すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

53 / 61
たいへんお待たせ致しました……。
例によって長いですが、後編宜しくお願いします。


メルジーネ海底遺跡の声・後編

 古い時代に魔人族が造り上げた救護兵舎内部の造りは、倬に日本の中規模な病院を思い出させるものだった。

 

 エントランスと事務スペースを区切る受付カウンターの(へり)には、木目に従ってゆったりと波打つような彫り込みが入れられている。壁に沿って備え付けられた手摺(てすり)や、並ぶ木製のベンチにも、簡素だが細かな装飾が施され、少しでも居心地を良くしようとする心配りを感じさせた。

 

 もっとも、大迷宮の一部として暗がりが広がるこの場所で、周囲に残った心遣いを読み取れるのは、倬が“闇の精霊”や“光の精霊”と契約を交わした“祈祷師”であるからでしかない。

 

 倬よりも一歩前の位置で目を凝らすシャアクは、大きな扉から辛うじて差し込んでいる光を頼りに、エントランスから左右に廊下が伸びているのを確認して振り返った。

 

「俺にはよく見えないが、千床ってことなら部屋数も相当に多いだろう。手分けした方が良いんじゃないか」

「……いいえ、固まっていた方が良いでしょう」

 

 どこか躊躇いを滲ませて、倬は手分けを否定する。倬の細められた目の奥に自分が映り込んでいない気がして、シャアクは息を呑む。精霊を味方につけて、想像を超える実力を持っていると思い知らされた目の前の男が、今まで以上に緊張しているのが伝わってきたのだ。 

 

「そうかよ」

 

 ここはただのダンジョンでは無い。世界有数の危険地帯である大迷宮なのだ。手分けしようなどと簡単に言ってしまった事に羞恥心(しゅうちしん)を覚えたシャアクは、短い言葉だけで返事をして、すぐに倬から視線を外す。

 

 シャアクが泳がせた視線、受付カウンターのその先に、仕切りの無い事務スペースで()()()()()()()が映った。

 

 目撃したモノを“何か”と濁したのは、それが魔物の類とは異なる背中だった事実を無意識に誤魔化したかったからに他ならない。

 

 揺れるセミロングの紅い髪、飾り気の無い粗末な服。服のデザインと、しなやかな丸みを帯びた腰周りから、それが女性であるらしいことが予想できる。

 

 ゴクリ、とシャアクが唾を飲み込む。

 

 ピタリ、と女性が動きを止める。

 

 ギチギチと異常な音を鳴らしながら、首から上だけを百八十度回して見えたその顔は、どす黒く変色し、乾き切ってひび割れていた。

 

 女性は背中を向けたまま、据えられた机やカウンターを異常と言って差し支えない跳躍力を発揮して飛び越え、シャアクに顔を突き合わせ、唸りながら掠れた声を絞り出す。

 

「何、か、……、あがっ、おごっ、ま゛りぃい゛い゛ぃぃぃ……」

 

 喋ろうとする最中にえずきだした女性の口から、大量の扁平な虫が這い出てくる。

 

 必死に女性を突き飛ばすシャアクだが、その腕にはすでに飛び出してきた虫が纏わりついていた。言葉にならない叫びを上げて振り払おうとするシャアクに、倬が風を吹き付けて虫を払い、同時に女性ごと虫を燃やし尽くして、溜息を漏らした。

 

「初っ端なからこのお出迎えとは、厳しいなぁ……」

「ほんと、解放者ってば趣味悪いわね。わたしも今のはきつかったわ」

 

 倬の背中に隠れる風姫様も、動く(しかばね)から虫が這い出てくると言う趣向に、その顔を不快に歪めている。

 

 不意打ちに対応した倬に、せめて一言声をかけようと見上げたシャアクは、その時の倬の顔を見て、思わず悪態をついてしまう。

 

「目、瞑ってんじゃねぇよ」

 

 倬は錫杖だけをシャアクに向けて、虫を直視しないように思い切り目を瞑っていたのだ。そんな情けない姿に、緊張の理由が想像と違ったのだと考えたせいで、感謝の言葉は引っ込んでしまった。

 

「いや、その、“おてんば人魚”じゃありませんが、“虫は無視”したい位には苦手なので。……さっきのはもう居ませんよね?」

「もりくんが見たかんじ、虫はぜんぶ燃えたみたいだぞ! ちょっとやり過ぎなくらいだ!」

 

 “森の妖精”もりくんが、葉っぱのチューリップハットを両手でずらして周りに虫が残っていないか確認してくれる。

 

 安堵の溜息と共に目を開けた倬は、良いことを思いついたと言わんばかりにパンっと手を叩く。

 

「いっそ殺虫剤撒いたらダメですかね?」

「倬は少しくらい虫に慣れる努力をした方が良いと僕は思うぞ。……いつか森で暮らす事になった時に不便だろう」

 

 万が一に備え、前もって虫の駆除をやっておこうと言い出した倬を(いさ)める森司様。それだけならば何時もの光景だが、付け足された内容は、暗に森司様の“寝床”がある樹海に居を構えるのを勧めるものだった。

 

 これには他の精霊様にも譲れないものがあるらしく、それぞれの“寝床”の良さを主張し始める。倬の左肩にしがみ付いて一生懸命アピールするのは治優様だ。

 

「たぁ様、たぁ様! “癒しの泉”がある山は虫さんいっぱいだけど、あそこの近くに住めば“ボトル”調べ放題だよ! 調べたいって言ってたよね!」

「まぁ、落ち着く場所の結論を急ぐ必要はないだろう。ちなみにだが、“オソレの荒山”の麓には“霊媒師”が修行する集落がある。“(ほむら)様”である俺と契約した倬なら歓迎されるぞ。普通の山より虫は少ない。ついでに言うと今の“霊媒師”は全員女だ。一応、覚えておけ」

 

 倬の頭に乗っかる形で姿を現し、暗い救護兵舎を紅蓮の炎で照らす火炎様は、落ち着いた口調でありながら、かなり熱を込めた推薦っぷりである。

 

 現在“寝床”の引っ越しを検討中の光后様は、“寝床”が定まっていないことを逆手に取る形で攻める事を思いついたらしく、右肩にしなっと座って周囲に光をもたらした。

 

「倬、わらわはお前が気に入ったところを“寝床”にしようではないか。見晴らしが良い土地ならば歓迎だぞ?」

「見晴らしなら私の“寝床”が一番じゃないかしら~。でもそうね、あそこは何もないものね~。う~ん、困ったわね~」

 

 “寝床”こそあれど【神山】に次ぐ高度を誇る高い山で、祠以外に何かあるわけでもない空姫様はちょっとだけ悔しそうだ。ただ、引っ越しをしたいわけでは無いらしく、それだけ今の“寝床”には想い入れが深いのだろう。

 

 そんな空姫様の様に、居を構えるには問題がある“寝床”を持つ精霊様は、別な形でアプローチを開始する。

 

「……いざ住むとなったら少し不便かもしれないが、ぼくの“寝床”ならアイーマにも近い。アイーマに造船を依頼してるシモナカには、別荘を構えるのにちょうど良さそうじゃないか?」

「海辺の別荘、素敵ですね。ワタクシの“寝床”はもう別荘のようなものです。別荘ならいくつあっても問題ないかと思いますよ、アナタ様」

 

 チラチラと控えめに倬の顔を伺いながら言った海姫様に、雪姫様が静かに後押しだ。後押しをした雪姫様だが、自分の“寝床”は既に倬の別荘みたいなもの、と言うのが若干自慢めいて聞こえる。

 

 視線をぶつけ合う静かな攻防が精霊様達で繰り広げられる中、やれやれと肩を(すく)め、首を振る風姫様が倬の背中から飛び上がり、少し高い位置で全員を見下ろした。

 

「あんた達、今更何を言い出してるんだか……」

「そうじゃのぅ、よってたかって言い募られれば、倬も困るじゃろ? みな落ち着かんか」

 

 倬の足元でうむうむと灰色ボディを揺らす土司様も、なんだか久しぶりに大物感を発揮している。

 

 そんな落ち着き払った二人を、音々様は兄である雷皇様の頭に抱き着いて不思議そうにしていた。

 

「風姫姉様も土司様も落ち着いてるねー?」

「まぁ、理由の想像は出来るけどな……」

「流石は姉弟でごさるな、雷皇様! 拙者は“剣断ち”と共に主殿のお傍に居られればそれで満足故、気にしないのでござるが、あのお二人はどの様な理由で?」

「えっと、あの二人の場合は」

 

 刃様の疑問に雷皇様が答えるより先に、風姫様がふふんっと勝ち誇ったように鼻で笑うのが聞こえる。倬の足元では、つっちー達に囲まれる土司様が()を反らして堂々としていた。

 

 偶然、風姫様と土司様の二人の喋り出しが、完全に重なる。

 

「「もう倬の住む場所は決まってる」」

「わたしの家よ」

「儂の山だ」

 

 救護兵舎の広いエントランスに、入った時とは雰囲気の異なる静けさが訪れる。

 

「「……うん?」」

 

 倬を上下に挟んで、風姫様と土司様がお互いに首を傾げながら「何言ってんだこいつ?」と頭に疑問符を浮かべていた。

 

「ちょっと、なんで山になるのよ?」

「倬は“祈祷師”として儂の山で修行したのだからのぅ。当然じゃろう」

「はあ? もうわたしの家があるんだから、わざわざ田舎に住む必要なんてないじゃない!」

「何を言っとるか。田舎と言うなら風姫の家の方が田舎じゃろう。北東の外れなんだからのぅ。それに比べ、儂の山であり“里”は王国にも近い。もうこれは大都会と言ってもよいじゃろ。それに、“かいほー”達が造った家は既に倬の持ち家だぞ?」

