殲滅の時   作:黒夢

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二話 狂信者

 

 

 爛々と麻帆良の地を照らす陽光。暖かな日差しは程好い温もりを道行く人々に提供して、心成しか吹き抜ける微風さえも普段より優しく肌を撫で上げていく。まるで過ぎ去った春がひょっこりと戻って来たかのような、そんな清々しい一日だった。

 学校の授業が軒並み終わった放課後。煩わしい学校の束縛から解放された生徒たちは、各自行動を開始する。真っ直ぐ寮へ帰る者や、どこかへ出掛ける者。部活動に勤しむ者と、そのパターンは豊富だ。麻帆良学園には巨大な規模に比例して、多種多彩の部活が存在している。それこそ活動内容はもちろん、部活名からしてマトモじゃないものも含めてだ。

 一例として、図書館探検部という部活がある。

 元々は麻帆良大学の提唱で発足されたこの部活は、世界最大規模の巨大図書館、図書館島の全貌を調査するためだけに存在している。何も知らない第三者にとってはただの愛読家の集いのようにしか聞こえないだろう。しかし、その実態は様々な危険が隣り合わせの部活として麻帆良でも相応に有名である。大袈裟ではなく、下手をすれば命を失いかねない程に危険なのだ。

 とはいっても、これは本当に特異な例で、大部分の部活は他校と殆ど変わらない。

 逆に安全な部活としての例を挙げるならば――

 

「う~~ん! 今日はお日様がぽかぽかで気持ち良いですーっ!」

「ホント! 絶好の散歩日和だよね!」

「にんにん♪」

 

 この少女らの部活が、正に筆頭であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傍目からは見分けがつかない双子の少女。

 そしてモデルと見間違わんばかりのスタイルを誇る長身の少女。

 恐らく、何の前情報も無しに彼女らが十四歳で、同い年だと気づく者はいないだろう。双子の少女はどう見てもランドセルを背負っている方が似合っているし、長身の少女は並の大学生よりも大人びている。そんなアンバランスな少女達は散歩部という部活に所属していた。活動内容は――そのまんまである。

 

「あ~あ~。どうせだったらネギ先生も誘えば良かったなー。そしたらもっと楽しかったのに」

「そうですねー。ちょっと残念です」

 

 双子の少女、姉の鳴滝風香と妹の鳴滝史香は気がついたら消えていた子供先生の姿を思い浮かべ、ひまわりのような笑顔をほんの僅かに曇らせた。ちなみに姉の風香はツインテールに吊り目の活発な性格で、妹の史香は左右で結んだおだんご頭と垂れ目が特徴的な大人しい性格をしている。

 よく双子の性格は似ないと言われるが、この二人はその典型例であろう。もっとも、度を越えたいたずら好きという点は、この二人の悪い共通事項である訳だが。

 

「まあ、ネギ坊主もネギ坊主で色々と忙しいのでござろう。あまり無理強いするのもいかんでござるよ」

 

 時代錯誤な口調で二人をやんわりと宥めたのは、腰まで掛かるポニーテールを左右に揺らして歩く、ヤケにのほほんとした糸目の少女、長瀬楓だ。風香は物言いたげにプクーッと頬を膨らませると、後ろを歩く楓を肩越しに見上げた。

 

「でもさぁ、この頃ネギ先生っていっつも明日菜とかと一緒にいるじゃん! 私だって遊びたいのにーっ! ふこうへいだぁ!!」

 

 これは史香も同意見のようで、言葉こそ無いがコクコクと必死に首を縦に振ってアピールしていた。

 

(うーむ。どう言ったものか)

 

 ネギの実情を少なからず知る楓はともかく、事情を知らない二人には現状が不満なのは仕方が無い。二人を納得させる何か旨い言い回しはないかと、楓が人知れず思案していると。

 

(ん?)

 

 不意に、目の前の交差点を誰かが曲がって来ることに気付いた。どうやら傍らの二人は気づいていないようで、特に風香などは未だに余所見を続けている。このままでは危ない。だから、楓は風香に向かってこう言った。

 

「風香殿。危ないでござるよ」

「え? って、わぁ!?」

 

 ちょっとだけ忠告が遅かったらしく、風香は曲がってきた誰かと見事にぶつかってしまった。

 そのまま体勢を崩して勢い良く尻餅をつく。どうやら倒れた時の打ち所が悪かったようで、大きな瞳には見る見る内に涙が溜まり始めるが、それを零さないように風香はグッと耐えている。この辺の気丈さも、風香と史香の違いであった。

 

「お、お姉ちゃん! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫じゃないよー……痣になっちゃうかも」

 

 心配そうに駆け寄る史香に風香は力無くぼやいた。

 直後、風香の体をすっぽりと覆うほどの影が差して、眼前に大きく無骨な手が差し伸べられる。

 

「怪我はありませんか? お嬢さん。私の不注意から痛い思いをさせてしまって、本当に申し訳ありません」

 

 同時に、聞き慣れない野太い声が頭上から掛けられた。

 

「あ……」

 

