すたれた職業で世界最高   作:茂塁玄格

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 大変長らくお待たせしました。第三章今月から投稿開始いたします。
 導入が長くなってしまいましたが、第三章第一話から早くも大迷宮に挑戦です。

 今回もよろしくお願いします。


第三章・上
グリューエン大火山に恋して・前編


 さわさわと葉擦れの音が耳に心地良い、そんな午前中。

 

 揺れる木の枝には、ころころとした人形のような妖精達が並んで座り、根元で細長い杖を持つ二人の男を楽し気に眺めている。

 

「今度は思いっ切りやってみろ、倬の筋力なら余裕のはずだ」

 

 “寺”の入り口付近にある木の傍で、祈り手であるフルミネ・モンドが、倬に杖術を指南してくれているのだ。フルミネは腰元の右手をゆっくりと捻り、助言と共に手本を見せる。

 

 中々コツが掴めないでいた倬は、自分の筋力を信じて右手に力を込め、稽古用の杖を手の中で回転させてみる。

 

「ん~……? おりゃっ!」

 

 すると、激しく横回転させられた杖が、添えていた左手に引き寄せられるようにして一気に飛び出す。

 

「おぉ! やっと出来ました!」

「ふん、当然だな」

 

 技の成功に喜ぶ倬を、背を向けたまま、口元の笑みを隠すようにフルミネは横目で見る。なんだかんだで、倬の事はちゃんと弟弟子扱いをしてくれているのだ。

 

 “寺”に伝わる杖術の中で、今教わった技は“猫だまし”的な使い方をするものだ。真面目一徹なフルミネが、この技を重視して教えてくれた事に“らしくなさ”を感じて、倬はそれとなく理由を聞いてみる。 

 

「今更ですけど、兄弟子もこういう変則的な技、使うんですね」

「まぁ、俺の稽古相手と言ったらニュアか師祷様だからな。確かにこの手の技は好みでは無いが、練習もするさ」

 

 そう言いながらフルミネは目だけを動かす。その視線の先、間仕切りや襖を取り払った“寺”の中では、師祷ソルテが、この地において崇められるている“お山様”こと、“大地の精霊”山司様と、“森の精霊”森司様と一緒に薬を作っているのが見える。

 

 そして、“寺”の手前で“霧の精霊”である霧司様と、その妖精のきーくんを抱きかかえながら、女の子の精霊達と談笑するニュアヴェルが居た。

 

 フルミネの言わんとしている事を察して、倬は納得を示すように頷く。

 

「あー……、特にニュア姉の動きなんか、色々とズルいですもんね」

「今の倬程じゃないがな」

「いや、自分の場合、ステータスが()()なので……」

 

 “寺”の三人には、今日までの修行の成果を報告する為にステータスプレートを見せてある。現代のトータスで、高ステータスと認識される人間族の値が平均三百ほどである事を鑑みれば、全てのステータスが千を超えている倬は異常そのもの。三人の驚き様は、それはもう大変なものだった。

 

 そんな倬のステータスを思い出し、フルミネの表情に険しさが混ざる。

 

「ホントにな、どうかしてやがる」

「言い方、フル兄、言い方。弟弟子は傷つきましたよ?」

「兄弟子のプライドをズタズタにしておいて、何を今更。あとフル兄って呼ぶな」

 

 軽い杖術の稽古を終え、杖を片付けに連れ立って二人は“寺”へ戻る。

 

 精霊魔法“護光”を発動させてから、十日程が経った。その間の倬は、“寺”を拠点にトータス世界を転々としながら、今日のような稽古や各種の魔法研究に打ち込んでいた。

 

 今朝の稽古は、旅に戻る前の餞別だとフルミネが言い出してくれたものだった。

 

「これから大火山に行くんだったか」

「はい。その前に少し寄り道するので、そろそろ出発します」

「そうか」

 

 改めて出発の予定を聞きつけたニュアヴェルが、先程と変わらず霧司様ときーくんを抱きかかえながら立ち上がり、コテンと首を傾げた。ざっくりと切り揃えられたおかっぱが斜めに揺れる。

 

「倬、もう……、行くの?」

「はい、お昼前には出発したかったので。ニュア姉の“淡雲(あわぐも)”も勉強になりました。もう少し使いこなせるようになったら、また立ち合いお願いします」

「うん、その時が楽しみ。いつでも、待ってる。それはそうと……」

「はい?」

 

 いつも通りの眠たげな目を優し気に細めて、姉弟子らしい態度を見せてくれたニュアヴェルだったが、途中から少し雰囲気が変わった。何かを期待しているような、浮ついたような様子だ。

 

「さっき、寄り道って言ってた……。もしかして、女?」

 

 倬の肩がビクッと上がる。言い当てられて挙動不審になってしまった。よくよくニュアヴェルを見れば、その背中に“音の精霊”音々様の無造作ヘアーが覗いていた。

 

「あ、いや、まぁ、確かに女の子に会う用事があるわけですが……」

 

 言葉に悩む倬を、傍のフルミネは複雑そうな表情で見ている。言い方次第で、なんの修行をしているのか問い詰められそうな気配があった。倬は更に言葉に窮してしまう。

 

「倬の、女……。それは、つまり……、私の妹?」

「ニュア姉? 自分の話聞いてくれてます?」

 

 まだ見ぬ妹分に期待を膨らませている様子のニュアヴェル。抱きしめられたままだった霧司様が、腕からすり抜けて倬の横に浮かび上がる。

 

「……ニュア姉さん、妹も、欲しいってさ」

「霧司様、大分馴染みましたね」

「ニュア姉さん、な。一緒に居ると、なんかこう……、落ち着くんだ。“師祷の血”ってやつ、かもな」

 

 ここ最近判明した事に、“祈祷師”であれば全ての精霊に気に入られ易い訳では無い、と言う事実があった。精霊達が言うには、それぞれに落ち着く人が異なるらしいのだ。

 師祷であるソルテは山司様と、森司様、そして宵闇様との相性が良く、ニュアヴェルは霧司様や空姫様、フルミネは雷皇様と刃様と特に相性が良いのだと言う。

 

「やっぱり賑やかなのは楽しいねぇ。倬、また何かあればいつでも頼っておいで」

 

 カラカラと笑いながら、師祷ソルテも三人の傍まで来てくれた。わざわざ師祷様の方から見送りに出向いてくれたことに、倬はそっと腰を曲げ、お辞儀をする。

 

「有難うございます、師祷様。いつも面倒をかけてしまいますが、報告書と手紙、また宜しくお願いします」

「はいよ、“里”に居る二人には上手く伝えとくさ」

「アランさんとツェーヤさん、お変わりありませんか?」

 

 倬がこうして旅に出ていられるのは、王国騎士アランと魔法師ツェーヤが“寺”や“里”と良好な関係を築いてくれているからと言える。二人が王国から離れた任務を強いられている事実には間違い無く、倬にとっては気がかりの一つだった。