 

 現代のトータス基準に従えば“祈祷師の里”もクドバン村も田舎なので、このやり取りは完全に不毛である。王国からの距離を考えれば、クドバン村がかなり遠方なのは間違いないが、近隣の町や村から“祈祷師の里”までの道のりも険しいものなので、どちらにせよ余程の用事でもない限り訪れる者がいない田舎なのは同じである。

 

「穴倉の奥にある家なんて不便そのものじゃない。却下よ、却下!」

「崖っぷちの家と何が違うのかのぅ。“かいほー”達の家は全天候型。儂が居れば転移も楽々だ」

(うち)の庭、“変成魔法”とやらを色々試してちょっとした牧場になってるの忘れたの? あれだって倬の財産よ。まだまだ大きくするんだから、倬は(うち)に住むの!」

 

 この二人のやり取りに、他の精霊様達も参加して喧々囂々(けんけんごうごう)――それぞれ好き勝手に意見のぶつけ合いを始めてしまう。

 

 緊張感の欠片も感じられない騒がしさに、シャアクは倬の左腕に向けて苛立たし気に肘で小突いた。

 

「おい、祈って鎮めて見せろよ。“精霊祈祷師”なんだろ」

「いやぁ、あんまり余計な事を言ってややこしくしたくないので……」

「………………悪いな二人とも。何せ前例が無い、からな」

「……多重契約者の悩みどころ。……だな、兄さん」

 

 宵闇様と霧司様はあまり“寝床”に住む云々(うんぬん)には拘りが無いらしく、攻略中に騒いでいる皆に代わって、申し訳無さげにふよふよしている。

 

 “精霊契約”は本来、一人につき一人の契約が基本であり、古代を通してどの精霊の“寝床”近くを住処にするのかと言うのは、あまり意識する必要の無い話題であった。

 

 “クラスメイト達の地球への送還方法を探す事”と“神との対峙の準備”を目的とする倬の旅は、いつ終わるとも分からない。だからこそ定住先の検討はしてこなかったのだが、こんな所で問題として浮上してしまったのは、倬にとって全くの想定外である。

 

「それでそれで、倬様はどう? 音々はねっ、ダンディーンはどうかなって! スティナちゃんも喜ぶと思うの!」

「えーっと……、こ、この話題はまた今度話し合いましょう! まずは迷宮攻略を優先、と言うことで。さぁさぁ、張り切って行きますよ、シャアクさん!」  

「誤魔化すのに俺を使うなっての……」

 

 精霊様達から向けられる恨めしそうな視線を背中で受け止めつつ、倬とシャアクはまずは右手側に伸びる廊下から調べることに決める。廊下を進んですぐ、ストレッチャーのようなタイヤ付きの細いベッドが放置されているのに気が付いた。

 

 細いベッドの上には革のベルト三本で縛り付けられた寝袋のような物が乗せられており、中で何かが、もぞもぞと蠢いている。長く放置されていたせいか、革ベルトもすっかり腐っており、寝袋が大きく跳ねると同時にバツンと音を立てて千切れてしまう。

 

 その袋がベッドから廊下に落ち、中から出てきてのっそりと立ち上がったのは、酷い腐乱臭を放つ、全身を膿に侵された死体だった。

 

「う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁ……ッ」

 

 両目は共に腐り落ちて、こちらを見ることは出来ない筈だが、音か気配か、腐乱死体は倬とシャアクの存在を認識し、低く唸りながら、いかにもゾンビらしい覚束(おぼつ)ない足取りで接近してくる。

 

 漂う臭気と無残な姿の腐乱死体の登場に、倬は顔を(しか)めてしまう。

 

「うわぁ……」

「霜中、こんなウスノロが相手なら俺に任せてくれ」

 

 美しく光る自慢のサーベルを抜き、シャアクは腐乱死体に向かい合う。精霊様達の自由すぎるやり取りを目にして、救護兵舎に侵入した直後よりは幾分か落ち着きを取り戻しているように見えた。詠唱をせず、サーベルに頼っているところから察するに、魔法を使える程には冷静では無い自分を自覚出来ているようだ。

 

 このままシャアクに戦闘を任せて、少しでも自信を取り戻してもらうのも重要かもしれない。そう考え、後ろに控えようとした倬だったのだが、最初に出くわした女性の(しかばね)と腐乱死体との違いに思い至り、慌ててシャアクを引き戻す。

  

「シャアクさん、待って」

「ちっ、なんだってんだ」

「よく見て下さい。アレが着てる服」

「あ゛あ゛? 服? それがどう……、した…?」

 

 にじり寄ってくる腐乱死体を改めて観察するシャアクは、死体が身に着ける布が少しずつ崩れていくのを目撃する。よく見れば、その体から蒸気のようなものが昇っているのも確認出来る。

 

「なんだ、あれ……?」

「“闇の賢者”ミーヤク様の研究に、アレの状態に似た記述がありました。体液に働きかけて肉体を壊死させる毒に変質させる類の“呪い”の可能性が高いです。それも、周囲に“呪い”が感染する高度なモノに特徴が一致しています」

 

 ミーヤクが残した“呪い”についての研究資料の中でも、かなり多くの被害を出したと記録されていた内容と照らし合わせ、倬は警戒レベルを一段階引き上げる。

 

「……冷静な予想をありがとうよ。んで、どう戦えばいい?」

「あの手の“呪い”を受けた対象を傷つけると、“呪い”を帯びた毒が撒き散らされるそうなので、一気に燃やし尽くすのが一番手っ取り早いかと」

「……ならとっととやってくれ」

 

 相変わらず腐乱死体の動きは鈍い。倬はそのまま“燃維”を発動させようと錫杖の先を死体に向ける。

 

 口を開き、高速詠唱を始める直前、ガンッ! と大きな音を立て、腐乱死体が立っていた直ぐ横の扉が吹き飛んだ。

 

「「……は?!」」

 

 予期せぬ出来事に、倬とシャアクが思わず声を上げてしまう。

 

 向かい合っていた筈の腐乱死体は吹き飛んだ扉に押し潰され、周囲に肉片が散らばる。

 

 吹き飛んだ扉があった部屋の中からは、大きな宝石がはめた腕輪を身に着けた両足の無い死体が這いつくばって現れ、押し潰され散らばった腐乱死体の肉片を(むさぼ)っている。

 

「__“爆嵐壁”、__“風陣”!」

「な、なぁ、霜中? これは、(まず)いんじゃ……?」

「言ってないで逃げてくださいっ!」

 

 ミーヤクの研究によれば、一度撒き散らされた“呪い”を帯びた毒はすぐさま空気中に拡散され、炎で焼き尽くす事が困難になると明らかにされていた。

 

 倬一人ならば、技能“耐状態異常”によって呪いも毒も無視できるのだが、耐性を持たないシャアクが居る以上、強行突破の様な無茶は出来ない。

 

 扉の奥からは所々欠損した死体が、既に“呪い”に侵され体中をぐずぐずに腐らせながら“爆嵐壁”に体を弾き飛ばされて尚、群がり続けている。廊下の奥に並ぶ部屋の扉が、自動的に開け放たれ、更に死体が増えているのが見えた。

 

(こっちの廊下全部がトラップ……っ! (たち)の悪い事でっ)

 

 蠢く腐乱死体の群れに向け、風の結界越しに追加詠唱を重ねた“燃維”を数発残し、二人はひとまず撤退する事を選んだ。

 

「しょうがないな、さっきの廊下の先は僕が確認しておこう」

「それならオレも森司様に付き合う。問題ないよな、倬殿」

 

 調べられなかった廊下の先を気にしている倬に、森司様と雷皇様が“呪い”の蔓延した救護兵舎右手側の調査を買って出てくれた。

 

「そうして頂けると助かります。……あ、出来ればなんですが」

「分かってる、“さんぷる”だろ。元よりそのつもりだ」

 

 どうやら森司様は、“呪い”から発生した毒に興味があったらしく、毒のサンプル採取も約束してくれる。

 

「森司様も倬殿も、研究熱心だな。オレにも手伝えることはないか?」

「そうだ、倬の記憶にあった“電気分解”と言うのを試してみたかったんだが」

「あぁ、あれか。“触媒”はどうする?」

「そうだな、適当な魔石でも使ってみるか……」 

 

 風の結界に向かう二人が、何やら小難しい話をしながら飛んでいくのを見送って、反対側の廊下に足を踏み入れると、通路全体に複数のすすり泣く声が反響し始めた。

 

――たす、けて……、たすけ、て……――

 

 一瞬、先に進むのを躊躇ってしまうが、怯るんではいられない。倬とシャアクはお互いの意思を目で確認し、そのまま廊下を進んだ。

 

 奥へ歩みを進めるほどに、すすり泣く声は明瞭になり、耳元で囁かれるような錯覚を起こしてしまう。

 

 二人の注意が耳の中で反響する嗚咽(おえつ)に集中したタイミング、ある大部屋の前に差し掛かった時の事だ。

 

「「「「出ァせェェェェェッ!!!」」」」

 

 すすり泣く声をかき消す絶叫と共に、大量の手が壁を叩き、殴り、扉を破壊して、乱雑に巻かれた包帯の隙間から血を垂れ流す兵士達が廊下に溢れ出した。

 

 兵士達は重症ではあるが、死体とは思えない程に自然な外見だ。そんな兵士達との戦闘をするのは今のシャアクにとって負担が重いのではと考えた倬は、シャアクの背中を押して、戦闘をやり過ごそうとする。

 

 押されるがまま走り出したシャアクは、救護兵舎に入ってからずっと後手に回っている倬に文句をつけた。

 

