それでは続きをどうぞ。
教室では昨日の目撃者捜しの情報交換を行っていた。洋介のグループも軽井沢さんのグループも櫛田さんのグループも目ぼしい情報は得られなかったらしい。佐倉さん以外に目撃者がいれば、と思ったのだが、難しいようだ。まだ一度しか聞き込みを行っていないので見切りをつけるのは早計かもしれないが、仮に他にいたとしても未だ名乗り出ていないとすればその気は無いのだろう。
「はー。本当にCクラスの奴らが悪いって証明なんてできんのかな……」
池君の言葉に数人の生徒が須藤君に対しての不満を漏らしだす。それを洋介が窘める。もし須藤君が黒であるとなって0ポイントになってもまた皆で1から貯めればいい、とブレることなく言う洋介にクラスの女生徒は頬を赤らめながら見ていた。
それが面白くなかったのか、池君が反論する。
「ポイントは大事だと思うんだよ俺は。それが皆のモチベーションに繋がるじゃん?だから何としてでもクラスポイントを死守したいんだよ。87ポイントでもさ」
「気持ちはわかるよ。だけどポイントに固執し過ぎて本質を見失うのは危険だ。僕たちにとって一番大切なのはどこまでも仲間を大切にすることだよ」
「須藤が……悪かったとしてもかよ」
洋介はその問いに迷うことなく、力強く頷く。それが洋介の生き方であり贖罪なのだ。その洋介の雰囲気に気圧されたように、池君はたじろぐ。
しかし、そんな洋介に反論したのは洋介に熱い視線を送っていた篠原さんだった。
「平田君の言うことはもっともだけど、やっぱりポイントは欲しいよねー。Aクラスの人たちなんて毎月10万近く貰って、好きなもの買ってるし」
「だ、だよな!やっぱりポイントは大事なんだよ!」
篠原さんの言葉に池君が息を吹き返したかのように同意する。それを機に他のクラスメイトも口々に無いものねだりをする。なぜ自分が最初からAクラスではなかったのか、などと言っている生徒もいた。その様子を遠目で見ていた堀北さんは呆れたような表情をしていた。大方、お前たちがAクラスでスタートできるはずがないだろ、とでも思っているのだろう。
無いものねだりをする場になっていたのを変えたのは意外にも軽井沢さんだった。
「あたしはこのクラスがそこまで悪いとは思わないけどな~。確かにポイントが無くてオシャレな服とかアクセとか買えなくて、他のクラスの子に差を見せつけられてるなって思うけど、今の生活が楽しくないとは思わない。嫌な事はいっぱいあるけど、良かったことも同じくらいあるし」
これには、堀北さんも感心したように見ていた。今までの軽井沢さんだったら同じように不満を漏らし、無いものねだりをしていただろう。彼女なりに変わろうとしているのだ。今の発言は下手したら敵を作りかねないものだったが、そうはならず、好感触だったようでクラスメイト達も賛同していた。僕もその勇気に素直に感心した。
「確かに今でも楽しいっちゃ楽しいけどな~。クラスがAになったらもっと楽しいんじゃないかって思っちゃうよな。一瞬でAクラスになれるような裏技とかあったら最高なのにな」
「喜べ池、一瞬でAクラスに行く方法は一つだけ存在するぞ」
それでもAクラスに行きたい想いを口にする池君の言葉に反応したのは教室に入ってきた茶柱先生だった。
その返した言葉にクラス中から視線が集まる。池君が聞き返すと、クラスポイントが無くてもAに上がる方法がある、と言う。様子を見る限り、場を混乱させる嘘ではないようだ。クラスポイントではないとすれば、もう一つのポイントか。
「私は入学式の日に通達したはずだ。この学校にはポイントで買えないものはないと。つまり個人のポイントを使って強引にクラス替え出来るということだ」
そう言って、堀北さんと綾小路君を見る。2人はプライベートポイントを使って茶柱先生からテストの点数を買っている。それが裏付けになるだろう。
仮に、クラスポイントが0であったとしても、プライベートポイントを増やす方法はいろいろある。昨日堀北さんに話した部活の件もそうだし、ポイントを譲渡できるシステムがあるのだから。
