続きをどうぞ。
午後の授業が終わり放課後になる。説明会までは少し時間があるな。暇なので隣人に話しかける。
「佐倉さんは説明会行くの?よかったら一緒に行かない?」
「う、ううん。部活は入らない、かな」
「そうなんだ。写真好きなら写真部もとかあるみたいだよ」
「写真は好き、だけど、人と話すのは苦手、だから.……」
やっぱり駄目か。余計なお世話だと思うが、佐倉さんが部活を通して友達を作れればなと思ったんだけど。同じ趣味を持つ人なら話しやすいだろうし。強要することじゃないし大人しく引き下がろう。「帰るね」と一言残し立ち上がった佐倉さんに手を振ってこれからどうするかを考える。すると帰ろうとしていた佐倉さんが立ち止まり、踵を返して僕のところに戻って来た。
「どうしたの?忘れ物?」
「あ、あの!その、えっと……」
「落ち着いて。ゆっくりでいいよ」
かなり緊張している様子の佐倉さんに落ち着くよう促す。どうしたのだろう。深呼吸した佐倉さんは小さな声で話し始めた。
「く、倉持君。さ、誘ってくれて……ありがとう」
最後の方はかなり小さい声で周りの喧騒にかき消されてしまいそうだったが、しっかりと僕の耳に届いた。僕は微笑みながら佐倉さんに返事を返す。
「どういたしまして」
「え、えっと……じゃ、じゃあ帰る、ね」
「うん。また明日」
顔を少し朱色に染め、再び帰って行った。かなり勇気を出したのだろう。彼女も変わろうとしているのかな。何かきっかけがあれば大きく変われるのではないだろうか。隣人として彼女の成長を見守りたいと思った。しかし、今まで眼鏡と前髪で分かりづらかったが、佐倉さんって結構可愛いんだな。ちょっとドキッとした。
「勇人よ、顔が緩んでいるぞ。その顔は美しくないのだよ」
「なってないよ。元々美しい顔でも無いけどね」
急に高円寺に話しかけられ、吃驚する。そんなに緩んでいたのだろうか。高円寺が来たってことは何か用があるのだろうか。
「で、どうしたの?」
「別に大した用はない。結局、部活動には入るのかね?」
「まだ迷っているよ。説明会聞いてどうするか決める。高円寺は……やるわけないな」
「無論だな。時間の無駄なのだよ」
きっぱりと言い切る。入ろうか悩んでいる人の前で時間の無駄とか言うなよ。遠回しに僕に部活に入るなと言っているのか?
何がしたかったのか、高円寺はそのまま帰って行った。
その後、再び僕の元に来訪者が現れる。洋介だ。
「ホント、高円寺君と仲が良いね」
「まぁ、中学からの友達だからね」
「羨ましいよ。本当に」
「洋介?」
洋介の顔に影が差す。心配になり顔を覗き込むと、何事もなかったかのように話を続ける。
「勇人君は部活はやってたの?」
「え?うん。何個か掛け持ちしてたよ。洋介と同じサッカーとか」
「そうなんだ!それじゃあサッカー部に入るの?」
「いや、まだ考え中かな」
よかった。いつもの洋介だ。あれは何だったんだろう?一瞬洋介が抱える心の闇が見えた気がした。二人で部活について話していると、三度、来訪者が現れる。
「なになに?何の話?」
軽井沢さんが洋介の後ろからヒョコっと現れた。洋介が先程の話を軽井沢さんにする。
「へー。倉持君もサッカー部だったんだ!意外だね」
「そうは見えない?」
「ううん。見た目的にはスポーツやっててもおかしくなさそうだけど、趣味は読書って言ってたからインドアだと思ってた」
「僕も運動はしないのかと思ってたよ」
やはり、第一印象ってのは大きいんだな。それよりよく僕の趣味なんて覚えてたな。
「趣味はいっぱいあるけど、その中でも特に読書が好きってだけだよ。もちろん運動も好きさ」
「そうなんだ。倉持君イケメンだからモテたんじゃない?」
「それがそうでもないんだよなー。洋介みたいにモテなかったよ」
軽井沢さんの言葉は冗談だろうけど女の子にイケメンって言われて嬉しくない男はいない。それが可愛い女子だったら余計だ。しかし、本当にモテなかった。甘酸っぱい青春をおくってみたいものだ。
「僕だってモテないよ」
「「それはない」」
「えぇ!?」
軽井沢さんとハモリながら否定する。モテていない訳がないだろう。冗談も言って良いことと悪い事があるぞ。それはもちろん後者だ。
「それじゃあ説明会は行くのかな?」
「うん行くよ。綾小路君と約束してる」
「綾小路って誰?」
「誰って、自己紹介のとき居たよ。窓際一番後ろの席の男の子」
「ああ、影が薄い奴ね」
綾小路君に厳しいな。僕の事を覚えてくれていたから、綾小路君の事も覚えているのかと思ったが、そうでも無いみたいだ。偶々だろうか。