「おいっ、霜中。お前、敵の気配感じられるんじゃねぇのかっ! ここに来る前の船の上でそんな話もしてただろ!?」

「……ここは気配も魔力も多すぎるんですよ。大した敵じゃありませんから先に行きましょうっ」

 

 “気配感知”や“魔力感知”を活用できていない事実に言い淀む倬を不審に思うシャアクだが、言い争いを嫌って仕方なく言い返さず、そのまま地下へ向かう階段を駆け降りて行く。

 

 地下に降りても、階段の上から兵士達の叫び声が届き、すすり泣く声も止む様子が無い。違うのは、すすり泣く声にシュッ、シュッと刃物を研いでいる音が混ざっている事だった。

 

 研ぎ音は扉の無い部屋から漏れ聞こえている。二人が部屋を覗けば、簡易的なベッドが連なって設置され、金属製の医療器具と(おぼ)しき道具が散乱していた。

 

 手術室にも見えるが、何かがおかしい。倬の目に“金属製の医療器具”に映ったそれらの道具は、魔法に頼らない医術が発展してこなかったトータス、それも魔人族達にとって、ある意味で正反対の目的で利用される器具なのだ。故に、この部屋が何の為に用意されたものなのか、真っ先に理解したのはシャアクの方だった。

 

「拷問用……、まさか、実験……」

 

 シャアクのこの呟きに倬が聞き返す前に、刃物を研ぐ音が止まる。

 

 紅く薄汚れた布で口を覆い、手術用のエプロンを身に着ける男がじっとこちらを見つめたまま、足を引きずって近寄ってきた。

 

「新しい素体は、人間族かい……? 任せてくれタマエェェ……!」

 

 激しく震える左手にはメスに似た短い刃物が、右手には獣の耳が握りしめられている。楽し気に刃先をこちらに向けた男の眼は狂気に、愉悦に満ちていた。

 

 シャアクが怒りのままにサーベルを抜き放ち、飛び出すのを、倬は止められなかった。

 

「くそっ、くそっ、くそがっ!」

 

 滅茶苦茶に振るわれるサーベルで、男は何の抵抗もできないまま、何度も斬りつけられる。

 

「ガ、ゴホ、ギャハ、ヒハッ!?」

 

 男の恍惚に(よど)む瞳は、自らの体が斬られているのを楽しんでいるかにすら見える。

 

 刃物を握っていた左手首がサーベルによって切断され、ボトリと落ちたのに気づくと、男は首を傾げて頭を小刻みに揺らしだした。

 

「おォ? 困っタ、な……」

「……!! ふざけやがってッ!」

 

 突然しゃがみ込んだ男は、シャアクが止めとばかりに振るったサーベルを血が噴き出したままの左腕の骨で受け止めた。右手で握っていた獣の耳を放り投げ、足元に散乱した器具を一つひとつ拾い上げて、几帳面に床に並べている姿は不気味としか言いようがない。

 

「無イ、な……。新しいの、がぁ、代わりの、がァッ、必要、だァ。……ひィ、つよ、お゛? だ、ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛……」 

 

 男は声を荒立て、激しい歯軋りをしてから自分の右腕に(かぶ)りつく。ぶちりぶちりと音を立て、血を滲ませて皮膚を剥がすと、男の右腕が一回り膨らみ、指先の爪が急激に鋭く伸び始める。

 

「ひッ、ひひ、ひゃはッ!? 成……、功、だぁ!!」

「な……っ!」

 

 サーベルを左腕に受け止めたまま、男は虎人族を想起させる鋭利な爪でシャアクに切りかかった。

 

「__“桎石(しっこく)”」

 

 シャアクが爪に切り裂かれる直前、早送りされたような詠唱に続いて魔法名が呟かれる。創り出された黒い岩石によって喉を潰された男は、更に倬に蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられて完全に沈黙する。

 

 紅く長い髪を振り乱し、シャアクは冷たい床に(うずくま)ってしまう。

 

「なんだ、なんだよ、あれは……! 見下してる筈の亜人族の腕を! 魔人族が、使うってのか!」

 

 彼は見てしまったのだ。男の右肘に残る、肌色の異なる腕が移植された手術跡を。

 

 男の遺体を調べる倬は、この場所で人体実験が行われていたのが、間違いようの無い事実であることを認める。

 

「……使うんでしょう。“神”の御意思とやらがあれば」

「ふざ、けんなッ。あいつらが! ガキや亜人族が何したってんだッ」

 

 激昂するシャアクは倬の胸ぐらを掴み、睨み付ける。その瞳には、動揺が波打っていた。

 

「今、この世界(トータス)で、そう言い切れるシャアクさんが凄いんです。()()()()()()()“神”の言葉はそれだけ重い。……ご存知でしょう?」

「……チッ」

 

 荒っぽく倬から手を放すシャアクは、それから暫くの間、言葉を発することはなかった。

 

 無言のまま部屋から出て、さらに探索を続ける。

 

 地下一階では、他人の四肢で()()ぎにされた者達が、二人の姿を見つけると金切り声で痛みを訴え、救いを求めて追い縋がってくる。

 

 救いを求める彼らが記憶に基づいた再現であったとしても、気分の良い光景ではない。眉間に皺を寄せ、彼らを無視して歩き続けるシャアクの顔色は青褪(あおざ)めるどころか、土気色に変わっていた。

 

 地下に向かう前、精霊様達の騒がしさに僅かとは言え持ち直していた精神の安定も失われてしまっている。いよいよ歩く速さも落ちてきて、ただ倬に付いてくるだけだ。

 

 そんなシャアクがふと足を止める。自分の身に着けるマントが、何かに引っ張られている事に気が付いたのだ。

 

 恐るおそる振り向くと、そこにいたのは、粗末な布を纏っただけの男の子だった。肌色の真っ白な男の子で、遠くから見る限りは普通の子供でしかない。

 

「ママ、どこ……?」

 

 だが、シャアクを見上げる男の子の両目は、深淵の如き暗い“穴”としか言えないものだった。

 

 その眼に見つめられたシャアクの意識が遠ざかる。足に力が入らなくなり、めまいにふらつく。

 

 慌ててシャアクを支える倬は、その男の子の瞳の無い黒々とした“眼”を、しっかりと見つめ返した。

 

 男の子の声は、か細く、弱々しい。

 

「おなか、きゅーってする……」

「そっか。お腹、減ってるんだね。だけどごめん、ここに、ご飯は無いんだ」

「ないの……?」

「うん、ごめん」  

「ママは……?」

「……ごめん」

 

 倬の返事に、男の子は泣き出しそうに唇を震わせ、 握り締めるマントから手を離し、とぼとぼと廊下を歩きながら虚空に消えていった。

 

 男の子が消えた場所にしゃがみ込む倬と精霊様達が話し込んでいるのを、シャアクは朦朧とした意識と霞む視界の中で眺めることしか出来なかった。どんな会話があったのか、倬に何事かを頼まれた精霊様達が姿を消す。

 

 虫に怯えたり、精霊様にじっと見られれば困った顔で話題を誤魔化そうとする倬に、シャアクは年相応な姿を垣間見ていた。そんな倬は今だって、出来ることを淡々とこなしている。倬と自分とのステータスの差を自覚していないわけではない。それでも、シャアクは不甲斐なさを感じて、悔しさを募らせる。

 

(なんで、平気なんだよ……。くそ……っ)

 

 さっきの子供に見つめられることで、どんな力が働いて倒れそうになってしまったのか、シャアクには理解できない。霞んでいた視界が倬の治癒魔法で回復していくのが、もどかしかった。

 

「もう、平気だ」

「……わかりました」

 

 その後、突然背後に抱き着いてくる実体を持たないモノ達や、血塗れのまま真っ赤に染まったシーツを洗い続けるモノ達など、異様な光景を目の当たりにしつつ通り過ぎて、地下二階へと続く階段に突き当たった二人は、やはり会話の無いまま階段を下りて行った。

 

 地下二階には天井の高い空間があり、排気口に空気が吸い込まれているのか、風の音が響いている。

 

 打ちっぱなしのコンクリートに似た壁面に囲まれる四角い部屋には、装飾らしいものは何もない。階段の他に出入り口らしきものも見当たらず、地下二階はこの空間だけで完結している様子だ。

 

「……殺風景だが、何の部屋だ?」

「…………」

 

 何の為の部屋なのか、予想を立てて警戒をしようとするシャアクは、何となしに倬の言葉を待ったのだが、今度は倬が無言のままだ。

 

「……霜中?」

「ッ! 集中して下さい。来ます」

 

 なんの前触れもなく、空間に煙が充満する。まるで、湿った木や葉をそのまま火にくべた時のような、濃い煙だ。煙には鼻をつくような異臭も混じっていた。

 

 バシュっと風を切り、四方八方から鞭が唸りを上げて二人を襲う。

 

 煙の中からは炎も飛んできた。炎弾を回避して、四つ這いになったシャアクの足が複数の鞭に絡み取られ、煙の中へと引きずり込まれる。

 

「ぐ……ッ! この……ッ!!」

「シャアクさん!」

 

 シャアクの手を掴もうとする倬の腕を、煙の中から突き立てられた細身の剣が襲う。

 

 煙に飲み込まれ、姿を見失ったシャアクの魔力は僅かではあるがまだ感じることができる。この感覚を頼りに、倬はシャアクの無事を信じ、腕を引き戻して切っ先から逃れた。

 

 煙の奥からは、先ほどのレイピアの持ち主である人間族の騎士と、大きな杖を持つ魔人族の魔法師、牙を剥き出しにする屈強な熊人族の戦士と言った者達が大勢現れ、倬に襲い掛かる。