しかし、Aクラスへのクラス替え権はそう簡単に買えるものではないらしい。必要なポイントが2000万ポイントなのだ。普通に考えて達成するのは不可能な数字。3年間で頑張っても半分もいかないだろう。普通の方法ではない、『なにか』があるのだろうか。
過去にクラス替えを成功した生徒はいるか、の質問に対し、茶柱先生はいないと答える。これでさらに現実味が薄れてしまった。生徒のほとんどがこれを聞いて興味を失ったようだったが、まだそうではない生徒もいた。静観していた堀北さんだ。
「私からも一つ質問させていただいてもよろしいでしょうか。学校が始まって以来、過去最高どれだけのポイントを貯めた生徒がいるんですか?もし参考例があるようならお聞かせ願いたいです」
Aクラスに上がる手段として多くの情報を聞き出しておきたいのだろう。堀北さんの質問は確かに聞いておきたいものだった。2000万近く貯めれた生徒がいれば、貯める方法が存在することを意味するからだ。
「3年ほど前だが、あれは卒業間近のBクラスにいた生徒だったか。一人の生徒が1200万ほどポイントを貯めていたことが話題になったな。だが、その生徒は結局2000万ポイントを貯めきることなく卒業前に退学になったんだが。退学理由は、その生徒がポイントを貯めるために大規模な詐欺行為を行ったからだ」
茶柱先生曰く、その生徒は入学したての生徒を騙し、ポイントを集めていたそうだ。それが学校側にバレ、退学になったらしい。犯罪を犯しても2000万には届かないことを突き付けられただけだった。
僕は一つ気になったことがあったので、挙手をする。茶柱先生はその僕を見て少し笑みを浮かべ、質問を許可した。
「退学になった生徒はその後どうなったんですか?」
「……さぁな。ただ、ロクな職には就けないだろうな。この学校を退学になる、ということはそういうことだ」
詳細は分からないがやはり、退学になった生徒が歩む道は大変なものになるみたいだ。国が運営する学校から退学になることは、国から価値がない無能だと烙印を押されることと同義なのかもしれない。
放課後になり、昨日に引き続き目撃者の聞き込みが始まる。僕は正体が佐倉さんであることを知っているが、それを僕の口から皆に言うつもりはない。だが、だからと言って聞き込みに参加しないのは怪しまれるので、洋介たちに付いて行くことにする。
その前に堀北さんに話をしておこう。帰ろうとしている彼女に声をかける。
「堀北さん、話いいかな」
「ええ、構わないわ」
教室を出て、人気が少ない階段の踊り場で話を始める。
「結論から言うと、佐倉さんは目撃者だよ」
「やはりね。名乗り出る気は?」
「今は無いみたい。それでこのことなんだけど……」
僕が言葉を続けようとしたタイミングで、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。階段の上に現れたのは洋介だった。
「あ、ここにいたんだね勇人君。これから聞き込みに行こうと思うんだけど」
僕の姿がなくなったから呼びに来たのか。洋介は僕の横の堀北さんに視線を移した。
「私は帰るわ」
「う、うん。じゃあね」
洋介を見てすぐに帰ってしまった。聞き込みに参加するように言われるかもしれないので逃げたのだろう。堀北さんは洋介のこと苦手にしているしな。
「ごめん、邪魔しちゃったかな」
「そんなことはない。大した話でもないしね」
階段を下りてきて申し訳なさそうにする洋介に気にしないように言う。ただ、佐倉さんが目撃者であることをあまり言わないでほしいと伝えたかったのだが。まぁ、堀北さんが言い触らすとも思えないし、問題ないだろう。
その後、洋介とともに聞き込みに向かったが、目ぼしい情報は得られず、解散となり、寮へと帰宅した。
帰宅して少し経ったくらいに、部屋のチャイムが鳴る。ドアを開けると、櫛田さんと池君が立っており、今から綾小路君の部屋で作戦会議をするから誘いに来た、との事だった。
