事もない。シューティーは別の質問をすることにした。

 

「サトシ、君どうやってポカブやツタージャをゲットしたんだ?」

 

 シューティーのふとした疑問。ミジュマル、ポカブ、ツタージャの三匹はかなり珍しいポケモンで、野生ではあまり見掛けない。

 ミジュマルはアララギ博士に託されたから。しかし、ポカブとツタージャは何処でゲットしたのかが気になる。

 

「あ~、それな~……うーん……」

 

「どうしたんだい、サトシ?」

 

 サトシの言いづらそうな態度にデントが首を傾げるも、アイリスは気付いた。サトシはポカブの事で悩んでいるのだ。

 

「いや、ちょっと空気が悪くなるんだけど……それでも良いなら話すよ」

 

「分かった」

 

 サトシは先にツタージャとの件を話す。旅の中で見つけ、激闘の末にゲットしたことや、ツタージャが前のトレーナーを見捨てたポケモンであること。

 次に、ポカブだ。カラクサタウンのバトルクラブの一件を切欠に自分のポケモンになった事を話す。

 

「――って事なんだ」

 

「……最低のトレーナーだね」

 

「……バットテイストにも程があるよ」

 

 ポカブの件に、デントもシューティー、振り返しでアイリスやNも不機嫌な表情を浮かべる。

 シューティーは強い弱いと判断する事はあれど、捕まえたポケモンをそんな風に捨てはしないと決めている。

 ちなみにNのポカブは、その話に辛かったんだなと、サトシのポカブにポンポンとしている。

 

「ごめん、やっぱり話さなきゃ良かった」

 

 やはり、空気が微妙になってしまい、サトシは皆に謝る。

 

「いや、僕達が聞いたのも原因だからね。そんなに気にしなくて良いよ」

 

「それにしても、その最低なトレーナーは今頃どこで何をしてるのやら」

 

「ろくな目に遭ってないんじゃない? て言うか、遭っちゃえば良いのよ」

 

「それで自分の愚かさを痛感して、反省してくれればね。――そろそろ、切り上げようか。空気が悪くなってしまう」

 

 はいと、全員が頷く。今は折角皆で話しているのに、その内容がこんな物なのは嫌だった。

 

「サトシくん、君は確かカントーから来たんだったね?」

 

「はい。マサラタウンから旅立ちして、色々な地方を巡って今はこのイッシュに」

 

「最初のポケモンは?」

 

「ピカチュウだよ」

 

「……あれ? でも、ピカチュウは電気タイプだよね?」

 

 普通、新人トレーナーのポケモンは炎、水、草タイプの三匹の何れかの筈。それ以前に持っていたのだろうか。

 

「あー、それがさ。俺、旅立ちの日に寝坊しちゃって……」

 

「寝坊って……子供ね~」

 

「……そう言えば、君わくわくで眠れなかったと言ってたね」

 

「で、限界を迎えて途中で寝てしまったと……」

 

「あはは、サトシらしいよ」

 

 サトシの寝坊に、シューティーとアイリスは苦笑い。対照的にNとデントはらしいと微笑んでいた。

 

「まぁ、それで受け取るポケモンがいなくなっちゃってさ。だから――」

 

「ピカチュウになったと」

 

「うん」

 

 その事に関して、Nは思うところがあるも、この場では言わない。

 

「最初はどんな感じだったの?」

 

「正直、良くなかったなー。喧嘩ばっかり」

 

「えっ、そうなの!?」

 

「これまた驚き」

 

「そうなんだね……」

 

「想像も出来ない……」

 

 今の彼等を見ていると、その頃の様子が全く想像出来ない。

 

「最初はそんなキミ達が、今はこんなにも深い絆を持ってる。時の積み重ねを感じるよ」

 

「僕も同意見です。最初はバラバラでも、一緒に旅をする中で様々な苦難を糧に育まれた強く堅く美しい絆……正に、友情のフレイバー!」

 

「……デントさんって、こんな人なのかい?」

 

「そうよ、面倒くさいでしょ?」

 

 ポケモンソムリエとして、サトシとピカチュウの関係を評するデント。その様子に、シューティーは何とも言えない表情だ。Nもちょっと苦笑いしている。

 

「そもそも、サトシくんもだけど、シューティーくんもどうしてポケモントレーナーになろうと思ったんだい?」

 

