すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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 お待たせしました。
 今回、文字数も情報量も多くなってしまいました、目の疲れを感じられた際には、目を休ませながらお読みいただければ幸いです。
 では、後編、よろしくお願いします。


グリューエン大火山に恋して・後編

 

 あらゆるものを溶かさんするマグマの湖面が、波を打つ。

 

 紅蓮の波紋、その中心に立つのは、赤熱したブロックを我が身とした燃え盛る“ダルマ”。

 

「Vo!」

 

 “火ダルマ・ゴーレムボディ”が、足元のマグマに向けて剛腕を振りかぶり、強かに殴りつけた。

 

 ゴパッっと鈍い音を伴い、マグマが飛び散る。灼熱の飛沫が、宙に流れるマグマに突き刺さる。

 

 これをきっかけに、足元のあらゆる場所から火柱が噴き上がり、張り巡らされるマグマから炎弾やマグマの塊が撃ち出され始めた。

 

 倬とヴォマーへ向け、視界を埋め尽くさんばかりの“砲撃”。光系防御結界でヴォマーを庇いつつ、倬は浮かび上がった空中で()()()()()()()()てしまう。

 

「いやいや、これも酷い。常人ならこんなんどうにも出来ないっての……」

「ま、倬は普通じゃないし、諦めて強行突破しちゃえばいいんじゃない? 火炎様の契約者でしょ」

「あの、風姫様、もうちょっと一緒に考えましょ?」

 

 降り注ぐブロックの次は、降り注ぐマグマの“砲撃”。その下では、“火ダルマ”が未だに湖面を殴り続けているのを目撃した。

 

「うわぁ……」

「ほう、中々にやってくれるのぅ」

「あ、土さん。いつの間に」

「今しがただ。それよりも、高波が来るぞ?」

 

 土司様の言葉通り、マグマの湖面が持ち上がり、自ら引き起こした超高熱の波に乗り、“火ダルマ・ゴーレムボディ”が倬に迫らんとしていた。

 

 この間も、マグマの“砲撃”は止む事なく続いている。空中でひらひらと躱す事は出来るものの、前へ進むタイミングを掴むのは難しかった。

 

 バツが悪そうに首の後ろを掻いてから、倬は呟く。

 

「反則っぽいからやりたくなかったんですが……」

 

 その呟きに応えたのは、雪姫様だ。 

 

『アナタ様、どうせなら全力でやりましょう』

『ええ。この手を使う以上、そうでなくては修行にならないですからね』

 

 ヴォマーを上層へと繋がる階段に退避させ、土系魔法で閉ざす。壁越しに、ヴォマーの寂し気な鳴き声が聞こえた。

 

「ごめんな、ちょっと待ってておくれ」

 

 階段前に移動した倬を追いかける“火ダルマ”と、“砲撃”。陽光の入り込まない空間でありながら、赤々とした熱放射が、影さえも赤黒く染め上げる。

 

「Vogaaaaaa!」 

 

 ゴーレムボディを(かが)め、跳びかかる態勢に入っていた“火ダルマ”は、その視界を横切った、(きら)めく粒の正体を知らなかった。いや、知っている筈がないのだ。この火山はおろか、【グリューエン大砂漠】で生を受けた者達ですら、その実物を見た事が無くて当たり前なのだから。

 

 輝く粒の正体、それは、氷の結晶。紛れもなく、雪だった。

 

 倬が一歩、足を前へ踏み出す。足元で割れようとしていた真っ赤なマグマの泡が、瞬く間に黒く変色する。その変化は、湖面の波紋を(さかのぼ)って全体へと広がっていく。

 

 波となり、撒き散らされていた灼熱の飛沫は、真っ黒な岩となって力無く真下へ落ちて行く。

 

 “砲撃”が飛び出していた宙に漂うマグマの川は、硬化した表面から崩れ出し、流れこそ止まらないが、その勢いの減衰は明らかだ。

  

 今の倬が操作できる、全ての魔力を注ぎ込んだ“氷同”。その影響は、【グリューエン大火山】の水系魔法阻害作用など感じさせない。

 

 ここに充満していた蒸気が凍りつき、雪となって舞い踊る。

 

 操っていた筈のマグマの高波が崩れ去り、経験したことの無い“寒さ”に動揺した“火ダルマ”は、まだその赤さを保つマグマに飛び込もうと走り出す。

 

「__“楯光(じゅんこう)”。“ここに顕わすは、全てを隔てし輝きなれ”」

 

 熱を求め、全力でマグマへ飛び込んだ“火ダルマ”は、地面に這うように展開された、輝く光の盾に弾き返されてしまう。

 

 寒さに震える“火ダルマ”が、バチリと何かが爆ぜた音に反応し、咄嗟に視線を向ける。

 

 だが、そこにはもう()の姿は既に無い。

 

 未だ熱を失っていない筈の背中に、(人間)の小さな手が触れたのを感じる。続いて、金属の輪がぶつかり合う、高くて軽やかな音が全身に響く錯覚に襲われた。

 

「__“教成”、……“膨爆(ぼうばく)”」

 

 “火ダルマ”はゴーレムボディを捨て去り、その全身を震わせて逃げ惑った。

 

 今彼は、自身の内に現れた、新たな“力”に抵抗しようとしているのだ。

 

 だが、その抵抗は虚しく、そして激しく終わりを告げる。

 

「Vo,gyaaaaaaa……!」

 

 身体の中心から全身が膨れ上がり、冷気によって硬化したマグマを吹き飛ばす大爆発と共に、“火ダルマ”が砕け散った。

 

 変成魔法“教成”は、魔物へ任意の魔法を元にした固有魔法を発生させ得る魔法だ。この場合、“教成”に続けて呟いた“膨爆”を元に固有魔法が現れる事になる。

 

 本来ならば、あくまで固有魔法の方向性を誘導できるだけの魔法だが、倬が調査出来た中で、一般の火系爆破魔法の座標を魔法式で強力に固定した“膨爆”によって発現する固有魔法については例外だった。

 

 “膨爆”によって得られる固有魔法、それは、強制的な“自爆”なのだ。

 

「“教成”に“膨爆”の組み合わせ、やっぱり絵面が凶悪過ぎる。これは封印しよっかな、うん……」

「残念ながら、島を囲むマグマは消えていないな」

「雷皇様、何か思いつきませんか?」

「つっちー達が調べているが、あの島の崖には、魔力を与えると発光する石が並べて埋め込まれているらしい。やはりここでも何かの数が関係してるんじゃないか」

「近づいてみて、ですかね」

 

 “氷同”への多量の魔力操作を維持したまま、中央の島へ向かう。

 

 倬の背後、“火ダルマ”の“自爆”跡を通り過ぎたタイミングで、硬化したマグマの表面にヒビが広がる。ゴパァッっとマグマを噴き上げ、重々しい咆哮を轟かせ、紅蓮の大蛇が現れた。

 

 この一体を皮切りに、一体、また一体と、冷え固まったマグマを破壊し、マグマ大蛇が増えていく。

 

 襲いかかる大蛇の動きは、その巨体からは想像もつかない程に機敏だ。

 

 しかし、彼らもまた、“氷同”の影響から逃れることは叶わなかった。

 

 大きく開こうとした下顎が急激に冷却され、脆い岩となって砕け落ちた。

 

 自身の根元が表面から固まり出し、その巨体を支えきれず、硬化したマグマの上に全身を叩きつけるように倒れてしまう。

 

 今の彼らに、侵入者を襲っている余裕など、どこにもありはしなかった。

 

「__“束耀(そくよう)”」

 

 錫杖の先に、目を射抜かんばかりに(まばゆ)く輝く光球が現れる。

 

「……“振幅は激しく、収束は鋭く、慈愛の耀(かがや)きをもって照らさん”」

 

 追加詠唱によって、光球から放たれた一筋の光線が、マグマの上で身動きが取れずに横たわる大蛇達を瞬く間に輪切りにする。 

 

「“幾重に分けし輝きは、彼らを射抜き、両断するとせんや”」

 