 

 出現した戦士達が、海氷上で戦闘した兵士達と同種の存在である事は、彼らが放つ魔力から感じ取れた。違うのは、彼らが“神”や“信仰”に酔っていないと言う一点。純粋にその実力を発揮する彼ら一人ひとりの技量は、倬のそれよりも遥か高みにあった。

 

 種族も異なり、それぞれの適正も違う。そこに居合わせただけの亡霊でありながら、お互いの役割を理解し、見事な連携を見せる。

 

 この幻影の在り方が、この基地で見せられた過去に対する皮肉なのだとしたら、それは本当に酷い話だと、目を伏せてしまう。

 

 伏し目がちに表情を曇らせながら、それでも倬は、全身に魔力を(みなぎ)らせ、ある技能名を告げる。

 

「“絖衛(こうえい)”」

 

 淡く輝く光の衣が、倬の全身をふわりと覆う。

 

 巧みな剣技によって、倬の意識外から切りつけられた刃は光に阻まれ、肉を切り裂くことは叶わない。

 

 力任せに突き出された倬の拳が甲冑を抉り、騎士は輝く粒子となって霧散する。

 

 襲い掛かる戦士達は、鍛え上げた技の冴えを存分に発揮せんと、闘気を(たぎ)らせるが、光を纏う倬を傷つけるには至らない。

 

 飛来する高度に編み上げられた風系魔法を張手で叩き落し、頭目掛け振り落とされる巨大なバスターソードを片手で握り潰し、“技”を“力”でねじ伏せて、倬は三十人を超える戦士達を一人ひとり消し去っていった。

 

 煙の中で、息遣いを聞きつけて向かった部屋の中央に、シャアクが立っているのを見つける。

 

「無事、みたいですね」  

「……あぁ、不甲斐ないとこばっかり見せてたが、これでも元連隊長。コイツで鞭を切り落として逃げてやったさ」

 

 サーベル“シュルッセル”を軽く持ち上げ、無事を伝えようとするシャアクに、倬は微笑みを浮かべた。

 

 漂う煙は薄れ、新たな戦士が出現することは無さそうだと階段に視線をやる。

 

「なら良かった。ここでの戦闘はこれで終わりのようです。次に、行きましょうか」

「ああ、そうだな。こっからは俺も戦ってやるさ……」

 

 倬がシャアクに背中を向けた時、その首元目掛け、白刃が迫った。

 

 キンッと美しい金属音が、殺風景な地下室に反響する。

 

 サーベルが光のオーラに阻まれ、シャアクの口からは重なりあった複数の声が漏れた。その声は、“音声”というより“意思”のように倬には感じられる。

 

『『『ちィッ! 忌々しい……』』』

「サーベルのアーティファクト“シュルッセル”、でしたね。それが対結界に特化したものである事は身を持って知っていますが、“光の精霊様”である光后様の御加護、“絖衛”を簡単に切り裂けるとは思わないことです」

 

 背中を向けたまま、倬はシャアクを操るモノ達に声をかける。

 

 シャアクの体はサーベルを両手持ちにして、刃を押し当て続けていた。

 

『『『この男の記憶通り、異様な力を持っているらしいな……』』』

『『『まともにやりあって勝てる相手じゃないらしい……』』』 

「皆さん冷静ですね。それで?」

 

 強い苛立ちを隠しもしないモノ達だが、倬との力の差を認める冷静さは持っているのを、その声音から感じとる。

 

『『『コイツを置いていけッ、お前にとってコイツ自身には何の価値もない。そうだろ?』』』

『『『魔人族、あぁ、忌々しい、魔人族っ! こいつは永遠にここに縛りつけてやる。爪を剥いで、指を引きちぎり、四肢を切り落として、瞳を焼いてやろう……! 苦しめて、苦しめて、苦しめ抜いて、ゆっくり、ゆっくり、その魂を汚してやる……ッ』』』

 

 低く低く怨嗟を叫ぶモノ達に、倬は落ち着いた態度で応じる。

 

「それが、あなた方の望みで間違いないですか?」

『『『叶うなら、お前も道連れにしてやりたいところだがなァ』』』

「どうでしょうか、私にはここを確実に攻略して、やらなければならないことがあるのです。少しの間、シャアクさんと話をさせて貰えませんか?」

『『『そんなことを許すわけが――』』』

 

 先程からの倬の態度に怒りを煮え立たせるモノ達の言葉を遮って、倬は“念話”で言葉を続ける。

 

『私の言葉をはっきりと届けるくらいはできますよね? それだけで構いません』

 

 シャアクに憑りついた亡霊達が、送り込まれた“念話”に一瞬戸惑ったように視線を震わせる。複数の亡霊の内、一人の男が倬の言葉に応えた。

 

『…………お前の言葉をはっきり届けるくらいなら出来る、な。それだけ、別れの挨拶くらい構わない……、か?』

『『?! 何を言って――』』

 

 男の亡霊が倬の提案を受け入れようとした事に、他の亡霊達に動揺が広がる。倬は、この動揺を見逃さない。

 

『では、少しの間、静かにして頂けますね。私とシャアクさんにとって、大切なことなんです』

『……ええ、ええ、少しの間くらいなら、静かにしていられるわね。この男を置いていくのなら、それくらい……?』

『ッ!? 待ちなさいッ、何を言って――』

 

 目を瞑り、全身に光を纏った倬から送られる“念話”の声に、亡霊達は敵意を感じる事が出来ない。その声音は、敵意どころか、優し気ですらあった。

 

『お気遣い痛み入ります。私が一方的に話しかけるだけですから、狼狽(うろた)える必要なんてありません』

『そう……、そうよね、一方的に話しかけるだけと言うのなら、狼狽えることもない……?』

  

 亡霊達は倬の言葉を繰り返している自覚すら持てないまま、沈黙することを選ばされていた。

 

『シャアクさん聞こえてますね。大切な話です』

 

 痛みが、怒りが、恨みが、後悔が、シャアクの意識を砂嵐の如く渦巻き、塗りつぶしていた。そんなシャアクの怨嗟に侵された意識に、倬の“意思”が静かに響く。

 

(霜中の、声…………)

 

 亡霊達に憑りつかれたシャアクの心は、積み重なった全てを呪わんとする想いが砂塵となって吹き荒ぶ暴風の中に囚われたまま、体の自由を取り戻したわけでは無い。それでも、確かに倬の声は届いた。

 

『私達二人、共通の目的はこの大迷宮で新たな神代魔法を得る事です。私は修行の一環として、シャアクさんはアーニェさんを治す為でした』

(……そうだ、そうだとも)

『大迷宮攻略が容易では無いと、貴方は知っていた。罪を犯しても、命に代えても、アーニェさんを救うと、貴方はそう決めた。間違いありませんね?』

 

 返事すら出来ない自分に憤りを覚えるシャアクだが、渦巻く怨嗟を越えて届けられる倬の“念話”に、安いプライドなど捨てると決めた筈だと、心の中で拳を握り締める。

 

『今の私()()では、この状況全てを解決する事は出来ません。……私は、目的を果たします』

(あぁ……、そうだ、それでいい)

『アイーマは海姫様にとっても大切な場所。私が頭領になるわけにはいきませんが、それでも、アイーマのこれからに協力をする事を誓いましょう』

(……そうか、なら、安心できる)

 

 もとより自分の我が儘で勝手について来ただけ。魔人族の兵として任務の失敗の責を問われ、“海洋調査”と言う名目で死罪を言い渡されて、たまたまアイーマに流れ着いて拾った命だ。悔いはない。

 

 もしかしたら倬は多かれ少なかれアイーマの仲間達から恨みを買うかもしれないが、同行して大迷宮に挑むつもりだと伝えた時、“もしもの場合”、倬を責める真似はしないよう説得済みだ。シャアクは、ここで最期を迎える覚悟を決める。

 

『ガデルさんやジャンさんに、アーニェさんを任せるのは、少し心配です。だから……』

(そうだな……、あいつらは頭が足りねぇからな……)

 

 第二の故郷なんて言葉では言い表せない程に、アイーマはシャアクにとってかけがえの無い場所だ。そこで出会ったアーニェと結ばれた事を誇りに思う。ガデルやジャンを始めとして、アイーマの男連中は粗暴な奴らが多い。アイーマの漁や商売事の最終的な決定権を持つ“網元”であるアーニェは智に長ける女性だが、病み上がりで仲間達を従えるのは苦労するだろう。

 

 もしも倬が力を貸してやってくれるなら、心強い。そう、シャアクは確かに思ったのだ。

 

 だが、次に倬から伝えられた“念話”は、ここまでとは明らかに毛色の違ったものだった。

 

『私がアーニェさんを支えていきます。ずっと寝たきりであれだけ痩せていても綺麗な方なのですから、健康を取り戻せばさぞかし美しい方なのでしょう』

(あ、あぁ、その通りだ、その通りだが……、だが…………?) 

 

 シャアクにとって、アーニェは自慢の妻だ。流れ着いた時はまだ生娘だったが、他種族に差別意識を強く持ってアイーマの在り方に反発していたシャアクに粘り強く語りかけ、閉ざしていた心を(ほぐ)してくれたのが彼女なのだ。

 

 アーニェは美しく、それでいて聡明な女性だ。シャアクは心からそう言い切れる。言い切れるのだが、何故今、倬がこんな事を言うのか理解出来ない。

 

 シャアクの意識を支配的に巣食っていた亡霊達の強い怨念が、心の“モヤモヤ”に覆われて遠ざかる。 

 

『シャアクさんに代わり、私が全力でアーニェさんを幸せにしてみせます。跡継ぎだって、そのうち、きっと』

(……霜中が、俺の代わりに、アーニェを、幸せにして、跡継ぎも、……跡、継ぎ?)

