物語を書くのって難しいですね。改めてそう感じます(>_<)
それでは続きをどうぞ。
とんでもないものを見てしまった。綾小路君が櫛田さんの胸を鷲掴みにしている場面を。
あれか、屋上へ上る階段で間違えて大人の階段を上ってしまった感じか?
僕は何を言ってんだ。落ち着け。幸いなことに二人は話に夢中なのかそれまた行為に夢中なのか、こちらには気づいていない様子。静かに立ち去ろう。
そう思い、足を踏み出した瞬間、人は焦っている時はうまく体を動かせないのだろう、足がもつれてしまう。転びそうになるところを何とか耐える。だが、耐えた時に足を地面に強く踏み込んだため、静寂に包まれていた校舎にドン、と音が鳴り響いた。恐る恐る二人の方を見てみるとこちらをかなり驚いた表情で見ていた。
「……倉持君?」
やばい。完全にばれた。かくなるうえは……。
「いや~。まさか二人がそんな関係だったなんて知らなかったよ。邪魔してごめんね!僕はこう見えても口は堅いから安心してほしい!誰にも言わないし、今見たことは忘れるから!じゃあね!」
早口で捲くし立て、逃げる。僕たちの距離は開いていたので容易に逃げることができた。去り際に櫛田さんの制止の声が聞こえたが、構わず逃げた。止まっても碌なことにならないから。
「なんとか逃げれたな」
靴を外履きに履き替え、校舎を出て一息つく。勢いで逃げてきてしまったが、この先が思いやられる。もう疲れた。帰ろう。あの二人が校舎にいたということは勉強会はお開きになったに違いない。そうであれば、図書館に行く意味はないからな。
寮までの帰路につくと、前方に見覚えのある黒髪が風で揺れていた。
「堀北さん!今、帰り?」
「ええ」
声をかけるとあまり元気のない声が返ってくる。何かあったんだろうか。
「勉強会はどうだった?」
「どうもこうもないわ。完全に時間の無駄だったわね。彼らに勉強を教えようだなんて間違っていたわ。彼らみたいな無能な生徒は今のうちに脱落してくれた方が今後の為よ」
堀北さんの様子を見れば、勉強会で何があったかは想像がつくな。かなりご立腹の様子だ。
「そんなに須藤君達は酷かったの?」
「酷いってものじゃないわ。彼らは中学1年生で習うようなことも分からなかったのよ。そもそも彼らは退学がかかっているのに、やる気が無いのよ」
「やる気が無い、か。でも勉強会には来たんでしょ?」
「ええ、櫛田さんに言われてね。ただの下心よ」
「なるほどね。でも僕も人のこと言えないかな。僕が勉強する理由はあいつに勝ちたいからだし」
「あいつ?高円寺君のことかしら?」
「そうそう。あいつ生まれた時からすごい頭良くてさ。中学でも勉強していないくせに学年1位だったんだよ。だから、僕は必死に勉強してテストで高円寺の点数を上回って一泡吹かしたいわけ。努力は才能に勝つんだぞって。不純かな?」
「……そうね。不純ね」
少し照れながら話す僕に堀北さんはそう言った。だけどその声色は優しく感じたのは僕の気のせいじゃないと思う。
僕は勉強する理由なんて何でもいいと思う。頭が良くなりたいとかモテたいとか認められたいとか。原動力になればそれでいいんだ。