「綾小路君と仲良くなったんだね。どうせなら、僕らと一緒に行かないかい?綾小路君と皆が仲良くなるきっかけになるだろうし。ね、軽井沢さん」
「え?まぁ倉持君が来るなら別にいいけど」
またとない提案が来た。綾小路君は友達を増やしたがっていたので丁度いいのではないか。だが、今回は見送るしかなさそうだな。もう一人の同行人がそれを良しとするとは到底思えないし。
「実は綾小路君だけじゃなくて堀北さんも一緒なんだ。堀北さんはあまり大人数は嫌いみたいでね。ごめんだけど、別々で行こう」
「堀北さんもいるの?よく誘えたね」
「そうだったんだ。それなら仕方がないね。残念だけど……」
「悪いね。断ってばかりで。今度遊びにでも行こうよ」
あまり断ってばかりだと心象はよくないだろう。一回、遊びに行って親交を深めておきたい。僕の提案に二人は笑顔で乗ってくれる。
「そうだね。他の皆も誘っておくよ」
「いいねー!楽しみ!」
二人と話しているうちに、体育館に向かうには丁度いい時間になったので、二人と別れ、綾小路君と堀北さんと合流し、体育館へと向かった。
体育館は予想以上に人が集まっていた。中にはDクラスの生徒の姿があったが、ほとんどが知らない生徒であった。
しばらくして、部活代表による入部説明会が始まった。特に変わった所の無い普通の説明会だった。壇上で部活の部長さんが説明している最中も二人は面白い掛け合いをしていた。本当は、お前ら付き合ってるだろ。
何事もなく淡々と進んでいたが、急に堀北さんの様子がおかしくなった。声をかけても返事はなく、その視線は壇上の一人の眼鏡をかけた生徒を捉えていた。
マイクの前に立ったその生徒は落ち着いた様子で一年生を見下ろす。何だあの人は。冷たい。一目見ただけで冷たい印象を受ける。その生徒は一言も発さない。体育館全体がざわつきだすも、微動だにしなかった。
そして、空気は突如として変わっていく。体育館全体が、張り詰めた、静かな空気に包まれる。誰に命令されたわけでもないのに、話してはいけないと感じるほど、恐ろしい静寂に。そのような静寂が30秒ほど続いた頃、ゆっくりと全体を見渡しながら壇上の先輩が演説を始めた。
壇上に居た生徒は、生徒会長の
結局、生徒会長の2分ほどの演説中誰も一言も発することができなかった。雑談でもしようものならどうなるか分からない。そう思わせる気配があった。異様な雰囲気の中、司会者の終了の挨拶で説明会が終わる。しかし、堀北さんは立ち尽くしたまま動く気配が無かった。綾小路君とどうしたものかと目で話していたら、不意に声がかかった。
「よう綾小路。お前も来てたんだな」
須藤君だ。隣にはクラスメイトである
「倉持も一緒だったんだな」
池君が僕を見てそう言う。池君とは今日、少し話していたのでこちらにも話しかけてくれた。それから五人で雑談した後、男子用のグループチャットに誘われ入会し、その場の全員と連絡先を交換した。堀北さんはいつのまにやら居なくなってしまっていた。後を追っても仕方がないと判断し雑談に興じた。
それから数日が経ったある日の朝、僕たちは次の授業のため移動をしていた。
「勇人君は水泳は得意なの?」
「得意ではないけど好きかな」
洋介の質問に歩きながら答える。現在次の授業である水泳の授業のため更衣室に向かっている。僕らの前には最近、一部から三馬鹿トリオと言われている、池君山内君須藤君の三人がやたらと高いテンションで騒いでいた。綾小路君はついていけないみたいだった。
何故、三人があれだけ騒いでいるかと言えば、この水泳授業が元凶だろう。この学校水泳の授業は男女合同である。つまりはスケベ心だ。尤も僕も男だし、期待していない訳じゃないけど。
「ホントキモイ」
一瞬、僕に言われたかと思った軽井沢さんの一言は前の三馬鹿に放たれた一言だった。すごく焦った。危うく謝るところだった。僕は気を取り直して、気になっていた事を軽井沢さんに聞いてみる。
「ところで、何でジャージ着てるの?」
「ああ、これ?そりゃもちろん見学するからに決まってんじゃん」
「軽井沢さん見学するんだ。風邪とか?」
「違う違う。ああゆうのがいるから見学すんの!」
洋介の質問に蔑んだ目で前を見て答える。確かにあれを見て水着になりたいとは思わないだろうな。
「泳ぐのが嫌いって訳ではないんだ?」
「うん。嫌いじゃないよ。しばらく泳げてないけどね」
