それでは続きをどうぞ。
「やっぱりこの学校に居たんだ!高円寺君が居るから勇人君も居るんじゃないか、って思ってたんだよ」
「何で高円寺が居たら僕が居る事になるんだよ」
「だって二人はセットみたいなものでしょ?」
「違うよ!」
真顔で言っているあたり、本気で思っているのだろうな。しかし高円寺が居る事は知っていたんだな。どこかで会ったのだろうか。尤も、高円寺の事が噂になっていても不思議ではない。あいつ変人だし。
「おい、倉持!このカワイ子ちゃんと、どういう関係だよ!軽井沢にチクるぞ!」
池君が詰め寄ってくる。何でこんなに怒ってるんだよ。櫛田さん一筋じゃなかったのか?あと、チクるのはやめてくれ。やましい事は何もないが、ややこしいから。
僕が困っているのを見かねて、一之瀬が話し出す。
「私と倉持君、あと君たちのクラスの高円寺君は中学が同じだったんだよ。元クラスメイトだね」
「同じ、って言っても数ヶ月だけだけどな」
一之瀬が言った通り、僕たちは同じ中学のクラスメイトだった。中学3年生の秋くらいに一之瀬が転校してきたのだ。実を言うと僕は彼女が苦手だ。超が付くほどのお人好しで、世話焼き、それでいて裏表が全くない絵に描いたような善人だ。それが僕には理解ができず苦手意識を持ってしまった。善意は裏があるのが当たり前。櫛田さんは人に好かれたい裏があり、洋介であっても、その裏には贖罪がある。だけど、一之瀬には裏が全く無いのだ。善人を素で行く彼女を当時の僕は理解ができなかった。いや、眩しすぎたのだろう。だから苦手、なのだ。
「ホントにただのクラスメイトなんだろうなぁ」
「そうだよ。
「私は友達だと思ってるんだけどな~」
ただのを強調して言う僕に友達だと言い張る。僕がクラスメイトと距離を置いていたのをクラスに溶け込めていないと勘違いした彼女は僕に話しかけてくるようになった。それでも僕が頑なにクラスに溶け込もうとしないと思ったのか、毎日のように世話を焼いてきたんだ。まさに余計なお世話だった。しかもその世話焼きが日に日にエスカレートしていき、「ちゃんとご飯食べてる?」とか「忘れ物してない?」など、母親かというレベルに達していた。苦手になるのも仕方がないだろう。
「ねぇ、勇人君はクラスでどう?ちゃんと、溶け込めてるのかな?」
「溶け込んでいるも何も、クラスの中心に居るようなもんだろ」
「ホント!?いや~、君も成長したんだね。おねえさん嬉しいよ」
誰がお姉さんだよ。同い年じゃないか。一之瀬は3年の途中で転校してきたので、僕がクラスの中心に居た事を知らない。彼女から見た僕は、友達が高円寺しかいない準ボッチ、ってところだろう。
「そんな事より一之瀬、聞きたいことがある」
「ん、何かな?」
このままだと嫌な流れになりそうだったので話題を変える。堀北さんから怒りのオーラが感じ取れたのも話題を変えた理由だが。
「さっきCクラスの生徒が僕たちが勉強しているところを範囲外と言っていたんだけど、それは本当?」
「範囲外?ちょっと見せてね」
そう言って、一之瀬が僕のノートを見る。もしこれで一之瀬も範囲外と言えば、茶柱先生が嘘を言っている可能性が高くなる。一之瀬の事だ、間違いなくAクラスもしくはBクラスだろうし。
「うん、ここは範囲外だよ。先週の金曜日に範囲が変わったって連絡があったから」
「……そっか。因みに一之瀬のクラスは?」
「Bクラスだよ」
これで確定した。テスト範囲が変わっている。しかもそれを僕たちは知らされていない。これは一刻も早く先生に確かめに行くべきだ。
「堀北さん」
「ええ、勉強会は切り上げよ。職員室へ急ぎましょう」
堀北さんの言葉で、勉強道具を片付けだす。昼休みの残り時間は10分も無い。急がなくては。その前に一応お礼は言っておかないと。
「一之瀬、ありがとう。さっき止めに入ってくれたのもそうだけど、テスト範囲も正直に答えてくれて」
「当たり前だよ。勇人君がお礼を言う必要はないない。それより今度ゆっくりお話ししようね!」
「……考えておく」
そうして一之瀬と別れ、みんなで職員室へと早足で向かった。
「先生。急ぎ確認したいことがあります」
「随分と物々しい様子だな。他の先生たちが驚いてるぞ」
僕たちが全員で職員室に押し入った為、何事か、と他の先生たちがこちらを見ている。だが、今はそんなこと気にしていられない。
「茶柱先生、テスト範囲が変わったのは本当ですか?」