『任せてくれますね? シャアクさん』

(任せて、霜中に、アーニェを任せ――)

 

 頭の中に、愛する妻アーニェが黒髪伊達メガネの“祈祷師”と並んで書類仕事をしている姿が浮かぶ。日焼けした黒髪の子供が構って欲しいと二人に駆け寄り、アーニェと“祈祷師”が困ったフリをして微笑み合う。なんて幸せそうな、絵にかいたような光景だろう。

 

(反吐が出る……ッ)

 

 沸々と煮え滾る怒りが全身を駆け巡り、“モヤモヤ”が蒸発する。世の不条理を呪う重々しい“意思”を捻じ伏せれば、喉が震えた。 

 

「……まかッ」

「まか?」 

 

 亡霊達に憑りつかれてから今まで、シャアクの体はシャアク自身の喉で発声などしていなかった。紛れもないシャアクの声を聞いた倬は、その言葉を聞き逃すまいと、真正面から向かい合う。

 

 シャアクの手から、サーベルが零れ落ちる。

 

 サーベルを手放した拳がゆっくりと握り締められる。そして、シャアクは叫んだ。

 

「任せられるかッッ! アーニェはっ、俺の、女だっ!!」

 

 怒りのままに突き出された鉄拳が、倬の左頬に突き刺さる。 

 

 倬の口元から、血が滴り落ちた。口内に歯が当たり、唇の下に流れ出た血を拭って、自分に向けられたシャアクの拳をそっと両手で包み、倬は柔らかな笑みを浮かべる。

 

「痛っつ~。……でも、安心しました。流石はアイーマの頭領です。いいですか、シャアクさん、そのまま聞いてください」

 

 体は再び硬直し、シャアクは身動きが取れない。声も、どうにか唸るのが精一杯だ。

 

 シャアクに憑りついた亡霊の数は多く、一人ひとりが抱える“怨み”も強かった。倬()()では、亡霊達だけを祓うことは難しかった。故に、シャアクの意識を取り戻し、協力してもらう必要があったのだ。

 

「……この拳も、その腕も、その体全てが、シャアクさん自身の物。憑りつく方達の恨みや、執念がどれほど強かろうとも、それだけは決して揺るぎません」

 

 一度、言葉を区切り、深呼吸。

 

 声をこの空間に大きく響かせて、シャアクの心に呼びかける。

 

「“頭領”シャアク・アイーマ・ドライゴン! アイーマの民は“生き意地汚く生きてやる”んでしょう。あなたには待たせている人達が居る。帰るべき場所がある。帰っていい場所があるのなら、帰らなきゃだめです。全力で、その体にしがみついて下さい!」

 

 倬の背後に、金色に輝く“悠刻の錫杖”が立ち上がる。

 

「ようやくぼくの出番だな。ここは海の底だ。もう一度、ぼくに任せて貰おうか」

 

 その先端では、海姫様が胸元で両手を合わせて握り、倬の祈りを、“詠”を待つ。

 

 亡霊達は、理解できない大きな力が、倬の内から膨らんでいるのを感じてシャアクの中で暴れ、怒りのまま絶叫する。

 

『『『『『やめろっ、やめろっ、ふ、ざけるなぁぁぁッ!!』』』』』

 

 シャアクの体を操り、“祈祷師”の首を締めても、瞳はただ真っ直ぐに魔人族の男を映し出している。

 

 魔人族の所業を恨み、世界の在り様を恨み、神の無慈悲を恨む自分達の想いを、若い“祈祷師”如きがどこまで理解出来ると言うのか。安い同情など求めない。この恨みは自分だけのものだ。

 

 亡霊達の抱える恨みへの執着が、シャアクの中で爆発していた。その執着は真実切実なモノで、一笑に付す事など誰にも許されない。

 

 だとしても、彼らの恨みに、シャアクが従う理由だってありはしない。

 

 シャアクの全身に、朧げなモノ達の姿が重なって見える。亡霊の支配にシャアクが抗っているのだ。

 

 自分の首を絞めるシャアクの腕に手を添えたまま、倬は静かに“詠”を捧げる。

 

「我が名は霜中倬、“海の精霊”海姫様を始めとする精霊様方との契約者にして、祈り捧ぐ者なり――」

 

 足元に透明な“海”が現れ、立体的な幾何学模様の魔法陣を描き、循環する。

 

――寄せては返す(さざなみ)の、ささめく声や聞こえたる――

 

 倬とシャアクを中心に渦巻いていた“海”が広がり、ゆったりと壁に打ち付ける波音が鼓膜を揺らす。

 

――うねりて高く打つ(しお)に、揺蕩(たゆた)泡沫(うたかた)何色(なにいろ)ならん――

 

 白波を立てる“海”が四角い空間に満ちて、二人を、亡霊達を飲み込んだ。

 

――荒れ狂うに任せては、全て(わずら)わしきばかりなり――

 

 “海”の中に、激しい憎しみの情念が乱れ狂う。

 

――海底(うなぞこ)(よど)みたらば、ただ寒きばかりなり――

 

 今、倬が亡霊達に問いかけるのは、怨みに縛られるその前の、一番最初の想いについて。

 

――水端(みずはな)に湧き立ちし想い、覚えたりや――

 

 理不尽に降りかかる暴力に、不幸に、怨みを覚えるのは当然だ。彼らが亡霊となり、怨霊となり果てた事そのものには罪など無い。

 

 ただ、倬と精霊達は思い出して欲しかった。誰かを呪うその前に、一番最初に抱いた願いを。

 

――ここに出でたる海原は、蒼き廻りへと誘わん――

 

 涼やかでありながら、暖かくもある、そんな“海”がこの場所に溢れていた。

 

――汝らの全てを抱く溟渤(めいぼつ)を、今ここに――

 

 “海”を通して、倬と海姫様は呼吸を合わせる。深く、広く、この基地全てに届くようにと願いながら、“詠”を結ぶ。

 

「「“逢洋(ほうよう)”」」

 

 清らかな“海”に怨嗟が拭い去られ、想いが泡となって()けていく。

 

――あぁ……、やっと、終わる……――

 

 恨みに囚われていた魂が、一人ひとり“海”に還っていく。

 

『いや、やめて、やめて……、私っ! 私は、まだ……っ!』

 

 亡霊達の中でただ一人の女性が、シャアクの体から抜け出して尚、昇天することを拒んでいた。

 

 “海”の中を泳いで、倬はその女性に“念話”を送る。

 

『大丈夫、貴女だけを無理矢理に還すつもりはありません』

『嘘、嘘よ……。だって、あの子は、もう……ッ』

  

 恨みを抱くよりも先の、本当の願いを思い出し、女性は涙を流し続ける。

 

 “海”が満ちる地下の空間に、丸い闇がスッと滑るようにして倬の肩で止まった。その闇は、誰であろう宵闇様だ。

 

『………………倬、やっと捕まえてきた、ぞ?』

『やれやれ、まさか鬼ごっこに付き合わされるとは思わなかったわ』

『聞いて聞いて、倬様ー。風姫姉様ってば、途中からムキになってねっ』

『う、うるさいわね、大人気ない真似なんかしてないわよ!』

 

 一緒に現れた音々様と風姫様に挟まれて手を繋いでいるのは、シャアクのマントを引っ張ったあの男の子だった。

 

『僕らが調べていた方まで来ていてな。なかなか骨が折れたぞ』

『オレはちょっと楽しかったけどな』

 

 “呪い”由来の毒を調べていた森司様と雷皇様も途中で合流したらしい。

 

 この男の子と出会った時、倬は精霊様達からこの子だけが悪霊となっていない純粋な霊である事を教えてもらっていた。

 まだ幼い男の子の霊が、怨念の渦巻く救護兵舎で悪霊となっていないのだとしたら、この場所に縛られる理由があるはずだと考えて精霊様達に手伝いをお願いしていたのだ。

 

 まだ戸惑っている男の子の背中を、雪姫様が優しく押す。

 

『……さぁ、行きなさい』

 

 昇天することを拒んでいた女性と男の子が見つめ合う。

 

『マ、マ…………?』

『坊、や……? 坊や、あぁ、坊や! やっと、やっと見つけた、やっと……』

『ママ、ママぁ……』

 

 抱き合い、泣き合う母子(おやこ)が、共に“逢洋”の中へと消えていく。空間に充満していた煙も、静かに引いていく“海”に洗い流され、清澄な空気が吹き込でくる。

 

 部屋の隅に魔法陣が出現し、厳かに輝きを放つ。シャアクの咳き込む声だけがこの地下室に響いていた。

 

「あ゛~……、霜中と一緒に居ると(むせ)てばっかりだ」

「……私、【炎のさだめ】を背負ってるのかもしれませんね」

「倬は“炎の妖精”かーくんの契約者だしな、仕方ないな」

 

 倬のアニメジョークに乗っかってくれるかーくんに対し、シャアクは白けた視線を送ってきた。ちょっと居心地が悪くなった倬は、真面目ぶってシャアクの近くで膝立ちになる。

 

「こほん。冗談はさて置き、海水を飲んだ以外で何か異常はありませんか?」

「まぁ、そうだな怠いってくらいだ。……いや、本音を言えば、立てる気がしない位にはしんどい」

「分かりました。なにか薬を用意した方がいいかもしれませんね。あー……、その前に……」

「ん?」

「その……、さっきは酷い事を言いました。本当にすいません」

 

