すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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トラップって危なくね?

「らっしゃい! らっしゃい!」

「お兄さん! そこの勇敢そうなお兄さん!! いい武器あるよー。見てくだけでもいいから!」

「迷宮に挑むなら魔力回復薬は必須! ウチのは効果抜群だよー」

 

 ざわざわと騒がしいここは【オルクス大迷宮】入口近くの広場だ。先日、宿場町【ホルアド】にて王宮直営の宿で一泊した“勇者一行”がそこに集められている。生徒達は、前もって決めていた隊列を組み、これから何かのアトラクションにでも乗るんじゃないかと錯覚するような入場ゲートをくぐっていく。

 

 ひっそりとした迷宮内に、大人数の足音が響く。五人が横並びになって歩いても余裕がありそうな広さの通路は、天井も横幅とそう変わらない位には高い。

 

(おお~。話には聞いてたけど、本当に結構明るいな。これなら問題なさげだ)

 

 通路内の明るさに安心しているのは倬だ。【オルクス大迷宮】は緑光石という発光性を持つ鉱物が壁の至る所に埋まっている事で、松明などが無くても周囲の確認ができる位には明るい。

 

 倬がこりゃ幸いと左脇に杖を挟み、手帳の中身を確認していると後ろから軽く肩を叩かれた。

 

「――ねぇ、霜中君」

 

 さっきから声かけてたんだけど、と若干不機嫌そうに話しかけてきたのは辻綾子だ。迷宮での戦闘訓練で倬は綾子と同じ班に組み込まれている。今の所、ただ歩いているだけとは言え、戦闘訓練の真っ最中に何やら読みだした班員の行動が気にかかったのだろう。

 

「さっきから何読んでるの?」

「あ、あぁ、これ? その、祈祷師用の魔法陣と呪文のカンペみたいなもん……かな」

「か、カンペ? ……呪文はともかく、その魔法陣わざわざ地面に写すの?」

「流石に戦闘中にそれをやる度胸はないかなぁ」

「って事は、そのまま使っちゃうの? 使い捨てって事?」

 

 魔法陣は、特殊な紙に書き付ける場合と、鉱物に刻印する場合とで特徴が異なる。

 

 紙に書き付けた物はある程度の枚数や大きさがあっても持ち運びが容易である反面、一度使用すると紙がボロボロになってしまうなど再利用は出来ない。その上、魔力効率が一方と比べて低いため、威力が落ちやすいという特徴を持っている。

 

 鉱物、それも、金属類に刻んだものは、ボロボロになることもなく何度でも使用可能で、紙に比べて威力も落ちにくい。欠点を挙げるとしたら、重かったり嵩張ることで種類を用意しにくい所だろう。

 

「えっとね、祈祷師用魔法陣構築には術者の血を使った専用のインク使わなきゃならないんだけど」

「ち、血?」

 

 倬が図書館の他に魔法工房にも通うことになったのは、このインクを作るためだった。不思議な事に、祈祷師用の魔法陣は術者の血液をベースとした特殊なインクが必要なのだ。祈祷師用魔法陣を地面や、一般的なインクで専用紙に書いて試した所、正しく詠唱しているのに関わらず、うんともすんとも言わなかった。

 

「そ、血。術者本人の血に、五種類の木の皮と根っこを煮詰めた原液、あと魔石使って作るんだけど……」

 

 魔石というのは、魔物の体内に抱え込まれた力の塊であり結晶だ。普通の魔法陣でも粉末状にしてインクに混ぜたり、鉱物に刻み込んだりする事で魔力効率を著しく高める事が出来る。魔石なしの場合と比べ、三倍ほどの効率上昇が見込まれるのだ。

 

 因みに、魔石の中でも大きく質の良いものを得ようとすれば、より強力な魔物と戦う必要がある。

 【オルクス大迷宮】が冒険者にとって格好の狩場なのは、地上より強力且つ生態が知られている魔物が多く、比較的安全に魔石を得られるためだ。

 

「そのインクで紙に書いた魔法陣は起動後でも、燃え尽きたりとかしないんだよ」

「つまり、それって……」

 

 ぽつぽつと話しながら通路を暫く歩いていたら、天井が丸みを帯びた広い空間に出た。一度話を中断し、周囲を見回す。天井は通路よりも二、三メートルは高いだろうか。その場所の壁際には細い隙間がいくつもある。