「……そうか、中間テストの範囲は先週の金曜日に変わったんだったな。悪いな、お前たちに伝えるのを失念していたようだ」
「なっ!?」
言葉とは裏腹に悪びれた様子がない。この先生は何がしたいんだ。何が目的なのだろう。僕たちを退学にしたいのか、それとも僕たちを試しているのか。
戸惑っている僕たちを尻目に茶柱先生はノートに五科目分のテスト範囲と思われる部分を書き出し、ページを切り取ると堀北さんへ渡した。それを見てみると、一気に血の気が冷める。そこに書かれた範囲は既に習っているものの、須藤君達は全く勉強していないものだった。これは本格的にヤバくなってきた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ佐枝ちゃん先生! 遅すぎるぜそんなの!」
「そんなことはない。まだ一週間ある、これから勉強すれば楽勝だろう?」
池君の反論も空しく、茶柱先生は用が済んだのなら退室するように促す。ここで食い下がっても時間の無駄だろう。同じことを思ったのか、堀北さんが退室しようと踵を返した。それに僕たちも続き退室する。そのとき周りの先生を見たが既に誰一人としてこちらを見てはいなかった。
おかしい。テスト範囲を伝え忘れた、なんて教師としては重大なミスだろう。ましてや退学がかかっているのだから。それなのに今の話を聞いて誰も反応をしなかった。聞こえていなかったはずは無い。ではなぜ問題にならないのだ。ここから逆転する一手がある、という事なのか。
「倉持君、あなたにお願いがあるのだけれど」
「うん、皆に伝える役だね。次の休み時間に洋介に言って、皆に伝えるよ」
「話が早くて助かるわ。私は明日以降に備えて、新しいテスト範囲から更に絞り込みをするわ」
堀北さんは平静を装っているが内心は焦っているだろう。僕も同じだ。時間が無さすぎるし、一番の問題は須藤君たちのモチベーションだ。努力がすべて無駄になり、振出しに戻った。果たして彼らはこの事実に耐えれるのだろうか。
そんな僕の考えは杞憂に終わった。須藤君が堀北さんに頭を下げお願いしたのだ。さらには部活も休むと言う。時間的にそれは必要な事だが、あの部活人間の須藤君から申し出があるとは思わなかった。須藤君のやる気に触発され他の2人もやる気になっていた。意外と良い方向に進んでいるのではないだろうか。そんな中、綾小路君だけが静かに考え事をしていた。
授業が終わり、休み時間になった。僕はすぐさま洋介に範囲の件を話しに向かった。
「それはまずいね。もう一週間しかない」
「うん、だから早いとこ皆に伝えなくちゃ」
「そうだね。みんな!ちょっと話を聞いてほしい」
洋介と僕は教壇に移動し皆に範囲が変わった旨を伝える。その事実は赤点組やギリギリだった人には堪えたようで、口々に不満を言う。諦めようとしている人もいた。
「大丈夫だよ!まだ一週間ある。みんなで協力して頑張ろう!」
「一週間じゃ無理だよ。それに今までの頑張りが無駄になっちゃったし」
「だよねー。こっから勉強しても無駄じゃない?」
洋介のフォローも届かず教室の雰囲気は悪いものになってしまった。一度折れてしまった心は元に戻すのは難しい。やる気を出させるにはどうしたらいいか。
「Cクラスの生徒が言ってたんだ」
急に関係のない話を始めた僕に皆が注目する。
「僕らの事を底辺だって、不良品だって。そんな僕らのクラスから何人退学者が出るか楽しみだってね。ねぇ、みんな。悔しくない?僕たちの事を何も知らないくせにDクラスってだけで下に見て、無能だと決めつけられて。でも、もし今回退学者が出ればそれを否定する事ができなくなる。見返す事ができなくなる。そんなの僕は嫌だよ。みんなはどう?」
「当ったり前だ!あんな奴らに馬鹿にされたまんまでいられっか!」
僕の言葉に真っ先に同意してくれたのは須藤君だった。クラスで一番成績が悪く協調性が無い、そんな須藤君がやる気を出している。それだけでクラスの皆がやる気を取り戻すには十分だった。次々とやる気を取り戻す皆を見て、何とかなると思えた。
それから僕たちは以前よりもやる気を出して勉強に励んだ。怪我の功名と言ったところだろうか。そして、テスト前日を迎えた放課後、櫛田さんが紙の束を持ち、教壇へ立った。
「皆ごめんね。帰る前に私の話を少し聞いて貰ってもいいかな?」
クラスの皆が櫛田さんの言葉に立ち止まり、耳を傾ける。
