唯我独尊自由人の友達   作:かわらまち

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2巻の内容に入ります。
感想、お気に入りありがとうございます!

それでは続きをどうぞ。


奇妙な組み合わせ

 

私は人と触れ合うのが苦手だ。人の目を見て話すのが苦手だ。人が集まっているところで過ごすのが苦手だ。そして、男性が苦手だ。男性が向けてくるあの視線が苦手。

 だけど、彼は違った。私の隣人、倉持勇人。なぜか彼の目は見て話せる。なぜか彼がいれば、人が集まるところでも過ごせる。なぜか彼の視線は嫌じゃない。たった2ヶ月隣の席で過ごしていただけなのに不思議だ。彼と話すのは今でも緊張はする。でも嫌じゃない。むしろもっと話してみたいと思う。

 

 でも私にそのような権利があるのだろうか。私は偽りの仮面を被って、本当の自分を隠して生きている。人は一人で生きていけない。だから私は仮面を被る方法にたどり着いた。その時だけ私は、私じゃなくなって、私になることができる。この真っ暗な寂しい世界の中で、生きていくことが出来る。

 

 教えて欲しいことがあるの。

 皆も私と同じように、誰かの前では偽りの仮面を被っているの?

 それとも皆は分け隔てなく、本当の自分を見せているの?

 人との繋がりを持たない私には、その答えを知る方法がなかった。

 

 私は心の底から、心を通わせることが出来る人が欲しい。

 倉持君、あなたが私が求めている存在になるのかな?

 

 そんな事を考えながら、今日も隣人と会話をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、僕は特別棟に来ていた。理由は今日の授業で視聴覚室を使用した際に忘れ物をしたから。職員室で鍵を借りて視聴覚室へと向かっているのだ。この特別棟はあまり使用されない視聴覚室や家庭科室が集まっている校舎で、授業時間外は人がいる気配が全くない。何か用事が無い限りは近寄る事がないので人の気配がないのは当然だろう。僕としても少し薄気味悪いので早く取りに行って立ち去りたい。

 

「それにしてもこっちは暑いな」

 

 特別棟の中はかなり蒸し暑かった。本校舎の方は空調設備があり基本的に快適なのだが、こっちはそれが無いらしい。一日中冷房の効いた建物に居過ぎた影響もあり、一層暑く感じる。これだけ暑いと頭がうまく働かなくなりそうだな。

 そんな事を考えながら、階段を上ろうとすると、上から見覚えのある生徒が早足で下りてきた。

 

「佐倉さん?こんなところで何してるの?」

 

「え?く、倉持君……」

 

 佐倉さんはかなり驚いた表情をしていた。その右手にはデジタルカメラが握られていた。写真撮るのが好きって言ってたし、何か撮っていたのかな?それにしては慌てている様子だけど。まるで何かから逃げているようだ。

 

「ご、ごめんね、私帰るね」

 

「へっ?」

 

 そのまま僕の横を小走りで通り過ぎて行ってしまった。やっぱり何かあったのかな。

 心配に思っていると、またもや上から見覚えのある生徒が下りてきた。

 

「須藤君?」

 

「あぁ?なんだ倉持か。わりぃが今はイラついてんだ。じゃあな」

 

 そう言って須藤君も僕の横を通り過ぎる。二人連続でスルーされると少しへこむな。それにしても、二人に何かあったのだろうか。あの二人に接点はなかったはずだし、須藤君はバスケット練習があったはずなのだが。

 

 階段を上りながら、様々な可能性を考えていると、廊下の奥に3人組の男たちが見えた。なにやら誰かに電話しているようだ。

 

「うまくいきました。これで須藤は終わりですね」

 

 うまくいった?終わり?なんとも不吉な言葉が聞こえた。須藤君が何かやらかしたのか、或いは彼らに嵌められた?情報が足りなさすぎる。

 

「あとは任せてください、龍園(りゅうえん)さん」

 