 

 その隙間から、ぬっと数多の魔物が姿を現す。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」 

 

 ラットマンとは、灰色の体毛に赤黒い目の鼠型の魔物だ。ただ、二足歩行かつ筋肉隆々のハト胸と腹筋のエイトパック部分にはそれを誇るように毛が生えていなかった。

  

 傍で綾子の「ひッ」と小さな悲鳴が聞こえる。あれは気持ち悪いよなぁと倬が光輝達に目をやると、雫が頬を引き攣らせているのが確認できた。

 

 気持ち悪さを、ぐっとこらえた雫が光輝と龍太郎と共にラットマンを迎え撃つ。三人の後ろでは香織と、図書委員的メガネ少女の中村恵里と童顔ハイテンションの谷口鈴が魔法の準備に取り掛かっている。

 

 光輝が目にも留まらぬ速さで“聖剣”の名を冠するアーティファクトのバスタードソードを振るう。すると一振りで数匹の息の根を止めてしまった。 

 龍太郎は“拳士”が天職だ。これまでの訓練の甲斐もあってか落ち着いて対処しており、ラットマンが後方に向かうことを許さない。

 雫も比較的刀に近いモノを選んだのだろうその剣で、抜刀とほぼ同時に魔物を両断してみせる。技の冴えは召喚された生徒達の中で確実に頭一つ抜けている。

 

―――暗き炎渦巻いて―――

 

 聞こえてくる女子三人の詠唱に反応するように、倬が話を再開する。

「要は……」

「え?」

 

 光輝達の戦闘に集中していた綾子が、急に話を戻した倬に一瞬戸惑う。

 

「紙に書いた魔法陣でも使い捨てにならないってこと」

 

―――灰となりて大地へ帰れ―――

 

「まぁ、ほら。祈祷師だと――」

 

―――敵の尽く焼き払わん―――

 

「あんな派手な魔法――」

 

―――“螺炎”―――

 

「使えないし」

 

 ゴシャァ! と螺旋を描く巨大な炎が複数のラットマンを「キッーーー」という叫び声諸共飲み込み焼き尽くす。三人同時発動の大火炎は辺りに火の粉を残して消えていった。

 

「我、この身を包む大気をもって、憂いを遠ざけんと、祈る者なり……“天幕(てんまく)”」

 

 “天幕”なんて字面だけ見たら大仰な魔法名だが、実際には、ただエアーカーテンを展開するだけの魔法だ。天井付近に漂っている火の粉が、穏やかな空気の流れにしたがって壁際に落ちていく。開いた手帳を綾子に手渡しながら苦笑しつつ続ける。

 

「手数でカバーしろってことなんだろうね」

 

 綾子が手帳を受け取り、「ほぇ~」と感心したように書かれた魔法陣を指でなぞる。黒いインクで書かれたそれは、深い緑色の光を仄かに放ちながら、ほんのりと熱をもっている。魔法陣から光と熱が失われるのを見届けた綾子から、「ありがとう」の言葉と共に手帳を受け取る。

 

 ちょっと調子乗って話しすぎた……引かれてないかな? と心配しつつ倬が全体を見渡すと、圧倒的な火力を前にラットマン達は既に全滅しており、何処か浮足立った雰囲気がその広間に流れている。

 

「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

 場を引き締めるようにメルド団長が話す。その言葉は苦笑いを抑えきれず、どこか楽し気だ。

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に入れておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

 その言葉に、先ほどの大火炎を放った香織、恵里、鈴が指摘されたやりすぎを恥じて顔を赤く染めている。

 

(でもアレ、撃てたら撃っちゃうよね。相手がラットマンだし……、わかるわ)

 

 第一層以降、生徒達はオーバーキルに気を使いながらも、テンポよく下層へと進むことができた。

 

 倬ももちろん戦闘に参加している。ただし、祈祷師専用の魔法では一撃の威力が足りない為、基本的には“付与術師”の下位互換を実践していた。仕事が地味すぎて、同じ班のメンバーも倬が何をしているのか良く分かっていない様子である。

 

 闇系妨害魔法で魔物の気を逸らす、火系強化魔法で前衛の攻撃力上昇。同じ班で後衛火力の要、“土術師”野村健太郎の土系攻撃魔法に直接魔力を付与して破壊力を底上げしたりが殆どだ。直接自分の魔法で魔物を仕留める機会は今の所無かった。