「俺はポケモンバトルをテレビで見てです。あんな風になりたいなって思って」

 

「僕もサトシと同じです」

 

「デントくんやアイリスくんは?」

 

「僕は、兄弟と一緒に幼い頃からレストランの手伝いをしていて、お客さんと一緒にいる彼等を見ていく内に、興味を抱きました」

 

「あたしは里にドラゴンポケモン達がいたから、それでかな」

 

「Nさんは?」

 

「世界をこの目で知りたいからだよ。先の為にね」

 

 憧れからのサトシとシューティー。仕事からのデント。生活と共にあったからのアイリス。世界を知りたいからのN。

 こうして話すと、トレーナーになる理由が色々有ることが分かる。

 

「これから、サトシくん達やシューティーくんはどうする気だい?」

 

「僕は次の町を目指します。次のバッジをゲットにするために」

 

「シッポウジムだね。アロエさんは強敵だよ」

 

 ジムリーダーとして、デントは他の町のジムリーダーと多少なりとも交遊があったので知っている。

 

「分かっています」

 

 サンヨウジム、コーン&ヒヤップとのバトルではタイプ有利だったにも拘わらず、後一歩の所まで追い込まれたのだ。

 次のジム戦も厳しいものになるだろうと、シューティーは予感していた。

 

「アロエさんか。どんな人なんだ、デント?」

 

「それは会うまでのお楽しみだよ」

 

「そうよ~。まぁ、今の内に対策したいのは分かるけど」

 

「え?」

 

「え? だから、今から対策するために聞いたんじゃ……」

 

「いや、単純に気になったから聞いただけだけど」

 

「あはは、だろうね」

 

 今から対策というのは、正直サトシの性格には合わないとデントは思い、つい笑っていた。Nもだ。シューティーは少し微妙な表情だが。

 

「サトシやデントさん達は?」

 

「治療も終わったし、話が終わったらまた行こうって思ってる」

 

「Nさんも、やっぱり次のジムを?」

 

「うん。ただ、今日一日この町に留まってから行こうかなとは思ってる」

 

 もう少しバトルクラブでトレーナーやポケモンを見てみたいので、Nは今日一日はこの町に留まる予定だった。

 

「なら、ここでお別れかな」

 

「ですね。だけど、また会えますよ」

 

 その時は、またこんな風に話したいものである。

 

「じゃあ、先に失礼します。あと、サトシ」

 

「なんだ?」

 

「次会うときはもっと強くなって見せるよ」

 

「その時は、俺達も強くなってるよ」

 

「だろうね」

 

 そうでなくては、倒す価値が無い。

 

「それと、Nさん」

 

「なんだい?」

 

「今の僕では、貴方達には勝てません」

 

 サトシと互角に渡り合える実力者。今の自分では、到底勝機は無いだろう。

 

「だけど、何時かは必ず勝ちます。覚悟して置いてください」

 

 でなければ、自分が目指す先には辿り着けないのだから。

 

「よく覚えておくよ」

 

 シューティーはサトシとNにそれだけを言うと、一人先にポケモンセンターを後にした。

 

「じゃあ、俺達も行きますね」

 

「怪我や危険には気を付けてね」

 

「ありがとうございます」

 

 サトシ達はNに頭を下げ、先のシューティーと同様にポケモンセンターを出た。

 

「楽しかったね」

 

「カブカブ!」

 

「……ゾロ」

 

 うんうんと頷くポカブと、少し間を置いてからのゾロア。二匹共、楽しかった様だ。

 

(……だけど、ボクの理想を叶えるには、それらを犠牲にしなくてはならない)

 

 でなければ、その理想は実現したことにはならないのだ。

 

(……苦しいね)

 

 胸の底が締め付けられる様だ。これが、理想の裏にある真実の苦しみ。

 

(……改めて思うと、ボクの道って厳しいなあ)

 

 だけど、それでも歩まねばならない。それが、自分に示された運命なのだ。

 

「ゾロア、ポカブ」

 

「ゾロ?」

 

「カブ?」

 

「しっかり学ぼうか」

 

「カブ!」

 

「……ゾロ」

 

 ポカブは力強く、ゾロアは渋々だが頷く。二匹のその様子を見たNは立ち上がると、多くのトレーナーとバトルを見るべく、バトルクラブへと向かった。真実と向き合うために。


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