 再度の追加詠唱によって、光球に魔力と共に倬の意志が伝えられ、同時に十本以上の光線が放たれる。

 

 掲げられた錫杖から伸びる複数の光線が、硬化したマグマの表面と共に、吠える大蛇を正面から真っ二つに焼き切っていく。

 

 新たにマグマから飛び出した大蛇達は、姿を見せた次の瞬間、微塵に斬られ、消し飛ばされた。

 

 既に、目的の島に埋め込まれた鉱石の殆どが橙色の光を放っている。

 

 倬の真下から同時に襲い掛かろうとした二体の大蛇が、喉から真っすぐ“束耀”によって貫かれる。

 

 大蛇の全身を構成していたマグマが崩れ去るのと同時に、島に埋め込まれた橙色に発光する鉱石達が激しく明滅し始める。一際激しく輝くのに従って、島を覆っていたマグマは泡が弾けるように消失した。

 

「……ふぅ、今の二体で攻略みたいですね」

「「「つっちー! ピカピカ、“わん、はんどれっと”だったなー」」」

「“マグマで出来た大蛇を百体倒せ”って条件でしたか。“やれやれだぜ”っと」 

 

 “氷同”で硬化させたマグマの上を歩いて中央の島へ向かう。橙色が消えた側面には、大量のつっちー達がそわそわしながら待ち構えていた。

 

「えっと、皆さん?」

「よぉし、せいれーつ!」

 

 何をそわそわしているのかと首を傾げる倬の後ろから、土司様の号令が響いた。 

 

「「「「つっちー! “とらんす、ふぉーむ”!」」」」

「何事!?」

 

 驚く倬を放置して、つっちー達が集まって八つの団子状になる。

 

「倬殿、注目するのはここからだぞ」

「あの、雷皇様って実は凄くノリ良いですよね」

 

 八つの“つっちー団子”の前に、土司様と光后様がやってくる。

 

 再び土司様の号令がかかる。

 

「ではいくぞー、“鳥さん”!」

「「「「「「「「“くっくどぅどぅどぅー”!」」」」」」」」

 

 “つっちー団子”が奇妙な形に変化する。どこら辺が鳥なのか、倬には分からなかった。

 

「………………倬、見るのは、そこじゃない」

「ここからどうするんで――」

 

 「ですか」と尋ね終わる前に、島が強い光に照らされた。

 

 すると、島の側面にそれはそれは見事な鶏冠(とさか)が特徴の、八羽の(ヘルルナ)の影が浮かび上がっているではないか。

 

「まさか、ずっとこれを練習してたんですか?」

「ふっふーん、わらわが居てこそ、だろう?」

「「「つっちー! どや、どやぁ」」」

 

 光源を担当する光后様と、影を作るつっちー達。

 

 もう、何も言うまい。そう倬は心に決め、問題を読み上げる。

 

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 問六

 君が新しく牧場に迎え入れた、合わせて八匹のヘルルナとヴォグー。

 彼らの足を数え合わせ、合計が二十六本になる時、それぞれは何匹であるのかを答えよ。

 

 ※ヘルルナの足は二本、ヴォグーの足は四本と考えられたし。

======

 

「とりあえず、全部で八匹なのは分かっとるんだからな、足の合計が二十六本になるまで試せばいい事になるのぅ」

 

 土司様のつるんとした影が、“つっちー団子”が創り出すヘルルナの影をゆったり横切っていく。

 

 温かな光を全身から放つ光后様が、更に続ける。 

 

「今は(みな)が鳥をやっているが、八匹全てが鳥だとすると……、足は十六本。まだ十本も足りぬな」

 

 島の側面に映し出されたヘルルナの影絵では、問いの条件を満たさないと確認した光后様は、弟である宵闇様に視線を送る。

 

 光后様に促され、宵闇様が少し嬉しそうにポツポツと解説する。

 

「………………一匹、牛に変えるたび、足は二本増える。なら、十本増えるように変えてやれば、いい」

 

 この説明を受け、再び土司様が号令をかける。  

 

「よし、では次いくぞー、“牛さん”!」

「「「「「つっちー! “れっつ、こんばいーん”!」」」」」

 

 八つのヘルルナの影の内五つが、それはもう立派な牛へと姿を変える。大ぶりな角に、全身が揺らめいている影から察するに、どうやらヴォマーをモデルにしたようだ。

 

「鳥が三匹、足六本」

「牛が五匹、足二十本」

 

 土司様は鳥の足を数え、光后様は牛の足を数える。

 

 最後、二つの数を合わせるのは、宵闇様だ。

 

「………………合計、二十六本。………………どうだ?」

 

 想像を超えた解答の仕方に、倬は頭の上に両腕で丸を作って応える。

 

「大正解、です」

「「「つっちーーー!」」」

 

 正解に興奮したつっちー達が雪崩のようになって、倬の足元に流れてきた。

 

「うわっ、ちょっ。……まぁ、いっか」

「「「「わーっしょい、わーっしょい!」」」」

 

 そのまま倬を担いで、島の上まで連行、もとい連れて行ってくれる。

 

 倬の肩にやって来て、髪の毛からバチバチとスパークを放つ雷皇様も、なにやら興奮気味だ。

 

「どうだった倬殿。影絵を駆使すれば、文字の代わりになり得る気がしないか?」 

「雷皇様、それで真剣に見入ってた訳ですか」

 

 つっちーに運んでもらい島の上に登ると、そこで待ち受けていたのは、艶のある漆黒の大きな長方体だった。

 

 ぐるりと一周して観察するが、扉も窓も見当たらない。あったのは、【大樹】や【氷雪洞窟】、【神山】で見かけたものと同じ、七大迷宮の紋章だけだ。その紋章に触れられる距離まで近寄ると、壁の一部が真横に吸い込まれるように開いた。

 

 中に入り、音を立てずに扉が閉まったのを見送った後、直ぐに確認できたのは、小さなテーブルと三つの椅子、大きいソファーと空っぽの棚だけだった。最低限の家具だけが、ここに取り残されたかのようだ。

 

「ん……? ここ、もしかして熱くない?」

「ええ、アナタ様、この部屋ならワタクシも平気そうです」

「あなたさまー、ゆっきーやっと外に出られましたー」

 

 砂漠に近づいてから暫く姿を見せていなかった雪姫様と“雪の妖精”ゆっきーも、この部屋では平気らしい。二人に求められるまま抱っこして、内部を見て回る。

 

「生活感はまるで感じませんが、ナイズさんはここで暮らしていた訳ですもんね。当然っちゃ当然ですか」

 

 周囲の環境を無視して、建物内部を適温に維持し続ける魔法と言うのは、倬にとっては興味深いモノだった。

 

 建物の奥へと進むと、【氷雪洞窟】で調べたモノと同種の、精密に刻まれた魔法陣が用意されているのを見つける。

 

 魔法陣を人差し指でつんつんして待っていた光后様が、倬に振り返る。その目は期待にキラキラしている。

 

「どんな魔法かの、わらわにも使えるかの」

「その前に私が貰えないパターンもあり得るので……、どうかなぁ」

 

 特に躊躇する事もなく、倬は魔法陣の中央に足を踏み入れる。魔法陣が光を放つと、大火山に侵入してから、ここへ辿り着くまでの記憶と魂が覗かれるのを感じた。

 

(随分と慎重な事で……)

 

 記憶を見られるのも、魂に触れられるのも、反対に垣間見てしまうのも、精霊様との契約や大迷宮挑戦で慣れてきていた。頭を覗かれるくすぐったさに苦笑しつつ、終わるのを待っていた倬へ、新たな神代魔法の知識が刻みつけられる。

 

――神代魔法・空間魔法。

――空間と空間とを繋ぐ。

――空間と空間とを隔てる。

 

 神代魔法を授ける魔法陣から光が失われていく中、軽いカコっとした音が倬の耳に届く。

 

 継ぎ目すら無かった筈の壁に、拳大の扉が現れて開かれているのが分かる。同時に光によって書かれた文字が壁に滲み出た。

 