 

「おうとも、二人ともすっかり“里”の人間になってるよ」

「それを聞けて安心しました。それでは、そろそろ」

「ん、気を付けて行っといで。……あぁ、そうだ。火山に行くんなら静因石採って来てくれるかい? ここらで仕入れるとなると、いい値段するからね、あれは」

「お安い御用です、お任せください。……では、行ってきます」

 

 挨拶に続いて深いお辞儀をしてから、倬は沢山の精霊様と共にゆっくりと空に浮かび上がる。そして、ボフッと音を残して空に消えていった。

 

 三人は砂粒大に小さくなるまで、倬を見送る。

 

 フルミネが、極々小さな溜息を吐いた。

 

「……当たり前に空を飛んでくんだもんな。もう、嫉妬する気にもなれん」

「倬だもん、仕方ない」

「古文書の解読までしてってくれたからねぇ。あの子は、この婆を簡単には死なせてくれないらしい」

 

 倬は今日までに技能“言語理解”によって、“寺”に受け継がれていた神代以前の文字で書かれた古代の文献を読むことに成功していた。“寺”の今後に活かせないかと、“祈祷師”の修行や魔法、“里”や“寺”の成り立ちについて重要そうだと判断した物を、現代の文字で書き出していったのだ。

 古文書の中には、非常に抽象的な表現を利用して、意図的に内容をぼかしている物が多く、師祷ソルテは古文書の詳細な分析に張り切っているのである。

 

 最近益々元気になっていく祖母を見て、ニュアヴェルはずっと気になっていた事を聞いてみる。

 

「……おばあちゃんって、寿命あるの?」

 

 “師祷”足るもの、こんな質問には動じない。

 

「多分だけどね、あるにはあるはずだよ?」

 

 動じはしないが、何処か自信なさげに答える師祷様に、フルミネは頭が痛そうな様子だ。

 

「正気を疑う会話は止めてもらいたい……。そうだ、つっちー様、“崖”の様子をお聞きしても宜しいですか?」

 

 倬が去った後も“寺”の境内のそこかしこに()()()()()“大地の妖精”つっちーが、身体を奇妙に捻じ曲げてフルミネの質問に答えてくれる。

 

「「「「んー、そうなー。たかがてつだってくれたからなー。あと九かいくらい寝て起きたら“おっけー”かなー?」」」」

「あと九日ですね。よしっ」

 

 拳を反対の掌に当て、“第三の試練”再挑戦に向けてフルミネは気合を入れる。

 

 そのやり取りを見ていたニュアヴェルが、畏まった態度でソルテに体の正面を向けた。

 

「おばあちゃ、違った。……師祷様、“崖”治ったら、三つ目の試練、受けていいですか?」

 

 この台詞にフルミネは驚いて、ニュアヴェルの瞳を見つめる。それは、“第三の試練”を乗り越えた倬や、現在も“第三の試練”を受けているフルミネとのステータス差を考慮してのものだった。

 

 フルミネとニュアヴェルを比較すれば、明確な差は“瞑想”の維持に必要な体力的なもので、それはフルミネの方が上回っている。そのフルミネが未だ試練を突破できない事実を知っている為、ニュアヴェルは倬が全ての試練を終えて旅立ってからと言うもの、基礎鍛錬に集中していたのである。

 

「おや、ニュアもいよいよ覚悟が決まったか」

 

 真剣な眼差しを向けながらも、柔らかい口調で意志を確かめる師祷ソルテ。

 

「……うん」

 

 ニュアヴェルの頷きに、ソルテはニカっと笑顔を見せる。

 

「どれ、そしたら“崖”治るまでの間に魔法の勉強も進めないとねぇ。早速始めるよー、つっちー」

「「「「つっちー!!」」」

「うひッ!?」

 

 ソルテが言いながら手を叩くと、つっちー達がニュアヴェルを持ち上げた。突然の事に、ニュアヴェルの口から妙な声が零れる。

 

「「「“れっつ、すたでぃー”! “すたでぃー、すたでぃー”!」」」

「ま、待って、つっちー、待って!」

「「「「“のぅ、うぇいと”! “たいむ、いず、まねーー”!!」」」」

「ぅひゃあっ」 

 

 “寺”の中に向かって、転がされながら連行されていくニュアヴェル。つっちーの頭の上を転がっていく孫娘の横を歩きながら、ソルテは首を回してご機嫌だ。

 

「さぁて、ニュアが勉強サボってきた分、今日は八時間は頑張ろうかねぇ」

「あぁぁぁぁぁっ、フル兄ーー、“へるぷっ”、“へるぷ、みーーー”!!」  

「……ニュア、俺も付き合う。だから――、頑張れってなんだったか、えっと……“ふぁいと”だ、次期、師祷様」

「“おぅ、のぅーーー”!」

 

