今回で番外編は終わりです。
よう実7巻をやっと買いました。まだ最初の方しか読めていませんが……。
それでは続きをどうぞ。
目的地であるカフェに到着し、アイスコーヒーを注文し席に座る。余談だが、僕はブラックコーヒーは飲めない。いつもコーヒーフレッシュをニつとガムシロップ半分を入れている。コーヒーフレッシュを二つも入れるのは僕くらいなものだろう。
午前中に部屋を出たはずが、もう昼を過ぎてしまった。だが、まだ半日はある。小説を読むには十分だ。昼ご飯も食べたいところだが、先に小説を読もう。坂柳さんの薦め方が上手すぎて中身が気になって仕方がないのだ。
暑い中歩いて来たので喉がカラカラだったので、コーヒーを一気に半分近く飲んでしまう。かなりもったいない気がするが、読みだしたら夢中になって飲むことを忘れそうだし丁度いいだろう。
いざ読もうと本を開くと、何やら横から視線を感じる。気のせいだと思い、再び読み始めようとする。だがそれもすぐに止める。気のせいなんかじゃない。確実に見られている。それも食い入るように。
誰かに覗かれているかもとか、監視されているかもとかじゃない。ガン見だ。隣に座っている女子生徒が僕の方をガン見していた。僕が何かしたのだろうか。気になって読書どころではない。
「えっと……何か用かな?」
「はっ、私としたことが……ごめんなさい」
僕の事を、というよりは僕の持つ小説をガン見していた女子生徒は僕の呼びかけに我に返ったかのように謝罪をしてきた。別に謝られることではないのだが。
「あなたが持っている、年季の入った小説が初めて見るものでしたので、気になって見入ってしまいました」
「そ、そうなんだ」
どこか抜けたような、おっとりとした雰囲気の女子生徒は僕を見ていた理由を話す。一度、小説から外した視線がまた小説へと戻っている。そこまで気になるのか。
「良ければ少し見てみる?」
「よろしいんですか?」
「かなり気になっているようだからね」
「それでは少しだけお借りします」
そう言って僕から小説を受け取り、目を輝かせながら小説を見る。さっきの僕もこんな表情をしていたのだろうか。
「かなり古い本のようですね。作者も聞いたことがありません。この作者の本は他にもあるのですか?」
「どうだろう。実はそれ、借りものなんだ。貸してくれた人の私物だよ。この学校に来るときに持ってきたらしい」
坂柳さんに借りた小説のうち、これだけは買ったものではなく、持ってきたものをおススメだから、と貸してくれたのだ。僕もこの女子生徒と同じく、見たことも聞いたこともないものだったので興味がそそられたのだ。
「そうだったんですね。内容も気になりますが、さすがにお返しします。ありがとうございました」
すごい名残惜しそうに小説を見ているが、坂柳さんの私物であるため、僕が彼女に貸すわけにもいかないので、申し訳ないが返してもらう。
「借りものだからごめんね。しかし、よほど小説が好きなんだね」
「はい、特にミステリーが好きですね。あ、自己紹介がまだでしたね。わたしは1‐Cの
「これはご丁寧に。僕は1‐Dの倉持勇人。よろしくね」
「よろしくお願いします。それで、倉持さんはどんな小説がお好きですか?」
軽く自己紹介をして、女子生徒、椎名さんが目を輝かして聞いてくる。
「僕は雑食かな。どのジャンルでもそれぞれ良い所があるし」
「その回答はずるいです。それがありなら私も同じです」
「ずるいって何だよ。しいて言うなら僕もミステリーが一番読むかな」
「それは喜ばしいことです。それで、えっと、くら……あ、クラリスさんは好きな作家は誰ですか?」
「ちょっと待った、僕はクラリスさんじゃなくて倉持」
自己紹介したばっかりなのにもう名前を忘れたのか?それにしても絞り出した末にクラリスって。そんな外人みたいな名前なわけないだろ。
「これは失礼しました。どうしてこう、人の顔と名前は覚え難いんでしょうか」
「それにしてもクラリスは無いでしょ。どっからでてきたの」