いつもの強気な表情の軽井沢さんではなく、どこか弱弱しく見える表情で答える。泳げてないか。この言葉にどのような意味が込められているのか、今の僕には分からなかった。
水着に着替えて、プールに出てくると、綾小路君達が何やら怪しげな会話をしていた。何をしているのか気になって近づいてみると不意に山内君の声が聞こえた。
「ここだけの話、俺実は佐倉に告白されたんだよ」
近づいていた足が止まる。マジか。あの佐倉さんが告白!?にわかには信じられないが、当事者が言っているということは本当なのか?何故だろう、少しもやもやする。
もやもやが気になっていると、更衣室からガタイが良い金髪の男が颯爽と現れた。
「浮かない顔をしてどうした、マイフレンド。私の完璧な肉体美を見てリフレッシュしたまえ」
「そんなんでリフレッシュできるか!」
高円寺が無駄にうまいポージングを披露する。リフレッシュはしないが、先程のもやもやは無くなった。これが高円寺効果か。いや、関係ないな。
ほどなくして、先生が来て授業が始まる。最初の先生の言葉が気になった。
「泳げるようになっておけば、必ず後で役に立つ。必ず、な」
確かに役に立つだろうが断言しているのが気になる。必ずと2回も念を押して。
僕の疑問も関係なく授業が進む。初めに全員が50m泳ぎ、終わった後に競争すると先生が言い出した。1位になった生徒には特別ボーナス、5000ポイントを支給すると付け加えて。
タイムが早かった5人で決勝をして優勝を決めるらしい。僕は高円寺と洋介と一緒の二番目の組だった。
「やぁ、勇人。君と同じ組とはね。少しは楽しましてくれよ」
「うるせぇ。吠え面かかしてやる」
「残念ながら私は、負けるのは好きじゃないんでねぇ」
バチバチと僕と高円寺の間に火花が散る。それをみて洋介が恐る恐る話しかけてくる。
「随分と燃えているね」
「まぁね。高円寺と勝負するときは全力でと決めてるんだ!洋介も全力で来てよ!」
高円寺と僕は何かあるたびにこうして勝負をする。しかし、結果はいつも惨敗。これまでの成績は89敗
前の組が終わり、僕らの出番になる。全員がスタート台に立つ。すると女子から喜びの悲鳴が上がる。洋介がスタート台に立ったからだろう。しかし、中には僕の名前を呼んでくれる声が聞こえた。幻聴だろうか。2階を見ると、見学組の面々がこちらを見ていて、その中には、軽井沢さんと佐倉さんの姿もあった。軽井沢さんがこちらに笑顔で手を振っていたので振り返しておく。可愛いなおい。
全員が準備を整え、スタートの笛を待つ。絶対に負けない!
先生の笛が鳴り、一斉に飛び込む。
まずは序盤、高円寺が獣のような瞬発力でスタートダッシュに成功するとグングンと加速していく。それを追随するかのように僕と洋介君が続いた。
このままでは負けてしまいそうなので、ペースを上げる。水泳に大事なペース配分を捨て、後先考えずに全力で泳ぐ。すると半分を過ぎた頃に高円寺に追いつく、このまま行けるかと思った矢先高円寺のスピードが上がった。
いや、違う。僕のスピードが落ちたのだ。そのまま高円寺が1位でゴールして、僕は2位、洋介が3位だった。敗因は単純に体力の差だろう。
高円寺のタイムが22秒56、僕が24秒46、洋介が25秒13がだった。
「いつも通り私の腹筋、背筋、大腰筋は好調のようだ。悪くないねぇ」
ムカつく。プールからあがった高円寺は余裕の笑みを見せ、髪をかきあげた。少しだけ息が切れているようだったが余裕の表情だった。それに引き換え僕はプールから出るのもままならない程に疲れ切っていた。
そんな僕を見て高円寺が手をつかみ引き上げてくれる。
「やるではないか。私も途中本気を出してしまったぞ」
「全然余裕そうじゃないか。僕はもう無理だ」
そう言って、プールサイドに座り込む。決勝は辞退させてもらおう。そこに洋介がやって来た。
「二人とも早いね!付いて行くので精一杯だったよ」
「僕とそこまでタイム変わらないだろ。あんまり疲れてないみたいだし」
「そんな事は無いよ。つられてスピード上げちゃったから後半はバテバテだったよ」
「悲観する必要はないぞ。二人とも実にいい泳ぎであったが、私の泳ぎはそのさらにその上をいくのだよ。美しいこの肉体でね」
高円寺が他の人を褒めるのは珍しい。だが、一言余計だ。そのポージングをやめろ。
決勝は高円寺が圧勝して幕を閉じた。
この頃の軽井沢さんって綾小路君の事全く認識してなかったんですよね。
軽井沢さん自身もモブって感じでしたし。
オリ主の影響により、高円寺、平田君のタイムが上がっています。
本気の泳ぎにつられた結果です。