 普段は物静かなニュアヴェルの叫びが、今日ばかりは山に木霊するのだった。

 

~~~~~~

 

 大峡谷に近い砦の町、ダンディーン。そこにある鐘の音が美しいと評判の小さな教会。その隣の家の一室が、今日は朝早くから、何やらガタガタと騒がしい。

 

 この家の主であり、教会の牧師ディジオ・カヴァディルが自室の扉を開き、顔だけを廊下に出して叫ぶ。

 

「……ったく、朝っぱらからドタバタと、おいスティナ! 何だってんだ!」

 

 この大声に対して返ってきたのは、孫娘であるスティナの、苛立ち紛れの大声だ。

 

「あー、もうっ。おじいちゃんうるさい!」

「あ゛あっ!?」

 

 ここ最近体力作りに励んでいるスティナは、ディジオが寝たきりだった頃と比べ、更に物言いがはっきりして来ていた。まず間違いなく、ディジオの喋り方から受けた影響なのだが、今日のスティナは何時にも無く不機嫌そうで、流石のディジオも驚いて固まってしまった。

 

 言い返そうとするディジオに先んじて、スティナは部屋の扉を閉めたまま大声で話し始める。教会で歌を披露するようになって、肺活量も増えたようで、その声は家の中によく響いた。

 

「おじいちゃん、今日は教会に来なくていいからね、私が全部やるから! おじいちゃんは今日は休んで! 絶対、教会来ちゃだめだからね!」

「あ゛? なんだ急に」

「いいから、まだ体力戻ってないんだから、無理しないで! 分かった!?」

「お、おう……。今日のスティナはいつにもまして迫力ありやがんな……」

 

 結局孫娘の勢いに負け、ディジオはすごすごと自室に引き返した。その扉の閉まる音をしっかり確認してから、スティナは囁き声で“音の妖精”ねねちゃんに質問する。

 

「ねねちゃん、今日はお空飛んでくるんだよね? あとどれくらい?」

 

 化粧台の上にある、壁掛けの時計に合わせて楽し気にリズムをとっていたねねちゃんが、一瞬目を瞑った後、にこやかに答えてくれる。

 

「んとねー、あと十分くらいかなーって」

「う~……、早いよ~。もうっ! どうして私の髪はすぐ爆発しちゃうかなぁ!?」

 

 鏡に向き合っているスティナのくりくりとした大きな瞳は、焦りと苛立ちで潤みを滲ませていた。

 

 新しく仕立てた服も来た。慣れない化粧だって練習して、二時間かかってやっと納得出来る所まで仕上げられた。だと言うのに、赤茶色の長い癖っ毛が思うようにまとまらず、スティナは必死でブラシをかけているのである。

 

 そんなスティナを上機嫌で見つめるねねちゃんが、自分よりも大きなブラシを両手で抱えて、優しくブラシがけを手伝い始める。

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶ、スティナちゃん。“まだあわてるよーなじかんじゃない”よー? ねねちゃんもお手伝いするから、ね?」 

「う゛ー……、ねねちゃん……、ありがとう」

「よしよし~」

 

 十分丁度かかって、ようやく髪を整え終わったスティナは、あまりやらない髪型に落ち着かないのか、左右に頭を振って、鏡の中の自分を何度も確認する。

 

 鏡の右上に映り込むねねちゃんは、小さな握り拳の親指を立てて、可愛らしい決め顔を見せる。

 

「これでバッチリ、スティナちゃん!」 

「よーし。あぁ、もうこんな時間、待たせちゃってない?」

「へーきだよー。たかさまはにげないよー?」

「でも急がないとっ」

 

 部屋を飛び出し、階段を駆け下りて行くスティナは、そのまま祖父に声をかける事も無く、家を後にする。

 

 そんな忙しないスティナを訝しんだディジオは、かつて息子夫婦が使っていた部屋をそっと開けて覗き見る。ここにあった大きな化粧台を使いたいと言う理由で、一人で使うにはやや持て余す筈のこの部屋は、現在スティナの部屋になっている。

 

 ベットの上に散乱する服、化粧台に立ち並ぶ小瓶、化粧を直すのに使ったのだろうか、ベージュ色に淀んだ水の入った桶が見えた。

 

「こんだけ散らかして……、しかし、服に化粧ってこたぁ、こりゃあやっぱ、()()か……?」

 

 散らかし放題な様子に我慢できなかったディジオが、勝手に服を片付けようとした時だった。部屋の窓の向こう、教会の小窓に、何やら見覚えのある黒髪が横切ったのが見えた。

 

「あぁ、そうか、こりゃあ……。どうしたもんだかなぁ……」

 

 孫娘の将来を想って本格的に老け込んだ気分になってしまったディジオの、深い深い溜息が零されるのだった。

 

 

 小さな教会ではあっても、その正面扉は大柄な男性の背丈を余裕で超える程度の大きさはある。

ガコン、と音を響かせて開いたその先に、沢山の精霊に囲まれながら、ステンドグラスを見上げるローブ姿の青年の背中があった。  

 

 恐らく癖なのだろう、眼鏡の位置を直すように触れながらスティナに振り返った青年が、そっとスティナに微笑みかける。

 

「おはようございます、スティナさん」

 

 ただの挨拶。この頃は、ご近所さんや教会の利用者達とも当たり前に交わしている筈なのに、スティナは返すべき挨拶に悩んでしまう。

 

(あ、えっと、挨拶、挨拶……、早く返事しないとっ)

「あのっ、はい。お久しぶりです、霜中さん。精霊様方も…………あの、おはよう、ございます」

 

 伏し目がちに呟かれたスティナの挨拶に、倬は少々困惑してしまう。

 

(……ん? 緊張してるっぽい? あれ?)

 

 この状況に、倬まで続けるべき言葉に悩んでしまいそうになる。倬は、慣れた相手以外では基本的に受け身で会話してしまう質なのだ。

 

 そんな倬の肩に肘打ちしてきたのは、風姫様だった。

 

『倬から話題振ってあげなさい、年上でしょ?』

『用事があってお邪魔してるのはこちらですしね。……頑張ってみます』

『意識しなければ出来ないと言うのが、倬らしさ、なのかもしれんな。わらわの契約者なのだ、もっと堂々とせんか』

『光后様、そうハッキリと言わんで下さい……』

 

 精霊様に促され、倬は何気なさを装って教会を見回す。

 

「教会、前に掃除した時よりも綺麗になりましたよね?」

 

 短いこの言葉をやや時間をかけて飲み込んで、スティナは捲し立てるように喋り出す。

 

「は、はい! 最近はおじいちゃんの他にも色んな方がお手伝いしてくれるようになりましたし、音々様もねねちゃんも頑張ってくれてるので!」

「上手くやってるみたいで安心しました。あ、そうだ。頂いた茶葉、皆で飲ませて貰いましたよ。ほのかな甘みがあって美味しかったです」

 

 倬からのお礼と、周囲に浮かんでいる精霊達も頷いているのを見て、スティナの頬がいくらか緩む。まだ落ち着かないのか、頭の後ろ、丁度真ん中あたりで束ねられた髪を右手で撫でつけながらだが、ホッとした表情を見せた。

 

「よかったぁ……。信者の方からの貰い物で、私とおじいちゃんの二人だけじゃ余らせちゃう所だったので」

「あれはいいものでしたね」

「はい!」

「えっと、本当に」

「本当にっ! えへへ」

 

 スティナも倬も、挨拶を交わした時よりは自然体に近づいたのだが、たったこれだけのやり取りで会話が途切れてしまう。倬には、自分から何気なく話しかけると言う経験値が足りていないのかもしれない。殆どのクラスメイトと打ち解けられなかった原因とも言えそうだ。

 

(どうしよう……、能動的な対話スキルが欲しいっ。まさか未だに“レベル1”なのはこの手の経験値の無さが理由……!?)

『たかー、それはないぞー、おちつけー』

『たぁさま! スティナちゃん、()()()()かわってなーい?』

 

 “光の妖精”であるひかりちゃんが倬の脇に張り付いて小さな手でパシパシ叩いてくる。“癒しの妖精”ちぃちゃんは、耳元で囁いて話題を提供してくれた。 

 

『ひかりちゃん、くすぐった痛いでその辺で勘弁して下さい。スティナさんの雰囲気の違いですか……』

 

 教会に入ってきたスティナを見た瞬間から、倬は以前との違いを感じ取ってはいた。ただ、そう言った雰囲気の違いを、自分が口にするのに抵抗があったのだ。

 

「えーっと、そう言えば、髪型変えたんですか?」

「えっ、あ……、う、動きやすいかと思って、後ろでまとめてみたんですけど。変、でしょうか……?」

「いえ、髪飾りにその服も、スティナさんの髪色によく合ってると思いますよ? それに、何だか大人っぽくなりましたよね、自分の方が子供みたいな気になります」

 

 倬は自分のローブの裾を掴んで、身体を捻り、腰元に巻き付けてあるショッキングピンクの“宝箱”を見比べながらおどける様に言う。

 

「そ、そんな事ありませんっ!」

 

 そんな倬の台詞を、スティナは全力で否定した。

 

「えっ……?」

 

 “霜中さんより老けてるとか、そんな事ありません”の意味に受け取りそうになった倬がショックを隠し切れないでいると、スティナが慌てて言葉を続けた。

 

「あ、あぁ、いや、私の方が年下なのは変わらないって言うか、その……。そうです! 前にお別れした時から思っていたことがあるんですが!」

「は、はいっ、なんでしょうかっ!?」

  

 スティナの勢いに、倬は完全に押されてしまう。教会の天井あたりで妖精達が遊んでいるのが見えて、少し恨めしい気持ちが芽生えてしまった。

 

「霜中さんの方が年上なんですから、もっと気楽に話して欲しいです。そんなに丁寧にしてもらわなくても、全然平気ですから!」

「あー、と言いましても癖のようなもので、中々……」

 