 

(……まぁ、こんなもんだろう。出来るならアレ使いたくないしなぁ)

 

 自分の火力の低さを早々と自覚していたので色々と用意はしてあるのだ。少々、条件が厄介な為、使わずに済んだらその方が良いと考えていた、その時だった。「うわッ! コイツッ!」と前方から焦った声が聞こえる。

 

 犬に似た、すばしっこい小型の魔物が前衛の真横に突然現れ、前衛を無視して後衛の三人向かって駆けてくる。

 

「くそ、いま壁をっ……」

 

 健太郎が土系魔法で妨害を試みようとするが、魔物の速さに対応できていない。綾子も動揺してしまい何をしたらいいのか分からず、あたふたしている。

 

「我――」

 

 倬が杖――と言っても真っ直ぐな金属製の棍棒に近い――を両手に構え、二人の前に出ながら詠唱を始める。焦りで早口になってしまうが、必死に舌を回す。

 

「この身の熱を、()りて束ねて、織りて結びて、ここに猛る(ともしび)(もたら)さんと、祈る者なり……」

 

 魔物の動きを身体全体で追う。遂に飛びかかってきた魔物の腹に向かって杖を突き付け、魔法を発動させる。

 

「……“燃維(ねんい)”っ!」

 

 ごふっと魔物が咳込み、その身を無茶苦茶に捩りながら落下する。途中、突き付けられた杖に引っかかり、その重みに耐えきれなかった倬は、杖ともども前のめりに両膝をつくことになった。

 

 地面でビクビクと痙攣している魔物のパカリと開いた口や耳からは、小さな炎が噴出している。

 

 イテテ……と膝についた砂を払いながら立ち上がる。そこに健太郎が駆け寄ってくる。

 

「し、霜中、大丈夫かッ?」

「おぉ、ん、大丈夫。……いや、上手くいってよかった」

 

 その言葉にホッとした健太郎が、未だに火を口から吹いている魔物に少しビビりながら倬に質問する。

 

「霜中が倒した……んだよな? なにやったんだ?」

「何て言えば分かりやすいかな……、“火種”の凄いヤツを腹ん中に出したって言えば伝わる?」

「……マジで? そんなんアリ?」

「マジなんだよなぁ……」

 

 初級・低級の魔法には、どんなに魔力を注ぎ込もうとも相応の威力しか持たせられない限界がある。そこで倬が目を付けたのが、元々持続性が重視されている設置型魔法だった。

 

 設置型魔法には、魔法陣の中心から少し浮いた所に出現すると言う性質がある。倬は、この性質を魔法式で強制する事で、密閉されていない空洞を持つという条件付きではあるものの、障害物を無視して指定した座標かその付近に魔法を出現させることに成功していた。

 

「まぁ、規模は“火球”以下だけど。それでも、魔力込めた分だけ燃え続けるから」

「それで倒せるなら、もっと自分で倒してもいいんじゃないか?」

「いや、確実に成功させるなら、魔物に杖触れさせなきゃならんし、燃費悪いんだよコレ」

 

 魔物の体内に魔法を設置する。これが自在に且つ中級以上の魔法で出来れば強力な技になり得る。だが、出現座標の距離を自分から遠くすればするほど必要な魔力が増大する上、指定したはずの座標からのズレが大きくなってしまう。実用に耐える限界が杖の先端から、三十センチ以内

だったのだ。更に魔物を倒し切るまで魔法を持続する為にも、一般の中級魔法以上の魔力が必要になるので使いどころが難しかった。

 

「その……、怪我はない? 必要なら魔力分けようか?」

 

 倬と健太郎が話をしているのを見て、気持ちを落ち着かせた綾子がどこか恐るおそる聞いてきた。

 綾子の天職は“治癒師”であり、せめて回復位は、と声を掛けたのだ。

 

「ん? あぁ、平気平気。魔力も薬で足りると思う。ありがとね」

 

 「そっか」と少し残念そうに引き下がる綾子を健太郎がそわそわしながら見ている。健太郎が倬に向けて「空気読めよっ!」と視線を鋭くするが、倬は魔力回復薬をぐいーっと飲んだ後、その味に顔を顰めるだけで、その視線に気づく様子は皆無だった。