――“人の未来が 自由の意志の下にあらんことを 切に祈らん”――

――“ナイズ・グリューエン”――

 

「空間魔法、か……」

「んー、治優にはよくわかんないかなー」

「私は何となく好きよ~。上手く言えないけど~」

 

 空間魔法に馴染みを覚えたらしい、空姫様の感覚を伝えてもらいながら、倬は与えられた知識を反芻していく。

 

 変成魔法と異なり、空間魔法の理解に用意された言葉は、たったの二つだけ。だが、それこそがこの魔法の強みなのだと、倬は直感していた。

 

(シンプル故に強力って感じ……。基本の空間魔法でも魔力消費がかなり多そうだ……)

 

 足元の魔法陣をメモ帳に写し、倬は椅子に座って空間魔法の詳細な理解を深めるべく、魔法の特徴を洗い出し始める。

 

 倬の背後では、宵闇様と森司様がお互いに視線を合わせて、肩を(すく)ませている。

 

「………………“やる気スイッチ”入ったな」

「こうなると暫く動かないだろう。僕らは僕らで何かして待ってるとしよう」

「それなら、ここへ入る前に妙な場所の気配を感じたんだが、考えを聞かせてもらえるか」

「火山の中で火炎がピンと来ないと言うのなら、儂もついて行った方がよさそうかのぅ」

 

 空間魔法を調べ始めた倬をそのままにして、雪姫様以外の精霊様達は、火炎様と土司様を先頭に大迷宮の見回りをしに、ぞろぞろと外へ出ていく。

 

 

「“精霊転移”との違いは何だ……? “ゲート”、繋げる空間の指定方法が違う……? いや、それだけなら空間魔法で再現できなきゃおかしいんじゃ……」

 

 約三十分間、いつものようにメモ紙を散らかして調査をしていた倬の目の前に、ひかりちゃんがカッと光を放って現れた。

 

「たかー、またわすれものしてるぞー」

 

 両腕で抱えていた円盤状のペンダントをメモの上において、えっへんと胸を張る。

 

「この前はよいくんがみつけたってきいたぞー、しっかりしないとー」

「ふむ、攻略すると毎回こう言うのが貰えるんですかね? シュネーさんの滴のペンダントともまた違うセンスを感じます」

「たかー、はんせーしてるかー」

「いやぁその……はい、以後、気を付けます。……ところで、ここに居るのひかりちゃんだけですか?」

「いまさらかー、みんな外だぞー」

 

 夢中になっていたせいで精霊様達が外に出ていた事に気づかなかった事を知り、倬はこの辺りで作業を切り上げる事にする。

 

 ナイズの住処から外に出ると、火炎様からの“念話”が届いた。

 

『やっと出てきたな。こいつを見ろ。これは凄いぞ、マグマの流れはコイツで調整しているらしい』

 

 “念話”と契約者としての繋がりを利用し、火炎様が見ている岩の映像を共有する。

 

『ちょっと待って下さいね。折角です、空間魔法でそこまで行ってみるので』

 

 オスカー・オルクスが“悠刻の錫杖”に組み込んだ、空間魔法の基本魔法陣を展開させ、転移のイメージを固めながら魔法名を唱える。

 

「えーっと、こうかな? __“界穿(かいが)”」

 

 空間に不可視の“穴”が開き、そこへ滑り落ちるようにして、無事、岩の傍への転移を成功させた。“精霊転移”ともまた少し異なった使用感を、じっくり確かめる。

 

「これ、超便利じゃん……」

「倬様、あげあげー?」

 

 丁度、音々様の真下に転移したらしい。

 

「空間魔法、ちょっと楽しいかもしれません。それで、この岩ですか?」

 

 空間魔法の便利さに静かにテンションを上げつつ、その岩に触れてみる。見かけは何の変哲もない岩石でしかないが、この周辺もまたマグマに囲まれていると言うのに全く熱くないのである。

 

「ナイズさんの家と一緒……?」

「うむ、おそらくは簡単に壊されんよう、空間魔法とやらで守っとるんだろうな」

 

 岩の上に居た土司様の言う通りであると、空間魔法を得た倬には核心を持って信じられた。手に残る感触が、調べる最中に実験した空間魔法による“膜”と同じだったのだ。

 

「だけど妙ですね、空間魔法を利用している結界にしては()()()()()。中級魔法を直撃させる程度で破壊できちゃいそうですが……」

「コイツはいざという時の自爆装置としての意味もあっただろう。かなり長い間、噴火に向かう“力”を分散させてきたコイツが壊れれば、この山の上半分を噴き飛ばす程度には、デカい噴火が起きるかもしれん」

「それ、もう大惨事じゃないですか」

 

 噴火による影響において、流れ出る溶岩や噴石による被害も無視できるものではない。だが、最も後を引くのは周辺に降り注ぐ事になる多量の火山灰だ。

 【グリューエン大砂漠】やその近辺に暮らす人々は、オアシスに頼って作物を育て、生活を成り立たせている。そんな所に火山灰が降れば、人々の暮らしが困窮する事は想像に難くなかった。

 

 火炎様達が、周辺の人の子らを心配して岩を調べていたのだと思い至り、倬は岩の横に座り込んでメモ帳に書き込みを始める。

 

「友よ、何か思いついたのか」

「まぁ、コレをわざわざ壊そうって挑戦者が居るとは思いたくないですが、“うっかり”って事もあり得ますから、ちょっと手を加えておこうかと」

「それなら、噴火はさせる方向で考えてみてくれるか」

「……一度は“力”を逃がした方が良いってことですか?」

「その通りだ。まぁ、直ぐにとは言わん。そうだな、百から五百年に一度あれば問題は無い」

「ふむふむ、周辺の影響を最小限に抑えて噴火させるって事なら、壊れないようにするってのとは別のアプローチを考えてみましょう。折角なので、空間魔法主体で組み立ててみます」

 

 こうして、【グリューエン大火山】の噴火を抑える“要石”に、新たな魔法が設置された。魔法式の中で滅多に活用されない“制御式”をこれでもかと利用して、多量の魔力を持って詠唱した魔法は、特定の条件でのみ、その効果を発揮するものだ。

 

 その特定の条件とは、“要石の破壊”である。

 

 実際に発動する効果は、“空間魔法によるマグマの通り路の構築、通り路を用いた噴煙の操作、全ての噴石、灰を大火山へと戻す”と言うもの。全て、空間魔法を獲得したからこそ可能になった噴火対策だ。

 

 更に、“十年が経過した時、要石に向けて火系爆破魔法を放つ”魔法も設置してある。

 

 “要石”に手を添えて、倬は近い未来に思いを馳せる。

 

「十年後、皆で噴火を見守るとしましょう」

「倬の悪ふざけが成功してるか、確認してあげるわ」

 

 噴火対策にちょっとした演出を盛り込んだことを、風姫様は“悪ふざけ”と言い切った。倬は、真面目ぶった口調で演出の正当化を試みる。

 

「これくらいの遊び心が無いといけない。大迷宮は私にそれを教えてくれました。ユーモア、大切にしたいです」

「……ほどほどにしときなさいよ?」

「心得ておりますとも」

 

 呆れ顔の風姫様にわざとらしく丁寧に応えてから、もう一つの目的に移る事にする。

 

「さて、お次は静因石の採掘ですね」

 

 師祷ソルテに頼まれていた静因石を探さなくてはならない。“寺”で修行した“精霊祈祷師”としては重要な仕事である。

 

「それなんだがな、目当ての石がコイツの影響を弱めているのを確かめた。掘るにしても、操作されているマグマの流れから離れた場所に絞った方がいい」

 

 火炎様の忠告通り、宙を流れるマグマの流れは、静因石が持つ“魔力の吸収・不活性化作用”に影響を受けているのだ。付け加えて言えば、静因石がある事を前提として流れを操作している所も多い。下手に採掘を行えば、流出量などに大きな変化を引き起こす可能性が高かった。

 

「そうなると、出来るだけ深めに掘らないといけませんが……」

 

