「………んっ」
彼女、雪ノ下雪乃は見知らぬ場所で目を覚ます。そこは暗くて、とても狭いスペースであることぐらいしか分からない。
「ンー!ンンー!!」
口をテープで塞がれて、椅子にロープで身体を拘束されている彼女は、必死に助けを呼ぶ。
(……誰か……比企谷君……助けて……)
『起きたの?雪ノ下さん?』
そう呼ばれて私は声のした方へと目を向ける。そこにいたのは狐のお面を被った少女であった。
『雪ノ下さんがなんで捕まったか……分かる?』
「……」
私は首横に振り狐のお面をキッと睨みつける。
『怖い怖い、あ、由比ヶ浜さんの時はすごーく楽しめたよ〜』
「……!?」
「ンンー!!!」
『あら?怒っちゃった?アッハハ、人の体を切るって楽しいよ〜!真っ赤な血も凄く赤くてトロトロしてて、まさに生きてるって感じかな?アッハハハ!』
(サイコパス……)
『さぁて、どうしよっか?このまま殺しちゃってもいいけど……由比ヶ浜さんみたいにあからさまにはシてなかったから少しだけ猶予あげちゃおっかな〜?』
(由比ヶ浜さんが何をしたというの……!?)
『何をしたって顔だね?そうだ!それじゃあ自分でそのことが分かったら誰か1人にだけ電話かけさせてあげる!警察はNGだよ!それじゃあ今から12時間考えてねっ!アッハハ!』
そういって狐面の少女は重そうなドアを開けて去ってしまった。恐らくこの部屋は外に声が漏れないように防音構造になっているのだろう。だとしたら外に声は届かない。
(私と由比ヶ浜さんがしてしまったこと……何なの……見当もつかないわ……)
────────────────
「……ふぅ……」
午前7時。俺は四時間の間眠っていた。起きてすぐ考えたのは雪ノ下のことだ。彼女は今日の夜中に行方不明になった。由比ヶ浜のように自宅では殺されていなかった。つまりそれはまだ殺されていない可能性があるということ。
今の俺を支えているのはこの一縷の可能性である。由比ヶ浜のようなあんな酷いことをもう二度と起こさないために俺はなんとしてでも雪の下を探し出してみせる。
しかしそうは言ったものの……彼女の居場所を掴めるような手がかりは何も無いし物的証拠は殆ど警察の方が回収していっただろう。
(打つ手なし……か)
コンコン
「お兄ちゃん、起きてる?」
「どうした小町?」
「あのね……雪ノ下さんに何かあった?」
「ど、どうしてだ?」
「やっぱり……なんとなくそんな気がしたの……最近結衣さんがあんな目にあったからもしかしたらって……」
「……小町」
「?」
「雪ノ下が……行方不明なんだ……」
「行方……不明……?」
「あぁ。俺今日学校休んでちょっと調べてみるよ」
「お兄ちゃん、行方不明ってことはまだ……?」
「雪ノ下はまだ死んでいない……可能性がある」
「……っ!」
「小町は今日どうする?学校……行けるか?」
「お兄ちゃんはどうして欲しいの?」
「……出来れば休んでほしい。ってのが俺の本音だ。でも学校を休めと強制はしない」
「お兄ちゃんがそう言うなら今日休むよ。そっちの方がお兄ちゃんも安心するでしょ?」
「小町……」
「お兄ちゃんは一刻も早く雪ノ下さんを探し出して!お兄ちゃんならきっと出来るよ!」
「あぁ、絶対に見つけてみせる……!!」
「うんっ!」
─────────────────
ピンポーン
「はい?」
「比企谷君、こんにちは」ニコッ
「雪ノ下さん……」
「もう……知ってるよね?」
「はい……」
「それじゃあ話は早いね。私と協力して欲しいの」
「具体的には?」
「私、隼人で今連絡を取りあっててね。親にも協力してもらって全力で捜索してるの。でも全然手がかりも見つけられないし……猫の手も借りたいって状況でね。それで比企谷君に声をかけたわけ」
「なるほど……でも俺も雪ノ下の手がかりなんて何も分からないですよ?」