綾小路君の部屋に入ると、山内君がすでに座っていて、程なくして須藤君がやってきて作戦会議が始まった。
「どうだったんだよ。なんか進展はあったのか?」
「全然ないっての。須藤、おまえほんとに目撃者はいたんだろうな?」
聞き込みで全くと言っていいほど情報が手に入らなかったため、本当にいたのか疑いを持っているようだ。池君は初めから疑っていた気がするが。
その質問に対して須藤君は否定も肯定もしなかった。
「は?誰もいたなんて言ってねえし。気配がしたって言ったんだよ俺は」
「確かに須藤くんは『見た』とは言ってないね。いた気がするって」
「そんなん須藤の幻覚じゃん。危ない薬とかやってるんじゃねぇの」
池君の発言に須藤君が怒りヘッドロックをする。じゃれ合っている二人をよそに作戦会議は続いた。
あれこれと話し合っているところで、櫛田さんが何かを閃いたかのように口を開く。
「少し方向を変えた方がいいかも知れないね。例えば、目撃者を目撃した人を探すとか」
「事件当日、特別棟に入って行く人を見ていないか探すんだな?」
「それなら倉持だろ!誰か見なかったのかよ?」
「僕は見ていないけど、特別棟の入り口そのものは目の届く範囲にあるから誰かは見ていたかもしれないね」
「いいじゃんそれ。さっそく頼むわ」
投げやりに言った須藤君は携帯を出し、ソーシャルゲームに夢中になっていた。須藤君にできる事はないがこの態度はあまり良くないだろう。口には出さないが池君や山内君は不服そうに見ていた。
さすがに注意しようかと思ったとき、部屋のチャイムが鳴った。誰かが訪ねてきたようだ。綾小路君が玄関に向かう。綾小路君の部屋に訪ねてくるとしたら、堀北さんだろうか。そう思っていると、玄関から声が聞こえた。やはり堀北さんだった。
その声を聴いて櫛田さんが立ち上がり玄関へ向かった。面倒くさいことになりそうだから止めようとしたのだが、無理だった。結果、堀北さんを連れて、2人は戻ってきた。
「お、おぉ堀北!協力してくれる気になったのか? マジ歓迎だぜ」
「別にそんなつもりはないわ。どんなプランで行動しているのか気になっただけ」
「話だけでも聞いてくれるなら嬉しいよ。アドバイスも欲しいし」
そう言って櫛田さんは今まで話してきたことを堀北さんに聞かせる。堀北さんはその話を聞いて訝しげにこちらを見ていた。
「ちょっと待って。まだ目撃者が分かっていないのかしら」
「仕方ねえだろ!情報がないんだから」
「情報がないってもう誰か分かっているでしょ」
「ええ!?だ、誰なの?」
そういえば、まだ堀北さんに口止めをしていないんだった。まずいと思い止めようとするも時すでに遅し。堀北さんがその名を口にしてしまった。
「佐倉さんよ。彼女、目撃者の話をしているとき、様子が変だったもの」
「つまり、その佐倉か小倉だかが目撃者の可能性が高いってことか」
「あくまで可能性の話だね。偶々、行動がおかしかっただけでしょ?」
堀北さんにアイコンタクトでごまかすように伝える。堀北さんのことだ、僕の意図をくみ取ってくれるだろう。
「何を言っているのかしら。確認を取ったじゃない。他でもないあなたが」
全然くみ取ってもらえなかった。むしろ何言ってんだこいつ的な目で見られた。
「おい!倉持、どういうことだ」
「目撃者が誰か知ってたのか?」
三馬鹿+櫛田さんに詰め寄られる。これはごまかしきれないと判断し溜息をつく。
「はぁ。そうだよ、僕が佐倉さんに確認した」
「何で黙ってたんだよ?」
「言ったらみんな、佐倉さんに詰め寄っていただろ?佐倉さんは人好き合いが苦手なんだよ。そんな事をすれば、口を閉ざしてしまう。だから黙っていた」
「倉持君は、佐倉さんを守っていたんだね。それなら仕方がないんじゃないかな」
櫛田さんの一言で三馬鹿も黙っていた事を追及してくるのをやめた。これには櫛田さんに感謝だ。正直、後で綾小路君だけに目撃者の事を話そうと思っていたのだが、予定が崩れてしまった。