 困った様子の倬に、スティナは再会した時の為に用意していた、倬が喋り方を変えるのに必要な口実を語り始める。

 

「ねねちゃんから聞きました。霜中さんには私と同じ年の妹さんが居るって」

「え、ええ、確かにいますけど……」

「その妹さんのお友達とも仲良しだって」

「“仲良し”……? いや、かなちゃんは妹の親友なので、別にそこまででも無いような……?」

 

 ねねちゃんに色々と吹き込まれての事だろうと察する倬だが、自分とスティナとの間でかなちゃんに対する認識のずれを感じて首を傾げてしまう。

 

 そんな倬の言葉をあえて無視して、スティナは力強く言ってのける。

 

「私もですね、霜中さんの事、お兄ちゃんみたいだなって思ってたんです! こんな人がお兄ちゃんだったらいいのにって! だから、もっとこう、妹さんまでじゃなくてもいいですから、かなちゃんさんとお話するみたいに、砕けた感じで話して下さい!」

 

 ここまで言われて慣れてないので出来ませんじゃないなと、倬は軽い咳払いと共に意識を切り変える。

 

「あ~……、ごほん。その、直ぐは難しいですけど、なるべく気を付けてみ……、るよ」

「は、はい! まずはその辺りから着実に段階を踏んでいければ、それで!」

「着実に? 段階?」

「いえ、ただの言葉の綾です。気にしないで下さい」

 

 緩んだ口元を左手で隠しつつ顔を背け、右手の平を倬に向けて、スティナはそれ以上の追及を拒む。

 

「ま、まぁ、スティナさんがそう言うなら、それでいいですけど……。それじゃあ、“お兄ちゃん”からプレゼント、ってわけでは無いけど、今日お邪魔した目的を果たすとしま、しようかな」

 

 言いながら倬は歩き出してスティナを横切り、教会の扉に向かう。

 

 スティナは扉の前で立ち止まる倬を、慌てて追った。

 

 外に出ると、倬が腰元のショッキングピンクが眩しい収納箱アーティファクト“宝箱”から、紐が括りつけられた木片らしき物を取り出してスティナに差し出した。

 

 スティナが両手で受け取った物は、鳥を(かたど)った金属製の飾りがねじ込まれた、木製のペンダントのようだ。

 ニスを塗ったような光沢を持つ木片は、高さ四センチ、縦横一センチで、彫り込みには透き通った赤い樹脂が流し込まれているのが分かる。その上にねじ込まれている平面的な金属製の鳥は、まるでゆるキャラのようなデザインだ。その鳥は、縁取り以外が空洞になっており、翼部分に組み紐が結い付けてある。 

 

「これは……?」

「バードコールって言います。木と鳥の飾りをつまんで、こう……、ぐりっとしてみてくだ、してみて」

「えっと、こうですか?」

 

 スティナは言われた通り、バードコールを何度か捩じってみる。捩じるたびに木と金属が擦れ、キューイ、キューイと不思議な響きの混じった音が鳴った。

 

――キューーールルルルルル……――

 

 バードコールに誘われるように、空から澄んだ鳥の鳴き声が届き、スティナの頭上に影が落ちる。

 

 風切り音を伴って空中を滑るように現れたのは、隼や鷹の中間のような猛禽類だ。

 

「きゃっ」

 

 驚くスティナの横で、地面と水平になるように左腕を上げる倬。その腕に、一度の羽ばたきだけで位置を調節して、空から現れた鳥がとまった。

 

「そ、その鳥は一体……?」

「この鳥の名前はね、てんてー」

「“てん、てー”?」

 

 “風の大賢者”最期の地、“風の渓谷”に生息する猛禽類に、変成魔法による強化を施して生まれたのが、この“てんてー”だ。

 

 “てんてー”と言う妙な名称には、元々倬が付けようとした名称である“天帝”に、主に光后様から「なんだかわらわよりも偉そうな名前だ」と物言いが付いた事でこの呼び方に落ち着いた。と言う経緯があったりする。

 

「魔法の勉強で育ててみた鳥で、そのバードコールを鳴らした人の言う事を聞く様に教え込んであります。今日の目的は、そのバードコールを渡す事。なにかあった時の用心棒代わりに便利かなと思って」

「えっと、それって……」

「音々様とねねちゃんから聞きましたよ? 困った人も来てるって。その手の人を追っ払うのに、こいつに頼れば大事にはならないと思うから」

 

 カヴァディルの教会利用者が増えた反動で、ダンディーンにもう一つある大きな教会の利用者が減っていた。これを快く思わなかった教会関係者から、ディジオ達は嫌がらせを受け始めていたのである。

 

 倬は音々様経由でこの事実を知り、とりあえずの応急処置として、てんてーを渡すことに決めたのだった。  

 

「で、でもこの子が捕まったりしたらっ」

 

 カヴァディルの教会に直接嫌がらせをしてくる連中は、神父から金を受け取った町のごろつきなのだ。スティナやディジオに暴力を振るう事は今の所無いが、動物相手となれば容赦はしないと思い、スティナはてんてーの事を心配する。

 

 突然、倬の腕に止まっていたてんてーが、ばさりと片方の翼を開き、美しい鳴き声を上げた。

 

「キューーーイッ! キューール!!」

「きゃ!」

「“ヒトの有象無象如きに、私が捕らえられる事などあろうことか”って言ってる」

 

 倬が厳格そうな声を作って翻訳した言葉に、スティナはポカンとしてしまった。

 

「それ、ホントですか?」

「本当。てんてーは四羽育てたんだけど、こいつは特に気高くて男前なんだよ。メスだけどね」

「お世話の仕方とかって……」

 

 心配するスティナに、ねねちゃんが羽を撫でながらてんてーの背中から顔を出した。

 

「ねねちゃんがめんどーみるから気にしなくてへーきだよ?」

「それにてんてー、餌は自分で獲りますからね」

 

 倬が嘴の前に手をかざすと、てんてーは目を細めて頭を押し付け始める。

 

「スティナさんも」

「は、はい」

 

 恐るおそる手を伸ばすスティナ。鳥類ならではの機敏な首の動きで、新たな主であるスティナを視界に収めたてんてーは、先ほどと同様に自分から手に頭を当てがった。

 

「わぁ……、さらさら……」

「キュー……」

「よし、ちゃんと懐いたみたいですね」

「大成功ー!」

 

 てんてーが予定通り懐いたことに喜んで、音々様がスティナの周りをシャラランと音を鳴らして飛び始める。

 

 今日一番最初の目的を達成出来た倬は、教会隣のスティナ達の家に視線を移した。

 

「さて、それじゃあ、後はディジオさんにも挨拶を」

「あ! いや、おじいちゃんまだ寝てるので! ほっといて大丈夫です!」

「え? もうお昼過ぎる所だけど……?」

「いやぁ、昨日も遅くまでお酒飲んでたみたいで、ホントもう元気になった途端毎日なんですよ!」

「まぁ、長い事大変でしたもんね、咎めるような事でもないですか……。分かりました、なら直接の挨拶はまた今度にします」

「はいっ、是非!」

 

 てんてーを教会に残し、空に溶け込むかの如く旅立っていった倬を、教会の鐘を鳴らしてスティナは見送る。

 

「また、来てくれるよね?」

「んふふー、ねねちゃんがおねがいしておくねー!」

「ねねちゃんは頼もしいなぁ。えっと、てんてーってあの子の名前じゃないんだよね。何か考えないと」

「どーしよっかー」

 

 肩に座るねねちゃんと、てんてーの名前を相談しながら一度家に戻ったスティナを待ち構えていたのは、一階のテーブルに肘をついて何処かの司令官のような恰好をした祖父、ディジオだった。

 

「いつも以上に怖い顔してどうしたの、おじいちゃん?」

「普段から怖い顔してるみたいに言うな。……スティナ、まず座りなさい」

「何? 急に」

 

 仕方なく言われた通りに、向かい合って座るスティナ。

 

 重々しい態度で、言いにくそうにディジオは語り始める。

 

「いいか、スティナ。そのな、旅人なんてものを相手にしようってのは、生半可な覚悟じゃ駄目なんだぞ」

「……はい?」

「普通は旅人なんてそう長くは続けらんねぇ、いつ何時、どこで腰を据えるのかも分からねぇんだ。暫く顔見てねぇなって思った時には、余所でガキこさえてるなんてなぁ、ざらよ」

「…………」

 

 孫娘の目が淀んでいくことに気がつかないまま、ディジオはこれまでの人生で見てきた冒険者や傭兵、あるいは行商人達一人ひとりを思い出しながら滔々と続ける。

 

「裏切られちまったと気がついた時にはおせぇんだ。お前は十四、婚約相手が居たっておかしかねぇが、まだ十四だ。今すぐ一人に決めなくたって――」

「おじいちゃん、見たの?」

「………いいか、スティナ」

「見たんでしょ! 覗いたんでしょ! 勝手に私の部屋に入ってっ! 信じらんない! もう勝手に部屋に入んないでって何回言ったら分かるの!」

「いいから話を――」

「うるさいっ! 今日はもう絶対おじいちゃんとは口きかないから!」

「あ、おいっ。スティナ!」 

 

 階段を壊さんばかりに踏み鳴らして、スティナは部屋に戻って行ってしまった。

 

 扉を思い切り閉めた音を全身で聞いて、一階に取り残されたディジオは深い深い溜息を零す。

 

「……はぁ、年頃の娘ってのは面倒すぎる」

 

 ディジオがテーブルについている肘の横に座ったねねちゃんは、相変わらず上機嫌のまま足をパタパタさせていた。

 

「まぁ、まぁ。なるよーになるよー」

「ねねちゃん様ぁ、俺はどうすりゃいいだよぉ……。ジジイ一人には荷が勝ち過ぎるっての」

「スティナちゃんはしっかりものだよー?」

「だからこそ心配なんだよなぁ……」

 

 再びの溜息。今日だけで何度溜息を吐いたのだろうか。ディジオ・カヴァディルの背中は、哀愁に満ちていた。

 

 

