久しぶりに日間に載っていて嬉しかったです。
番外編といいつつも、本編と繋がっています。
それでは続きをどうぞ。
休日。それは月曜から金曜まで勉学に励んできた自分たちへのご褒美。この二日間は学校のしがらみから解放される。外で遊ぶもよし、部屋でゴロゴロするもよし、勉強をするもよし、全てが自由なのだ。選択は無限大だ。
なんて、たいそうな事を言ってみたが、実際は特にやる事なんて限られている。僕の休日は誰かに誘われて遊ぶか家で読書するかの2択しかない。
今日も今日とて、部屋で一日中読書して過ごすつもりだ。色々あったから精神的なリフレッシュが必要なのだ。僕にとっての読書がそれにあたる。
しかし、計画は始まる間もなくつまずく。
「まだ読んでない小説が……ない……」
この学校に来てから、ポイントの消費を抑えるため、小説を買う事がかなり少なくなり、読むものがなくなっていた。同じ小説を読み返すのでも良いのだが、今日は新しいものが読みたいのだ。じゃないとリフレッシュできそうにない。
図書館にでも行って借りようかと考えたが、休日に制服に着替えて行くのは気が引ける。仕方がない、本屋にでも行って新しい小説を買うか。そう思い立ち、着替えをして用意をする。
このときの僕は今日が長い一日になってしまうことなど微塵も想像していなかった。
部屋から出て、エレベーターに乗り込む。程なくしてエントランスである1階に到着する。そのまま出口に向かおうとすると、一人の女子生徒が目に入った。
「はぁ、困りましたね。どうしましょうか」
何やら困りごとのようだ。女子生徒の視線の先には段ボールが一つ。結構大きいが、何が入っているのだろうか。
まぁ、僕には関係のないことだしこの場を去ろう、と考えたのだが、足が止まる。話だけでも聞いてみるか。困っている女性を捨て置くほど性根は腐っていない。
「何か困りごとかな?」
「え?」
その女子生徒に近づき声をかける。振り返った女子生徒を見て思わず息をのむ。綺麗な銀髪をなびかせた人形のような可愛らしい女の子だった。遠目でも思ったが、背が低い。
女子生徒は僕の問いかけに一瞬驚いた表情を見せるが、直ぐに笑顔に変わった。
「すみません、声をかけられるとは思っていなくて。実は以前にモールで買ったものを宅配していただいたのですが、部屋までどうやって持っていこうか悩んでいたのです。部屋まで持ってきてくださると勘違いしてました」
この学校はモールで買ったものを宅配してもらうことができる。しかしそれはエントランスまで。管理人の方が受け取り、それを生徒が取りに来て自分で部屋まで持っていく仕組みだ。家具などの一人では運べないようなものは例外だが。今回の宅配物はその例外ではないようだ。
「良ければ僕が部屋まで運ぼうか?」
「お気持ちだけ受け取っておきます。見ず知らずの方にそこまでしていただくのは申し訳ないので」
「……1‐Dの倉持勇人」
「えっと……」
女子生徒は急に名乗りだした僕を困惑した様子で見る。そりゃあ会話の途中で急に名乗りだしたら意味が分からないが、僕が名乗ったのには訳がある。
「これで見ず知らずの人じゃなくなったでしょ?尤も、僕に部屋の場所を知られたくない、とかだったら断って。親切の押し売りはしたくないし」
「……ふふふ。あなたは面白い方ですね」
マジで僕に運ばせたくないから遠回しに断ったのかと少し不安になる。それを見透かしてか、女子生徒が笑い出す。面白いことは言ってないと思うが。
「1‐Aの
「ああ、構わないよ」
そう言って、女生徒、坂柳さんの段ボールを持ち上げる。中には何かがギッシリと詰まっているようでかなり重かったが、女性の手前冷静を装い持ち上げた。
そのままエレベーターに乗り込み、坂柳さんの部屋がある階へ向かった。
「この辺りにでも置いていただければ大丈夫です」
「分かった。よいしょっと」
坂柳さんが部屋の鍵を開け中に入る。続いて僕も部屋に入らしてもらい、言われた場所に段ボールを置いた。用事も済んだことだし、早急に出たほうが良いだろう。
「それじゃあ僕はこれで」
「ちょっと待ってください」
部屋を出て行こうとした僕を坂柳さんが制止する。まだ何かあるのだろうか。
「よろしければお礼に紅茶でもいかがですか?」
「さすがに会ったばかりの女性の部屋にお邪魔するのは……」
「もうすでに入っているではないですか。それにお邪魔とは思いませんので大丈夫です」
断りを入れるもすぐに返される。それは屁理屈なのではないだろうか。でも、厚意を無下にするのもよろしくないのでお言葉に甘えるとするか。
「それじゃあ少しだけ頂こうかな」
「ええ、直ぐに用意いたしますので適当に座ってお待ちください」