「何はともあれ、やったじゃん須藤。目撃者が見つかってよ」
「おう。目撃者がいたのは嬉しいけどよ、佐倉って誰だよ。知ってるか?」
佐倉さんのことが分かっていない様子の須藤君に山内君が席の場所を教えるが、山内君も間違えている。池君が違う場所を言うがそれも間違っていた。櫛田さんが不機嫌そうに訂正する。
「全然記憶にないな。多分知ってんだよ。何となく聞き覚えある、ような気もしてきたし。何か特徴教えてくれ」
「じゃあアレだよ。クラスで一番胸の大きい子って言えばわかるか? やたら胸だけ大きい子いるじゃん」
「あー、あの地味メガネ女か」
何故だかこの会話を聞いているとムカついてくる。胸だけ大きいだの地味メガネだのお前らが佐倉さんの何を知ってるんだと言いたくなるが、それを言うのもお門違いなので黙っている。櫛田さんが池君を少し軽蔑していたので心の中でざまあみろと思う。
「後は佐倉さんがどこまで知ってるかだね。その辺はどうかなあ?」
「そこまでは聞いてないよ。目撃者かどうか確認しただけだよ」
「じゃあ、ちょっと電話してみようか?」
「ストップ」
携帯を出した櫛田さんの腕を押さえ、止める。すぐに押さえた手を放し、理由を説明する。
「いきなり電話しても困惑するだけだろうし、慎重にしたほうが良いと思うんだ」
「そうだね。それによく知らない私なんかに連絡されても迷惑に感じるよね。実際話しかけても相手にされてないみたいだし」
「堀北みたいなタイプってこと?」
池君が本人を前にしてそう聞く。だが、堀北さんは全く気にしている様子はなかった。そもそも池君の発言には興味がなさそうだった。
それからすぐに隙を突くような形で堀北さんは部屋から出て行ってしまった。出て行ってから、須藤君がツンデレめ、と言っていたが、堀北さんにはどっちも無いと思うのは僕だけではないだろう。
「私の見たところ、佐倉さんは単純に人見知りだと感じるけどどうなのかな」
「まぁ、大体はそうかな。特に男性が苦手みたい」
「地味だよな、何にしてもさ。ほんと宝の持ち腐れだよな、あれ」
「そうそう。ほんとに乳だけはすげえデカいんだよ。あれで可愛いけりゃ、うわっ!」
池君が驚いた声を出す。その理由は僕がテーブルをドン、と叩いたからだ。自分でも驚くくらい2人の勝手な言い分にムカついていたのだろう。
「く、倉持?」
「その話はもうやめよう。聞いていて気分が良い物じゃないから」
「お、おう。悪かったよ」
極めて笑顔で話す。池君も山内君も分かってくれたようで、佐倉さんの陰口を言うのはやめてくれた。池君が重くなった空気を変えるべく、話題を変える。
「そ、そういや俺、佐倉が誰かと話してるところとか倉持以外知らないや。山内は?って、あれ……?確か山内、おまえ佐倉に告白されたって言ってたよな?」
「あ、あー。まあ、そんなこと言ったような言ってないよな」
そういえば、水泳の授業の時に言っていたな。すっとぼける山内君を見ると、どうやら嘘だったみたいだな。池君が追及する。
「やっぱり嘘かよ」
「ば、違うし。嘘じゃねえし。勘違いだし。佐倉じゃなくて隣のクラスの女子だったんだよ。っと、悪い、メールだ」
そう言ってわざとらしく携帯を取り出し操作する。誤魔化し方が下手すぎるだろ。佐倉さんはかなり整った顔立ちをしているから、間違えることはないだろうに。しかし、佐倉さんが山内君のことを好きではなかったようで少し安心した。何を安心したのかは分からないが。
「明日まずは私一人で聞いてみるね。大勢で話しかけても警戒すると思うし」
「それがいいだろうが、倉持も同行したほうが良いんじゃないか。倉持となら話せるだろう」
「そうだね。お願いできるかな?」
「うん、わかった」
綾小路君のありがたい提案に乗る。佐倉さんは櫛田さんのようなタイプは苦手だろうし、余計な事をされても困るからな。取り敢えず、三馬鹿には接触しないように釘を刺しておこう。
そうして、作戦会議は解散になり明日、佐倉さんに話を聞くことになった。
サブタイトルを考えるのが地味に難しい。