 

 倬が直接魔物を倒した後は恙なく訓練は進み、漸く今回の予定だった二十階層に到着した。

 ちなみに、ここまで来れば世間では一流と認識されるらしい。超一流で四十層位、百年以上前に“最強”と謳われた冒険者が到達した六十五層が現在でも迷宮最高到達階層となっている。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

 

 生徒達に活を入れるメルド団長の声が迷宮に響く。

 

 倬がもうちょいで終わりかぁと溜息をついていると、割と近くにいた雫の楽しそうな小声が聞こえた。

 

「香織、何、南雲君と見つめ合っているのよ? 迷宮の中でラブコメ何て随分と余裕じゃない?」

「もう、雫ちゃん! 変なこと言わないで! 私はただ、南雲くん大丈夫かなって、それだけだよ!」

 

 雫の笑っている目に香織が「もうっ」と拗ねている。

 

(ほほう、やっとこラブがコメりだしたのかな。……そういや、昨日の南雲君って一人部屋だったな。ま、まさか……、そんな、いけません! 破廉恥です!)

 

 それなんてエロゲ? と妄想が加速していくのをそのままに、二十層の探索についていく。 

 

 二十層の一番奥までたどり着くと、鍾乳洞を思わせる複雑な地形の部屋に出た。一行は滑らかなツララ状にとげとげとした壁や足場に横列を組めず、縦列を形成して進んでいく。

 

 そこそこの時間歩いていると、先頭の光輝達やメルド団長が突然立ち止まり、戦闘態勢に入る。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

 メルド団長の言葉に目を凝らすと、壁の一部が揺らいでいるのが見えた。その揺らぎが大きくったと思った瞬間、その場に褐色の毛に覆われたゴリラの如き魔物が出現した。出現と同時に威嚇のドラミングを始める。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

 そのロックマウントが飛びかかり、メルド団長が言う豪腕を振るう。その豪腕を龍太郎が拳で見事に迎え撃ってみせる。光輝と雫は有利な状況を作ろうとするが、足場の悪さに思うように動けないでいる様子だ。

 

 ロックマウントもまた、状況の悪さに態勢を立て直す為、後ろ向きに飛び退く。着地と同時に大きく身体を反らせ、思い切り空気を吸ったかと思いきや、次の瞬間、激しい咆哮が部屋中に響き渡る。

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 この咆哮こそがロックマウントの持つ固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力がのった雄叫びには相手を麻痺状態にする効果があり、前衛にとって非常に厄介な技であると言える。

 

 その“威圧の咆哮”によって硬直してしまった前衛三人を尻目に、ロックマウントは横飛びに移動する。茶色がかった岩を掴み上げ首元に持っていくと、そこで溜をつくり、逆手を高らかに伸ばし、身体を捻じるように、その岩を投げ放った。

 

(ほ、砲丸投げ!? あの投げ方って野生で思いつくもんなのん!?)

 

 完成された投擲に驚いた倬が飛んでいく岩を目で追うと、香織達が杖を向けて迎撃の態勢をとっているのが見てとれた。しかし、魔法名を告げようとした香織達がピシッと音でも立てたように硬直しまう。

 

 何故か。それは飛んできた岩と思っていた物体が、他でもないロックマウントだったからだ。ぶっ飛んでくる途中でくるりと一回転。姿勢を整え、その両腕をかばっと広げ香織達へダイブしていく。

 

 フゴフゴ荒い鼻息と血走った目で迫りくるゴリラもどき。

 

 あんまりな見た目に耐えられず後衛三人が「ヒィ!」っと叫んで魔法の発動を中断してしまう。

 

「こらこら、戦闘中に何やってる!」

 

 咄嗟に向かってくるロックマウントを切り落としメルド団長が苦言を呈する。青褪めたまま香織達が謝るものの、持ち直せてはいないようだ。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

 “よくも香織達を怯えさせたなーッ! ゆるさんッ!”とばかりに怒り、聖剣を輝かせているのは光輝だ。怒り心頭のまま、聖剣に向けて詠唱を開始する。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ、“天翔閃”!」

(わぁ、眩しくて、とても見てられないや……)

 

 倬が光輝の行動と実際の光景に遠い目を限界まで細めながら、心の中、棒読みで言う。

 