そう言って、坂柳さんはキッチンへ向かった。取り敢えず立っていても仕方がないのでテーブルの椅子に座らしてもらう。しかし、考えてみると、こんな形ではあるが女性の部屋に入ったのは初めてかもしれない。そう思うと少しばかり緊張してくる。
それから数分が経ち、紅茶の良い香りとともに坂柳さんが戻ってきた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。お口に合うか分かりませんがどうぞ」
「ありがとう。いただきます。……なにこれ?滅茶苦茶おいしい!」
今まで飲んできた紅茶が水に感じられるほどおいしい。紅茶なんてどれも一緒だと思っていたがここまで変わるのか。
「お口に合ったみたいで良かったです。大したものをお出しできず申し訳ありません」
「そんなことはないよ。お店で飲むやつよりおいしい。荷物を運んだだけでこれを飲めたんだ。安いもんだよ」
「そう言っていただけると入れた甲斐があります。改めて、運んでいただきありがとうございました」
「どういたしまして」
しかし、こうしてみると凄い礼儀正しい子だな。言葉遣いもそうだが、礼の所作一つ取っても綺麗なものだ。
「倉持くんにお聞きしたいのですが、なぜ私を助けたのですか?」
「なぜって」
「ただの善意でしょうか?それとも私に
そう言って坂柳さんはテーブルに立てかけていた杖を触った。僕はここまで一度も話題に出さなかったが、坂柳さんは足かどこか悪いのか、杖をついていた。それを見て僕が同情して手伝ったのか知りたいのか。何やら試すような視線が向けられる。
「あ、私が可愛いから、という可能性もありますね。答えていただけますか?」
「なぜかって聞かれたら、同情したから、かもね。杖を持っているのを見かけて絶対運ぶのは無理と判断して声をかけた。君が杖を持っていなければ声をかけていなかったかもしれない」
「ずいぶんと素直に答えるのですね」
「不快にさせてしまったかな?」
「そんなことは一切ありません。むしろ素直に言っていただいて嬉しく思っていたくらいですので。倉持くんに下心がないことは初めから分かっていましたし」
同情した、なんて言われたら普通は怒っても不思議ではないが、坂柳さんは嬉しいという。全く真意が読めない。
「それは違うよ。声をかけたのは坂柳さんが可愛かったからって理由もあるし」
「あら、光栄です。お世辞でも嬉しいものですね。ただ、それはないと言い切れます。なぜなら、倉持さんが初めて私の顔を見たのは声をかけた後ですもの」
驚いたと同時に確信する。坂柳有栖はかなりの切れ者だ。そして、僕と同じような目を持っている。確かに僕が坂柳さんの顔を見たのは声をかけた後が初めてだ。それがバレているということは、声をかけた瞬間から、僕は観察されていた。そのうえで彼女は僕の提案に乗ったのだ。
「ふふふ。そのような難しい顔をしないで下さい。私は倉持くんと会話を楽しみたいだけなのですから」
「坂柳さんが試すようなことを言うからでしょ。杖の事を聞いても?」
「ええ、構いません。私は重い先天性疾患でして、運動などは全くできないです。歩くのにも杖が必要なのですよ」
「手術とかでは治らないの?」
「現状では無理です。でも私はこの生活に不満はありませんし満足しています。おかげで、こうして倉持くんにも会えましたし」
彼女の表情を見ている限り本当に病気について受け入れているのだろう。後半の話は本当に思っているかは分からないが。
そんな事を考えていると、坂柳さんが何かを思い出したかのように手を叩き、そういえば、と続ける。
「倉持くんはどこかに行こうとされていたのですよね?お時間は大丈夫でしょうか」
「それは問題ないよ。小説を買いに行こうと思っていただけだから」
「それでしたら丁度良かったです。ちょっと待っていてくださいね」
そう言って坂柳さんは椅子から立ち上がり、先程運んできた段ボールの元へ向かう。段ボールを開けると、中には大量の小説が入っていた。
「これはまた凄いね。どうりで重かったわけだ」
「重いのを我慢して持ってきて下さりましたものね」
我慢していたのはバレていたのか。それは中々恥ずかしいな。
「読書が好きなの?」
「ええ、この足ですので読書くらいしかやることがないですし。でも、読書が好きなので問題はないです」
「体が丈夫な僕でも似たようなものだよ」
「お心遣いありがとうございます」
「そういうのは言わないでくれ。恥ずかしくなる」
ふふふ、と坂柳さんが笑う。分かってて言っているのだろう。完全にからかわれてるな。しかし、見たことがない小説がいっぱいだ。
「まるでおもちゃを見ている子供のようですね。今回のお礼に何冊か差し上げます」
「やったー、と言いたいところだけど貰うのは止めておくよ」
「遠慮せず受け取ってください。これはお礼なのですから」
「礼なら紅茶を貰ったから。本まで貰うほどのことはしてないよ」