 シャアクを見捨てる発言の後、アーニェを自分が支える等と言った台詞について、倬は頭を下げる。

 そんな倬の申し訳なさそうな顔から目を反らし、シャアクは吹き出しそうになるのを(こら)えながら、軽い調子で答えた。

 

「亡霊相手と俺に使ってたろ、“思考誘導”。兵士時代に尋問で使われてたのを何度か見たことがある」

「ご存知でしたか」

「まぁな。ただ、あそこまで分かりやすく誘導されちまうもんじゃなかったが」

「“思考誘導”についても、“闇の賢者”ミーヤク様の研究にあったものです。必要以上の魔力を込めた“念話”の併用で効果を高めています。……あんな内容にする必要があったかと、今になって反省しています。ごめんなさい」

「……貸しにしといてやる」

「ありがとうございます。森司様、薬って残ってますか?」

「ん……、滋養の薬ならいくらかあるが、ついでに作り置きしておこう」

 

 

 薬を飲んだシャアクの回復を待つ間、倬は出現した魔法陣を調べてから、その隣に(ゲート)を設置した上で、基地を探索中に整備場に残されていた船の設計図を回収しに向かった。

 

 船着き場の近くに一つだけ往時の姿を保っていた東屋(あずまや)で、シャアクは沢山の精霊や妖精を引き連れて基地内を動き回る倬を眺める。

 

「信じらんねぇ……」

 

 見渡す限り全てが“海”によって清められ、濡れた基地とその周辺が太陽に照らされている様子に、シャアクは驚きを通り越して呆れ返っていた。倬と海姫様が発動した“逢洋”は、あの地下室だけの浄化を目的としたものではなかったのだ。

 

 いわゆる“お(はら)い”なら光属性の魔法を用いるのが常識だが、仮に“光術師”や“治癒師”と言った光系に特化した魔法師に任せた所で、一つの町に匹敵する範囲を一度の魔法で浄化しきれるものでない。

 

(普通、思いついてもやれねぇっての)

 

 自分の体調を心配して、もわもわと近くにいてくれる霧司様は、どこか気の抜けた様子の倬を見て、嬉しそうだ。

 

「“霧の精霊様”、お聞きしても?」

「……どうした、頭領」

「霜中のやつは、何だってここまでやったのでしょうか。自分にはここまでする意味が思いつきません」

 

 もしも、自分に町一つを浄化出来る程の才能があったとしても、救護兵舎からの脱出に専念した筈だと、霧司様に理由を問う。

 

「……兄さんはさ、もう当たり前に、精霊が見えちゃうからな」

「えっと……?」

「“精霊が見える”と言うのはつまり、人の子にとって曖昧なモノを感じられる才能を持つと言う事だ。倬は複数の契約――特に宵闇との契約の影響は大きい――を経て、“感”も鋭くなっている。あの建物の中で、倬は夥しい数の霊を視て、感じていた。……放っておけなかったのだろ、何せ倬だからな」

 

 差し込む陽光を背負いながら、光后様が東屋にやってきた。

 

 光后様の言葉を信じれば、倬は最初から救護兵舎で亡霊達を視ていた事になる。霊魂の気配を感じて姿も視ていたのだとすれば、倬の対応が遅れるのも無理からぬことかもしれない。

 

 思えば、あそこに侵入した時から倬と精霊様の様子はおかしかった。いくら精霊様達が自由な方々だと言っても、あの場所に入ってすぐ攻略と関係のない言い争いをするものだろうか。

 

(……あれも、ワザとだったのか)

 

 勝手についてきて、勝手に大迷宮の試練に飲み込まれかけていた自分を、少しでも落ち着かせようとしていたのだと気づき、シャアクは長い髪をぐしゃぐしゃにしながら頭を掻いた。

 

「もう一つ……、“思考誘導”なんてのをあれだけ使いこなせるんなら、俺達との交渉も、もっと楽に出来たんじゃありませんか? いや、交渉する必要すらなかったのでは?」

「……なんて言ったら、いいんだろうな」

 

 霧司様は困ったように体の(もや)を濃くして、答えに窮する。これを、シャアクの真横で、つるりとした頭を生やすように姿を現した土司様が引き継いでくれる。

 

「そうだのぅ。倬はな、あまり他者の意思に介入する“力”を好まんのだ」

「普通に使っていたように思いますが……」

 

 闇系魔法“絞答”で自分の抱えていた問題を聞き出されたのを思い出して、シャアクは苦悶の表情を浮かべる。あの時使われたのが“思考誘導”だったなら、あれほどの醜態を晒す必要はなかったかもしれない。それに、倬にとっても手っ取り早かったはずだ。

 

「………………ミーヤクの研究にな、あったらしいんだ。魔法で長い間、洗脳し続ける事で起きる悪い影響について」

「えっと、宵闇様、それは一体どんな内容なので?」

「………………えっとな――」

 

 かつての契約者ミーヤクの研究内容について踏み込むとあって、宵闇様が解説してくれる。宵闇様を中心に精霊様達から魔法による長期間の洗脳を倬が避ける理由について説明を受けたシャアクは、船の資料をまとめて戻ってきた倬へ、真剣な眼差しを向ける。

 

「なぁ、霜中。お前は、誰の為に修行してんだ?」

「なんですか急に。……“誰”って、自分の為ですよ。別にそれ以外なんて」

 

 シャアクは、倬の視線が一瞬泳いだのを見逃さなかった。泳いだ視線の先に、アイーマの頭領が受け継ぐサーベル“シュルッセル”があった事で合点がいったとワザとらしく頷く。

 

「ははーん、女だな? 成程」

「……何故そうなるんです」

 

 今度は頑として視線を泳がせなかった倬と、しっかり目を合わせる。眉間に皺を寄せ、細めた眼に呆れを滲ませる倬に畳みかける。

 

「いいや、分かる。俺には分かる。教えろよ、どんな娘だ? ここにゃ精霊様と俺しか居ねぇ、別に何が減るってもんじゃねぇだろ?」

「勝手に盛り上がらないでください」

「んだよ、ノリの悪い」

 

 ぴしゃりと話を切り上げようとする倬に、シャアクは唇を尖らせる。その態度には、頭領としての威厳もへったくれも無かった。

 

「何を拗ねてるんですか。……はぁ、アイーマに依頼した船が完成する頃には、笑い話としてネタにでもできるかもしれませんが」

「ほぉ~、その台詞、覚えとけよ?」

「はいはい。……ただやっぱり、自分の為だってのは嘘じゃありませんよ」

「はいはい、分かった分かった」

「……平気ならもう次いきますよ」

「はいよ。またなんかあったら助けてくれ。こうなったら色々受け入れて全部任せる事にするわ」

「急に開き直りましたね。いっその事その方が気楽なので構いませんが」

「それはそれでムカつくな」

「えー……、何この頭領、急にめんどくさい……」

 

 船着き場に立ち、忌まわしき記憶に囚われた魂達が“海”に還っていくのを最後まで見送ってから、二人は(ゲート)を通り、地下空間に出現した魔法陣に乗り込んでいった。

 

 

 僅かな浮遊感の後、最初に二人の眼に飛び込んできたのは、周囲を水に囲まれた神殿らしき建物だった。大きな四本の柱が支える重々しい屋根の下には、複雑な魔法陣が彫り込まれた祭壇と思しきものが見える。 

 

 倬とシャアクが転移させられた円形の足場から真っ直ぐに神殿へと道が繋がっている。同じ形の通路は他に三つあり、円形の足場全てに魔法陣が刻まれていた。海水に満ちた球状の空間で分断された後は、ここで合流することになるのだろう。

 

 せめて自分の体くらいは守ろうと、一応の警戒は維持したままサーベルに手をかけているシャアクが、拍子抜けしたように肩の力を抜く。

 

「なんだ、随分と整った場所に出たな」

「ん? あの魔法陣……」

 

 倬の小さい呟きに、光后様も同じように感じたらしくゆっくりと頷いている。

 

「うむ、わらわにも火山で見た“神代魔法”とやらを伝える魔法陣と似て見えるぞ」

「なんだ。ここでおわりかー? ひかりちゃん、あんまりしごとなかったなー」

「これで終わりって事か? そうか……」

 

 倬と光后様の様子から、ここが大迷宮の終点らしいと思い至ったシャアクは小さな溜息を零して、倬の後に続き中央の神殿へと向かう。

 

 魔法陣の上に立つと、すぐさま大迷宮攻略中の記憶が確認された。倬は既に三度目であるため、何気なく受け止められるが、シャアクは頭を押さえて異様な感覚に耐えている。

 

 記憶を読まれる感覚に続いて、身に覚えのない映像が脳裏に映し出される。真っ先に目の前に映ったのは、大型の船だった。船の側面には色とりどりの魔法陣が並び、そこから様々な魔法が放たれている。

 

 倬は、これと同じ構造の船をこの大迷宮で見たばかりだ。

 

(これは、この世界の戦艦……?)