堀北さんは最初から須藤君達を無能と判断し、見下し寄せ付けない。それが堀北さんの欠陥、Dクラスたる所以ではなかろうか。少しでも視野を広く持ち、受け入れることができれば彼女はもっと上に行けると思う。ただ僕がそんな説教まがいの事を言っても仕方がない。僕は適任ではない。少しアドバイスをするくらいが丁度いい。
「堀北さん、問題を解くときってまずは問題文を見るよね?」
「急に何?そんなの当たり前でしょ。問題が分からなければ解きようが無いわ」
「そう、解くことができないんだよ。まずは問題文を理解することから始めるんだ。今回の事も同じなのかも。まずは彼らの事を理解するべきなのかもね」
「……そんなことに意味はないわ」
それから僕たちは寮につき、別れた。少しでも堀北さんが考え方を変えるきっかけになればいいなと思った。
その日の夜、部屋でテストの勉強をしていると、呼び鈴が鳴った。誰かが僕の部屋に来たらしい。こんな時間に誰だろう。
「はーい。どちらさん?」
僕は誰かも確認せずにドアを開けてしまった。それが僕の運の尽きだろう。堀北さんとの話ですっかり忘れてしまっていたんだ。階段で見たあれを。
「こんばんは、倉持君。ちょっと話したいんだけどいいかな?」
来訪者の正体は櫛田さんだった。部屋着に着替えた櫛田さんはお風呂上りなのか、少し髪が濡れており、シャンプーのいい匂いがした。そんなことはどうでもいい。口封じに来たのだろうか。そんな事を考えていると返事が無い僕が変に思ったのか、櫛田さんが心配そうに見上げてくる。
「大丈夫?タイミング悪かったかな?」
「いや、問題ないよ。それで、話だよね。分かった、ロビーにでも行けばいいかな?」
「えっと、あまり聞かれたくない話だから、倉持君の部屋じゃダメかな?」
はい?何を言い出すんだこの子は。夜中に女子が軽装で男子の部屋に入るなんて襲って下さいって言っているようなもんだろ。間違っても襲わないが。ここで断っても仕方がないので、部屋に招き入れる。
「その辺適当に座ってて。コーヒーでいいかな?」
「うん!ありがと。結構片付いてるんだね。男の子の部屋ってもっと散らかってると思ってたよ」
「暮らし始めたばっかで散らかるようなものが無いからだよ」
とは言っても、須藤君とか池君の部屋よりかは綺麗な自信がある。あいつら絶対掃除とかしないだろ。ただの偏見だが。
コーヒーを二人分入れ、床(もちろんカーペットを敷いている)に座っている櫛田さんに渡して、僕は勉強机の椅子に座った。しばらく無言が続く中、櫛田さんがようやく切り出す。
「今日の放課後の事だけど、話聞いてた?」
やっぱりその事だよな。話はさすがにあの距離じゃ聞こえなかったので、正直に否定をする。
「あの距離じゃ、何か話してるのは分かったけど内容までは聞こえなかったよ。それに僕が二人を見つけてからすぐに立ち去ろうとしたし。……足がもつれてこけそうになったけど」
「そうだったんだ……」
再び沈黙が流れる。櫛田さんは何やら考え込んでいる様子。ここはもう一回謝った方が良いのか。そう考え口を開こうとすると、先に櫛田さんが口を開いた。目に涙を溜めて。
「実はね……私、綾小路君に脅されてるの……」
とんでもないことを言い出した。脅されている?あの綾小路君に?