 ナイズの住処がある島へ戻り、迷宮としての最深部を見回したのだが、静因石特有の薄いピンク色を呈した場所は見受けられなかった。

 

 どこから手を付けようかと悩む倬を、幾つかの岩の上でつっちー達が身体を揺らして呼んだ。

 

「「「つっちー! この下、この下ー!」」」

「「「つっちー! “ひやぁ、ひやぁ”」」」

 

 つっちー達に場所を探ってもらえるなら話は早い。ただ、採掘まで頼るのは、あまり修行として好ましくない気がした。

 

「つっちー、別のお願いがあるんですが、宜しいですか?」

「「「“ほわーっつ”?」」」

「ちょっと捕まえてきて貰えませんか?」

 

~~~

 

 ざりざりざり、ごりごりごり、ぎょりぎょりぎょり。

 

 マグマが満ちるナイズ・グリューエンの大迷宮内部に、硬い岩が削られていく音が響いている。音源は、マグマの湖面に点在して見える岩々に空けられた穴の奥だ。

 

 穴の傍には、全長二十センチから三十センチほどで、レンガ色の体毛、やや尖った鼻、テディベアのようなつぶらな瞳を赤く光らせるモグラに似た魔物が後ろ足だけで立っている。

 

「ぎゅっ! ぎゅぎゅぎゅっ!」

「ぎゅーぅ、ぎゅぎゅう!」

 

 岩の上に立っているモグラに似た魔物が、穴に向けて鳴くと、穴の奥からも同じ鳴き声が返ってきた。返ってきたのは、鳴き声だけではなかった。今度は淡いピンク色で五センチ大の石がひっきりなしに飛び出してきたのだ。

 

 外で待っていたモグラに似た魔物が、鋭い爪と扁平な形が特徴の前足で、その石を確実にキャッチしていく。

 

 こんな光景が、マグマの熱で視界が揺れる中にも関わらず、あちらこちらで見受けられた。

 

「皆、とっても良い子だね! 治優がよしよーししてあげちゃう!」

「ヴォッフ!」

 

 静因石が盛られた籠を咥えて運んできたヴォマーを、治優様が撫でまわしている。

 

「いやぁ、やれば出来るもんですね」

 

 モグラ型の魔物達は、“寺”における“最後の試練”、“大地の洞穴”の高熱地帯に生息してた燃えるモグラを強化した魔物だ。本来はマグマに対抗できる程の耐熱能力では無かったのだが、変成魔法による強化が成功し、静因石の採掘を任せているのである。

 

 倬は彼らに“土竜(モグラ)”にちなんで、“ドリュー”と名前を付けた。

 

 実際の所、静因石の採掘に彼ら――ドリュー達――をわざわざ捕まえてくる必要はない。これは、今後の大迷宮攻略の準備と、神代魔法の調査を兼ねての実証実験が大きな狙いだった。

 

 実験の結果は倬の予想を上回るもので、魔物達は本当によく働いて、三十キロ近い静因石を確保する事に成功したのである。

 

「これくらいあれば十分でしょうか」 

「うむ、ソルテには儂が渡してくるとしようかの。倬、儂の頭に乗っかる分だけでいいぞ」

「“頭に乗っかる分”……。えっと、これくらいですか?」

「もうちょっと少なくていいだろう。よし、それくらいだ」

 

 五キロ程の静因石を土司様の頭に乗っけて、“精霊転移”するのを見送ってから、倬は再びナイズの住処がある島に戻る。

 

 ナイズが暮らしていた滑らかな漆黒の隣には、大人が十人は余裕で立っていられる程度の面積を持つ円盤が僅かに地面から浮いていた。円盤には薄っすらとだが、ナイズ・グリューエンの紋章が大きく刻まれている。これが、ナイズの大迷宮における、攻略者用の退出装置なのだろう事はすぐに予想できた。

 

「ヴォマー、それにドリュー達、その内、また会いに来るから、な?」

「ヴォフー…………」

「「「ぎゅー……」」」

 

 円盤の隣までついてきたヴォマーやドリュー達とは、ここでお別れになる。全身にマグマを纏った魔物を連れて歩くのは流石に目立ち過ぎてしまう。かと言って、折角強化した彼らを放っておくのも忍びない。そこで、島の隅に空間魔法で召喚用の魔法陣を設置する事にしたのである。

 

「あの魔法陣の確保、頼むぞ?」

「ヴォフッ、ヴォフッ!」

「「「ぎゅぎゅ!」」」

 

 別れた後の彼らに与えられた使命は、その魔法陣を護る事だ。改めて命令を貰った魔物達は、倬の期待に沿う事を誓って、鳴き声を上げる。

 

 変成魔法の効果とは言え、どこまでも健気な魔物達に定期的に呼び出して強化する事を心に決めて、円盤に乗り込む。攻略の証として手に入れたペンダントを取り出すと、ほんの一瞬だけ紋章が光を帯び、円盤は音もなく真上に向かって移動を始めた。

 

 円盤の端では、かーくんとやっくんがヴォマー達に向けて手を振っている。

 

「達者でなー」

「つぎに会うのがたのしみ、ナリよー」

 

 円盤の浮上速度はそれなりに速いが、地球のエレベーター以上に僅かな負荷も体に加わることは無かった。別れを惜しむ気持ちを切り替えるべく、メモ帳を取り出して空間魔法の応用について思い付きを書き込んでいく。

 

「空間魔法で円盤上の気圧変化とかを制御してるってとこか……。やっぱ凄いな、この魔法」

 

 そんな独り言を零していると、マグマとは趣の違う、朱色の光が紙の上に落ちたのに気づく。

 

 光が落ちてくる先を追って天井を仰ぎ見れば、手前から順番に円く穴が開いてく様子が確認できた。真上に向かって円筒状に開通した(みち)を、円盤が滑らかに遡っていく。

 

 辿り着いた先は、大火山の頂上。

 

 ここまで送り届けてくれた円盤は、頂上の足場よりほんの一ミリほど低い位置に停まると、何処かに落ちるかの如く消えていった。元の場所へ“転移”したのだろう。

 

 倬は砂嵐の中心から見える、朱色の空を眺めつつ、ぐぐっと背伸びをする。腰の“宝箱”から二十キロの静因石を詰め込んだ麻袋を取り出し、肩に担いだ。

 

 大迷宮攻略成功の万感の思いを込めて、言葉にする。

 

「さぁて、何ルタになるかな。“わくわくもんだぁ”!」

 

 ニマニマしている倬に、光后様は溜息の後、人差し指を向けてムムッとした顔を寄せてきた。

 

「はぁー……。わらわの契約者ともあろうものが、商売にのめり込む等と言うのは看過できんぞ?」

「やだな、光后様。“祈祷師”として素材を売るの、なんの問題もありませんよ。寧ろ正しい職業の在り方と自負しております」

「………………ちゃんと見といた方がいいかも、な」

「あれぇ、もしかして思ったより信用されてない?」

 

 宵闇様にまで苦言を呈されてしまい、商売事で調子に乗り過ぎないと約束する事になってしまった。ギルドに預けてある分を含め、倬の持つ資産はぎりぎり二千万ルタに届かない位だが、お金はあるに越したことはないのもまた事実である。

 

 静因石を売りつけに、もとい、取引するべく【アンカジ公国】を目指して飛んでいる途中、吹き荒ぶ赤銅色の砂が、周囲よりもやや弱い場所があった。そこに十五台ほどの荷馬車が並んでいるのを見かける。荷馬車の中には酷い壊れ方のものがあり、どうやら、大火山に入る前に見た一団のようだ。

 

 高度を下げて様子を伺えば、そこにはそれなりに大きなオアシスがあるらしい事が判明する。

 

 このオアシスは【グリューエン大火山】と【アンカジ公国】の間にあることから、中継地点として重宝されている場所なのである。戦闘用の装備が整っている警備兵も常駐しており、出店等の自由取引も公に認められている。

 

 倬は少し離れた砂漠に降り立ち、“耐禍のローブ”のフードを深めに被って徒歩でオアシスまで向かう事にした。

 