「思い出そうとしたら最近読んだ小説の登場人物の名前を思い出してしまって。それで少しの可能性に賭けて呼んでみました」
この子はおっとりとした見た目に反して、なかなかアグレッシブな子なのかもしれない。基本表情が変わらないから冗談か本気かも分かり辛い。
「小説の登場人物ね。思いつくのは『アルセーヌ・ルパンシリーズ』のクラリス・デティーグとかかな」
「驚きました。ルパンと最初に結ばれる妻ですね。読んだことがあるんですか?」
「あれは名作だからね。さっきの質問の答えだけど、好きな作家がモーリス・ルブランなんだ。彼の小説は、ほとんど読んでいるよ」
「素晴らしい作家ですよね。ルパンを創造した奇才です」
「そうなんだよね。それにルブランの『アルセーヌ・ルパンシリーズ』はルパンの活躍から始まり、冒険もの、探偵もの、恋愛ものってバリエーションが豊かで前期の作品と後期の作品ではそれぞれ違った趣があるんだよね」
「分かります。それに物語の中でルパンを自殺させたときに言った言葉が苦悩が分かる名言なんですよね」
「「ルパンが私の影なのではなく、私がルパンの影なのだ」」
小説について、しかも僕が好きなルブランについてここまで話ができる人は初めてだ。今の僕はかなりテンションが上がっている。やっぱり好きな事について語れるのは良いものだな。
「すいません、蔵臼さん。少し興奮してしまいました。Cクラスには小説を好む人がいなくて」
「いや、僕も一緒だよ。あと倉持ね」
「倉持って覚えにくいと思いませんか?」
「そうなのかな?確かに同じ苗字の人はあまりいないかも」
外国人の名前じゃなくなったのは進歩だが、どうも名前が覚えにくいみたいだ。本当に変わっているな。
「下の名前はなんでしたっけ?」
「はやとだよ」
「漢字ではどう書くんですか?」
「勇ましい人で勇人」
「なるほど……」
椎名さんは何やら考え込みだした。そして何かを思いつき、口を開く。
「決まりました。それでは、ゆうくんと呼ばせていただきます」
「えっと、僕の名前は、はやとなんだけど」
「はい。だから、ゆうくんです」
これ以上言っても駄目だ。勇気の勇から、『ゆうくん』になったのだろう。あだ名をつけられたと解釈しよう。
「覚えれるのなら、もうそれでいいよ」
「バッチリ覚えました。早速ですが、ゆうくん、もう少しお話をしませんか?」
その提案にどうしようかと考える。もちろん話をするのは構わないのだが、借りた小説を読みたい気持ちもある。
どうしようか悩んでいると、椎名さんが何かに気付いたように手を叩く。
「CクラスとDクラスが敵対している状況で仲良くすることを気にしているのでしょうか。それならご心配なく。私は争いごとのようなものに興味はありません」
「それは全く考えていないけど」
「良かったです。そのようなつまらないことで、無意味にゆうくんと亀裂が入るのは嬉しくありません。仲良くすることが一番いいことなんですから」
椎名さんは今起きている事件をつまらないこと、と言い切る。この言葉にはどんな意味が込められているのだろうか。
「もう飲み物がないですね。私が買ってきます」
「それは悪いよ。自分で出す」
「それには及びません。話をしていただくお礼とお詫びです」
「お詫び?」
お礼は分からなくもないがお詫びとはいったい何のことだろう。疑問に思っていると、椎名さんの次の言葉に衝撃を受ける。
「はい、私のクラスの生徒が
「椎名さん、今なんて?」
「嘘をついてそちらの生徒を陥れようとしているお詫びですよ。それより、私のことは、ひよりでいいですよ。龍園くんもそう呼びますし」
さらに龍園の名前も出てきて、頭の中が少しパニックになる。少しお待ちくださいね、と言って椎名さんはレジへ向かって行った。呆気にとられながら、その姿を眺める。
今の発言の狙いは何だ?僕にCクラスが嘘をついていることを言うメリットが全く分からない。それになぜ龍園の名前を出した?或いは何も考えていないのか?