 そう言って、男子生徒は電話を切った。彼らに見つかる前にここから離れることにしよう。

 龍園、聞いたことがないな。彼らに何かを指示した人物なのだろうか。まぁ、今は考えても仕方がないか。分からないことが多すぎる。ただ、分かっている事は、これから何かが起きる。それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、いつも通り軽井沢さんと登校すると、教室はかなり賑やかだった。いつも賑やかなのだが、今日はいつにも増して浮き足立っていて騒がしい。無理もない。今日は入学以来、久しぶりにポイントの支給があるかも知れないからだ。中間テストを乗り切り、遅刻や欠席、私語をやめた事によるポイントの増加に皆が期待している。かく言う僕もポイントがもらえる事を期待している。なぜなら、プライベートポイントの重要性に気付かされたからである。

 中間テストで赤点を取ってしまった須藤君の点数を綾小路君が学校側に売ってもらったという事を聞いて、認識が一変した。この学校においてプライベートポイントを持つということは、必要に応じて状況を有利に運ぶことが可能になることを意味している。先生が言っていた通り、本当に買えないものは無いのかもしれない。

 

 

「おはよう、佐倉さん」

 

「あ、えっと、おはよう」

 

 軽井沢さんと別れ、席に着き、隣人に挨拶をする。昨日の事で探りを入れてみるか。

 

「昨日は大丈夫だった?なんか困っているようだったけど」

 

「……大丈夫。き、気にしないで」

 

「そっか。そういえば、今日からクラスポイントが支給されるかもしれないね」

 

 大丈夫、と言っている以上、踏み込むわけにもいかないので、話題を変える。

 

「そう、だね。増えてると良いけど」

 

「みんな頑張ったから大丈夫だよ」

 

 とは言ったものの、先程確認したら、ポイントは振り込まれていなかった。まだ振り込まれていないだけの可能性もあるが、これだけの結果ではプラスにならない程の負債を抱えていた可能性もある。

 そんな不安を抱えながら、ホームルームを迎える。茶柱先生がいつもと変わらない表情で教室へ入ってきた。

 

「おはよう諸君。今日はいつにも増して落ち着かない様子だな」

 

 教室を見回し、そう言った先生に真っ先に反応したのは池君だった。今月のポイントが振り込まれておらず、またもや0ポイントだったのか、と先生に問いただす。死ぬほど頑張ったのにあんまりじゃないか、と。

 しかし、それは池君の早合点だったようで茶柱先生が落ち着くように諭し、手にした紙を黒板に広げて貼り出す。今月のポイント結果が書かれていた。

 

 Aクラスから順に公開されていく。Dクラスを除くクラスのポイントが、先月と比べ100近く数値を上昇しており、Aクラスに至っては、1004ポイントという入学時のポイントを上回る数字を出していた。早くも、ポイントを増やす方法を見つけたのだろうか。さすがはA、といったところか。

 

 それよりも気になるのは僕たちDクラスのポイントだ。クラスの生徒が固唾を飲んで見守る中、その結果が開示される。

 

「え? なに、87って……俺たちプラスになったってこと!?やったぜ!」

 

 ポイントを見るなり、池君が飛び跳ねる。池君が言った通り、そこには87ポイントと表記されていた。皆が喜ぶ中、茶柱先生がそれを窘める。

 

「喜ぶのは早いぞ。他クラスの連中はお前たちと同等かそれ以上にポイントを増やしているだろ。差は縮まっていない。これは中間テストを乗り切った1年へのご褒美みたいなものだ。各クラスに最低100ポイント支給されることになっていただけにすぎない」

 

 なるほど。しかし、悲観する事はない。得たものはある。

 

「がっかりしたか堀北。まあ、クラスの差が余計に開いてしまったからな」

 

「そんなことはありません。今回の発表で得たこともありますから」

 

 茶柱先生の問いに堀北さんは、僕と同じ事を思ったのか、そう答える。池君が立ったまま得したことは何か、を堀北さんに聞くが、答える気になれなかったのか黙り込んでしまった。それを見て、洋介が代わりに答える。

 

「僕たちが4月、5月で積み重ねてきた負債……つまり私語や遅刻は見えないマイナスポイントにはなっていなかった、ということを堀北さんは言いたかったんじゃないかな」

 

 得たものはそれだ。負債が無かったこと、これが分かったのはかなり大きい。今回、100ポイントを貰っていても0ポイントだった場合、負債が残っていることを意味するし、それがどれほどかも不透明であったはずだ。それが無いと分かったのは大きな収穫だ。