「比企谷君は雪乃ちゃんを探す予定だったんでしょ?」
「まぁ……はい」
「なら協力して情報を共有し合った方が効率も良くならない?」
「確かにそうですね……」
「それじゃあ決まりね!ちょっと携帯かしてっ」
「は、はい」
「…………これでよしっと。はい返すね」
「何したんですか?」
「メアド登録しておいたから何かあったら連絡して。それじゃあよろしくねっ」
「は……はい」
そう返事すると彼女は足早に去っていった。一人取り残された俺は先程登録されて一つ連絡先が増えている携帯の画面をじっと見つめていた。
───────────────
「陽乃、何か情報は掴めたかい?」
「いいえ。でも有力な協力者が一人増えたわ」
「当ててみせようか?」
「どうぞ」
「比企谷……だろう?」
「へぇ……よく分かったわね。根拠は?」
「なんとなく……じゃ駄目かな?」
「貴方にしては随分と抽象的な根拠ね。隼人」
「はは、それよりこっちの方は調査が着々と進んでいるよ」
「何が分かったの?」
「まず、犯人はこの千葉県にいること」
「それは大体分かることだわ。他には?」
「……身近な人間が犯人だということ」
「それは……本当なの?」
「あぁ。心理学者曰く、犯人は被害者達に対して強い憎悪を抱いていたのではないかと推察している」
「……強い……憎悪?」
「そして一番驚いたのはこれだ。被害者が二人共女性ということから人間関係……いや、異性関係ではないかとも推察しているんだ」
「異性関係……ね」
「思い当たることでもあるのかい?」
「いいえ……ないわ」
「そうか。凶器は解剖の結果、刃渡り30センチのノコギリらしいよ」
「そう。それにしてもよく知ってるわね」
「うちの親父はそっち方面にも顔が広いからね」
「そのお陰で有力な情報が手に入ったのだから感謝しないとねっ」
「……これも全て雪ノ下の為さ」
「隼人……もしかして貴方雪乃ちゃんのこと……?」
「さぁね」
「ふふっ。それじゃあ私は雪乃ちゃんの部屋に行くけど、隼人も来る?」
「俺は学校で友人関係を探るから後で行くよ」
「分かった。それじゃまた後でね」
「あぁ」
(雪ノ下……君は一体何処にいるんだ……)
───────────────
ピロピロリンリン
「はい」
「あ、比企谷君?今空いてる?」
「空いてますよ」
「今から雪乃ちゃんのマンションに来て」
「何かあったんですか?」
「うん、見て欲しいものがあるの」
「分かりました。すぐ行きます」
俺は自転車の鍵を外してペダルを漕いだ。途中コンビニに寄って二人分のコーヒーを購入した。勿論マッ缶であるが。
「すいません、ちょっと遅れました」
「いいのいいの。その手に持ってるものは?」
「あ、これどうぞ」
「あ、マッ缶」
「差し入れみたいなもんです」
「そう、ありがと」
「はい。それで見せたいものとは?」
「……これよ」
「…………これは」
「……それを知ってるの?」
「いや、まさかそんな筈は……」
「これ、パンさんのキーホルダーよね?」
「……はい。しかも限定品です」
「これは雪乃ちゃんの?」
「どうでしょう……俺もこれを買ったから……」
「貴方が付けていたの?」
「……小町にあげました」
「小町って……あの可愛い妹さんの?」
「……はい」
「そう……でも小町ちゃんのとは決まった訳じゃないし雪乃ちゃんの部屋なんだから雪乃ちゃんのモノって確率が高いよね……」
「そうだといいんですけど……」
「気を悪くしたらアレなんだけど……一応聞いてみてくれないかな?」
「分かりました……」
「じゃあ私は用があるから帰るね、急に呼んじゃってごめんね」
「いえ、大丈夫です」
「んじゃまたね〜」