考えても答えは出なさそうなので、思考を打ち切り大人しく椎名さんを待つ。
なんにしても、かなり椎名さんに振り回されているな。この後も話を続けることも自然と決まっちゃってるし。かなりマイペースな子だな。誰かさんの相手で慣れているが。
程なくして飲み物を持って椎名さんが帰ってくる。
「お待たせしました。こちらをどうぞ」
「ありがとう。それよりさっきのは言ってもよかったの?」
「問題ありません。龍園くんが勝手にやっているだけですので。私は普段龍園くんとは距離を置いているので」
「Cクラスが嘘を言っている話はいいんだろうけど、その龍園君の名前を出してもよかったの?」
「……ゆうくんが誰にも言わなければ問題はありません」
何も考えずに言ったんだな。少し警戒していたがその必要はないみたいだな。そう結論付けた僕は椎名さんが買ってきてくれたコーヒーに口をつけた。
一口飲んだ瞬間、ある違和感に気付く。それは僕が先程飲んでいたものと味が一緒なのだ。似ているとかじゃない。
「コーヒーフレッシュとガムシロップの方は勝手ながら入れさせていただきました。ゆうくんはコーヒーフレッシュ2つにガムシロップ半分ですよね?」
「……なんでそれを?」
ガムシロップの量が分かるのは納得できる。先程の僕のトレーにはガムシロップが半分残っている容器が残っていたからだ。足りないと思ったら入れれるように、捨てずに置いていた。
だが、コーヒーフレッシュについては分かるはずがない。入れた直後に捨てているのだから。
「先程飲んでいたコーヒーの色から逆算しました。通常よりも白かったので」
「椎名さんはそれを見ただけで分かったのか?」
「意外と出来るものですよ。こう見えて、洞察力にすぐれているんです、私。あと、ひよりでいいですよ」
簡単そうに言うが普通は出来ることじゃない。再度彼女に対する認識を改める。彼女は底が見えない。注意しておいて損はないだろうな。
「そんなことはどうでもいいんです。早く話の続きをしましょう」
「わかったよ、ひより」
ひよりと話していると、どうも気が抜けてしまう。それが計算なのか天然なのか、それはまだ分からないが、今は同じ趣味を持つ者同士の会話を楽しむことにしよう。難しいことを考えるのはそれからでもいいだろう。
「こんな時間まで付き合わせてしまい申し訳ありません」
「謝ることはないよ。僕も楽しかったし」
結局、小説の話が盛り上がり、気づいたときには夕方になっていた。長居しすぎてしまったのでカフェから出た。
「そう言っていただけると嬉しいです。またお話がしたいので連絡先を交換してもらっても?」
「うん、構わないよ」
携帯をポケットから取り出し、連絡先を交換する。Cクラスの生徒では初めて交換したな。
それから、ひよりは寄るところがあるらしいので、別れのあいさつを交わし解散となった。
ひよりと別れた後、他のカフェに行くのもあれなので寮へ帰る事にした。帰って、部屋で小説を読むことにしよう。色々あってまだ1ページも読めていないのだから。
「あ、勇人君だ。おーい」
僕を呼ぶ声が聞こえたが気のせいだと思う事にしてそのまま歩き続ける。
「あれ?聞こえてないのかな?勇人くーん」
なおも幻聴が聞こえるが気にしない。読書の方が重要だ。
「無視!?これが噂に聞く反抗期なのかな……」
「誰が反抗期だよ、一之瀬」
「やっと反応した!もう、無視は良くないと思うけどなぁ」
僕を呼んでいた人物、一之瀬が、いかにも怒ってますって感じに頬を膨らませる。無駄に可愛いから腹が立つ。
「悪かったよ、こんなところで何してるの?」
「友達と遊びに行った帰りだよ。勇人君は?」
「僕も似たようなものかな」
「休日に友達と遊ぶようになったんだね。いいことだよ。うんうん」
中学の時は何回も遊びに行こうと誘われたけどすべて断っていたからな。ほぼ毎週誘ってきてたっけ。
一之瀬と話していると後ろから一之瀬を呼ぶ声が聞こえ、2人の女子生徒がこちらにやってくる。Bクラスの生徒だろうか。
「やっと追いついた。一之瀬ちゃん急に走り出すからびっくりしたよ」
「ごめんごめん。勇人君見つけたからつい」
友達と遊びに行ったのに、その友達の姿が見えないと思ったらほったらかして来たのかよ。一之瀬は意外と猪突猛進なところがあるからな。意外でもないか。
その後、一之瀬から2人を紹介された。やはりBクラスの生徒だった。なぜか片方の白波さんって子に凄い睨まれてるんだけど、僕が何かしたのか。
「君が例の弟君か」
「はい?弟君?」
「うん、一之瀬ちゃんがいつも話してるよ。弟みたいな子がいるって」
「おい、一之瀬。何変なこと吹聴してんだよ」
「あはは、でも実際、弟みたいなものだし」