 メルド団長の「馬鹿、やめろ」との言葉は光輝の耳に入っていない。大上段に持ち上げた聖剣をぶんっと勢いよく振り落とす。聖剣が纏う眩い光が斬撃となり、ロックマウントと奥の壁諸共に破壊していく。

 

 “天翔閃”が奥の壁に衝突した振動で、倬の真上でも塵やら埃やらが舞っている。あれ? もしかして“天幕”って便利じゃね? と再び“天幕”を展開させ、粉塵を払う。ほんのり自分の魔法を再評価した瞬間だった。

   

 奥には満足そうな表情で「ふぅ~」と息を吐いた光輝がいる。光輝が笑顔で振り返って香織達に近づく途中、メルド団長から拳骨のご褒美をもらって 「へぶぅ!?」といい声で鳴いた。

 

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

(それな。ホントそれ。それしかないまである)

 

 メルド団長の説教に倬がうんうんと頷いていると、香織が壊れた壁の方に指さして呟いた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 その言葉にその場にいた全員が指さす方向に目線を向ける。メルド団長が一瞬目を細めて、感心したように目を大きく開き、キラキラの正体を語ってくれた。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

 香織の見つけた青白く発光する鉱物。その名をグランツ鉱石と言い、加工したものは涼やか且つ煌びやかな宝石となる。この世界においては婚約指輪に使う宝石として非常に人気があるものだ。

 

 「素敵……」と香織が頬を染め、うっとりしながら、密やかにハジメへ視線を向けている。雫はその香織の視線に気づいて、やれやれと苦笑いだ。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 一体誰がそんな阿保な事をと思いきや檜山大介だった。ステータスを無駄遣いしながらグランツ鉱石の元へ崩れたばかりの壁を登る。

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

 メルド団長が焦るのも無理は無い。迷宮で最も警戒しなければならないのは魔物ではなくトラップなのだ。致死性のトラップも数多い為、フェアスコープと言う道具によっての安全確認が必須なのだ。

 

 フェアスコープは魔力の流れを感知する事でトラップを見極めることが出来る代物だ。魔力を全く感知出来ない種類のトラップは二割以下であるとされ、基本的にはフェアスコープで確認していない場所には近づかないのが常識である。生徒達もトラップ確認前の場所には絶対に行かないようにと釘を刺されていた。

 

 静止する声に聞こえないふりをして、檜山が鉱石のある所まで到着してしまう。

 

 メルド団長が檜山を止めようと追いかける中、騎士団員の一人がフェアスコープで周囲を確認すると顔を青褪めさせて叫ぶ。

 

「団長! トラップです!」

 「よっしゃあ」とグランツ鉱石に檜山が触れた。次の瞬間、たちまち魔法陣が部屋全体へと広がっていく。

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

 メルド団長のその指示を達成出来た者はいない。全員の目の前が真っ白になり、浮かび上がるような感覚が訪れる。ふっと、空気が変化したかと思ったら、そのまま地面に落とされた。

 

(け、ケツが割れる……)

 

 倬は痛みに悶絶したままだが、メルド団長に騎士団員達、そして光輝達一部の前衛職の生徒が立ち上がり警戒の色を濃くしている。

 

 転移場所は、かなり巨大な石橋の中央。百メートルほどの長さで、天井までの高さは二十メートルはある。横幅こそ大人が真横に十人並んでも余裕があるものの、手すりも縁石もない。両端にはそれぞれ、奥への通路と上り階段が確認できた。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 生徒達はメルド団長の轟く声に、必死になって階段へと向かおうとする。 

 

 だがここは迷宮だ。簡単に帰してくれるわけもない。

 

 生徒達が向かう上り階段の手前に、赤黒い光で描かれた数多の魔法陣が浮かび上がる。そこから大量の骸骨が現れ、足場を埋め尽くさんばかりだ。更には、通路側にも直径十メートル近い魔法陣が不気味に発光し、周辺を赤黒く照らす。その大きな魔法陣から出現したのは、これまで相手取ってきた魔物とは一線を画す巨大さを誇る魔物だった。

 

“まさか……ベヒモス……なのか……”

 

 メルド団長が驚愕をそのままに呟いた言葉が、その広い空間の中で、やけに響いたのだった。


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