 しかし、一つだけ疑問が残る。

 

「茶柱先生、ポイントがプラスになったにもかかわらず、それが振り込まれていないのは何故ですか?」

 

「そうだぜ、佐枝ちゃん先生!ポイントが振り込まれてないんだよ!」

 

 僕の質問に池君が同調する。この話が本当なら、8700ポイントが振り込まれていないのはおかしい。学校側のミスであってほしいものだが……。

 

「今回、少しトラブルがあってな。1年生のポイント支給が遅れている。おまえたちには悪いがもう少し待ってくれ」

 

 茶柱先生の返答に生徒達から不満の声が上がる。8700ポイントでも、あると無いとでは違うからな。それよりも気になったのが、トラブル、と言った際に茶柱先生が須藤君の方を少し見た事だ。やはり、何かあったのだろうか。

 

「そう責めるな。学校側の判断だ、私にはどうすることもできん。トラブルが解消次第ポイントは支給されるはずだ。ポイントが残っていれば、だがな」

 

 意味深な言葉を残して、教室を出て行った。ポイントがなくなる事態に発展するとでも言いたそうだな。

 

 

 

 昼休みになり、僕は誰と食事をとろうか考えていた。洋介や軽井沢さんと食べる事もあれば、綾小路君と食べる事もあるし、三馬鹿とも食べる事がある。その日の気分で転々としている。今日はお弁当があるし、軽井沢さんは佐藤さんたちと中庭に行ってしまったので、教室で食べる事にする。教室を見渡すと、綾小路君や堀北さん、高円寺といった一人でいるのが多い面々が揃っていた。隣人である佐倉さんも例外ではなく、お弁当箱を出していた。

 

「佐倉さんは手作り派だったね。僕も今日はお弁当なんだ。一緒に食べない?」

 

「え!?う、うん。いい、けど」

 

 了承を貰い、一緒に食べる事にする。と言っても、元々席が隣だから移動することもないのだけど。お弁当箱を開け、中身を確認する。うん、おいしそうだ。手を付けようとすると、僕の前の席にドカッと誰かが座った。

 

「マイフレンドよ、今日は一緒に食事をとってやろう感謝するといい」

 

 今日も偉そうな事を言って登場したのは高円寺だった。椅子にどっしりと足を組んで座り、手にはサンドウィッチを持っていた。

 

「何で感謝しないといけないんだよ。今日は佐倉さんと食べるんだよ」

 

「フッ。良いだろう。特別にそこのリトルレディーも共にとる事を許可しようではないか」

 

「えっと、あ、あの……あ、ありがとう?」

 

「お礼なんて言わなくていいからね」

 

 高円寺の偉そうな態度に何故か佐倉さんがお礼を言ってしまう。こうして奇妙な三人での昼食となった。

 

「佐倉さんはいつも手作りだね。朝から大変じゃない?」

 

「そうでもない、かな。前日にほとんど下ごしらえとか終わらせてるし」

 

「それでも僕にはできそうにないな」

 

「ん?お前が食べているのは手作りではないのかね?」

 

 高円寺が、僕が食べている弁当箱を指さす。確かに手作りだが、僕が作ったわけではない。

 

「これは軽井沢さんが作ったんだよ。食材が余ったとかで偶に作ってくれるんだ」

 

「ほぅ、あのリトルレディーか。小耳に挟んだのだが、あれと付き合っているのは本当なのかね?」

 

「!?」

 

 あれだけ噂になれば高円寺の耳にも入るわな。それより、チラチラと僕を見てくる佐倉さんの方が気になる。女の子はコイバナが好きだと聞くし、興味があるのだろうか。

 

「本当だよ。高円寺が気にする事でもないでしょ」

 

「そうかそうか。だが、私には本当に付き合っているとは思えないのだがね」

 

「何でだよ」

 

「勇人よ、()()()()()人を好きになる事は無い。ましてや恋などはね」

 

「……」

 

 僕は黙って高円寺を睨みつけ、言葉の真意を探る。それを意にも介さず、ニヤニヤ、と笑っている。

 険悪な雰囲気になっている中、それを変えたのは意外にも佐倉さんだった。

 