まさかBクラスの生徒みんなに弟だって言ってないだろうな。風評被害だ。名誉棄損で訴えるぞ。それよりも白波さんが怖い。さっきよりも僕の事を睨んでいる。この子に恨まれることをした覚えはないぞ。もしかして一之瀬がまた余計なことを言ったんじゃないだろうか。
「何度も言ってるけど僕を弟扱いするなよ。それにクラスメイトに変なこと言うの禁止」
「変なことなんて言ってないよ」
「もう手遅れじゃない?Bクラスの女子の間では有名だよ。弟君」
「嘘でしょ、勘弁してよ」
ということは、Bクラスの女子から僕は世話が焼ける男だと思われているのか。一之瀬なんかに世話をしてもらってるなんて思われているのか。それはかなり屈辱的だな。
これ以上話を聞いて、精神的なダメージを負いたくないので先に帰る事にする。白波さんの目が怖すぎることもあるが。だってずっと僕の事睨んでるんだもん。一之瀬の奴、何を吹き込んだんだよ。
一之瀬たちと別れた僕は寮へと向かう。そろそろ日が落ちるころだ。段々と夕日が沈んでいっている。
寮までの道を歩いていると向かい側から一人の男子生徒が歩いて来るのが見えた。身長は平均より少し高いくらいで、黒髪だが癖のあるやや長めのヘアースタイルが特徴的な男だった。何よりその男が醸し出す雰囲気が異質なものだった。どこか自信が溢れているような、実力者がだすもののようだった。
徐々に距離が近づき、何事もなくそのまますれ違う。しかし、すれ違った後にその男子生徒に呼び止められた。
「おい、おまえ」
「ん?何かな?」
「……気のせいか。なんでもねぇ、忘れろ」
人を呼び止めておいて勝手な奴だな。それを言って突っかかっても仕方がないので、気にせず歩き出す。
すると、またもや向かい側から男子生徒が小走りでやって来る。その男子生徒には見覚えがあった。今回の騒動のCクラスの生徒の一人、石崎君だ。
「待ってください龍園さん」
石崎君は僕の横を通り過ぎ先程の男子学生に駆け寄る。やはりあの男がCクラスのボス、龍園君か。Aクラスを目指すうえで、まず初めに乗り越えなくてはならない壁になるであろう男だ。まさかこのタイミングで会えるとは思っていなかった。
ㅤしかし、今日は色んな人に会ったな。Aクラスの坂柳さんに始まり、Dの軽井沢さん、Cのひより、Bの一之瀬、そして、Cの龍園くん。全クラス制覇だな。
ㅤ今日の出来事を頭の中で振り返っていると、寮の入口に到着する。すると、同じタイミングで寮へと帰ってきた男がいた。
「最後はお前か、高円寺」
「マイフレンドか、何だその呆けた面は」
「いや、最後の最後に高円寺か、と思ってね」
「よく分からんな。だが、私に会えたんだ、感涙してもおかしくはないと思うのだがね」
ㅤあいも変わらず、自分大好き人間だな。何で高円寺に会ったくらいで感動して泣かなければならないんだ。
ㅤ高円寺と並んで寮へと入っていく。
「そういえば、今日は高円寺並のマイペースな子に会ったよ」
「それはおもしろい。是非会ってみたいものだな」
ㅤひよりと高円寺が会話するところを想像する。……ダメだな。僕が苦労する未来しか見えない。
「しかし、勇人よ。今日は読書すると記憶していたのだが」
「その予定だったんだけどね。色々あって結局まだ読めてないよ。今日は1日中読書のつもりが最悪だよ」
「そうか。しかしながら私には君が落胆しているようには見えないのだがね」
ㅤ高円寺は含みのある笑みを浮かべながら、僕の方を見る。完全に見透かされてるな。
「まぁ、その分
「そうか。
「そうだね、有意義だったのは間違いないよ」
ㅤ僕たちDクラスがAクラスに上がるために乗り越えなければならないものが少し見えてきた。
ㅤ中でも坂柳有栖、椎名ひより、この二人はかなり危険だ。僕が
「随分と楽しそうだな。まるで新しい玩具を与えられた子どものように見えるぞ」
「この学校にもすごい人がいるみたいだからね」
「ほぅ、それが私のことも楽しませることができる人物であればいいのだがね」
ㅤそうして、僕たちはそれぞれの部屋の前に着き、別れを言って入っていく。
「やっと帰ってこれた」
ㅤ帰るなりベッドにダイブして一息つく。今日一日は本当に長かった。少し小説を買いに行くだけのつもりだったのだが。
ㅤしかし、やっと落ち着いて読書ができる。
ㅤそう思い、小説を手に取る。そこでふと、思い出す。
「宿題やるの忘れてた……」
ㅤ休日は学校のしがらみから解放されると言ったが、そんなことはなかったみたいだ。
ㅤまだ、僕の長かった休日は終わらないようだ。
坂柳さんに続き椎名さんも口調が…
この小説の椎名さんは人の名前を覚えれない設定を盛り込んでいます。
これで倉持君は全クラスの人と繋がりが持てました。
次回から原作に戻ります