「明日の中間テストに備えて、今日まで沢山勉強してきたと思う。そのことで、少し力になれることがあるの。今からプリントを配るね」
「テストの……問題? もしかして櫛田さんが作ったの?」
配られた紙を見るとテストの問題用紙だった。まさかこれは……。
「実はこれ、過去問なんだ。3年の先輩に貰ったんだけど、一昨年の中間テストがこれとほぼ同じ問題だったんだって。だからこれを勉強しておけば、きっと本番で役に立つと思うの」
櫛田さんの言葉で歓喜に沸く教室。池君に至っては用紙を抱きしめていた。
全員が過去問を受け取り、帰路につく中、僕は櫛田さんに話に行く。堀北さんと話している最中だったが、確認したいことがあるだけなので話しかけさせてもらう。
「櫛田さん、これは君が手に入れたの?」
「うん、そうだよ。仲が良い3年の先輩に譲ってもらったの」
「……そっか。助かったよ。ありがとね。明日は頑張ろうね」
確認したいことはできたので、帰るとしよう。櫛田さんと堀北さんに別れを告げ、下足ロッカーへと向かう。そこで1人生徒と出くわす。
「綾小路君、一緒に帰らない?」
「倉持か。いいぞ」
僕たちは靴を履き替え、寮まで歩き出す。綾小路君と帰るのは久しぶりな気がする。
「過去問が手に入って良かったね。これで点数アップが期待できるね」
「そうだな。櫛田のお手柄だな」
「そうだね。
僕の言葉に綾小路君が視線を向ける。
「……なぜオレのおかげになる。テストを手に入れたのは櫛田だ」
「違うよ。テストを手に入れたのは櫛田さんじゃない。この目で確認してきたから」
僕はそう言って、目を指さす。さっき櫛田さんと話していた時に観察させてもらった。そのときに嘘をついていると分かった。それに合点がいったように綾小路君が話し出す。
「櫛田じゃないにしても他の人かもしれないだろ」
「まぁね、でも君しかいないよ。過去問と同じ問題が出題されると気付くのはさ」
「……はぁ。お前は想像以上に頭が回るらしいな」
溜息をついて観念したように綾小路君がそう言う。正直、確証はなかったがやはり彼だったか。
「その口ぶりだと倉持も気付いていたんだな。いつからだ」
「僕がその可能性を最初に思いついたのは先生がテストの説明をしたときに『お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している』って言ったからかな。まるで勉強しなくても乗り切る事ができると言っているようなものだし。でも可能性の一つとして考えていただけでその時は思いもしなかったよ」
「次にその可能性が強まったのは小テストを受けたときかな。明らかに難しい問題が数問あった。あれは解くことを想定して入れられたのではなく、別の狙いがあるんじゃないかと考えた。実力を測るためにしては難易度が高すぎたしね。でも確信に至るまでにはいかなかった。小テストの過去問を見てみないことには何とも言えないから」
「そうだな。お前の予想通りだ」
そう言って、携帯の画面を見せてくれる。そこには小テストの画像が映し出されており、僕らが行ったものと一致していた。
「最後に確信したのは、職員室に行ったときの先生たちの態度だよ。テストの範囲を伝え忘れていたにも拘らず、先生たちは平然としていた。普通は問題になるはずだよね。退学がかかっているんだから。だから確信した。直前に範囲が変わっても乗り切れる方法があることを。それが過去問であることをね」
「オレと同じ考えだ。だが、疑問がある。なぜお前は過去問を
「理由は簡単だよ。僕は
「実力でテストを乗り越える事か。だがそれだと退学者が出る可能性が高いぞ」
「そうだね。でも、僕はそれに賭けてみたかった。そうすればクラスの団結が深まるんじゃないかって思ったし、今後の為にもその方が良いと思った」
皆で必死に勉強して、実力でテストを乗り越えれば団結力が高まると考えたのだ。それで退学者が出ても仕方がないと思った。
だが、それだけじゃない。綾小路君は盲点に気付いていないのだろうか。もし、赤点が32点じゃなかったら、
最悪な事に、その考えは的中していたのだった。
一之瀬さんは中学時代、長期の休学をしていましたがその後、オリ主たちの学校に転校して通いだした設定です。一之瀬さんの過去は原作でも中学時代に長期の休学をしていた事しか分かっていない為、独自の設定で行きます。ご了承ください。
そして、ようやく次回で原作1巻分の内容が終了します。
長かった(-_-)