「あ、あの!……こ、高円寺君のは、て、手作り……なんですか?」

 

 徐々に声が小さくなっていき、最後の方は聞こえ辛かったが、この空気を変えるために勇気を出してくれたのだろう。少し面食らった表情の高円寺を久しぶりに見た。何が楽しかったのか、高らかに笑い出した。

 

「ははははは!そうだともリトルレディー。レディーが作ってきてくれたのだが、私の口にはあまり合わなくてな。高貴な舌を持つばかり、困ったものなのだよ」

 

「作ってもらっといてそんな事言うなよな。そういえば、最近は食堂とか行かなくなったけどポイント無くなったのか?」

 

 空気を変えてくれた佐倉さんに感謝しつつ、話題に乗る。最近の高円寺は教室に居る事が多くなっている。それまでは食堂や、カフェで上級生の女生徒と食事をしていたのだが。

 

「金が無いなど、初めての事なのだよ。いつもは腐るほどあるのだがね。尤も、レディー達が食事を作って渡してくるから困らないがね」

 

「それならもっと感謝しろよな。ポイントと言えば、弁当作る材料費、バカにならないんじゃない?」

 

「ううん、スーパーに無料で提供されてる食材がある、から」

 

「それで毎日作るとは殊勝な事だな。褒めてやるぞ、リトルレディー」

 

「えっと、あ、ありがとう?」

 

 だから礼を言う必要はないって。それにしても、高円寺が褒めるのは珍しい。そもそも、人の話をちゃんと聞いているのも珍しい。

 

「ずっと思ってたんだけど、その呼び方どうにかならないの?」

 

「呼び方だと?おかしいところは無いと思うのだが」

 

「リトルレディーってやつだよ。誰の事か分かんないじゃん」

 

「では何と呼べというのかね?メガネガールか」

 

「それも誰か分からないよ。普通に名字で良くない?」

 

 高円寺は人の名前を呼びたがらない。と言うより名前を憶えたがらない。だからレディーとかガールとか呼ぶのだ。

 

「フム」

 

「あ、あの……」

 

 高円寺が佐倉さんの顔をまじまじと見る。見られている佐倉さんは、かなりオドオドしていた。傍から見れば、金髪の不良に脅されている気弱な女生徒だ。

 助け船を出そうかと思ったとき、高円寺が、パチン、と指を鳴らした。

 

「いいだろう。今からウサギガールと呼ぼうではないか」

 

「うさ……」

 

「いや、普通に名字で呼べばいいだろ」

 

 こいつはドヤ顔でなにを言っているのだろうか。確かに佐倉さんには小動物的なイメージはあるし、ウサギの静かな感じもある。だからと言ってウサギガールは無いだろう。

 

「それでは私は失礼するとしよう。用事があるのでな」

 

「おい、本当にウサギガールでいくのか!?」

 

「ピッタリだと思うがね。勇人よ、ウサギは寂しがり屋で寂しいと死んでしまうらしいぞ。せいぜい死なせぬように気を付けるんだな」

 

 そう言い残し、教室を出て行った。ウサギが寂しくて死ぬなんて嘘だ。だが、それを知らずに高円寺が言ったとは思えなかった。何かしらのメッセージがあったのかもしれない。

 それよりも、佐倉さんだ。さっきから俯いている。ウサギガールがショックだったのだろう。そりゃ誰だって嫌だろ。リトルレディーの方がましだ。

 

「ごめんね佐倉さん。高円寺には止めるように言っとくから」

 

「……は、初めて……」

 

「へ?」

 

「初めて、あ、あだ名を、つけてもらえた……」

 

 嫌がるどころか少し嬉しそうだった。確かにあだ名をつけられるのは親しくなった感じがして嬉しいものだが、ウサギガールだぞ?いいのかそれで。それとも僕のセンスがおかしいのだろうか。

 

 奇妙な組み合わせの昼食は佐倉さんに、初めてのあだ名がつけられる形で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 




やっと佐倉さんのターンがやってきました。
原作7巻を早く買いに行きたいんですが、しばらく行けそうになく残念です。


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