 

 陸地を確認できない大海原の中に、何十隻もの船が浮かんでいる。魔法による砲撃の音が、海の上に延々と鳴り響く。船と船が衝突し、口々に正義を叫ぶ者達が、お互いの船に飛び込み、殺し合っていた。

 

 多くの船が海上で大破し、人間族も魔人族も亜人族も諸共に、海へと沈んでいく。

 

 最初に見せられたのは戦場の記録であり、戦争の記憶だった。それも、トータスにおける大規模な海戦のようだ。倬とシャアクが体験した戦闘の様子と異なるのは、船同士での撃ち合いや、船に直接乗り込んでの白兵戦が中心である事だろうか。

 

 兵士達が殺し合い、その戦場に参加した者達の殆どが死んでいくのを見せつけられた後、映像が()()()ようにして、巨大な客船で開かれたパーティーの様子に切り替わる。

 

 種族の垣根を超え、友好を確かめ合うべく開かれたと言うその宴は、誰よりもこの融和に尽力したはずの人間族の王、アレイストの言葉によって凄惨な終わりを迎えてしまう。

 

 アレイストの真意を確かめようと声を上げた魔人族の王は刺殺され、宴に集った者達は一方的に惨殺されていった。

 

 これらの記憶が、倬とシャアクが経験した過去に繋がるのだ。

 

 人間族と魔人族、このどちらの種族がより悪辣なのか等と比較する意味など無い。

 

 魔人族の将軍エリファスと、人間族の王アレイストの傍に(はべ)っていたのは、全く同じローブを身に着けた銀髪の人物だった。

 

 倬は知っている。シャアクもまた同じ結論に至った。この世界(トータス)には、争いの継続を望む者が存在しているのだ。

 

 脳に焼き付くような映像の再生が終わると同時に、倬の頭にメイル・メルジーネが担う神代魔法が刻まれた。

 

――神代魔法・再生魔法。

――万物を()()()姿()に再生する力。

――再生とは、治す事。

――再生とは、直す事。

 

 眼を閉ざし、倬は教え込まれた“再生魔法”の知識を反芻する。

 

「ふぅ。これはまた、とんでもな魔法ですね。回復系の効果を、生物・非生物を区別しないで使えるとは。成程、“再生魔法”とは言い得て妙かもしれません」 

 

 新たに得た神代魔法が、やはり強力なものだった事に倬が感心している傍では、“癒しの精霊”である治優様が「あれあれ~」と頭を左右に何度も傾げていた。

 

「うーん、分かるような、分からないような……」

「うん? “海の精霊”であるぼくがピンと来ないのは仕方無さそうだが、治優にこの魔法が馴染まないのは意外だな」

「わらわにはしっくり来たぞ? わらわと治優とで何が違うのだろうな」

「そう言えば、治優様って“変成魔法”の理解は早かったですよね、その辺りにヒントがありそうですが――」

 

 他の精霊様達も交えて、倬に与えられた“再生魔法”の知識を元に意見を出し合う。

 

 その様子を見守っていたシャアクは、魔法陣の輝きが失われていくのを視界の端に納めつつ、苦笑いを浮かべて再び小さな溜息を零した。 

 

 その溜息の意味を察した倬は、何と声を掛けるべきか悩んでしまう。

 

「……俺は駄目だったみたいだ」

「そう、ですか」

「まぁ、“戦場”に飛ばされてから一度も魔法は使えなかったし、誰一人止めを刺せなかったからな。仕方ねぇ、納得するさ。……アーニェの事は、お前が助けてくれるんだろ?」

「はい。“再生魔法”と“空間魔法”、そして精霊様の御力添えがある今なら、絶対に助けてみせます」

「なら安心だ。ん……、なんかまだ続きがあるみてぇだぞ」

 

 魔法陣から放たれていた光が弱まっていく中、足元からカタカタと石同士がぶつかり合う小さい音が聞こえてきた。音源を探すと、床から新たに祭壇らしき小さな直方体がせり上がっているのに気づく。

 

 小さな祭壇の動きが止まり、それが淡い光を放った。その光は一ヶ所に集まって、光が人の形に変化を始める。

 

 輝きが落ち着き、輪郭が明確になると、身に纏うのがワンピースに似たゆったりとした衣服であることが判断できた。扇状の耳にかかる流れるような長髪はエメラルドグリーンで、この耳や髪色の特徴は海人族のものと共通している。

 

 この女性の姿を、倬はかつて土司様の記憶で見ていた。“解放者”の一人、メイル・メルジーネその人だ。

 

 彼女はせり上がった祭壇に優し気に触れてから、静かにそこに腰掛ける。足元の魔法陣にそっと微笑みかけて、僅かに視線を持ち上げた。可能な限りこの場所まで辿り着いた攻略者と目線を合わせようとしているのだろう。

 

「この海底の迷宮に訪れ、ここまで辿り着いた皆様に、最大の敬意を。私はメイル・メイルジーネ。かつて神に抗い“反逆者”と呼ばれた者の一人です――」

「……おや?」 

 

 “再生”されているメイルの映像に違和感を覚えたらしい光后様は近寄って、メイルが着る服をじっと見つめる。

 

 光后様に手招きされて、空姫様もメイルの服を注意深く観察し始めた。

 

「光后様に、空姫様?」

「いや、何か違和感があってな。どうだ? 空姫」

「そうね~、この子が姿を見せた時と、座ってからの服は違う物みたいよ~」

「やはりか。この映像は後で記録し直したモノのようだな」

「多分ですが、それに気付かれたと知ったらメイルさん落ち込んじゃうでしょうね……」

「こう言うのは見て見ぬふりが男の甲斐性だ。霜中、よく覚えとけよ」

 

 この映像で見る限り、メイル・メルジーネはおっとりした雰囲気を持つ女性だった。

 

 そんな女性が、もしもこの映像を何度も頑張って撮り直していたとするなら、それはそれで好感度が上がる。などとフワフワした事を倬が考えている間に、メイルの語りは“反逆者”が驕れる神から世界を取り戻そうとした“解放者”である事の説明まで進んでいた。

 

 そこまでは物憂げに説明を続けていたメイルの雰囲気が、少しだけ柔らかなものに変化する。足を床から離し、リラックスした様子でぶらぶらと揺らし始める。

 

「――既にどこかの迷宮や、何方(どなた)かから伺ってご存知のお話だとしたら、退屈だったかもしれませんね。……さて、皆様は何を望んでここに挑んだのでしょう? その望みが何であれ、それが貴方自身の望みであって欲しいと、切に願います」

 

 言葉遣いは硬く丁寧なままだが、どこか口調が軽い。まるで、気の心の知れた相手に対して真面目ぶって会話をしているような空気があった。

 

「この世の神は甘言を操り、人を惑わせ、世界を惑わせる。だけど、私達の知る神が、真実の幸福を与える事はありません。あるとしたら、偽りの幸福を真実のモノだと思い込ませるだけ……」

 

 メイルが一度、何かを思い出すように瞳を閉じる。迷宮で倬達が見た過去の悲劇を、彼女は当然知っている筈だ。神に抗った解放者達が一体、どれだけの悲劇を目の当たりにしてきたのか、それは想像を絶する。

 

 再び開かれたメイルの眼が、倬と交差する。

 

 たまたま視線が合っただけ。それでも、熱を帯びた濡れた瞳に見つめられれば、強い想いをぶつけられた気がした。

 

「この世の神に(すが)るべき事など何も無いの。頼るべきものは他にあると、ここに辿り着いた貴方ならば知っているはず。今貴方の抱いている願い全てが、もしも叶えられなくても、その願いを叶える為に足掻いた過去は尊く、価値ある物。……だって、私達がそうだったもの」

 

 はにかむように、だけど間違いなく本心から、“解放者”としての戦いを価値ある物だったと言い切って、メイルは更に続ける。

 

「自由の意思のもとに“答え”を求める者にこそ、幸福の雨は降り注ぐ。これが真実である事を信じて、私は最期のその日まで、祈り続けましょう」

 

 祈りで締めくくったメイル・メルジーネの映像は、霧散して消えていく。光が消えたその祭壇に、小さな魔法陣が浮き出る。輝く小さな魔法陣の光が収束した後には、コインが残されていた。コインには月を中央に象ったメルジーネの紋章が彫り込まれており、これが攻略の証である事が分かる。

 

「……分かんねぇな」

 

 そう不満げに呟いたのは、シャアクだった。

 

「シャアクさん?」

「解放者達ってのが、神の勝手に立ち向かった奴らだってのは改めて理解した。霜中みてぇな奴に自分らの力を託したくて大迷宮創ったってのも。けどよ、なんつーかよ……、戦争の犠牲になった魂を試練に利用しようなんてのは、いくらなんでも趣味が悪過ぎねぇか? 亡霊達(あいつら)だって“神の遊戯”とやらの犠牲者じゃねぇか」

 

 亡霊達に憑りつかれ、彼らの記憶の一部を直接見たシャアクは、大迷宮に用意された試練の在り方に納得出来なかったのだ。

 

 メイルが座っていた祭壇の隣に歩み寄る倬は、神殿を取り囲む海水が天井に照り返す光を見上げる。

 

「……“海”を介して、自分にはあの場所の仕組みが伝わってきました」

「あん?」

「あそこには、彷徨える魂を呼び寄せる機能が備わっていたようです。その上で、試練に協力するように誘導されています」

「やっぱヒデェじゃねぇか」

 

 シャアクの不満を、倬は否定しない。亡霊として、怨霊として現世に存在し続けるのは、他者を憎む苦しみに苛まれ続けると言うことだ。彼らを完全に浄化できるほどの力を行使できるのならば、浄化するのが慈悲深い行いなのだろう。

 

「あそこで試練に協力した霊魂は試練の後、その結果に関わらず光系魔法で浄化される魔法の存在も感じました。いつまでもあそこに縛りつけるつもりは無いのでしょう」

「それでもよ、本物の亡霊を利用する必要があるか?」

「“奴”は……、“神”は使うんでしょうね。何の躊躇いもなく」

 

 三ヶ所の大迷宮を攻略しながら、その難易度の高さには納得しつつも、仕掛けられた罠や試練の悪辣さには倬の中で疑問が残ったままだった。大迷宮が解放者の隠れ家でもある以上、侵入を容易くするわけにはいかない。神代魔法をまともに使うためには、相応の魔法適正が必要だ。並みの冒険者に与えた所で発動すらままならないのだ。選別が必要なのは理解できる。