 地球で例えるなら、エジプトの民族衣装――ガラベーヤ――に似た服と、全身を包み隠す程の外套を身に着けた警備兵の一人が、槍を杖代わりにしてこちらに歩いてくる。

 

 口元を覆っていた薄手のスカーフをずらして話しかけてくる警備兵。日に焼けた四十代前後の男性で、如何にもベテランらしい雰囲気があった。

 

「……お前さん、一人か? 他の仲間に、“()”は?」

「修行中の“祈祷師”です。ここには一人で歩いてきました」

 

 フードを脱ぎながら、倬は正直に応える。嘘は言っていない。

 

 警備兵は口をポカンと開けて信じられないと言った様子だったが、一度眉間を指先で掻いてから掌を上にして差し出してきた。

 

「あー……、悪いんだがプレート確認しても?」

「はい、構いませんが」

 

 倬は言われた通り、ステータスプレートを表示させて警備兵に渡す。受け取って確認するその兵士が、どこか申し訳なさげなのが意外だった。

 

「疲れてるとこホントに悪いな。こんなとこでプレート出させるの、元“冒険者”としては気が引けるんだけどよ」

 

 なるほど、と倬は思う。ステータスプレートの提示は身分証明の基本ではあるものの、関所でもない場所でそれを求められるのは、地球で例えるなら“職務質問”をされるようなものなのだ。“冒険者”はその職業柄、様々な地域に出向く者が多いのだが、どうあっても“ヨソ者”扱いを受けやすい。窃盗等の事件があると真っ先に疑いをかけられ、ステータスプレートを確かめられる事も多いのである。

 

「ここらで何かあったんですか?」

「あぁ、ちょっとな。妙な商売人の噂があって――」

 

 元“冒険者”の警備兵は、ステータスプレートの表示をノートに記録しながら、噂について教えてくれた。

 

 “ニタニタ笑いの商売人”、噂の商売人はそう呼ばれているのだと言う。主に魔道具やアーティファクトを取り扱う商人であるのは確定的との事だが、最近になって、認められていない奴隷売買等に関わった疑いが出てきたのだそうだ。

 

 ただ、(くだん)の商売人には明確な違法行為の証拠がなく、取引の後、何らかの不幸に見舞われた相手側に、これまでの悪行が発覚すると言う奇妙な事が続いているのだとか。

 

「んで、そいつがたった一人で砂漠に消えてくのを見たって奴がいてな。この大砂漠を単独で踏破出来る“商売人”なんてモンが居るのか調べてるってわけさ」

「それはそれは……」

 

 悪いタイミングでここに来てしまったのだと知り、取り調べは面倒だと思ったのがバレたのか、警備兵は肩をすくませながらニヒルな笑みを見せてきた。

 

「安心しろよ。そいつは“商人”で、冒険者登録してねぇって事まではギルドの調べで分かってんだ。お前、まだ十五で“白”ってスゲぇじゃんか。一人で大砂漠歩ける奴に驚きはするが、少なくとも“金”ランクの中にゃ、出来ても不思議じゃない奴は居るからな」

 

 大砂漠を歩いてきた倬に驚いていた割に、彼が自然に対応してくれたのは最高ランク“金”の“冒険者”を知っていたためだったようだ。

 

 軽い尋問程度なら我慢しようと思っていたので、ほっとした倬は、現在のトータスにおける“金”ランクがどれ程の実力者達なのか興味が湧いた。

 

「“金”の人には会った事ないんですよね、“黒”には一人知り合いがいますが」

「おっ! なら俺で二人目だぜ、自慢していいぞ。元“黒”、だけどよ」

 

 この警備兵、地味に凄い人だったらしい。記録が終わったステータスプレートを倬に返して、オアシスの中まで同行してくれる。

 

「俺は昔“金”ランクの“冒険者”に世話になった事があってな。それも二人。タイプは違ったが、両方ともヤバい強かったぜ? ま、一人はもういい歳――六十位だな――随分前から話を聞かねぇし、もう一人は引退して服屋になったって話だけどよ」

「“金”ランクがなぜ服屋に?」

「さぁな、俺も良く知らん。店は西のブルックって町にあるらしいが……」

 

 そんな軽い雑談を終えて、警備兵と別れた倬は立ち並ぶ出店の隅に移動する。

 

 警備兵の話では、このオアシスで商売するのに細かい決まりはないそうだ。これには、北の岩石地帯と大火山から撤退してきた者や、仲間とはぐれた遭難者がオアシスまで辿り着いた時、食料等を確保しやすくする狙いがある。

  

 背負っていた麻袋から静因石を二キロ分ほど取り出し、地面に敷いた紙の上に置く。相場が分からないので、金額は“応相談”と書いておいた。

 

 そこに、早速一人の男が駆け寄ってきた。だが、男の様子がおかしい。顔面蒼白で、今にも泣き出しそうだったのだ。

 

「あんた! それっ、静因石だよな! そんなにどっから!?」

「あ、えっと、大火山で採掘を……」

「マジかよ!? 俺らなんて山も登れなかったんだぞ?!」

 

 騒ぐ男が走ってきた方を見れば、傷ついた荷馬車と、疲れ切った男達が座り込んでいた。男は大火山から引き返した一団の代表だったのである。

 

「頼む! 後生だ、あんたが持ってるの売ってくれないか! 相場より一割、いや二割は上乗せ出来っから! 頼む! どうか!」

「あの、ちょっと、落ち着いて下さ――」

「あいつら雇うのに借金しちまったんだよぉ……。荷馬車も借りモンで、弁償するしかないし、このまま帰ったら、俺はもう首を(くく)るしかなくなるっ。だから、だから、頼むッ!!」

 

 トータスで他人に懇願する際の最敬礼の一つに、“(うずくま)り相手の足、または靴に触れる”と言うものがあるのだが、目の前の男のそれは酷かった。

 

 詰め寄られて後ずさった倬のブーツにしがみつき、泣き喚いて、逃がすまいとしてくるのである。

 

「あちゃー……」

『人の子って大変なんだね、たぁ様』

『治優様は優しいなぁ。……ええ、ホント、勉強になります』

 

 聞きたくもないのに延々と聞かされた事情によると、特に担保になる資産も持っていないせいで借入先を見つけられず、高利貸し――要するに闇金――に頼ってしまったので、成果無しでは帰るに帰れなかったのだそうだ。

 

「加工しないままで良いんですね?」

「勿論だ! あぁ、ありがてぇ……、ありがてぇ……っ!」

 

 完全に男の自業自得であるのだが、これも通りすがった縁だと倬は納得し、必死過ぎる男に静因石約十八キロ程を売ることになった。

 

 今日はここでキャンプを張るらしい男と、男が雇った者達に見送られて、倬は夜までに【アンカジ公国】に更に近い次のオアシスへ向かう隊商(キャラバン)に便乗してオアシスを出発する。元“冒険者”の警備兵が護衛役に勧めてくれたのだ。

 

「この恩、俺は一生忘れねぇから! 多分!」

 

 風姫様はげんなりした顔で手を振る男から視線を外し、倬の膝に座る。

 

『あれ、多分すぐ忘れるわね』

『いいんじゃないですか、“自由”で』

 

 ぐわんぐわんと揺れる荷馬車の後ろから、遠ざかるオアシスと大火山を視界に収め、倬は暮れ行く砂漠を見送るのだった。

 

 

~~~

 

 

 太陽が落ちた後の砂漠は、昼間の猛暑からは想像もつかない程に冷える。

 

 日射しから身を守るための薄手で大きなマントを防寒着として纏い、麻袋を担ぐ男が、オアシスの隅へと歩いていた。

 

 きょろきょろと周囲を見回して、誰も外に出ていない事を確認しながら歩くその姿は、どこからどう見ても怪しさ満点だ。

 

 不安を隠し切れない様子の男は、早歩きになって、ヤシに似た木が密集する茂みに入っていく。

 

 小刻みに震える、囁くような声を、男はどうにか絞り出す。 

 