「私の秘密を知られちゃって。それでばらされたく無ければって。さっきもそれで……む、胸を触られてたの」
「その、秘密ってのは聞いても?」
「ごめんね。勝手だと思うけど、それは倉持君にも教えられない……」
どうなってんだ?予想の斜め上の展開に動揺する。
でもそれが事実なら、放っておけないだろう。
「僕はどうすればいい?彼に止めるように言えばいい?それとも学校に報告する?」
「ダメ!」
僕の言葉を聞いてそれを強く否定する。
「そんなことしたら、私の秘密をばらされちゃう。そうなったら私……」
顔を俯かせ泣き出す櫛田さん。僕は椅子から立ち上がり、彼女の前に座る。
「僕にできることはある?」
「ちょっとだけ……胸を貸してもらっていいかな?」
「どうぞ」
涙目で僕を見上げる櫛田さんに手を広げてそう言った。すると櫛田さんは僕の胸で泣いた。優しく背中をさすってあげた。
それから数分が経ち、泣き止んだ櫛田さんが僕から離れる。
「ごめんねっ。変なお願いして」
「このくらいならいつでも」
「この事は誰にも言わないでほしいの。綾小路君も倉持君に見られたことで私に手を出し辛くなったと思うし」
「分かったよ。誰にも言わない。でも、本当に助けがいるときは言ってほしい」
「うん!ありがとねっ!倉持君がいるだけで心強いよ」
櫛田さんはそう言って、自分の部屋へ帰って行った。
その後、僕は水が無くなっていた事に気付き、寮のロビーに設けられている自動販売機に向かった。しかし、大変なことになっているな。エレベーターに乗り、これからどうするかを考えていると、エレベーターは1階に到着する。エレベーターのドアが開くと、目の前に一人の男が立っていた。何とも今日は偶然が続くな。件の男、綾小路君がそこにいた。
「倉持か。こんな時間にどうしたんだ?」
「水を買いにね。綾小路君こそこんな時間にどうしたの?」
「オレも一緒だ」
そう言って右手に持つペットボトルを僕に見せる。ここで会ったのも何かの縁か。色々と話したい。
「ちょっと話せないかな?」
「ああ。構わないぞ」
僕たちは寮に隣接された緑豊かな公園へと向かった。夜なのでさすがに誰もいなかった。僕は公園の真ん中にある大きな噴水の前で足を止めた。
「単刀直入に聞くよ。綾小路君、君は櫛田さんを脅しているのかい?」
「何でそう思う?」
「さっき櫛田さんに聞いた。彼女泣いてたよ」
「そうか。櫛田が言うならそうなんだろ」
綾小路君が僕の質問に淡々と答える。その表情はどこまでも無だった。そんな彼に僕は続ける。
「否定はしないのか?このままだと僕は学校に報告するよ」
「好きにすればいい。櫛田がそう言うのならオレが否定する事は無い」
「そうか……」
綾小路君の言葉に僕の疑心は確信に変わる。
「
雲の合間から出てきた月明かりに照らされ、綾小路君の表情が鮮明に見える。
初めて見る、驚きの表情であった。
それが答えなのだろう。
「やっぱりそうだったんだ」
「お前は櫛田から真相を聞いたんだろ?オレも否定していない。なんでそうなる」
「確かにね。でも色々とおかしいとこがあったんだよ。まず、階段で君が櫛田さんの胸を触っていたとこだけど、君から触ったにしては手の位置がおかしかった。櫛田さんから綾小路君の手を胸に持って行ったかのようにね。そもそも君が脅していたのならあんなところでやらないだろ。いくら人通りが少ないって言ってもリスクが高すぎる。やるならもっと、安全な場所、例えば寮の部屋とかでするはずだ。尤も、君にそういう性癖があるなら別だけど」
「それはない」
きっぱりと否定する。それを否定するなら脅していることを否定しろよ。否定できない理由があるんだろうけど。おそらく、あの階段で何かがあったんだろう。
「次に櫛田さんの言動で気になってね。彼女は君に脅されていると僕に告白してきたにもかかわらず、何もするなと言った。君への抑止力になってくれでもなく、何もするなだ。まぁ、これは何かすると、秘密をばらされる可能性があるからだと考えれるけど、それなら僕に脅迫されていると告白する事も危険すぎるだろ。特に僕があの場面を見たことを君にも知られているんだし」