~~~

 

 トータスの大陸西側に広がる広大な砂漠地帯が、【グリューエン大砂漠】である。砂漠と聞くと見渡す限りの砂地を思い浮かべるかもしれないが、実際の砂漠には、岩盤が剥き出しになった岩場も多く見受けられる。

 

 現在倬が向かっている【グリューエン大火山】までの途中にも、漂う赤銅色の砂ぼこりの合間に岩盤地帯が目に入り、土や砂に覆われない、赤々とした荒々しい大地の様子を伺い知ることができた。

 

「資料は読んでましたが、外からだと砂嵐のせいで山そのものは全く見えませんね……」

「山に踏み入る所から腕試しが始まっていると言う事なのだろうな。俺が住んでいた頃は、こんなでは無かった」

 

 倬の頭の上で腕を組んでいる火炎様が、その体から火花を散らしながら、かつての火山と今の様子を興味深そうに比較する。

 

 現在の【グリューエン大火山】は、約五キロメートル程の直径、約三千メートルの標高を誇り、地球で例えるのは難しいが、強いて言うのであれば“エアーズロック”に近い外観である。しかし、その外観は積乱雲の如き分厚い砂嵐に包み込まれ、外からではその山肌を垣間見る事すら叶わない。

 

「あれを見る限り、普通に登るのは相当辛そうですね……」

 

 空を飛ぶ倬の眼下に、砂嵐を抜けられず撤退したと思しき集団が見えた。どうやら怪我人も死人も出ていないようだが、殆どの荷馬車が穴だらけになっており、中には上半分が丸々噛み千切られたものもあった。 

 

 この砂嵐の中では、日の光も殆ど届かない上、砂どころか石や岩まで超高速で飛んでいるらしいのだ。そんな所に魔物――サンドワーム――もおり、どんなに準備していても突破する以前に大きな被害を被ってしまう事が知られている。

 

 そんな巨大砂嵐を、倬は大火山の真上から見下ろす。

 

「嵐とか竜巻とかの渦の中心は狙い目。バトル物の定番ですよね」

 

 砂嵐の中心に、ぽっかりと空いた所へ目掛けて、ゆっくりと高度を下げていく。倬の真横を飛んでいる“空の精霊”空姫様が、身に着けているワンピースを赤銅色に変えながら、砂嵐を避ける倬に話しかけてきた。