「お、おーい、ホントに誰かいるのかー……? 静因石を持ってきた。取引がしたい」

 

 ガサガサッと、男が入ってきた方から音が聞こえた。

 

「ひ……ッ」

 

 ザワザワと木が揺れて、葉擦れの音が大きくなる。

 

 恐怖と必死に戦いながら、男はまだ何者かに呼びかけ続ける。

 

「お、おーい……。誰かー……」

「大変お待たせ致しました。静因石をお持ち下さったのですね?」

「う、ぅわぁ……ッ!」

 

 突然、背後から嫌味な程に丁寧な男性の声が掛けられ、男は麻袋を落して尻もちをついてしまった。

 

「おやおや、驚かせてしまいましたか。これは誠、申し訳ございません」

 

 (うやうや)しく胸元に右手を添えて謝罪するのは、小太りで、艶の無い黒の――非常に珍しい革製の――ローブを着た男性だ。

 

 倬から静因石を買った男は、どうにか立ち上がると、急に現れた目当ての人物を観察する。

 

「あ、あんたで間違いないんだな……? 静因石を相場の二倍で買ってくれるってやつは」

「ええ、ええ、そうですとも。私で間違い御座いません。そちらの袋に入っているのが静因石なのですね?」 

「そ、そうだ。けど、あれだぞ、額に納得できなかったら売らねぇからな!」

 

 舐められてたまるかと、虚勢を張る男。

 

 黒のローブを身に纏う男性は、目を見開き、口元をニタリと歪めて頷く。

 

「勿論ですとも。お客様が御納得出来て始めて、取引を致しましょう。では、拝見させて頂きますね?」

 

 そう言って、男性は麻袋の中身を確かめる。時々、()()()()()()ながら、嬉し気な溜息を零すは様はあまりにも不気味だった。

 

「いやいや、素晴らしい。量もさることながら、石一つひとつの純度が非常に高い。随分と深い場所で採掘されたのでしょう。これならば精製する手間が少なくて済みます。そうですねぇ……、相場の二倍に、三割程足した値では如何でしょうか?」

 

 相場の二倍以上で買い取ると言われ、男は内心で狂喜乱舞する。だが、浮かれているのを悟られるのは恰好がつかない。この男はどこまでも見栄っ張りなのだ。

 

「ほ、ほー、そいつは馬鹿に気前がい……、良いじゃねぇか。見る目はあるんだろうけど、俺以外からも買ってんだろ? 静因石なんざ大量に仕入れて、金になんのか?」

 

 静因石は希少な鉱石だが、薬や魔法の研究等で使われる際も、少量を粉末状にして利用するのが一般的だ。実のところ、使用方法が限られている為、採取が困難であるが故に高価ではあるが、需要自体はあまり多く無いのである。

 

 男の真っ当な疑問に、ニタニタ笑いを深くする男性は、木の陰に置いてあった荷物からジャリジャリと鳴る大きな巾着袋を引っ張りだし、金貨を数え始める。

 

「詳しい事は商売上の秘密ですが……、静因石をですね、“()()()”に混ぜると効きが良くなるんだそうですよ?」

 

 この返答に、金を借りるため裏社会に触れてしまった男は、意味を察してしまう。

 

「まさか、あんた、“グーテ”の……?」

 

 “グーテ・ラオネ”、男が思い出したのは、北大陸における悪い噂の絶えない薬屋の名前だった。 

 

「おっと、お客様、それ以上はいけません。ですが、勘違いをなされませんよう。私自身は特定の薬屋の一員という訳では御座いません。あくまで商品の仲買人を買って出ているだけの、しがない“商人”でしかありませんので……」

 

 自らを、しがない“商人”と言った男性は、金貨を入れた袋を手渡して、静因石の入った麻袋を担いで後ずさる。

 

「あ、おいっ、まだ枚数確かめてねぇぞ!?」

 

 渡された袋を開ける前に逃げられては困ると、男は慌てて呼び止めようとする。

 

 だが、男性は木組みの背負子(しょいこ)に括りつけられた、高さ一メートル程で蓋つきの竹籠に麻袋をそのまま突っ込んで、撤収の準備を着々と進めていく。

 

「ご安心ください。私は支払いを誤魔化すような真似は致しません。今日は実に良い取引でした。では……」

 

 一方的に言い切って、男性は木々に紛れるようにしてその姿を隠してしまう。

 

「くそ、良い話があるってんなら俺にも一枚噛ませやがれっ!」

 

 金貨の入った袋を我が子の様に抱きしめて、男は“商人”を追いかけた。“商人”の向かった先は、木が数本と、僅かな草しか生えていない場所だ。あれだけの大荷物を抱えて、隠れられる所など無い筈なのだ。

 

「は……?」

 

 身を隠すなど不可能な筈なのに、男の目に映るのは、風に揺れる疎らな木々と、どこまでも続く真っ暗な砂漠だけだった。追いかけた先に、“商人”の背中どころか、足跡一つ見つけられない。

 

「やっぱ、あいつが……」

 

 “ニタニタ笑いの商売人”の噂を思い出し、怖くなった男は全力で走り、テントへと引き返した。

 