「ただ誰かに聞いてほしかった。味方がほしかっただけじゃないか」
「そうだね。だから決定打に欠けていた。でも君と話して確信した」
「オレは否定しなかったが」
「うん。否定しなかったし、
そう、綾小路君は1回も否定も肯定もしていない。まるで肯定しているような言い方だが、自らは肯定していなかった。
「それが確信した理由。どっちもしないなんてメリットが無い」
「なるほどな」
それにしても、櫛田さんは凄いな。あれがすべて演技だったんだから大したもんだ。危うく騙されるところだった。
「それで、何があったか聞かせてもらえる?」
綾小路君は僕の言葉に目を伏せ考え込む。言うか言わないかを考えているのだろう。僕も無理に聞くつもりも無い。言わない、と言われればすぐに引き下がる。綾小路君が目を開き、僕に質問をする。
「一つ聞きたい。お前は櫛田の事をどう思っている?」
「どう、って。そりゃ可愛いと思うし、皆に分け隔てなく……」
「違う。そうじゃない。お前の本音を聞いている」
僕の言葉が遮られる。
こいつは誰だ?目の前に立っているのは本当に綾小路君なのか?そう思うほどに今の彼から放たれる空気は異質だった。いつも無表情だがそれ以上だ。見ているだけで寒気がする。初めて高円寺に会った時以上の異質さを感じる。
本音。彼は僕の本質にも気が付いているのか。そうであるなら取り繕う必要もない。
「そうだね。
笑顔で僕はそう言う。尤も、僕が嫌っているのは櫛田さんではなく、その奥にちらつく僕自身だから、彼女は何も悪くないんだけど。
「……そうか。倉持の言う通り、オレは脅されている」
いつもの綾小路君に戻る。さっきのは何だったのだろう。
僕の言葉に満足したのか、綾小路君が櫛田さんとの出来事を説明してくれる。
彼の真意は読めないが理由を知ることができた。
櫛田さんが仮面を外し、堀北さんを罵倒しながら屋上の扉を蹴っているところを見てしまった。見られた櫛田さんが綾小路君に胸を触らせ、ばらせばレイプされたと言い触らすと脅されたらしい。証拠として胸のあたりに綾小路君の指紋が付いた制服を置いておくと言って。
「そこで偶々、僕が現れたって事か。何ともお粗末な脅しだな」
「櫛田も焦ってやってしまったらしい」
焦っていたとしても他にやりようがあっただろうに。
「それで?綾小路君はどうするの?」
「どうもしない。あっちに証拠がある以上オレは逆らえないからな」
綾小路君はそう言うけど、そんなの証拠にされても正直どうとでも言い逃れは出来るだろう。それを考えていない訳ではないだろうし、意図が読めないな。
「倉持、お前はどうするんだ?オレが脅しているわけじゃない、って分かって」
「僕もどうするつもりも無いよ。僕は櫛田さんが綾小路君に脅されていると思っていることにするよ。だって、真相を知っているってばれたら、矛先が僕にも向くじゃん」
「オレとしてはそっちの方がありがたいんだが。でも、隠し通せるのか?櫛田は人を見る目が確からしいぞ。嘘ついてたら見破られるんじゃないか?」
「それは大丈夫だよ。仮面をかぶるのは得意だったから」
ただ騙されているフリをするだけだ。問題ない。
「そうか。そういえば櫛田に誰からも好かれるよう努力することが悪いことか、それがどれだけ難しくて大変なことか、オレに分かるかって言われたな。倉持なら分かるんじゃないのか?いい友達になれそうだと思うのだが」
「どうだろうね。そうなれたらいいんだけどね」
彼女と友達になる事は、昔の僕を受け入れる事だ。それはまだ、できそうにないみたいだ。
話が終わり、部屋に帰るため、寮へ入る。綾小路君と別れる前に聞いておきたいことがあった。
「ねぇ、綾小路君。君は何者なんだい?君にはどんな
「……さぁな。オレが聞きたいくらいだ」
そう言って、綾小路君は部屋に入って行った。僕も突っ立ってても仕方がないので部屋に入る。
綾小路清隆。もしかしたら、彼が一番危険な存在なのかもしれない。
「あ、水買うの忘れてた」
どうやらもう一度、ロビーまで行かなくてはならないようだ。
櫛田さんは何故倉持君を味方に付けたんでしょうね。
今回も読んでいただきありがとうございました!