この本はこの学校に来てから買ったものだ。それなら当然、プライベートポイントを使っていることになる。これからこの学校で生き残っていくために必要なポイントで。それを易々と受け取るわけにもいかないだろう。
僕が頑なに受け取らないのを見て坂柳さんが溜息をつく。
「思ったより頑固な方なのですね倉持くんは。分かりました。ではこの本を貸します」
「へ?」
「本を貸すのなら問題ないでしょう。友人として感想を聞きたいから本を貸す。何らおかしなことはありません。それでも受け取りませんか?」
「わかった、それなら貸してもらおうかな」
それから、小説の話を色々しながら坂柳さんのおススメを2冊借りることにした。僕の事を頑固だと坂柳さんは言ったが、坂柳さんもそうだと思う。
気付けば1時間以上お邪魔してしまい、さすがにそろそろお暇させてもらうとする。その前に最後に聞きたいことがある、と坂柳さんが言った。
「Dクラスの綾小路くんはご存知ですか?」
「うん、同じクラスだからもちろん知っているよ」
坂柳さんの口から思いもしなかった名前が出てきて驚く。知り合いなのだろうか。
「倉持くんから見て、彼をどう思いますか?」
「どうっていわれても、物静かだけど話すと面白いとか、意外と切れ者だって感じかな」
僕の返答を聞いて、どこか落胆したような表情をする坂柳さんを見ながら、だけど、と続ける。
「それよりも僕は綾小路君が怖い。彼が何を考えているのかが全く見えない。と思ったら急に分かりやすくなる。それが僕には怖くて仕方がない。どれが本当の綾小路くんなのかが不透明すぎるんだ」
「……そうですか。ありがとうございます。やはりあなたは面白い人ですね」
さっきの落胆した表情は無かったかのように今は嬉しそうな表情を浮かべている。思考が読めないって点では坂柳さんも怖いんだけどね。
「それじゃあ僕はこれで。紅茶ごちそうさま」
「いつでも飲みにいらしてください。本を返していただくついでにでも」
「それは魅力的な提案だね」
おそらく社交辞令だろう。それでもまた飲みたいと思ったのは本当に美味しかったからだろう。
坂柳さんに別れを告げ、部屋を後にした。
坂柳さんと別れた後、自分の部屋に帰ろうかと思ったのだが、せっかく着替えて外に出たので、ついでにカフェにでも行って読書をすることにした。
寮を出ると、蒸し暑さが体がべたつく。早くも自室に帰りたくなるが、我慢して向かうことにする。
モールにある読書に最適なカフェに向かう途中、見知った顔が前方に見えた。あちらも僕に気付いたようで手を振ってくれる。
「やっほー倉持くんっ」
「こんにちは、軽井沢さん。それに佐藤さんと篠原さんも」
軽井沢さんに加え佐藤さんと篠原さんがそこにはいた。いまからどこかに行くのだろうか。
「三人でモールに行くのっ。洋服とか化粧品とか見にね」
「まぁ、ポイントが無いから買えないんだけどね~」
「ウインドウショッピング、だっけ?それだけでも楽しいじゃん。欲しくなっちゃうかもだけど……」
「そうなったら、ポイントがもらえるまでの辛抱だね。このまま頑張ればポイントも徐々に増えて行くさ」
やはり、女子高生にとってお金が無いのは死活問題なのだろう。それでも彼女なりに今を楽しめるように頑張っているに違いない。
「それで、彼氏さんは何か用事?」
「その呼び方はやめてよ佐藤さん。ちょっとカフェで読書しようと思ってね」
「カフェに行くなんて珍しいね。いつもは部屋から一歩も出ずに読んでるじゃん」
「まぁ、偶にはね」
坂柳さんの部屋に行ったことは言わないほうが良いだろう。変な勘違いをされても困るし。僕の曖昧な返しに佐藤さんがニヤリと悪い笑みを浮かべる。嫌な予感がする。
「さては浮気?倉持くん人気あるもんねぇ」
「そんなわけないだろ。僕なんか相手にされないよ」
「そんなことないでしょ。倉持くんのこと良いなって思っている子何人か知ってるよ」
篠原さんまで悪い笑みを浮かべ参加してくる。まぁ、明らかに冗談だと分かるから問題ないが。そう思い軽井沢さんを見る。
「う、う、うわき!?そ、そんなことあるわけが……で、でもネットとかでよく見るし」
普通に動揺していた。そもそも偽の恋人関係なのだから動揺する意味が分からない。僕が裏切ると思っているのだろうか。
裏切る。佐倉さんのことを思い出して少しへこんでしまう。それも早く解決しなければならないんだけどな。
結局、誤解を解くのに時間を有し、3人と別れた頃には1時間近く経過していた。
それから僕はカフェに着き、念願の読書を始めた。
坂柳さんの口調がいまいちわからない……
次回も番外編が続きます。
この番外編は今後、物語に関係してくる人たちと出会うことを主軸としています。次回はあのキャラと出会う予定です。