~~

~~~

 

 【アンカジ公国】と【グリューエン大火山】の間にあるオアシスから西へ二キロの地点に、真っ黒なローブ姿の“商人”は居た。奇妙な記号が書かれた粘土板を背中の籠に投げ入れて、ポケットから鉱石を取り出す。

 

 拳よりも小さい位の静因石を、片目レンズの眼鏡――モノクル――越しの左目で見つめ、難しそうに唸る。

 

「……ふぅむ」

 

 静因石回収に代理を立てて正解だった。そう、“商人”は自分の判断が正しかったと安堵していた。

 

(超高純度の静因石……、一体どれだけの下層でなら手に入るのか、見当もつかない。何よりも()()()。……あの少年とは、関わりたくないですねぇ)

 

 モノクルを掌で覆い、レンズ越しに()()灰色ローブの少年の“色”を思い出し、“商人”は身震いする。あれは本当に人間なのかと疑ってしまう程に、“商人”にとって衝撃的な存在だった。

 

(少々派手にやり過ぎましたからね、ここらで引き上げるとしましょう)

 

 歩きながら考え事を続ける“商人”の前方で、突如砂が盛り上がり、大量の砂埃と共にサンドワームが出現する。

 

 身体を持ち上げ、“商人”を見下すサンドワームは、その牙を誇らしげに剥き出した。

 

 こんな状況にありながら、“商人”は全く動じない。革ローブの内ポケットから二十五センチ程の指揮棒(タクト)型の杖を取り出して、サンドワームへ向ける。杖の先と視線は間違いなく魔物に向いているが、その目は魔物など見ていないかのようだった。

 

(彼の持っていた静因石を回収できなかったのは残念ですが、仕方ありません)

「“放て、炸塊(さくかい)”」

 

 まるで上の空で呟かれた言葉に従って、杖の先に石が形成されると同時に高速で射出される。サンドワームへと直進する間にも、その石は急速に大きさを増していく。

 

 経験にない攻撃の仕方に、サンドワームの反応は遅れてしまった。直径五十センチ程の岩石となったそれがサンドワームの胴体に直撃する。

 

 直撃と同時に岩石が炸裂し、サンドワームはあっけなく粉砕されてしまう。

 

 魔石を回収し、【アンカジ公国】の方角を盗み見るようにして視界に収めてから、“商人”はニタリと笑った。

 

「暫くの間、南側で細々と商いに勤しむとしましょう」

 

 いずれ出会うこの“商人”の事を、霜中倬はまだ、何も知らない。

 

 

 




……はい、こんな感じで新たなオリジナルキャラクターの存在を匂わせつつ、大火山攻略を完了しました。

 次回は再び二週間後、10/6に投稿予定です。

 では、ここまでお読みいただき、有難うございました。

______

 大火山で出題された問題を、霜中君がどうやって解いたのかについて、おまけにしてみました。
大変読みにくくなっているかもしれません、暇つぶしで読んでるのに勉強なんてしたくない方(私もです)は、飛ばして下さって大丈夫なように書きましたので、気が向きましたらお読みいただけると嬉しいです。

おまけ【数学ってすげー】
______

 荷台の中、倬は荷物番も兼ねて、積み荷と共に揺られていた。

 空間魔法の練習がてら、積み荷が壊れないように地味に固定していると、もわもわっと浮かび上がる“霧の妖精”きーくんがやってきた。

『……にーさん、……にーさん。聞ーても、いい、か?』
『きーくん?』 
『……あれ、さ。にーさんはさ、どうやって……、といたんだ?』
 
 きーくんは、ナイズの大迷宮で出題された問題を、倬がどう言う方法で解いたのかに興味があるらしい。

 あまり自分から話しかけてこない、妖精のきーくんが聞きに来るくらいなので、余程気になったのだろう。

 これを聞いた“癒しの精霊”ちぃちゃんも、背中をよじ登って、顔を覗かせてくる。

『それね、ちぃちゃんも気になるー! えっとね、とくにね、三もんめ!』
『あぁ、三問目ですね……』

 他の精霊様も気になるようで、倬の周りに集まり始める。荷台の中なので、学校と言うよりは“寺子屋”っぽい雰囲気だなと思いつつ、問題をおさらいする。

=====
 問三
 君が牧場とヴォグーの所有者であるとする。
 君のヴォグーが三百頭であれば、その土地の牧草は十日で平らげられてしまう。
 君のヴォグーが六百頭であれば、その土地の牧草は四日で平らげられてしまう。
  
 もしも君のヴォグーが二百頭だとしたら、どれ程の日数で牧草は平らげられてしまうかを答えよ。

 ※この時のヴォグーは全ての個体において一日の食事量は変わらず、牧草の成長速度も毎日一定であることとする。
 
======

『今になって考えると、この問題が一番面倒かもしれませんね』

 “念話”でそう言ってから、倬はメモ帳を取り出してなにやら長々と書き始める。ちゃんと伝わるように、“念話”で読み上げながら、である。

======
 まずは目標を確認しましょう。
・求めるのは[二百頭の時、何日かかるのか]です。
 
 [分かっている事は?]
(ヴォグー)三百頭で食べきるまでに十日かかる事。
・牛六百頭で食べきるまでに四日かかる事。
・一匹の牛が一日に食べる量は変わらない事。
・牧草は一定の成長速度で生えてくる事。
 
======

 周囲に集まる皆の表情は、“なにがなにやら”と言った感じだ。実際、倬は回りくどく書いているので、この反応は仕方ないと言えるだろう。

『この問題が厄介なのは、必要な数字を自分で設定しなきゃならない所な気がします。牛が“牧草を食べ始める”または、“牧草が成長する”為には、元々その牧場に牧草が生えていなきゃいけません』
『……草が生えてなかったら、牧場に何匹居ようが、“零日で食べきった扱いになる”……って事か? 兄さん』
『お、いいですね、霧司様。“始めの牧草の量”、これに気づけるかどうかが肝心です』

 再び“念話”で読み上げつつ、倬はメモ帳にペンを走らせる。

======
 [分からない事は?]
・牛が食べ始める前の牧草の量
・実際に一日で生える牧草の量 
・実際に一日で一頭の牛が食べる牧草の量

 [条件からの“気づき”]
⇒食べ始める前の牧草の量と、
 食べ終わるまでに生える牧草の量の合計は、
 数日かけて牛が食べた牧草と同じ量になる。
 
 [“気づき”を式に直してみます]
“食べ始める前の牧草の量”+“食べ終わるまでに生える牧草の量”=“ある数の牛が数日かけて食べた牧草の量”
 
 [条件から式に必要な数字を考えてみましょう]
・牛が食べ始める前の牧草の量は分からない。
⇒牛が食べ始める前の牧草の量を“□”としてみる。
・牧草は一定の成長速度で生えてくる。
⇒一日に生える牧草の量を“△”としてみる。
・一匹の牛が一日に食べる量は変わらない。
⇒一日に牧草が減る合計量は、牛の頭数で決まる。
 ⇒牛一頭が食べる牧草の量を“1”としてみる。

 [条件を当てはめて、改めて式を考えます]
・牛が三百頭で食べきるまでに十日かかった場合
(食べる前の牧草)(一日に生える牧草)×10日(日数)1(牛一頭が一日に食べる量)×300頭×10日
 
・牛が六百頭で食べきるまでに四日かかった場合
(食べる前の牧草)(一日に生える牧草)×4日=1(牛一頭が一日に食べる量)×600頭×4日

======

 ここまで書き上げた辺りで、遠い目をして外を眺めていた火炎様が呟く。

『ついていけてないのは、俺だけか?』
『そんなことないわよ~、私もよく分かってないもの~』
『おう、そりゃ安心だな、かーくんもこうなってくると燃えねぇや』
『かーくんも~? くぅちゃんもさっぱりなの~』
 
 空姫様はにこやかに見守っているものの、くうちゃんと一緒にお手上げらしい。燃える妖精、かーくんの勢いも、明らかに弱っている気がした。

『あー、はい。まぁ、疲れますよね』
『しかしだ、倬。数を考えると言っておきながら、“□”や“△”やらを使って計算できるものなのか?』
『森司と一緒で、そこは儂も気になったのぅ。ここからどうするのだ?』
『正直に言うと、この問題を“算数”で解く方法が分からなかったんですよ。こうやって数字の代わりに文字を使って成り立たせた式の事を、“方程式”と言います。“数学”ですね』

 ほーんと聞いている精霊様達の中でも、雷皇様は特に乗り気だ。前のめりになって聞いてくる。

『倬殿は他の問題もこれで?』
『その通りです。全部“数学”で解きました』
『なるほど! たかどの! つづきだ!』

 先程からメモ帳のすぐそばから離れない“雷の妖精”らいくんに促され、解説を再開する。

======
①牛が三百頭で食べきるまでに十日かかった場合
(食べる前の牧草)(一日に生える牧草)×10日(日数)1(牛一頭が一日に食べる量)×300頭×10日

②牛が六百頭で食べきるまでに四日かかった場合
(食べる前の牧草)(一日に生える牧草)×4日=1(牛一頭が一日に食べる量)×600頭×4日

 ①を数式だけにして計算を進めると……
 □+△×10=1×300×10
 □+△×10=3000

 ②を数式だけにして計算を進めると……
 □+△×4=1×600×4
 □+△×4=2400

※文字を使用する“方程式”の計算では、“(等式)”を挟んだ“(左右の式)”を計算によって移動させることが出来ます。これを“移項”と言いいます。

①の“△×10”を移項して、(食べ始める前の牧草の量)を式で表してみましょう。
 □+△×10=3000
 □+△×10-△×10=3000-△×10
 □=3000-△×10