 風香が見上げると、其処には人の良さそうな笑みを浮かべる大柄な老齢の男性がいた。一目で日本人では無いとわかる彫りの深さと、鼻が高い顔立ち。男性は首から銀光りする十字架を掛け、長身の楓でも引き摺ってしまいそうなロングコートをあっさり着こなしていた。

 麻帆良には留学生などの外人も数多く在籍しているため、宗教に入っている者も多くは無いが確かにいる。特に風香たちのクラスには外人が多く、いつも十字架を身に着けているクラスメイトもいるので驚きはなかった。

 だから、風香の眼を惹いたのは別の要因。男性の左頬に刻まれた、深い一線上の傷跡だった。

 風香の視線が頬に釘付けになっているのに気づいたのか、男性は苦笑を零しつつ左手で傷跡を隠す。

 

「ああ、すみません。怖がらせてしまいましたか。こんな怖い顔をしていますが、私はあなたに危害を加える意思はありませんよ」

 

 その言葉にハッと風香は気を取り直すと、大慌てでアタフタと手をバタつかせた。

 

「ち、違うよ! じゃなくって違いますってば! えーと、その、なんと言うか……か、カッコいいなーって思って……あう~」

 

 自分でも言っている事が無茶苦茶だと思ったのだろう。最後の方は声が小さくなり、羞恥に頬を真っ赤にして項垂れてしまった。そんな中、不意に風香は虚空を泳ぐ手を取られた。未だ気恥ずかしさが頬の赤みとして残る中で上目遣いに見やると、大きな手が優しく、けれども力強く風香の手を包み込んでいる。

 

「そう言ってもらえると私も嬉しい。ありがとう、可愛いお嬢さん」

 

 そう言いながら、男性は風香の手を引いて立たせた。次いで、傍らの史香を見やる。

 

「君達は、双子ですか?」

「あ、はい!」「そうですー」

 

 風香は元より、史香も一連の流れで男性が良い人だと伝わった為か、何の気負いも無く答えた。すると男性は温かい微笑みを深め、二人の目線に合わせて膝を折る。そしてポンッと。二人の頭に軽く手を置いた。

 

「いいですか? 君達は同時に生を受けた。それは生まれた瞬間に良き友人と良き理解者を得たということです。お互いにとって、君達は神様からの大切な贈り物です。いつまでも、仲良く元気良く過ごしてください」

 

 男性の口から紡がれる言葉は優しく、慈愛に満ちている。

 二人は終始ぽーっと惚けながら、コクコクと頷く事しか出来なかった。その素直な反応に男性は満足したのか、最後に優しく二人の頭を撫で上げてから、ゆっくりと手をどけて立ち上がる。そうして、先程から無言で佇む楓の方に視線を投げた。

 

「君は……この子らのお姉さんですか?」

「……いえ、拙者らは同い年でござるよ。ちなみに十四歳でござる」

「同い年? それに、十四歳……?」

 

 語尾の特異さは気にしていない男性だったが、流石にその内容には食い付いた。

 言われて男性は足元の二人と、自らの肩辺りに目線がある楓を交互に見やる。

 暫しの沈黙が辺りを包み、

 

「……そうですか」

 

 男性は一言、感慨深げにそう言った。結局、深くは触れない事にしたらしい。

 しかし、その露骨な態度は風香と史香の小さなハートにビキリッと蜘蛛の巣状の亀裂を穿つ。

 

「ふーんだ。どーせ私達はちっちゃいよーだ。というか周りがおかしいんだよ! 特にかえで姉とか!!」

「龍宮さん達も中学生のスタイルじゃないよね……」

 

 改めて二人はクラスメイトの異常な発育の良さを思い浮かべて、色々と懐疑的になる。

 普段は体型など気にもせず、笑い飛ばせる風香も、流石に楓のような規格外と比べられるのは心外らしい。とはいえ、男性からしたら苦笑を浮かべる以外に対処のしようがないわけだが。

 

「ははは……さて、私は先を急ぐ身ですので、これで失礼しますね。では」

 

 男性は最後に軽く頭を下げてから、三人の横を通り過ぎていく。

 風香と史香はその背中が見えなくなるまで手を振って見送ると、にこやかに言葉を交わし合う。

 

「良い人だったねー。タイプ的には高畑先生に似てるけど、なんだかすっごく紳士っぽいし!」

「十字架を掛けていましたし、もしかしたら神父さんかもしれませんね」

「かえで姉はどう思った?」

「ん? そうでござるなー……」

 

 急な問い掛けに楓は顎に手を当てて考え込む。

 そして若干の沈黙を挟み、

 

「……ただ者ではないでござるな」

 

 万感の思いを込めて、そう言った。

 

「だよねー! あの傷も絶対に何かあるよね! たとえば特殊な所に所属してて任務中に負傷したとか!!」

「お姉ちゃん……昨日見た映画じゃないんですから」

 

 瞳をキラキラ輝かせて夢想する風香に、どこか疲れた様子で史香がツッコむ。

 楓はそんな二人を横目に、男性が歩き去った方向をいつまでも見つめていた。

 

(……あの御仁)

 

 一目見た瞬間から感じていた違和感。

 人の良い笑みの裏側に見え隠れするナニか。

 そして何より。忍としての嗅覚が捉えた――鼻腔を擽る醜悪な臭い。

 

(アレは……血の臭い。一人や二人では到底足りぬほどの血を浴び続けなければ、あそこまでの名残は残らないはず。風香殿たちがいた手前もあって下手な行動は取らなかったでござるが――果たして一人の時に相対して、拙者はあの御仁の前に立つ覚悟があったでござろうか?)