 

「霜様なら横から入っても問題ないと思うけどね~」

「いやぁ、ちょっとこう言うド定番って、やってみたかったので」

「霜様楽しそうね~」

 

 そのまま降り立った頂上は、高熱の蒸気が充満した岩場になっていた。そこかしこに大きさの異なる岩石が立ち並び、山の様子を直接見たいと言う理由で倬よりも先に頂上に到着していた土司様とつっちーが、大はしゃぎで動き回っている。

 

「このつるっとした岩はどうやったのかのぅ! おお、あっちの尖ったのも“えきぞちっく”じゃのぅ!」

「「つっちー! “とぅいんくるー、とぅいんくるー”!」」

 

 周囲に立ち並ぶ岩石は、芸術作品とも言えそうな奇抜な形をしているのもが多く、石を磨くのが趣味の土司様にとっては興味をそそられるようだ。

 

「土司様が張り切っているな。成程、この手の物は好みだろう。僕にはよくわからないが」

「そうだな! もりくんはやさいが変な形になってるやつのがすきだ!」

「二股になったのとか、まるまったのとか面白いですもんね」

「だろ? 顔みたいに見えるのとかな!」

 

 森司様ともりくんと一緒にオブジェ群を眺めつつ歩いていると、およそ十メートルはあろうかと言う岩石のアーチが目に入った。

 

 そのアーチの下で、“癒しの精霊”治優様が倬に向けて手を振っている。

 

「たぁ様! こっちに階段があるよー!」

「お、有難うございます。では、行ってみましょうか」

 