(食べ始める前の牧草の量)が“3000-△×10”で表されることが分かりました。この“3000-△×10”は□と同じ数になるわけです。この“3000-△×10”を元の式の□に当てはめる事を“代入”と言います。

・“3000-△×10”を②式の□に代入してみます。
  □+△×4=2400
  3000-△×10+△×4=2400
  
※同じ数との乗算である“△×10”と“△×4”は、互いの数字を計算できます。
例)△が2だとしたら……
・2×10-2×4=20-8=12
・2×10-2×4=2×(10-4)=2×6=12
→例の二つ目の計算手順“2×(10-4)”では“因数分解”と言う考え方が使われています。これを応用することで、“△×10”と“△×4”の計算をしてみましょう。
     
・3000を移項して、計算を進めると……
 3000-△×10+△×4=2400
 -△×10+△×4=2400-3000
 -△×(10-4)=-600
 -△×6=-600
 
※“△”を求めるため、左右両方の項に“-1/6”を掛けます。
 
 -1/6×-△×6=-1/6×-600
 △=100
 
⇒これによって、(一日に生える牧草)が“100”と分かりました。

そこで、①式の(一日に生える牧草)に“100”を代入すると……

 □+△×10=3000 
 □+100×10=3000
 □+1000=3000
 □=3000-1000
 □=2000

⇒これで、(食べる前の牧草)が“2000”だと分かりました。

======

『う、うーむ……。“ほーてーしき”とやらを計算する決まり事が理解しきれんでござるよ……』
『申し訳ありません刃様。細かいことは、その内、と言うことでなんとか』
『あるじどの、まだおわらないナリ?』
『ここまでやって答えを出すのに必要な数字が出ただけですからね……。これを三問目にした辺り、ナイズさんの意地の悪さを感じます』

 ナイズ・グリューエンの人物像に風評被害を発生させつつ、倬は問題に戻る。

======
 
 一日に生える牧草が“100”。
 食べる前の牧草が“2000”。
 
⇒これを利用して、[二百頭の時、何日かかるのか]を計算する式を改めて作ってみましょう。
 200頭で食べ終わる日数を“〇”日としてみると……

2000(食べる前の牧草)100(一日に生える牧草)×〇日=1(牛一頭が一日に食べる量)×200頭×〇日
  
 ③を計算すると……
 2000+100×〇=200×〇
 2000=200×〇-100×〇
 2000=○×(200-100)
 2000=〇×100
 1/100×2000=100×〇×1/100
 20=〇
 →〇=20

 よって、牛二百頭の時、牧草が食べきられる日数は二十日となる。

======

『……とまぁ、私はこんな感じで計算しました』
『これ、倬が先に解いたのは正解だったわね』
『難しいねー』

 文字を駆使した計算の仕方に溜息を吐く風姫様は、荷物の上に座って、前に座る治癒様の髪を()いている。

 その隣では、音々様が座って光后様に髪飾りをつけて貰っていた。

『わらわは何となく分かったぞ。……よし、音々、良い感じに出来たぞ?』
『わーい! ありがとうございます、光后様ー!』

 少なくとも女の子の精霊様達は、“算数”から興味が逸れてしまっている様子である。 

 倬の背後では、宵闇様の“闇”もモヤモヤと揺れている。 

『………………“なるほど、わからん”、だったな』
『やっぱり駄目そうですか?』
『…………もじ、かけない、から、かな。でも、ほかのもんだい、ききたい』

 控えめだが、それでも倬とこうやって“遊ぶ”のは楽しいらしい“闇の妖精”よいくん。

 倬は、他の問題も同様に読み上げて解いていく。

======
 問四
 我が迷宮に千六名の侵入者が確認された。

 この侵入者達の中で、女よりも男の方が七十二人多い事が判明している時、男女それぞれは何名になるのか答えよ。
  
 目標の確認をします。
・求めるのは、[男女それぞれの人数]
⇒男の人数を♂、女の人数を♀としてみます。

男女の合計が千六名であることが分かっているので、
① ♂人+♀人=1006人 の式が成り立ちます。
 
“女よりも男の方が七十二人多い”と分かっているので、
② ♂人=♀人+72人 と言えます。

②の式を、①に代入すると……
 ♂+♀=1006
 (♀+72)+♀=1006 
 ♀×2=1006-72
 ♀×2=934
 ♀×2×1/2=934×1/2
 ♀=467人
 
女の人数が四百六十七人だと分かったので、
 ♂人=♀人+72人
 ♂人=467人+72人=539人 が計算できました。

よって答えは、男が五百三十九人、女が四百六十七人です。

======

『こうやって計算出来ちゃうの、不思議ね~』
『凄いねっ。空姫ねぇ様!』
『あら~? 音々ちゃんお洒落したの~? 可愛いわ~』
『えっへへー、いいでしょー』

======
 問五
 常ならばそれぞれで行動している盗賊達が、協力して奪い取った王室献上品の織物を山分けする事となった。

 九枚ずつで分けると二枚が余る。
 十枚ずつで分けると五枚不足してしまう。

 以上の条件をもって、盗賊達は何人で、奪った織物は何枚だったのかを答えよ。 

 目標の確認をしましょう。
・求めるのは、[盗賊達は何人で、奪った織物は何枚か]
⇒盗賊達の人数を▲人、織物を❖枚としてみます。

“九枚ずつ分けると二枚が余る”を式に表すと……
① ▲人×9枚+2枚=❖枚
“十枚ずつ分けると八枚不足”を式に表すと……
② ▲人×10枚-5枚=❖枚 

①と②は、互いに同じ数になるので……
 ▲×9+2=❖=▲×10-5
 ▲×9+2=▲×10-5
 ▲×9-▲×10=-5-2
 ▲×(9-10)=-7
 ▲×-1=-7
 -▲=-7
 -1×-▲=-1×-7
 ▲=7人 

 盗賊の人数が七人と分かったので……
 ▲人×10枚-5枚=❖
 7×10-5=❖
 70-5=❖
 65=❖
 →❖=65枚
 
 よって答えは、盗賊七人、織物六十五枚となりました。
 
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 どこからか持ってきた小枝を横向きに置いて、目を細める森司様。

『計算するには“(まいなす)”が必要なのか……』

 剣を置いたり、持ち上げたりしている刃様は“-”を実感出来ないらしい。

『数えられる“引く数”と言うのは実に奇妙でござる』
『ここに“無理数”とか“複素数”とか入ってくるので、数学って奇妙さの連続かもですね』

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 問六
 君が新しく牧場に迎え入れた、合わせて八匹のヘルルナとヴォグー。
 彼らの足を数え合わせ、合計が二十六本になる時、それぞれは何匹であるのかを答えよ。

 ※ヘルルナの足は二本、ヴォグーの足は四本と考えられたし。

 目標の確認をしましょう。
・求めるのは、[合計が二十六本になる時の、それぞれの数]
まずはヘルルナの数を◀匹、ヴォグーの数を◎匹としてみましょう。

条件から、合計が八匹だと分かっているので……
① ◀匹+◎匹=8匹

条件から、足の合計が二十六本になる時の式を作ります。
⇒ヘルルナの足は二本、ヴォグーの足は四本なので……
② ◀匹×2本+◎匹×4本=26本

 ①の式の◎を移項して、ヘルルナの数を式に表すと……
 ◀匹+◎匹=8匹
 ◀匹=8-◎匹
  
 上の式を、➁に代入すると……
 ◀匹×2本+◎匹×4本=26本
 (8-◎)×2+◎×4=26
 16-◎×2+◎×4=26
 ◎×(-2+4)=26-16
 ◎×2=26-16
 ◎×2=10
 ◎×2×1/2=10×1/2
 ◎=5匹

 (ヴォグー)が五匹と分かったので、①の式を使って…… 

 ◀匹+◎匹=8匹
 ◀+5=8
 ◀=8-5
 ◀=3匹
  
 よって、答えはヘルルナ三匹、ヴォグーが五匹になりました。
 
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『……すうがくってすげー、な! な!』
『ああ、オレはこう言う考え方は好きかも知れない。倬殿、暇な時でいい、また数学を教えてくれ』

 最後まで熱心に聞いていた雷皇様とらいくんは、体から静電気をパチパチとスパークさせて興奮冷めやらない様子だ。

 そんな雷皇様を、倬の懐から頭の先だけを覗かせて見る雪姫様は控えめに笑みを浮かべる。

『普段大人しい雷皇様の、この様な姿は珍しいですね』
『……雪姫よ、今のお前に言われたくはないと思うぞ?』
『はて……? 光后様、それはどう言う意味でしょう?』

 人知れずワイワイと“念話”で騒ぎながら、倬を乗せる馬車は広い砂漠を進んでいく。

 馬車の速度が徐々に落ちていくのに気づくと、外から男の声が聞こえてきた。

「おーい、“白”の“冒険者”さんよー、ちと手伝って貰えねぇかー」

 この呼び掛けに、倬はメモ帳を“宝箱”にしまって立ち上がる。

「さて、仕事みたいですね」
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 ここまでお読みくださった方、お疲れは出ていませんでしょうか……。小説の形での計算解説、かなり無理があったかなと、反省中です。
 
 長々とお付き合い頂きまして、本当に有難うございました。 

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