 

 ツゥと。額から流れ落ちる汗にも気づかず、楓は人知れず自問する。

 答えは、返って来なかった。

 

 

 

 

 

 

 三人と別れた男性は人気の無い方へ無い方へと歩み続け、とある狭い路地裏に辿り着くと足を止めた。コートの内側に手を伸ばして、機能よりも頑丈さ、持ち運びやすさを重視したかのようなゴツイ携帯を取り出す。手早くボタンをプッシュして耳に宛がうと、まるで相手が今か今かと待ち侘びていたかのように、一瞬で通話は繋がった。

 

『首尾はどうなっている?』

 

 小さな携帯から響く、取り付く暇も無い声は高圧的で、若い男のものだった。

 気にもせず、男性は抑揚に答える。

 

「上々ですよ。既に見るべき所は見終わりました。ヤツの所在も確認済みです」

『魔法使いどもの動向はどうだ? どうなっている?』

「問題ないですね。初日こそ四六時中べったり張り付いていたが、二日目で疎らに。今日に至っては一時間に一度か二度の確認に来るだけです。幼稚園以下の連中ですよ。我々はおろか、これではヘルシングにすら遥かに劣る」

『ふん! 本当の闘争を知らない平和主義者どもに期待するだけ無駄だ。だから汚らわしい吸血鬼などを十五年にも亘って匿う』

 

 通話口の向こうの男は嫌悪に吐いて捨てる。男からしたら世のため人のためとだか言う魔法使いの戯言は本当の闘争を、本当の狂信を、本当の殲滅を。そして本当の本当の本当の――殺意を知らない赤ん坊が、喚き散らしているのと何ら変わりない。

 

『……ノロマなヘルシングもようやく動き出した。我々が掴んだ情報に寄れば派兵はただ一人。いや、一匹!』

「っ!! アーカード。ヤツが来る」

 

 男性は嬉しそうに己の宿敵の名を呼び、口先を大きく裂いて哂う。

 その獰猛な気配を察したのか、通話口の向こうの男もまた、大きく哂った。

 

『麻帆良で最も厄介な障害、タカミチ・T・高畑はあらかじめ起こしておいた紛争地域へ予想通り向かった。いま、お前の進行を! 否! 信仰を妨げるクソ異端は其処にはいない!!』

 

 そして――告げる。

 

『第13課イスカリオテ機関アレクサンド・アンデルセン神父!

 同機関長エンリコ・マクスウェルが命じるぞ!

 法王猊下より神託は下った! よって待機命令は即時撤回!

 今夜だ! 今夜中にあのクソ忌々しいクソ吸血鬼を! あの『闇の福音』を!

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを――塵芥に返せ!!』

 

 真祖の魔王エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。近年最大級の大物吸血鬼。

 幾度と無くカトリックの追撃を躱し、粉砕し、殲滅した、正真正銘のバケモノ。

 数多の人形を操る『人形使い《ドールマスター》』にして、強力な魔法を駆使する『不死の魔法使い《マガ・ノスフェラトゥ》』の異名の持ち主。噂では、ヘルシングの誇る『死神』ウォルターすら真っ向から退けてみせたという。

 

『第一目標はエヴァンジェリン! 第二目標はその他全て!! 全ての行動をお前に一任する。必要があればアーカードも、魔法使いも、異端の全てを薙ぎ殺せ!!』

「言われるまでもありませんよ。私は、最初からそのつもりです」

 

 アンデルセンの忍耐は当の昔に限界を超えていた。

 法皇の勅命とあって、渋々三日もの潜伏を受け入れていたが、コソコソと付け回す魔法使いを何度血祭りに上げたいと思ったことか。もし、手元に愛用の銃剣があったなら、アンデルセンは間違いなく、躊躇も無く、嬉々として魔法使いの解体ショーを始めていただろう。

 

『いいか、アンデルセン。間違っても。そう間違っても。ヘルシングの犬畜生に遅れを取るんじゃないぞ』

 

 マクスウェルは最後にそう念を入れて通話を切った。

 用の終えた携帯を懐にしまい直すとアンデルセンは動き出す。

 

 夜へ。夜へ。夜へと。

 

 闘争の深遠に染まる夜へと向けて。

 異端を狩る刃が隠された場所へと向かって歩き出す。

 

「どいつもこいつも浮かれてやがる。化け物がいるとも知らずに。化け物がいるとも知っていて。どいつもこいつも浮かれ舞い上がってやがる」

 

 喧騒から外れた路地裏に響く規則正しい足音。

 それは疑う余地の無い――殲滅への序曲。

 

「だが、それもいい。足掻け。叫べ。喚け――宴は既に開かれた」

 

 今この時を以って、麻帆良の地は狂信者の――否。狂人達の、狩場となる。

 

 


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