彼女はニコッと笑うとバッグを手に持ちユキノシタの部屋を後にする。俺は暫く部屋を眺め、得にめぼしきモノはないと判断し帰宅した。また途中でコンビニに寄り、今度は一人分のジュースを購入した。小町の大好きなオレンジジュース果汁100%である。
「ただいま」
「あ、おかえりお兄ちゃん!それ何それ何〜??」
「お土産だ」
「わぁっ!オレンジジュース!ありがとお兄ちゃん!」
「おう」
「それじゃあ小町ちゃちゃっと夜ご飯作っちゃうからお兄ちゃんはお風呂にでも入ってて〜」
「了解」
俺は靴を脱ぐと靴箱になおしてリビングに入る。キッチンにはエプロンを付けた天使が軽やかなステップで鼻歌を口ずさみながら踊るように料理をしている。匂いから察するにビーフシチューだな。
「小町、晩御飯は?」
「ん?ハヤシライス〜」
外れた。恥ずかしい。
「そうか。小町のハヤシライスは美味いから楽しみだな」
「なになにお兄ちゃん、なんかあった?」
「な、何だ急に」
「だってお兄ちゃんが急にそんなこと言うなんて何か隠し事でもあるってバラしてるようなもんじゃん」
「い、いや実はな──」
「へぇ。パンさんの限定キーホルダーか」
「あぁ。小町はちゃんと持ってるだろ?」
「お兄ちゃん……」
「どうした?」
「実はね……」
「ゴクリ…」
「私……」
「……」
「ちゃーんと部屋にあるよっ!キーホルダー!」
「だ、だよな!」ホッ
「だから安心してお兄ちゃん!ほら、さっさとお風呂に入っちゃってよ!」
「おう!」
ガラガラッ
「……」
実は……兄から買って貰ったあの限定キーホルダーを私は無くしている。しかも無くしたと気付いたのが雪ノ下さんが行方不明になってしまった日なのだ。偶然ならいいんだけど……
数十分後…
「お兄ちゃん、あのね」
「どうした?」
「私……最近何だか変なの」
「変って……具体的には?」
「なんて言うんだろう……急に意識が飛んじゃっていつの間にか眠っちゃってたり、変な声も聞こえてくるの……」
「いつの間にか眠ってるってのは……貧血とか目眩とかじゃなくて?」
「うん……言いにくいんだけどそういうやつじゃないと思う……」
「変な声が聞こえてくるってのは……つまりは幻聴ってことか?」
「そう……なのかな?夜眠っていると夢の中である女の子と出会うの。その子は私が小さい頃から夢で見てきた子でね。いつも『貴方が憎い』って言ってくるの……その子の声が度々聞こえる変な声と似てるっていうか……」
「そうか……その夢に出てくる女の子の特徴とかはあるか?」
「うーん……見た感じ身長は私と同じくらいで……髪はショート……でも一つだけおかしな部分があってね……」
「おかしな部分……?」
「彼女……お兄ちゃんを知っているみたいなの……」
「俺を……知っている?」
「うん……それでお兄ちゃんのことを大好きみたいなの……」
「……」
「あ、ごめんね!変な話しちゃったね!それじゃあご飯食べよっか!」
「……そうだな!いただきますっ」
「いただきますっ!」
「ご馳走様。俺はもう寝るけど、小町は大丈夫か?」
「うん!おやすみお兄ちゃん!」
「あぁ」
「……お兄ちゃん!」
「どうした?」
「……お兄ちゃん、大好き!」
「……急にどうした?」
「ううん、何でもない!じゃあね!」
「……小町」
小町らしくない。普通小町はそういうあざといセリフを言ったあとは決まって『小町的にポイント高いっ♪』って言うのだが今回はそれを言わなかった。小町は本当に俺を好いていてくれているのだろうか。そして何故今小町はそれを言ったのか。俺は机に付属しているライトを点け、軽く本を読みながらその事を考えた。しかし考えても無意味だと分かるとベッドに横になった。
(俺が小町を守らなくちゃな……そして雪ノ下を見つけ出してみせる……)
そう決意して俺は眠りについた。
しかし事態は急変する。
────────────────
翌日、小町が行方不明になった。