 ナイズ・グリューエンの大迷宮、挑戦の開始である。

 

~~~

 

 グラグラと視界が揺らぐ。

 

 超高温によって空気が揺らめき、重い溶岩の流れが、常に火山内部を震動させている。この環境に倬は、大地の、星の、力強い“生”を感じた気がした。

 

 階段を下り、大火山内部を少し進んだ先に現れた宙を流れる紅蓮のマグマを、倬は惚れ惚れと見つめてしまう。

 

 夢中で辺りを見回すばかりの倬に、頭の上の火炎様が燃える身体を膨らませて、意識を自分へと向けさせる。

 

「……我が友よ、とっとと奥へ行くぞ」

「あ、すいません。つい……」

 

 これぞ“ファンタジー”と言う大迷宮の造りに、倬は心を奪われてしまっていたのだ。流石に現在使える魔法でこの状況を再現する事は難しい。土系と火系の複合魔法ならば、あるいは似た現象を引き起こすのは可能かもしれないが、倬には複合魔法の適性が無い為、憧れを抱いたのである。

 

「む。倬、右に三歩だ」

「はい、土さん」

 

 倬の後ろについてきていた土司様の指示に従い横移動すると、さっきまで歩いてた足元の岩が炸裂し、マグマが噴出する。

 

「友よ、今度は横からだ。前に跳べ」

「ほいさっ」 

 

 大火山内部では、壁や床、天井から、殆んど前触れも無いままマグマが飛び出してくるのだ。火炎様との契約により、倬はマグマの中を泳げるので避けなくても平気なのだが、精霊様からの指示に対応する練習がてら、山に詳しい土司様と火炎様の指示に従って回避しながら進んでいる。

 

「それにしても、長い事噴火していない理由がこれでわかったな」

「火炎様?」

「神代魔法とやらでマグマの流れを操り、噴火に向かう“力”を上手く逃がしているようだ」

 

 火炎様の見立てに、光后様が身に着けているストールを畳んで、しなやかに組んだ腕に掛けながら感心している。 

 

「ほーぅ、本当に神代魔法とやらは随分と便利なのだな。わらわにも使えるかの?」

「治優も使ってみたいなー。えっと、変成ー!」

 

 両手を上げて、くるくる回りながら変成魔法を唱えてみる治優様。契約の前にダッシュの脚に使った魔法に興味があるらしい。

 

「皆さん、私の力を読んだだけだと使えなかったんですよね?」

「ああ、少なくとオレには使えなかったな。全く理解出来ない訳ではないのだが……」

「あの感じ、わたしにも上手く説明できないよね」

 

 雷皇様と風姫様が、左手を顎に当てる全く同じ仕草で、倬が変成魔法を手に入れた時の感覚を思い返して「むーん」と唸っている。

 

「改めて考えると不思議な話ですよね。人よりも魔法に馴染みが深いはずの精霊様が使えないって言うの」

 

 今日までに色々と試してみたのだが、精霊様は変成魔法を精霊魔法に置き換えて使用することが出来なかったのだ。変成魔法の理解が最も深かったのは森司様だが、「本質的な理解が足りていないのが原因ではないか」と推測していた。

 

 精霊様達と神代魔法について話しながら、この大迷宮を歩き進めていく。

 

 “大迷宮”と言いつつ、今の所は完全に一本道だ。身に着けている“耐禍のローブ”と、火炎様と雪姫様の御加護によって、“酷暑”以上に過酷な暑さを無視できる倬は、特に苦労もなく八階層まで辿り着いた。

 

――ボコッ……――

 

 八階層に足を踏み入れる直前、奥に流れるマグマの(あぶく)が、不自然に割れる音を聞いた。

 技能“反響定位”と“気配感知”で、その先に大型の魔物が現れたのだと分かる。

 

 足を引っ込めると、通路の先が大火炎によって埋め尽くされた。奥に現れた魔物による攻撃だ。

 

(マグマも“炎天”も平気なんだから、あのまま突っ込んでも良かったかな)

『……アナタ様、心臓に悪いので出来ればちゃんと避けて頂きたいです』

『ゆっきーもね、みてるだけであっついの……』 

 

 “氷の精霊”である雪姫様とその妖精ゆっきーは、砂漠に差し掛かったあたりからずっと倬の中にいたのである。別に身体が辛いわけでは無いが、砂漠やマグマを見ているだけで落ち着かないそうだ。火炎様が心配していた事がここに来て現実になったようである。

 

「あらら、それはすいませんでした。それじゃ、こっからは真面目にやりましょうか」

「……兄さん、さっきまで完全に観光気分だったもんな」

「………………火炎様の里帰りに付き合ってた感じ、だったな」

「緊張感が無くてすいません」

 

 霧司様と宵闇様に反論出来ないまま、先程の炎を撃ち出してきたモノに向けて、倬は錫杖を掲げる。

 

「ブモ゛ーッ」 

 

 流れるマグマの上に立ち、全身までもマグマに覆われる牛のような魔物が、興奮の雄叫びを上げる。雄叫びと同時に、口からは炎が漏れる。この大迷宮にふさわしい容貌と言えよう。

 

「モ゛ォォォーーーッ!」

 

 マグマを激しく撒き散らし、そのカーブを描く角を倬に向け、突進を繰り出してくる魔物。

 

 対する倬は避ける素振りを全く見せず、構える“悠刻の錫杖”をシャンと鳴らし、その魔法陣構築機能を起動させる。

 

「――“宥憧(ゆうどう)”」

 

 魔法名を告げた途端、倬に向けて体当たりをしようとした魔物の動きが止まる。急に止まろうとして尻もちをついた格好になった雄牛のような魔物は、自身の変化に戸惑いながらも、倬の傍にゆっくりと近づいて来た。

 

「どうどう。牛って言うか、ヴォグーが元っぽいかな。よーし、良い子だ。この階の案内は任せたからな~」

「ブフ~、ブルル……」

 

 火を噴く自分の、首元を覆うマグマも気にせず撫でまわされると言う初めての感覚に、マグマヴォグーは瞼を閉じて身を委ねる。

 

「倬も大分慣れて来たな」

 

 倬が魔物に躊躇いなく触れるのを見て、肩に座って現れた森司様が満足気に頷いていた。

 

「ええ、最初はやっぱり怖かったですけどね」

 

 先程使用した“宥憧”は、変成魔法における第一段階、“動物に魔力を与え、魔物として手懐ける”魔法の魔法式を抽出、他の魔法も組み合わせて構築した“与えた魔力によって対象を落ち着かせる”魔法である。魔力を与えているので、対象の魔物次第ではそのまま従わせることも可能である。

 

 素直に従うマグマヴォグーに先導してもらい、倬は下へ下へと向かっていく。

 

 二十四階層を過ぎたところで、倬は更に下へ続く道を見つけられなくなってしまった。“刀剣の精霊”刃様が、鋭い眼差しで周りの壁を見渡している。

 

「主殿、ここは先程通った道でござる」

「……おかしいですね、全部マーキングして潰した筈なんですが」

「あるじどの! 下方からの気配も感じられない、ナリよ!」

「やっくんがそう言うってことは、分かりやすい形で下層への道が続いてないのかもしれません――」

「ヴモ゛ッ!」

 

 進み方自体を見直す必要を感じていた所に、先行させていたマグマヴォグーが吠えたのが聞こえてきた。どうやら、他の魔物と戦闘になってしまったらしい。

 

 倬が現場に向かうと、宙ではなく足元を流れるマグマから顔を出す大量のカメレオン型魔物が、マグマヴォグーに対して灼熱の舌を叩きつけようとしているのが見えた。

 

 マグマヴォグーは、振るわれる舌を避けるでもなくカメレオン型魔物を睨みつけ走り出す。頭を踏みつけてやろうと言うのだろう。

 

(ウチの燃えるヴォグーはなんて頼もしいんだ……。名前つけよ……)

 

 戦闘の様子を遠巻きに見て、倬は変成魔法で従えた魔物の健気さに心を打たれてしまう。

 

 道中で強化もしてあるので、この場所の魔物には効果の薄い火系の固有魔法に頼らずとも、体当たりだけで負けなしなのである。

 

 力の差を感じ取ったマグマカメレオン達は、マグマに潜り、そのまま流れの奥へと逃げていく。

 

「ヴモ゛ゥ……」

 

 しょぼんとしながら倬のところへ戻ってきたマグマヴォグー。奴らを倒せなかったことに落ち込んでいるらしい。

 

 倬は思わずマグマヴォグーを抱きしめる。

 

「いいんだ、いいんだよ。よくやってくれた。ありがとな……、“ヴォマー”」

「モ゛~」

「いや、本当によくやってくれたよ。お陰で道が分かったから」

「ヴモ……?」

 

 どういう事? とでも言いたげに首を傾げるヴォマー。倬の視線は、マグマカメレオンが逃げていったマグマの流れ、その先へと向いている。

 

「マグマの先に道があるとはな。俺でもこんな試練は考えないぞ」

「儂もここまではせんのぅ」

「土さんは解放者に試練の場を弄らせてますし、火炎様は“力の受領”で溶岩飲ませてるのに?」

 

 大迷宮の試練を酷いものだと言った火炎様と土司様に、倬はそこまで差があるようには思えなかった。倬の指摘に、二人の精霊は視線を逸らした後そっと姿を隠し、かーくんとつっちーがしどろもどろになって先を促してくる。

 

「さ、さぁ! たか、先を急ごうぜ、かーくんは奥がどうなってるのか気になってしかないからな!」

「「「つ、つっちー、つっちー! “ひぁ、うぃー、ごーぅ”!」」」

 