 

 だが、それだけの理由では、大迷宮が挑戦者に課す試練の過酷さは過剰と言っていい。そもそも攻略出来る者がいないでは、未来に望みを託しようもない。

 

 その上で、教会の影響が強く、“奴の作り物”――使徒が居る【神山】に迷宮があったこと、メイル・メルジーネの大迷宮で見せられた凄惨な過去の記憶から、倬は一つの確信に至った。

 

 その確信とは、解放者達は“神”のやり方を再現しているのではないか、と言う物。

 

 神代魔法とはその名の通り、“神々”が使っていた魔法だ。当然、“神”やその眷属は神代魔法を知っている。神代魔法を持っている事を知られれば、“神”は攻略者を何らかの方法で“遊戯”に利用することを目論むだろう。

 

 “勇者一行”は魔人族の迷宮攻略者フリード・バグアーのカウンターとして召喚されている。フリード・バグアーは既に“遊戯”の駒に組み込まれていると見て間違いあるまい。

 

 解放者達が、(かたき)である“神”のやり口を意識して試練を用意したとするのなら、そこには相応の葛藤もあった筈だ。

 

「それにな、シャアク。この広い海には計り知れないほどの後悔を抱えたまま漂う霊魂が存在するんだ。ぼくと倬が共に精霊魔法を使ったとしても、浄化しきれないほどの、な」

 

 倬以上に“海”を介して海底遺跡に遺された想いを受け止めた海姫様が、神殿の縁に膝立ちになって、揺蕩う海水を寂しげに撫でる。

 

「もしも解放者達がこの海底に大迷宮を創らず、亡霊達に拠り所のないまま漂うのに任せていたのなら、怨霊の影響で起きる不幸は大変な数になっていただろう。ぼくには、解放者達を責めることなんてできない」

「………………呪いを抱えた魂が、魔力と結びついて生まれる怨霊の類は、やっかい、だからな」

「かつての“霊媒師”達の仕事の大半が、怨霊を鎮める事だった。怨霊をただ放置していれば、災いをもたらしてしまう。今回の試練を、周囲への影響を最大限に抑えて実現させるのには、海の底である必要があったのかもしれんな」

 

 霊魂に詳しい宵闇様と火炎様も、この大迷宮の意義を説明してくれる。 

 

「……心に留めておきます」

 

 完全に納得出来た訳では無いのだろうが、シャアクは胸に残った不満を飲み込む事にしたようだ。

 

 攻略を認められなかったとは言っても、シャアクだって苦労して大迷宮から生還できた一人だ。もう少しそちらを喜んで欲しいと、倬は口調を明るく変えて、メダルに手を伸ばす。

 

「まぁ、解放者も大概なのは否定しませんけどね。さて、“攻略の証”、今回は忘れない内に回収しておきましょう」

「それにもなんか仕掛けあったりするのか?」

「うーん、見たところ特には無さそうですね」

「ま、当たり前だが、それは霜中のだ。持ってけドロボ――っ!?」

 

 シャアクも気分を変えて適当な冗談を言おうとした瞬間、立っていた神殿が唸りを上げて揺れ始めた。神殿周辺の海水の水位も急激に上昇している。

 

「はて、何かの演出かのぅ?」

「つっちー! “すぷらーっしゅ”!!」

「そう言えば、ゴールって解放者の住処なイメージでしたけど、ここは全く生活感ないですよね。どこかに隠してるんでしょうか?」

「おいっ! んなのんびり話してる場合か!?」

 

 水位は瞬く間にシャアクの腰より上に到達していた。神殿が海に沈んでいるのではと疑いたくなるほどのスピードだ。

 

「まぁまぁ、そんなに焦らなくても平気ですよ」

「全くだ。倬はぼくの契約者だぞ? どんな水圧だって耐えられるんだからな」

「あの、海姫様? 自分はただの魔人族なのですが……」

「メイルさんの大迷宮攻略後に何かしら酷い仕掛けが待ってる予想はしてたんですよ。そんな事が解放者の一人、オスカーさんの日記に書いてあったので。……と言うわけで、__“拒境”」

 

 ゼリー状の魔獣“うわばみ”、現代では“悪食”と呼ばれ恐れられている魔物の侵入を許さなかった空間魔法による防御結界“拒境”を、神殿を囲うように展開する。

 

「内側の水も外に出しちゃいましょうか。シャアクさんも手伝って下さい」

「なんつーかよ、もうなんも言えねぇわ……」 

 

 倬は空間魔法“界穿”で排水するためのゲートを用意し、技能“海共”で海水を結界の外に流した。シャアクも得意の水系魔法でそれを手伝う。

 

 その間、天井には円形の門が開き、怒涛の勢いで海水が侵入していた。雪崩れ込む海水量は尋常では無く、瞬く間に神殿内部が海水で満たされてしまう。

 

 結界越しに神殿の周囲と門を見る風姫様の表情は渋い。

 

「これ、もしかして出てくための通路だったのかしら……?」

「あぁ、門の形が火山と大体同じだったな」

「水の勢いで押し流すとは、何とも形容しがたい出口ですな」

 

 門の仕組み自体は【グリューエン大火山】の退出装置と同じようだと比較する火炎様。ただ、余りにも退出方法が雑すぎる。基本的に人の作ったものを楽しそうに眺める刃様ですら、ほんのり呆れ気味だ。

 

「なぁ、あれ閉まり始めてるが、良いのか? やっぱ空間魔法で帰るのか?」

「それなんですが、どうやら空間魔法での脱出は地味に阻害されてるみたいなんですよね。何としても攻略者を流してやろうという意気込みを感じます」

 

 杖をふりふり、倬は苦笑いを浮かべる。

 

「ならどうすんだよ」

 

 眉をぴくぴく、シャアクはしかめっ面だ。

 

「心配は無用です。ね? 海姫様」

「あぁ、雪姫の言う通りだ。アイーマに帰るのなら、ぼくの“寝床”に転移すればいい。シロやカーサン達は“精霊転移”で送っただろ? 万が一の時、迷宮の強制力とやらを無視して転移できるか改めて試してみた訳だが、やはり、ぼくら精霊の力までは阻害できてないみたいだな」

 

 強力な神代の魔法たる空間魔法が阻害されている場所でも、問題なく転移できると言う精霊様の自由さを改めて見せつけられて、シャアクは倬に素朴な疑問を投げかける。

 

「……精霊様の転移魔法と空間魔法の違いってなんだ?」

「自分も色々考えてるですけど……、今のところ、精霊様は凄いって事しか」

「つまり何も分かっちゃいないと」

 

 はっきりとそう言われては、倬としても言い返す言葉もない。悔しいが事実は認めなければならない。

 

「……だから今調べてるんですよ。と言うわけで、アイーマに帰るの少しだけ待ってもらっても?」

「あん?」

「いえ、足元の魔法陣を描き写しておきたいので。構いませんか?」

「勉強熱心な事で。……なら、紙一枚よこせ」

「いいですけど……?」

 

 腰の“宝箱”からメモ用の紙を取り出してシャアクに渡すと、受け取ったシャアクはメイルが座っていた祭壇に浮き出た、“攻略の証”を出現させた魔法陣に触れた。

 

「こっちの小さいのは俺が描き写しといてやる」

「! ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

 

 倬はシャアクが時間をくれた事と手伝いを申し出てくれた事に喜びつつ、床に直接座り、紙を広げて神代魔法を付与する魔法陣を確認し始めた。最初に大きな円を描いてから、上から順に魔法式を描きつけていく。

 

「お前、魔法陣描く時、どっから描き始める?」

「へ? 円を決めた後は普通に真ん中からですが……?」

「だったら描き写す時も同じにした方が良い。他人の魔法陣を読み解くコツは、中央からどうやって魔法式を伸ばしてるのかを把握して、どんな癖があるのか知る事だからな。魔人族はガキの頃、一番最初にこれを叩き込まれる」

「ほー……。勉強になります。他にはどんな事を習うんですか?」

「……適正外の魔法式を簡略化して描く考え方ってのがあってな――」

 

 海に囲まれた神殿の中、倬とシャアクの二人は、座り込んで魔法陣を描き写した。

 

 海水に満たされた遺跡の終着点では、いつの間にか天井の門は閉じ、新たな海水の流入も止まっている。

 

 少しずつだが、水位も下がり始めているようだ。濡れた天井から水滴が雨の様に降り注ぎ、頭上の海面に沢山の波紋が浮かぶ。

 

 神殿の屋根の上に並んで座る精霊様や妖精達が、その光景を見上げて楽しそうだ。

 

 さしもの“解放者”メイル・メルジーネとて、用意した強制退出を無視して勉強を始める挑戦者二人や精霊様達の様子を知れば、苦笑いを浮かべるに違いない。 

 

 




はい、と言うわけでメルジーネ海底遺跡攻略でした。

霜中君がこの後でうっかり悪食を倒しちゃうと、ハジメさん得意の“獰猛な笑みで女の子をキュンとさせる”イベントが減ってしまいますので、霜中君は精霊転移でアイーマに戻ることになりました。


……さて、話を変えまして投稿までの時間が伸び続けている事について、お詫び(言い訳ともいいます)をさせて下さい。

現在、投稿分の一話を完成させるのに、今回のように文字数が多くなってしまうと見直しに時間がかかり、見直す度に書き込みが増えると言う現象に悩まされております。

もうしばらく投稿は遅いままかと思いますが、完結させることを目標に実力と相談しつつ、一話をもう少しコンパクトにまとめられないか検討中ですので、今後ともお付き合いして頂けると嬉しいです。

では、ここまでお読み頂きありがとうございました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。