 すたこらさっさと、逃げるようにマグマの上を進んでいく妖精達に苦笑していると、よいくんが心配そうに揺らぎながら倬の顔を見つめてきた。 

 

「…………えっとな、たか、よいくんたちは気にいった人の子にしか、試練あたえないし、な?」

「承知しておりますよ、よいくん。すいません、ちょっと意地悪でしたか?」

「…………たか、実はいいせいかくしてる、よな」

 

 火炎様の代わりによいくんを頭の上へ乗せ、足元を流れるマグマの前に立ち、雪姫様に念話を送る。

 

『雪姫様、平気ですか?』

『ええ、“氷同”を使うのですね?』

『はい、申し訳ないですがお手伝いお願いします』

『わざわざ断らずとも宜しいのに』

『念の為です。本当なら“寝床”でお待ちいただく事も出来るわけですから』

『ふふ、では……』

 

 技能“氷同”は、全身から冷気を齎す技能と言っていいものだが、倬単独では、その操作はかなり大雑把なものになってしまう。“氷同”操作を雪姫様と協力する事で、冷気の放出を手や足など一部だけに限定する事が可能になるのだ。

 

 足元だけに“氷同”を集中させることで、マグマを冷却、硬化させてその上を歩き始める。

 

 カメレオン型の魔物達が泳いでいった先は、マグマが満ちる幅十メートル程の川だった。天井の高さは四メートル程で、マグマを飛ばしてくる蝙蝠の魔物が大量に貼りついており、次から次へと倬とヴォマーに襲い掛かって来る。

  

 殆んどの戦闘を名誉挽回とばかりに張り切るヴォマーに任せ、マグマの流れに沿って、火山の外周をなぞる形で一周すると、その流れが中央に向かい始めたことに気付く。狭いトンネルを抜けた先は、滝のようになっていた。

 

「おわっ!?」

「ブモ゛オッ!?」

 

 倬は技能“飛空”で空を飛べるため問題なかったが、並んで進んでいたヴォマーが背中を向けて落下してしまう。落差は二十メートル近くある。マグマに焼かれない魔物とは言えど、この高さから叩きつけられれば致命傷になりかねない。

 

「モ゛ーーッ」

 

 空中でもがき、炎を吐いて必死に態勢を立て直そうとするヴォマー。

 

 そこに倬の声が響く。

 

「__“光網(ひかりあみ)”。 “彼の者を輝きの内にて捕らえんや”!」

 

 背後に出現した光属性の網によって、ヴォマーをギリギリのところでキャッチする。

 

「悪くない光魔法だったな。展開速度も上々だ」

 

 光の網を指で軽く弾いて、光后様が褒めてくれる。

 

「有難うございます。これも光后様との契約があったればこそですね」

「分かっているのならいいのだ。……うむ」

「ふふーん、もっとひかりちゃんをほめてもいーんだぞー」

「これからもよろしくお願いしますね、ひかりちゃん」

「んふふー」

 

 ひかりちゃんを撫でる倬に、ヴォマーが歩み寄ってきて、倬の膝に鼻を擦りつけてくる。お礼のつもりのようだ。

 

「モ゛ォ~」

「怪我は無いな? よし、ここからは道なりに行ってみようか」

 

 落ちた先の狭い足場を更に進むと、足場以外がマグマで出来た道に出る。

 

「すごいわね~。霜様以外の人の子だったら火傷じゃすまないわよ~」

「これ、どう考えても殺しに来てるわよね。どう言うつもりなのかしら」

 

 この環境の厳しさは【氷雪洞窟】と真逆と言っていい。倬は火炎様と雪姫様の加護を得ているからこそ無傷でいられるが、常識的な装備ではそもそもの大迷宮挑戦自体が困難な有様なのだ。

 

「これくらい攻略できなきゃ、そもそも神に抗うなんて無理って事なんでしょう。元は隠れ家的な場所だと思えば、侵入者対策としては寧ろ好都合なのかもしれません」 

 

 マグマに囲まれた道は、いくつかの空間に繋がっていた。

 

 直ぐ右にあった空間のマグマで塗りつぶされた壁には大きな石板が埋め込まれ、その石板は、倬が近づい事に反応して炎に包み込まれる。

 

 炎がおさまり、焦げた臭いと共に浮かび上がったのは、焼き付けられた様な文字だった。

 

======

 問一

 以下は、ある法則に従って並べられた数である。

 

 1.1.2.3.5.□.13.21.34.55...

 

 この□に当てはまる数を答えよ。

 

====== 

 

「……はい?」

 

 このような部屋は、全部で六ケ所あった。

 

======

 問二

 ある決まり事に従って並ぶ以下の数がある。

 

 523

 41□

 172

 

 この□に当てはまる数を答えよ。

 

======

 

「えー……?」

 

======

 問三

 君が牧場とヴォグーの所有者であるとする。

 君のヴォグーが三百頭であれば、その土地の牧草は十日で平らげられてしまう。

 君のヴォグーが六百頭であれば、その土地の牧草は四日で平らげられてしまう。

  

 もしも君のヴォグーが二百頭だとしたら、どれ程の日数で牧草は平らげられてしまうかを答えよ。

 

 ※この時のヴォグーは全ての個体において一日の食事量は変わらず、牧草の成長速度も毎日一定であることとする。

 

======

 

「……………」

 

======

 問四

 我が迷宮に千六名の侵入者が確認された。

 

 この侵入者達の中で、女よりも男の方が七十二人多い事が判明している時、男女それぞれは何名になるのか答えよ。

  

======

 

「……………」

 

======

 問五

 常ならばそれぞれで行動している盗賊達が、協力して奪い取った王室献上品の織物を山分けする事となった。

 

 九枚ずつで分けると二枚が余る。

 十枚ずつで分けると五枚不足してしまう。

 

 以上の条件をもって、盗賊達は何人で、奪った織物は何枚だったのかを答えよ。 

 

======

 

「……」

 

======

 問六

 君が新しく牧場に迎え入れた、合わせて二十一匹のヘルルナとヴォグー。

 彼らの足を数え合わせ、合計が七十本になる時、それぞれは何匹であるのかを答えよ。

 

 ※ヘルルナの足は二本、ヴォグーの足は四本と考えられたし。

 

======

 

「つ、鶴亀算……」

 

 答えないと部屋から出られないと言うこともない、予想外の事態に直面し、倬はマグマから飛び出してくるウツボのような魔物を雑に叩き落しながら奥へ進んだ。

 

 突き当たった広大な部屋の中央には、縦横一メートル三十センチ程の石板が、六かける五のマス目状の石畳として敷かれてた。

 

「これは一体……?」

 

 倬がその石畳に近寄ろうとすると、部屋全体を包み込むように流れるマグマの正面から、六枚の石板がせり出す。

 

======

 

 問の答えをここに。

 

 正しき答えに、道標を与えん。

 

======

 

 更にもう一枚の石板が現れると、同時に中央の石畳が僅かに持ち上げられた。

 

======

 問七

 噴き上がらんとするマグマを抑える石板を見出し、旗をそこに突き立てよ。

 

 正しき答えにより見出されたる数こそが道標。隣接した噴口の数を示すもの。

 

 噴口の数は十。全ての旗が正しくはためいた時、新たなる道が開かれん。

 

======

 

 読み終えると同時に、十本の旗が燃え盛りながら立ち上がり、倬の手前左端の石板が砕け散った。石板の状況は以下の通りだ。

 

□□□□□□

□□□□□□

□□□□□□

□□□□□□

■□□□□□

 

 倬は錫杖の先に魔力刃を出現させて、壁の石板に向かい合う。倬の手元に浮かんでいた刃様は、頭をかいている。そもそも精霊様は文字が読めないので、倬に読んでもらわない限り、文章問題は手の出しようが無いのだ。

 

「拙者には何が何やらですが……。主殿、答え分かるでござるか?」

「とりあえず問一は映画で見たやつだったので。多分……、“8”です」

 

 壁の石板に答えを刻みつけると、足元の石板が震えだし、その表面に数字が浮かび上がった。

 

①□□□□□

□□□□□①

□□□□□①

□□□□□①

■①□□□①

 

 続けて問二、問三と解答していく。

 

①□②□②□

③□□③③①

□□□□②①

②□□□□①

■①②□②①

 

 石畳の一枚一枚に、まばらに浮かび上がっていく数字。この光景に、倬は激しい既視感を覚えていた。

 

「マス目、数字、旗……、まさか、これは……」

 

 【グリューエン大火山】二十五層の試練。それは、パソコンにおける暇つぶしゲームの代表作“マインスイーパー”そのものだった。

 

 




今回のタイトルはスーザン・ソンタグ 著『火山に恋して-ロマンス』を参考にさせて頂きました。

第三章開始から誰得なオリジナル要素をぶちこんでみましたが、果たしていかがでしたでしょうか。

次回の投稿は9/8(土)17時頃を予定しています。お待たせしてしまって申し訳ありませんが、どうか次回も宜しくお願いします。

では、ここまでお読み頂き有難うございました。

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